ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

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こちらでは大変ご無沙汰しております。
自分がぐずぐずしている間に、ワノ国編の過去編すら終了してしまいました。あれから多くの情報も公開されたこともあり、以前の作品に評価を下さった方々には申し訳ないのですが、全面的に再構成することにしました。
作風も大分変えたので、以前のものを望まれた方々には重ね重ね申し訳ありません。


ワノ国編
海賊ゲッコー・モリアの敗北


「――つっ」

 

 女の目覚めはここ数ヶ月のあいだ片時も離れぬ竹馬の友、痛みとともにあった。

 頭も胴も、手も足も指の先に至るまで、焼きごてを当てたような痺れが突き刺さり、そこに自分の体があるのかすら疑わしいとさえ思えた。

 こうなってくると、なけなしの服すらも疎ましい。ボロキレ同然のシャツとズボンは生地が荒く、肌を破る裂傷や擦り傷を絶え間なく撫で付ける。おまけに血や汗が染みこんでいるから、時々張り付いて皮膚を引き剥がすようなマネをしてのけるのだ。

 しかも痛みとはまったく律儀な奴で、付き合いが長くなるほどより一層の働きを見せる。今回に限っては、なんと友達を連れてきたようだ。

 寒さである。

 

(……冷た)

 

 無色透明な刃を体内を走りぬけるような思いがして、女は開けたばかりの目を閉じる。 

 

(どこよ、ここ)

 

 痛みとは昨晩も添い遂げたが、しかし寒さはそこにいなかった。

 いつもなら、頼みもしないのに目覚ましをしてくれる痛みに起され、カビと苔の生えた天井に巣を張るクモにおはようという、それが女の起床である。しかしここにはそんな天井も、粗く削りだされた岩肌の床も、縦横に幾度も交差する鉄格子も、その向こうから昼夜を問わず響いてくる悲鳴と嗚咽の響きもない。

 風があれば空もある。女は今、数ヶ月振りの外にいた。

 

(私、連れ出されたんだ)

 

 見上げた先には曇天が広がっている。吹き荒ぶ寒風に雲は鈍くのたうち、絶え間なく雪を降らして地に落とす。せめて雲間に青さが覗ければ気は晴れようが、たゆたう天蓋越しでも分かるこの暗さは、今が夜中であることを悟らせた。

 雪降る夜天、その寒さ推して知るべし。

 勘弁してくれ、と女は思った。寒さは堪えるのだ、と。

 何せ女の首には、そして両手には、鉄製の枷が嵌められているからだ。

 分厚い首輪と鉄板に穴を二つ穿ったような手錠は、夫婦作りといってもいい番いの拘束具だ。そいつらは寒さを吸って育つのか、氷もかくやの冷たさをもって女の体に食い込んだ。

 全く、苦痛に愛されるのも困りものだ。

 

「なんでこんなところに……」

「ん~~~~~?」

 

 口をついてでた疑問は、傍にいる者の気付きを生んだ。

 女の傍には、そいつが居たのだ。

 

「ぐ……っ!!」

 

 手錠が突如として女を引き倒した。繋がれた鎖を、そいつが引き寄せたからだ。

 

「お目覚めかい、ギーアちゃ~ん?」

「……はい。おはようございます、クイーン様」

 

 女、ギーア苦々しく口をゆがめながら、そいつの膝に傅くしかなかった。

 ギーアが抱きつく羽目になった膝の主は、豊満な大男であった。首から肩までを分厚い肉で埋め、はちきれんばかり腹を揺らすなりは一塊の玉のようですらある。縄のような辮髪と口髭を蓄え、分厚い唇は葉巻を食み、サングラスをかけた顔は蛸に似ている。ともすれば道化を思わせる姿だったが、機械仕掛けの左腕と、ドクロの刺青を刻んだ右腕が、男が只ならぬ人生を歩んできたことを伺わせた。

 何故ならドクロの刺青は海賊の証。特に、歪曲する二本角と八方に伸びる骨を背景するその印は、この世に名立たる大海賊の部下である事を示しているからだ。

 世界で最も過酷な海域“新世界”、そこに巣食う百獣海賊団の大幹部の一人こそ、このクイーンという男であった。

 

「ムハハハハ! 気の利いた返事だぜ! いつもそれぐらい口をきいてくれればいいのによう!!」

 

 機械仕掛けの手がギーアの乱れた髪を撫で、

 

「……!!」

 

 ひっつかんで吊り上げた。

 

「いい加減、知ってること全部話してほしいんだよなぁ。おれだって、あの拷問好きの変態野郎に任せたくないんだぜぇ?」

 

 人形を吊るして飾るのとはわけが違う。赤く長い髪がギーアの全体重を支えることは大変な苦痛を引き起こし、血と砂にまみれた顔は苦悶に歪んだ。しかしクイーンは固く結ばれた彼女の口が苦悶すらもらさないのを見て、

 

「まぁいい」

 

 と、そっぽを向く。

 

「お前のことは、おれの趣味の範疇なんだ。聞き出すところもおれがやらなきゃ、変態野郎に何言われるかわかったもんじゃねぇ。……今日お前を連れてきたのは、そのことじゃねえんだ」

「じゃ、じゃあ、何だって、のよ」

「おいおい、ちゃんと目を開けて見てくれよ」

 

 髪で吊り上げられる痛みを堪え、からくも目を開くギーア。

 そこには戦場が広がっていた。

 

「…………!!」

 

 怒号と雄叫び、血潮と殺意の巷がそこにはある。

 数百人はいるだろうか。ある者は剣をかかげ、ある者は銃をつきつけ、しかし誰もが目を血走らせ、目の前の相手を打ち倒そうと駆けずり回っている。積もった雪を蹴散らし、その下にある土を抉り、返り血で我が身を飾る者と引き裂かれた者が交錯し、熱を失った肉塊が雪に代わって地を覆う。

