※胸糞表現注意
「ここまで本当によくやってきたわ、我が子よ」
少し遅れて廊下へやってきた人間に向き直って、Torielはそう話を切り出した。
「けれど……ちょっと辛いことをしないといけないの」
「辛いこと……? 何でしょうか?」
Torielの話に人間は少し首を傾げ、そう訊き返す。Torielは先に続く廊下を指し、話を続ける。
「この部屋は一人で進んでほしいの。……許してね」
「分かりました。それぐらいならなんて事はないですよ」
誰も頼りになる人がいないこの場所で突き放すような事を言っているにも関わらず、そんな不安なんてないように言って、人間はにっこりと笑う。今まで見てきた子供とは違う、大きなこの人間はどんな反応をするだろうと思っていたTorielは、その頼もしい言葉に少しほっとする。
(泣くことはないみたい。強い子ね)
今までの子供達の中には泣いてしまったりした子供も居たので、少し不安だったのだ。
この廊下を一人で移動させる理由は、もし一人になってしまった時………そして、万が一、彼女が
まぁ、此処からはもう出さないと、Torielは心に決めているのだが。
「それじゃあ、私は先に行くわね。貴女は少し待ってから来て頂戴ね」
「はい」
Torielの言葉に人間が頷いたのを見てから、Torielは早足で歩きだす。そうして廊下の先にある柱の陰に身を隠した。
三十秒程経った後、人間は歩き出した。その歩みに別段とおかしな所は無かった。それ所か何の躊躇いもなく進んでいく。
(…………一人でも、大丈夫そうね。良かった)
人間は泣くこともせず、歩いていく。その姿をみて、Torielは胸を撫で下ろした。それと同時に、奇妙な感覚を覚える。
(……あの子も、生きてさえいれば……)
こうして歩いて生きていく事が出来たのかもしれない、とまで考えて、はっとする。また自分が嘗ての娘の影を重ねていることに気付いて、そんな自分が嫌になった。
人間は真っ直ぐ道を歩き、Torielの隠れている柱の前までやってくると、Torielの姿を探すようにキョロキョロと辺りを見渡す。
「あれ、Torielさーん……?」
Torielの姿が見えないからか、不思議そうに呼び掛ける様子を見て、Torielは柱の陰から出ていった。
「心配しないで、我が子よ。大丈夫、傍に居たわ」
「あ、何だ、そこにいらっしゃったんですね」
Torielの姿を見た人間は、安心したように笑った。
「えぇ、私はただこの柱の後ろに居ただけよ。私を信じてくれてありがとう」
「いえいえ。着いたら姿が見えなくてどうしたのかと思いましたよ」
冗談めかして笑う人間に、Torielは微笑み返す。
「ところでこれって、何の意味があったんでしょうか」
突然行われたこの行動を疑問に思ったのだろう、人間がそうTorielに訊ねてくる。きっと訊かれるだろうな、と考えていたTorielは、考えてあった説明を口にする。
「あなたが一人で居られるかどうか、テストするためよ。私は今から用事があるの。それで、あなたは此処にいてほしいの」
「えっ……一緒に行っちゃダメな用事なんですか?」
「えぇ。ごめんなさいね……」
「………分かりました。じゃあ、待ってます」
一瞬目を見開いた後、他の子供達と同じような質問をしてきた人間に、Torielは謝罪を返した。何の用事か深入りせずにあっさりと引き下がった人間に、ほっとするToriel。
この用事とは、目の前の人間の歓迎会の準備だから、目の前の人間に知られる訳には行かない。
そんなサプライズを用意する為に、一度彼女から離れる必要があった。
「……あの、一応お尋ねしますが、先に進んだりとかは、しちゃダメですかね」
「ダメよ。一人で探索するのは危険すぎるわ」
おずおずとそう訊ねてくる人間の問いにぴしゃりと切り返すと、人間はそう言われることは大体予想できていたのか、ですよね、と言ってその場に座り込む。
「じゃあ、此処で待ってます。早めに迎えに来て下さいね」
