ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

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彼と彼女の"旗揚げ"

「落ち着いたみたいね」

「はい。泣き疲れたようで……」

 

 床に腰を落としたギーアは、隣に座る少女の膝へ目を向ける。

 そこにはひどく痩せ衰えた幼い娘がいた。骨と皮だけと言ってもいいほどやつれたその娘は、しかし今は小さな寝息を立て、やすらかな顔をうかべて眠っている。

 伏せた目元は赤く腫れ、濡れた頬は直前まで涙を流していたことがうかがえる。

 

「この子が、ペローナがこんな顔で眠るのははじめてです」

 

 だがそれは膝を貸す少女も同じだった。

 波打つ金髪の下には、いかほどの肉もないやせ細った体がある。傷とあざにまみれた肌は、その背に獣の足跡を思わせる焼き印が捺されていた。

 特権階級、天竜人の奴隷である証だ。

 

「……ありがとうございます」

 

 金髪の少女は、名をステラといった。顔を見ると、彼女はあざの残る首を撫でてこちらを見返していた。

 

「私たちを解放してくれて……本当に、本当にありがとうございます」

「いいのよ」

 

 瞳をうるませるステラのかたわらには、鎖でつながれた首輪が二つ落ちている。

 彼女たちを縛っていたものだ。鍵穴にはギーアが見つけてきた鍵が刺さったままになっており、少女たちに奴隷を強いる拘束具としての機能はすでに失われていた。

 くびきから解かれた彼女へ、ギーアは微笑みを向ける。

 

「――私もね、似たようなものだったから」

「…………そう、ですか」

 

 それだけですべては伝わった。

 ステラは目を伏せ、こらえるように唇を結ぶ。ちいさく肩をふるわせる様子は、ひどく辛いものを頭の中で思い浮かべていることを如実にうかがわせる。

 それができる彼女を、ギーアは胸の中で讃えた。

 

(賢い、そして優しい人)

 

 自身もまたひどく虐げられているはずなのに、言葉一つで相手に共感できる心を彼女は失っていなかったのである。

 それだけで、ギーアが彼女を好ましく思うには十分だった。

 

「でも、大丈夫なんですか」

 

 そんな彼女は、上目遣いでこちらを問う。

 

「――天竜人を手にかけるなんて」

「あぁ、それね」

 

 短く答えたギーアは天をあおぐ。

 顔をしかめ、小さくうなって、それから吹っ切れたように晴れやか顔でステラを見る。それは眉尻を下げた、力の抜けた笑みだった。

 

「まぁ、何とかするわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、話はすんだか」

 

 そこへ彼が声をかけてきた。

 小山のような大男だ。青白い肌を薄暗い闇のなかに浮かばせ、鬼もかくやという悪相でこちらを見下ろす彼は、あぐらをかいて対面に座っている。

 凶悪な三白眼にステラは肩をすくめたが、ギーアは動じることなく応えた。

 

「急かす男は嫌われるわよ、モリア」

「ぬかせ。こっちはお前が鍵を見つけるまで待っててやったんだぞ」

「ジハハ! 図体のわりに細かい男だぜ!」

 

 そこへ割り込んできたのは、ギーアの隣に座り込む男だった。

 滝のような金髪を伸ばす壮年の男は、頭に舵輪を、膝から下を失った両足に剣を突き刺す異様な風体をしていた。あきらかな致命傷をいくつも抱えて、しかし平然と彼は笑う。

 その男に、モリアは苛立たしげに鼻を鳴らす。

 

「うるせェぞ、クソジジイ。誰もてめェに話しちゃいねェよ」

「つれない若造だぜ。格上のいう事は素直に聞くもんだ」

「ンだとォ……!?」

「やめなさい、モリア」

 

 にわかに険しくなった二人の掛け合いに、ギーアは口をはさむ。

 

「シキも、あまり挑発しないで」

「ベイビィちゃんが言うなら仕方ねェな! ジハハハハハ!!」

 

