喩え、この身が業火に焼かれても   作:行方不明者X

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※原作にない描写があります


4.Care/Pain

「ああ、思ったより時間がかかったわ」

 

 

待たせている人間に時折好みを訊いたりして連絡を入れつつ、Torielは家事を進める。人間がこれから住むことになるだろう部屋の掃除を済ませ、デザートのバタースコッチパイをオーブンに放り込んだ所で時計を見ると、予定していた時間を大幅に過ぎていた。慌ててばたばたと支度をして居住地―――Homeを出て、今から迎えに行く、と伝えようと枯れ木の傍で電話を掛けた所で、

 

 

プルルル………プルルル………

 

 

此処では聞こえない筈のコール音が鳴り響き、Torielはぎょっとして音のした方を見た。すると、枯れ木の向こうにある筈のない人影を見つける。

 

 

「………あ、Torielさん」

 

 

「! まぁ、何て事!」

 

 

壁に寄り掛かる様にして、先程待っているように言った筈の人間が其処に居た。その出で立ちを見て、Torielは自分の血の気が引くのを感じた。人間は先程の優しく笑う姿からかけ離れ、ボロボロだった。耳元に宛がっていた電話を切り、慌てて駆け寄ってその身体を抱き寄せる。

 

 

「どうやって此処まで来たの、我が子よ!? ボロボロじゃない……!」

 

 

「あははは、ごめんなさい、待てませんでした」

 

 

「そうじゃなくて……!!」

 

 

へらへらと笑う人間の身体には、泥のような汚れと、傷が幾つも走っていた。傷一つ一つならそこまで深くは無さそうだが、如何せん数が多い。

 

 

(一体、誰がこんな事を……!!)

 

 

………分かっていた。

モンスター達が人間をどう思っているかは。何処までも憎んで、その命を狙っていることは。だから、この人間が傷付かないようにと、あそこで待っているようにTorielは言っておいた。だが、この人間は此処まで来てしまった。あそこから、出てしまった。

 

 

(私がもっと、早く迎えに行っていれば……!!)

 

 

「あの、Torielさん……?」

 

 

そんな自分への怒りに駈られ、Torielの顔が強張る。人間は、その顔をきょとんと見つめていた。

 

 

――――……その顔が、嘗て娘が怪我をして帰って来た時と重なる。

 

 

「……手当てを、しましょうか。歩けるかしら……?」

 

 

「え……はい」

 

 

胸の中にある怒りを抑え、ボロボロの人間に笑いかける。そして、傷に障らないように、支えながらゆっくりと歩く。そうして家に入ると、真っ先にリビングへと案内し、部屋のライトを点け、四人がけの椅子の一つを引いて座らせる。

 

 

「ちょっと待っててね」

 

 

「はい」

 

 

家の中をきょろきょろと見渡す人間から離れ、Torielは暖炉の炎を魔法で灯した。パイが焼ける甘い匂いも相俟って、こんな状況じゃなければほっと肩の力が抜けるような空気が部屋に広がった。少し心が落ち着いた所で、救急箱を取り出す。テーブルの上に箱を置き、蓋を開き、消毒薬、脱脂綿とピンセット、ガーゼ、絆創膏、包帯………人間の手当てに必要な物を取り出していく。

 

 

「あ、あの、Torielさん……? 包帯なんて大袈裟じゃ……そんなきちんと手当てされなくても……」

 

 

どんどん取り出されるそれらを見て、人間が遠慮がちにそうTorielに申し出る。

 

 

「駄目よ、しっかり手当てしなきゃ。……貴女は人間なのよ?」

 

 

「それはそうですけど……もしかして、知りませんか?」

 

 

「……何を?」

 

 

Torielが訝しげに訪ね返すと、人間は、ええと、と言って、ポケットから飴を取り出した。

 

 

「これ、廊下を出て直ぐの所で見つけたんですけど……これを食べると、魔法みたいに直ぐに傷が消えるんです。多分、人間の食べ物とは違うからだと思いますけど……なので、何か食べ物を下されば大丈夫ですよ……?」

 

 

だからそんな手当てされなくても、と遠慮する人間に、Torielはそんなことかと一つ息を吐いて、言う。

 

 

「………それは、私も知っているわ」

 

 

「えっ? ……なら、どうして……」

 

 

Torielの答えに目を見開く人間。意味が理解できなかったのか、質問を重ねてくる人間に、準備する手を止めて、Torielは答えた。

 

 

「それはね………心の傷の手当てになればいいかな、って、意味も込めてるの」

 

 

その言葉を聞いて、人間は更に目を見開く。

 

 

「……『心の傷』……ですか?」

 

