ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

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長くなっちゃいました(元々はこの文章量だけど)。
今エピソードの最終回だから許して。


“スリラーバーク海賊団”

「来るぞ! 止めろォ!!」

 

 敵が行く手を遮る。ならば命じることは一つだ。

 

「押し通れェ――――――ッ!!!」

「ウオオオオオオオオォォォォォ!!!!」

 

 応えもまた叫びであった。

 男の声がある。女も、老いも若きも、様々な声が唱和する。その気炎たるや、まさしく火を吹く勢いだ。

 ギーアの命令を果たすため。

 自分たちが生き延びるため。

 そのために敵を撃ち破るべく、一団は駆ける。

 

「この……!」

 

 海兵の隊列が銃を構えた。

 膝をつく前列と、その後ろで立つ後列からなる二段構えの布陣だ。それらが放つ百発あまりの弾丸に突っ込めば、ハチの巣ではすまないだろう。

 もっとも、それは発砲されればの話だが。

 

「総員、撃……」

「“飛倉武蔵(とびくらむさし)”!!!!」

「!!?」

 

 号令を下す間もなかった。

 突っ走る一団の最先頭が放つ斬撃によって、隊列はひとまとめに吹き飛ばされてしまったからだ。

 黒刀を振るうゾンビ。

 リューマである。

 

「すげェ! これが噂のサムライの力か!」

「道が開けたぞ! 進めェ!!」

 

 倒れた者を踏みつけ、余波にたじろぐ者を蹴散らし、兵士ゾンビたちは包囲網の穴を押し広げる。一団の本隊は、拓かれたその道を一丸となって駆け抜けた。

 ブギーマンズである。

 オークション会場から奪った宝物を担ぎ上げ、わき目もふらずに行く者ども。

 ギーアがいるのはその中心だった。

 

「情けない。部下に背負われて脱出なんて」

「無茶言わないでください! あの海軍将校との戦いでボロボロじゃないですか!」

 

 自分を背負うブギーマンズに愚痴を諫められる。全く同じ姿の相手に自重を求められるのも、妙な気分だった。

 業腹だが事実だ。

 今やギーアの足腰は小鹿も同然、一団となって走ることすらできない有り様だ。幹部として、これ以上部下たちの足手まといになる訳にはいかない。

 

「先行したご主人様たちが船を奪ってる筈です! ギーアさんと宝は、必ず届けてみせます!」

「そうだ! おれたちを解放してくれた恩返しはしてみせる! そうだろ、お前ら!!」

「おう!!!」

 

 奴隷の境遇から救われたブギーマンズである。その決意たるや、銅鑼の音にも勝る大唱和を轟かせるほどだった。

 固い結束は海兵たちの追随を許さない。

 

「クソッ、止めろ! 相手は小勢だぞ!」

「巨大船に向かった連中と合流させるな! ここで捕えるんだ!!」

 

 いまや隊列は貫かれていた。

 海兵たちは迎え撃つのではなく追いすがる形となり、円形だった戦場の形は水滴に似た楕円形と化す。

 円陣による包囲が崩される。

 

「よし! 行けェ!!」

 

 一団の誰かが叫んだ。

 確信に裏打ちされた勝機の叫びは、そこに属するすべての者を鼓舞した。

 抜け出せる。

 突破できる。

 地面が爆ぜたのは、そう思われた瞬間だった。

 

「!!?」

 

 包囲網を抜けた一団の、そのすぐ先だ。

 地面が砕け、土と舗装がばらばらになってギーアたちへと降り注ぐ。

 

「砲撃!?」

 

 否。

 火の手はなく、火薬の匂いもしない。何より、ギーアの耳は、土が爆ぜる直前に何かが飛来する音をとらえていた。

 何かが降ってきたのだ。

 その正体を見極めようとギーアは目を凝らし、

 

「……痛てて」

 

 それは粉塵の中から姿を現した。

 

「やってくれるぜ、あのジジイ」

「シキ!!?」

 

 土煙を押し退けて出てきたのは、金髪の大男だった。

 両足から剣を生やし、頭に舵輪を埋め込んだ姿は、“金獅子”のシキをおいて他にはない。

 彼もまた横を走り抜けるこちらに気付き、体を宙に浮かせて横並びになった。男がその身に宿す力、フワフワの実の能力だ。

 

