「つぶらはラーメン食ったことなさそうとか……」という保住圭先生の呟きが元ネタ。その頃タピオカチャレンジの話もよく話題にあがってたので影響を受けるの巻。

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功成「つぶらが梅香に浮気するぐらいは仕方ないか」

 ――私、ラーメンって食べたことないんです――

 そんな、つぶらちゃんの衝撃の告白が先に前置きとしてあって。

「なので! 私のラーメン屋デビューに付き添ってくれませんか梅香さん!」

「いや別に一人で行けばいいんじゃないの!?」

 そんな話をされたのは、わたしたちの学年が高等部二年になって少ししてからだった。

「というよりなんでわたし?」

「先輩と話してて、ラーメン屋に行ったことがないのが知られたんですけど、ラーメン屋でふさわしい所作がわからないので教えてほしいんです!」

 ――どゆこと?

 

 

 

「つぶらー、たまには何か店に食べに行こうぜー」

「いいですね、と言いたいんですけど、今日は私が作った弁当が……」

「あぁ、ごめん、別に今日の話じゃなくて、その内夜とか何か一緒に食べたいなって」

「あぁ、今これからの話ではないんですね。でしたら大丈夫です。希望とかはあります?」

「んー、別に俺はつぶらと店入りたいっていう感じだから、俺としてはどこでもいいんだけど。寧ろつぶらの希望を聞いてみたい」

「えっと……それでしたら、ラーメンを食べてみたいです」

「あぁ、ならそうし……食べてみたい?」

「聞いたことはありますが食べたことは……何か変ですか?」

「え、ラーメンぐらい食べたことも、え!?」

「そこまで驚くことなんですか!?」

「そりゃそうだよ! よしならつぶらのラーメンデビュー! つぶらがそれがいいというならそれで行こう!」

「でしたら楽しみにしてます! ――大丈夫、かなぁ……?」

 

 

 

「という感じですね」

「いやそれはわたしもびっくりだよ!? ラーメン初めてって何!?」

「えっと……機会がなかったですし、ともあれ何か先輩相手に粗相があるといけないですから、だからまず梅香さんにレクチャーをお願いしたくてですね」

「だけどどうしてわたし?」

「梅香さんが、先輩ととかそういうのを抜きにして、一番友達付き合いだとか、そういうので慣れてそうだからですね」

「――まぁ理由は兎も角、別に、そりゃ断る理由はないけどさぁ」

 ということで、その日の夜、つぶらちゃんとわたしは、ラーメン屋のテーブル席にその身を置いていた。

「というか、功成はデビューって言っていたんだよね? その前に私と行っちゃってよかったの?」

「別に、先輩はその程度で怒るような人じゃないことはわかってますから」

「まぁそうかもしれないけど、言い方を変えると『功成との約束を隠密に破って私に浮気している』とも言えるんだけどな」

「梅香さんごめんなさい私今から先輩のことに行く用事が出来ました先輩だけは裏切れません」

「ちょーっと! 流石に注文済ませちゃってるしそれは駄目―! 今から撤回しないでー!」

「いやでもっ……私先輩だけは……っ!」

「ごめん言い回しが悪かった! 悪かったからー!」

 そんな茶番もとい寸劇を演じていれば、時間なんて割とすぐ過ぎてしまうもので。

 そうこうしている間に、わたしたちのラーメンが二つ運ばれてきた。わたしには時折見る機会もあるどんぶりから立ち上る湯気を、つぶらちゃんは物珍しそうに眺めている。

 鶏ガラダシに、ネギとメンマとワカメと、少し太めのちぢれ麺。チャーシューは、つぶらちゃんのには一枚、私はチャーシュー麺を注文したから五枚、本来の主役を差し置いてその存在を主張している。