 

そして、大きな手でピンセットを持ち、脱脂綿を取って消毒液を染み込ませていくTorielに対して尋ね返した。

 

 

「えぇ。確かに、食べ物を食べれば人間は回復するわ。それは私も分かっているし、この後お菓子を食べてもらうつもりよ。でもね、どんな魔法でも、その時心に受けた傷までは癒せない。

 

……一番最初に、仲良くお話するように私は言ったわ。それは、守ってくれたわよね?」

 

 

「え、………はい」

 

 

人間の前に膝をつき、手当てを始めながら話し始めたTorielから不意に投げられた問いに、人間は間を開けてから頷いた。

 

 

「なら、仲良くなろうと話しかけたのに攻撃されて、貴女は悲しかったでしょう? 自分はただ話しかけただけなのに、どうして、って。怖いと、思ったでしょう。その時背負った心の傷を、手当てをして、触れ合うことで、少しでも癒やせればいいな、って私は思うの。ほら、怖い夢を見たときとかに誰かの体温を分けてもらうと安心するでしょう? それを、私はやりたいの」

 

 

そこで、Torielは人間の腕を取ってパーカーの袖を捲る。パーカーの下にあった打撲傷と出来て間もないと分かる色をした痣を見て、顔を顰めてしまう。ただ話しかけただけなのに、こうして攻撃されて、どれだけ痛かったことか。その悲しみは、想像できない。

 

 

「あなたを傷付けたモンスター達には、必ず謝らせるわ。まだ怖いなら、会わなくてもいい。でもいつか私達はこわくない、仲良くなれるってことを分かってほしいの」

 

 

傷がない部分の肌を撫でながら、Torielはそう心の内を語った。その話を、人間はそれをただ黙って聞いていた。

 

 

「……都合のいいことを言っているのは分かっているわ。だって、傷付けたのは私の同族だもの。今だって、私が攻撃してくるかもしれないって、内心怖いのかもしれない。

でも、そう願うことだけは、許してほしいの」

 

 

Torielの言葉に、人間は俯いて沈黙を守ったままだった。突然こんな事を言われたってどうにも出来ないわよね、と思ったTorielは、汚れを拭ったりしながら腕や身体の傷をじっと観察する。

打撲傷と痣はVegetoid達の攻撃だろう、とTorielは当たりをつける。確か彼らの攻撃は野菜の形をしていた筈だから、それが当たったと考えられる。取り敢えずこれは湿布をしよう。次に目に着いたのは、何ヵ所かある火傷のような傷。これは確か火傷に効く軟膏を塗ろう。最も多いのは切り傷だ。()()()()()()()()()()()()()()()傷が多い。そこまで深くはなさそうだが、これは誰につけられたのだろう。とにかく、これは消毒して、包帯を巻かなければ。

 

―――この傷達を負った時、どれだけ痛かっただろう。

 

あれこれ考えている内に、ふと、Torielはそう考えた。その瞬間、Torielの心にどっと後悔が押し寄せる。

 

もっと早く迎えに行っていれば。

 

もっとキツく言っておけば。

 

いや、そもそもサプライズなんて考えずに、一緒に連れてくるべきだったのかもしれない。そうすればこうならずに済んだ筈なのに。その後、二人で一緒に料理を作ったりすれば良かったのに。

そんな思考が、Torielの心を満たしていく。

 

 

(………私の行動は()()()、こうして後手に回ってしまうわね)

 

 

そう心の中で自嘲し、Torielは人間に言う。

 

 

「………痛かったでしょう? 守れなくてごめんなさい……もっと早く、迎えに行くべきだったわね」

 

 

「! 違いますよ、これは私の所為です! 私が勝手に彼処から動いたから……自業自得、ですよ。Torielさんの所為じゃないです……」

 

 

Torielの後悔を滲ませた言葉に、固く沈黙を守っていた人間が弾かれたようにバッと顔を上げ、慌てたようにそう否定する。その言葉と表情を見て、Torielの心が少し軽くなった。その心の表れだろうか、ふっと悲しそうに笑ったTorielの顔を見て、人間は決まりが悪そうに、また俯いて黙ってしまった。気まずい沈黙が流れ、しんと空気が静まり返った。パチパチと薪の爆ぜる音だけが部屋に響く。

 

 

「……じゃあ、手当てしていくわね。少し染みるかもしれないけど、ちょっと我慢してね」

 

 

「は、はい……いっ、つつ……」

 

 