「よぉベイビィちゃん、まだこんなところにいたのか」

「貴方こそ何やってるの!? 足止めは!?」

「いやな、持病の癪がよォ」

「何言って……! …………!!」

 

 言いかけたギーアは、しかし息をのんだ。宙を翔けるシキから零れ落ちるものがあったからだ。

 血だ。

 両足が血まみれなのだ。

 失われた膝下に突き刺した二振りの剣。その接合部分から、しとどに鮮血があふれ出していたのである。

 

(傷が開いたんだわ!)

 

 元々、手当てが意味をなさないほどの重傷だ。その傷口に埋め込んだ剣で戦うなど、無理があったのだ。

 むしろ、ここまで戦えたことが異常と言っていい。

 

「しかもな。やっこさん、おれよりもお前らを追うことを優先しやがった」

 

 その言葉に誰もが息をのんだ。

 それはつまり、これまでシキが足止めしていた戦力がこちらを狙って動き出したという意味なのだから。

 来る。

 地鳴りを上げてそれは来る。

 もはや止める手立てのない巨大な力が、自分たちを叩きのめすために追ってくる。

 来た。

 

 

 

「待てェ!!! 海賊どもォ――――!!!!」

 

 

 

「ゼファー!!!」

「よくもモモンガをやってくれたな、若造ども!!」

 

 海兵たちを飛び越えて現れた男。

 色褪せた髪としわの深い顔はいかにも老境のとば口といった風だが、屈強な体格に弱弱しさは一切ない。人型の岩とでも言うべきその姿は、実際以上に彼を大きく見せていた。

 何より、黒金色に染まった腕こそ、男が“黒腕”と呼ばれる所以だ。

 

「奴に代わり! 貴様らはおれが捕らえる!!」

「走れェ――――――――――!!!!」

 

 およそ反射的な行動だった。

 ギーアの厳命に一団は我を取り戻し、ブギーマンズと兵士ゾンビは跳ねるように加速する。

 だからこそ、爆心地から逃れることができた。

 

「“黒・剛・力(コク ゴウ リキ)”!!」

「ウワアアアアアァァァァ――――――!!!」

 

 地面が岩盤ごと砕かれる。

 まるで地中から岬が生えるような光景。いくつもの巌がめくれ上がる様子は、さながら巨大な手が宙を鷲掴みにしているかのようだ。

 およそ人間の腕力がなせる業ではない。

 

「これが元海軍大将の力!」

 

 モモンガとの戦いで疲弊していることなど、理由にはならない。万全な状態で、今ここにいる全員で挑んでも勝ち目のない相手なのだから。

 逃げるしかない。

 ここで戦う意味すらないのだから。

 

「全員、船へ! モリアたちと合流するのよ!!」

「アイ・マム!!!」

「逃がさんぞォ――――――!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからは熾烈な撤退戦だった。

 先を行くギーアの一団は、もはや陣形も何もない、遮二無二になって全力疾走する人の群れと化していた。

 すぐ後ろに迫るゼファーはそれだけの脅威であったからだ。両腕を黒く染め、浅からぬ土煙をあげる巨漢が一団を追い立てる。

 港の端へ続く大通りを、二つの勢力は駆けていく。

 

「……もう駄目だギーアさん!」

 

 やがて、一団に勢いを鈍らせる者たちが出始めた。

 

「おれたちが足止めになる! 逃げてくれ!!」

「駄目よ!!! 貴方たちじゃ相手にならない! バカなこと言ってないで、もっと早く走りなさい!!」

「けど……!」

「兵士ゾンビ!! 弱ったブギーマンズを担いで走りなさい!!!」

「えー! ゾンビ使いが荒いぜご主人様! ……でも了解!!!」

 

 命令を受けたゾンビたちは、足止めを名乗り出たブギーマンズを背負い上げた。それでも勢いが弱らないのは、疲れ知らずのゾンビなればこそだ。

 

「ギーアさん!!」

「聞きなさい!!!」

 

