ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

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決戦・後編です。決着つけます。


“早撃ち勝負”

 家並みが一直線に砕かれる。

 射線上にあるすべての壁を貫き、風を打ち破って頑強なものが翔け抜けるからだ。

 

「ぐおおおお……ッ!!」

 

 モモンガだ。

 数多の障害物を壊し続けるものの正体は、人体だったのである。

 鷲のそれを人に直したような顔は、険しく歪められていた。食いしばった歯からは噛み殺しきれない苦悶が漏れ、それはまたたく間に置き去りになる。

 男は飛ぶ。

 否、飛ばされる。

 彼に迫る黒金色の女によって。

 

「!!」

 

 今やモモンガの速度は弾丸にも勝る。けれど女は追いついたのである。たった数回地を蹴るだけで成し遂げる、圧倒的な脚力のなせる業だ。

 その姿はあまりに黒い。

 影ではない。体自体が黒いのだ。

 服さえも黒金色に染まった姿、それが仰向けになって吹き飛ぶモモンガの上空に現れる。

 ギーアに他ならなかった。

 

「“不乱拳(ジョンドゥアーツ)”!」

「ぐ……!」

 

 ギーアの叫びに身構えられた。

 しかし無駄だ。今この身に宿る力は、彼のそれをたやすく打ち破るのだから。

 

『“魁力(ストロング)』”!!」

「!!!」

 

 断頭台の一撃だった。

 打ち下ろす打撃はモモンガを叩き落し、その身は地を砕く捨て駒と化す。舗装は砕けて舞い上がり、跳ねあがった男の体は、水切りさながら幾度となく地面に激突した。

 その末に、また建物の壁を打ち破る。

 

「……! …………ッ!!」

 

 日向では消滅する身の上となったモモンガだ。屋根の下に転がり込んだのは不幸中の幸いかもしれない。もっとも、それは全身の痛みと流血を看過するならば、だが。

 衣服はとうに引き裂かれ、あふれ出すもので赤黒く染まっていた。常人であれば、骨から臓腑から何もかもが粉々になっていてもおかしくない有り様だ。

 そうならないのは、一重に鍛錬の結実と言うしかない。

 

「ハァ……ハァ……ッ! ……ガフッ」

 

 震える足でモモンガは立ち上がる。

 海軍将校にまで上り詰めた男の闘志は、その身がたやすく屈することを許そうとはしない。

 

「……執念ね」

 

 モモンガがぶち抜いた壁の穴をくぐり、ギーアは建物の中へと進んだ。

 大きな建造物だ。見渡せるほどに広いそこは、港湾に面した倉庫の一つらしい。船の積み荷をオークション会場に運ぶまでの仮置き場のようだ。

 決着の場としてはあつらえ向きだ。

 

「おおお……っ!」

 

 双眸が幽鬼の光を放つ。

 

「“犯捕(ばんどり)”!!!」

 

 斬鉄の一刀、しかしそれは甲高い金属音をもって跳ね返される。

 ギーアの肌が弾き返した音だった。

 

「……!! おおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 激情は雄叫びとなって噴き上がる。

 奮い立つ両腕は幾度となく刀を閃かせ、連撃となってギーアのいたるところを攻め立てた。

 顔。

 首。

 肩。

 胴。

 足。

 狙える場所はすべて刃が振り降ろされた。

 けれどすべては無駄に終わる。苛烈な斬撃は、身構えることすらしない女の肌に傷一つつけることはできなかったのだ。

 

「せぅええええいッ!!!」

 

 渾身の一撃であったとしても、だ。

 

「無駄よ」

 

 首元を狙う袈裟斬りの一太刀。

 受ければ一瞬で胸が斜めに割られている一撃だ。にも拘わらず、ギーアは無防備でそれを受け止める。

 黒金色の首には、傷一つない。

 

「…………」

 

 男と女、刀が橋渡しする両者の動きが止まる。まったくの対峙であった。

 刀身に添えるようにして両者の眼光が交わされ、空気が震えあがるほどのにらみ合いとなる。

 それが、どれほど続いただろうか。

 

「――そうか」

 

 ぽつり、とモモンガは呟いた。

 