 中には人の形を失う者もいた。それは腕を切り飛ばされたとか首を落とされたとか、そういう者も確かにいたが、それらとは別に、人ではなく異形や獣の姿に変じる者達もいたのである。

 世には悪魔の実というものがある。

 食った者に不可思議な能力を授ける特殊な果実だ。この戦場の所々にいる様々な変容を見せる者達は、そうした果実を食った、悪魔の実の能力者たちなのである。

 ギーアやクイーンのように。

 

「ムハハハハ! どいつもこいつもエキサイトしてやがるぜ!!」

 

 ギーアを吊り上げたまま、クイーンは顎の肉を揺らして笑う。

 見下ろせば、クイーンは巨大な椅子に腰掛けていた。それは動力機関と四つの車輪を備えていて、天井のない車のような作りをした機械であった。どうやらギーアは、それに乗せられてここまで来たらしい。

 

「まぁそういうことだ」

 

 そうごちるクイーンは、懐から一本の鍵を出してギーアの手錠を解いた。しかしそれが解放を意味しないということは、首輪を残したまま地面に打ち捨てられたことで理解できた。

 

「ほうら、海楼石の枷を外してやったぞ。これで戦えるだろう?」

(それが温情のつもりか、っての)

 

 二度三度と雪原を転がり、口の中に入り込んだ冷たい塊を吐き捨てる。

 それでも、能力者の力を封じる海楼石が離れたことで幾らか体が楽になる。身の内に力が戻り、痛みに耐える気骨がほんの僅かに頭をもたげる。

 それを見計らったかのように、クイーンは叫んだ。

 

「目覚めの運動といこうかギーアちゃん! このクソ生意気な小僧共の頭を連れて来い!! そうすりゃ三日は檻の中で寝かしといてやるよ!!」

「そんなこったろうと、思ったわよ……!」

 

 恨み言を口をつき、しかしいつまでもそうして倒れているわけにはいかなかった。

 

「死ねぇ!」

 

 殺意のままに、剣を高々とかかげた男が迫るからだ。

 

「ああもう!!」

 

 一瞬の入れ替わりが交わされた。

 剣は地を割り、女は風を切って男の頭を蹴りぬく。苛烈な打撃に白目を向き、男の頭が雪原をえぐった。

 白い息を吐いて構えるギーアを見下ろし、クイーンは声高に唱えた。 

 

「お見事! さすがはジェルマ66の部隊長だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元、を忘れないでくれる!? いつまでもあの戦争屋と一緒にするな!!」

「そいつは無理な相談だ、お前の体と頭にあの科学国家の技術がある限りな!」

 

 どいつもこいつも、とギーアは思った。生まれ育った国、その指導者に貢献しようと思った過去を、今は呪いたい気持ちで一杯だった。日々課せられた地獄のような訓練を耐えるぐらいならもっと早く逃げ出すべきだったのだ。

 あの国王が、クローン兵を作るなどと言い出す前に。

 人間の複製を作るという計画。原型の一人に選ばれたことに、誇りより先に違和感を得たのが始まりだった。そして違和感は、国王にたった一人で立ち向かった王妃の言葉により、ギーアを動かす確かな指針となった。

 

(ソラ様……!)

 

 端麗な横顔を思い返せば、尊敬と罪悪感が一度に湧く。

 彼女の言葉がなければ気付きを見過ごし、人間としての情緒を得られぬまま、今もあの戦争国家で兵隊をしていただろう。そんな曇った目を覚ましてくれたことへの感謝。

 そして、そんな王妃を置いて国を逃げ出してしまったことへの、罪の意識。

 

(ひょっとしたら、あれからの逃亡生活はその罰だったのかもね)

 

 あの国の中に居た頃は気がつかなかったのだ。

 自分たちと自分たち以外は、ただ殺しあうだけの間柄なのだと。脱走者から国の技術を奪うという、今にして思えば当然の考えも、あの頃の自分は出来なかったのだ。

 洗脳されていたのだと言い訳したかった。ただ強くなって従っていればいい、そう思った時期が長すぎたのだ。強さの扱い方を全く考えていなかった。身につけた強さと知識が狙われることもあるなど思いもしなかった。

 しかしそんなことは誰も聞いてくれない。祖国ジェルマ王国はかつて圧制の帝国として国土を奪われた悪の代名詞であり、その戦闘部隊ジェルマ66の部隊長の一人であった自分は、そこからはぐれた女は、格好の獲物でしかなかったからだ。

 国が、組織が、個人が、ギーアの肉体に宿る技術と頭に焼きついた様々な技術を狙った。時には祖国から口封じを狙う刺客が送られてくることすらあった。

 そうして逃げ続けるうちに、このクイーンに捕らわれた。

 物作りが好きだと標榜するこの男に。

 

「全くなんて不幸!!」

 

 飛来する銃弾を避け、ギーアは嘆いた。

 捕らわれ、尋問を受け、その末に戦場に引きずり出される。生まれついた地の業に振り回されているとさえ思った。

 

「言っておくがその首輪は爆弾だ、おれから遠く離れると爆発する! この戦場から出られると思うなよ!?」

「んなこったろうと思ったわよ!」

 

 手錠を外しても首輪は外さない、そこに含みの想像ぐらいは今なら出来る。距離に反応する爆弾を作るなど、さすがは物作り好きというだけある。

 

(頭いいくせに海賊してんじゃないわよー!!)