 あわや捨て石になりかけた彼らに、ギーアは言い聞かせた。

 それは鎌首をもたげるようなゆっくりとした口ぶりであったが、この状況にあっても通る、確かな声であった。

 

「船長は。モリアはもう部下を死なせない」

「!!!」

「分かるわね? 私たちは死ねないの。モリアの部下は不死身の軍団。彼の下についたからには、ゾンビ並みにしぶとく在りなさい」

「ギ、ギーアさん……!」

「ゾンビもよ。貴方たちは壊れても中身の影は戻ってくるけど、また入れ物を用意しなきゃいけない。私たちに、それをさせるんじゃないわよ」

「アイ・マム!!!」

 

 走れないなら騎手となれ。

 一団の手綱を握り、彼らの士気と指針を御すのだ。それこそが、ここにいる者たちを率いる幹部として、ギーアにしか出来ないことなのだから。

 

「全員!!! 生きるために走りなさい!!!!」

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッォォォォォォ――――――ッ!!!!」

 

 叫びが結束となって轟く。

 意思を揃えた一団の突撃は巨大な砲弾といってもいい。勢いを取り戻した部下たちは一直線に突き進み、縮まりつつあったゼファーとの間を再び開かせた。

 そうして一体いくつの建物を横目にしただろう。

 さざ波の音と潮の香りがあることに一団は気付いた。

 

「あと少し! あの倉庫の向こうが港だ!!」

 

 目的地は間近。しかし、

 

「広すぎる!!!」

 

 垣根のように左右へ広がる倉庫の群れが、一団の行く手を遮っていた。

 

「迂回してる余裕なんてねェよォ!!」

「ならば切り拓く!!!」

 

 人影が突っ走る一団の先に出た。

 リューマだ。

 干乾びた死相を閃く剣の輝きで照らし出し、着物をはためかせたゾンビは壁のごとき倉庫に躍りかかる。

 みなぎる膂力が斬撃となった。

 

「“野伏魔(のぶすま)”!!!!」

「!!」

 

 障害は割られた。

 サムライが振り下ろす一太刀は極太の威圧を生み、積み上げられた建材を瓦礫に変えて飛散させた。

 後に残るものは何もない。

 

「うおおおおおお! 道が開けたぞ!」

「逃げ切れる! 船まで一直線だ!!」

 

 喜色をあげて一団は倉庫の断面を横切った。

 これで本隊と合流できる。仲間たちが奪った船に乗り、背後に迫る脅威から逃れることができる。

 走り続ける誰もがそう思っていた。

 しかし、

 

 

 

「!!!?」

「ふ、船が!! 無ェ!!!」

 

 

 

 港はもぬけの殻であった。

 巨大船はおろか、帆船の一つもない。渡し舟がいくつかまばらに浮くだけの、閑散とした船着き場がそこに広がっていた。

 一団が望むものは何一つとしてない。

 それがあるのははるか先、水平線の上だ。

 

「あ、あそこだ! 船は既に出航しているぞ!!」

 

 めざとい一人が指を指した。その先には影がある。

 遠くにあるにも関わらず、小山ほどもある船影だ。遠近感を狂わせるほどに大きなそれは、なるほど確かに“世界有数”とうたうだけのことがある。

 けれども、それは一団を絶望させる要因でしかない。

 

「に、逃げた? おれたちを置いて行っちまったのか!?」

「そんなァ! 見捨てられたってのか!!?」

「ご主人様!! 戻ってきてくれェ――――!!!」

 

 もはや一団の前に道はない。

 すでにここは港の縁。白波が打ちつける船着き場にあっては、いかなる健脚であろうとも踏みしめる地面がない。

 あるのは一団を攻め立てる脅威だけだ。

 

「裏切られたか! 所詮は海賊だったな!!」

 

 陽を背に浴びた巨漢の影が一団へと伸びる。

 逆光の只中にあってさえ黒い両腕を膨らませ、ゼファーは冷厳とした面持ちでこちらを見下ろす。

 そこに容赦の色は一片もなかった。

 

「貴様らの顛末などその程度だ!!」

「違う!!!!」

 

