ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

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評価・感想をありがとうございます。
おかげで次話を続けざまに出すことができました。今後も頑張りたいと思います。





あ、それはそれとしてFILM RED始まりましたね。楽しみー。


“墓場の怪”

「ここが大墓場だ」

 

 雪が降り積もる平野の先、ギーアが案内された場所にそれらはあった。

 石塚の群れだ。

 不揃いで無骨な、墓石とも呼べないそれらが延々と広がるのは、とてもうらぶれた風景に思われた。

 

「……久しぶりだ」

 

 先頭に立つ少年、ガブルが白い息を吐く。

 

「皆でここを作ったけど、ずっと百獣海賊団のやつらに働かされて、誰もここには来れてない」

 

 ガブルは振り向かない。

だがその声や後ろ姿に、悲嘆や怒りの仕草を見つけることはできなかった。

 資格が無いと分かっているのかも知れない。

 ここに眠る死者を、自分たち海賊に武器として明け渡そうとしているのだから。

 

「……こっちだ。ついて来い」

 

 息を噛み殺す間をおいて、少年は歩き出した。

 

「百獣海賊団と戦った人の墓は、大墓場の真ん中に集められてる。父ちゃんの墓はその中心だ」

 

 ガブルは石塚の合間を縫って行く。

それは決して広くなかったが、成人のギーアであっても難なく通れる道幅である。

 問題は、同行者が規格外の体格をしていたことだ。

 

「モリア、踏み荒らさないでよ?」

「分かってる。目印がなきゃ、どこに死体が埋まってるか分からなくなるからな」

 

 言うなり、彼の姿が変異する。

 見上げてあまりある巨体が見る見る間に小さくなっていく。ギーアが膝ほどまでしか届かなかった体は、今や目線を同じくするほどまでになっていた。

 

「“影革命”。これで問題ねェだろ」

「影の形を変えることで本体も変形させる。便利な技ね」

「まァ図体の不便がねェのは確かだな」

 

 そう話す間に、二人はガブルを追いかける。

 雪降る中で石塚の隙間を進む小柄な姿は、ともすれば簡単に見失いそうだ。向こうに案内する気があるとはいえ、気を抜くことはできなかった。

 それにしても広い墓場である。

 

「ガブル、ここに墓はどれだけあるの」

「……大体900。おれたち生き残りと同じぐらいだ」

 

 つまり、島民は半数近く殺されたのか。

 戦闘力と残虐性を売りとする百獣海賊団の所業だ、珍しくはない。むしろ半分も生き残ったのは幸運だ。

 やつらも労働力を欲していたからだろう。

 とはいえ、

 

「生き残りと死体の数が同等なのは良いとして、もう少し数が欲しいところね」

「………………」

 

 唇を噛んで押し黙るガブルを他所に、考えをめぐらせる。

 モリアの能力でゾンビを作るには、生者の影と死体が一つずつ必要だ。

 ここの死体と街の生き残りを搔き集め、新たに900のゾンビを作ったとして、ギーアたちの配下と合わせても総数は1900程度。

 7000の兵力を持つ百獣海賊団とやり合うなら、せめてその1/3程度まで頭数を増やしたいところだ。

 もっとも、その配下もまだ島に来ていないのだが。

 

「でもそろそろ……」

 

 と、勘を働かせたところで、懐から音がした。

 電伝虫の着信だ。

 

「ステラ、着いたの?」

『はい。スリラーバークが到着しました』

 

 電伝虫による通信が封鎖されたこの島で、なおもそれが使えるのは、彼女が封鎖した張本人だからだ。

今この島では、彼女自身も含めてステラが許した電伝虫でしか通信ができない。

 だから彼女に海賊船の出迎えと誘導を任せた。

 

『指示通り、街から離れた岩壁に泊めています』

「誰にも見られてないわね?」

『ペローナにゴーストで見回ってもらっているので、大丈夫だと思います』

 

 スリラーバークは海賊船だ。

 開戦前に街の住人に見つかり、怯えて逃げられたらたまらない。彼らにはゾンビに仕込む影を提供してもらわねばならないのだ。

 

(彼らもブギーマンズにできたら戦力なのだけどね)

 