 

 怒鳴ってやりたかったがやめておく。

 今のクイーンにそれを言ったら、踏み潰されてしまいそうだからだ。

 

「ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!!」

 

 いまやクイーンの姿は人のそれではなかった。

 両腕は足となり、皮膚は厚く節くれだって変色し。何よりも首が伸びた。肩に埋もれているといってもよかったクイーンの頭は、天を衝くように伸び上がり、口は頬まで大きく裂けていく。

 もはや人ではない。

 クイーンは恐竜の姿となった。

 

「ブラキオサウルス……!」

 

 クイーンが食らった悪魔の実の能力だった。この男は、恐竜の中でもとりわけ大きな体を持つ、その姿に変身することができるのだ。

 

「ナメてんじゃねえぞ小僧共ォー!!」

「ギャアアアアアアアア!!」

 

 振りぬかれた尾が屈強な男達をなぎ倒す。ギーアは飛来する図体から飛びのかなければならなかった。

 普段はひょうきんに振舞ってみせる男だが腐っても海賊、それも粗暴にして凶悪を旨とするあの大海賊の幹部を務めるのだ。一度戦場に立てば凶暴な本性がむき出しになる。

 つかみどころの無い逆鱗に触れてしまえば、その場で踏み潰されてしまうだろう。

 

「まったく……やりゃいいんでしょ、やれば……」

 

 ごちる間にも敵は迫る。

 凶相の男が3人、それらの手には剣に槍にカギヅメ、既に幾人も襲ったのか、こちらへ届く間に血が滴り落ちる。

 ギーアは両の腕を高く掲げた。五指を開き、刃の降るところにギーアの手が広がる。

 

「何だぁ命乞いかぁ~!?」

 

 男のうちの誰が叫んだだろうか、ギーアには興味がない。だからこの次に誰が叫んだのか知ろうとはまったく思わなかった。

 

「んなぁっ!?」

 

 鉄が鉄を打つ甲高い音。場違いなそれは、降り下ろされた刃の破砕を意味していた。へし折れた切っ先が宙を舞い、六対の瞠目が女の細腕に集中する。

 光を灯しはじめた番の手を。

 

「硬ぇッ! なんだこいつの腕!」

「おい待て、何か熱……」

 

 声では遅い。

 音に勝る光を見よ。

 

「“閃光放火(フラッシュフローラ)”!!」

「!!?」

 

 陽が地に咲く衝撃が男達を襲う。

 

「ぎゃああああああああぁぁぁぁ!!」

 

 光が目を、高熱が肌を、膨張した大気が男達の体躯を吹き飛ばした。焼けた血肉は黒く焼き焦げ、叩きつけられた雪原を溶かしていく。ギーアの手はすでに光を収めたのに、放たれた光熱は今を持ってなお男達を苛んでいる証拠だった。

 女は痛みに悶える男共に見向きもしなかった。襲ってきた悪漢に気を使うことなど祖国は教えなかったし、出奔した後もこうした輩のことを気にしようとは思わなかったからだ。

 来る度に焼いた。植えつけられたジェルマ66の力をもって。

 

(まだ動くか……全然手入れできてないから、もう駄目かと思った)

 

 多くの者どもが求め、クイーンが聞き出そうとする科学技術の一端が、ギーアの両腕には埋め込まれている。王がクローン兵とともに開発を進めていた何か、ギーアの腕に移植されたのは試作品とも言うべき兵器だった。

 光と電熱を放つ機械だ。

 それを両腕に仕込まれたギーアは、思うときに鮮烈な光熱を放つことができる。

 

「……でもそろそろ限界かな」

 

 度重なる尋問と放置が機械の動きを悪くしている。腕の動きを察知して動作を補助する機能が鈍っているのだ。このままにしてしまえば、兵器としての機能を失い、腕の中に残り続ける鈍重な手械になりかねない。

 早急に復旧する必要があった。

 

「ん?」

「お、何だあの女?」

 

 閃く光熱は周囲の男達の注目を集めたらしい。衆目を一瞥し、しかしボロキレ同然の手にかけ、

 

「うおおおおおおおおおおおお~~~!!?」

 

 勢いよく脱ぎ捨てた。

 戦場で突然はじまった女の脱衣に、幾人かの男が歓声をあげ、

 

「……あ?」

 

 そこにあるはずの裸体へ疑問を投げた。何故ならそこに女の素肌はなかったからだ。

 女ギーアの姿を見るがいい。

 白く滑らかな玉の肌には、刻まれていたあらゆる傷がなくなっているではないか。いやそれどころか、ついさっきまでボロキレ同然だったシャツやズボンも新品同然となり、汚れ一つ無い無地の布をもって素肌を隠しているではないか。

 ついさっき、確かに服を破り捨てたはずの女の服がそこにはあった。しかしギーアの手には、たしかに襤褸切れ寸前の服が握られている。

 否、引き千切ったにしては、はためくそれはあまりに大きい。

 

「な、なんじゃありゃあ!?」

「女が……! 女がはためいてる……!!」

 

 ギーアが手にしていたのは服であって服ではない。それは、服と一体になったギーア自身の姿であった。襤褸切れの服をまとった傷だらけのギーアの形をした布が、傷一つ無いギーアの手に握られ、寒風にあおられているではないか。

 それは布ではなかった。

 それは、皮だったのだ。

 

「――私はヌギヌギの実の脱皮人間」

 

 ギーアは、視線を結んだ有象無象へと告げる。

 

「傷ついた体を脱ぎ捨て、より強くなった万全の体へと戻ることができる。……ストリップを期待してたんならごめんなさい。悪魔の実は衣服にも作用するから、着てる物も新品になって残るのよ」

 

