ONE PIECE -Stand By Me - 作:己道丸
「すまねぇクイーン様。今納められる兵器はこれだけだ」
スコッチは眼前の男にこうべを垂れた。鋼の仮面に精一杯の謝意を浮かばせながら。
“新世界”で恐れられる“アイアンボーイ”の異名も今は無意味だ。ガトリング砲を据えた義手も、一海賊団を率いる船長という立場も、男の前ではゴミほどの意味しかない。
男が許すことを期待して、ひざまずくしかなかった。
「オイオイ、ダメだろスコッチ。おれたちが今日ここに来ることは前から分かっていただろう?」
男は巌のような巨漢だった。
多くに勝る体格を持ったスコッチですら見上げるしかない、それこそ人間とは思えないほどの体躯だ。広すぎる肩幅と胸板は、まるで左右の壁を渡る架け橋だ。身じろぎの度に軋む椅子には同情しかない。
不意に、男は腕を伸ばしてきた。
女の胴ほどもある五指が、スコッチの頭を掴む。
「海賊がアガリにケチつけちゃシメシがつかねェ! 見せしめを出してでも、今日に間に合わせるのがてめェの役目だろう、スコッチ!!」
右へ左へ、前へ後ろへ。
首の骨をいたぶるかのように、頭を揺さぶられる。
否、ように、ではない。この男がその気になれば、首を引きちぎることも、手のひらの中で頭を潰すことだってできる。
自分の受け答え一つで、それは起こりうる。
「……面目ねェ」
ここで弱みを見せれば相手の加虐心に油を注ぐだけだ。
釈明しようと男の手から逃れれば、その瞬間にスコッチを叩き伏せるに違いない。そして、部下もろとも拷問にかけ、なぶり者にした末に八つ裂きにするだろう。
それが大看板だ。
百獣海賊団の最高幹部とは、そういう海賊なのだ。
「……フン、つまらねェヤツだ」
こちらの様子に飽きたのか、男はスコッチの頭を離し、極太の腕を厚い胸の前で組んだ。
鼻を鳴らし、舌打ちもして、それでも動じないスコッチに、いよいよ退屈をこじらせたらしい。部屋の隅に唾を吐き捨てる。
そして、隣に置いた電伝虫へと手を伸ばした。
「で、どうするよ、クイーンの兄貴」
『――そうだなぁ』
男が受話器をとって言葉を促せば、やがて通信先にいる男の声が響いた。
百獣海賊団の大看板。
“疫災”の異名を持つ海賊、クイーンの声が。
『てめェにその島を任せた意味をよく考えろ、スコッチ。カイドウさんお気に入りの島のシキリを任せた意味をな』
「……へい」
言葉は短い。だが、かかる重圧は頭を握られた時よりも余程ひどく感じられた。
もし、この場に相手がいたならば。
そう考えるだけで、折角ここまで耐えてきた体が勢いよく震えだしてしまいそうになった。雪の絶えないこの島で、しかし感じたことがないほどの寒気がスコッチを襲う。
そんな時間がどれほど続いたか。
やがて電伝虫は新しい言葉を送ってきた。
『ひとまずアガリは待ってやる』
そこではじめてスコッチは面を上げた。
「本当ですかい?」
『三日だ。それまでに間に合わせるンだな』
条件付きでも許しは許しだ。
スコッチはようやく人心地ついた思いで、強張らせていた肩を緩め、大きく息をついた。
しかしそれに異論を唱える者もいる。
「オイオイ、待ってくれよ兄貴! ってことは、おれはそれまでこの島で待ちぼうけか!?」
傍らの男だった。
身を乗り出して言葉を送るが、どれほど真に迫ったところで、その様子は電伝虫の向こうには伝わらない。
『何のためにてめェを行かせたと思ってる。わざわざアイツらまで付けて。スコッチの後ろに立って、せいぜい島の奴隷どもにビビらせてやれ』
「そんな雑魚がやるような仕事……」
『バケモノどもを仕切ってぶっ壊すしか能がねェんだ! それぐらいやれ、“ハナタレジャック”!!』
