しかし書いていて思ったんですが、麻子のおばあちゃんって何歳なんでしょうか?
麻子の年齢から逆算すると60後半から70前半くらいだと思うんですが、アニメを見ているともっと上のように感じられます。
公式で年齢が出ていないので何とも言えないところではありますが、ふと気になりました。
【武部沙織視点】
みほの様子がおかしい。
そう感じたのはたしかプラウダ戦が終わってすぐの頃だったと思う。
表面的にはいつも通りに見えたけど、どうにも無理をして笑っているように見えた。
当然だと思う。
負けたら廃校だから絶対勝てなんて、プレッシャーを感じるに決まってる。そんなの一人で背負えるものじゃないし、背負っちゃいけないと思う。
だから私は言ったんだ。
『ねえ、みぽりん。辛いことがあったら一人で抱え込まないで。もっと私たちを頼って。友達なんだから』
でもみほはぎこちなく笑って。
『ありがとう、沙織さん。でも大丈夫だから』
あの時のみほは単に遠慮してるだけだったのかもしれない。でも私は悔しかった。
私なんかに話してもどうにもならない。そう言われてる気がして。
そりゃ私は麻子みたいに操縦が上手いわけでも、華みたいに射撃が上手いわけでも、ゆかりんみたいに戦車に詳しいわけでもない。役に立てることなんてないかもしれない。
でも私だってみほの、皆の力になりたかった。だから私は自分にできることを精一杯やったんだ。
戦車のことも勉強したし、頑張ってアマチュア無線の免許も取った。これで少しは私でも役に立てるかもって思った。
『大洗女子学園フラッグ車走行不能! よって黒森峰女学園の勝利!』
でもそれも全部無駄だった。結局私は何にも役になんて立てなかった。
試合に負けて、大洗女子学園の廃校が決まって、皆バラバラになっちゃうんだから。
私を含めて皆沈んだ顔をしてたけど、そんな中で一番落ち込んでたのはみほだった。虚ろな目でずっと立ち尽くしてた。
私は何て声を掛けていいかわからなくて、それでも何か言わなきゃと思って必死に言葉を探して。
そんな時だった。みほのお姉さんがやって来たのは。
私は前の戦車喫茶でのやり取りを思い出して、思わずみほを庇うようにお姉さんの前に立った。それは麻子も華もゆかりんも同じだった。
何を言うつもりか知らないけど、みほを傷つけるつもりなら容赦しない。そんな気持ちだった。
でもみほはそんな私たちを手で制して、お姉さんに近づいていった。心配する私たちに大丈夫って伝えるみたいに微笑んで。
私は内心ハラハラしながら見守ってたんだけど、意外にもみほはお姉さんと普通に会話していた。前に会った時は険悪な雰囲気だったのに。
大洗が廃校になるのは勿論ショックだった。でもせめてみほがお姉さんと仲直りできただけでも良かったのかな。
『“私の戦車道”なんてなかったんだよ』
そんな思いもみほがお姉さんに言った言葉で全部吹き飛んだ。
そんなことない!
みほの戦車道はあったんだよ!
前に私、言ったじゃない!
私たちが歩いた道が、戦車道になるって!
あの時ウサギさんチームの皆を助けた、仲間を大切にしたいって気持ちが、みほの戦車道なんじゃないの!?
……そう、あの時言えてればよかったのに。
あの時の私には言えなかった。
代わりに私の頭に浮かんだのは別のことだった。
私、余計なことを言っちゃったのかな?
行ってあげなよ、なんて。
無責任なこと言っちゃったのかな?
