ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

28 / 33
アブサロム戦、後半です。

p.s.
FILM RED見ました。良いものでした(ネタバレ回避


“海賊ギーアvs盗賊アブサロム”

 奔る太刀が雪原を刻む。境界線だ。

 

「この先には行かせねェ」

 

 モリアの戦意が威圧となる。悪魔の実の能力で小柄になっても、その強さは変わらない。

 あのアブサロムなる盗賊の手下が数十人。だがそのいずれもが顔を青くし、誰からともなく後ずさった。

 境界線に近づけばどうなるか、分かるからだ。

 

「それでいい」

 

 太刀を担ぐモリアは、わずかに後ろを見た。

 ギーアがアブサロムと戦っている。

 悪魔の実の能力か、透明になれるあの少年は、ギーアが新たな力を得るのにうってつけの相手だ。

 見聞色の覇気。

 自分も持つそれを、彼女にも得てほしかった。

 

「上手くやれ、ギーア」

 

 彼女ならできる。それは信頼というより確信だ。

 ギーアは自分を海賊王にする女なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐるおおうっ!」

 

 透明なアブサロムの一撃は目測を許さない。

 ギーアが頼れるのは、敵が迫ってようやく鮮明になる、この感覚だけだ。

 見聞色の覇気なる、芽生えかけの力

 

「ぐ……!」

 

 気配に向かって腕を交差すれば、鋼鉄仕込みの両腕が一撃を受け止めた。

 重い。が、受け止められないほどではない。

 だから反撃しようとして、

 

「あ!」

 

 その腕を蹴り、アブサロムが飛び退いた。

 途端に薄らぐ気配。雪原に足跡が無いところを見ると、どうやらまた周囲の石塚に着地したらしい。

 そうやって石塚伝いに動き回り、時に奇襲をかけてくるのが、アブサロムの戦い方だ。

 

「厄介な」

 

 手がかりを求め、五感を研ぎ澄ます。

 衣服のこすれる音はないか。石塚を移った時に積もった雪が落ちていないか。何かないか。

 そうやって察知しようとして、

 

 

 

「――見聞色の覇気を使って透明人間を倒せ」

 

 

 

 

 その一語が蘇る。

 

「く……っ!」

 

 石塚の向こう、アブサロムの手下たちを足止めする船長の信任に背くことはできない。

 五感じゃ駄目だ。見聞色で見破るのだ。

 

「なんて厄介」

 

 ただ実力だけならギーアの勝利は揺るがない。ただ叩きのめすだけなら、既にこの戦いは終わっている。

 見聞色にさえこだわらなければ。

 

「でも、それじゃ駄目」

 

 武装色の覇気に目覚めて以来、それを戦いで欠かしたことはなかった。もしインペルダウンで目覚めていなければ、それからの戦いで生き残れなかった筈だ。

 これはそれと同じなのだ。

 

「今()()にしなければ、生き残れない」

 

 これは好機だ。

 実力では勝る、しかし実際に勝つには見聞色の必要性が高い敵。見聞色がなければ勝てない強敵と遭遇する前に、アブサロムと対峙したのは運が良いとしか言いようがない。

 だから掴め。見聞色を。

 

「ぐるる……!」

「む」

 

 背後で唸り声。

 だが振り向くと同時に石塚を蹴る音。別の石塚に着地する音に振り向いて、けれど同じことの繰り返し。

 五感に振り回されている。

 

「むむむ」

 

 雑念だ。

 目も耳も鼻も肌も、舌さえも足手まといだ。

 かつて軍の精鋭として鍛えられた五感が、しかし今は新たな感覚を拓く妨げになっている。

 その焦燥に歯噛みすれば、

 

「ぅがっ!?」

 

 なけなしの見聞色はおろか、五感さえ鈍った。

 アブサロムの奇襲を許し、背に受けた一撃で雪原に叩き伏せられた。

 

「ん、ぐ」

 

 ぶつけた体が痛む。

 しかめた顔が視界を狭める。

 口の中を切ったのか血の味がした。

 それを吐き捨てれば血の匂いが鼻をつく。

 そして、

 

「ぐへっ! ぐへへへへ……!」

 

 どこかにいるアブサロムの嘲笑を聞かされた。

 瞬間。

 

「あああああああああああああああ~~~~!!!」

 