 モリアが影を奪うと、本体は数日間意識を失う。

 今回は意識を取り戻すのを待つ時間は無い。別の方法で兵力を工面するしかなかった。

 

「とにかく、全員街の近くに待機させて」

『既にブギーマンズは防寒着、ゾンビたちは薪や食べ物、火を起こす物を準備してもらっています』

「大看板とやりあうって分かってたら、もっと備蓄は用意したんだけど……まぁ開戦まで持てばいいわ」

『それから、途中で洞窟を見つけました。皆さんは、そこに隠れてもらおうと思うのですが』

「よく見つけたわね。この島の環境なら、冬眠中の獣がいるかもしれない。安全確認は忘れずにね」

『もちろんです』

 

 ゾンビはともかく、ブギーマンズの中身は生きた人間だ。真冬の雪原で野営させては、開戦前に体力も士気も尽きてしまう。

 戦うまで、暖と食事をとらせ英気を養う必要がある。

 

「設営が済んだら、何割かこっちに寄こして。墓から死体を掘り出して、街まで運ぶのに手が要るわ」

『ギーアさんが今話している電伝虫の念波をたどれば、そちらまで行けると思います』

「上出来よ。後は任せて良いわね?」

『任せてください。では、また後程』

 

 通信を切り、ギーアは肩をなでおろした。

 現場を指揮できる部下がいる、その頼もしさを実感したからだ。

 

「ステラは拾い物だったな」

 

 モリアの言葉に強く首肯した。

 はじめは通信網を制圧する支援要員のつもりだった。だがこの島に着くまでの間に、彼女は自分たちの補佐を担えるところまで成長してくれた。

 生来の賢さに加え、気遣いのできる優しい性格が、仲間に慕われ、先回りして手助けを準備する能力として現れたのだ。

 

「分隊を託せる指揮官がいると助かるわ」

 

 モリアが方針を定める。

 ギーアが必要な作戦を立てる。

 そして、ステラが分担された作戦を実行する。

 自分たちも作戦を進めるが、本来の役目がある以上、手が回らなくなる場面もある。

 指揮官がいれば、分割した作戦を同時進行できる。組織のトップからすれば価値のある人材だ。

 

「もっと指揮官は増やしたいところね」

 

 命令に忠実なゾンビを持つからこそ、それを最大限活かすには、作戦を分担する指揮官が必要だからだ。

 だが、それは別の機会に考えることのようだ。

 

「着いたぞ」

 

 ガブルの呼びかけが来たからだ。

 立ち並ぶ石塚の先、降り続く雪の向こうに、一際大きな影が見えてくる。

 

 

 

「あれが父ちゃん、……“風のジゴロウ”の墓だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは見上げるほどの巨岩であった。

 色黒な楕円形の上には雪が積もっていたが、目線ほどの高さに文字が彫られていた。

 

「……風のジゴロウ、ここに眠る」

 

 細く浅い、拙い彫り文字だ。彫ったのは本職ではあるまい。素人が、少しでも故人を讃えようとしたのだ。

 と、隣にいるガブルの異変に気付いた。

 

「どうしたの?」

「無いんだ」

 

 辺りを見回しながら少年は答えた。

焦りを伴う震えた声で、

 

「ここには父ちゃんが使ってた刀が二本、立ててあったんだ。それが、無い……!」

 

 戦士の墓に、生前使っていた武器をそなえるのはよくあることだ。

 それはゾンビを武装させたいギーアたちにとって都合のよい事であったが、しかし似たような事を考える人間は他にもいる。

 

「墓荒らしね」

 

 世にはそういう者どもがいるのだ。

 

「まぁ野晒しの武器があれば、見逃さないか」

「ありえない!」

 

 ガブルは叫んだ。

 

「街の皆は父ちゃんを尊敬してたし、誰もここに来る余裕なんて無かった! それに、武器を持ってたら反逆者だと思われて百獣海賊団に殺される!」

「なら簡単。……墓荒らしは街の人間じゃないのよ」

 

 言うなり、ギーアはガブルの襟首を掴み引き寄せた。

 目を白黒させる少年を無視し、モリアと背中合わせになって石塚ばかりの景色を鋭く睨む。

 そして一言。

 

「――何かいるわ」

 