「分かったわ。……あぁ、そうだ。携帯電話を渡してあげましょう。何かあったら、直ぐに連絡してね」
「はーい」
服のポケットに持っていた携帯を一つ出し、人間に渡しておく。これでもしもの時は連絡してきてくれるだろう、と思い、Torielは最後に念を押しておく。
「いい子にしてるのよ、分かった?」
「分かりました、Torielさん。いってらっしゃい」
「いってくるわ」
いい返事をした彼女のその笑顔を見て、Torielは背を向けて歩き出した。どんなものを作ろうか、どんなものなら喜んでくれるだろうか、と、そんな事を歩きながら考え、去っていく。
だからだろう。
――――後ろでその人間が、
およそ、十五分ほど経った頃だろうか。
徐に人間は立ち上がり、砂埃を払うと、Torielが出ていった出口の前に立った。
プルルル………プルルル………
「はい。………え? してませんよ! 大人しくしてます。……そうなんですね。……はーい、分かりましたー。それじゃあ、失礼します」
人間は突如かかってきた電話を手慣れた手付きで取ると、にっこりと笑いながら電話越しにTorielと話す。そして会話が終わると、その笑顔がすっと抜け落ちた。
「………いい子にしてて、ねぇ……はは」
そうして、少し笑うと、
ザシュッ
「ギャッ」
人間を驚かそうとしていたのか、はたまたただ通りがかっただけなのか、近付いてきていた蟲のモンスター――Whimsunを、ポケットにあったナイフで一閃した。
ナイフの鋭い刃がWhimsunの柔らかい身体を切り裂いた瞬間、その身体は塵へと変わり、冷たい床に散らばっていく。その様子を何の感情も無い目で、人間はぼんやりと見ていた。
「どんな皮肉だよ」
そうして、ぼそりとそう呟くと、塵に汚れたナイフを握った手をぶらんと不気味に下ろし、直ぐ傍らにあった部屋に入り込む。部屋に置いてあった籠の中にあった飴を鷲掴み、ポケットに詰め込んだ。その衝撃で籠が台から落ち、がしゃん、という音がして籠が引っくり返り、飴がばらばらと散らばった。地面に落ちた飴も数個拾い、ぼんやりと一つだけ手に取って眺める。そして何を思ったのか、可愛らしい包装を解き、口に含んだ。
飴を手に入れると、人間は部屋を出て、進むべき道の方を見た。そしてふらふらとした足取りで廊下の先の曲がり角に近付き、ひょいと覗き込むと、隠れて此方を伺っていたつもりだったのだろう蛙のようなモンスター――先程も殺したFroggitと目線が合った。
「ゲ、ゲロ………」
Whimsunを殺害する所を見ていたのか、Froggitはガタガタと震えながら人間を見上げている。少しずつ少しずつ逃げようと後退りする哀れなそのモンスターを見て、人間は口に含んだ飴を、ガリッ、と噛み砕き、ニッコリと嗤った。
「みぃつけた」
そうして、逃げ出そうと背を向けたモンスターの背中を足で踏みつけて動けなくし、ナイフを振りかぶった。
ザシュッ
「ギャァッ」
ザシュッ
何度かナイフを刺すと、Froggitの身体は動かなくなり、Whimsunと同じく塵となった。
「………あと、18匹」
目の前に出来上がった塵の山を、何の躊躇いもなく彼女は踏みつけ、足跡を残していく。
――――――――殺戮が、始まった。
Ruinsに住まうモンスターの命が、徐々に減っていっていることも知らず、Torielはせっせと材料を運び、料理に手をつける。
その人間は、歓迎してはいけない存在だということに気付かずに。
とある日記より抜粋
『Ruinsについて
そもそも、言葉としてのRuinsは廃墟とか遺跡とかの意味。Homeとも呼ばれていた。元々は戦争直後のモンスター達が築いた居住区だと思われる。増えたモンスター達は狭くなったRuinsを出て、地下を開拓しながら居住範囲を広げていった……というような内容が書かれた古文書のようなものがSnowdinの図書館にあった筈。
……そんな歴史ある所を、塵で汚すのか。
■り■く■■
いや、そんなことは言っていられない。私がやらなくては』