 そして身の内にある機械もまた然り。

 祖国ではこの能力ゆえに、改造手術によって傷ついた体もたちどころに直る便利な実験体として扱われていた。それを光栄だと思っていた過去の自分が恥ずかしい。

 だがこの能力も一長一短だ。傷が治ると分かっていれば尋問を加減する必要もない。殺される寸前まで痛めつけられたとしても、息絶える前に脱皮させてしまえばいいのだから。

 しかも、一度や二度脱皮した程度では埋められない力の差を持つ男に捕まったのが運の尽きだった。クイーンの戦闘力は、能力者にして改造人間であるギーアをもってしても及びもつかない高みにある。

 未だにまとわりつく首輪は、そんなクイーンの呪縛であるようにさえ思えた。

 

「てめぇ期待させやがってぇ……んごっ!?」

「……はぁ」

 

 飛び掛ってきた愚か者を叩き伏せ、ギーアの瞳は天を仰ぐ。

 

(だいたい何なのよこいつら。百獣海賊団と抗争する海賊団ってこと?)

 

 小僧共、とクイーンは言っていた。ならば近年台頭してきた若手の海賊たちだろうか。

 大海賊時代、そう呼ばれるのが今であると、捕らわれの女でもそれぐらいは知っていた。

 去年のことだ。幽閉同然のギーアにはもっと長く感じられたが、1年前のことである。

 大海賊ゴールド・ロジャーが処刑の寸前に放った言葉が、男達を海へ駆り立てた。この世の全てとロジャーに言わしめるほどの宝、“ひとつなぎの大秘宝”を手に入れ、彼に続く新たな海賊王となるために。

 百獣海賊団は、その大海賊時代が来るより前の海賊たちである。あい争うこの男達が新手の海賊であるというなら、なるほど小僧と謗るのも納得できた。

 

(まぁ私にはどうでもいいけど)

 

 囚われのギーアには選択の余地など無い。望む望まないに関わらず、首輪の主が命ずるままに奔るしかないのだ。

 

「くたばれ!!」

 

 振り下ろされる斧を避け、振るう男の肩を蹴って宙を舞う。

 傷は癒えても多勢に無勢、百獣海賊団と抗争するだけの海賊団を全て相手にする愚は犯さない。

 

(命令は、海賊の頭を連れて来い、よ!)

 

 雪原に降り立ったギーアは、体格差を利用して男達の隙間を駆け抜ける。時に敵の、時に百獣海賊団の腕と武器を潜り抜け、ギーアの双眸は標的を探す。

 二本の脚が雪を蹴散らし、番う両腕は交わしきれなかった男共を薙ぎ払う。

 どこまで広がっているかも分からない戦場で、いったいどれほど大蛇の真似事をしただろうか。右往左往と蛇行するなかで、遂にギーアはそれを見つけた。

 

(いかにも頭っぽい奴!!)

 

 そいつは、数多の男がたむろする修羅場にあって、特に抜きん出て巨大な体を持つ男だった。何よりまとう覇気が違う。見る者の心身を圧倒する気迫は、人の上に立つものほど強いのが道理だ。

 

「狙うは、アンタだけよ!」

「そっちに行ったぞ船長ォ――!!」

 

 走り抜けた背後から、野太い男の声がした。やはり所詮は海賊、浅はかな自白がギーアの予想を裏付けてくれる。

 迫るほどにその男は体躯を大きくしているように見えた。間近にしたその身長はクイーンですら及ばないだろう。極太の腕には、巨体に相応の長大な剣が携えられていた。

 頬まで裂けた口で荒く呼吸する顔には、凶悪な三白眼が穿たれている。額には鋭い角、頭には炎のように逆立つ髪、さながら地獄から這い出た鬼といってもいい男がそこにいる。

 しかしその鬼も、この戦場にあっては傷を免れなかったらしい。少し前までのギーアと同じか、それ以上の傷をその身に刻んでいた。

 

「アンタが頭ね!!」

「チィ! 鉄砲玉がぁ!!」

 

 奔り、構えた腕に電熱を灯す。接近に気付いた大男も苦々しく牙を食いしばり、巨漢は白刃を振るう。

 互いの威力が交差する。

 

「“閃光火拳(フラッシュヴァルキリー)!!」

「“角刀影(つのトカゲ)”!!!」

 

 白熱する掌底を迎えたのは刀ではない。一本の長大な槍だった。

 

「!?」

 

 突きつけられた刃の切っ先、突如としてそこに蝙蝠の群れが集まり、溶け合って巨大な黒い尖塔となったのだ。矢の速度で伸びる鋭角が、ギーアの拳を真っ向から迎え打つ。

 貫かれはしない。改造人間ギーアに植えつけられた鋼鉄の拳は欠けもしない。

 だがこのままでは先鋭に押し返され、大砲の弾のように宙へ押し出されてしまう。ここでまた離される訳にはいかなかった。

 

「こなくそ!!」

 

 肘を引き、腕を緩めた。

 迎え撃つのではない、いなすのだ。迫る漆黒の先鋭が頬をかすめ、しかしギーアはコマのように体を回転させ、奔る先鋭の横へと身を逸らし、雪と土を抉ってギーアは着地する。

 傍らで、塔にも似た槍が再び蝙蝠として散らばっていく。そうした蝙蝠たちが集まるのは、件の大男のもとである。

 

(当たり前のように能力者な訳ね!)