地響きのような一喝。
とても電伝虫から放たれたとは思えない怒号が、何もかもを震え上がらせた。
部屋を。
家具を。
スコッチを。
そして、男を。
信念や自負、あらゆる精神の強みをへし折る圧倒的な迫力。実力と残忍さに裏打ちされた激情が、海を越えてこの一室にもたらされた。
(これが、懸賞金10億越えの男)
その逆鱗に触れたとあっては、目の前にいるこの男ですら口ごもるしかない。
スコッチが男に対して絶対的な恐怖を抱いているように、男もまた、クイーンに対して同等以上の畏怖を抱いているのだから。
『随分と偉ぶるじゃねェか。てめェ、大看板になっておれと同格になったつもりか?』
「いや、そんなつもりは……」
『おれと、あのクソッタレなキングの野郎に続く大看板なんざ、これまで何人もいたぜ。そいつらが今いない理由を分かってンだろうな?』
「も、もちろんさ、兄貴!」
『だったらナメたクチきいてンじゃねェぞ。てめェが成り上がれたのは悪魔の実の力あってこそだと忘れんな』
クイーンは百獣海賊団旗揚げの頃から大看板の座に座る古豪だ。強さが全ての百獣海賊団において、その意味は地位以上の意味を誇っている。
目の前にいるこの男に強さがあれば、クイーンの居場所は海賊団にもこの世にもない。
そうなっていないことの意味を、見せつけられた思いがした。
『コトが済むまで、おれにかけてくるンじゃねェ。いいな、三日以内にアガリを納めろ』
留飲を下げたクイーンは、それだけ言い残して電伝虫の通信を切った。
余韻すらなく、言葉は空気の中に消える。
けれどスコッチの胸には、これまで海賊として培ってきたあらゆる記憶よりも深く、根強く刻み込まれたのだった。
絶対的な恐怖が。
「………………」
静寂が残された。
電伝虫は萎れた草花のようにうなだれ、目を伏せている。この部屋で、たしかに意思を示しているのはスコッチともう1人だけだ。
その1人が、ゆっくりと口を開いた。
「なぁ、どう思う?」
ぎくり、とスコッチは肩を強張らせた。
最早こうべを垂らし、目をそらすだけでは収まらなかった。それだけの激情が、男からあふれ出していたからだ。
平服して嵐が過ぎるのを待つ時間は終わった。
ここからは、暴風に真っ向から受けるしかない。
癇癪という災害を。
「ナメすぎだと思わねェか? このおれを」
「……いや、そんなことは……」
「おれの言うことが違うってのか!!!!?」
瞬間、部屋が爆ぜた。
男の巨体が放つ激昂はたやすく空気を破裂させ、ここにある全てのものを吹き飛ばしたのである。
家具は壁板もろとも木っ端みじんとなり、窓ガラスは破片となって舞い上がった。スコッチが貴賓室にしていた空間は、荒れ果てた露天の一室と化したのだ。
雪と寒風がスコッチたちを包み込む。
けれどスコッチの体が冷え切ったのは、全身から怒気と湯気を放つ男を目の前にしていたからだった。
鬼の形相が、スコッチの血肉から熱を奪っていた。
「このおれを誰だと思ってやがる! 百獣海賊団の大看板、“ジャック”だぞ!!! ナメてんじゃねェ!!!」
鬼のごとき男は、まさしく音でもって辺りを破壊する災害なのであった。
「す、すまねェ、ジャックの旦那」
弁明する自分の声がやけに遠い。
男、ジャックの怒号で鼓膜が痺れ、耳が遠くなってしまったのだ。ともすれば、叫びによって胸の奥が貫かれたので、せき込んでしまいそうになる。
度し難い声量だった。
「クイーンの野郎もだ! 古株だからって威張りくさりやがって、変態趣味の肉ダルマが!! 一体誰のおかげでよォ……!」
言いながら、ジャックは両腕を大きく広げた。そこにあるものを誇示するように。
