――長久の朝は……そんなに早くない。
寝れるなら寝ていたい。そんな一般的な大学生の思考を持っているのが長久だ。
だから必修でもない限り一限はなし。特に三年次にもなれば必修はほとんどないため、長久は現在一限に講義は入っていなかった。
「ねむ……眠い……眠くない?」
朝、寝ぼけた頭で意味不明なことを言ってからスマホの電源を入れ、時間を確認。
午前十時半。三十分かけて準備して……まぁ二限には間に合うだろう。
とりあえずまずは顔を洗って……それから朝食、とテーブルの上を見て何もないことに気づく。
「……あ、今日は咲也いないんだっけか」
平日だろうがナチュラルに家に泊まる男がいるために長久の感覚は狂っていた。
咲也がいれば朝食が用意されてる、というかもっとまともな時間に起きるのだが、今日は珍しく咲也が自宅の方にいる。
なら朝食は適当に売店で買って教室で食うかな、と整髪料で髪を整えながら軽く予定を立てる。
となれば時間的な余裕が欲しい。少しばかり急ぎ気味に髭を剃ったり着替えたりと身支度を整える。
充電器、iPad、財布……諸々をバッグへと詰め込み、家を出る。
時刻は現在十時五十分。家から大学までは徒歩五分程度だ、これなら売店に寄る時間はある。
そう思いながらバッグからイヤホンを取り出し……まぁ特撮系をまとめたプレイリストをシャッフルでかければいいだろうと適当に音楽をかける。
……開幕だけはテンション上がるからいいか。
音楽を聞きながら大学まで歩く。神樹館大学はかなり規模が大きいため、道中幾人もの学生とすれ違うが、特に知り合いもいない。
何事もなく売店へと辿り着き、手早く朝食となるカレーパンとグリーンスムージーを買って教室へと向かう。
二限の講義が行われる部屋は、売店近くの建物の低層階に存在している。売店からさほどかからずに着く。
講義が始まるまであと五分ほど。カレーパン一個程度なら食べ終わるだろう。
カレーパンを食べながら講義の始まる時間まで暇潰しに携帯端末でTwitterを覗く。
「……またやってるのかあいつ」
TL上に流れてきた #神樹館大学名物 や #本日のノルマ達成 のハッシュタグが付けられた咲也の土下座写真を見ながら呆れの溜息を吐く。
多分現場にいたらいつも通り巻き込まれていただろうし、今日は一限からじゃなくて良かったと続けて安堵の溜息を吐いていると、講師が教室に入ってきて講義の始まりを告げる。
……とはいえ。この講義は話半分に聞いていてもテストさえ点数がとれていればどうにかなる科目だ。
加えて総合文化科目であるために専門的な知識を必要とせず、配布された資料だけでテスト勉強もできてしまう。
となれば何をするかと言えば。
(……スマホゲーの周回か仮眠)
どうすっかなー、とTwitterのTLを監視しながら思案に耽る長久。
そこでふと、Twitterの方にDMが届いていたのに気づく。何事か、相手を確認すれば国防仮面――東郷からだ。
何だろうか、そう気軽にDMを開き……長久は後悔した。
福寿くんが休学した件についてお話があります。
2019年5月2日 11:01
あっ、マズったかもしれん。長久は察した。
そう、あれは数日前のことである。福寿少年に神妙な顔で解けない謎が、などと相談を受けた時にふざけて「アマゾンの奥地に向かえばええんちゃう?」などと言ってしまったのだ。いや、だって探検隊は答えを求めてアマゾンの奥地に向かうことにするものだし。
その後何やら咲也やら球子やらが吹き込んだとは聞いていたが……流石に本気でアマゾンの奥地までは行かないだろうと楽観視していたのがいけなかったらしい。
こう言われるということは、とTwitterで福寿空のアカウントを覗きに行く。
先程友人から電話がありました。
どうやら連絡がうまく行ってなかった様で、説明がとても大変でした(笑)
万全の装備を揃えて挑むので心配しないでください。
ピラニアっておいしいのかな……?
こんばんは。
僕は今アマゾンの森林付近の農村にお邪魔させてもらって翌日の調査に備えています。
明日の調査が楽しみで夜も眠れません。
これは飛行機から降りた時に撮った夕焼け空です。
この雲模様だと明日は雲一つなく、絶好の調査日和になりそうです。
福寿空、マジでアマゾンの奥地へと向かっていた。
(しゃ、謝罪の文面を……!)
