Fate/GRAND Zi-Order   作:アナザーコゴエンベエ

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容疑者J/与えられぬ者の献身1888

 

 

 

ジキルの案内に導かれて、彼の自宅へと集まる面々。

そこでようやく一息吐いて、アナザーダブルはその姿を人へと変えた。

 

「ようこそ、我が家へ。大したもてなしは出来ないけれど、寛いでくれ」

 

現れたのは、眼鏡をかけた優男。

彼は先程まで化け物に変わっていたとは思えない様子で皆を家の中へと迎え入れた。

 

霧の無い屋内ならば、状況の把握も問題なくできる。

カルデアから観測したジキルの様子を見て、ロマニは安心したように呟いた。

 

『……うん、間違いなく人間だ。サーヴァントではない』

 

「まだ疑われていたのかい?」

 

苦笑しながら家の奥に踏み込んでいくジキル。

そんな彼の後を追って、総員でぞろぞろと彼のお宅にお邪魔する。

 

モードレッドなぞは最早ここが自分の家であるかのような振る舞い。

ジキルさえ追い越してさっさと奥へ行ってしまう。

彼はそれに苦笑するだけで、咎める気もなさそうだ。

 

そんな彼の背中にマシュから詫び言がかかる。

 

「申し訳ありません。ドクターは臆病で疑り深いところがあって……」

 

「ははは、しょうがないさ。あんな怪物になってたら誰だって疑うものさ」

 

むしろいきなり戦闘にならなかっただけモードレッドよりはマシだ、と。

彼は人の好さを感じさせる微苦笑を浮かべる。

 

『それもあるけれど……どちらかと言うと、キミ自身の方が気になるのさ。

 ほら、だってキミはジキルとハイドのヘンリー・ジキルだと思われるだろう?

 ただの同姓同名ならば、恐らくスウォルツにアナザーライダーとして選ばれない』

 

その言葉に困ったように頬を掻くジキル。

適当に周囲を見回しながら歩いていた赤ジャケットの彼女が、小さく肩を揺らした。

つい、と彼女の鋭い視線がジキルに向かう。

 

「……なに。お前、ヘンリー・ジキル?」

 

「え? ああ、僕は確かにヘンリー・ジキルだけど。

 生憎、その『ジキル博士とハイド氏』という小説は知らないのだけれど」

 

彼の返答を聞いて、鋭く尖った目を更に細める彼女。

首を傾げているジキルに対し、彼女は少しばかり時間をおいてから口を開いた。

 

「そういやこっちが名乗ってなかったな……両儀式。

 ――――ふーん。へぇ、ふぅーん……」

 

「よ、よろしく?」

 

じぃっと彼を見据える式。

それに気圧されながらジキルはとりあえず頷いておいた。

そんな彼らをちらりと見た立香が、その後に家の内観を見て声を上げる。

 

「でも凄いね。この人数が普通に入れちゃう大きな家」

 

「最低限この程度の広さがないと魔術師なんてやってられないわよ」

 

しれっと言い放つオルガマリーに、そうなんだーと感心する立香。

そして正しく引率の教師が如く、オルガマリーはぴっと指を立てながら教示を始める。

もちろん。そんな事知らずに動くだろう立香とソウゴに向けてだ。

 

「いい? 魔術師の自宅、工房はその魔術師にとっての領域(テリトリー)かつ宝物庫。

 当然、そこを守るために最大級の守りが敷かれているものよ。

 勝手に踏み込めば命を奪われても文句は言えない。だから……」

 

すいと彼女が視線を後ろに送れば、立香が苦笑いしながら聞いていた。

だがどこにも常磐ソウゴがいないではないか。

首を左右に振って彼の姿を探しオルガマリーが声を張り上げる。

 

「常磐どこ行ったのよ!?」

 

「我が魔王なら面白そうだとふらふら別の部屋に踏み入ってしまったよ」

 

「止めなさいよ!?」

 

