ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

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前話とは元々一つの回だったので、下地がある分早く仕上がりました。
あるいは、約5000文字仕上げというコンセプトが想像以上に有効だったのかもしれません。


”晴れ時々船”

「来るぞ! 海賊たちを進ませるな!!」

 

 決戦の地は無数の巨大船が泊まる港湾部。迎え撃つ海兵たちが叫びをあげた。

 当然だ。オークションを警備する正義の戦力として、悪の略奪者である自分たちを許すはずがない。

 問題は、彼らに止めるだけの力がないことだ。

 

「ギーア、合わせろ!」

「ええ!」

 

 ブギーマンズと兵士ゾンビを追い越し、ギーアはモリアに並走する。

 従うべき主が長大な刀を振り抜くのに合わせ、光熱を秘めた拳を打ち放つ。

 

「“樹陰大蛇(ネグロ・ニドヘグ)”!!!」

「“閃光放火(フラッシュフローラ)”!!!」

「!!?」

 

 かたや極太の斬撃。

 かたや光熱の破裂。

 強烈な威力が重なり、屈強な海兵たちを吹き飛ばす。

 “新世界”に常駐する戦闘員とはいえ、相手はたかが兵卒に過ぎない。ギーアとモリアの攻撃を前にして、隊列は落ち葉を掃うように一蹴された。

 

「こ、これが“百獣のカイドウ”と渡り合った海賊の! 史上初のインペルダウン脱獄者の力か!」

「噂じゃ“鬼の跡目”拿捕にも関わったらしいぞ……」

「海賊王の元クルーの!? あの戦いはバスターコールで決着したんだろ!? まさかそこから生き延びたのか!?」

「うろたえるな! 所詮はくだらない悪の進撃だ!」

 

 ざわめく海兵たちを将校が一喝する。

 

「やつらは各国要人の集まるこのオークションを狙い、あまつさえ天竜人を手にかけた大罪人! どれほど強くとも、ここで捕えねばならんのだ!!」

「……ですってよ、船長」

「キシシ、雑魚ほどよくわめくもんだ」

 

 仰げば、肩に刀を担いだモリアはいかにも下らないものを相手取ったという風に見下していた。

 ギーアにとってもそうだ。

 彼らの叫びなど恐れるに足りない。たとえ、どれほどの数が現れたとしても。

 

「せ、船長! ギーアさん!!」

 

 隣でステラが上擦った声を上げる。

 泣きじゃくるペローナを抱きかかえた彼女は、肩で息をしながら、目を剥いて敵勢を見ていた。

 湧き出す水にも似た海兵たちの様子を。

 

「――海兵の増援です!!」

 

 港湾の奥から、オークション会場から、次々と海兵が集まってくる。

 モリアとともに吹き飛ばした数を補ってあまりある数だ。自分たちの戦闘力が彼らをはるかに上回るといっても、相手取っていられないほどの。

 ブギーマンズや兵士ゾンビがいても焼け石に水だ。

 

「この島に詰める兵力がこれだけだと思ったか!? お前たちの兵力は1000人ほどか? このまま押し潰してくれる!!」

「当然ね、これが兵力戦。数に勝る力はない」

 

 かつてジェルマ王国軍、ジェルマ66の一角を率いていた頃、幾度となく体験した戦いだ。

 訓練された大軍は、ただそれだけで策に勝る王道の力だ。本来兵力戦とは、戦うまでにその数をどれだけ増やせるかにかかっていると言える。

 策を弄することは、本質的に邪道なのだ。

 だからこそ自分たち()は、それを用意してきた(・・・・・・・・・)

 

「集まったわよ! シキ!!」

 

 群がる海兵とこちらの戦線がぶつかる。

 怒号とともに打ち合い、悲鳴をあげて倒れる兵士たち。その檄音の重なりにも負けない叫びをギーアはあげた。

 この最前線にも勝る戦いを繰り広げる、その男たちへ。

 

「おうよ!」

「何をする気だ、シキ!」

 

