まさかの総合日間ランキング入り!
これも読んで下さる皆さまのおかげです!
本当にありがとうございます!!
さて今回は小梅ちゃんのお話。
プラウダ戦以降みほは情緒不安定になっており、その結果思わぬところに被害が波及することに。
あと百合要素ありです。
【赤星小梅視点】
悲痛な面持ちで、まるで罪人が己の罪状を告白するように声を絞り出す優花里さんの姿に私は胸が苦しくなった。
その気持ちは痛いほどに理解できたから。
私もよく悪夢を見た。
川に沈む夢。
水没する戦車から必死に脱出しようとする夢。
私以外は全員脱出して、後は私だけ。
そこで何かに足を掴まれて動けなくなって。
息が苦しくなって、必死に藻掻くけど振りほどけなくて。
そのまま水底に引きずり込まれて。
最後は力尽きて意識が闇に飲まれる。
そんな夢を毎日見た。
あの夢は死の危険に晒されたが故の恐怖心から来ていたのかもしれない。
けど私はそれに加えてみほさんに対する罪悪感が見せたものじゃないかと思っている。
私はいつもみほさんに迷惑を掛けてばかりだったから。
みほさんとの出会いを思い出す。
私が初めてみほさんに会ったのは中学生の時だった。
私は子供の頃からずっと戦車道が好きだった。だから必死に努力して名門である黒森峰女学園に入学した。
でも最初は何をやっても全然上手く行かなくて、練習もきつくて、周りに迷惑ばかりかけていた。
そんな私にみほさんは優しくしてくれた。私がミスをして迷惑をかけても責めることなく、逆に励ましてくれた。
私は最初みほさんのことをもっと怖い人かと思っていた。西住流というとどこか近寄りがたいイメージがあって、事実まほさんはそうだったから。
でもみほさんは違った。とても親しみやすくていい意味で西住流らしくない人だった。
エリカさんはそれが気に入らないみたいだったけど、私はそんなみほさんのことが好きだった。一緒に頑張りたいと思っていた。
みほさんのおかげで私はきつい練習にも耐えられた。ミスも減って次第に実力もついていって、ついにはレギュラーにも選ばれた。
そして高校に入学するとそのままの勢いで一年生でレギュラーに選ばれた。
まるで夢のようだった。あの黒森峰でそれも一年生のうちにレギュラーになれるなんて思っていなかったから。
何よりみほさんと一緒に戦える、それがとても嬉しかった。本当に幸せで充実していて、こんな日がいつまでも続くって信じて疑わなかった。
あの事故が起こるまでは。
あの日からすべてが狂ってしまった。
みほさんは塞ぎ込んでしまったし、あの時滑落した戦車の乗員は針の筵に座らされた思いで毎日を過ごしていた。
いじめも受けた。『死ねばよかったのに』なんて言われたこともある。実際死のうと思ったこともあったが何とか耐えた。
そんな日が延々と続いて、気付けばあの日あの車輌に乗っていた人間の中で残ったのは私だけになった。みほさんは黒森峰をやめて他の高校に転校することになった。
それでも私は戦車道をやめなかった。
何故か?