彼女の怒声に対して素知らぬ顔で惚けるウォズ。

怒れるオルガマリーをこの家の持ち主がどうどうと宥める。

 

「大丈夫だよ。僕の工房に大した罠は張ってないし……

 ―――そもそも、とっくの昔にセイバーが全部踏み荒らしてるから。

 まともに動く罠なんて残ってないよ」

 

哀しげな声に押し黙るオルガマリー。

対魔力に優れるセイバーのサーヴァントを止められる罠などそうないだろう。

だが、だからと言って全部踏み潰されれば魔術師として流石にショックは隠せまい。

 

「最初に怪物と見て斬りかかってきた、という時にここで戦闘を……?」

 

「いや? 合流してここを拠点とした時にだよ。

 隠されてる罠を見つけて潰すのがモグラ叩きみたいで暇を潰せるから、と」

 

やりたい放題である。

とはいえモードレッドがジキルと行動を共にする、ということ。

それはそんな罠など比較にならない防護を手に入れることでもあるから……

 

「いや、それでも破壊する必要はないでしょう……」

 

そんな話をしながらリビングへと向かっていく集団。

 

彼らに遅れて後を着いていく表情を曇らせたアタランテ。

明らかに調子を落としている彼女の様子を見て、ダビデが軽く声をかけた。

 

「それで、どういう関わりだったんだい? アタランテ。

 ああ、いや。それは重要じゃないか。()()()()()()()()()()、君は」

 

ダビデからの声掛け。声の調子は軽いが、ふざけているわけではない。

その程度を判断する良識は残っているな、と。

アタランテはそこまで考えなくてはならない自分の状態を自嘲した。

 

隠すようなものではない。というより、隠していいものでもない。

だから彼女は一切の虚飾なく、彼女の本音を開示する。

 

「―――奴は、この街で捨てられた子供の怨念の集合だ。

 殺されて打ち捨てられたか、打ち捨てられたから死したのか……

 どちらにせよ、あの子こそが愛されず死した子供たちの悲鳴、地獄の具現だ。

 だからせめて私は彼女に救いを……」

 

それを聞いておおよそ、相手の正体というものが分かったのか。

ダビデがゆっくりと顎を撫でる。

 

「ああ、なるほど。そうか、そういう……でもあれだ。

 思うのはいいけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 君は……」

 

殆ど反射だった。彼女の腕はダビデの肩を掴み、自分の方へ引き寄せていた。

周囲から驚いた様子が伝わってくる。当たり前だ、突然こんな事をすれば。

アタランテとてこんな状態にしたかったわけではない。

 

ダビデもまた言葉間違えたかな? と少し面食らっている。

 

だが彼女はそこで止まり切れず、彼に対して怒りの声を吐き出していた。

 

「愛されなかった哀れな子供たちの叫びだ!

 それにせめて救われてくれと願う事の何が間違いだと言う―――!

 ジャンヌ・ダルクも! 貴様も! あの存在に何故そうまで―――!!」

 

「うるせーな」

 

叫ぶアタランテに向けられる、奥から戻ってきたモードレッドの声。

彼女の手には飲み物だろう瓶が握られていた。

言葉を遮られたアタランテが、瓶に口をつけ一気に呷る彼女をも睨む。

 

「セイバー……」

 

「オレはあのアサシンの事なんざ興味もねえがな。ずれてんのはお前だよ。

 何が愛されなかった子供はせめて救われよ、だ」

 

「なにを……!」

 

ギリリ、とアタランテが歯を食い縛る音。

それを至近距離で聞きながら、ダビデは失敗したなぁとぼんやり天井を見上げた。

直後にまあ大丈夫だろう、と根拠も特になしに流れに身を任せる。

 

「子供が親に愛されなかったからって他の誰かに愛されて満足できると思ってんのか?

 どこの誰とも知らねぇ奴の愛とやらが、子供にとって親の愛の代わりになるとでも?