その空気を変えるように、Torielは一声かけてから傷の消毒を始めた。消毒液を染み込ませた脱脂綿を軽く当てると、やはり傷に染みるのか、少し人間が呻いた。

ある程度消毒を済ませると、傷口にガーゼをそっと当て、包帯をキツすぎないように、しかし緩すぎないように器用に巻いていく。きちんと包帯を巻いた後は、湿布を貼ったり、軟膏を塗ったりして、傷に然るべき処置を施していく。

 

 

「……これでよし、と。もうこれで大丈夫よ」

 

 

「……はい、ありがとうございました」

 

 

最後の包帯を巻いて全ての処置を終え、Torielは人間に笑いかける。人間はTorielに頭を下げ、処置するために脱いで隣の椅子に掛けてあったパーカーに腕を通そうとした。それを、Torielは止めようした。

 

 

「あ、それはまだ着ないでちょうだい。後で傷のところを縫ってあげますからね」

 

 

その言葉と共に、Torielはパーカーに手を伸ばそうとする。その手を、

 

 

!!! 触るなッ!!!

 

 

―――バチン、と。

 

 

怒号のような大声と共に、人間は叩き落とした。

突然のその行動に、Torielは大きく目を見開いた。

 

 

「………あ、ご、ごめんなさい……!!」

 

 

咄嗟の事だったのだろう、はっと我に返ったように目を見開いた人間は、Torielに頭を下げ、パーカーを抱き寄せる。

 

 

「…………これ、母の形見なんです……なので、あまり誰かに修理とかされるのが、好きじゃなくて………ごめんなさい……」

 

 

申し訳なさそうに告げられたその言葉に、そうだったのか、とTorielは思った。

母親の形見……ということは、母親は、死んでしまっているのだろう。そんなに大切な物なら、確かにまだ会って間もない存在、しかもモンスターに預けるのはしたくないだろう。しかもこの子は、先程モンスターに襲われたばかりだ。モンスターに対する警戒心だってあるだろう。拒絶されたのは少し悲しいが、拒絶するのも、無理はない。

そう納得して、Torielは笑みを浮かべた。

 

 

「そうだったの………確かに、それは触られたくないわよね。ごめんなさいね。じゃあ、今から針と糸を用意するから、自分でお直ししてくれるかしら。その間に紅茶とか、お菓子を用意してくるわ」

 

 

「………ごめんなさい、ありがとうございます。お願いします……」

 

 

まだ申し訳ないのか、Torielの提案に小さな声で頼み込む人間。本心は優しい子なのだろう、と思いながら、Torielは頷き、裁縫箱が置いてある自分の部屋へと移動する。部屋に入って棚から裁縫箱を持ち出し、リビングに戻ってそれを開き、針山、糸切り鋏、黄緑と黄色の糸、そして、未開封の袋に入った針を取り出す。

 

 

「これを使ってちょうだい。これが一番小さいのだけれど、どうかしら? 使える? 小さすぎるようだったら、もう一回り大きいものがあるけれど」

 

 

「いえ、これで大丈夫です。ありがとうございます」

 

 

袋に入れたまま針を渡し、針山達も傍に移動させる。取り出した針に手慣れた動きで糸を通す姿を見て、Torielはその針を渡した事を後悔した。

 

 

―――何故ならその針は、昔、娘がもう少し大きくなった時に裁縫を教えようと考えて用意していた針だったから。

 

 

どうしても、過去の娘を重ねてしまっていた。

 

 

「………あらやだ、こんな時間! パイが焦げちゃうわ! じゃあ、少し待っていてね。お菓子と紅茶を用意してくるわ」

 

 

その幻影から逃げるように、Torielは台所へと向かう。タイミング良く、丁度いい具合に焼けたバタースコッチシナモンパイをオーブンから手早く取り出し、ケーキクーラーの上に乗せた。次にやかんに水を入れ、火にかけて沸かしている間に、パイをホールから二切れ切り取り、皿の入っている戸棚から二つ用意した皿の上に一切れずつ乗せる。その上にホイップしておいたクリームを乗せると、パイの熱でクリームがとろりと溶け始め、パイを完成させていく。それが終わると、次は別の戸棚から紅茶のティーバッグを取り出し、用意しておく。他にもシュガーポットやティーカップとソーサーを用意し、一気に持ち運べるようにトレイに乗せた。

少し待って熱湯が沸いた所で熱湯を空のティーポットに入れ、蓋を閉じてゆっくりと回して温め、一度中身を捨てる。そうして先程用意したティーバッグを入れ、熱湯を注いだ。その瞬間、ふんわりと、花のいい香りが鼻を擽った。その香りで少しだけ心が軽くなる。

ティーポットの蓋を閉め、トレイに乗せて運ぶ。戻ってきた時には人間は裁縫を続けていて、パーカーの穴を器用にすいすいと縫い、塞いでいく。

 

