ONE PIECE -Stand By Me - 作:己道丸
後編も長くなってしまったので、これも二つに分けようかと思います。後編の後半は今日の晩にでも。
ギーアが飛び、モリアは疾走する。
度重なる戦禍により、廃墟以下の荒野と化した市街を出たのは少し前のことだ。砂礫を蹴散らし、瓦礫を踏み越え、かつて商店街と呼ばれ活気に満ちていたその跡地を、2人は矢のような勢いで後にする。
無人と化した市街跡地の周囲にあるのは草原、そしてその向こうにある壁のような防風林だ。2人が風を切って進む目指す場所は、更にその先にある。先んじて林を通過した者達に追いつくため、早急にたどり着かなければならない。
両脚に移植された噴射装置の出力を高め、より強い烈風を放ってギーアは飛行する。
そうしなければ併走する男、ゲッコー・モリアの激する疾走に置いていかれそうになってしまうからだ。人の何倍もある巨体だけに、その歩幅は常人ならぬ広さがある。
漲る戦意で鬼の形相を浮かべ、雄牛のごとくモリアは走る。
すると、先んじた者達の痕跡が見えてきた。
道をつけるように木々が薙ぎ倒されているのだ。まるで巨大な何かが強引に通ったかのように。
「やっぱりここを通ったみたいね!」
倒木で舗装された道を行くモリアへギーアは叫ぶ。声が大きくなってしまうのは、飛行によって風の音が激しくなり、耳が遠くなっているためだ。
「ああ! やっぱり奴らは……海岸線にいる!!」
対してモリアも声を張り上げたのは、高揚する戦意の昂ぶりゆえだった。頬まで裂けた口を吊り上げ、縁取るような牙の群れを晒せば凶相はより一層深められる。
その時だ、遠雷じみた轟音が響いたのは。
「……!」
鐘が鳴らされたのかとも思うような、延々と空に残る重低音だった。
だがそれは一発や二発ではない。数十の、それも重なり合って一つになる時すらあるほどの乱発であった。すさまじいまでの密度で轟く鳴動が、ギーアたちの向かう先で響く。
音はやがて口笛を吹くような甲高い音に変わった。
そして次第に大きくなり、否、近づいてきて、
「うお……!!」
地に激震が走り、モリアの疾走を鈍らせる。
遠くから聞こえた重低音の数に等しい爆音の群れ、木々の向こうで巨大な火柱が何本も立ち上がり、砕けた木々や土砂が上空へと舞い上げられる。
砲撃だ。
砲弾が降ったのだ。
遠くで鳴る激音の正体は、弾を撃ち出すための砲撃音だったのだ。
すさまじい威力を秘めた砲撃が、ギーア達のいるこの地に向けて数十発と放たれている。それはつまり、ギーア達が先を急ぐ理由が、未だに終わっていないことを示している。
「やってるやってる……!」
「当たり前だ! あの野郎、おれが着く前にくたばったら許さねェ!!」
ギーアと違い、モリアは乱発される砲撃にも臆していないようだった。やはり歴戦の海賊としての度胸の違いだろうか。否、宿敵と見定めた相手を追う興奮で、眼前の危機を易々と飲み込みすぎているのではないだろうか。罵りながらもどこか期待じみたものを滲ませる彼に対し、そう思わずにはいられない。
ダグラス・バレット。その男を闘って倒すという誓いが、彼を駆り立てているのだ。
「……さっき言ってた策! 本当に大丈夫なんでしょうね!?」
彼の冷静さを呼び覚ますつもりで、呼びかけた。
「相手は馬鹿デカい上に覇気で身を固めた兵器の塊よ!? おまけに今度は海軍とやりあう真っ最中に飛び込むんだから! しくじったら、本当に死んじゃうわよ!?」
「ガキのケンカじゃあるめェし……! てめェもおれについてきたんなら覚悟を決めろ!」
駆けるモリアが凄烈な気迫は放つ。
まるで彼の体から突風が吹き荒れたのではないかという威圧すら感じられた。