簡単なことだ。すべてはみほさんのためだ。私が戦車道を続けていたのはひとえにみほさんのためだった。あの日のみほさんの行動は間違っていない、それを証明するためだけに私は戦車に乗り続けた。
でもそのみほさんはいなくなってしまった。
そして私は戦車道をやめた。
未練はなかった。あんなに好きだったのに、あんなに必死に頑張ってきたのに、驚くほどあっさりと手放してしまった。
みほさんがいなくなったからというのは勿論ある。でもそれ以上に大きかったのは、私のやってきたことが無意味だったと思い知らされたからだ。
4年前の決勝戦。試合前に私はみほさんを呼び止めてあの時のお礼を言った。
それまでずっと胸につかえていたものが取れた気がした。言いたくても言えなかった、感謝の気持ちをようやく伝えることができたと思った。
でもそれは私の自己満足でしかなかった。
『何それ?』
一瞬誰の声かと思った。だってその声はみほさんのものとは思えない程に冷たい響きだったから。
思わず顔を上げた私の目に映ったのは。
『何で今頃になって、そんな、そんな……!』
私を睨みつけるみほさんの顔だった。
私は目の前の光景が信じられなかった。みほさんのあんな怖い顔は初めて見たから。いやそもそも怒っているところ自体見たことがなかった。
何より信じられない、信じたくなかったのは、その怒りを向けられているのが自分だということだった。
私は逃げるように後退った。みほさんから、直視したくない目の前の現実から逃げるように。
そんな風に前ばかり見て足元が疎かになっていたせいか、私は足を滑らせてよろめいた。
倒れる、と思ったところで何かが私の肩に触れた。そしてそのまま引き上げられた。
恐る恐る目を開くとそこにいたのはエリカさんだった。いつの間にか私の傍にいて肩を抱いて支えてくれていた。そして怯える私を庇うようにみほさんと対峙していた。
エリカさんに助けられたのはあれが初めてじゃなかった。
エリカさんは何度も私のことを助けてくれた。私が敗戦の責任を糾弾されるのを何も言わずに耐えていると、エリカさんは庇ってくれた。
「あの逸見さんが?」
優花里さんは信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。その反応に苦笑する。
あの人は誤解されやすいけど本当は優しい人だ。たしかに言動がきついところがあるし、私自身そのせいで傷ついたこともある。でもその何倍も助けてもらった。
あの時もそうだった。
しばらくの間二人は睨み合っていたけど、不意に視線を逸らすとみほさんはそのまま何も言わずに私たちに背を向けて去っていった。
その後の試合のことは正直よく覚えていない。
私が覚えているのは結果だけだ。
黒森峰が大洗を破って悲願の優勝を勝ち取ったこと。
そしてみほさんがその日の内に自殺したことだけだ。
「私がもっと早くお礼を言えていればよかったんです。みほさんの行動は、みほさんの戦車道は間違ってなかったって言ってあげれば……いいえ、そもそもあの時私の車輌が川に落ちなければ、みほさんは苦しまずに済んだのに」
そうだ、だからきっと。
「みほさんが死んだのは私のせいなんです」
重苦しい沈黙が私たちの間に漂う。
店内に流れるBGMだけが穏やかに空気を震わせ続ける。
このままこの状態が永遠に続くのではないかと、そんな錯覚を覚えるほどに私たちの間に流れる空気は重かった。
「そんなの」
そんな沈黙を破ったのは優花里さんだった。
「そんなの、小梅さんは何も悪くないじゃないですか。あの事故も、黒森峰が負けたのも、ましてやみほさんが死んだのだって、小梅さんに責任なんてありません」
優花里さんの言葉にエリカさんの面影が重なった。
まったく似ても似つかない二人なのにそう思ったのは、二人とも私に同じことを言ってくれたからだ。
貴方は悪くない、って。
あれはみほさんが亡くなってしばらく経った日のことだった。
私はみほさんが亡くなってからというもの、ずっと部屋に引き籠り続けていた。戦車道の練習どころか授業すら出ずにベッドに独り蹲っていた。同室のエリカさんが声を掛けてくれても、無視するか生返事をするばかりで、ほとんど生きた屍といっていい状態だった。