「貴様、“皮”を武装硬化しているのか」

 

 忸怩たる思いを渋面からにじませ、モモンガは納得せざるをえない現実を受け入れたらしかった。

 自分の攻めが通じないという事実を。

 

「そう、私はヌギヌギの実の能力者。負傷を脱ぎ捨て、少しずつ強くなる脱皮人間。……でも、“皮”は必ずしも脱ぐ必要はない」

 

 それこそが、伯仲するモモンガを圧倒した技の正体だ。

 

「全身を覆う“皮”を武装硬化する。薄皮一枚に覇気が集中するから、ただ全身を武装色で強化するより効率的に強化できる」

「覇気の密度を上げる技、か。この土壇場でよくぞ」

 

 モモンガの肩から力が抜ける。

 大きく息を吐き、ぎらぎらとした目が伏せられた。

 互いの拮抗が崩れ、これより先は圧倒されるしかないという現実に男の戦意が折れたから。

 では勿論ない。

 

「一点集中、ならばこちらも応えよう」

 

 力を抜いたのは意識を集中させるためだ。

 こちらの防御を突破し、堅固な薄皮の中にある本体をまとめて切り裂く刃を練り上げるために。

 

「――“黒刀”」

「!!!」

 

 柄から切っ先に向かって黒金色が走る。

 モモンガとギーアを橋渡しする刀が、覇気によって硬く強く強化されたのだ。

 その切れ味は、これまで歯が立たなかったギーアの首筋に刃が食い込んだことが証明する。覇気の密度が拮抗以上に持ち込まれたのだ。

 だがそれは捨て身の策だ。

 

「いいの? 貴方の体に回す覇気が残ってないわよ」

「貴様が打つよりも早く切り裂けば済むことだ」

 

 にやり、と男は血まみれの歯をさらした。

 

「早撃ち勝負だ、女海賊」

「上等」

 

 ギーアはモモンガが構え直すのを許した。自らまた肘を引き、拳を放つ構えをとる。

 互いに理解しているのだ、ここが終点だと。

 戦いを終わらせる応酬の時が来たのだ、と。

 

「…………」

 

 声はない。

 息づく音と視線だけが二人を結びつける。ただ眼前にあるものを討ち果たして先に進もうという、その意思だけが相手に向けられる。

 事ここに至って言葉は無粋。

 眼前の敵さえいればそれでいい。

 これさえ倒せば進めるのだから。

 門だ。目の前にあるのは鉄の門だ。

 鍵などない。進む術はただ一つだけ。

 ならば撃ち抜け。

 

「――“不乱拳(ジョンドゥアーツ)”――」

 

 破城槌たれ。

 

 

 

「“最者刃(ももんじん)”!!!!」

「“『壊物(モンストル)』”!!!!」

 

 

 

 意思は交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして島の一角は荒地に帰す。

 破砕である。あらゆる物体を丹念にすり潰す破壊力によって、それが及ぶところは一切が吹き飛んだのだ。

 爆心地となった倉庫は内側から破裂し、放たれた威圧の本流は射線上にあった周囲の家屋をことごとく塵に変えた。

 破壊である。それに尽きた。

 天災のようなそれは、しかし人の手により、ただ一人を打ち倒すために放たれたものであった。

 

「……フーッ……フーッ……」

 

 破壊の起点には人影があった。

 濃密な粉塵に影を映すそれは、肩を揺らして荒く息づき、それでも二本の足で立っている。

 勝者だ。

 島に荒野を刻む大破壊を生んだ者。一対一の戦いを制した者こそが、粉塵の先に立っている。

 やがて風が吹いた。

 粉塵を晴らす一陣の風だ。吹き込んだそれは、瓦礫を転がしながら、そこに立つ者を露にする。

 戦いを制した者。それは、

 

 

 

「――押し通らせてもらったわ。さよならね、“正義”」

 

 

 

 女であった。

 ギーアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無駄じゃなかったわ、貴方との戦い。こうして強くなることができたんだから」

 