 普通の、ごく普通の醤油ラーメン。これですら、つぶらちゃんは食べたことがないなんて。意外を通り越して、どういう生活を――と言うと流石に失礼だけど。

「ではいただきます――それで、どう食べればいいのでしょう?」

 で、本題はここからだけど、ラーメン自体の食べ方は『あれ』とさして変わらない。

「そばとかうどんは食べたことある――よね?」

「それは、流石に……でも汁に浸かっていませんよね?」

 しまった、『かけ』はなかったか。

「今、これが来るまでに、周りの人見てた?」

「見てたといいますか、見てないといいますか……。きょろきょろ雰囲気は見回しますけど、他のお客さんまでは見る余裕がないといいますか」

 つまり、つぶらちゃんは食べ方までは見る余裕がなかったと。ということは、わたしの食べ方が、そのまま今後のつぶらちゃんの食べ方になると。

 これは責任重大だ。ともすれば、功成とつぶらちゃんの今後を左右するようなことにまでなってしまうかもしれない。

 だけど、ラーメン、そうたかがラーメンだ。懐石料理みたいなのならいざ知らず、『音を立てて食べるのが普通』である食べ物に、されど、という言葉は通じない。

「ラーメンってさ、とにかく足が速い食べ物――というには違うけど、放っておくと麺が伸びておいしくなくなっちゃうんだよね。だから一言で言うなら『形振り構わず食べる』のが正しいかな。ということで――こうっ」

 箸で麺をいつもより多く取り、敢えて音が立つようにずるずるっと面を啜り上げる。今の食べ方は、いつも以上にはしたなく見えるかもしれないが、最初は少し大仰なぐらいでいいのだと思い直す。

 ――こんな意を決してラーメンを啜る機会なんて、これが最初で最後だろうなぁ。食べ切れるかもわからないもやしやにんにくが大量に載ってるものなら話は別だけど。

「わわっ、スープがちょっと飛んできましたっ!」

「そんなことはどうでもいいっ! とにかく食べるっ、啜り続けるっ!」

「は、はいっ!」

 その後は、とにかくずぞーずぞーと麺を啜る音が聞こえる。だけど、その音はどうにも控えめで、どう足掻いても音が出てしまうという感を隠しきれていない。

「梅香さん具はいつ食べればいいですか!」

「食べたいときでいいよっ!」

 まぁ、それを踏まえて、時折視界に入るつぶらちゃんが食べる姿は、一言で言うならば慌ただしそう、というところに落ち着いて。

 ――そして。

「随分……あっけなかったですね……」

「いやかなり頑張っていたようには見えるかな……」

「そんなものですか?」

 二人して食べ終わった時には、栄養を摂るという行為なはずだったのに、精神的には中々疲れてしまっていた。この間、約十分。ラーメンを食すという行為としてなら、まぁ外れ値という事はないだろう。

「それにしても、つぶらちゃん、食べ方が音を立てないことを是とする中国流……」

「そ、そんなに違いましたか!?」

「恥ずかしがらなくていいのに……」

 当のつぶらちゃんは、箸で麺が摘まみ上げられないとか、丼をそのまま持ち上げてスープを飲むのが恥ずかしいのか、逐一レンゲでスープを掬うだとかして、なんというか見ていて落ち着かなかった。最後に残ったスープはカウンター席に座るおじさんがどんぶりごとスープ飲む姿を目撃して、意を決して飲み干してはいたけど。

「で、どうだった? 初めてのラーメンは」

「うーん、そうですね」

 つぶらちゃんは少し考えるのと併せて、残っていたお冷を一気に飲み干した。くぴ、くぴと動く喉が、食後すぐの少し汗ばんだ様子と相まって、少し艶めかしく見える。

「正直、よくわからなかったですね」

「ええー」

 思わず持っていたお冷を落としそうになった。つぶらちゃんに、わたしに浮気させておいて、結果浮気の甲斐なしというのは、流石に悲しくなってくる。

「あ、わからないっていうのは、味とかそういうことではなく、結局所作だとか、そういう決まりとかのことでっ。ああでもそれがわからないって来た意味がないような気もしちゃいますけどっ」

 ラーメンを食べている時と変わらずあたふたするつぶらちゃんは、初めて会った頃からは思いもかけない――こちらの方が素なのだと今だからわかるけど――ような反応をしている。

「あ、でも、梅香さんの様子とかを見てみれば、結局は、つまり自由でいいのかな、とは何となく思いました。いつもお弁当だとか、厳しい人は三角食べだとかとは言いますけど、別にそこまで考えず、食べたいように食べればいいのかなって」