 ギーアの背面側を見据えるモリアが声を返す。

 

「分かるか」

「ええ。何か、気配じみたものがある」

 

 姿はない。

 音も、匂もだ。

 だが確かに何者かがいる。

 五感とは別の感覚が、ギーアの危機感を強く刺激して止まらない。

 その直感は、重なる銃声により証明された。

 

「!?」

 

 ギーアの手が火花を散らす。

 ガブルの眼前で広げた五指の中央で、鉄と鉄がぶつかる甲高い音が響いた。激突した物は弾かれ、手近な石塚の表面を穿つ。

 それは数発の弾丸だ。

 

「……妙ね」

 

 石塚に刺さる弾を見て、ギーアは目を細めた。

 

「な、何が?」

「ピストルの弾は飛距離がない。銃声から着弾までの時間でそれも分かる。なのに、撃った当人の姿がない」

「物陰から撃ったんじゃ……」

「周りの石塚は遮蔽物だけど、背が低いわ。隠れると中腰になるから弾は下から来るはず。でも今受けた感じ、弾は高所から飛んできた」

 

 つまり、とガブルの問いに答え、視線を上げた。

 ジゴロウの墓である巨岩の上へと。

 

「敵がいるのは石塚の陰じゃなく、この巨岩の上。姿が無いのは……隠れてるんじゃなくて見えないのよ」

 

 何もない場所に向かって言う。

 そこに何かがいるという確信をもって。

 

 

 

「透明になる悪魔の実でも食べた? 墓荒らしさん」

 

 

 

 問いは沈黙を呼んだ。

 モリアもまた巨岩の上を睨み、ガブルは息を呑んで身を小さくする。そんな彼らとともに応えを待つ。

 それがどれだけ続いたか。

 やがて音が聞こえた。

 

「……かひゅーっ」

 

 空気の漏れるような音。

 それは、まさしく巨岩の上からだった。

 

「!」

 

 次の瞬間、それは起きた。

 まるで紙が色水を吸って染まるかのように、巨岩の上にある空間が色づき始めたのだ。

 にじむように現れた幾つもの色は混じり合い、やがて立体を描き出して、一つの姿をそこに現す。

 人であった。

 

「ぐるるるる……」

 

 金髪の少年だ。

 口元にボロ布、オールバックの頭に帽子をかぶり、素顔はうかがえない。だが、らんらんと輝く瞳のシワのない目元が、彼の年頃を想像させた。

 

「ずいぶん若い墓荒らしね」

「お、お前が父ちゃんの刀を盗んだのか!?」

 

 拍子抜けするギーアを他所に、後ろからガブルが叫ぶ。

 父の遺品を奪われたのだ。怯えはあるようだが、それに勝る怒りが彼を突き動かしたらしい。

 しかし、

 

「ぐぇらっ! げっ、げぉっ、がぁおう!!」

 

 返されたのは、けだもののような雄叫びだった。

 口元を包むボロ布を湿らせ、足元へ涎を垂らす姿は、まさしく狂犬のような有り様だ。

 が、狂人という風でもない。

 敵意こそあったが、墓荒らしの目にはこちらの言葉を理解し、返事をしようという理性の光がある。

 と、言うことは、

 

「……貴方、喋れないの?」

「アブサロムさんに質問するンじゃねェ!!!」

 

 返事をしたのは墓荒らしではなかった。

 彼が乗る巨岩の陰から、数十人の男たちが列をなして現れる。縫い合わせて作った防寒着を着込む、いかにも野卑な顔をした連中であった。

 声を上げたのは、その先頭に立つ一人だ。

 

「アブサロムさんはなァ、名誉の負傷によって喋れねェんだ! だから話しかける時は、“はい”か“いいえ”で答えられるような聞き方を……」

 

 その時、言い切ろうとした顔に雪玉が飛んだ。

 

「ブフッ!?」

「ぐぇあうっ!!」

 

 投げたのは巨岩の上の墓荒らし、アブサロムと呼ばれた少年であった。

 足元に積もる雪を握って投げつけた彼に対し、ぶつけられた方の男は顔を拭いながら、

 

「な、何すんスか、アブサロムさん!」

「バァカ、アブサロムさんがこいつらと仲良くお話する気なワケねェなだろォが」

 