 

 どいつもこいつも悪魔の実の能力者。うんざりする思いだ。

 

「百獣海賊団の回し者だな!? 小娘如きが、おれに敵うと思ってンのか!」

「御託はくたばってから言いなさい。この状況が見えないのかしら」

 

 その瞬間、背後で爆音が立ち上った。それだけの武力が出現したのだ。

 

「ウオオオオオオオオオォォォォォォォ――――!!!」

 

 獣の群れが雄叫びをあげているようだった。

 そこにはケダモノに変じたクイーンの声も含まれていた。しかし奴と同格、いやそれ以上の雄叫びが乱立する。あの凶暴な男と張り合う奴らが、群れを成すほどに控えているのだ。

 ギーアと向かい合う大男は、慄いて身を固めていた。硬直し、瞠目し、青ざめた顔は、それこそ起きてみる悪夢を前にしているかのようだ。

 それほどの光景に、ギーアは振り向く気にもなれなかった。

 

「なんだ、あいつらは……!」

「百獣海賊団の戦力が“災害”だけだと思った? 生憎とあいつ等の船長は……総督様は、部下集めに余念がないのよ」

 

 “災害”、それは百獣海賊団が誇る二人の大幹部を指す通り名だ。その片割れがクイーンであり、奴が変態野郎と呼んで止めない相手こそが、もう一人の“災害”である。

 

「ナンバーズ、それに“真打ち”。この大海賊時代に前後して百獣海賊団が集め始めた大戦力……化け物どもよ」

 

 雄叫び、地響き、そして阿鼻叫喚。あらゆる破壊と悲鳴が戦場を満たそうとしていた。

 

「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」

 

 それは誰の悲鳴だっただろうか。

 この大男の部下だったかもしれないし、逃げ遅れた愚かな百獣海賊団の下っ端だったかもしれない。あの化け物連中が部下に配慮して戦うような機微を持っているとは到底思えない。

 戦局は決したのである。

 化け物以外は踏み潰される、という結末に。

 

「ば、ばかな……、おれの、おれのゲッコー海賊団が……!!」

「戦力が、部下が足りなかったわね。どの海から来たか知らないけど、これが“新世界”の実力よ」

「おれの、部下たちが……!!」

 

 大男の手から剣が落ちた。瞳は色を失い、覇気の衰えは見るも無残なほどだ。

 

(墜ちたわね)

 

 心を折られた男の顔だ。

 ギーアはこの顔を、あの牢屋の中から幾度となく見てきた。百獣海賊団が拓いた、採掘場とは名ばかりの強制収容所で、労働力として放り込まれた海千山千の男達が、飢える身に鞭打たれ、心の底から屈服していく様を、幾度となく眺めていた。

 自分もいつかこうなるのだろうと、そう思いながら。

 

(……こいつも百獣海賊団に従えられるぐらいなら)

 

 きっとクイーンは、いや、百獣海賊団の総督は、この大男すら屈服させて飲み込む気なのだろう。この世の暴虐を人型に練り上げたようなあの男は、徹底的に加虐的な性格をしているのだ。このまま呆然とする男をひっ捕らえれば、遠からぬうちに百獣海賊団の大戦力として頭を垂れるだろう。

 自分を虐げる者共を満足させる気には到底なれなかった。

 

「アンタを引きずり出せって命令だけど……私、あいつ等が嫌いなの」

 

 膝を突いて尚高い巨漢の懐へ歩み寄る。呆然自失の男はそれにさえ気付かない。

 構えた拳が光を灯す。

 

「そんなに部下たちが大事なら、一緒にいかせてあげるわ……!!」

 

 手に力を。最大限の輝きを。

 大男の屈強な胴も貫くほどの膨大な熱量が、ギーアの引き絞られた掌底に蓄積される。さながら太陽を抱える姿となった大男、その命を今ここで終わらせるために。

 

「往生なさい……!!」

 

 閃光を放つ。

 間際、

 

「――待ってくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は百獣海賊団か!? 奴等に使われている奴隷じゃねえのか!?」

「誰が奴隷だこの野郎!!」

 

 突如として飛び込む声に、思わず振り向いてしまうギーアである。

 そこには男が一人、赤く滲む足跡を引き連れて立っていた。大男と同等、いやそれ以上の深手を負っているのは明らかだ。肩に矢を突き立て、切り裂かれた胸板からはしとどに血が溢れ、二本の脚を赤一色に染め上げる。

 見覚えの無い風体。どうやら百獣海賊団ではなく、大男の部下であるようだ。

 茫洋としていた大男の双眸に光が戻る。

 

「生きてたのか!!」

「ああ、今はな」

 

 しかし、

 

「……だが、もう駄目だ」

 

 大男の顔が凍りつく。

 しかしギーアは、そうだろう、と胸の中だけで頷いた。男の寿命がもう幾らも残されていないのは、火を見るより明らかだったからだ。流々と流れる血潮が雪原に染み渡り、さながら男の落とす影は赤色になってしまったかのようだ。

 

「――モリア」

 

 一筋の吐血とともに男が囁く名前、それが大男の呼び名であるらしかった。

 

「モリア、おれ達はもう駄目だ。お前のゲッコー海賊団は、今日ここで終わる」

「ぅ、うおおおお……」

 

 大男、モリアの口から意味を為さない呻きが漏れた。両の手が頭を抱え、五指が髪をかき回す。男の出現に一度は見た希望を失い、改めて突き落とされた男の嗚咽が零れ落ちる。

 しかし男は、男をそうさせる為に現れたのではなかった。

 

「……それでも!!」

 

 男は絶望の再確認させるために現れたのではない。危難にあってなお望みを託そうと、不屈の意気でここまできたのだ。

 

「お前だけは生かしてみせる!!」

「!!?」

 

 力なく垂れていた傷だらけの腕を振り抜けば、男の腕から突如として大量の流体が溢れ出す。艶のない白亜のそれは飛沫を散らしてモリアへ走り、太い手足に纏わりつく。

 するとどうだろう、流体はみるみる間に形を定め、ついには8の字型の枷としてモリアの手足を縛ったのだ。

 