 ――なんだ、わかっているじゃん。だったら、わたしから言うことは何もない。

「じゃ、あとは歩きながら話そっか。後ろの方列出来ているみたいでわたしたちが出るの待っているようだし」

 実際店を出ると、夕飯時だからか、十人近い人たちが列をなして並んでいた。わたしたちが抜けると、刹那の間を置かず、先頭にいた二人組の若い男性らがすぐに店へと案内されていく。

 さて、ラーメンを食べたのに、精神的に疲れてしまったせいでカロリーが足りない。とするならば程よいデザートが欲しい。けど店に入る程でもない。

「このまま解散ですか?」

「うーん、それでもいいんだけど、折角だしちょっと話したいかなーとか」

 店に入らない。少し話す程度。だけどデザートは欲しい。どうせなら併せて女子っぽいこと。

 ――あ、そうだ、ならこの二人で、功成がいないタイミングで、女子っぽいこと。

「じゃぁさ、それともう一つ、功成とやるとそれっぽくなるもの、先にやろうよ、わたしと」

 

 

 

 幸い、ラーメンを食べた時間が夕飯時にしては早めだったせいか、まだ開いている且つ夕飯時故行列も殆どない店に行き当たった。

「タピオカ、ですか……聞いたことはありますが……」

「こうしてみると、つぶらちゃんってほんと流行疎いわよね……」

「これ、そんな流行になってるものなんですか?」

「ほら、わたしたちみたいな女子がさ、時折透明なプラカップに黒くて大きい粒々が入っているミルクティー持ってることない? あの黒い粒々がタピオカ」

「あぁ、あれってカエルの卵じゃなかったんですね」

「そんなものは飲まないよ!?」

 この子、本当に思っていたのか。ゆっこから聞いていた通り――とはいえ、流石にもうちょっとクラスメートと話をしていてもよさそうだけど。

「タピオカ自体には味はないから、そういう意味ではタピオカ自体は本当に飾りだよね、実際」

 だからこそ、写真に撮らないことには始まらない――のだけど、生憎外はもう暗いし、そもそも二人とも外でキャピキャピと写真を撮るような性格でもない。それでも買わなきゃいけない時が女子にはある、と勝手な誰に聞かせるでもない言い訳をする。

「あ、そうそう、おなかは大丈夫? 膨れすぎているとかない?」

「はい、ないですけど……何か問題が?」

「いやぁ……タピオカって要するにデンプンだから、そのね、カロリーがね、ものすごく高くてね?」

「まぁ大丈夫だとは思いますし、別にダイエットに精を出してるわけでもないですからいいですけど、ちなみにどんなもので?」

「うーん、さっき食べたラーメンと同等か、場合によってはそれ以上」

「それそのためだけにそんな場合によっては数時間も行列を作るんですか!?」

「やっぱりつぶらちゃんはそう思うよね! でも女子はわかっていてもそれに並ばなければいけない時があるの!」

 あぁ、身に覚えるべきは悲しき女子の性。

「まぁ、私はただのミルクティーでいいです」

「あぁ、うん、別にいいと思うよ……」

 そして、つぶらちゃんがその注文をした時の、店員さんの悲しそうな顔は、きっとタピオカよりミルクティーの方が原価が高いと知られてしまっていることへの悲しみが溢れていた。多分そうに違いない。

「で、買ったら適当にぶらつきながら、と言ったところだけ、ど……」

 わたしのにだけタピオカが入ったミルクティーは、すっきりした甘さで、食後の一息つきたい一服には最適だ。

 と、そこまでだけだったら普通だったんだけど。

「――えっと……つぶらちゃん……何をしているの……?」

「えーっと、この方が飲みやすいかなとかと思ったのと、さっきそこを通った人がやってて、出来るかなーとかちょっと思ったのとで」

「いや……そんなこと出来るの……?」

 そんなに不思議がることだろうかという表情を、その小悪魔はしていた。

 だって、その胸元から大きく突き出した突起、もとい膨らみにカップを『置いて』、そしてストローを口に咥えれば、絶妙な安定感の元、女子っぽく喉を潤せる。

 要するに、手をぶらぶらさせながら、つぶらちゃんはミルクティーを飲んでいる。飲めてしまう。

「えっと、一言だけ」

「はい、なんでしょうか?」

「それ、功成の前でやると、あなた、襲われるわよ……」

 そんな、女子としての盛大なる敗北感を意図せず味合わされつつ、並んで公園のベンチに腰を下ろす。

 日も暮れた公園は、いつもはいる子供たちも既に家に帰り、他に誰かがいるわけでもないから、実に静かだ。正直、不審者の怖さがないと言えば嘘になるけど、ここは繁華街のど真ん中で煌々とした広告看板の光が漏れてきていて、且つ公園自体は死角がほぼないから、まぁ心配するほどでもないだろう。