進み出た別の男が胸を張った。

 

「以心伝心のおれには分かる! アブサロムさんは、あそこにいる姉ちゃんに一目惚れしたんだ!」

「ぐぇあうっ!!!」

「ギャフンッ!?」

 

 二人目も雪玉の的になった。

 

「ふ、所詮こいつらは前座。アブサロムさんの本心が分かるのは、このおれだけってことよ。いいかよく聞け、アブサロムさんはなァ……!」

 

 その後も延々と雪玉は飛び続けるのだった。

 

「……何なの、こいつら」

「三流の芸人一座か?」

「どう見ても墓荒らしとその手下だろうが!!」

「……そうかぁ……?」

 

 ガブルに突っ込まれても、つい首をひねってしまうギーアとモリアであった。

 そうこうする間も、アブサロムと手下たちのやり取りは続く。やがて巨岩の上で踊るようなジェスチャーが始まり、

 

「あァ~~、そう言うことかぁ~~~~」

 

 ようやく手を叩いて頷く手下たちであった。

 

「ねェ、話はまとまった?」

「あ、はいはい、どうもお待たせしてスミマセン」

「で? 貴方たちのアブサロムさんは何て?」

 

 申し訳なさそうに笑んだ彼らは、一様に揃って頭を下げた。

 それから、気を取り直したように咳払いをして、示し合わせるために、隣り合う者同士で目配せをする。

 そして、1・2・3と音頭を取り、一言。

 

 

 

「――みぐるみ置いてきやがれェ!!!!」

 

 

 

 唱和して駆け出す手下どもが、開戦の合図だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、手下どもは物の数ではなかった。

 ナイフやピストルを振り回したところで、にわか仕込みの賊に敗けるギーアとモリアではない。

 厄介なのは、やはりというかアブサロムだった。

 

「ぐおおおおおおうっ!」

「ぐ……っ!」

 

 見えない。

 再び透明になった墓荒らしは、周囲の石塚や手下たちの肩を足場にして跳び、こちらへと一撃離脱の奇襲をしかけてくるのだ。

 防げはするが、常にタイミングは紙一重だ。

 しかし焦燥に駆られているのは敵も同じのようだ。

 

「くそっ、あいつアブサロムさんが見えてンのか!?」

「バカ言え、ありえねェ! なんて勘のいい女だ!」

 

 勘。確かにそうかも知れない。

 だがギーアにとっては、もっと具体的な感覚だった。奇襲が迫ると、五感以外の何かに危機感が走るのだ。

 そうして反射的に腕を構えると、それがアブサロムの透明な一撃を防いでくれる。

 

「勘じゃない。もっと何か、“声”のような……」

 

 だがそれは耳で捉えている訳ではない。

 ならば、どこで感じているのか。それをギーアは明確にすることができずにいた。

 

「おい、ギーア」

 

 答えは自分の外からもたらされた。

 太刀を担いで敵勢をけん制する男は、振り向きもせずにこう言ったのだ。

 

 

 

「お前、見聞色の覚えがねェのか?」

 

 

 

「見聞色。確か……周囲の意思を感じて居場所や行動を察する覇気」

「知識はあるようだな。だがその様子じゃ、それと分かった上で使ったことはねェか」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、

 

「脳筋め。大体は両方とも同程度に使えるんだが……お前は武装色に偏りすぎなんだよ」

「地獄の化け物に殴られて目覚めたもので」

 

 獄卒獣との戦いは思い出したくもない。

 手早く使えるようになるためとはいえ、やはりあのやり方で覇気に目覚めるのは異常だったのだ。

 

「まァいい。武装色と同じように、見聞色もこれからの戦闘で必ず必要になる。ここでちゃんと使えるようになっておけ」

 

 そう言って振り向いた彼の顔は、悪戯を思いついた少年のような、人の悪い笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「船長命令だ。見聞色を使いこなして透明人間に勝て」

 

 




中間ミッション『見聞色の覇気に目覚めて透明人間を倒せ!』回。
という感じでアブサロム登場です。
ホグバック加入後に改造されたと思われる顔に関しては、こんな感じで対応しました。次回でもうちょっと手を加えるので、ゆるっとお待ちください。



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