 ギーアの背後、手勢とともに通り過ぎたその場所で、二人の初老が打ち合っている。

 大海賊“金獅子のシキ”。

 元海軍大将“黒腕のゼファー”。

 黒金色の腕と剣の足が火花を散らして攻撃を応酬する。

 しかしギーアの呼びかけに答え、シキは大きく飛び退いて宙へと舞い上がった。

 フワフワの実による飛行能力だ。

 

「選別の時間だ! 生き残ってみな、ガキども!!!」

 

 獰猛に歯を剥き、シキは空を握りつぶす。

 それは、自らの影響下にあるものたちへの合図だった。

 

「……は?」

 

 戦場の誰かが、あるいは誰もが、疑問をつぶやいて空を見上げた。

 当然だ。まるで突然夜になったかのように、辺り一面が影に包まれたのだから。

 

「ぐ、軍艦が……! 船が……!!」

 

 海兵たちの誰もが動きを止めていた。

 目を皿のようにして見上げ、あごが外れたと言わんばかりに口を開ききっている。

 何故ならそこに信じがたい現実があるからだ。

 

「う、浮いてるぅ~~~~~~~~~~!!!?」

 

 海兵たちの唱和がこだました。

 港湾に泊まっていた軍艦やオークション客の船が、まるで天に蓋をするかのごとく浮かび上がれば、その反応も当然であった。

 

 一度見たギーアでさえ、顔が青ざめるのを止められない驚異的な力だ。

 特に、これから何が起きるか知っているとなれば。

 

「総員!!! 走れぇ――――――――!!!!」

 

 ギーアが味方に言えることはそれだけだった。

 次に来る攻撃を前にしては。

 

 

 

「“獅子威し・軍艦巻き”!!!」

「!!!!」

 

 

 

 船は流星となった。

 下にいる者たちをまとめて破砕する、流星群に。

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~!!!!」

 

 幾千の海兵があげる悲鳴で戦場は支配された。

 ステラとペローナ、ブギーマンや兵士ゾンビも、許されるならそうしたかっただろう。

 前もって作戦を知らせていた自軍は、誰もが歯を食いしばって悲鳴を押し殺し、その分の力を足に込めて走り続ける。

 これが圧倒的劣勢を覆す唯一の策だ。

 巻き込まれることを覚悟で、戦場全体に広大な攻撃を振り下ろす。承知して臨むことで対応できる可能性に賭けて、敵軍も戦場もまとめて破壊する。

 これを聞いて笑っていられたのは、今もその時も、シキを除けばたった一人だった。

 

「キシシシシシ!! やっぱりバケモノだ、あのジジイ!!!」

「笑ってないで走りなさいモリア! そのご立派な図体を削りたくなかったらね!!」

 

 叱るギーアをよそに、モリアは笑いながら、棒立ちの海兵たちを蹴散らして行く。図らずもそれは後に続く手勢の通る道を拓くこととなった。

 ギーアはステラたちと並走していた。特に戦闘力が低い彼女たちを庇うためだ。足をもつれさせるステラを支え、船が墜落するまでのわずかな時間を走る。

 ほんの少しでも、爆心地から離れるために。

 

「……心配しなくても、船が丸ごと落ちてくるってことはなさそうだぜ、ギーア」

「え?」

 

 だが不意に、モリアに呼びかけられた。

 見上げ続ける彼につられてみれば、船が落ちてくる空には、たった一つの小さな影があった。

 否、それは船と対比すればであって、人間として見れば、十分に大きな影であった。

 

「あれは……!!!」

 

 それは男だった。たった二本の黒い腕を持つだけの。

 

 

 

「“悪の終点(バスターマン・ゼット)”!!!!」

「!!!?」

 

 

 

 直後、天は光を取り戻した。

 たった一発の拳が、墜落する船を打ち砕いたから。

 

「う!! うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~!!!?」

 

 危機への恐怖から上がった悲鳴の群れは、驚愕と歓喜を含んだ叫びへと変わった。

 天災にも等しいそれを、自らの腕で打ち砕いた上官の雄姿に、戦場にいる海兵の誰もが尊敬をもって仰ぎ見ていた。

 驚愕という一点で言えば、ギーアも同じだった。

 

(これが、大将の実力……!)