 壮年の男、シキは笑ったが、一方のモリアは頬杖をついてそっぽを向いてしまう。

 まるで図体ばかり大きくなった子供を相手にしている気分だ。これでどちらも、ひとたび立ち上がれば手に負えないほどの大海賊なのだから始末に悪い。放っておけば血を見るのはあきらかであった。

 どちらにも付き合いのある自分が取り持つしかない。

 そのことに肩を落としてため息をつき、円陣をかいて座る面々を見回した。

 自分。

 ステラとペローナ。

 シキ。

 モリア。

 そしてそのかたわらに、ひどく醜い男が一人。

 

「………………」

 

 白いローブを血で染めたその男は、土色の顔をさらしながら、何でもない風に立っている。人間であれば、とても生きていられない傷を負っているにもかかわらず、だ。

 だがそれもゾンビであれば話が違う。そもそも生きていなければ、どれほど傷ついても立っていられるのは当然だ。

 モリアの後ろに控えるそれを、ステラは恐ろしげに見ていたが、一方でシキはにやにやと面白そうに眺めていた。

 

「それにしても、天竜人を始末するとはやるじゃねェか。そこは認めてやるぜ」

「フン」

 

 称賛に対し、しかしモリアは半眼でシキを睨んだ。

 どうも今のは本心から出た言葉らしかったが、彼はそれを素直に受け入れられないらしい。まるで毛を逆なでされた猫のように苛立った様子で、三白眼がさらに険しくなる。

 想像以上に二人の相性は悪かったようだ。

 あるいはこれが、人の上に立つ気質を持った者が出会った時の必然なのかもしれない。

 

(男ってのはコレだから……)

 

 思わず頭を抱えたくなったが、つとめてそれを抑える。

 それからかつて天竜人と呼ばれていたゾンビへと目を向けて、

 

「船とその衛兵たちの主は押さえた」

 

 次に、円陣の外で倒れ伏す男を見る。

 

「海兵たちのトップも黙らせた」

 

 倒れていたのは、“正義”の二文字を刻むコートを羽織る屈強な男だった。

 彫りの深い顔を苦悶するようにゆがめながら目を伏せてる彼は、いたるところを血で染めた傷だらけの様相であったが、その背は浅く上下していまだに息があることを示している。

 ギーアを追い詰め、モリアに敗れた男。海軍将校モモンガだ。

 モリアが持つ悪魔の実の能力、カゲカゲの実の力によって影を奪われた彼は、その場で気絶したのだ。聞くところによれば、影を失うとそれから数日は意識が戻らないらしい。

 

(あんたの影は有効に使わせてもらうわ)

 

 彼の影は天竜人の死体に入り込み、ゾンビとして動かすための原動力になっている。

 ギーアたちがいるこの巨船の持ち主であり、取り囲む海軍艦隊の警護対象である天竜人の肉体を自由に操れる以上、自分たちの安全は当面のあいだ確保されたと言えるだろう。

 しかしそれも限りがある。

 

「この船が目的地に着いたら、もう誤魔化せない」

 

 そもそも、だ。

 

「――この船団はどこに向かってるの?」

 

 ギーアとシキは、飛行する最中に偶然遭遇して潜入した。モリアは自分のビブルカードで行き着いた。つまり自分たちは、この船団の目的をまったく知らない。

 今も進み続けるこの船がどこに向かっているのか。到着するまでどれほど猶予があるのか。

 それを知るのは、この場で一人だけだ。

 

「……この船は、オークションに向かっています」

 

 三人の視線を一身に受け、ステラは体をすくめながら答えた。

 

「ご主……天竜人が言っていました。何でも、世界最大級の船が競売にかけられるとか……」

「最大級の船だァ?」

「は、はい」

 

 噛みつくようなモリアの問いかけに、ステラは声までふるえあがる。

 とがめる視線をギーアは向け、それを受けたモリアは小さく舌打ちして視線を泳がせた。すがるようなステラに励ましの眼差しを送ると、彼女は少しだけ緊張を解いた様子で言葉を続ける。

 