 

「お茶の用意が出来たわ。ちょっと休憩にしない?」

 

 

「あ……はい。じゃあ、片付けますね」

 

 

Torielの提案に頷いた人間は、今縫っていた穴をささっと塞ぎ、糸の始末をしてピンクッションに針を刺す。Torielはトレイをテーブルに置き、ティーカップやシュガーポットを下ろしながら、人間が空いていた隣の椅子にパーカーを置いたりして片付けるのを横目で見ていた。

コトリ、と、焼きたてのパイの乗った皿を目の前に置くと、人間は一旦片付けていた手を止めて、目を真ん丸にしてそれを見た。そして自然に漏れでたのだろう、わぁ、というはしゃいだような声が小さく聞こえる。心做しか、暗く沈んでいた目が、きらりと輝いたような気がした。その子供らしい反応に、思わず笑みが溢れた。

全てトレイから下ろし、人間のティーカップに紅茶を注ぐ。そして自分のティーカップにもそれを注ぎ、向かい側の椅子に腰かけた。

 

 

「さぁ、クリームが溶けきらないうちに召し上がれ」

 

 

「……いただきます」

 

 

背筋を正してじっとパイを見つめている人間に、Torielが食べるように促すと、人間は見慣れない手を合わせる動作をした後、皿に添えてあったフォークを取って、パイを一口分切り取って口に運んだ。

 

 

「……どうかしら? 美味しい……?」

 

 

無言で咀嚼を繰り返す人間に、Torielはおずおずと訊ねる。咀嚼を終え、口にあったパイを飲み込んだ人間は、Torielの目を見て、

 

 

「すっっっっごい美味しいです!」

 

 

そう、弾けるような笑顔で笑ってみせたのだった。

その笑顔を見て、Torielはほっとして胸を撫で下ろす。

 

 

「なら良かったわ」

 

 

ぱくぱくと食べ進めていく人間の様子を見ながら、Torielも一口パイを頬張った。ふんわりとした優しい甘さが口の中に広がり、バターの匂いが鼻を抜けていく。

確かに、今日のパイは渾身の出来かもしれない。いつもより分量に気を配った甲斐があったものだ、とTorielは思う。

 

 

「! この紅茶も美味しいですね。いい匂い……」

 

 

「ふふ、でしょう? この紅茶とパイは相性抜群なのよ」

 

 

人間がシュガーポットから角砂糖を二つ程取り出し、紅茶に放り込んでかき混ぜ、一口紅茶を飲み、そう言った。その言葉に、Torielは微笑みながら頷き返す。

 

先程までの何処か気まずい空気が嘘だったような、ゆったりとした和やかなお茶の時間が過ぎていく。

 

人間がパイを食べ終わった時、ふと、人間が徐に腕の包帯を一つ外した。

 

 

「あ、治ってる……」

 

 

見ると、先程まで口を開いていた傷が無くなっていた。やはりモンスターの食べ物は人間には薬になるらしい、と再確認し、一口紅茶を飲んでからTorielは口を開く。

 

 

「治ったならもう外してしまいましょうか。自分で取れる?」

 

 

「あ、はい」

 

 

Torielの言葉に頷いた人間は、包帯やガーゼ、湿布などを自分で剥がしていく。その間にTorielは席を立ち、包帯達を処理するための袋を持ってきた。全て取り終わると、最後に取った包帯を見つめていた人間が、不意に口を開いた。

 

 

「……さっき、Torielさんが『心の手当て』をしたいって話をして下さったじゃないですか。その話を聞いて、まだ出会って間もない私にもそんな事をしてくれるのかと思ったら、凄く嬉しかったです。

ガーゼとかが無駄になってしまうのに、手厚く手当てしてくださってありがとうございました」

 

 

「! ふふ、どういたしまして!」

 

 

最後はTorielに深々と頭を下げてそう言った人間の言葉に、Torielは嬉しくなる。

あの話を聞いて、そう言ってくれた人間は居なかったからだろうか。自分のやった事が相手の心に響いてくれたようで、嬉しかった。

 

 

(……少しだけ心を開いてくれたかしら?)