「本物の海賊には“死”も脅しにはならねェ!! おれ達がやるのは、戦闘なんだ!!!」
「……!!」
海賊だ。
そうだ目の前にいるのは海賊なのだ、とギーアは思った。
自分が手を貸すと決めた相手は、幾千の荒波を超え、幾多の同類としのぎを削ってきた無法者の上位者なのだ。そこに常人が通じるような、死を絶対の危惧とする思考は存在しない。
これが海賊か、ギーアは思った。
「だがおれも死ぬつもりはねェ……お前もな。いらねェ心配してねェで、お前は任せた分をしっかりやれ! おれが奴に近づけるかはてめぇにかかってるんだ!!」
「……ああもう好き勝手言って! やりゃ良いんでしょ!?」
駆け続ける2人だが、防風林の終わりも近い。
左右の木々の密度は薄くなり、倒木でつけられた道も終点が目前に迫ってきた。
道の果て、そこにあるのは海岸線だ。むき出しの岩肌を荒削りにしたような平地が広がり、その向こう青々と輝く海が広がっている。この島の果てともいうべき外縁がそこにはあった。
だが今この時は、その果ての向こうからやってきた者共がいる。
水平線を飾る艦隊だ。
十隻の戦闘艦が並んでいる。
奴らこそが先ほど砲撃を放ってきた相手であり、この海岸線で繰り広げられている戦いに介入しようとしている存在なのだと理解していた。
砲撃が静まった今、ギーアの耳は戦いの音を聞きつける。これから突入しようとしている海岸線で繰り広げられている戦闘の激音が、木々の向こうから届けられるのだ。
そうだ、戦場はすぐそこにある。
「あぁもう何でこんなことになってるのかしら私!!」
何もかも、すべてはモリアの言葉にのせられたせいだ。
ワノ国で叱責され、そして今しがた彼が語った大望に惹かれた自分のせいだった。
兵力を率いて海賊王になる。
その力の一端として一緒に来い。
その言葉に応えてしまったのが少し前の自分であり、それを受け入れたのが今の自分だ。
臆する気持ちはあっても心は定まっている。
賽は投げられらたのだ、もうやるしかない。
「――行くわよ!!!」
波が打ち寄せる平かな岸辺がある、はずだった。
しかし平地であるはずの岩肌は砕かれ、抉られ、陥没している。切り立つ巌にいたっては粉砕され、大小無数の岩石となってあたりに転がる有様であった。
何故ならそこは戦場であるからだ。
『オオオオオオオオオオオオォォォォォォォ!!』
潮騒に勝る雄叫びが唱和する。
咆哮をあげるのは、長大な両腕で組み合う2人の巨大な人影であった。
かたや黄金の巨人である。
身の丈にしてギーアの4・5倍はあろうかという巨躯は、半裸の男だ。豊満な腹に太い腕、玉のように丸い螺髪までが金色で、昼下がりの陽を受けて煌々と輝いてる。その姿は大仏そのもの、しかし眼鏡をかけたその顔に慈悲はなく、眼前の相手を憤怒の形相で睨みつけている。
それに対するのは黒金の鉄巨人であった。
巨人、とはいったがそれは生ける人の姿をしていない。大小無数の鉄器が寄せ集まり、結果として人の輪郭をとっているだけの、巨大な人形というべきものだ。よく見ればそれは大砲や剣といった兵器の集まりであり、その全てが均等に黒々と照っているのが分かった。まるで一色の塗料によって均等に塗り潰されているかのように。
「オォ……!」
両者は拮抗していた。
巨体を支える脚は沿岸の地に突き立ち、組み合う相手を押し倒そうとする膂力の礎となる。しかし巨人たちのせめぎあってどちらも譲らず、両腕は鍔迫り合いによって細かく震えるほど。踏ん張ろうとする足の方が押し負けてわずかに擦り下がってしまっていた。
力の上では互角、しかし鉄巨人は純粋な力比べを望まなかった。
『死ね!』
獣の毛が逆立つように、鉄巨人の胴から大小無数の鉄筒が起立する。
