ONE PIECE -Stand By Me -   作:己道丸

29 / 33
ようやく戦い始めるところまできました。


“開戦”

 家並みに明かりが灯り、表の人通りもまばらになった頃、一人の少年が街を駆け抜ける。

 ここに住む全ての者に声を届けるかのように。

 

「大変だァ! 海賊が攻めて来たぞォ!!」

 

 途端、家々の扉が開かれた。

 

「ガブル!? どういうことだ!」

 

 次々と住人たちが表に飛び出し、今や走り去った少年の後ろ姿へ目を向ける。家という家、その全てで同じことが起こっていた。

 それほどまでに少年の言葉は衝撃的だったのだ。

 

「海賊が攻めてくる? 百獣海賊団か!?」

「バカな……今日だって命令通り働いたのに!」

「そうよ、攻められるようなこと、何もしてないわ!」

「奴らに道理が通じるもんか! きっと何か都合が変わって、おれたちが要らなくなったんだ!」

 

 かつて住人の半数近くが殺された恐怖を、生き残った誰もが覚えていた。

 故に恐れおののき、口々に不安をぶつけ合う。

 

「とにかく、ガブルに説明させよう!」

 

 それでもどうにか一応のまとまりを得て、住人たちは少年の後を追いかけようとした。

 しかし、

 

「悪いが説明する時間はねェ」

 

 声が降って来た。

 

「……え?」

 

 聞きなれない声に誰もが振り向き、そして見る。

 鬼のような大男を。

 

「影、もらうぜ」

 

 凶相と目が合った直後、住人たちの意識は失われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街はずれに積まれた死体の山を背に、ガブルはその光景を見届けた。

 

「な、何だこれは!?」

「影? 影なの!? まるで蛇みたいな……!」

「お前がやっているのか!? 誰だお前は!」

 

 自分を追って来た住人たちの、困惑と悲鳴と怒号。

 それらを男は一瞬で奪う。

 

「“影の集合地(シャドーズ・アスガルド)”」

 

 次の瞬間、誰もが自分の影を失い、崩れ落ちた。

 住人たちの体に張りついた触手状の影をくぐり、彼らの影は一ヵ所に集まっていく。

 その男の足元に。

 

「ふん。ただの一般人から影を奪うのは楽でいいぜ」

 

 ゲッコー・モリアであった。

 街中の住人から影を吸い上げたその大男を、ガブルはせいいっぱい背を逸らして見上げる。

 

「街の皆は無事なんだろうな」

「安心しろ。影を奪っただけじゃ死なねェし、死なれて困るのはおれも同じだ」

 

 そう言って、モリアは死体の山へと視線を移した。

 

「とっとと済ませよう」

 

 直後、モリアの足元から伸びる触手状の影はひとかたまりとなり、吸い上げた影を解き放った。

 それらに、逆らうことのできない命令を刻みながら。

 

「さァ影ども! 積み上げた死体に宿り、ゾンビとなれ!!」

 

 影は飛び立つ鳥の群れのようだった。

 モリアの影から膨大な数の影が撃ち出され、その一つ一つが、ガブルの背後にある死体一つ一つに吸い込まれていく。

 そんな光景がどれほど続いたか。

 全ての影が死体の山へと消えた後、ガブルとモリアだけになったこの場所で、動き出すものが現れた。

 死体だ。

 

「……アァ~~~~~~……」

 

 一体、また一体と死体が起き上がる。

 山を崩すように次々と歩き出したそれらは、あますことなく全てが支配者へとかしずいた。

 

 

 

「――お呼びですか、ご主人様」

 

 

 

「よし、この街で揃う兵力は手に入ったな」

 

 動く死体、ゾンビどもを前にして、モリアは満足そうに頷いた。

 

「最初の命令だ。影を失った街の住人どもを家の中に運べ。雪の降る曇天の下じゃ陽も差さねェだろうが、もしもがあってもつまらねェ」

「かしこまりました」

 

 応じたゾンビたちはめいめいに散らばり、手あたり次第に住人たちを手近な家へと運び始める。

 ガブルはそれらを見送りつつ、

 

「街の皆はこれで全員のはずだ。だからゾンビの数は、大体900体」

 

 続く言葉には震えがあった。

 

「本当に、やつらに勝てるのか?」

「まともにぶつかったら無理だろうな」

 