 ギーアの忍耐は限界を迎えた。

 叫び、髪を掻きむしって眼前を睨みつける。

 そんなところに彼がいるはずもないが、そんなことは関係ない。この激情を発散せずにはいられなかっただけなのだから。

 そうしてギーアが次にとった行動は、

 

 

 

「――五感!!! 邪魔!!!!」

 

 

 

 脱ぎ捨てた“皮”を顔に巻きつけることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヌギヌギの実の能力で生まれた“皮”、それが頭全体を包み込む。目鼻や口、耳まで全てだ。

 五感を閉じるために。

 

「よし」

「げぁ!? ぐるおおおおうっ!」

 

 戦場で始まる奇行に、アブサロムは戸惑ったような叫びをあげた。

 だがこれこそ、見聞色を掴むために選んだ策だ。

 

「五感を閉じて、見聞色に集中する」

 

 捨て身の策だ。だが、これしかない。

 

「ぐおおおおおっ!」

 

 敵が叫び、来る。

 塞がれた目や耳ではよく分からない。

 だから目や耳に頼るな。新たな感覚を研ぎ澄ませ。

 

「まだよ」

 

 避けるには早い。

 もう少しだけ、あと少しだけ。

 集中力が時間を細分化する感覚。細かくなった数だけ、見聞色がアブサロムを精査していく。

 どこにいるのか。

 どんな姿勢でいるか。

 次は何をする気なのか。

 未だかつてない精度でそれが読める。

 だから、

 

「ここ!」

「!?」

 

 一歩退いた瞬間、アブサロムの一撃がかすめた。

 

「がるる!」

 

 敵は飛び退き、再び迫る。それをギーアはまた回避した。

 迫る相手の気配を読めたからだ。

 

()()()()なのね!?」

 

 五感を閉じて見聞色に集中する。

 捨て身に近かったが、土壇場で踏み切った度胸が、自分を新たな段階へ進めたのを確信した。

 

「もう少し……!!」

 

 攻めを避け続ける。

 退く。

進む。

身を回し。

屈みもする。

 いつしか動きは連なり、さながら躍るような軽やかさへと昇華されていく。

もはやアブサロムの攻めが触れることはない。

 そして、ついに、

 

「ここね?」

「グガアッ!?」

 

 身を回す動きで、ギーアの拳が宙を打つ。

 違う。手応えがある。

 そこにはあるのだ。透明人間の胴体が。

 

「やっと分かったわ。見るんじゃない、聴くんだわ。貴方の体が放つ“声”を聴く。これが見聞色」

「ぐ、がぁ」

「大丈夫、分かるわ。“声”で分かる。――一撃を受けて苦しいってね」

「……がああああ!!」

 

 次の瞬間、ギーアの頭が引き裂かれた。

 アブサロムの反撃だ。振り上げられた腕が、ギーアの顔面に命中する。

 ただしそれは、

 

「ありがとう。もう、いらなかったの」

「!」

 

 頭を包む“皮”だけだった。

 後ろにそらされたギーアの顔は今も無傷だ。裂かれた“皮”の下から、確信のある目が覗かれた。

 

「見聞色のおかげかしら。目の前の貴方が、とても鮮明に感じられる」

「う、お……!」

「だから分かるわ。この一撃で終わるってね」

 

 瞬間、敵を捉える拳は光を生んだ。

 

 

 

「“閃光火拳(フラッシュヴァルキリー)”!!!」

「!!!?」

 

 

 

 光熱が虚空を焼き、潜む者を討つ。

 吹き飛ばされたそれは宙を舞い、落ちた先にある石塚を砕いて雪原に転がった。

 それは、白目を剥く金髪の少年。

 透明人間が姿を現す。すなわち敗北の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼け焦げたアブサロムが目を覚ましたのは、それから数十分後のことだった。

 

「ぐ、ぐお」

「アブサロムさん! 目ェ覚めたんスね!」

 

 起き上がる彼を手下たちが取り囲む。

 ギーアはそれを、モリアと挟み込む形で見ていた。

 と、そこへガブルが迫る。

 

「おいお前! 父ちゃんの刀をどこやった!」

「よしなさい。拘束してないのよ」

 

 本当は縛っておきたかったが、肝心の縄がない。仕方なく、付かず離れず見張るしかなかったのだ。

 もっとも見聞色がある今、彼ら程度なら反撃しようとした時点で叩きのめすことができるが。

 