「その船と、あと他にも売り出される財宝を買い占めるために、天竜人は海軍を引き連れて出発しました。……目的地に着くまで、あと一週間もかからないでしょう」

「そこまで分かるの?」

「海軍が、通信で話していましたので」

 

 え、とギーアが声をあげた時、ステラの姿が変貌した。

 二本の足が一つにまとまり、腹から一つながりになった寸胴な下半身になる。背はやや丸くなり、腰から下が後方に向かってただれたように伸び、滑り台に似た輪郭を描く。

 だがそこにはいつの間にか渦を巻く殻があらわれ、巨大なリュックを背負っているかのような形となる。

 なかば人以外のものとなった彼女の姿に、しかしギーアは見覚えがあった。

 ある動物に似ていたのだ。

 

「……電伝虫?」

「悪魔の実ですよ、ギーアさん」

 

 電伝虫とは、遠地と通話する能力を持った家畜である。ステラは、またたく間に胸から下が電伝虫のそれへと変容してしまったのだ。

 人の形を保つ顔に浮かぶ力のない笑みに、ギーアは声をかけようとした。

 しかし、

 

「ほう。ムシムシの実モデル電伝虫ってところか」

「いい“能力(もん)”もってんじゃねェか、お嬢ちゃん」

 

 男どもは口々にステラの能力を讃えるものだから、ギーアは彼らを睨みつけるしかない。彼女がその能力と容姿を好ましく思っていないことに気付いていたからだ。

 だがモリアたちはそれをものともせず、口々にステラへ言葉を投げつける。

 

「その能力でほかの電伝虫の通信を傍受したのか」

「というより、あの子たちにお願いして送った念波の内容を教えてもらうんです。この能力を得た時から、私は電伝虫と直接話せるようになったので」

「なるほどな。人魚や魚人は魚と話し従えることができるが、それを電伝虫相手にできるようなったってことか」

「しかしどこで悪魔の実なんぞ食ったんだ、お嬢ちゃん?」

「……大分前に、天竜人に余興で」

 

 うつむく彼女の顔に深い影が差す。奴隷として無理やり与えられた能力、それが彼女の言動から意気を奪う原因だったのだ。

 ことさらに弱弱しくなったステラ。それを老獪なシキが見逃すはずもない。

 

「するってェと、そのおチビちゃんも能力者かい?」

 

 眠るペローナに水を向けたシキに、ステラははじけたように面を上げた。

 

「こ、この子のことはどうかそっとしてあげてください! その分、私が働きますから!!」

「そいつァ感心だ。お嬢ちゃんがしっかりしてりゃ、たしかにおチビちゃんに起きてもらう必要はねェなァ」

 

 肩を揺らす男の笑みは、まさに悪党そのものであった。

 

「聞くが、お前さんは電伝虫の通信内容に手を入れることはできるのかい?」

「……はい。前もってあの子たちにお願いすれば、念波を書き換えて相手に送ってくれると思います」

「そいつァいい。じゃあ早速お願いしてもらおうじゃねェか」

「……この艦隊の海兵たちと、船団の目的地にいる海兵たちの通信を改ざんするんですね?」

「分かってるじゃねェか! 賢い女は好きだぜェ、ジハハ!!」

「待ちなさいシキ! ステラに海賊の片棒を担がせるなんて……」

 

 思わず身を乗り出し、ギーアはシキを咎めようとした。だが言葉は語気を失い、語尾まで言い切ることなくかき消えてしまう。

 ステラの言ったことに疑問が生まれたからだ。

 

「……目的地にいる、海兵?」

「天竜人を警護する海兵が連絡をとりあう相手なんて、他にいねェだろう?」

 

 答えたのはモリアだった。

 

「天竜人が出張るほどのオークションとなれば、他にも要人が集まっているだろう。そいつらの警備も含めて、会場には大勢の海兵どもが詰めてやがるに違いねェ」

 

 いかにも重苦しく、彼は言葉は続けた。

 