 すぐ間近に迫ったゼファーの嘲りを、けれど強く跳ね除ける声があがった。

 ギーアである。

 悲嘆にくれる一団にあって、部下に背負われる弱弱しい姿を晒していて、それでも女の心は折れていない。

 

「モリアは!! 私たちを見捨てない!!!」

「現実を見ろ女海賊!! ならば連中はどうしてここを去った!? 貴様らはどうやってここを切り抜ける!!?」

 

 ギーアの啖呵は、ゼファーの狙いを誘った。

 

「どうやって!! この拳を免れる!!!」

 

 引き絞られた黒腕が唸りを上げる。

 

「“黒・剛・力(コク ゴウ リキ)”!!」

 

 覇気の一撃。

 岩盤を割る拳から逃れる術など一団にはない。両者のあいだにある空気が打ち抜かれる一瞬の後に、自分たちは地面ごと粉砕されるだろう。

 狙われたブギーマンズが、ゾンビが竦み上がる。

 ギーアですら拳を正面から睨みつけることしかできない。

 故に。

 

「!!!」

 

 受け止めたのは一団の誰でもない。

 

「え? ええ!?」

 

 身を挺してゼファーの拳を受け止めた者がいる。

 それはこの場にいる誰よりも大きく、攻めを受けた瞬間に粉々に吹き飛ばされるもの。

 しかし、その破片をコウモリに変えるものだ。

 

「これは……!」

「“影法師(ドッペルマン)”!!!」

 

 モリアの能力、カゲカゲの実の力で実体化した影だ。

 かつて自分を助けた時のように、海の向こうから飛んできたそれは、ゼファーの攻撃からギーアたちを守ったのだ。

 またたく間に飛び散る破片はコウモリの群れとなり、ゼファーを取り巻いた。

 

「おのれ、邪魔を!」

 

 振り払っても失せることのない目くらましに、ゼファーは踊らされていた。

 それをギーアは指差す。

 

「見なさい! これが見捨てられてない証拠よ!」

「そ、そうだ! ご主人様は助けを寄こした! まだおれたちを捨ててねェ!!」

「でも、じゃあどうすんだ!? どうやってここから船まで行けば……!」

 

 術ならある。

 一団がひとまとまりにして海を越えて行く方法が。

 それができる男がいる。

 

「シキ!!!」

「人使いが荒いベイビィちゃんだぜ」

 

 金髪の男が舞い上がった。

 両足に突き刺した剣を光らせた男は、にやり、といかにもいやらしく笑い、一団を見下ろす。

 

「いいぜ、ここでおめェらとはお別れだ。餞別にくれてやる」

「え?」

「な、なんだ、どういうことだ?」

 

 理解が追いつかない部下たちをよそに、ギーアはともに地獄の底から抜け出した同士と視線を交わす。

 

「面白かったぜ、若造ども。しんがりはしてやる、しっかり逃げおおせて見せな」

「今までありがとう、シキ」

「ジハハ! 海賊が素直に礼なんて言っちゃあいけねェ! “貰い逃げ”はおれたちのモットーだぜ!?」

 

 ぎしり、とシキの剣が構えられた。

 足のつなぎ目から血が滴るのもかまわず、みなぎる脚力が得物の威圧感を膨らませる。

 そして放たれた。

 

「“斬波(ざんぱ)”!!」

「!?」

 

 斬撃が飛ぶ。

 切り裂かれたのは地面だった。

 港の縁を斜めに切り落とし、ギーアたちが立つ一角が港と分離される。断片と化したそれは、重量物がこすれ合う耳障りな音をたて、港からずり落ち始める。

 

「……? え、え?」

「全員、地面にしがみつきなさい!!」

 

 置いてけぼりの部下たちは、言われるがままギーアに従った。目を丸くした彼らの誰も、これから起きることを予想できていない。

 だが理解を待つシキではなかった。

 彼は滑り落ちる港の断片に触れ、まさに悪辣そのものの笑みを浮かべる。

 

「飛んでけ若造どもォ!!!!」

「!!?」

 

 直後、港から切り離された断片は宙に撃ち出された。

 シキの力によるものであった。

 

「しまった!!」

 

 飛び去るコウモリの群れから進み出たゼファーであったが、もう間に合わない。

 一団は、彼が及ばないところへ飛んだのだから。

 

「うわああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ――――――!!!?」

 

 一団の悲鳴は尾を伸ばすかのようだった。

 一団を乗せた断片は、もはや海面を横切る巨大な弾丸だ。凄まじい風圧をギーアたちに与えながら、一直線に飛んでいく。

 ただ一点、先を行く船を目指して。

 

「み、見ろ! もうすぐ船だ! 合流できるぞ!!」

「けどコレ、どうやって着地すんだよォ!!」

「船に激突する! おれたちも潰れちまうぞォ!」

 

 辛くも持ち上げた顔で、一団は進む先を見た。

 見る見る間に鮮明になっていく船の姿は、確かに自分たちが乗り込もうとしていたものに他ならない。だが、それにしてもやり方というものがある。

 このままでは、断片もろとも船にぶつかって砕け散ってしまう。

 

「全員、聞きなさい!!」

「ギーアさん!?」

 

 その時、ギーアは一団に呼びかけた。

 押し寄せる風にも負けない声量で届かせるものは、部下たちへの命令に他ならない。

 

「1・2の3でここから飛び降りるのよ。巻き込まれるわ」

「ま、巻き込まれる? 何に?」

「勿論、船の出迎えに、よ」

 

 青ざめる部下たちに、ギーアは笑みを向けた。

 

「見なさい」

 

 ギーアが面を上げると、部下たちもそれに続いた。

 進行方向、船の縁に何者かが立っている。

 遠くからでもはっきりと分かる巨大な人影が何者であるか、それを見間違う者はこの一団にはない。

 ゲッコー・モリアだ。

 

「ご主人様ァ!!!」

 

 一団に歓喜の声があがる。

 しかしそれは、冷や水を浴びたかのように一瞬で消え失せてしまった。

 彼がその手に長大な刀を握っていたからだ。

 

「ま、まさか」

 

 一団の誰かが呟く。

 そうしなかった者も、胸のうちは同じである。

 

「いい? 1・2の3よ。良いわね?」

 

 息をのむ一団は、ギーアの言葉に頷くことすらできない。けれども、誰もが固く了解していた。

 そうしなければ命が無いのだから。

 

「1」

 

 カウントが始まる。

 距離が縮まっていく。

 船が、迫る。

 

「2」

 

 迎えるモリア。

 その白刃が閃く。

 

「――3!!!」

 

 誰もが飛び降りた、その直後。

 

 

 

「――“樹陰大蛇(ネグロ・ニドヘグ)”!!!!」

「!!!!」

 

 

 

 極大の斬撃が断片を破壊した。

 砲撃にも等しい威力である。標的となった港の断片は、切り裂かれるどころか余波によって粉々になり、威圧に乗って吹き飛ばされた。

 砂礫が雨のようになって海面に降り注ぐ。

 船に辿り着くのは、飛び降りた一団だけだ。

 

「うぐぁ!」

「ぐぇ!」

「ぎゃん!!」

 

 ブギーマンズも兵士ゾンビもない。

 誰も彼もがめいめいに悲鳴をあげて船上に打ちつけられる。彼らが担いでいた宝箱も激突し、いくつかは中身をぶちまけてしまっていた。

 けれども、確かに、

 

「お、おれたち……」

「ああ、全員いるよな……?」

 

 呆然とした様子で、一団は顔を見合わせた。

 頭や肩を押さえながらであったが、誰もが身を起こし、誰一人欠けていないことを確かめる。

 モリアはそんな部下たちを見下ろしていた。

 

「よく戻った、てめェら」

「ご主人様!」

 

 相変わらずの凶相。

 だが今は、その耳まで裂けた口を弓なりにして、するどい歯を剥き出しした笑みを見せた。

 

「誰も死なず、宝も奪ってきた。――それでこそおれの部下だ」

「!!」

 

 一団はその言葉を理解するのに、いささかの時間を要してしまった。

 目を丸くし、呆然として、そうしてから次第に肩が震えはじめる。やがてわなわなとした様子で目をうるませる。

 感情は決壊したのは、その結果であった。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ――――!!!!」

 

 誰からでもない。

 誰もが一時に、だ。

 示し合わせることなく、歓声を一つにしたのだ。

 