「おい! 何のつもりだ!!」

 

 しかしモリアの叫びを無視して、当人は傍らのギーアへと向かう。しげしげとギーアの首元、分厚い首輪を眺めて掌を掲げると、再び流体が溢れ出した。流体は掌の上で一つの小さな形となり、それを掴んだ男は、そのままギーアへと投げ渡す。

 思わず受け取ったギーア。それが何であるのか、握った手を開いて確かめる。

 

「鍵……?」

 

 は、となった。

 

「まさか首輪の!?」

「ドルドルの実の力があれば、合鍵なんて安いもんよ」

 

 白い流体、その正体は蝋燭であった。どうやら男は体から蝋を搾り出し、望む形に練り上げることができる悪魔の実の能力者だったのだ。

 急ぐ手つきで首輪の鍵穴に差せば、見事音を立てて外れたではないか。

 吹く風が喉に触れるのは何時以来だろうか。いかなる時も頭を下げるようにのしかかってきた鋼鉄から、今ようやく解き放たれたのである。

 踊りだしそうな感慨が胸に湧き、だが兵士として育った理性がそれを引き締めた。

 

「……何をしろと?」

 

 海賊が、ただで人助けをするとは思えなかった。向かい合う男は、にたりと黄ばんだ歯を覗かせて、

 

「決まってんだろう。――モリアを、逃がしてくれ」

「バ……ッカ野郎!!!」

 

 怒鳴りつけたのはモリアである。

 

「おれに、お前たちをおいておめおめ逃げろってのか!」

「逃げるんじゃねえ、生き延びるんだよ」

 

 この男とモリアと、一体どれだけの時間を共にしたのであろうか。

 どれほどの時間をともにすれば、人間はこんな表情を浮かべられるのだろうか。

 誰かの傍らで生きることができなかったギーアには、想像することもできなかった。

 

「――生きろ」

 

 男とモリアの目が通う。

 

「死に損なえ、ゲッコー・モリア。傷を癒し、武器を集め……兵力を整えろ! 強く、立ち上がれ!!」

「…………!!!」

「お前の夢を、悪夢で終わらせるな」

 

 一際強い轟音が鳴った。

 地響きに等しい足音の連打は次第次第にこちらへ近づいてくる。残された時間は幾らもない。それは戦場にとっても、男にとってもだ。雪に降る血は勢いを増し、刻一刻と迫る死に、男の顔が青ざめていく。

 

「頼む」

 

 男の、人が最後に願うことを、無下にする女ではありたくなかった。

 

「……恩には報いるわ」

 

 頷いて、それを最後に男は膝をついた。

 疲れ果てたように、ゆっくりと尻をつき、傷だらけの背をモリアに見せて、

 

「お前は、海賊王になる男だ」

 

 それが最後の言葉となった。

 直後、男から噴き出す蝋燭の津波がモリアを戦場から押し流したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生! 畜生ぉ――――!!」

 

 蝋の津波は広げられた絨毯のように、一直線に駆け抜けた。雪原を渡り、雪の森へと走る。その先頭には手足を拘束されたモリアが乗っている。蝋の津波は無限に伸びる手となり、大男は見る見る間に戦場から遠ざけた。

 林間にこだまするモリアの叫びが哀れでならなかった。

 しかしギーアには憐れみをかける暇はない。一直線に伸びる津波は、途中にある木や岩を避けて通るような器用なことはできないのだから。

 

「せいっ!!」

 

 悪魔の実の力によって万全の体調を得た改造人間の脚力は、時として津波に勝る速度で走り、障害物を破壊した。電熱の掌底は木を焼き払い、岩を割り、逃避行の妨げを一切合財を薙いでゆく。

 雪を蹴散らし、怒涛の勢いで森林を駆け抜ける両者。

 

「くそっ! くそぉ――!!」

 

 隣で悶えるモリアの悲鳴は止まらない。

 しかし鍛えられた改造人間の脚に匹敵する津波の速度に乗せられては、いかなる余技が果たされることもない。ただただ、波に乗って戦場から離されるばかりだ。

 そうやって男の苦悶を聞き流し、木や岩を何度払っただろうか。

 木々の太さや大きさ、密度が薄れていくのが分かった。森の反対側に近づいているのだ。

 

(いける)

 

 戦場の音はもはや遠い。戦乱に興じる化け物共は、高速で戦場を離れる者に気付きもしない。

 あともう一歩だ、そう思った時だ。 

 

 

 

「ウォオオオオオ――――――――――――――――――――――ッ!!!」

 

 天から、かつてない怒号が轟いた。

 

「!!?」

 

 何、という声もかき消されるほどの雄叫び。百獣海賊団の誰とも比べることができない、圧倒的な咆哮が地に降り注ぐ。思わず耳を塞ぎ、しかし骨まで震わす唸りを前にしては、まったく徒労に終わってしまう。

 瀑布のごとき声の主は、曇天の中にいた。

 

「……奴だ」

 

 モリアの囁きが聞こえた。

 何者が来たというのか、そんなことはギーアだって分かりきっている。“災害”や“真打ち”、いやナンバーズを越える雄叫びを放つ者など、早々いてたまるものか。

 渦を巻く暗雲、奴が現れる前兆だった。

 

「――カイドウ!!」

 

 始まりは爪、次に指、これらを左右に四本ずつ生やした巨大な腕。それは青白い鱗に覆われ、赤い炎を綱のようにまとっている。それらが雲と寒風を引き裂き、巨大なあぎとが現れた。黒髭を蓄え、居並ぶ歯はすべて鋭く、地上を睨む眼差しは獣のそれ。うねる角と二股の角を一対ずつ生やした頭は、巨大な龍のものであった。