「おう、お前ら」

 

 ガブルを押し退け、モリアが進み出た。その威圧感に、アブサロムたちは息を呑んで彼を見上げる。

 

「おれたちの勝ちだ。お前らが今まで溜め込んだものは全部いただく。武器から食料から全部だ」

 

 そして、

 

 

「その上でお前ら全員、部下になってもらう」

「!!?」

 

 

 

「本気か!? こいつらに襲われたんだぞ!」

「兵力が足りねェんだ。少しでも戦い慣れてるヤツを増やさなきゃならねェ」

 

 ガブルの異議を一蹴するモリア。微動だにしない彼の三白眼に、アブサロムは首を傾げた。

 

「ぐ、げぇおぐ……?」

 

 うめきは言葉をなさないが、言いたい事は分かった。

 

「そうだ。てめェらには、百獣海賊団と戦う兵力になってもらう」

「!!!」

 

 瞬間、アブサロムの目が見開かれた。

 

「がうぎぅががぞぐあっ!? げあっ、があっ、うごっひおおやうがあ!!?」

「はい、どうどう」

 

 モリアに掴みかかろうとしたアブサロムを、ギーアは取り押さえる。

 腕をひねりあげ、頭を積もった雪に叩きつけた。

 だが、

 

「があっ! ごおあんあ!? あっげがあうあ!?」

 

 彼は収まらなかった。

 だがそれはこちらへの反感ではない。彼の目には、何かを問いかける切実な眼差しがあった。

 

「ちょっとあんたたち。どうしたの、彼」

「そ、それは……」

 

 手下たちに問うが、言葉を濁される。

 それにらちが明かないと見たのか、モリアは大きくため息をつき、こちらに声を飛ばした。

 

「このままじゃ話にならん。おいギーア、何とかしろ」

「いや、何とかって貴方」

「てめェの能力でどうにかなるんじゃねェのか? やってみろ」

 

 最初、何を望まれたのか分からなかった。

 けれど首を傾げ、頭をひねり、やがて何を言わんとしているのか、その答えを見つけ出す。

 

「……出来るか分からないわよ?」

 

 それはギーアにとって初めての試みだ。

 だが失敗しても損はない。だから、やってみよう。

 

「いい? ちょっと大人しくしてるのよ」

「?」

「“脱皮(スラフレッシュ)”」

 

 目を丸くするアブサロムを無視して“皮”を作る。

それから後頭部に両手を伸ばし、“皮”のたるみに指をかけ、

 

「!」

 

 顔下半分の“皮”を引き千切った。

 アブサロムたちが呆然とするのも気にせず、ギーアは次の行動へ移る。

引き千切った“皮”をアブサロムの口元に引っかけたのだ。

 

「ンが!? がぐぶぶっ!」

「じっとしてなさい。上手くいけば貴方も得よ」

 

 ギーアの口元と顎、頬の下半分からうなじあたりまでが連なる“皮”は帯のようだ。

 くつわをはめるように彼の口元を塞ぎ、“皮”の両端を後頭部で縛る。そうして出来上がるのは、顔の下半分がギーアの“皮”で包まれたアブサロムの顔だ。

 

「う、ぐぐぐ……」

 

 幼さの残る顔立ちとはいえ、顔の下半分が女性の肌や唇になっている男の顔は、中々異様だ。

 だが、

 

「――何しやがる!」

 

 効果はあったのだ。

 

「……え?」

 

 誰もが目を丸くする。叫んだ本人すら。

 声を発したのは、それまで雄叫びや唸り声しかあげられない男だったのだから。

 

「え、え?」

 

 彼は口元を包む“皮”を撫でた。

 アゴや頬をなぞり、呆然とする。

 だがやがて眼に涙が浮かび、肩を震わせ始めた。胸を掻くように拳を握り、次の瞬間、突き上げる。

 それは万感の思いが込められていた。

 

 

 

「お、おいらのアゴが治ったああああああぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!」

 

 

 

「マジっすか、アブサロムさん!」

「すげぇ! 奇跡が起きた!!」

「この皮みてェなもんのおかげか!? どうなってんだ!?」

 

 感涙するアブサロムに手下どもは次々と飛びつく。抱き合う男どもの絵面は暑苦しかったが、それだけの喜びが彼らにはあるのだろう。

 上首尾に安心の一息をつき、ギーアは口を開いた。

 