「やった、やったぞ!」

「おれたちはやったんだ! クソッタレな金持ち連中や海兵どもに一泡吹かせてやったんだ!」

「もう奴隷じゃない! おれたちは海賊なんだ!!」

 

 歓喜は光り輝くようだった。

 人とゾンビの区別もなく、誰もが涙を流して肩を叩き、あるいは抱擁を交わす。苦難を共に越えた仲間として、ここに至った喜びを分かち合う。

 だが、それはこの場にいる者だけにとどまらない。

 

「おーい! お前らァー!!」

 

 奥の方から声がする。

 モリアとともに先行し、この船を奪い出航させた本隊の面々であった。

 手を振りながら駆け寄ってくる彼らもまた満面の笑顔を浮かべ、たどり着いた一団を迎え入れる。

 

「よく生きて戻ったなぁ!」

「すげェよ、お前ら!!」

 

 歓喜の輪は広がり続ける。

 彼らが感情を沸かせるのは、何もこの苦難を乗り越えたことだけが理由ではない。長い年月を奴隷として過ごしてきた彼らであるから、この成功でもって得られる喜びも一入なのだ。

 不幸を自らの力で跳ね除けた経験は、彼らにとって大きな糧となるだろう。

 

「……よかった」

 

 大歓声の中でギーアは小さくつぶやいた。

 彼らを海賊に引き入れたのは自分だ。他に選択肢のない彼らを暴力と無法の世界に引きずり込んだことは、きっとこれからもギーアを苛むだろう。

 けれど同時に、彼らが人としての活力を取り戻したということも忘れない。

 海賊ギーアの功罪は、この一団とともにある。

 

「……ねぇ、モリア」

 

 この気持ちを彼に伝えたいと思った。

 だがそこで、彼が険しい顔で遠くを見ていることに気付いた。歓喜の輪に加わることなく、海の果てを睨みつけていていたのである。

 

「………………」

「……? モリア?」

 

 何を見ているのか。

 ギーアも彼に倣って水平線に目を向けて、

 

「!」

 

 見た。

 水平線に見える、つい先ほどまで自分たちがいた島。今も海兵たちが詰めかけているだろう港湾部。

 その上空にあるものを。

 

「何、あれ」

「よく覚えておけ、ギーア。あれが海賊“金獅子”のシキの力だ」

 

 浮遊する巌。

 あるいは立ち上がる海流。

 これだけの距離をおいても見てとれる巨大なそれらが、港湾部を取り囲んでいたのだ。まるで、そこにいる者どもに舌なめずりする巨獣のように。

 人の手で成せるものではない。

 超常の力、悪魔の実の能力だ。

 空飛ぶ海賊、シキの技に他ならない。

 

「……一人でも心配なさそうね」

 

 しんがりを買って出た彼の姿を思い返す。

 見下ろすような目で送り出した、彼の笑い顔を。

 侮っていたつもりはない。しかし、彼の実力はギーアが想像するよりもはるか高みにあったのだ。

 

「ああ、あそこでくたばるようなジジイじゃねェ。油断するなよ? 今回は手を組んだが、次に会った時もそうだと思うな」

 

 一息。

 

「次に会う時は海賊の高み。潰し合う敵だ」

「……ええ、そうね」

 

 やがて、巌と海流は港へと注がれた。

 聞こえない音、見えない破壊を脳裏に思い描きながら、ギーアたちは船とともに島から離れていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は経った。

 陽は沈み、空はすでに暗い。影を失った者たちであっても気兼ねせずに表へ出られる頃合いになると、巨大船は島の領海から抜け出していた。

 海軍の追っ手はない。

 周囲に船影や海獣もない。

 それを確かめてから、一味は船の中央部に集まっていた。

 

「さて、てめェら」

 

 巨大なメインマストの根元に建つ大舘を背にして、モリアはこちらを見下ろしている。

 そこにいるのはギーアだけではない。

 隣にはリューマがあり、ステラやペローナもいる。背後にたくさんのブギーマンズと兵士ゾンビたちが集合している。

 皆、誰もがモリアの次の言葉を待っていた。

 

「全員にまず言っておくことがある」

 