そんな風に思っちゃって。
結局私はみほに何も言ってあげられなかった。
その後私たちは撤収作業に戻ったけど、いつの間にかみほはいなくなっていた。ゆかりんに聞くと電話でどこかに呼び出されたみたい。そしてしばらしくして帰ってきたみほは何か吹っ切れたような顔をしていた。ついさっきまで落ち込んでたのが嘘みたいに。
私はそんなみほが心配だった。だからせめて一晩だけでも一緒にいようとして、学園艦に戻って解散するとすぐにみほに声を掛けた。
でも。
『ごめん、今は一人になりたいから……』
って言われて。
私はそれ以上何も言えなくて、そのまま黙ってみほの背中を見送ってしまった。
みほが自殺したって知らせが届いたのはそれから数時間後のことだった。
どうしてあの時無理矢理にでも傍にいてあげなかったんだろう。
みほの様子が明らかにおかしいって、気付いてたはずなのに。
ごめんね、みほ。
役に立てなくて、ごめん。
無責任なこと言って、ごめん。
傍にいてあげられなくて、ごめん。
ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。
*
【冷泉麻子視点】
「ほら沙織、着いたぞ」
「え~? 酔ってないって~。ほら~、やっぱりいい女は酒は飲んでも飲まれないっていうか~……」
「……飲みすぎだぞ」
タクシーから降りると、私はへべれけになった沙織に肩を貸しながら歩き出した。
私たちの、私と沙織の家に向けて。
体格差があるせいで歩くのにも苦労したが、何とか玄関前まで辿り着いた。
今日も今日とて沙織は大学の飲み会に参加して、こうして前後不覚になるまで飲みまくっていた。
いつものことだ。沙織は交友関係も広いのであちこちから飲み会に誘われるし、それを断らない。
私はというと一緒に付き合って参加することもあれば、今回のように飲み会には参加せずに迎えにだけ行くこともあった。
沙織が酔い潰れる度に一緒に住んでいる私が介抱して連れて帰って、いつの間にかそれが当たり前になっていた。
まあ下手に他の連中に任せて沙織が悪い男に捕まりでもしたら大変だから、それ自体は構わない。
だがもう少し飲み方を何とかしてほしいものだ。何が酒は飲んでも飲まれないだ、飲まれまくっているじゃないか。
私は溜息を吐きつつ玄関の鍵を開けて。
ふとこの家で沙織と暮らすことになった経緯を思い出していた。
大洗の廃校が決まって、西住さんが亡くなった後。私はずっと学校を休んで家に引き籠っていた。布団に包まって、外界からの情報を遮断して、暗闇の中に閉じ籠り続けていた。
沙織も最初こそそんな私を毎朝起こしに来てくれたが、私がそれを拒絶し続けると諦めたのか無理矢理起こそうとはしなくなった。
それでも毎朝様子は見に来てくれたし、朝御飯と晩御飯は毎日作ってくれたが。
そんなある日、おばあから電話が掛かってきた。
おばあは当然私たちの状況は知っていた。あるいは沙織から何か言われたのかもしれないが、今となってはどうでもいいことだ。
おばあと言葉を交わしながらも私はどこか上の空だった。そんな私の様子が気付かれないはずもなく、おばあは私を叱り付けた。
いつまで塞ぎ込んでるつもりだって。
私がそうやっていれば全部なかったことになるのかって。
亡くなった西住さんの分まで精一杯生きるのが私の役目じゃないのかって。
おばあなりに私のことを心配してくれていたのはわかる。おばあの口の悪さなんて慣れきっていたはずなのに。
でも当時の私はカッとなって言い返して、そのまま大喧嘩をしてしまった。
遂には一方的に通話を切って携帯を放り投げてしまった。その後何度か携帯が鳴ったが、私は頭から布団を被ってそれを無視し続けて、気付けば寝入ってしまった。
おばあが亡くなったのはその翌日のことだった。
その日は私にしては珍しく沙織が訪れた時には目が覚めていた。今思えばあれは虫の知らせか何かだったのかもしれない。
いつものように私の部屋を訪れた沙織は、部屋の隅に転がっていた携帯を拾って私の布団の横に置いて朝食の準備を始めた。