 笑わせんなよ、アーチャー。それは救いじゃなくて救われてくれっていうお前の願望だろ」

 

彼女の願望に何故こうまで苛立ちを顕わにしているのか。

今にも砕け散りそうなほど瓶を握り力をかけるモードレッド。

それでも最低限の理性は残っているのか、瓶が砕けるような事はなかった。

だが彼女の殺気立ってさえいる言葉は止まらない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だいたいお前、子供にどうやって救われろって言ってんだ。

 お前の言う哀れな叫びを本当の意味で拾い上げてやれるのはどこの誰だか考えろ。

 そいつを捨てた元凶しかいねぇだろうが」

 

「…………っ!」

 

「なら聖杯にでも願うってか? 馬鹿言えよ。

 聖杯に与えられる救いなんて、神の御許に送られることと何が違う。

 尊き力でもって捨てた親の心を弄って、子供を抱き上げさせて笑わせるか?

 冗談―――子供が本当に欲しいのは、救いだの何だの、そんなもんじゃねえんだよ」

 

言っていたモードレッドもまた、そこまで言い切って顔を歪めた。

言い過ぎた、あるいは言いたくないことまで口にした、と。

彼女はそのまま瓶を放り捨てて、再び家の奥に歩き出してしまった。

 

アタランテの腕の力が緩む。それから脱したダビデが、小さく呟く。

 

「……ほら、まあ。誰しも思うところはあるだろう。けど………」

 

「すまないマスター……頭を冷やしてくる」

 

ダビデが言葉を終える前に、彼女はオルガマリーに声をかけ霊体化して消える。

あらら、と。霊体となった彼女の行先を追えば、この家の屋根の上だ。

まあ、今の彼女では少し不安だが……見張りのような役割になるだろう。

 

その言い争いを目撃した式が、ぽつりと一言。

 

「ギスギスしてるな、お前たち」

 

「そりゃあ、頑固な人たちばかりだから」

 

ちょっと心配そうに、けれど立香は微かに笑ってそう答えた。

英雄にまでなる人たちの自分の意見が薄弱なわけもない。

モードレッドが床に打ち捨てた瓶を拾い上げつつ、ジキルは溜め息を吐く。

 

「すまない、セイバーが余計に火に油を注いだみたいだ」

 

「ううん。アタランテがあのサーヴァントに強い想いがあるって言うなら……

 これから戦う上で、きちんと話さなきゃいけないことだったってだけ。

 ―――だよね、所長」

 

「……そうね」

 

小さく息を吐いて、彼女は天井の上にいるだろう自分のサーヴァントを見上げた。

 

 

 

 

「あれ、所長とアタランテは?」

 

勝手にふらついていたソウゴがリビングに入ってくる。

ソファが足りる筈もなく、床なりなんなりで休んでいる集団。

そんな状況の中で、立香は苦笑した。

 

「お話し中」

 

ちっ、と機嫌が悪そうに舌打ちするモードレッド。

彼女の手には、冷蔵庫から引っ張り出してきた次のシードルの瓶。

ドレイクも並んで同じ酒を楽しげに飲んでいる。

どんどんと減らされていく飲料を見て、ジキルは困った表情を浮かべている。

 

「―――この状況だと彼女たちがヤケ酒しているあれも希少な物資なのだけど」

 

モードレッドはヤケ酒かもしれないが、ドレイクは日常茶飯事だろう。

口に出そうかと思ったが、首を横に振ってエルメロイ二世は黙る事にした。

 

「僕たちサーヴァントはともかく、ジキル氏とマスターたちに物資は必要だ。

 ドクター、物資転送のための霊地は―――探索、できないか」

 

アレキサンダーが困ったように腕を組む。

カルデアの目ですら数メートル先さえ見渡せない状況だ。

どこに霊脈があるかなど、判断できるはずもないだろう。

だがその言葉を否定するロマニの声。

 

『まったくもって探索は不能だ。けど、その場所……

 ジキル氏の家の下がまさにレイポイントを設置するに足る霊脈だ。

 凄いよ、これは。よくロンドンのこんな一等霊地を確保して自宅に……』

 