 ギーアの体から黒金色が抜け落ちていく。

 覇気を解いたのだ。後に残されるのは、わずかに体の輪郭をたるませた姿。全身を包むギーア自身の“皮”だ。

 肌色を取り戻したそれであったが、しかし、

 

「あ」

 

 砕けた。

 風化するように端から散り散りになっていくそれは、限界を越えた素材の末路であった。

 

「あの量の覇気を注ぐには、薄皮一枚じゃ限界があるってことかしら」

 

 勝負は紙一重だったのかもしれない。

 覇気を解いた途端にこれだ。戦闘中に“皮”が限界を迎えてもおかしくはなかった。そうなっていれば敗れていたのはこちらの方だ。

 

「“ギーア99”には時間の限りがある。もう少し詰める必要があるわね」

 

 有用だが、窮地の思いつきだ。

 どこまで覇気が注げるのか、どこまで強くなれるのか、注いだ量と保てる時間に関係はあるのか。把握すべきことはたくさんある。

 そして何よりの問題は、戦った後の疲労感だ。

 

「……これが全力の代償って訳ね」

 

 瓦礫へと腰から崩れ落ちる。体中の血が抜かれたような空虚感があったからだ。

 ありったけの覇気を振り絞り、本来の自分が出せる限界以上の力を発揮する。そんな戦い方をして何事もなく済む筈がなかったのだ。

 

(ヌギヌギの実は疲労を癒さない)

 

 肉体的には怪我一つない身ではあったが、うちに秘めた疲労感たるや、骨身が鉛になったかのようだ。立つことすらままならない。

 倒れていないのは、一重に気合のたまものだった。

 

「……早くモリアたちを追わないと」

 

 この戦場におけるギーアの役割は勝利ではない。

 勝利は前提だ。戦うことによって先行させた仲間に追いつき、ともに戦場から脱するところまで達成しなければならない。

 敵将を討てばそれで終わる話ではないのだ。

 

「船は奪えたのかしら。宝を奪いに行った別動隊は、もう向かったの……?」

 

 うずくまった首をもたげ、青ざめた顔で先を見る。

 遠景の先にあるのは巨大な帆柱。モリアたちが向かった、世界有数の大きさを誇るという巨大船だ。だがそれはあまりにも大きく、ここからでは停泊しているのか遠ざかっているのかすら分からない。

 

(やっぱり直接行くしかないわね)

 

 だからギーアは膝に手をつき、立ち上がろうとして、

 

「……!」

 

 空気を穿つ檄音に、咄嗟の動きで腕をかかげた。

 銃弾を弾くためである。

 

「貴方たち……!」

「敵は手負いだぞ! 討ち取れェ――――!」

 

 海兵たちであった。

 

「モモンガ准将の仇をとれ!」

「准将の戦いをムダにするなぁ!」

「敵の幹部を討ち取るのだ!!」

 

 モモンガとの戦いに巻き込まれまいと遠巻きになっていた海兵たちが、決着と見るや押し寄せてくる。

 当然だ。自軍の幹部が落ちたのだから。

 

「……まいったわね。さすがにこの数は……」

 

 立ち上がりはする。だが、これでは生まれたての小鹿の方がマシという有り様だ。

 普段なら歯牙にもかけない相手だが、モモンガを下した後では、押し寄せる軍靴の音にも耐えられそうにない。

 卑怯とは思わなかった。

 個人の戦闘力を頭数で補うのは、軍勢の基本理念といっていい。

 問題は、正論であっても受け入れる訳にはいかないことだ。

 

「さて、どうやって突破したものかしらね」

 

 赤い舌が唇をなぞり、獰猛な笑みで自らを鼓舞する。

 蹴散らすしかない。

 仲間を追うために。

 

「おおおおおおお……!!!」

 

 獣じみた雄叫びで全身の筋肉を叩き起こす。

 一点でいい。包囲網のどこかを破り、そこを走り抜けるのだ。

 

「“閃光放(フラッシュフロー)……」

「お待ちください!!!」

 

 拳を引いた、その時であった。

 影が降ってきたのは。

 

「ここは私が!」

 

 影は人の形をしていた。

 迫る軍勢を飛び越え、ギーアの眼前に降ってくる男の影。それは干乾びた髪を結わえ、擦り切れた独特の服を着込む痩身の長躯である。

 そして、腰から抜き放たれるのは黒金色の一刀。

 