前日のおばあとのやり取りを思い出した私は、気怠い体を起こしてそれを受け取った。
一晩寝て私も頭が冷えていた。おばあにも色々と酷いことを言ってしまった、謝らないと。そう思って私は携帯を開いた。
だが着信履歴を見て私はすぐに違和感を覚えた。
おばあの番号が何回も並んでいたのはいい。
問題なのはその上にあった知らない番号だった。時刻を見ると掛かってきたのは深夜で、留守番電話にメッセージも入っていた。
私はそれに猛烈に嫌な予感を覚えてすぐにメッセージを再生した。
電話は病院からだった。
そしておばあが倒れて病院に運ばれたと聞いて――
その後のことはよく覚えていない。
私が覚えているのは、病院に到着した時にはおばあは既に亡くなった後だったということだけだ。
どうして私はこうなんだ。
いつもいつも取り返しのつかない言葉を口にして。
挙句、大切な人の死に目に会うことすらできない。
おばあがいなくなってからというもの私は抜け殻のような状態だった。
両親が亡くなって以来、私にとってはおばあだけが唯一の家族だった。そんなおばあがいなくなって、私は生きがいを無くしてしまった。
だが自殺する気にはなれなかった。
死にたいと思ったことがないわけじゃないが、その度に西住さんのことが頭を過ってとても自分から死ぬ気にはなれなかった。
かと言って生きようとする気力は微塵も湧いてこなかった。
死ねないから生きている。ただ心臓が動いて呼吸しているだけ。当時の私はそんな状態だった。こんな状態で私は本当に生きていると言っていいのだろうか? そんな益体のないことを考えてしまう程度には私は酷い状態だった。
でもそんな私を沙織は見捨てないでくれた。
私の家に泊まり込んで甲斐甲斐しく世話を焼いてくれて。いつの間にか沙織と一緒に暮らすのが当たり前になっていた。
そんな沙織の姿に対して私が抱いたのは、感謝の念よりも申し訳なさだった。
沙織は自分の生活を犠牲にしてまで私の世話をしてくれた。だが私にそんな価値なんてない。沙織には沙織の人生がある、それを奪う権利なんて私にはない。
だから私は言ったんだ。
もう私のことは放っておいてくれ、と。
『私なんかのために沙織が自分の人生を犠牲にする必要なんてない。私の家族はみんないなくなってしまった。私は一人ぼっちだ。もう生きている意味もない――』
パンッ! と乾いた音が響いた。
一瞬何が起きたかわからなかったが、遅れてきた頬の痛みで私はようやく沙織に叩かれたのだと理解した。
『お願いだから、そんなこと言わないでよ』
沙織は泣きそうに顔を歪めると私を抱き締めてきた。
『私がいる、華もいる、ゆかりんもいる。麻子は一人なんかじゃない!』
沙織の体は、声は、震えていた。
『私はもう二度と、友達を無くしたくなんてないっ!!』
沙織は痛いくらいに強い力で私を抱き締めると、堪えきれなくなったのか嗚咽を漏らした。
そんな沙織を抱き締め返して、私は謝り続けた。沙織が泣き止むまでずっと。
思えば私はずっと沙織に迷惑を掛けてきた。
おばあが亡くなった時に限らない。西住さんが亡くなった時も、両親が亡くなった時も。いつも沙織は私の傍にいて私を支えてくれた。
沙織に迷惑を掛けるのなんて今更だ。なら私がすべきなのは沙織を遠ざけることじゃない。せめて沙織に心配を掛けないようにすることじゃないのか。
そう思った私はその日以来、少しずつ学校にも出るようになっていった。
正直辛かった。両親もおばあもいなくなって誰一人家族はいない。西住さんという友達も無くして、大洗女子学園も廃校になる。私はあまりにも多くのものを無くしてきた。
それでも私には沙織がいてくれた。沙織の力を借りて少しずつ私は元の日常を取り戻していった。
大洗が廃校になった後は、私と沙織は一緒の高校に転校した。
転校先の高校に戦車道はなかった。仮にあったとしても私も沙織も戦車道を続ける気にはなれなかっただろうが。
卒業できるかどうかだけが不安だったが、意外にもすんなりと卒業できた。