驚嘆しているロマニ。ここで目的が果たせる、というなら問題ない。

後はこの場所の所有者に許可を取るだけだろう。

 

「でしたら……すみません、ジキルさん。

 よろしければこちらのお宅に、召喚サークルを設置させて頂いてよろしいでしょうか」

 

「必要なものなんだろう? もちろん構わないよ」

 

頭を下げるマシュに、そんなことはせずともよいと手を振るジキル。

であるならば、と盾を設置するための準備を始める。

そんな事をしている中で、ソウゴは細々としたものを運びながら式に声をかけてみた。

 

「ところでさ、式はどういうサーヴァントなの?」

 

「さあな。オレにも分からないよ、そんなこと。

 特に何かした、ってわけじゃなかったけどいつの間にかここに迷い出てた。

 んで、迷い出た場所にあいつがいたから殺そうとした。それだけ」

 

「ふうん……」

 

英雄、英霊でなくてもサーヴァントになることがあるのだろうか。

そういった魔術的な話はさっぱりだ。

所長がいない今一番よく知ってるのはエルメロイ二世なのだろうけど。

 

その彼が式に対して問いかける。

 

「……何らかの英霊・神霊を下ろすための擬似サーヴァント、というわけではないのだろう?」

 

「ふうん、そんなのもあるんだ。

 わざわざ人の体借りてまで地べたに下りてくるなんて、神様も暇だね」

 

あくまで彼女は彼女、両儀式として降臨している。

エルメロイ二世のように英霊に借りられているわけではないようだ。

その返答に二世の顔が大きく顰められた。何かとても悩ましい事があったかのように。

 

「……ああ、あんた神経質そうだもんな。オレの眼、気になるんだ。

 トウコみたいなちゃらんぽらんなのでも気にするくらいだ。

 そんなにおかしいものか、これ」

 

「―――いや。眼だけでなく、おかしいだろうと感じる事柄が今まさに一つ増えた。

 むしろその眼以上に関わりたくない名前だ」

 

まあそうなるだろうな、と。彼女は含み笑いをする。

ソウゴも二人の会話に入り、その眼とやらについて聞いてみることとした。

 

「式の眼、って。あの青く光ってた奴?」

 

「そ。直死の魔眼。モノの“死”が視える眼。

 “死”っていうのは……まあ、寿命みたいなものかな。

 モノの終わりが線として視えるようになって、それをなぞれば殺せるようになる。

 ただそれだけ―――ああ、そうだ。一つ訊きたいことがあった」

 

「ただそれだけ」で済む話か、と難しい顔をしている二世。

そんな彼を気にも留めず、ソウゴを見る式の眼が青と赤の光を帯びる。

充満する死の気配に、屋内の空気がひり付いた。

死の気配に見据えられて、しかしソウゴは彼女を何の事なく見返す。

 

「なに?」

 

「あれに変わってなきゃ視えるな。

 ―――なあ、何でお前。あの姿だと“死”から外れてるんだ?」

 

一度瞬きをした彼女の眼から、死を視る光は消えていた。

問われたソウゴには何の事やら。

まったく何を言ってるか分からない、と首を傾げてみせる。

 

「……お前があの鎧を着てた時、“死”が視えなかった。

 “死”が視辛い、っていうようなことは幾らでもあるだろうさ。

 けど、生きてる癖に“死”が無いヤツはどこかイカれてなきゃ発生しないだろ。

 “死”が無いってことは同時に、生きることを止めてるってことなんだから。

 オレに視えないだけなら別にいいけどさ。

 (それ)って、人は生きてる限り抱えてないといけないものだぞ」

 

「うーん……」

 

何処か心配さえしてくれているように感じる声。

だがソウゴの方はいきなり死がどうこう言われても、分からないとしか言えない。

 

立香がその会話を耳にしながら、壁に寄り掛かっているウォズに視線を送る。

彼はその話を聞いているのか、いないのか。

手にした『逢魔降臨歴』という本を開いて、その内容を検めている様子だった。

 