 恐る恐るの問いに、にべもない断言が返された。

 

「だが、おれたちは海賊だ。まともに戦うつもりなんかねェし……敗けるつもりで戦う気もねェ」

 

 答えるモリアの足元から新たに影が這い出した。

 彼と瓜二つの形をした、彼自身の影だ。

 

「よし行け“影法師”。ギーアたちへの合図だ」

 

 影は肩を揺らして首肯し、バネのように渦巻いたかと思うと、空へ向かって飛び去って行った。

 だがモリアはそれを見送らず、にやにやとした底意地の悪い笑みをこちらに向けている。

 

「……それに、まともじゃねェのはお前も同じだろう」

 

 彼の言わんとすることを悟り、唇を噛む。

 だがそんな様子を気に留めた風もなく、むしろ煽るように、大男は皮肉を込めた賞賛を口にする。

 

「子供だてらに大した策士だよ、お前は」

 

 縫い傷のある喉を鳴らして、

 

 

 

「お前の作戦、勝ったとしてもてめェらは生き残れねェ。それを一人で決めて、勝手に街の人間も巻き込むとは、大した悪党だぜ」

 

 

 

「……分かってるよ」

 

 激情が唸りを上げる。

 泣きそうにもなったし、わめきそうにもなった。だがそれを自らに許さず、モリアを強く見返した。

 それこそが自分の責任だからだ。

 

「いつか殺される支配の中で生き続けるなら、未来がなくても戦うことを選ぶ。他の皆をそれに巻き込むとしても」

「いい覚悟だ。デカくなったら、集団を率いる器にもなれただろうよ」

 

 話す間に、散らばっていたゾンビたちが戻ってきた。どうやら倒れた皆を移動させ終わったらしい。

 それを認め、モリアは遠くを睨んだ。

 その先にあるのは武器工場。つまり、これから自分たちが戦う敵はそちらからやって来る。

 大男は牙を剥いて笑った。

 

「さァ、ここからが戦場だ。――いくぞ、野郎ども」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お頭! 先発隊の兵力が2000を越えましたぜ!」

 

 追ってきた部下の声に、アイアンボーイ・スコッチは手を振って応じた。

 

「後続も順調か?」

「ヘイ、武器工場で武装できたヤツから順に、この雪原に出てきています!」

「よし、そのまま続けるように伝えろ」

「アイアイサー!」

 

 景気よく答え、部下は後方へ戻っていく。

 その後ろ姿はまたたく間に人だかりで見えなくなり、その事実にスコッチは鉄仮面の下で舌打ちした。

 

「電伝虫さえ使えりゃ、伝令なんて要らねェってのに」

 

 苦虫を噛む思いで、スコッチは辺りを見た。

 そこには人の海というべきものが広がっている。全身を武装した海賊たちの軍勢である。

 剣やライフル銃、ガトリング砲を抱えた者までいる。あらゆる武器を携えた配下が、雪原を踏み荒らしながら進んでいく。

 百獣海賊団が率いる兵力の進攻だ。

 

「心配ねェですって! こんだけ数がいりゃ、木っ端海賊なんて一揉みですぜ!」

「連中、五万の兵力とか抜かしたらしいが、とんだ大ぼら吹きだぜ!」

 

 近くで進む連中がげらげらと濁った高笑いをあげる。その様子を、スコッチは冷やかな眼差しでもって侮蔑した。

 所詮下っ端、率いる側の苦労をまるで分っていない。

 総数7000。この雪原にいるだけで2000になる兵力を動かす上で、通信が使えないことがどれだけの損失だと思っているのか。

 

「しかもおれたちは海賊だ」

 

 軍隊のように、小隊を率いる者など何人もいない。

 この軍勢は、人の流れを利用して開けた場所を漠然と進み続けているにすぎないのだ。

 事実上の烏合の衆である。

 

「とはいえ、それで敗けるとも思わねェが」

 

 兵力戦の鍵は数と武装だ。

 スコッチが仕切る武器工場で全身を武装した海賊が、大軍をなして進撃する。それだけで十分戦力を発揮できる。

 この先発隊だけで決着がついてもおかしくない。

 否、そうでなければならない。

 

「武器工場の向こう、山間にいるジャックさんと本隊を動かす訳にゃいかねェ」

 

 総大将として最奥に陣取る男、“音害”のジャックのふんぞり返った姿を思い出す。

 傲慢で冷酷な目は、敵のみならずスコッチにも向けられていたことを。

 