てっきり出席日数が足りないものだと思っていたが、大洗にいた頃にあれだけ溜まっていた遅刻や欠席はどうなったのだろうか。
戦車道の成績優秀者は遅刻見逃し200日、通常授業の3倍の単位という特典があるとは言っていたが、まさかそれだろうか。
まあ、無事卒業できたのだからどうでもいいことだが。
高校卒業後、私は陸に上がって沙織と一緒の大学に進学することを選んだ。
理由は単純だ。沙織のことが心配だったからだ。
西住さんが亡くなってからというもの、沙織は私たちが暗い気持ちにならないようにとあえて普段通りに明るく振る舞っていた。
そんな沙織の様子は無理をしているのが見え見えで、危なっかしかった。
おばあがいた頃は高校を卒業した後は就職して面倒を見なければと思っていたが、その理由もなくなったから、というのもある。
大学に入学するにあたって私はおばあが住んでいた家にそのまま住むことになった。そして何故か沙織も一緒に住むことになったんだ。
理由を聞いたら「麻子のこと、放っておけないんだもん」とのことだった。
まあ、高校時代はほとんど一緒に住んでいると言っていい状態だったし、私としては沙織が朝起こしてくれて家事もやってくれるならありがたいので断る理由はなかった。
……それにおばあがいなくなったこの家は一人では広すぎたから。
そんな過去を振り返っていると、いつの間にか寝室に着いていた。私は沙織を布団に横たえるとようやく一息ついた。
だらしなく布団に寝そべる沙織を見て、私は苦笑する。
「そんなんじゃいつまで経っても彼氏はできそうにないな」
もっとも普段からそうやってからかってはいるが、本当はわかっているんだ。
沙織が恋人を作る気がないということも、その原因についても。
「いいよ別に」
「何?」
「彼氏なんて作る気ないし」
ぎょっとして思わず沙織の顔を覗き込む。ついさっきまで酔っぱらって焦点が合っていなかった瞳は、今でははっきりと私の顔を見つめていた。
「気付いてたんでしょ?」
その真っ直ぐな視線を受け止められなくて私は視線を逸らす。それが何よりも明確な回答だった。
「みほを、友達を死なせておいて、自分だけ幸せになるなんて。できるわけないよ、そんな最低なこと」
わかってはいた。沙織が本当は恋人を作る気がないことも。その原因が西住さんの自殺にあることも。沙織が西住さんの自殺に責任を感じてずっと自分を責め続けていることも、全部。
「みほが思い詰めてるって気付いてたのに、私何もしてあげられなかった。友達だったのに、ずっと傍にいたのに、そのくせ何も理解してあげられなかった。だからあんな無責任なこと言っちゃったんだ……」
あんな無責任なこと。たしか前にも沙織は同じことを言っていた。忘れもしない、4年前の決勝戦が終わった後のことだ。
あの試合は大洗女子学園の廃校が懸かった一戦だった。私たちは最初こそ黒森峰の奇襲に慌てふためいたものの、その混乱が収まると徐々に試合のペースを掴んでいった。あの黒森峰と互角に渡り合っていた。
そして最終決戦の場である市街地へと向かうために川を渡っている最中にそれは起こった。
ウサギさんチームの車輌がエンストしたのだ。
まるで前年の決勝戦の再現だった。もっともその時とは違い川は増水していたわけではない。だから中の乗員の命にかかわることはなかっただろうが放っておけば横転しかねず、危険なことには変わりはなかった。
救助しようにも後ろからは黒森峰の本隊が迫っている。ここで時間を食えば追いつかれてその場で全滅もあり得る、そんな状況だった。
私たちは選択を迫られていた。ウサギさんチームを見捨てて前進するか、危険を承知で救助に向かうかを。
どうすべきか。車長であり隊長である西住さんの判断を仰ごうとして。
振り向いた私の目に映ったのは――
『わからない……わからないよ……』
顔を俯かせて、ぼろぼろと涙を流して泣きじゃくる西住さんの姿だった。
私は目の前で起こっていることが信じられなかった。