 

 

「“最者刃(ももんじん)”!!!」

「!!!?」

 

 

 

 その姿でもって極大の斬撃を放つ者をこう呼ぶ。

 サムライ、と。

 

「リューマ!!!」

「お待たせしましたご主人様! サムライ・リューマ、ただいま任務を達成し戻って参りました!!」

 

 別動隊を率いたゾンビの帰還であった。

 枯れ木を思わせる体で構えを作り、眼孔しかない目でもって、ゾンビは海兵たちを睨みつける。

 

「ここからは我々が相手だ、海兵どもォ!!!」

 

 反響するほどの一喝に、海兵たちは肩を震わせた。だがそれは威圧されたことだけが理由ではない。

 幾度となくその声に指導されてきた経験が、無意識のうちに彼らを縛りつけていたからだ。

 

「? ……!? え、え? モモンガ准将!?」

「馬鹿! どう見たって死体だろ!」

「で、でも今のは准将の技……! あの口ぶりだってまるで准将のようじゃないか!!」

「ていうか何で死体が立って喋ってるんだよ!!」

 

 今や海兵たちは踏みとどまり、めいめいに顔を見合わせて喚きあっていた。

 自分たちが仇を討とうとしていた上官と思わせる技と言動をする敵が現れたからだ。

 

(リューマの中身はモモンガの影。その性格と技を引き継いでいる)

 

 まさしく海兵たちは自軍の将と戦うのに等しい。

 そう思った時、ギーアは笑いがこみ上げるのを禁じえなかった。それは海兵たちへの同情であり、モモンガに驚嘆したからだ。

 

(生き延びたのね、モモンガ)

 

 影と本体と一蓮托生。

 本体が死ねば影も消え、ゾンビは動きを止める。今リューマが動いているということは、あの男は今も生きているのだ。

 日向では体を保てない身だ。瓦礫に埋もれたか、遠くにある森林まで飛んだか、とにかく日陰にいるのは間違いない。

 

(大した強運だこと)

 

 もはや殺す気で放った一撃を受けて、なおも生き残った強靭さと、敗れても陽の光から逃れた強運には呆れ果ててしまう。

 だがそのおかげ、自分はこうして活路を得た。

 

「……ていうか、今アイツ、我々って……」

「そう、おれたちもいるよぉ~」

「!?」

 

 リューマが来たということは、彼らもいるのだ。

 

「ギャ――!! ゾンビィ――――!!!」

 

 包囲網の外縁から悲鳴があがる。

 陣形の外から彼らを襲う一団、兵士ゾンビたちが現れたからだ。

 

「数で来るならおれたちが相手だぜぇ~!?」

「うわぁ噛まれた! ゾンビになるぅ――!!」

「くっ、来るなバケモノォ!!!」

 

 強靭な力と恐ろしい容姿でもって、ゾンビは円陣に穴をあけた。そこを、ギーアとまったく同じ容姿をした女たちが駆け抜ける。

 

「ブギーマンズ!!」

「遅くなりました、ギーアさん!」

「オークション会場に向かった別動隊! 戻ってまいりました!!」

 

 部下だ。

 仲間である。

 追うばかりだと思っていた彼らが、自分を助けに現れてくれた。その現実はギーアの胸に熱を通わせた。

 感謝が血潮になって全身に働きかける。

 一言かけてやらねばならない。

 敵陣を越えて来てくれた仲間に贈る言葉。

 つまりこれだ。

 

「――宝は!!?」

「モチロン!! 奪って来ましたァ!!!」

「よくやった!!!!」

 

 ブギーマンズがかかげて見せる無数の宝箱に、ギーアは満面の笑みで褒めたたえた。

 海賊の本懐である。

 目的は成った。ならばやるべきことは一つだけ。

 

「野郎ども!! ――ズラかるわよ!!!!」

 




長かった(長くなってしまった)スリラーバーク編も、次で最後です。
その後は過去作の修正をした後、続けて次のエピソードを始めるか、別作品を書くか考えたいと思います。

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