 長大な胴は傷一つなく、とぐろを巻くようにうねる体は雲を押しのけ、遂に全天を覆う覇者の全様が露わになる。

 

「ウォロロロ……」

 

 まるで雷鳴のような笑い声だ。鋭い牙が僅かに開き、赤い舌が垣間見える。

 いや違う。覗いているのは本当に舌か。奴の舌は、あんなにも煌々と輝くというのか。

 

(いけない)

 

 駆けるような危機感があった。

 だからといって走る以上の何ができようか。ただ走り続けることだけが、次に来るものから逃れる、たった一つの方法なのだから。

 熱が、来る。

 

「“熱息(ボロブレス)”!!!」

 

 龍の口腔で輝くものは、炎のほかに在り得ない。

 凝縮された炎の一閃が、森の向こうへと降り注いだ。

 

「……!!」

 

 轟音、そして熱風。

 宙に土砂と岩が飛び、雪が蒸発したのか濃密な霧が立ち上った。すさまじい熱風が木々の合間をぬって追いすがり、蝋の波に乗るモリアの宙へと弾きとばした。巨躯の男ですらその有様だ、ギーアに至って錐揉みをうって投げ出される。

 一体何度地に打ちつけられただろうか、数えるのもばかばかしい。終いには脇を木の幹にしたたかに打ちつけ、短く呼気をはいて倒れ伏してしまう。

 

「ぬ、ぐ……」

 

 モリアは逆に木を幾つもへし折ったらしい。えずきながら身を起こせば、倒れた木々の上に見慣れた巨体が横たわっていた。

 

「どうやら、お互い生きてるみたいね」

 

 あの火が降るところにいて生き延びた幸運を喜ぶべきか、それともあれに晒された不幸を嘆くべきか。ギーアは断固として前者を採りたかった。所詮ギーア達が受けたのは余波でしかなかったからだ。

 あの龍こそがカイドウ。百獣海賊団の総督にして、龍に変じる悪魔の実の能力者。

 その大火が降り注いだのは、さっきまでギーアたちがいた戦場であるのは間違いない。

 そして、絶望は空から降ってきた。

 

「生き残りは……無しか」

 

 傍らで、モリアが動くのがわかった。

 

「ウォロロロ、これで生き残る奴がいれば部下にしてやろうとも思ったが……所詮時代の波に乗せられてただけの、ガキの集まりだったか」

「お……!!!」

「黙って!!」

 

 ギーアは飛び起き、叫びを上げかけたモリアの口を強引に閉じた。こちらからは巨大な龍が見えるが、向こうからは生い茂る葉が隠れ蓑になって見えない筈だ。しかしモリアほどの巨体であれば、ひょっとしたら見つかってしまうかもしれない。

 ここで声を上げる訳にはいかなかった。

 

「貴様……!!」

「生きろって、言われたでしょうが!」

 

 横たわるモリアの顎を押さえ、ギーアは叱咤する。

 

「力をつけて立ち上がれって……!! 今立ち上がって、あいつに勝つ力はあるの!?」

「……!!!」

 

 体格差は歴然、しかし所詮は満身創痍に手足を枷で封じられた男である。改造人間の兵士であったギーアの膂力の前に、反発するも空しく取り押さえられる。男の大口を握って強く閉じさせ、息を殺して木々に潜めば、

 

「待ってくれカイドウさん!!」

「!」

 

 一際大きく叫ばれたのは野太い声、そう、クイーンの声だ。

 

「おれの大事なギーアちゃんが戻ってこねぇんだ! 探しにいかせちゃもらえねえか!?」

「……!!」

 

 龍に届けられたそれは、ギーアを追うための願い出であった。

 厄介なことを、そう思い、

 

「……ああ、なんだとテメェ!? もう一辺言ってみやがれ!!」

 

 何か問答があったのだろうか、突然怒鳴りちらした。その声に呼応し、今度はクイーンに応じる怒号が叫ばれた。

 

「バカが下らねぇ趣味で逃した獲物を、どうしておれ達が追わねばならない!?」

「能無しのカス野郎が! あの女がどれほどの技術力を秘めているか分からねえのか!?」

「それをむざむざ戦場に出したのはてめぇだろうが! カイドウさんの一撃で、消し炭になっただろうよ!!」

 

 あのクイーンと貶しあう何者か。奴と対等に話せるとしたら、それは百獣海賊団に一人しかいない。

 

(“災害”の片割れ! “火災”のキングだ……!)

 

 クイーンが時折口にしていた、拷問好きだというその男。彼がいない場でも、ましている場にいたってはより激しく罵るほどの、不仲な間柄。だからなのだろうか、探索を望むクイーンとは反対の、ギーアの死亡を唱えている。

 

(そのまま頑張ってお願い……!!)

 

 会った事も無い、会いたくもない大悪党を勝手に応援してしまうギーアである。

 口汚く罵りあう二人の“災害”、しかしそれに飽きたのか、空でとぐろをまくカイドウに動きが起きた。

 

「クイーン、それはおれが酒を呑むより大事なことか……?」

「えっ、いや、それはぁ……」

 

 たった一言。それだけで諍いは踏み潰されたのだった。

 

「野郎共、今日は戦勝の宴だ! 引き上げるぞ!!」

「ウォオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 龍の宣言に歓声が沸いた。

 カイドウが再び雲の向こうへ飛んでいくのを見届け、地響きじみた行進が始まる。

 血と勝利に酔う一団は行軍の音を隠そうともしない。歌い、嗤い、時に雄叫びをあげて、次第次第に地響きも遠くへ去っていく。

 立ち去る後に、、焼け野原と薄汚れた雪原だけを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 渦巻く雲が凪を取り戻し、再び雪が降り出すのを待った。それほどまでに耐え続けて、ようやくギーアは全身の力を緩める。