『いつまでそうやっているつもりなの?』
そんな私の様子を見てエリカさんが声を掛けてきた。私はそれに返事もせずに黙りこくっていた。そこまではいつも通りだった。
しかしその後は普段とは違う展開になった。
不意に視界が回転した。
背中に感じる布団の感触と視界一杯に広がるエリカさんの顔を見て、ようやく私は自分がベッドに押し倒されていることに気付いた。
まともにエリカさんの顔を見たのは久しぶりだったけど、見るに堪えない有様だった。
私も大概酷い状態だったはずだけど、エリカさんもそれに負けていなかった。目には隈ができて、肌も荒れて、綺麗な銀髪は見る影もなく傷んでいた。
『いつまでも悲劇のヒロイン気取ってんじゃないわよ!』
その言い様にカチンときた。
付き合いも長いので、私もエリカさんの口の悪さに慣れてはいた。
でもあの時の私にはエリカさんの暴言を聞き流すだけの心の余裕がなかった。
『一番辛いはずの隊長が耐えてるのよ? 今日だって戦車道の練習を最後までやり遂げて、今も隊長室で一人業務をこなしてる。それなのに、貴方はいつまでそうやって自分の殻に閉じこもってるつもり!?』
『エリカさんに何がわかるんですか!?』
私は怒りに任せてエリカさんの襟首を掴んで体勢を入れ替えた。どこにそんな力が残っていたのかと私自身が驚いたほどだ。
それはエリカさんも同様で、呆然と私を見上げていた。さっきまで抵抗できるだけの体力も気力もなくされるがままになっていた私が豹変したんだから無理もない。
『私のせいで、私があの時川に落ちたせいで、試合に負けてみほさんは転校して。私は助けてもらったのにお礼も言えなくて、そのせいでみほさんはずっと苦しんで、死んでしまって。全部、全部私が悪いんですよ!!』
『貴方は悪くないでしょう!?』
私に負けないくらいの声量で叫び返すエリカさんに私は呆気に取られた。
『あの娘が死んだのは私のせいよ。本当は全部私が悪いの。だから貴方が責任を感じる必要なんてない。だから自分を責めないでよ、お願い。でないと、私は……』
そこまで言ってエリカさんは顔を覆って泣き出してしまった。
あのエリカさんが涙を見せるなんて信じられなかった。エリカさんはどんな時も気丈に振る舞って、他人に弱みを見せるようなことは絶対にしない人だったから。
私は訳が分からないながらもそんなエリカさんを慰めて。
気付けばそのまま二人して眠りこけてしまった。
その後、先に目が覚めたのは私の方だった。
まだ夜中なのを見て取ってもう一度寝ようと思った私の耳に入ってきたのは、隣で寝ていたエリカさんの呻き声だった。
最初は自分の隣でエリカさんが寝ているという事実に頭が混乱したけれど、次第に眠りに落ちる前の状況を思い出して冷静さを取り戻した。
エリカさんは魘されていた。
一体どんな夢を見ているかはわからなかったけれど、寝言でみほさんの名前を呼んでいた。
みほさんが死んだのは自分のせいだ。エリカさんの言葉を思い出した私は、やはりどうしていいかわからなくて、でも目の前で苦しんでいるエリカさんを放っておけなくて、抱き締めて安心させるように頭を撫でてあげた。
しばらくそうしているとエリカさんは段々と落ち着いてきて、安らかな寝息を立て始めた。
それを見て私も安心して再び眠りについた。
何故エリカさんがみほさんの死に責任を感じるのか当時の私にはわからなかった。
たしかにエリカさんはみほさんが黒森峰にいた頃はよく突っかかっていたし、みほさんの西住流らしくない人柄に不満を抱いてはいた。
でも私はエリカさんがあの事故のことでみほさんを責めているのは見たことがなかった。
みほさんがしたことは西住流にあるまじき行いだと言ってはいたし、みほさんに対して見返してやればいいと発破をかけているのは見たことがあった。
それでも直接みほさんを詰るようなことはなかった。それどころかみほさんが救出した車輌の乗員が私以外全員やめたのを見て、みほさんが転校して戦車道をやめるのも仕方がないとすら言っていた。
でも優花里さんの話を聞いて納得した。優花里さんが話した通りなら、エリカさんがみほさんの死に責任を感じるのもわかる。
でもそれで私がエリカさんに助けられた事実が変わるわけじゃない。