それは銃であり大砲であり、また迫撃砲でもあった。それぞれの砲身が狙うのは鉄巨人の眼前、組み合うがゆえに無防備に晒してしまった黄金の巨人の胴体だ。
「“鉄塊”!!」
黄金の巨人が力むのと砲の群れが火を噴くのはほぼ同時だった。
光り輝く太い体に炎と爆音が咲き乱れる。
「ぐォ……!!」
五臓六腑を滅多打ちにする鋼の弾幕。肉を穿ち、背へと貫通しないだけでも奇跡といえた。食いしばった歯の隙間から血をこぼし、黄金の巨人が膝をつく。
しかしそれに追い討ちをかける暴力があった。
鉄巨人の膝蹴りだ。
「……!」
黄金の顔面を鉄製の膝が打ち抜いた。
眼鏡が砕け、潰された鼻が血を散らす。前歯をへし折られた苦悶の顔を押さえ、黄金の巨人が崩れ落ちる。
「センゴク!」
黄金の巨人を気遣うように飛び出してきたのは初老の海兵、ガープだ。
白髪混じりとは思えぬ壮健な体をスーツに包み、袖まくりをした強靭な腕を振り上げ、
「ぬェい!!」
『ぐォ……!?』
意趣返しというかのように、鉄巨人の顔を正面から殴り飛ばした。
鉄巨人からすれば掌ほどもない相手からの一撃、しかしまるで同等以上の相手が殴りつけたかのように、鉄巨人はのけぞり姿勢を崩す。
そこへ、
「ガープ中将、下ってください!」
両者の横合いから若い声が届いた。
それは将校だけに許されたコートを羽織る、フードの下に軍帽を被った青年はサカズキだ。大柄で鍛え抜かれた半身は、しかし今、ふつふつと煮えたぎる溶岩に形を変えている。
赤熱する巌は膨張し、その臨界点をもって一撃を放った。
「“
人の身が放つそれは、鉄巨人ほどもある巨大な溶岩の塊だ。
拳をかたどるそれは鉄巨人を横殴りにして押し倒す。さらに膨大な量の溶岩が黒金の巨体を覆いつくし、身動きを封じた。
そこへ遠雷のごとき砲音が再び轟く。
「総員、下がれィ――!!」
顔を押さえた黄金の巨人、センゴクが飛び退き、合わせてサカズキもさがった。
取り残される形となった溶岩の下敷きになる鉄巨人。
撃ち放たれた砲弾の群れにとって格好の的である。
水平線に浮かぶ、十隻からなる軍用艦隊からの集中砲火。数にして五十は下らぬ砲弾が一時に放たれ、硝煙の尾をひいて岸辺に届けられる。
岩肌を砕く火柱が乱立した。
突き立つ岩が、打ち寄せる波が、近隣に生える木々が、諸共に区別なく吹き飛ばされる。爆心地にいた溶岩と鉄巨人も言わずもがなだ。何もかもを破砕する爆裂が沿岸に咲き誇る。
しかし、
『カハハハハハ!!まだだ! まだ死なねェぞ!!!』
吹き上がる粉塵の奥から鉄巨人は立ち上がってきた。
もうもうと立ち込める中から現れる様は、不死身の怪物がそれであるかのようだ。
度し難い激戦がここにある。猛攻の応酬に、ギーアは言葉を忘れて戦いを見つめていた。
「……!!」
「バカみてェな覇気だ……! 中将共の攻撃も、艦隊の砲撃も全部耐えやがった……!」
傍らでモリアも息を呑む。
海軍将校たちの強さは見るに明らかで、水平線から砲撃を送り込む軍艦の攻撃力なども言わずもがなだ。しかしそれらを一人で相手どるバレットの強さは常軌を逸している。
海軍は明らかに決め手を欠いていた。
あれだけの巨体を覆い尽くして尚あれだけの強度を発揮する覇気の鉄巨人を前にして、彼らがこの場に用意したあらゆる攻撃のことごとくが通じないのだ。
「……だが奴の強さは覇気の強さだ」
モリアは身の内の力を奮い立たせるように言った。
「おれの能力ならそれを散らせる! そうすりゃ奴はただのデカい的だ!!」
「本当にやれるんでしょうね!?」
「やる!」
問いに断言は返された。
「やれる! そして勝つ!! 海賊王を目指す限り、おれは奴に負けねェ!!!」
「――あぁもう!!」
モリアの意気にあてられ、ギーアは髪をかきあげて唸った。