これはアカン。長久は講義そっちのけで頭を捻り出した。東郷ママのお叱りは勘弁である。
友人の母親にそう何度も怒られたくはない。……いや、友人の母親ではなかったわ。
どうにかこうにか、言い訳の為の文面を考えて送る。
そしてそれからしばらくすれば、東郷からの返信がきた。
福寿くんが休学した件についてお話があります。
2019年5月2日 11:03
なるほど。咲也くんから聞いた話も加味すると情状酌量の余地はあるでしょう。
2019年5月2日 11:15
ほぅ、と思わず安堵の溜息を吐く。
許された、今日も空気が美味しい。勝ったな、風呂入ってくる。
長久はフィーバータイムへと突入した。
確か白芥子さんはこの時間は講義が入っていたと記憶していますが。
何故この会話が成立しているのでしょうか……?
2019年5月2日 11:16
続いて送られてきたメッセージに長久のフィーバータイムは終了した。
二限を終え、昼時。昼飯に関しては人と約束があると言って、どうにかこうにか東郷ママからの説教は回避した。
まぁどうせ明日にでも咲也とセットで説教は食らうわけだが。一先ずの延命には成功した。
講義が行われていた部屋がある建物を出て、食堂が存在する建物へと向かう。
神樹館大学はその生徒数の多さに合わせ、食堂も広さを確保するために四階建ての建物を丸々利用している。
しかしそれでもなお建物の入口部には大量の学生がたむろしていた。特別人混みが苦手なわけではない長久ですら、突入するのを躊躇ってしまう程度には。
とりあえず待ち合わせ相手は木曜日の二限に講義は入っていないはずなので、予定通りなら先に席は確保してくれているはずである。
LINEでどこにいるか確認のチャットを飛ばしてから建物内へと入る。
今日は何を食べようか、一瞬そう思うも大体食べるものは決まっている。
二年も通っていれば、食堂の食べ物などよっぽど奇異なものでもなければ食べ終えている。一通り食べてしまえば、あとは食べるものなどサイクルだ。
今日は別に特別食べたいものがあるわけではないので、サイクル通り唐揚げ丼でも食べるとしよう。
問題は、と唐揚げ丼を売っている場所を見る。食堂はその広さを利用してある程度料理のジャンル毎に別で売り場を設けているのだが、丼物、それも肉系統は基本的に人気であるためにそこにいる男子学生は多い。
うーん、これ、待ち時間凄そう。まぁ大学生活の中で何度も味わってきているため慣れてはいるのだが。
待ち時間をゲームの攻略サイトなどを覗くことで潰す。そこら辺、しっかりやって置かないとゲームでの相方に置いて行かれてしまう。相方と足並みを揃えるのは結構な労力だが……まぁ所謂必要経費、というやつだ。
そんなこんなで時間を潰していると、自分の番となる。唐揚げの味付けを指定して、注文を終えれば唐揚げ丼が手渡される。
ちょうどその頃、待ち合わせていた相手から『いつもの場所』と端的な返信が来て、もう移動可能なためそれに更に返すことなく、いつもの場所へと向かう。
「おっす」
「ん……おはよう……」
こちらの声に反応しつつ、寝ぼけ眼を擦るのは千景だ。基本的に咲也と昼食を取ることの多い長久だが、木曜に関しては長久と咲也の講義の関係上、食堂で席を確保するのが難しい。
そのため、二限が空いていて席確保を頼める千景と、長久は食事を取ることにしていた。……あとはまぁ、週に一日くらいは好きな相手と直に会って過ごす時間が欲しいという、打算もあった。
「昨日も遅くまでゲームか?」
「ん……ちょっとレーティングで負けが込んだのよ。だからそれ取り返すのに時間が……ふわぁ……」
千景が可愛らしく欠伸するのを苦笑しながら見つめる。こいついつかぶっ倒れるんじゃないか、みたいな心配もあるが、千景もいい歳だし異性であるため私生活にそこまで干渉すべきじゃないだろうと長久は思っている。
ちなみに長久の親友はとある異性から私生活へどちゃくそ干渉されている。
「……千景、お前確かこのあと講義だよな?」
「そうだけど」