あの事故以来私の周りには二種類の人間しかいなかった。
私を責める人。
私と関わろうとしない人。
そのどちらかだった。
私の周りは敵だらけだった。私はずっと孤独だった。この世界の中で孤立していた。
みほさんが間違っていなかったと証明するなんて意気込んでいたけど、そんな状況が続くと次第に私は疲弊していった。何度も心が折れそうになった。
そんな中でエリカさんだけは他の人とは違った。唯一明確に私の味方になってくれた。私がいじめに遭っていた時に庇ってくれた。
あるいはエリカさんにとっては単にいじめが見るに堪えないとか、そんな何気ない理由だったのかもしれない。
それでも私の心は間違いなく救われたんだ。
世界中が敵だらけに見えていた私にとって、自分の味方でいてくれる存在がどれだけ心強く、ありがたかったか。
私の想いを、存在を肯定してくれた。それに私がどれだけ救われたか。
みほさんを追い詰めたエリカさん。
私を救ってくれたエリカさん。
どっちが本当のエリカさんなのか。
私にはわからないけれど、とりあえず一つだけ言えることがある。
優花里さんの話を聞いた今でも、私はエリカさんを嫌いにはなれないということだった。
こんなことを言ったら優花里さんは怒るかもしれないけれど、それでもそれが私の本心だったから。
それに私には負い目もあった。
私は結局あの後戦車道をやめてエリカさんの傍から離れてしまったから。
みほさんが亡くなってから大変な状況にある黒森峰に、エリカさんを置き去りにしてしまったから。
あの日気持ちを吐き出したおかげか私は徐々に心身ともに回復していって、通常授業に出れる程度には回復した。
でも戦車道を続ける気にはとてもなれなかった。
戦車道を続けるだけの理由も熱意も失い、むしろ戦車を見ても辛い気持ちしか湧いてこなくなってしまっていた。
そして私は正式に戦車道をやめて普通科に編入することを決めた。
隊長であるまほさんにその件を報告すると、ただ「そうか」とだけ答えた。
引き止められても困るけれど、あまりに素っ気ない対応だった。
もっとも、エリカさんが言った通りみほさんが亡くなって一番ショックを受けているのはまほさんだろうし、私なんかに構っている余裕はないだろうことも理解できた。
だから私は用が終わるとすぐに退室しようとした。
『赤星』
そんな私をまほさんは呼び止めた。
『戦車道をやめるのは構わない。だが一つだけ頼みがある』
『何ですか?』
戦車道をやめる私に何を頼むことがあるのか。
訝しむ私に対して、まほさんは椅子から立ち上がって私の目の前まで来ると深々と頭を下げた。
『身勝手な頼みだとは承知している。それでも頼む、これからもお前は生き続けてくれ。みほのためにも、みほがしたことが無駄ではなかったと証明するためにも。せめて、お前だけは……』
あのまほさんが私に頭を下げている。それがあまりに予想外で、私の脳はその事実を認識するのに時間を要した。
頭が冷静さを取り戻し、まほさんが言ったことを理解するにつれて私の心の内に湧き上がってきたのは怒りだった。
『本当に身勝手なお願いですね』
たしかに当時の私は生きる意味を見失っていたし、一時は死んでしまおうかとすら考えた。それを見透かした上での言葉だったんだろう。
けどその台詞には私に対する思いやりなんて欠片も感じられなかった。私の気持ちなんて一切考えていない、ただみほさんのことしか考えていない台詞だった。
それだけこの人にとってみほさんは大切な存在だったんだろう。
しかし、ならどうしてみほさんが生きている間に何かしてあげなかったのか。
みほさんが黒森峰で孤立していた時に何もしなかったくせに。みほさんが死んだ後になって姉として振る舞おうとするその姿には軽蔑すら覚えた。
罪滅ぼしのつもりだろうか。ならあまりにも遅すぎだった。
この人が隊長としてではなく姉としてみほさんにちゃんと接してあげていれば、みほさんは死なずに済んだんじゃないか。
自分のことを棚上げして私はそんなことを思った。思わずにはいられなかった。
でも私はそれを口に出すことはしなかった。私には言う資格がないことだと理解していたし、それこそ言っても遅すぎる話だったから。
『私はたった今戦車道をやめた身です。だから隊長の命令を聞く義務はありません』