 

 見くびっていたつもりはない。しかし想像のはるか上をいく力だった。

 ここに彼がいること自体予想していなかったが、発揮された力もまた、全く予想だにしない凄まじい威力であった。

 しかし。

 

「……くっ、手が足りん」

「え?」

 

 ゆるやかに落ちてくるゼファーのつぶやきを、しかし誰もが聞いた。

 そして改めて空を見る。

 

「……あ」

 

 船の破砕はなされた。

 巨大な構造物を粉砕した威力は破片を伴って広がり、周囲の船さえ破壊する。信じがたい光景だ。

 戦場の中心に降る船は形を失った。

 だが飛来する船は、ただ一点からの波及で全滅する程度の数ではない。何より、バラバラになった船の残骸は、その大半が人よりも多きものだ。

 つまり、

 

「残骸が降ってくるぞぉ~~~~~~~~~!!!」

 

 今もってなお危機はそこにあった。

 もうそれを防ぐ力を持つ者はいない。だから、それは戦場に起きる。

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――!!!!」

 

 大破壊が場を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、作戦はおおむねギーアの狙ったところを果たすに至った。

 

「……状況報告!」

 

 粉塵が霧のように立ち込める中、瓦礫の荒野と化した戦場でギーアは声を張り上げる。

 

「わ、私は、生きてます……ペローナも……」

 

 ギーアが覆いかぶさっていたステラたちが声を上げた。

 弱弱しく震えた声色だったが、それでも無事なようだ。見れば、ペローナは白目を剥いて気絶していた。彼女の幼さを思えば当然の反応だ。

 

「兵士ゾンビ、全員無事です!」

 

 続いて次々と起き上がるのはゾンビ兵たちだ。

 ギーアと同じようにブギーマンズを覆いかぶさって守った彼らは、体のいたるところに破片や瓦礫が刺さっていたが、ものともしていない。

 まさにゾンビの面目躍如だ。

 やがてその足元からブギーマンズが起き上がってくる。見たところ、その数は船の墜落前から減った様子はなかったが、

 

「うわっ! “皮”が……!」

 

 何人かのブギーマンズから悲鳴が上がった。

 体を包むギーアの“皮”が、全損とはいかないまでも一部が裂けてしまったらしい。まるで血を流すように、裂け目から煙が昇っている。

 モリアに影を奪われた者が陽を浴びた時に出す、肉体の消失を伴う症状だった。

 

「負傷者は前もって渡した布で裂け目を塞ぐか、さもなきゃ手で庇え! 陽さえ浴びなきゃ体は元に戻る!」

 

 そんな彼らに指示を飛ばしたのはモリアだ。

 

「あぁ、やっぱり無事だったんだ」

「当たり前だ、おれを誰だと思ってやがる」

 

 分かっている。だから彼に確認はとらなかった。

 モリアほどの男ならこの攻撃にも生き延びてみせるだろう。それは信頼以前の、当然のことだった。

 それにしても、

 

「上手く言ったな。こっちの被害は最小限。対して海兵どもは」

「ぐ、うぅ……っ」

 

 戦場のあちこちで、押し退けられた瓦礫が音をたてる。生き延びた者や、その者たちがそうでない者たちを助けようとする動きだ。

 あれだけの攻撃を受けて動ける海兵が少なくないのは、さすが“新世界”に常駐する戦力と言えた。

 そして、中にはすでに戦闘を再開している者たちもいる。

 

「やってくれたな、シキ!!」

 

 剣戟、否、剣と拳がぶつかり合う音だ。

 練り上げられた武装色の覇気をまとう腕は、名刀と打ち合っても劣るところがない。それほどまでの覇気を持つのは、この戦場において、巨大な船を打ち砕いたゼファーをおいて他にはいない。

 