ここまでともに来た者にそうまで言われて、今更引き下がることはできない。
「あの化け物と海軍のやり合いに突っ込むんだからね!? 命、預けたわよ!!?」
「死なねェさ!! 生きておれと組んだやつを、おれはもう死なせねェ!!!」
「言ってろバカ船長!!」
叫びとともにギーアの両脚は爆風を吹いた。
戦場へ、鉄巨人へと向かうのだ。
「先行くわ! 上手くやってよね!!」
「よし行け援護する!!」
突撃したギーアに合わせ、モリアの影が形を変える。
泡立つように膨れ上がったかと思えば、空に落ちる雨にように大量の蝙蝠が飛び出した。それらは矢の勢いで飛ぶギーアに追随し、同じところを目指して加速する。
向かうは鉄巨人の後頭部だ。
『――あん?』
風を切る音に気づいたのか鉄巨人は振り向き、だがその横顔へ蝙蝠たちが先行する。
影の蝙蝠はよじるように形を変え、無数の杭となって殺到した。
「“
『!!』
兵器が寄り集まって出来た顔を連打する影、更にギーアの蹴りが追撃となる。
「“
もとより鋼を内蔵するギーアの蹴りだ。鉄器の集合体である鉄巨人の頭を打ち抜けば、鐘をつくような激音が轟く。突き立つ杭を更に押し込むような一撃は確かに決まった。
しかし、
(硬ったァ……!!!)
改造人間のギーアが逆に痛みを堪えなければならないほどの手応えがくる。
現に鉄巨人も、先鋭の連打と烈風の一撃を続け様に受けて、変わることなくこちらへと振り向いてみせる。
『お前は、負け犬と一緒にいた女か! それに影の能力……負け犬野郎も、さっきの砲撃でくたばっていなかったか!!』
「当たり前だ鉄クズ野郎!!」
鉄巨人から叫ばれるバレットの声に応えたのは、駆けてくるモリアだ。
「おれはお前を超えて海賊王になる男だぞ、ダグラス・バレット!! こんなところでくたばりゃしねェよ!!!」
『ぬかせ!!!」
「げっ!」
鋼の巨腕が振り上げられた。
覇気によって黒ずんでいたそれが、更に輝く黒金の光沢を得て巨大化する。大気を唸らせるそれは、一打で地形を変える鉄巨人の鉄槌だ。
「“グレイテスト・ファウスト”!!!」
「!!!」
黒金の豪腕が岩肌を粉砕した。
天災にも等しい衝撃が岸辺を打ち砕き、幾つもの岩塊が宙に舞う。全身を微細な砂礫が打つ痛みを堪え、砂塵の中にいるような視界でギーアは必死に飛ぶ。
(モリアは……!?)
腕で顔を庇い、どうにか視界を拓けば、辛くも攻撃をかわしたモリアの姿が見えた。蝙蝠の群れとして放った影を呼び戻し、それらに身を引かせて避けたらしい。
危なっかしいにもほどがある。
鉄巨人に近づく必要があるとは言っていたが、言い合いながら近づいたのでは自分が囮に飛んだ意味がないではないか。
「……ったくもう!!」
バレットの意識をこちらに向けさせる必要があった。
鉄巨人を迂回するように走るモリアに悪態をつき、ギーアもまた飛翔する。
『女ァ! お前もやるつもりか!?』
「あいにく私はあいつに賭けたもんで! あいつが一発カマすまで、私が相手よ!!」
『ザコが……いきがるな!!』
鉄巨人の顔がうごめき、無数の砲門は出現する。
夕立もかくやの大連射。大粒は砲弾、小粒は銃弾、面を成すほどの弾幕が放たれる。
「“
ギーアは両手を突き出し、熱風と光熱の力場を生み出した。
弾は融け、砲弾は熱に煽られ当たる前に自爆する。それを見届けてギーアは素早く飛んだ。抉るような軌道で弧を描き、鉄巨人の側頭部へと過熱した掌底を打ちつける。
「“
それがただの鉄であれば融解し貫くほどの熱量だ。
しかし覇気により硬化した鉄器の群れは火花さえ散らさず、無慈悲な手応えをギーアに送り返す。
やはり駄目か、と腕の痛みを堪え、早々に飛び退くギーアである。