「……まあ分かんないならいいや、別に。

 オレだって偉そうに他人に命だの死だのの尊さを説けるような身分じゃないし。

 そういうのは坊主だの神父だのがやる仕事だ」

 

そう言ってこてん、と壁の端に置かれたソファに転がる式。

どうやら眠る気らしい。

 

彼女の様子を見たジキルが、周囲の人数を見回す。

流石にこれだけの人数に寝床を用意はできない。

 

「………寝具が足りないね。客室のソファとベッドを合わせても……」

 

「我々サーヴァント……カルデアのサーヴァントには必要ない。

 そもそも睡眠も必要ないのだから。すまないが、マスターたちとマシュ……」

 

ちらりと天井を見上げるエルメロイ二世。

今上にいるオルガマリー、彼女は恐らくあちらで夜を過ごしてしまうだろう。

あまりよろしくはないが、仕方ない。

 

「マスターとソウゴ、マシュの三人分だけ貸して頂きたい」

 

「それでも余っているようなら是非僕にも」

 

会話に割り込もうとしたダビデの襟首を掴み、引っ張り戻すアレキサンダー。

彼は小さく溜め息を吐きながら、征服王に対して呟いた。

 

「やっぱり寝具を大量生産するためにも羊を飼う牧場とか整備するべきじゃないかい?

 僕はそういうのやりたいんだけどね」

 

「余裕があれば面白そうだけどね」

 

余裕がないので問答無用で却下。そういうわけだった。

 

 

 

 

ジキル邸の屋根の上。辺り一面に広がるの雲海の如き霧の海。

霧で先など見渡せるはずもなく、注意は視覚以外に頼ったものになる。

アタランテはそれでも聴覚だけで周囲の警戒を完璧にこなせると自負していた。

もっとも、精神状態が安定していればの話だが。

 

「アーチャー、隣座るわよ」

 

そんな彼女の隣に、マスターであるオルガマリーがやってきた。

もちろん、彼女がここにやってくることは音がしていたから気づいていた。

 

「……悪いなマスター。召喚早々、迷惑をかけている」

 

「別に迷惑ではないけれど。……どういう理由かは説明が欲しいわね」

 

そうしてくれなければ、何とも言えない。

言われたアタランテは肩を竦めて、拒否することもなく語り出す。

 

「そう、だな。……ジャック・ザ・リッパーやモードレッド。後は聖女もだ。

 奴らと私が顔を合わせたことがあるのは、別の聖杯戦争で呼ばれたことがあるからだ。

 その時にあのジャックの正体を知り……

 色々あったから、此度の奴のスキルでも私の中から奴の正体が消せなかったのだろう」

 

彼女がマスターに何を伝えればいいか、自分自身で考えながらの語り。

それは彼女に似合わぬたどたどしさすら感じる口調であった。

 

「私が聖杯戦争という召喚の求めに応じる理由。

 此度は人理焼却からの時代の奪還という大義名分だが、通常の聖杯戦争における理由だ。

 それが……全ての子供が愛される世界、なのだ」

 

「子供が?」

 

果たして、狩人として名高き彼女の口から出てくる願いは救済の望みだった。

彼女は何と語るべきか、と。

言葉を口の中で転がして、選ぶように紡いでいく。

 

「私が捨てられた子供、というのもあるが……

 ―――ああ、そこが……どうなのだろうな。私は、私の親に愛されたかったのだろうか。

 私はアルテミス様の聖獣に拾われ、愛されて育った。

 ならばただの地獄で死に果てた子供たちと、私の願いが重ならないのは当たり前なのか」

 

「…………」

 

「そもそもそんな事がない世界、それを望んだ。

 親が子供を愛し、愛された子供が親になり、また子供を愛する。

 ただそうあり続けて欲しいと願っただけだ。

 ……もしかしたら、他の人間に言わせればこれが獣の論理なのやもしれんな」

 

自嘲するように笑うアタランテ。

 