「私の“皮”は包んだ相手の体を上書きするの。貴方のアゴの負傷を、無傷な私のアゴで包み隠したってことね」

 

 千切った“皮”に効果が残るかは賭けだったが、どうやら上手くいったようだ。

 

「いい? それは対処療法で、“皮”がぴったり貴方のアゴを包んでいる間しか効果はないはずよ。そのあたり気をつけて……」

「うおおお喋れる! おいらは今、喋ってるぞおおおおおおお!!」

「話を聞きなさいあんたたちぃっ!!!」

 

 だが当人たちは歓声を上げるばかりで、こちらにはちっとも振り向かないのだった。

 

「どうだ、上手くいっただろう」

「……まぁね」

 

 不意に、怒らせた肩にモリアの手が置かれた。

 にやりと笑う彼に唇を尖らせる。自分の能力を人に開拓される、その不満や気恥ずかしさがあったからだ。

 悪態の一つもつかねば、とても隣に立てない。

 

「……さて、口をきけるようになったところで、話を続けようか」

 

 それから歓声が落ち着いたのを見計らい、モリアはアブサロムに声をかけた。

 彼は振り向き、涙と鼻水を拭いながら、

 

「すまねェ、あんたたちは恩人だ。あいつに受けた傷はもう治らねェと思ってたのに……!」

「あいつってのは、百獣海賊団か?」

「……正確には違う。やったのは、傘下のアイアンボーイ・スコッチだ」

 

 その名は、恨みと憎しみが大きく含まれていた。

 

「あの野郎にアゴを砕かれ、ケダモノみたいな鳴き声しか出せなくなって以来、ずっと復讐を考えてきた」

「なら、おれたちは同じ敵と戦えるな?」

「もちろんだ!」

 

 答えは快諾だった。

 

「傷も治してくれた上に、やつらに挑むチャンスを貰えた! 感謝してもしきれねェ!」

「傷は治った訳じゃないんだけどね」

 

 とは言ったものの、それは誰の耳にも届かなかった。

 まぁ負傷を補う方法は与えたのだ。しっかり恩は着てもらおう。

 事実、続く言葉は恩義によって成るものだった。

 

 

 

「おいらたちアブサロム一味は、喜んであんたたちの下につく!」

 

 

 

 頭目の言葉に、手下たちも声を上げた。

 

「アブサロムさんを助けてもらったんだ! おれたちも一緒に戦うぜ!」

「やるぞぉ! やつらに逆襲してやるんだ!」

 

 期せずして戦力増強がなった瞬間だった。

 

「予想外の収穫ね」

「荒事慣れしてる分、一般人よりゃマシだろう。働いてもらおうじゃねェか」

「そうね」

 

 と頷きつつも、しかしギーアの顔は晴れなかった。

 

「でも、兵力じゃまだ焼け石に水ね」

 

 雄叫びを上げるアブサロムたちを他所に、ギーアとモリアは顔を突き合わせる。

 予定外の増員だが、それでも楽観はできない。今をもってしても、敵の三分の一にもならないのだ。

 

「この墓場の死体を全部ゾンビにしても、まだ一歩足りない。他にあてはないものかしら」

「さァな。……おい、どうなんだ?」

 

 それに答えられるのはこの場に一人だけ。島民であるガブルだけだ。

 少年は腕を組んで俯き、顔をめいいっぱいしかめ、やがて面を上げた。

 こちらの顔を見て、そうしてから一言を告げた。

 

 

 

「なぁ。死体や影は人間じゃなきゃダメなのか?」

 

 

 

「何……?」

 

 ガブルの意図を、モリアは読み取れなかったようだった。しかし、つい先ほど盲点を突かれ新しい能力の使い方に得たギーアである。

 少年の意図に、いち早く気付いた。

 

「そうよ、そうだわ! それがある!」

 

 気が付けば、ギーアはモリアの肩を掴み、ゆさぶる勢いで言葉をぶつけていた。

 

 

 

「やりましょうモリア! これが出来れば、兵力をまだ増やせるわ!!!」

 

 




という訳で、アブサロム加入です。まぁ原作的に予定通り。
次からはいよいよ本題、百獣海賊団勢との対決。原作の醍醐味「乱戦」を描けるよう、頑張りたいと思います。



感想や評価をいただけると、今後の励みになります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。