「ジャックさんは、ゲッコー・モリアに実力を見せつける気なんだ」

 

 単なる本人の戦闘力の話ではない。これだけの兵力と武器を動員できる、地位と組織力も含めた話だ。

 自ら手を下さずともモリアに勝てる。

 それを証明するのがジャックの思惑なのだ。

 

「おれたちで始末できなかったら、何されるか分かったもんじゃねェ」

 

 あの男の自尊心を満たすために、電伝虫も使えないまま軍勢を率いなければならない。

 それを思うと肩が落ち、ため息を禁じられなかった。

 だがいつまでもぼやいていられない。

 

「お頭ァ!! 向こうに何かいます!」

 

 最前列を行く者どもから報告が来たからだ。

 目を凝らすと、確かに何かがいる。白銀の地平線をなぞるように、何かが群れているのだ。

 間違いなく敵の兵力だ。

 

「やはり街の方から来たな」

 

 この島で拠点にできる場所など、あそこぐらいだ。だからまずは街に向かっていたのだが、予想はあたっていたらしい。

 

「よし」

 

 見やれば、軍勢の誰もが息まいていた。

 兵力も装備もこちらが上。勝利を確信する軍勢の士気が高まるのは当然で、それを抑えきれないのだろう。

 故にスコッチは声を上げた。

 

「野郎ども!! 戦闘準備ィ!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 号令には獣じみた雄叫びが返された。

 スコッチから離れた場所にいる連中にも、この雄叫びによって号令が出たことが伝わるだろう。

 あとは蹂躙するだけだ。

 

「通信を封じたことを後悔させてやる」

 

 統率できない海賊の群れを相手取ってどうなるか、思い知らせてやる。

 スコッチもまた残虐な海賊の一人だ。何より、日頃の鬱憤を晴らせるこの機会に、戦意は熱く煮えたぎっていた。

 誰からともなく早足になり、いつしか駆け足になる。

 踏み荒らされる積雪のように、敵勢も蹴散らしてやろうと、軍勢の誰もが目を輝かせていた。

 だが誰もがそれを見た。

 敵勢の異様な風体に。

 

「なんだありゃァ!?」

 

 誰かが声を上げた。

 行く手に群れる敵勢、その全てが血の気の無い肌にボロ布をまとう、異形の者どもだったからだ。

 

「ゲヘへ、おいでなすったぜ……!」

 

 不気味に笑うそいつらは、およそ生きた人間の姿ではない。

 絵物語にある、ゾンビそのものだった。

 

「ば、化け物!?」

「ひるむな! このまま蹴散らせェ!」

 

 軍勢を止める訳にはいかない。

 怯えた声を怒号で制し、スコッチと軍勢はゾンビどもとの距離をどんどんと詰めていく。

 

「たとえ化け物だろうが、踏み潰して終わりだァ!!」

 

 銃撃と共に切り込み、蹴散らしてやる。言葉にせずとも思いは揃い、皆が銃や剣を構えて敵勢に迫った。

 まもなくそれは叶う。

 距離はあともう僅かだ。

 その時、

 

 

 

「――道を空けろォ!!!」

 

 

 

 ゾンビどもの向こうから響く声。

 瞬間、群れは統制のとれた速やかな動きで左右に分かれ、中央に一本の道を開いた。

 その先にいるのは、太刀を構えた一人の大男。

 マズい。そう思った。

その瞬間に太刀は閃いた。

 

 

 

「“影断分(かげたちぶ)”!!!」

「!!!?」

 

 

 

 津波のような斬撃が飛び、軍勢を切り裂いた。

 

「ぎゃああああああああ―――――!!」

 

 直撃した者は切り裂かれ、かすめた者は手足を削られながら弾き飛ばされる。

 進撃する軍勢を正面から迎え撃つ一撃は、最前列から奥まで深く切り込んだ。ここまで大きな斬撃を飛ばせる者は、“新世界”でもそう多くないだろう。

 

「やりやがったな!」

 

 ヤツだ。ヤツこそがゲッコー・モリアだ。

 これほどまでの実力、船長に相違あるまい。

 機先を制する強力な一撃によって軍勢は怯み、進撃を止められてしまった。恐るべき敵である。

 

「だが、この程度で!」

 