覇気を使うモリアや、悪魔の実の能力で自然の力を操る中将たちですら破れなかった鉄巨人の体だ。いまさらギーアの一撃が通じないのは分かりきっていた。
『バカが! ザコが何をしたところで無駄だ!!』
「ごもっともだけどねぇ……!」
それでも相方が成し遂げるまでことを続けなければならないのがつらいところだ。
しかも、注意を向けなければならないのは鉄巨人だけではない。
「……!!」
光が差す。
熱が湧く。
太陽の輝きかと最初は思った。しかし違う。
空で光るそれは日の光というにはあまりにも鋭く、湧き上がる熱は注がれる光からではなく地上よりほとばしっていたからだ。
そこには中将たちがいた。
「ぅげ!!」
ギーアの直上にいるのは痩身の中将ボルサリーノ、地上にいるのはサカズキだ。
どちらも自らの身に宿る悪魔の実の能力を最大に励起させている。
「オー……海賊と一緒にいたならねェ~……お嬢さんも海賊ってことでいいよねェ~……!」
「悪はすべて滅びなければならない……! ダグラス・バレットもろともくたばれ……!!」
「ちょ、ちょっとォ――!!?」
ボルサリーノの交差した腕、サカズキのかかげた腕、そのいずれもが極大の力を打ち放つ。
「“
「“
炸裂する光と熱。
膨大な光線の雨と無数の溶岩の拳は、もはやギーア達を狙うような攻撃ではない。一人を相手取るのではなく、一つの区域にあるものを焼き尽くす範囲攻撃だった。天と横合い、二軸より迫る莫大な数の熱量が隙なく迫る。
「こんのぉ――!」
それでもギーアは飛んだ。
溶岩の連打から逃げるように、光線の雨が届く前に、先んじて鉄巨人の体躯へ飛翔する。熱気が押し寄せ、まぶしさは募る一方だ。だがそれに先んじなければ命がない。
速度が内臓と血流を押しやる中、しかしギーアはその場所に届いた。
鉄巨人の脚の間へと。
『貴様!』
鉄巨人が見下ろそうとして、しかしその暇はなかった。
激音をたてるものどもがその身を襲うからだ。
『ぐォ……!』
溶岩の拳が鉄の体を滅多打ちにし、しかる後に光線の雨が降り注ぐ。鉄巨人を盾にして陰に潜むギーアとてまったくの無事ではいられない。激突して四散した溶岩や、逸れた光線が沿岸へと落ち、熱気と砂礫の飛沫を手当たり次第に飛散させるからだ。
それでも直撃するよりはずっとマシだ。
流石の鉄巨人もあれだけの二重攻撃を受ければ苦悶の一つもこぼすか、とギーアは見上げ、
「い……っ!?」
左右に立つ柱のごとき両脚が、茨のトゲのように銃器を群立させた。
待ったなしの弾幕がギーアを挟み撃ちにする。
(かゆいところに手が届く、ってことね……!)
モリアたちの戦いでも見たが、あの巨躯に相応の膂力に加え、全身のいたるところから兵器や武器を生やすことができるのは厄介な能力だ。今もこうして手が届かないところに逃げ込んだはずなのに、すぐに炙り出されてしまった。
ギーアは脱出する。
鉄巨人の尻から背に向かって弧を描くように急上昇、そのまま後頭部に一撃をいれようとして、
「!!!」
そこで一つ目の兵器と目が合った。
(――読まれた!)
後頭部から生えた大砲が火を噴いたのは、そのときだった。
真正面から飛んでくる弾はやけにはっきり見えた、などと思うのは悠長だっただろうか。
爆炎が全身を包む。
「が……!」
『カハハハハ! 虫けらみたいに飛び回るのも疲れるだろう……!』
黒煙を引いて山なりに墜落していくギーア。
その方に向かって振り返る鉄巨人は高らかに嘲笑し、
『打ち落としてやる!!』
バックハンドで長大な腕を振りぬいてきた。
肘からくの字に曲がった黒金の腕が、風を切って迫るのをギーアは漠然と見つめる。避けなければ死ぬ。そう分かっていても、虚をつかれて砲撃された体は鈍く重く、言うことを聞こうとしない。
(まっず……!)