 一旦座ると、却って会話が落ち着いてしまった。わたしは時折タピオカを喉に詰まらせそうになりながら――つぶらちゃんがずっとその胸にミルクティーを置きながら飲んでいるのがいけない――、会話の機会を窺っている。

 正直、つぶらちゃんに聞きたいことは沢山ある。最近はゆっこと青原先輩と三人で駄弁ることが多かったからとはいえ、却ってつぶらちゃんと話す機会が減っていた。ゆっこは同学年故機会も多いだろうけど、わたしや青原先輩はどうにかして作らないと機会というものがない。

 だけど――いやだからだろうか、いざ口を開こうとすると、あれやらこれやらと頭がいっぱいになって、何も適切な言葉が出てこないのだ。

「――で、功成とはうまく行っているの? いや聞くまでもないんだけど」

 そして結局、やっとのことで喉の奥から捻り出した言葉は、本当に答えがわかっていることだった。

 それは、ぽつりと出た独り言のようなもの。別に聞くまでもないことだというのはわかっているのに、だけど今回、つぶらちゃんのお願いに乗ったのは、結果的にこれを聞きたいがためだけだったのかもしれない。

 知ってはいる。付き合い始めて一年以上経って、その間に色々なことがあって。今は結婚を学校に認めてもらおうと奮闘する二人がうまくいってないわけがない。

 だから、返ってくる答えもそういうものであることを期待していたのだけど。

「――最近、先輩が、あまりかっこよく見えなくなってきたんですよね」

 その答えは、わたしが想定していたものとはかけ離れていた。

「あ、勘違いしないでほしいんですけど、先輩のことは変わらず好きですよ。寧ろ日に日に好きになるということが留まるところを知らなくて、私自身どうなっちゃうんだろう、というところはあります」

「とすると、つまりどういうこと?」

「えっとですね、なんて言うんでしょう、最近は安心感みたいな、そういう方が先立つと言いますか、『私はこの人の隣にいる時が一番落ち着ける』とでも言いますか」

 それは、きっとゆっこが実の兄に対して常に持つ感情。

「それで、先輩と付き合っていて、段々と『開発』されているような、ってあっ、開発ってエッチなことじゃないですよ!? とにかく私ですら私自身の新たな一面が、先輩のお陰で見つけられるようなところもありまして。それを先輩と一緒に見つけるのが最近の日々の楽しみになってると言いますか」

 それは、青原先輩が見つけたかった青春のそれ。

「それとですね、キスする時、最近は先輩も気持ちよさそうにしているのを隠そうとしなくなってきているだとか、抱き締めてくれてる時に、心拍が速くなると同時に熱がこもっているだとか、そうそう、キスって直前に食べたものの味で本当に変わるんですよね、その違いが楽しいだとか――」

「それ、は……」

 それは、幼馴染のわたしが知りたかった功成の一面。功成の彼女としてしか知りえない、功成ですら知らなかったであろう、功成の彼女への接し方。

「そして、その変化は、していいものなのか、私にはわからないんです」

 恐らくだけど、それがつぶらちゃんが感じる不安なんだろう。初めの頃の好きが溢れるという状況から、また違った感情が芽生えてきていることへの一種の恐怖。外野から見れば寧ろ進展しているのに、当人らからすれば退化しているのではないかという錯覚がするからこその恐れ。

「――なんだか、ごめんなさい」

 そんなことを考えていると、唐突に予期しない言葉が隣から投げかけられた。

「えっと、どうして謝るのかな」

「わかってはいるんです。先輩が私と出会わず付き合うきっかけがないとするならば、梅香さんが一番近い位置にいたじゃないですか、どこかで先輩と梅香さんが付き合うことになったのかなって」