 凶悪な人相がおごそかに言うと、ただそれだけで威圧感がのしかかる。重さを増した空気を受けて、何人かが息をのむのが聞こえた。

 その言葉は、そんな中で放たれたのだった。

 

 

 

「この戦い!!! おれたちの勝利だ!!!!」

 

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ――――――――――!!!!」

 

 宣言は感情を破裂させた。

 誰もが笑っていた。

 ある者は抱き合って。

 ある者は泣きながら。

 この場に集った全員はただ一つの感情を共有し、それを燃え上がらせるように言葉と行動を交わす。

 虐げられた過去を返上し、それを強いてきた者たち、見過ごしてきた者たちに逆襲を果たす。そうして得られたものに、誰もが酔いしれていたのだ。

 

「宝を奪った、船を奪った、海軍にも一泡吹かせてやった。……何より、誰も死ななかった」

 

 船長として感情を抑えていたモリアだったが、どうやらそれもここまでらしい。

 声に浮かぶ喜びの震えが、彼の胸のうちにある思いを感じさせる。

 

「それでこそ海賊、おれの部下だ!! おれの新しい海賊団の一員として相応しい!!!」

 

 かけられた言葉に、部下たちははっとした様子で、歓声を鳴りやませた。

 やがて、その中の一人が確かめるように問い返す。

 

「新しい、海賊団……?」

「そうだ!!」

 

 モリアは轟々とした声で答える。

 

「おれの海賊団は一度壊滅した。失った部下、滅ぼした敵をおれは忘れない! ……だが今、こうしてお前らを得て、立ち上がった!! 海賊王になるための新しい力を得たからだ!!!」

「ご主人様……!」

「そうだ! ゲッコー・モリアこそおれたちの主! 海賊王に相応しい男だ!!」

「ゲッコー・モリア! ご主人様ァ!!」

 

 彼を讃える喝采は炎の様相を呈する。空気を揺るがす大歓声は、夜中にあってもまばゆいほどであったからだ。

 やがて、部下を代表してギーアは一歩進みでた。

 

「じゃあ、やることがあるんじゃない? モリア」

 

 一見して冷静な風体であった。

 しかし頬を吊り上げた笑みは獰猛を極める。モリアに向ける感情が一味の中で最も色濃いものだったのは、誰の目にも明らかであった。

 それを受けて、モリアはうなずく。

 

「あぁそうだ。いいか、よく聞けてめェら」

 

 携えた刀を抜き放ち、切っ先を高く掲げてみせるモリア。その様子は静寂を招いたが、まさしくそれは嵐の前の静けさだった。

 一味の総員が、続く言葉を待っていたからだ。

 そして、言葉は生まれる。

 

 

 

「おれたちはスリラーバーク海賊団!!!! この世界一巨大な海賊船、スリラーバークで“偉大なる航路”を往く海賊団だ!!!」

 

 

 

「!!!」

 

 間があったのは一瞬だけ。

 理解を経て喜びにいたった部下たちは、またたく間に唱和をもって追随した。

 

「スリラーバーク! 船の名はスリラーバーク!!」

「そしておれたちはスリラーバーク海賊団!!!」

「ゲッコー・モリアが率いる不死身の海賊団!!!!」

「そうだ!! お前たちの力で!!! ――おれは海賊王になる!!!!」

 

 名乗りはあがった。

 ならばやるべきことはあと一つだけ。

 

 

 

「いくぞ野郎どもォ!!! ――宴だぁッ!!!!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ――――!!!!」

 

 

 

 かくして結成は成された。

 やがてこの海を激しくかき乱す海賊たち、スリラーバーク海賊団の誕生した瞬間である。

 




はい。という訳でスリラーバーク編は終了。これでもって主人公勢は正式に再起しました。
ここから更にあれやこれやと大暴れしてもらうつもりです。





とはいえ、ここいらで当方の別作品も進めておきたいところ。
何分その時々のモチベーションで作ってるので明言はできませんが、ワノ国編でページワンが登場するくだりを修正したら、多分ヒロアカ小説の更新に回ります(あとFate/Zero短編も)。
次のエピソードの構想はありますが、少しお待たせするかもしれません。

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