痛みに思考が支配され、姿勢と両脚の機能が制御できない。早く風を噴いて飛ばねば、と意識だけが先走り、萎縮した体は縮こまって立ち止まったままだ。
巨腕はすぐそこだ。叩き飛ばされるだけではすまない。これは五体が粉々になるな、と諦めの境地を抱いてしまう。
やはりこの戦いには役者不足だったのだろうか、と思い、
「おいおいねーちゃん、何してんの」
下から跳んで来た、何か勢いのあるものに受け止められた。
それはそのまま鉄巨人の腕よりも高いところまで跳び上がり、戦場を広く見渡せる視界をギーアに与える。
ギーアは抱きとめられたのだ。逞しく硬い感触だったが、衝撃を和らげる確かな技術を持って迎えるそれは、まぎれもない人の腕と胸だ。
ぼやけた焦点を至近で結べば、そこには見知った顔がある。
「あ、あんた!」
「クザンっつーんだ。聞こえてただろ?」
墜落するギーアを抱きとめたのは海兵の1人、クザンだった。その風貌は一介の海兵然としたものだったが、サカズキやボルサリーノと肩を並べるところから、どうやら彼も中将の1人であるらしい。
クザンはギーアを抱えたままゆっくりと降下し、
「まさか海賊の一味だったとはな」
「いや、まあ成り行きというか……」
「とはいえ今相手してる余裕がないのは変わンないのよ。あのデカブツからバレットを引きずり出さなきゃならねェんで、引っ込んでてくんないかね」
「…………!」
その時、ギーアの脳裏に閃くものがあった。
自分を抱きとめるクザンの袖を掴み、
「――だったら私たちに協力しなさい!!」
思わず叫んだギーアの命令にクザンは目を丸くする。
「はァ? 何だって?」
「あのデカブツの動きをとめて! そうすれば私達でどうにかするから!!」
「バカ言ってんじゃないよ。なんで海兵が海賊の言うこと聞かにゃならんの」
「ダグラス・バレットを止めたいのは一緒でしょ! それぐらい手ェ貸してよ!」
「あのなァ……!」
ギーアの提案を呑もうとしないクザンだったが、しかし状況もそれを許さない。2人は今また、鉄巨人の手が届く高さまで降りてきたからだ。
『オオオオオオオォォォォォォ!!』
「っちィ!!」
振りぬかれた巨腕。
舌打ち一つ、クザンはギーアを上へと放り投げ、一人その身で拳を受ける。
「クザン!?」
両脚の噴射で滞空し、犠牲になったクザンを見下ろす。
しかしそこには打ち飛ばされた人はなく、代わりに砕けた人型の氷が飛散していた。そのうちの一つ、胴体のような氷塊が形を変え、人としてのクザンの顔になる。
「雑なことばっかりいいやがって! ……ヘマこいたら承知しねェぞ!!!」
「!」
“自然系”特有の、自然現象に変化して攻撃を受け流す回避術だった。答えるクザンの顔は、サングラス越しであっても分かるほどに憤然としている。
「デカブツを波打ち際に引き寄せろ!! そしたらおれの方で止める!!」
「……わかった!!」
了解とともにギーアは飛ぶ。向かうのは鉄巨人とこの沿岸を見渡せる高みだ。
寄せては返す小波は小高い岸にぶち当たり、飛沫を散らしている。鉄巨人が立っているそこから、数歩程度の距離がある。クザンの指示を叶えるならば、どうにかしてその分を鉄巨人に歩ませなければならない。
ギーアに出来ることは限られていた。
「やっぱ囮やるしかないかァ……!」
結局のところギーアに出来ることはそう多くない。周囲の攻撃の合間を縫い、あの巨体の周囲を飛んで注意をひくことが、現状できる数少ない意義のある行動だ。
不幸中の幸いは、まだ鉄巨人もこちらを狙っているということか。
「うわ……!」
数発の弾丸が顔を掠める。鉄巨人が顔から生やした銃が火を噴いたのだ。
身を翻して落ちるように飛ぶギーア。放たれる弾を避けるが、
『それで避けきったつもりか!?』
「ああもう! 厄介なんだから……!!」
頭だけではない。胸、肩、腕、体のいたるところから砲門が起立し、そして放たれる。
銃弾の弾はもとより、大砲や迫撃砲の巨大な砲弾、時には剣や槍そのものが撃ち出され、鉄巨人の向くところ、すべての空間を攻撃が埋め尽くす。ギーアはあらゆる鉄の造形をこの一時で網羅できたような気分で、必死にその合間へと体を滑らせた。
徹底した弾幕である。意識と内臓を置き去りにするつもりで飛翔するしかなかった。
「……うぷっ!」
全身の血と胃液が縦横無尽に押しやられ、意識が振り回される。速度はもとより、一秒以下の頻度で切り替えられる姿勢制御に、鍛えられた改造人間の体すら音を上げようとしていた。
だがここで諦めるわけにはいかない。
モリアを鉄巨人に近づく間をつくるため、鉄巨人の注意を引く必要がある。それにはクザンの手を借りて、あの巨体の動きを止めるしかない。
だからギーアは飛ぶのだ。
ここで諦めたら全てが頓挫する。
(やったろうじゃない……!)