「しかも専門系だったよな? そんな調子で大丈夫か……?」
「大丈夫だ、問題ない」
「いや、ネタで返してる場合じゃないだろ」
適当にあしらうように言う千景に、長久は自身の眉がヒクつくのを自覚する。
勉学に関して言うならば、基本的に千景は優秀だ。というか、頭を使うことに関してならば千景はかなりできる部類に入る。本人曰く、ゲームをやり込むにあたって必須だったために自然とそうなったそうだ。
とはいえ、あくまでそれは優秀というだけで、ゼロからどうにかなる程のものではない。
そもそも講義を聞いてなければその優秀さは活かせないのだ。特に、情報系の講義となると資料を読んだだけではどうにもならないことも多い。
だから心配ではあるのだが。……まぁ現状の様子を見る限り、言っても大して真面目に聞かないだろう。
今までの付き合いの中で泣きつかれたことはないし……自力で何とかすることを信じよう。長久は唐揚げを己の口の中へ放り込みながらそう判断した。
「あなたこそ、この後はどうするの? 講義はないんでしょう?」
そうだなぁ、と唐揚げを咀嚼し、飲み込みながら考える。三限、四限、共に講義はなし。五限に関しても言わずもがな。
ここから長久は完全に暇になる。しかしそうは言っても予定がないわけではない。
「多分、いつも通り道場の方に顔出して、その後赤嶺とトレーニングって流れかなぁ」
友人である若葉の家がやっている道場には中学の頃からずっと通い続けている。大学在学中は大体空きコマに道場に行くのが基本だった。
それと同様に、高校から知り合った赤嶺とは仲良くなって以降、夕方のトレーニングを共にしている。
今日もその日常を繰り返すだけ。つまりいつも通りというわけだ。
「……そう」
そしてそれを聞いた千景が平時と比べて一、二割程度機嫌が悪くなる。
……これが嫉妬によるものなら長久としては嬉しいものなのだが。如何せん、千景が相手だと長久にはそこら辺が読めない。
例えば。長久、千景共通の友人である高嶋友奈が誰かと遊ぶことに千景が嫉妬した時は、もっとわかりやすく機嫌を損ねる。
むっとして、かと言って自分が友奈を縛るべきではないと、自らを諌める。それでも嫌なものは嫌で……と悪循環してわかりやすくテンションが沈み込む。
それに比べると今のような千景は嫉妬してくれているのかどうかわからず、長久としては疑うしかない。
加えて、千景は若葉をライバル視――半ば一方的なものであるが――しているため、そんな若葉と長久が行動することに機嫌を損ねている可能性もある。
悪く思われてはいないんだろうけど。長久は千景の感情が読み切れないため、いまいち踏み切れないでいた。
「……っと、そろそろ時間ね。私は講義に行くわ」
「あいよ、そしたらまた夜な」
「ええ、また夜に」
手を振って千景を見送る。……それから、千景の姿が見えなくなったところで長久は大きく息を吐いた。
「今日も全く進展がねぇー……」
千景への恋心を自覚してから、かれこれ約二年。長久の恋愛はほとんど進展がなかった。
なにせ自覚する前に二人で出かけたり、相手の家に遊びに行ったりとイベント事は大体こなしてしまっているのだ。
何をやっても目新しさがなくて、どうにも先に進んでる感覚を長久は得られなかった。
「あいつの恋愛は参考にならないしなぁ……」
脳裏に無駄に笑顔でサムズアップをキメるバカを描きながら、こいつ使えんと溜息を吐く。
他にも知っている限りでは、どいつもこいつも、自分含めてろくな恋愛をしてるやつがいない。
バカ、敗北者、カプ厨、織斑一夏……エトセトラエトセトラ。
やだ……私の知り合い、恋愛弱者ばっかり……? 長久は絶望した。
自力で何とかするしかない、長久は決意を新たにしながら唐揚げ丼、最後の一口を頬張る。
……とはいえ、決意を新たにしようが何しようが、相手が講義に出席しているため接触しようがないのでどうしようもない。
とりあえず長久は予定通りに行動することにした。
Q:日常っていうわりに午後の描写は?
A:長くなったから分割したよ。