 

「はぁ……っ!」

 

 どっと噴き出す汗も、熱しきった肌には心地よい。尻を落とした先は土交じりの雪であったが、いっそ転がりまわりたいとすら思った。

 だがその前にやることがある。

 

「……ねぇ、あいつら行ったみたいだけど?」

「…………」

 

 傍らの大男は手足を蝋の枷に抑えられたまま、泥と雪に背を浸していた。龍の去った天を仰ぐその表情は、何色も浮かばせない。血の気の一切を失ってしまったように、傷まみれの顔を風に晒している。

 無言。呼びかけにも答えないモリアを、ギーアは回り込んだ。

 触れるのは足枷である。白く、どこか粉っぽい表面のそれは、まごう事なき蝋燭だ。しかし硬度はまったくの別物、爪をたてても欠けることはなく、握った感触はまるで鋼鉄のようだ。

 しかし、

 

「蝋ってんなら、熱で溶けるんでしょ」

 

 ギーアは足枷を小突いていた手を引き、うちに秘めた科学技術の粋に働きかけた。出力を調整し、戦場で使っていたような激しい光輝ではなく、仄かに照るような熱量を起こし、再び足枷に触れる。

 するとたしかに、あんなにも硬かった蝋がみるみると溶けていくではないか。

 

「……このまま奴らに突っ込まないってんなら、枷を溶かしてもいいけど?」

「……あぁ」

 

 再度の問いかけにやっとモリアは答えた。

 

「本当に?」

「ああ、奴らにゃ手を出さねぇよ。――今はな」

 

 ぎろり、とモリアの凶相がギーアを捉えた。

 

「お前、何者だ」

「百獣海賊団に痛めつけられた、って意味では同類かもね」

 

 鬼にも勝るそのかんばせに、しかし動じる風もなく肩をすくめてみせる。

 

「ギーアよ。そういうあんたは何、モリアでいいの?」

「ああ、ゲッコー・モリアだ」

「ふうん、百獣海賊団のナワバリに攻め込むなんて、大した海賊だったのね」

「……それもたった今、全滅しちまったがな」

 

 寂寥が間を生んだ。

 それは風が二人の間を通り抜けるまでの、ほんの少しの間。

 

「この島を出るのに力がいる。――お前、おれと組め」

「それしかないみたいね」

 

 ギーアの答えは、示し合わせたように即断であった。というのも、ギーアとモリアの境遇では、二人が協力することでしか生き延びる道はなかったからだ。

 クイーンによってこの国に連れてこられたギーア。

 百獣海賊団によって仲間を滅ぼされたモリア。

 孤立無援、しかもいつ狙われるか分からぬ身だ。今は全滅させたと浮かれているが、外国人の男と女、それも異様に軽装の女と類稀な巨漢となれば、目立つことこの上ない。人目につけば噂が立ち、噂をききつければ生き残りがいたかと追っ手をかけるかもしれない。

 何より敵の大幹部、クイーンは未だにギーアを諦めきれていないのだ。

 

(私一人じゃ、とてもじゃないけど奴に勝てない)

 

 一対一は問題外、そのうえ敵は数百人の部下を従える大海賊団だ。この島に長居すれば、再び捕らえられるのは火を見るより明らかだ。

 

「やつらの船を奪い、この島を出る。百獣海賊団の船や港がどこにあるのか知っているのはおれ、外海に出た後の航海をこなせるのもおれ、そうだろう?」

「私はとっ捕まってこの島に連れてこられたしね。ええそう、航海技術なんてないわよ」

「だが今のおれ一人では船まで辿りつけないだろう。勿論お前一人でもな」

「そこで協力して、ってわけね。でもあんた、その図体で忍び込むとかできるの?」

「いらねえ心配だ。ちゃんと策はある」

「本当にぃ?」

「疑う暇があったら、とっととこの枷を解きやがれ」

 

 確かにその通りだ。今さら百獣海賊団に向かっていくということもあるまいし、ギーアは光熱を蓄えた掌を添え、モリアの手足を縛る蝋を溶解させた。

 湯気をたてて滴る液体となったそれをモリアは拭い、手を地について身を起こす。上半身を起こせば、なるほど見事な大男だ。

 

「……でもさ、モリア」

 

 協力すると決めた相手である。いい加減名を呼ぼう、とギーアは思った。

 

「この島を出て、どうするつもりなの?」

「決まってんだろうが」

 

 そこではじめて、モリアが表情を浮かべるのを見た。

 怒りではない。

 悲しみでもない。

 浮かんでいるのは笑み、だが喜色でもなかった。

 絶望を呑みくだしたものだけが見せる、底冷えのする強固な決意の表れが、笑みのような形をして表情に表れるのだ。

 

「武器を、部下を……兵力を整え! もう一度やつらに挑む! そして今度は、やつらを全滅させてやるのさ!! そしておれは、――その力で海賊王になる!!」

 

 憎悪、殺意、それらがモリアに一層の活力を与えているのだ。凶相を更に禍々しく歪み、逆立つ髪が恨みに湯立ち、陽炎のように揺らめいているようにさえ見える。

 ギーアは寒風によらぬ冷たさが身を侵すのを確かに感じた。

 

(私、やばい奴と組んじゃったかも)

 

 しかし賽は投げられた。彼と共にあることでしか、生き延びる道はない。

 

「這い上がってやるぜ、この地の底からな!!! 覚えてろカイドウ……!!!」




ちなみに主人公は、筆者が考えていたONE PIECE二次創作設定の全部載せになりました。
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