「十中八九、この艦隊と同等以上の兵力が目的地に待っているはずだ」

「……このまま手をこまねいていたら、待ち受ける敵のど真ん中に突っ込むってこと!?」

「そういうことさ。だから、ちょっとでもこっちの情報が漏れるのはマズいんだよ」

 

 シキは体を固くしたステラを覗き込むようにして、言葉を続ける。

 

「分かるな? お嬢ちゃん」

「……はい」

「なァに、迷うことはねェ。海軍がおめェらを守っちゃくれねェってのは、身に染みて分かってるだろう? そんな奴らに義理立てすることはねェよ」

「シキ!!」

「いいんです、ギーアさん」

 

 立ち上がろうとしたこちらの手を、しかしステラは掴んで留めさせた。

 振り向けば、やはり力のない表情を彼女は浮かべ、物憂げに首を横に振っていた。

 

「もう私は、奴隷でいることなんてできない。……この子に、また辛い顔をさせることも」

「……でも……」

「やります」

 

 その声は悲壮で、それだけにこれまでで一番力のある声だった。

 首輪から解かれたステラには、膝の上で眠るペローナの髪をすく彼女には、もはや譲れない確かな思いが芽生えていたのである。

 

「この艦隊の電伝虫たちに、今後私たちのことを目的地に伝えないようお願いします」

「確かにやってくれるんだろうな、電伝虫は」

「やってくれます。――そうなるように、お願いします」

「頼んだぜェ、お嬢ちゃん」

 

 口では頼るようなことを言うシキだったが、その目には冷酷で無慈悲な光が輝いていた。

 もし果たせなければ、あるいは裏切ることがあれば手を下すことをためらわない。大海賊として名をあげた無法者に相応しい、悪辣な本性があふれ出しているのだ。

 彼は少女を威圧していたのだ。

 

(ステラ)

 

 歴戦の猛者に気圧され、それでも少女は健気に向き合っていた。

 彼女もまた、自分とかたわらの幼い娘のために、反旗をひるがえすと誓ったのだから。

 ただ守られなかっただけのこれまでと、牙を剥くこれから。その違いを理解できない彼女ではない。奴隷に貶められてなお失わない知性がステラにはあったからだ。

 それでも言葉にした決意が、傷付いた彼女自身を支えている。

 

「……このままじゃ逃げられなくなるわね。なにか脱出の方法を考えないと」

 

 もはや彼女を庇うことも励ますことも不毛であった。

 ここに至っては彼女が振り絞った決意に応え、この場所から抜け出す術を見つけ出すしかない。

 だが、

 

「キシシシシ、何言ってやがる」

 

 唐突に、彼が笑い出した。

 

「モリア?」

「天竜人がつられるほどのオークション、面白ェじゃねェか。その世界一デカい船とやら以外にも、値打モンが山ほどあるんだろう?」

「な、何言ってるのあんた? まさか……」

 

 悪い予感に背筋を走った。

 外れてほしかった。しかし得てしてこういう時の予感とは、的中するのが常なのである。

 

「決まってんだろうが!! ――船も宝も奪って逃げる!!! おれたちは海賊だぞ!!!」

「はァ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正気!? 今でも軍艦に囲まれてるのよ!? ここから更に大勢の海兵がいる場所に、自分から突っ込もうっての!!?」

「バカ野郎!! 海賊が命惜しさに宝を諦めてどうする!!!」

 

 思わず張り上げた声は、しかしより大きな声でもって塗りつぶされた。

 

「そんだけのオークションだ、他にも要人も多いだろう。その中に入り込めば、海軍も足を引っ張られて動きが鈍くなるに違いねェ」

「入り込むって……船から顔を出した時点で取り押さえられるわよ!」

「そこでこのゾンビよ」

 

 モリアが指差したのは、かたわらに控える天竜人のゾンビだ。

 

「こいつを表に立たせて、おれたちは衛兵か奴隷に化けて忍び込む。それで宝を奪い、船も奪ってトンズラよ」

「そんな無茶な!」

 

 開いた口がふさがらないとはまさにこのことだった。となりのステラにいたっては、目を皿のように丸くして言葉を失ってしまっている。

 信じられない豪胆さだ。無謀と言ってもいい。

 身の安全をかえりみず、宝のために圧倒的な兵力差の相手に挑むなど、言われるまで想像もしなかった。

 

(――これが海賊!!)