代わりに口を衝いて出たのはそんな突き放すような冷たい言葉だった。自分自身こんなに冷たい声が出せるのかと驚いたくらいだ。
『ですが先輩の一人の人間としての……いえ、みほさんの姉としてのお願いなら話は別です』
まほさん個人のお願いなら聞く義理はなかった。でもみほさんの姉としてのお願いなら聞いてもいいと思った。
私はみほさんを傷つけてしまった。あの優しいみほさんがあんな顔をするほどに追い詰めてしまった。その罪は償わなければならない。
例えどんなに辛くても。生きることが私の務めであり、罰であり、贖罪だ。
それが私の生きる意味、存在意義だ。そう思ったから。
『ありがとう』
私の返答を聞いて安心したかのように再び頭を下げるまほさんを一瞥することもなく、私は隊長室を後にした。
少しでもあの場に留まっていたらまほさんに何を言ってしまうかわからなかったから。
私はまほさんのことは一戦車乗りとして純粋に尊敬していた。でもあの日以来、私のまほさんに対する認識は戦車に乗るしか能がないダメな人というものに変わってしまった。
ただ今でもそうかというと、そうでもない。
あの時の私は頭に血が上っていた。戦車乗りは頭に血が上りやすい人が多いというけれど、私もその例外ではなかったらしい。
今は戦車に乗らなくなって久しく、あの時まほさんに対して感じていた怒りも沈静化した。
代わりに今まほさんに対して抱くのは哀れみだった。それは先日偶然見た戦車道の試合も無関係ではないだろう。
テレビで見たまほさんは見る影もないほどに変わり果てていた。その顔には人としての温かみなど欠片も感じられず、まるで機械のようだった。
そんなまほさんの姿を見て私は少し認識を改めた。
戦車に乗ること以外能がないのではなく、戦車に乗る以外許されない、もしくは他に何をすればいいのかわからない、そんな哀れな人という認識に変わった。
そういう意味では、まほさんもまた被害者だったのかもしれない。
とはいえ、戦車道をやめた私にできることもない。
それにまほさんを支えるべきなのは私じゃない、もっと相応しい人がいるはずだ。
「小梅さん?」
優花里さんの声に意識を現実に引き戻される。
いけない、目の前の優花里さんを放って物思いに耽るなんて。
私は頭を切り替えて先程の優花里さんの言葉を思い出す。
「優花里さん、本当にそう思いますか? 私は何も悪くないって、そう言ってくれますか?」
「勿論!」
力強く肯定する優花里さんを見て私の顔には自然と笑みが浮かぶ。
優花里さんの気持ちは素直に嬉しい。反面、それに甘えてはいけないという内なる声も聞こえてくる。
「なら優花里さんもですよ」
優花里さんは私の言葉に虚を突かれたように目を瞬かせる。
「優花里さんは何も悪くない。あの試合で負けたのも、大洗が廃校になったのも、優花里さんの責任じゃありません。ましてやみほさんのことについては尚更です。私が悪くないと本当に思ってくれているなら、同じように自分のことも許してあげてください」
それが無理なお願いだと承知の上で私は言った。案の定、優花里さんは顔を顰めて視線を逸らすとポツリと呟いた。
「……そんな簡単にいきませんよ」
「ですよね。私もそうです」
貴方のせいじゃない、貴方が責任を感じる必要はない。そんなことを言われたくらいで割り切れるものじゃない。それは私が一番よくわかっていた。
「私たちって似た者同士ですね」
「そうかもしれませんね」
私の言葉に優花里さんは苦笑しつつも同意してくれた。
そう、私たちは似ている。
戦車道が大好きだったのに今はやめてしまったところとか。
みほさんが大好きだったところとか。
みほさんの死に責任を感じて自分を責め続けているところとか。
初めて会った時に優花里さんに親近感を覚えたのは、それを感じ取っていたのかもしれない。
あるいはこれは単なる傷の舐め合いにすぎないのかもしれない。自分の罪から逃避しようとしているだけなのかもしれない。
でも私は独りでいるのに疲れてしまったんだ。
みほさんも、エリカさんも、誰もいない。
この世界に一人取り残されるようなあの感覚は、もう味わいたくない。
だから私は、優花里さんと一緒にいたい。
そんな風に思ってしまうのは我儘だろうか?