開けてしまった一室は、壁の向こうに控えていたものどもの姿をスコッチへと見せつける。
ジャックの体格すら比較にならない、文字通り山のような大きさでそびえ立つ、異形の者どもを。
「誰の力で! こいつらが言うこと聞いてると思ってやがる!!!」
「ジャキキキキ!」
「ゴキキ? ゴキー!」
「ジュキキキキキキキキ!!」
「おうおう、おめェらもそう思うよなァ!!?」
獣じみた鳴き声をあげる3体の巨人に、ジャックは機嫌よく頷いてみせる。
やつらの返事を都合よく受け取っているようでもあったが、あるいは本当に、スコッチには分からない手管で意思疎通が出来ているのかもしれない。
(百獣海賊団最高幹部、現・大看板の一角、“音害のジャック”。……その能力でナンバーズを従え、成り上がった男)
巨人族にも勝る巨体でもって数多の街と国を滅ぼす10体の巨人、ナンバーズ。だがそれと引き換えに、やつらは知能に乏しく、制御できずにいた。
それを成し遂げたのが、当代のジャックである。
ナンバーズを御す能力に本人の実力もあり、この男はまたたく間に百獣海賊団の中でのし上がっていった。
(そんな男でも三番止まりか)
頂点に立つカイドウを支える、双璧とも言うべき二人の海賊がいる。彼らを前にして、この男はそれまでのジャックたちと同じように、“格下の大看板”に甘んじ続けていた。
だが問題は、この男が下剋上を諦めていないことだ。
「おめェもよォ、スコッチ。誰につくか、考えとけよ」
一転して猫なで声になったジャックが、こちらを呑み込むように見下ろしてきた。
「立場固めて入り込む隙のないヤツより、これから成り上がる男についた方が得すると思わねェか?」
「……へい」
自分以外の戦力を従える能力を持つからだろう。この男は、部下を従えることで組織内の地位を高めようとしている節があった。
純粋な実力ではなく、付加価値でクイーンたちに並ぼうとしているのだ。
だがスコッチには、それが叶うとは思えなかった。
クイーンたちのような、常軌を逸した戦闘力や精神、何よりも狂気がこの男には感じられなかったのだ。
(この男は三番手止まりだ)
それ以上でもそれ以下でもない。それが天命だ。
問題は、本人がそれを受け入れておらず、また自覚していないことだったが。
(簡単に従って、没落に巻き込まれちゃたまらねェ)
とはいえ、率直に断れば自分の身が危ない。
どう答えたものかと、スコッチは溜まっていた唾を大きく飲み干した。
その時である。吹き飛ばされた電伝虫が、再び鳴り出したのは。
「……クイーンか? かけてくんなっつったばかりのくせに」
この電伝虫は幹部格専用の、百獣海賊団の拠点への直通電伝虫だ。こちら側からならともかく、拠点の側から頻繁に連絡が来るようなものではない。
が、現に鳴っている。
相手は間違いなく幹部格以上だ。いたずらに待たせれば怒りを買う。
ひょっとしたらクイーンではなく、もう1人の大看板が入れ違いで連絡を寄こしたのか。あるいは、まさか頂点であるカイドウからか。
とにかく出ない訳にはいかなかった。
だからジャックは電伝虫を拾い上げ、受話器を取り、
『そこにいるのは、百獣海賊団の大看板の方ですか?』
しかし響いたのは、聞いたこともない女の声だった。
「……誰だ、てめェは。どうしてこの番号を知ってる」
ジャックは警戒の色を顔に浮かべ、怪訝そうな声を出す。
スコッチにすれば地鳴りのような威圧感を感じるところだったが、だが相手はそうでもないようだった。
『番号は知りません。この島にいる中で、それらしい位置にいる子に声をかけただけで……』
『何ィ?』
『あ、それから』
女の声は、とってつけたように言葉を続けた。