西住さんは普段戦車に乗っていない時はどうにも頼りなくて抜けているところがあった。
だが一度戦車に乗ればまるで別人のようだった。
常に冷静に戦況を分析し、的確な指示を出し、私たちを勝利に導いてくれる、誰よりも頼りになる存在だった。
そんな西住さんが泣いていた。どうすればいいのか、どうしたいのかわからずに途方に暮れていた。
車内は重苦しい雰囲気に包まれていた。誰もが黙り込んでいた。何を口にしていいかわからずに口を噤んでいた。
『行ってあげなよ』
そんな時だ。私の隣に座っている沙織が西住さんに声をかけたのは。
その言葉を聞いた西住さんは目を見開いて沙織を見詰めていた。
『……いいの?』
呆然と呟く西住さんに対して、沙織は力強く頷いてみせた。
西住さんはそれでも踏ん切りが付かないようで私たちの顔を見渡していた。秋山さんが、五十鈴さんが、そして私が何も言わず頷いて後押しするとようやく覚悟を決めたのか、袖で涙を拭ってウサギさんチームの救出に向かうと宣言した。
その後西住さんはウサギさんチームを無事救出した。当初の作戦通り市街戦に移り、最終的に敵のフラッグ車との一騎討ちに持ち込んだ。
そして……あと一歩及ばず敗北した。
その日のうちに西住さんは自殺した。
沙織はあの一言を悔やんでいた。無責任なことを言ってしまったんじゃないかと。そして未だにその思いを引きずっているらしい。
「そんなことはない」
だから私はあの時と同じように沙織の言葉を否定した。
そうだ、そんなはずがあってたまるか。
沙織は悪くない。沙織はただ西住さんの背中を押してあげただけだ。何も間違ったことはしていない。
もちろん西住さんが悪いわけでもない。仲間を助けるのが悪いわけがないし、それが原因で負けたわけでもない。
あの時前進するより仲間を助けることを優先したのは決して間違いなんかじゃなかった。私は今でもそう思っている。
だが結果が伴わなかった。
そしてあの試合は何よりも結果が優先される試合だったんだ。
『“私の戦車道”なんてなかったんだよ』
西住さんのお姉さんに向けて言った言葉が今でも忘れられない。思い出す度に胸が張り裂けそうになる。
勝たなければいけなかった。大洗の廃校を阻止するためだけじゃない。西住さんの戦車道を守るためにもあの試合だけは絶対に勝たなければいけなかったんだ。
いや、あと一歩で勝てた試合ではあった。大洗と黒森峰の戦力差は圧倒的だったが、フラッグ車同士の一騎討ちに持ち込んだ時点でそんなものは関係なくなっていた。
最終的に勝負を分けたのはほんの少しの差だ。秋山さんは負けたのは自分のせいだと言っていたが、私を含めてあの時Ⅳ号に乗っていた人間は誰もがそう思っていた。
今でも思う。もしあの時勝てていれば、すべて上手く行ったんじゃないかと。大洗女子学園は廃校にならず、西住さんも死なずに済んで、今でもあんこうチームの五人で仲良く遊んで笑い合って。そんな未来がありえたんじゃないかと。
だが現実はどこまでも非情だ。大洗は廃校になった。西住さんは亡くなった。戦車道をやっていた仲間も、大洗に住んでいた皆もバラバラになってしまった。
それを悲しむ気持ちはわかる。私だって同じ気持ちだからだ。だからといって沙織が責任を感じるのは見当違いもいいところだ。
「頼むからそんな風に自分を責めないでくれ。沙織は何も悪くない」
私は沙織の体を起こすと、ぐずる子供をあやすように抱きしめながら頭を撫でる。
「違うよ。私が悪いんだ。全部全部、私が……」
酒が入っているせいだろうか。常の沙織からは考えられないくらいに思考がネガティブになっている。
いや、違う。
本当は沙織だってずっと辛い思いを抱えていたんだ。それを必死に押し隠して無理に笑っていただけで。そして今まで我慢していた分だけ、箍が外れて感情が溢れ出してしまったんだ。
どうすればいい? いくら考えても答えは出なかった。
当然だ。私が沙織に慰められることは今までに何度もあった。だがその逆など今まで一度もなかったんだから。
何が学年主席だ、何が天才だ。
私は無力だ。