「よくも島を! 部下たちを!!」

「ジハハ、誰にモノを言ってやがる。海賊が、被害を気にして略奪すると思ってんのかぁ!?」

 

 檄するゼファーの連打をさばくシキもまた練達の戦闘力を持つ。

 船を落とした男と、その船を砕いたからこそ被害をまぬがれた男。両者は誰よりも早く戦闘を再開していた。

 このまま立ち止まっていれば、他の海兵たちもまた戦い始めるだろう。

 

「全員、立ちなさい! 止まっているヒマはないわ、このまま目的に向かって走るわよ!!」

 

 ギーアは手勢に指示を飛ばす。

 

「モリアと私、船を奪うチームとオークション会場から宝を奪うチームの二手に分かれるわ!」

 

 言って、ギーアは一方を指差した。

 浅からぬ粉塵の向こう、かすかに見える巨大な影は、港湾の端に泊まる異常な大きさを誇る船だ。シキが戦場の破壊に使わなかったそれは、自分たちが狙う獲物の一つである。

 このオークションの目玉になるはずだった、世界最大という触れ込みの巨大船だ。

 

「あれを奪って逃げる算段をつけなさい! ステラとペローナ、あと今の攻撃で“皮”がやぶれたブギーマンズはこっちよ! 残りは私と一緒に……」

 

 しかし、言えたのはそこまでだった。

 

「え?」

 

 疑問するステラの声が遠い。

 当たり前だ。彼女たちから遠く離れた場所に吹き飛ばされたのだから。

 

「ぁぐあっ!!」

「ギーア!?」

 

 モリアの叫び。だがそれを遮るものがある。

 大柄な肉体だった。スーツの上からでも屈強と分かる体は、しかし至るところから煙を吹かし、体の輪郭を崩している。

 

「ぐ……っ!」

 

 煙が爆ぜるたびに苦悶が漏れた。

 傷ついたブギーマンズと同じ、影を失った者が陽を浴びた時の反応だ。けれどその人物は、誰もが悲鳴をあげるその症状を得て、しかしゆらごうとはしなかった。

 ギーアの知る限り、そんな相手は1人しかいない。

 

 

 

「海兵、モモンガ!!」

「ハァッ……ハァ……ッ! やってくれたな、海賊!」

 

 

 

 あの日、あの船で最初に影を奪われた男が、そこに立っていた。

 

「船ごと死なれちゃ困るから救命艇で放逐したっていうのに、どうやって戻ってきたんだか」

「部下たちの無念を思えば、たやすいことだ」

 

 答えたモモンガの眼光は、粉塵の中にあって輝くかのようであった。

 

「天竜人を手にかけ、私の部下を皆殺しにし、あまつさえこの戦場でも多大な被害を出した! 貴様らはまごうことなき本当の悪だ!!!」

「……正義になろうとしたことはないわ。今も昔もね」

 

 海賊になってからは当然。それ以前ですら、ジェルマに生まれ育った自分は、世間から見れば悪の軍勢に他ならない。

 自分という人間は、そういう星の元に生まれたのだ。

 

「モリア、作戦変更よ! 宝を奪うチームはリューマに率いらせなさい!!」

「何!? お前、まさか!」

「私は、こいつの相手をする!!!」

 

 瓦礫を踏みしめて立ち上がり、ギーアは拳を構えた。

 握りしめた力を、眼前の敵にぶち込むために。

 

「大丈夫、今度は待たせないわ」

「……とっとと追ってこいよ! 行くぞ野郎ども!!」

 

 モリアの命令で、集団が瓦礫を蹴って離れていくのが分かる。視界の端であっても、それを見送ることができたのは幸いだった。

 一瞬の隙も許されない、強敵と対峙する最中にあっては。

 

 

 

「部下の仇だ……。貴様らは!! 私が討つ!!!!」

「仲間は追わせない。あんたはここで潰す!!!!」

 

 




次回はギーアvsモモンガ再戦。
果たして海軍本部の将校を相手に勝てるのか!? 的な雰囲気で。

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