「憎悪の塊になってすら、母を求めるがゆえに殺戮を繰り返すアサシン。

 つまりモードレッドの言う通りなのだろう。

 彼女たちにとっての救いは母にしかなく、母により捨てられた以上救いはない。

 ―――ならば、と思いはする。だがそれでも私は認めたくないのだ」

 

「アーチャー……」

 

アタランテがオルガマリーに顔を向けず、立ち上がる。

自分の背中を見ているオルガマリーに対して、彼女は静かに声をかけた。

 

「マスター、許可だけくれ。あのアサシンが次に出てきたとき、私だけで斃す許可を。

 他の誰かにやらせれば、私はきっとその誰かを恨むだろう。

 許せないはずだと断言できる。それがやらねばならない事だと分かっていても。

 あの子供が、放置できない悪鬼だと知っていてなお。

 ――――だから、私一人で、私の意思だけで……」

 

そう言った彼女の背に声をかけるため、オルガマリーもまた立ち上がる。

大きく深呼吸……しようとして。

しかしこの霧でそんなことをするのは精神衛生上やめておくことにした。

彼女は腕を胸の前で組み、全身に力を入れる。

 

「―――そう。ならアーチャー、私がマスターとして命令するわ。

 アサシン、ジャック・ザ・リッパーを撃破しなさい」

 

彼女の言葉に、アタランテが肩を揺らして振り返る。

そうではない、と。

 

そんな言葉を向けられてしまっては意味がない。

だってそれでは、オルガマリーを恨む方に逃げてしまうかもしれない。

自分が逃避の行動はとらない、などという自信はないのだ。

あの子供。ジャック・ザ・リッパーに対する事は、アタランテは自分さえ信じられない。

 

だから―――

 

「私が、私のサーヴァントを信じないでどうするのよ……」

 

微かに声を震わせて、彼女はアタランテを見返した。

弱々しく口にする彼女に、小さく噴き出す。

 

「―――そうか。なら、そうしよう。ありがとう、マスター。

 ただ……汝はつくづく損な役回りな運命なのだな。少し親近感が湧いてきた」

 

「……そんな理由で懐かれても嬉しくないわよ」

 

そうか、と小さく笑った彼女が霧の海へと視線を送る。

どうしていいか分からない感情の渦で、拳を握り締めながら。

それでも、人理を守った先にある筈の子供の幸福を信じて。

自分がどれだけ呪われた行為に手を染めたとしても、と覚悟を決める。

 

 

 

 

ふと気づくと、そこは夢幻のような空間だった。

真っ白い、何もない空間。

夢なのだろうか、と体を動かそうとしてみれば体は動く。

 

手足があることを確認したソウゴが、周囲を見回して歩き始めてみた。

 

「……またウォズがなんかして、アンダーワールドみたいな世界にきたとか」

 

割とありそうな予想を立ててみるが、ウォズが湧いて出る気配はない。

ウォズが犯人の場合はすぐ出てくる印象もあるし違うかも。

 

今回はアナザーダブルなのだから、ダブルの歴史の何かなのかな。

そんな事を考えながら、とにかくひたすら歩いてみる。

 

―――そうして、一体どれだけ歩いただろうか。

結構な時間歩いた気もするし、一瞬だった気もする。

ただの変な夢なのかな、と思いだしたその頃。

 

白い光景の先に誰か、人影が見えた。

豪奢な花柄の着物を纏ってぼんやりしている女性。

ソウゴの目が確かならば、それは両儀式に他ならない。

何故か髪がすごく長くなっているが、まあ夢っぽい世界ならそういうこともあるだろう。

 

駆けだして、彼女に向かって走り寄る。

それに気づいたのか式もソウゴに視線を向けて、少し驚いた様子を見せた。

 

「あら?」

 

「式、だよね? ここどこ?」

 

少しだけ戸惑った様子の彼女が、しかしすぐに悪戯な微笑みを浮かべた。

―――しかしその言葉使いも、表情の作り方も、ソウゴが知る式とはかけ離れている。

もしかして似ているだけの別人、だろうか。

 