友達一人救えず、今もこうして打ちひしがれる沙織を相手に何もできずにいる。
「もうやだ。もう、消えちゃいたいよ……」
「そんなこと言わないでくれ」
しかし沙織が呟いた聞き捨てならない台詞に私は考えるより先に反応していた。否定の言葉とともに沙織を抱き締める腕に力がこもった。
「私はお前に救われたんだ」
両親がいなくなった時も。
西住さんがいなくなった時も。
おばあがいなくなった時も。
いつも沙織は私に寄り添って支えてくれた。沙織がいなければ今頃私はこの世にいない。沙織がいてくれたから私は生きてこられた。今では沙織の存在こそが私の生きる意味そのものだと言ってもいい。
そんな沙織がいなくなるなんて耐えられない。そんなことを言う奴は許せない。例えそれが他ならぬ沙織本人だとしてもだ。
一度口を開けば先程まで言葉に詰まっていたのが嘘のように私の口からは言葉が溢れ出してきた。
「いいか沙織、何度でも言うぞ。お前は何も悪くない。お前が西住さんの死に責任を感じる必要なんてない。
別に忘れろと言ってるんじゃない。西住さんのことを忘れられるわけがないし、忘れちゃいけない、それは当然だ。
でもな、だからといって罪の意識に囚われて自分を責め続けて何になる?」
そうだ。おばあも言っていたじゃないか。塞ぎ込んで自分を責めてそれで過去が変わるのかって。亡くなった人の分まで精一杯生き続けるのが私の役目だって。
「お前は幸せになっていいんだ。これからも幸せに生き続けるべきだ。私はお前に、幸せになってほしいんだ」
私は祈るように言葉を紡いだ。私の気持ちが沙織に届きますようにと。
「……麻子、今のちょっと告白みたいだね」
茶化すな、と言おうとして私は口を噤む。
そして代わりに口を衝いて出たのは別の言葉だった。
「そうだ、これは告白だ」
「え?」
それもいいかもしれない。
お前が自分から幸せになる気がないなら。
私がお前を幸せにしてやる。
「なあ、沙織。さっき“彼氏”を作る気はないと言ったな?」
私は沙織の体を離すと、沙織の目を真っ直ぐに見詰める。
「でも“恋人”を作る気はないとは言っていない」
わかっている。こんなのは屁理屈に過ぎないということくらい。
だが今必要なのは理屈ではなく気持ちだ。相手を納得させられるだけの真摯な想いだ。
「私を沙織の恋人にしてくれ」
私は沙織の目を真っ直ぐに見詰めて思いの丈をぶつけた。
沙織は私の告白に目を見開いて固まっていたが、すぐに目を逸らして肩を竦める。
「……何それ、同情のつもり? 恋人ができない可哀想な沙織さんに愛の手を、って?」
私の言うことをまるで本気にしていない、悪い冗談だとでも思っているのだろう。
だが。
「私は本気だ」
私はあくまで引かなかった。一度言ってしまった以上、誤魔化すようなことはしたくなかった。
「……どうして?」
沙織は未だに信じられないのか、呆然と呟いた。
どうしてだと? 決まっている。
「沙織のことが好きだからだ」
ずっと胸に秘めていた、これから先も秘め続けたままでいようと考えていた想い。それを私は口にした。
「私はずっと沙織に支えられてきた。だから今度は私が沙織を支えたい。ずっと傍にいたい。ずっと傍にいてほしいんだ」
そこまで言ってようやく沙織も私の本気を感じ取ったのだろう。表情を引き締めて真っ直ぐに私の目を見詰め返してきた。
「……本気で言ってるの?」
「ああ」
「私、面倒くさい女だよ?」
「知ってる」
「麻子にいっぱい迷惑掛けるよ?」
「お互い様だ。むしろ私の方が毎朝起こしてもらったり、沙織に迷惑を掛けているだろう?」
「後になってやっぱり別れようとか言っても絶対に逃がしてあげないよ?」
「それはむしろこっちのセリフだ。絶対に離れないし、離さない」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉に淀みなく返す。だがそれでも沙織は納得いかないらしい。
「じゃあさ、証拠見せてよ」
「……何をすればいい?」