既に天がどちらにあるのかすら見失った。
極限まで高めた集中によって頭がひどく熱いのに、手足は冷え切って重りのようだ。振り回すたびに風がまとわりつき、肩や腰からもげてしまうのではないかと思った。いや、今は手足があることさえわずらわしい。
弾幕を捉える意識だけが先行し、体が途方もなく鈍重に思える。
肉体という足手まといを伴い、それでも避け続けろ。
鉄巨人が放つ弾、砲弾、槍、剣、全てを避けろ。
敵が業を煮やすその時までしのぐのだ。
弾幕では落とせないと思わせろ。
その身にある拳を誘い出せ。
耐えろ、奔れ、奔れ!
「うぉ……!!!」
『羽虫みてェに飛び回りやがって……!!』
そしてついにその時は来た。
弾幕が止み、鉄巨人の長大な右腕が引き絞られる。
『いい加減、終いだ……!!』
構えられた腕がより黒く、強固に形を変えた。
覇気の一つ、武装色硬化の技だ。大地を砕いたあの一撃が来ようとしている。
弾幕をしのぎきったギーアは、全身から噴きだす汗をぬぐいもせず、その一撃を待つ。
(ここが……勝負よ……!)
敵に拳をふるわせ、踏み込みを誘発する。
それをもって鉄巨人を波打ち際に誘い込む。
この一撃をいなせるかどうか、ギーアの正念場がここである。
腕が引き絞られるまでの僅かな時間が、途方もなく長く感じられる。しかしそれは高められた集中が、時間を引き延ばして近くしているからに過ぎない。
一撃はすぐに来る。
『――“グレイテスト・ファウスト”!!!』
覇気の鉄拳が大気をぶち抜いた。
その巨大さに不相応の劣るべき速度が暴風を起こしながらギーアへと迫る。
(――死ぬ――)
終わる。ただその一言が思考を締めた。
視界の全てを覆い尽くす強大な攻撃を前に、諦めなければならないという義務感すらある。自らの終わりを確信し、全身から血の気が失せて冷感に支配される。
これが死に直面した者の境地か、ギーアはそう思った。
迫る。
当たる。
砕け散る。
一秒後に自分が辿る未来を見たような気さえする。
兵士として生まれ、軍事力として育てられ、脱走兵として今に至る生が終わろうしていた。
しかし、
(でも――)
そうだ。
(まだ――)
やらなければならないことが、
(――ある!!)
恩人によって情緒を与えられ、しかし苦しめられるだけの人生だった。
しかし今、ようやくやってみたい、見てみたいと思えるものに出会えたのだ。
図体相応に大言壮語を吐いてみせた、そのためにこの死地へ自ら臨んだあの男の夢。
志が折れる瞬間に立ち会って、しかし立ち上がって見せたあの男が口にした言葉。
その実現を見ずして終える悔いを、受け入れるというのか。
(いやだ!!!)