 それは、確かにそうかもしれない。だけど、そのもしもを論じるには、これまで適切な時期など全くなくて、そして今からではとうに遅い。

「稀さんはどこかで稀さん側からアプローチがあったかもわかりませんが、悠伊はきっと兄妹であるという立場を崩したくないがためにあのまま気持ちを封じ込めるしかなくて。それなら少しのボタンの掛け違えを直せれば、お二人がうまくいったのだろうなぁという未来も、察しは付いてしまいますから」

「いやいや、でもそのボタンを掛け直すのが難しいんだって。だからわたしが功成と、というのは、その誤解とかを解くまでが難しかったから、厳しかっただろうって今なら思うんだけどな」

「ですけど! そういう意味では、あの時点で先輩に想いを寄せていた悠伊から、梅香さんから、先輩を取ってしまったことに、今更ながらもやっぱりなってしまいます……」

 ――あぁ。やっぱり、この子は途轍もなく優しい子なんだと嫌でも思い知らされる。そして、その優しさが、今だけはわたしには嬉しくない。

 だけど、だからこそ、功成の彼女はこの子であるべきだということも、同時にわかってしまう。功成の素直さに甘んじて嘘をつき続けていたわたしではダメなのだと、この子が持つ優しさが教えてくれる。

 そう思うのが、わたしにとってもダメージが少ないのかな、となんて、この子の前では口が裂けても言えないけれど。わたしがそう納得するだけなら、別に自由だ。

「まぁつぶらちゃんの言葉を否定はしないでおくけど、一つだけ言うとするなら……そうだね」

 故に、わたしがするべきことは、この子を安心させることに尽きるのだろう。

「今功成の彼女はつぶらちゃんで、功成もつぶらちゃんのことが大好きで、それで婚約までしようとしている。それだけで、十分誇っていいことだと思うよ」

 そりゃぁ、羨ましいけど。それをこの子の前ではおくびにも出さないというのは、自分で決めたことだ。

「今は、その幸せな姿を見せてくれれば、わたしは満足だから」

 

 

 

「それじゃあ、特に送らなくていいのかな」

「先輩だったらお願いしたかもしれないですけど、梅香さんだって立派な女子ですし、大丈夫ですよ。二人の方が怖くないみたいな話なら別ですけど、どちらかがどちらかを送れば、どこかで一人にはなっちゃいますし」

 流石に、時計の短針が八に向かい合う前には帰らないとまずいだろうということで、駅前でお別れだ。つぶらちゃんを家まで送るとすると、女子高生にはなけなしの運賃が往復分かかってしまうとのことで固辞された。

「今日は私の我儘に付き合ってくださってありがとうございました」

「いいって。たまには女子同士、女子っぽいことも出来たし、案外つぶらちゃんと二人きりの機会も多くなかったから丁度よかった」

「それならいいんですけど……先輩との結果報告はまた改めてしますね」

「期待してるねー。それじゃおやすみー」

 そうして、つぶらちゃんが改札を通り、切符を持たないわたしとの間に物理的な境界線が引かれる。階段の先の人混みにその姿がかき消されるのを見届けて、わたしはその場を後にした。

 

 今日この場が楽しくなかったかと言うと嘘になる。けれど、二人きりになるまで怖かったわたしがいるのも正直なところだった。だけど、功成とつぶらちゃんがいつかはする、しただろうことの前借りでつぶらちゃんとそのことをやれて、功成に対する優越感を感じられたのも事実だ。

 今わたしは、きっと功成に振り向かれなかった悔しさで生きている。功成と付き合えていたら、することが出来たかもしれないことを、つぶらちゃんをもって代償行動に移していただけだ。

 それ自体には前々から気付いていた。気付いていて、泣くことみたいなこともなかったけど。ただ、胸に晴れない寂寥感が残ったのは事実で。

 わたしが、どこかで功成に全てを打ち明けて、それを功成が信じてくれて、わたしが功成の彼女になれていたら。その想いは、改めてわたしに彼氏が出来るまでは消えることはないのだろうけど。ならば、それをずっと、暫くは抱えるだけだ。

 今からでもわたしが功成に振り向いてもらえることなんてないだろうことはわかってはいるけど。それでも、少しでも隙を見せればきっと期待しちゃうから。

 言う必要もないだろうけど、ちゃんと射止めておきなさいよ。

 わたしたちが、再びその気にならないように。


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