一体どうすれば信じてもらえるのか。私にできることなら何だってするぞ。
「キスして」
予想外の言葉に私は面食らった。
いや、たしかに恋人ならキスくらい当たり前なのかもしれないが、そういうのはもっと段階を踏んでから、などと考えたが恐らくそれを言おうものなら沙織は二度と私の想いを受け入れてくれないだろう。
私は意を決してすっと沙織の顎を持ち上げる。
私がゆっくりと顔を近づけると沙織はそっと目を閉じる。
胸がドキドキしている。
こんなに緊張するのは人生で初めてかもしれない。
沙織との距離が縮まるにつれて、心臓の鼓動がどんどん速くなるのを感じる。
そうして遂に唇と唇が触れ合い。
私たちは誓いの口づけを交わした。
沙織の柔らかい唇の感触が心地良い。あまりの心地良さに頭がくらくらする。酒臭いのは減点だが、そんなことがどうでもいいと思えるほど、私の心は幸福感に満ちていた。
このまま時間が止まってしまえばいいのに。そんな名残惜しさを感じながらも私は唇を離した。
ゆっくりと目を開いた沙織は頬を赤らめてはにかんだように笑った。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
冗談めかして三つ指ついて頭を下げたかと思うと、沙織は不意に私に抱き着いてきた。
私は慌てた。まさかこのままの流れでキスの先まで行く気か、と。
ちょっと待て、心の準備が、と言おうとしたところで沙織の寝息が聞こえてきた。
「……この流れで寝るか、普通!?」
とはいえほっとしたのも事実で、途端に体から力が抜けてその場に倒れ込んでしまった。沙織はというと私の胸に頭を乗せて幸せそうに眠りこけていた。
その顔を見ているだけで何もかも許せてしまうのだから、我ながら単純なことだ。苦笑しながら沙織の体を布団に横たえる。
私も同じように隣の布団に入って目を閉じる。
視界が暗闇に包まれると私は不意に不安に襲われた。そして考えてしまう。本当にこれでよかったのかと。
沙織が好きだという気持ちに嘘はない。告白したこと自体に後悔はない。
だが勢いで言ってしまっていいことではなかったんじゃないか。もっと色々と考えるべきじゃなかったのか。
私と沙織が恋人になると聞いて周りの人間はどう思うだろう?
沙織の家族は?
五十鈴さんや秋山さんはどう思うだろう?
そもそも沙織も酔った勢いで受け入れただけで、明日になって冷静になったらやっぱり無理だと言われるんじゃないか。
いや、下手をすれば忘れている可能性すらある。
そうなったらもう一度告白する勇気は私にはない。
「まこ~……」
そんな思考の渦に飲まれていた私は、沙織の寝言で我に返った。
「だいすき……」
……ああ、本当に。
本当に我ながら単純にも程がある。
あれだけ感じていた不安がたった一言で霧散してしまうなんて。
「おやすみ、沙織」
これからの私たちの未来がどうなるかなんて、私にはわからない。
でもきっと大丈夫だ。
だって私は一人じゃないんだから。
何があっても沙織と一緒なら乗り越えられる。
私はそう信じることにして、ゆっくりと瞼を閉じた。
角谷杏にとっての干し芋。
秋山優花里にとっての戦車。
武部沙織にとっての彼氏。
あんなに大切なものを捨ててしまうほどにみほの死はショックだった。
というわかりやすい記号ではありますが、あまり乱用すると萎えるだろうしこれくらいでやめておこうと思います。
ダー様が紅茶を飲まないとか、華さんが華道を捨てるとかは有り得ないと思いますし。
……沙織さんに捨てる彼氏なんていましたっけ? とか言ってはいけない。
あんこうチームはこれで残るは華さんのみ。
……ではありますが、華さんの話はまだ先になります。
この小説に望むのは?
-
救いが欲しいHAPPY END
-
救いはいらないBAD END
-
可もなく不可もないNORMAL END
-
誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
-
書きたいものを書けばいいTRUE END