考えても答えは出なかった。
*
「今日はありがとうございました」
喫茶店を出て少し歩いて、分かれ道に差し掛かったところだった。
私と優花里さんでは帰る方向が逆なので、ここでお別れというところで感謝の気持ちを込めて私は言った。
今日優花里さんと話せてよかった。心からそう思ったから。
また連絡しますね、と言って私は手を振って優花里さんに背を向けた。
「小梅さん」
しかし数歩歩いたところで優花里さんに呼び止められた。
振り向くと優花里さんは何かを言おうとして、でもそれを言うべきかどうか迷っているように見えた。
どうしたのかと訝しんでいると、優花里さんは意を決して顔を上げる。
「小梅さんはみほさんを怒らせてしまったって言っていましたよね? そのことを後悔しているって。でもみほさんも小梅さんに言ったことを後悔していました」
「え?」
私は一瞬何を言われたのかわからなかった。
だってみほさんは私に対してあんなに怒って、まるで仇でも見るみたいな目で私を睨みつけていたのに。
私はみほさんに恨まれている、恨まれて当然だと思っていたのに。
何を根拠にそんなことを言うの?
「きっと小梅さんが言っているのは、試合前の隊長同士の挨拶の時のことですよね? あの時のみほさんは小梅さんと何を話したかは教えてくれませんでした。でも戻ってきたみほさんは暗い顔をしていました。
だから、きっと――」
「……何ですか、それ?」
それ以上聞いていられなくて、私は優花里さんの言葉を遮った。
頭に血が上っていくのを感じる。
最近は戦車に乗っていないから頭に血が上ることもないなんて、舌の根の乾かない内にこれだ。
けれど私は怒涛のように溢れ出してくる感情を抑えられなかった。
「何で今頃になってそんなこと言うんですか。私、やっと覚悟を決めたのに。これからも罪を背負って生きていこうって。みほさんのために生き続けようって決めたのに。どうしてそんな、決意が揺らぐようなことを今更言うんですか!?」
私は人目も憚らずに叫んでいた。
わかってる。こんなことを優花里さんに言ってもしょうがないってことくらい。こんなのはただの八つ当たりだってことくらい。
それでも言わずにはいられなかった。このやり場のない感情を誰かにぶつけないとおかしくなってしまいそうで。
そこではたと気付いた。
あの時のみほさんもこんな気持ちだったんじゃないかって。
でもそれがわかったところで、それこそ今更だった。
もっと早く気付いていればまた違う未来があったかもしれない。でももう何もかも遅すぎた。
「ごめんなさい、小梅さん」
そんな風に喚き散らす私に対して、優花里さんの口から漏れたのは謝罪の言葉だった。
私はそれが無性に癇に障って、衝動に任せて優花里さんの胸を叩く。
何度も何度も、まるで子供が駄々をこねるように。
「……何で、何で優花里さんが謝るんですか!? 優花里さんは悪くないのに! 悪いのは私なのに! 私が、私がっ!!」
「それでも。ごめんなさい」
優花里さんは私のされるがままになっていた。私の身勝手な怒りを拒むことなく優しく受け止めてくれていた。
やがて私は叩く手を止めると、優花里さんの胸に顔を埋めて泣き出した。胸の内に蟠る感情を吐き出すように。
そんな私を優花里さんは優しく抱き締めてくれた。
何も言わずにただ頭を撫で続けてくれた。
私が泣き止むまでずっと。
「すみませんでした……」
しばらくして涙が止まると、私は優花里さんから離れて謝罪した。
落ち着いた途端に気恥ずかしさを覚える。
いい年をしてこんな往来で叫んで、大泣きして、何よりも優花里さんに当たり散らしてしまって。申し訳なくてまともに優花里さんの顔が見れなかった。
「このお詫びは必ずします。何でも言ってください」
「そんな、気にしないでくださいよ」
「いえ、それじゃ私の気が済みません」
優花里さんは最初こそ遠慮していたけど、執拗に食い下がる私に根負けしたのか苦笑しながら口を開いた。