 

 欲のためなら分の悪い賭けも挑む生き方。無法の世に生きる無頼の価値観は、一国の兵隊長として合理性に凝り固まっていたギーアに、頭を殴りつけられるのにも等しい衝撃を与えた。

 

「正気じゃない……」

「まともじゃ海賊はつとまらねェよ、ベイビィちゃん」

 

 あごひげをしごくシキが、含み笑いとともにつぶやく。

 どうしようもなく楽しそうな顔でモリアを見上げた彼の目は、無鉄砲な主張を値踏みするかのように鋭い光を放っている。

 

「――その意気や良し。一端の海賊ではあるようだな、若造」

「当たり前だ、おれを誰だと思ってやがる」

「だが兵力が足りねェな」

 

 取り残されたこちらをよそに、二人の男は話を進めていく。

 

「おれとお前にベイビィちゃん。三人対数千人じゃ話にならん」

「問題ねェ。ゾンビを増やす」

 

 モリアの目がかがやいた。

 闇のなかにも浮かび上がるほどの眼力が、頬まで裂けた凶悪な笑みを見せつける。それはまさしく、世に悪名をとどろかせる海賊に相応しい悪相だった。

 舌なめずりをしながらモリアは答える。

 

「この船の連中を皆殺しにして死体を揃える。影は……ここの連中を使おう」

 

 言って、モリアはあたりを見回した。

 広大な部屋を満たす影の向こうにひそむ彼らを見出すように。

 

「ひ……っ」

 

 これまで息を殺して様子をうかがっていた者たちが、おびえたように息を呑む。

 一室に満ちる暗闇の先には、棚のように鉄製の檻が積み上げられている。右も左も、前も後ろもすべてだ。何段もある鉄格子が、まるで壁であるかのように辺りを埋め尽くす。

 そして、いずれの檻も中に人間を閉じ込めていた。

 

「うぅ……っ」

 

 かつてのこの部屋の主、天竜人があつめた奴隷たちだ。

 誰も彼もが首輪をはめられ、やせ細った体を闇のなかにさらしている。傷とあざに埋め尽くされた肌はくすみ、落ちくぼんだ目はひどくおびえた視線をこちらへ向けていた。 

 老若男女、人種も様々な奴隷たちを一瞥し、モリアは鼻を鳴らす。

 

「肉体は鍛えられた兵士、中身は心の折れた奴隷。さぞかし良いゾンビが出来上がるだろうよ」

「決まりだな。そうとなれば、海兵どもを仕留める策を練るか」

 

 シキは頷き、モリアと向き合って話し込んでしまう。

 だがギーアは、そんな彼らにすくみあがる奴隷たちから目をそらすことができなかった。

 

(この人たちから影を奪って、私たちだけ逃げるの?)

 

 彼らはモリアの能力を知らない。

 だが“何か”されるということだけは伝わっているのだろう。あるいは、具体的に何をされるかが分からないだけにより一層の恐怖があるのかもしれない。

 そんな彼らから、奴隷に貶められた人間から、更に搾取して捨て置くのか。

 

「ねぇ、提案があるんだけど」

 

 そう思った時、ギーアは口を開いていた。

 

「あぁ?」

 

 怪訝そうな男どもにギーアは告げる。

 

「――彼らも戦力に加えましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何ィ?」

「オイオイいきなり何言い出すんだいベイビィちゃん」

 

 モリアは目を細める。シキなどは、薄ら笑いを浮かべて肩をすくめていた。

 だがしかし、ステラだけは真摯なまなざしを向けている。

 ギーアが何を言いたいのか、その意図を理解しているがゆえの、あざけるところのないまっすぐな瞳であった。

 だから彼女に頷きを返し、男どもを尻目に立ちあがって辺りへ視線を投げかける。

 檻に入れられた奴隷たちへと。

 