反骨は翼となってギーアを羽ばたかせた。
「ああああああああああああああああァァァァァァ――――――――!!」
叫びを置き去りにする速度。
女の体は流星となって地を目指す。
『ザコが! 無駄なあがきを……!!』
両脚が放つ烈風を最大出力、ギーアの体は一直線に降下して拳を潜り抜ける。
だが止まらない。
ギーアは止まらない。
弾より早く、矢より素早い速度は留まるところを知らず、穿たれた大気が描く幾つもの輪を潜っていく。機能を超える出力を持って、ギーアの加速は止まらない。
ただ一直線に、地を目指す。
鉄巨人の太い脚が立つ、巌でできた海岸を。
「“
意気に答えろ赤熱の一打。
奴の寄る辺を打ち砕け。
「――“
それは獲物を狩る鷲にも似た瞬撃。
左右同時に繰り出される掌底が鉄巨人の足元を粉砕した。
『ぬ……!?』
拳を繰り出すために踏み出した脚が足場が崩れれば、そこにあるのは姿勢の瓦解である。
始まりは傾くように、次第に腕を伸ばすように、そして最後は転ぶようにして、鉄巨人の体躯が前のめりに倒れていく。そうなってしまえば鉄巨人の行き着く先は、岸辺で白波をたてる波打ち際だ。
大音響、そして天高く水柱が立ち昇った。
『貴様、何のつもりだ……!!』
鉄巨人は拳として突き出していた腕を杖にして起き上がる。
その姿は近海に右腕と膝下を近海に浸すような形となっている。水柱が散らした海水が雨のように降る中、鉄巨人は怨嗟を込めてこちらへと振り返る。
これならいけるはずだ。
「クザン!!」
「ああ!!」
鉄巨人が身を起こす。しかし岸辺に這い上がるより、クザンが駆けつける方が何倍も速い。
駆ける男の両手から冷気の閃きがほとばしる。
「“
「!!!」
瞬きをする間もなかった。
鉄巨人を中心にして、一瞬にして近海が氷結する。
うねる波の形もそのままに、もはや白い荒野がそこにあると言ってもいいほどの光景がその場に現れた。強固で分厚い氷塊は光を通さず、きらめくように光を跳ね返している。
そうして固く凝結した海辺が鉄巨人を噛み締めた。
『何だとォ!?』
海水にまみれた鋼鉄の表皮が凍りつく。何より二本の長大な脚が氷結した波間に食われ、鉄巨人はその身動きを封じられる。お膳立てをしたとはいえ、一瞬であの巨躯を封殺せしめた能力に驚嘆を禁じない。
だがいつまでもそうしてはいられない。
「オイ! それでどうするんだ!? あのデカブツ相手だといつまでももたねェぞ!!」
体を覆う氷の皮膜はすでに砕け散った。
分厚い氷の大地と化した波間ですらいつまでも鉄巨人を留めてはいられない。鉄巨人が引き抜こうとするほどに軋みを上げ、亀裂は広がろうとしている。
間もなく氷結が砕かれる。機は今しかないのは明白だった。
「モリア――――――――――!!!」
「上出来だギーア!!!」
応えは傍らを駆け抜けた。
汗をしとどに流して倒れるギーアへそよぐ風、それは黒い巨体が走るがゆえに起こす風だ。
モリアだ。垣間見た凶相は喜色にゆがみ、勝機を逃すまいと四肢を滾らせているのが遠のく後姿からでも見て取れる。
向かうは凍てつく巨人の下。
ギーアの奇策を受け、クザンの拘束を受け、だがそれらを跳ね除けようとする巨躯へ走る。
「“影法師”!!」
モリアに追いすがる影が形を変えた。併走するように立ち上がるのは彼の似姿だ。
二つの黒い影が一丸となって鉄巨人へ迫る。
『てめェの小細工か! この程度でおれを倒せるとでも……!!』
「少しで良かったんだよ!!」
氷の粉塵を散らして動き始めた鉄巨人。その怒号にもモリアは臆さず吠える。
「少しの間動きが止まってくれれば良かったんだ……! てめェの“影”に近づければな!!」
「何ィ!?」
「……行け!!」
モリアは“影法師”へと命令を下した。
指差す先、鉄巨人のそれ相応に巨大な影へ跳べ、と。
かくして事は成される。
「――“影革命”!!!」