 出鼻をくじかれた程度で敗けはしない。また改めて攻撃を再開すればいい。自分と周囲の兵力がまた攻め込めば、離れた連中もまた動き出すだろう。

 だからそうしてやろうとして、

 

「ざっと30体分か。不満だぜ」

「!?」

 

 大男の嘲りを聞いた。

 そして気付く。斬撃が抜けたあたりだけ、やけに兵力の密度が高まっていることを。

 頭数が増えている。だがそれは、

 

「何だお前……?」

 

 配下の海賊に混じって立っていたのは、黒々とした人型の何かであった。縦列をなすように点々を現れたそれらに、周囲の海賊たちが怯む。

 だが、それどころではない者たちもいた。

 

「なんじゃこりゃァ!?」

「お、おい、お前! 影がないぞ!?」

 

 切り裂かれつつも生きながらえた者たちだ。

 血を流しながら荒く呼吸する彼らは、本来あるべきものを失っていた。

 

「影が、ない!?」

「じゃあ何だ! この黒いのは、こいつらの影だってのか!?」

 

 影を失った負傷者と、突如現れた漆黒の人型。それらを何度も見比べて混乱する海賊たち。

 敵がそれを見逃す筈はなかった。

 

「影どもォ!」

 

 ゲッコー・モリアの呼び声。

 その瞬間、立ち尽くしていた人型たちの背筋が伸びた。まるであの大男に従うかのように。

 それは事実だった。

 

「命令だ! 手近な死体に入ってゾンビとなれ!!」

 

 奔り抜けた斬撃の後に残されたのは、負傷者だけではない。攻撃をモロに受け、息絶えた者も少なくないのだ。

 命を失ったその体に、影たちは飛び込んでいく。

 直後、

 

「うわァ! 死体が立ったァ!!」

 

 明らかに致命傷を受けた者、血を流しつくした者、それらが気怠い動きで起き上がったのだ。

 その蒼白な顔は紛れもなく、ゾンビのものだった。

 

「な……!」

 

 悪魔の実だ。それ以外にありえない。

 黒々とした人型は、能力で実体化した影だったのだ。そして敵の斬撃によって分離するそれが死体に入ると、ゾンビが生み出される。

 

「マズい……!」

 

 そう思った時には、すでに事態は起きていた。

 

「お、おい! どうしたお前……ぎゃああっ!?」

「ゾンビ! ゾンビが出たぞォ!」

「ギャー噛まれた! ゾンビになるゥ!!!」

 

 ゾンビが手あたり次第に周囲を襲い始めたのだ。それは斬撃をきっかけに発生した都合上、軍勢の先頭から奥へ線状に発生している。

 

「軍勢の中に敵兵を差し込まれた……!」

 

 先ほどの先制攻撃はこれが狙いだったのだ。

 斬撃で死ぬなら良し。仕留め損なっても影を切り離し、それを操ってゾンビを新たに生み出す。

 この力は軍勢を相手にした時、真価を発揮するのだろう。攻め立てる毎に、ゾンビに必要な影と死体を同時に生み出すのだから。

 つまり、

 

「ヤツの斬撃を受けると! 数十人単位で兵力が乗っ取られるってことか!!」

 

 斬撃の軌跡に沿って悲鳴がはじける。

 それまで並んで進んでいた仲間がゾンビになって襲ってくるのだ、混乱しないはずがない。

 

「ぎゃあああああああ! 助けてくれェー!」

 

 スコッチの舌打ちが爆ぜた。

 敵の攻撃を受けるとゾンビにされるかもしれない。だが、混乱し始めた軍勢では声も届かない。通信も封じられ、情報を共有することもできない。

 混乱が止められない。

 

「 貴様ァ~~~~~~!!!」

 

 スコッチの怒号に応えたのは、皮肉にも敵だった。

 大男は悪辣な笑みを浮かべながら太刀を構え直し、こちらに勝るとも劣らない轟きを返した。

 

 

 

「かかって来い百獣海賊団! ――開戦だァ!!!」

 

 

 

 獰猛な雄叫びが大気を揺るがす。

 スリラーバーク海賊団と百獣海賊団。その戦端が開かれた瞬間だった。

 




モリアの影奪取・ゾンビ作成能力は、ややハードル下げて取り扱っております。
そういや珍しくギーアが登場しない回になったな。



感想や評価をいただけると、今後の励みになります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。