「貴方たち、ここで一生を終えるつもり?」

 

 問いに、檻の中の者たちは肩をふるわせる。

 

「私たちは、別にあなたたちを助けにきた訳じゃない。このまま黙ってるなら、あなたたちから更に奪って見捨てていくだけの海賊よ。――だから、選びなさい」

「な、何を」

「奪われるだけの奴隷で終わるか、それとも海賊として生き延びるかをよ」

 

 奴隷たちのつぶやきに、ギーアは答えを打って返した。

 

「私たちについて一緒に戦うなら、この檻から連れ出してあげる。ただし、その時は海賊よ。海軍に追い立てられ、いつ殺されるかも分からない犯罪者になってもらう」

「そ、そんな……!」

「それよりも奴隷がマシだって言うなら、私たちもいらないわ。ここに残ればいい」

「……!!」

 

 にべもない断言に沈黙が生まれた。

 押し黙る奴隷たち。しかしややあってから、震えた声があがる。

 

「む、無理だ」

 

 檻の中の誰もが顔を青ざめさせ、すすり泣く者さえいた。

 声をあげた誰かの答えに弱弱しくうなずき、続く言葉をまた誰かが言う。

 

「お、おれたちなんかに、どうにかできる訳がない……!」

「無駄だギーア。こいつらは心が折れている。何を言っても、何もできやしねェよ」

 

 侮蔑するモリアの呼びかけに、しかしギーアは胸を張った。

 

「あら、ここに一人、誰かさんの言葉で立ち上がった人間がいるけど?」

「おめェとこいつらじゃ出来が違う。大体、おれが影を奪った人間は太陽の下に出られなくなる。こいつらを表に連れ出すことなんざできねェよ」

「陽に直接当たらなければいいんでしょう? それなら私に考えがあるわ」

「何ィ?」

「上手くいけば数を増やすだけじゃない、一人一人の戦う力を強められる」

 

 だから彼らが必要だ。そのために、彼らを奮い立たせる言葉がいる。

 かつてギーアがモリアのおかげで立ち上がることができたように、今度は自分が彼らの心に灯をともすのだ。

 自分を虐げる敵へ、世界へ、反逆する意思を。

 

「――顔をあげなさい」

「ウゥ……!」

「ここにいる全員が力を合わせれば、自由になれる。それにはあなたたちが自分の意思で立つ必要があるの。いつまで心を折られているつもり?」

「だから、おれたちは……!」

「しっかりしなさい!!!」

 

 気炎の叫びがこだました。

 

「自由が欲しくないの!? 奴隷のままずっと生きていくつもり!!? そんなのは生きてるとは言わない!!!」

「!!!」

「“人間”でありたいなら!!! 自分の生きる世界を勝ち取ってみなさい!!!!」

 

 数十、いや、百人をこえる視線があつまるのを感じた。

 まるで肌を焼かれるような思いがする。格子の合間から向けられる数多の視線が、そのいずれもが内に秘めた熱量を矢のようにしてこちらへ放っていたのだ。

 それまではなかったものが、今はある。

 意気だ。

 生きようとする意志だ。

 冷え切った奴隷たちの心身にみなぎる力が、あふれ出し始めているのだ。

 

「――そうだ」

 

 声があがる。

 はじまりは弱く、しかしすぐに力を増し、数を増す。またたく間に重なって部屋に響く。

 

「おれたちは“人間”だ」

「“奴隷”なんかじゃない」

「自分が生きる場所は自分で決められる」

「生きる場所は……! こんな檻の中じゃない!!」

 

 いつしか、部屋を満たす闇はらんらんと輝く瞳の群れによって照らされていた。

 

「出してくれ!! おれたちを!!」

「おれたちも戦う!! ――あんたたちについていく!!!」

「このクソッタレな世界をぶち壊して!! 生き延びてやる!!!」

 