彼女は微笑みながら、ソウゴの問いに答えを返す。

 

「そう、ね。ここは境界のない場所、と言っても今の貴方には伝わらないかしら」

 

「―――今の俺?」

 

「そう。今の貴方」

 

それはまるで、先の自分を知っているかのような物言いで。

ソウゴの視線が警戒するようなものに変わる。

完全に警戒されている、と知った彼女が困ったように頬に手を添えた。

 

「―――困ったわね、人と話すことなんて滅多にないから。

 これじゃあ式を笑えない。世間話の一つでも出来ればいいのだけれど」

 

「……あんたは式、じゃないの? 式とは別の人?」

 

外見は変わっていても明らかに式と同じだ。いや、きっと中身も同じなのだろう。

ただ何か、もっと決定的な部分が違えている。

 

「もちろん、両儀式よ。それ以外の何者でもない。

 そうね。彼女という人間の中に、私と言う人格が眠っていると思えばいい。

 表に出る事なんてないから、気にする必要はないけれど」

 

楽しげに語る彼女の姿は、善悪にさえにも囚われる事のない何かに見えた。

恐らく警戒する意味もないのだろうとソウゴが息を吐く。

 

「それで、ここは……その境界のない場所っていうのは、なに?」

 

「ふふ、本来は名前と言う我を持つ貴方は入ってはいけない場所なのだけれど……

 あるいは、貴方なら来れてしまうという話なのかしらね。

 いずれ個ですらなくなる貴方だから」

 

彼女がソウゴを見つめる視線にはただ楽しげな色しかない。

だがしかし、やはり彼女は知っているのだろうか。

 

「あんたは……オーマジオウを知っているの?」

 

「貴方のことでしょう?」

 

当然のように告げられた言葉。

俺はオーマジオウにならない、そう返そうとするソウゴの前。

彼女は表情をより輝かせながら、言葉を続けてた。

 

「式の眼で貴方の力に“死”が視れない、と聞いたのでしょう。

 きっと何故そうなったのか、という疑問の答えを欲していたのね、貴方は。

 だからここに流れてきてしまった」

 

ふわり、と彼女の着物の袖がゆっくりと浮かぶ。

ゆったりと夢幻の世界を歩み出した彼女を見るソウゴの前で、彼女は妖しく微笑む。

 

「だって、それは当たり前の話よ。

 あの眼で視れるのは、当たり前にいつか終わるモノを終わらせるための軌跡。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ね? 単純な答えでしょう?」

 

歩き出した彼女の後を追う。

何もない白い世界の中が、少しだけ桜色に色づいた気がする。

彼女が変わらぬ表情のまま振り向いて、ソウゴに問いかけた。

 

「これが貴方の求めた問いの答え。満足できたかしら?」

 

「……よく分からないけど。なんで、あんたはオーマジオウを知ってるの?」

 

それに対しどういう答えを返したものか、と彼女は楽しそうに悩む。

顎に指を添えて首を傾げてなんかみたりして。

やがて彼女は面白い返答も浮かばなかったのか、素直に白状した。

 

「私は自然とそれを識ってしまうものなの」

 

「じゃあ。何で俺がオーマジオウになったのかも解るの?」

 

ふと、そこまで流暢に語っていた彼女が口を閉じた。

最初のように少しだけ困ったような表情を見せる。

その戸惑いを消すように一瞬だけ瞑目した彼女が、目を開いてソウゴと合わせた。

 

「―――俯瞰した風景だけでは解らない想いがそこにあって、そうなったと言うのなら。

 きっとそれは、私には解らない、貴方にしか解らない結末だったのでしょう」

 

小さく、彼女はそう言って一抹の哀しさを感じさせるように。

しかしいつも通りに楽しそうに微笑んだ。

 

 

 




 
マジギレ中のモードレッド。あと一言で斬りかかってくるやつ。

そして平成ライダーが終わること、終わらされることを絶対認めないマン。
 

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