「なら、一つお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「何ですか?」
優花里さんのことだから無茶なお願いはしないと思うけれど。一体何をお願いされるんだろうか。
「今度私と一緒にみほさんのお墓参りに行ってくれませんか?」
予想外の言葉に私は固まってしまった。
普通の人にとっては何ということのない話かもしれないけれど、私にとってはハードルが高いお願いだったから。
私はみほさんのお葬式には出たけど、お墓参りには一度も行ったことがなかった。
だって怖かったから。みほさんの死を直視するのが、自分の罪に向き合うのが怖かったから。
それは今でも変わらない。
でもよく考えてみればいい機会かもしれない。
一人では無理でも優花里さんと一緒なら乗り越えられるかもしれない。
そう考えて私は頷いた。
「私なんかで良ければ」
「ありがとうございます」
お礼を言いたいのはこちらの方だった。
しかしわざわざこんなお願いをするということは、もしかして優花里さんも私と同じような悩みを抱えていたのだろうか。
気にはなったが、それをあえて言葉にするほど私も無粋ではない。
また連絡しますという優花里さんの言葉を合図に、今度こそ私たちはそれぞれの帰路に就いた。
優花里さんと別れて一人歩きながら私は考える。この先私はどう生きていけばいいのか、と。
みほさんは本当は私のことを許していてくれたのかもしれないけれど。
仮にそうだったとしても私自身が私を許せない以上、これからもみほさんのために生きるというのは変わらない。
とはいえ前のようにただ純粋にみほさんのために生き続けるとは言えない。何か他に理由が必要だと思った。
私は何とはなしに自分の頭に触れる。
先程優花里さんが撫でてくれたところを。
そこには優花里さんの温もりが残っているような気がした。
考えても答えは見えないけれど。
優花里さんと一緒なら見つけられるかもしれない。
そう思うと心が温かくなる。きっとそれが答えの一欠片だと、そう思った。
みほさん。
私はこの先もずっと貴方を忘れません。
貴方に救ってもらった命を精一杯生きようと思います。
でも少しだけ。
ほんの少しだけ、自分のために生きる我儘を許してください。
そう願いながら私は家路に向かって歩き出した。
まさかのゆか梅。
まあ秋山殿が原型留めてないので、これをゆか梅と言い張る勇気、と言われそうですが。
あと何故か小梅ちゃんがまほに対して辛辣になってしまった。
そんな予定はなかったんですが、書いてるうちにそうなってしまったのです。
ちなみに小梅ちゃんに対するいじめの件。
コミック版ではみほが黒森峰は規律が行き届いているからいじめはなかったと言っていました。
しかし戦車道ノススメでは小梅がいじめられているのをエリカが助けたという描写がありました。
なのでこの小説では間を取って、みほに対するいじめはなかったが、小梅たちに対するいじめはあったとしています。
そもそも規律という点ではより厳しいはずの軍隊や自衛隊ですらいじめは普通にあるらしいですし、ただの女子高生の集団である黒森峰でいじめがないということはないと思うのです。
この小説に望むのは?
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救いが欲しいHAPPY END
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救いはいらないBAD END
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可もなく不可もないNORMAL END
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誰も彼も皆死ねばいいDEAD END
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書きたいものを書けばいいTRUE END