 草むらに広がる火のような勢いだった。

 寒々しかった部屋は、今や心を取り戻した人間の気迫によって満たされようとしていた。

 

「――モリア、戦力二倍よ」

「チッ、勝手に話を進めやがって。船長はおれだぞ」

 

 そう言うモリアだったが、しかし腕を組んで彼らを見る表情には燃えるような笑みがある。

 

「いいだろう。だが、ふるいにはかけさせてもらうぜ。海賊として生きる覚悟がない奴はおれの部下にはいらん」

 

 彼の言葉にギーアは頷く。

 結局のところ、彼らを受け入れるかどうかを決めるのはモリアだ。ギーアにできるのは、折れた心を立ち直らせて試されるところまで背中を押すことだけである。

 それを善行だとは思わない。選ばれたところで、海賊という日陰者になるだけだからだ。

 だが奴隷として一生を終えるよりはマシなはずだ。ギーアはそう思う。

 その程度には、自分もまた“悪党”なのだ。

 

「じゃあ今から檻を開けて回るわ」

「それには及ばねェよ」

 

 ギーアはステラたちの鍵を見つけた場所へ向かおうとした。だがその目前を、鉄色のひらめきが横切っていく。

 鍵だ。

 無数の鍵がひとりでに空を飛び、檻やその中にいる者たちの首輪の鍵穴に突き刺さる。

 次の瞬間、施錠の解ける音が唱和した。

 

「ジハハ、受け取れゴミクズども」

 

 シキだった。

 彼がみずからの能力、フワフワの実の力によって無数の鍵をそれぞれが対応する鍵穴へと飛ばし、閉じていたそれらを解き放ったのである。

 それは奴隷だった者たちにとって、歓喜の瞬間だった。

 

「……やった」

 

 格子の扉が勢いよく開かれる。

 

「……やったァ―――――!! 自由だァ――――――!!!」

 

 飛び出す彼らはもはや奴隷ではない。

 主はいない。くびきもない。今ふたたび、人間として自らの足で立つことができたのだ。

 

「……ありがとう、シキ」

「クソジジイが。余計なことしやがって」

「良いってことよ。これでどうなるか見物だぜ」

 

 くしくも同じタイミングで正反対の言葉を告げたこちらに対し、シキは頬を吊り上げながら答えた。

 

「解放奴隷を従えたガキどもがどこまでやれるか、付き合ってやるのも悪くない」

「……獲った獲物は山分けしてやる。だが、船はおれたちのものだぞ」

「いいぜ、おれにも自分の海賊団がある。お前らの行く末を見届けたら引き上げるさ」

「同盟結成ね」

 

 男たちが手を結ぶのを見届けて、それからギーアは抱き合う周囲の人々を見渡す。

 その様子にひとつ頷いて、一人ごちるようにつぶやいた。

 

「モリア。これがきっと私たちの旗揚げになるわ」

「あぁ、そうだな」

 

 こちらの言葉に首肯して、彼は吼えるように声をとどろかせた。

 

「やるぞ野郎どもォ!! てめェの人生はてめェで奪い返してみせろォ!!!」

「オオォ!!!」

「欲しいもんは奪い取れ!! おれたちは!! 海賊だ!!!」

「ウオオオオオォォォォ――ッ!!」

 

 押し寄せる解放された者どもの叫び。

 dがそれに負けない咆哮をあげて、モリアは拳を振り上げた。

 

「――獲りに行くぜ!!! 船を!!! 宝を!!!!」

 




ミーティング回。解放・決起・襲撃はワンピの華。

原作にいそうでいない、二次創作にありそうで見かけないあの動物になる能力を出してみました。結構便利だと思うんですよね。
スリラーバーク的にはどちらかというとナメクジとかの方が「それらしい」と思うんですけど、まぁそれはそれ。あと本当なら顔面も目が飛び出したり口がでかくなったりすると思うんですけど、女子にそうさせるのは忍びないので許して。ブラックマリアだって人獣型は下半身だけだったし。





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