だがそれは、スコッチを驚愕させるには十分すぎるだけの一言だった。
『この島の電伝虫たちには、他の島の子とお話しないようにお願いしました。――もう百獣海賊団の本隊とは連絡できませんよ』
「!!!?」
驚愕したのはジャックも同様であった。
目を見開き、それからぎろりとこちらを睨む。それを受けたスコッチは、背後へと声を張り上げた。
「オイ! 電伝虫持って来い!!」
「へ、へい!」
吹き飛ばずに残っていた背後の壁、その向こうに控えていた部下が応える。
慌ただしく駆けていく足音がして、それから間もなく、戻って来た部下が部屋に飛び込んできた。
電伝虫を一匹、抱えたまま。
「本当です、船長! 島の外と連絡がつきません!」
「何だとォ!?」
どうやら声の主の言うことは正しかったらしい。
この女は、番号も無しに見知らぬ電伝虫と通話し、逆に他との通信を制限する能力を持っている。ひょっとしたら、島の中での連絡も止められるかもしれない。
その恐ろしさが理解できない者はここにはいない。
「アジな真似をするじゃねェか、お嬢ちゃん。おれたちにこんなことして、どうなるか分かってンのか?」
ジャックの押し殺した声は、いよいよ怒りを匂わせ始める。
頬を吊り上げてはいたが、眼光が輝く目はにこりともせず、強張る手でもって受話器を握り潰すのではないかと思われた。
だが同時に、その能力の有用性にも気付いているようだった。
「どこのモンだ? その能力は悪魔の実の能力か?」
探りを入れるジャック。
しかし女は答えなかった。
『え? あ、はい、分かりました。ちょっと待ってください、今受話器をつけますから……』
「ああ? オイ、聞いてンのか?」
声の主は、明らかにジャック以外と話していた。
こちらには返事もせず、それからすぐに、何か固いものをはめるようなノイズが響く。
そして、かすかに息を吸うような音がして、
『――よォ、聞こえるか?』
声が変わった。
甲高い男の声だ。金切り声にも似たそれは、スコッチをまるで悪霊か何かと話しているような気持ちにさせた。
「なんだてめェは」
『今まで話してた女の船長さ。それぐらい分かれ、三下が』
「……あァ?」
ジャックの額に青筋が浮く。
いよいよ怒りは殺意へと変わろうとしていた。煮え立つような感情は、たとえ受話器越しであっても相手に伝わっているはずだ。
けれど相手に臆した様子はない。
それどころか、それを鼻で笑ってすらいた。
『悪くねェ。お前が大看板で間違いねェみたいだな』
この威圧感を、格を測る判断材料にした。
只者ではない。
スコッチがそうであったように、ジャックもまたそう持ったらしい。殺意はそのままに、けれど目を細め、探るような調子で言葉を紡いだ。
「船長ってことは、海賊か。おれが誰か分かった上で大口を叩くてめェは、どこのモンだ。ここが百獣海賊団のナワバリだと分かってンのか?」
『当たり前だ。その上で言ってンのさ。てめェらをぶっ潰すってな』
「……ほう」
底冷えするようなジャックの頷きにも動じず、続けて新たな声の主は名乗りを上げた。
『――おれはゲッコー・モリア。海賊王になる男だ』
と言う訳で、オリキャラです。
ナンバーズの加入時期から考えて「アプーが入るまでの数十年間、制御する手段がなかったとは考えづらい」こと、また「キングが本名ではない事と原作ジャックの年齢を若い事を考えて、先代ジャックはいるんじゃないか」ってことで、両方をかけ合わせたキャラを作ってみました。
まぁぶっちゃけ、百獣海賊団の年齢層が若すぎて過去編やってると出せるキャラが少なすぎるってこともあるんですが。
この手のオリキャラでこういう性格をしたヤツがどうなるのか、お察しください感はありますが。