 

 

そう考えながら、二人で包帯の山を袋に詰め、またお茶会を再開する。ティーポットに残っていたお茶を注いで飲むと、少しだけ冷めてしまっていた。

 

 

――――………お茶も全て飲みきり、手伝うと言っていた人間の申し出を断り、皿洗いを引き受けたTorielが戻ってきた頃、人間の針仕事も終わり、パーカーの穴が全て塞がる。人間が修復し終えたそれをまた着たのを見ると、Torielは微笑みながら話しかける。

 

 

「終わったみたいね? それじゃあ、順番が逆になってしまったけれど、あなたのお部屋に案内するわね」

 

 

「………私の、部屋?」

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

Torielの『あなたのお部屋』という言葉にきょとんとした顔をし、思わず首を傾げて聞き返す人間。そんな人間の手をそっと引き、Torielはリビングに繋がる廊下とは反対の廊下へと連れていく。人間はされるがままについていった。

 

 

「ここがあなたのお部屋よ。気に入ってくれるかしら!」

 

 

更に地下に続く階段のある広間を通り抜け、Homeの反対側へやってくると、一番手前のドアの前でTorielは足を止めた。

 

 

「ここでゆっくり寛いでちょうだい。私はリビングに居るから、一休みしたらいらっしゃい」

 

 

「分かりました。……何から何まで、ありがとうございました」

 

 

「いいのよ! それじゃあ、寛いでちょうだいね」

 

 

何度も頭を下げる人間に笑い返し、Torielは人間が部屋に入るのを見送ると、リビングへと戻る。そして壁に埋め込んである本棚から数冊本を取り出し、安楽椅子に座ると、老眼鏡をかけ、ぱらりとページを開く。

長い地下生活で何度も読み直し、内容を覚えてすらいる本ではあるが、今回はちゃんとページを捲って読みたかった。何故なら、これからは二人で読むことになるものなのだから。

 

 

(………こんな所に閉じ込めてしまうのは心苦しいけれど、きっと、彼女なら分かってくれる筈よね。だって、あんなにも優しい子なのだもの)

 

 

―――……そう、Torielは人間を、このRuinsから出す気は一切無い。

 

嘗て、娘と息子を喪った際、彼女の夫との話し合いで食い違いが起きた。

 

彼女の夫―――現在はモンスター達の王であるAsgoreは、『人間を殺すこと』を選んだ。それに対し、Torielは『人間を保護すること』を選んだ。

 

その食い違いが理由で離婚し、このRuinsに移り住んで以来、六人の子供達が訪れている。

 

その子供達を保護し、手厚くもてなし、その命を守ろうとTorielは働きかけてきた。

 

 

 

だが、その子供達は、全員Torielの手をすり抜け、Asgoreの元へといってしまった。

 

 

 

そうして。

 

 

 

その命を、そのソウルを、奪われてしまった。

 

 

 

Torielはその事をずっと後悔していた。自分があの子達を止められていれば、あの子達の未来は奪われずに済んだのではないかと。

 

だから今度こそ、絶対に守るために。

 

 

彼女は、もう誰もRuinsから出さないと決めたのだ。

 

 

『それでいいのか』とつきりと痛む心を見ないフリをして、『これが最善だ』と信じて。

 

 

自分の子供として育て、いつか老いて死が訪れるその日まで、この優しい箱庭に繋ぎ止め、閉じ込める選択肢を選んだ。

 

 

「……許してちょうだい、我が子よ……」

 

 

ぽつりと、口から溢れた言葉は、誰に、そして何に対する謝罪なのかは、Torielには分からなかった。

 

 

―――――……一方その頃、人間は、というと。

 

 

部屋に入った人間は、清潔に整えられたその部屋をぐるりと見渡した後、クローゼットを開けたりして、部屋の探索をしていた。クローゼットに納められているほぼ全ての服や、靴箱の中にあった靴のサイズは此処に居る人間には窮屈なものであり、極め付きにのベッドの下に置かれていた小さな箱の中に子供らしいヒーローものの玩具などが入っていたことから、この部屋を使っていたであろう()()が自分より小さい子供である事が容易に見て取れた。

 

 

人間はクローゼットを閉じると、隣の棚の上に置かれていた埃まみれの写真立てを手に取る。随分と古い、年季の入ったそれの中には、何の写真も入っていなかった。

写真立てを伏せて置き、手に付いた埃を払うと、人間はベッドに腰掛ける。そのベッドも、人間には少し小さいものだった。

ベッドの感触を確かめるようにシーツを撫で、人間はポケットから()()()()がついたハンカチが巻かれた何かを取り出した。それのハンカチを取ると、塵のようなもので少し汚れたナイフが姿を現した。

 

 

 

このRuinsに存在して()()命を、摘み取り、刈り取ってきたナイフだ。

 

 

 

………

 

 

ランプの明かりで鈍く輝く刃を、人間は何を考えているのか分からない冷たい瞳でぼんやりとそれを眺める。暫くそうした後、またナイフをハンカチで包み込み、立ち上がる。そして、見つかないように玩具箱の中に隠すと、ベッドに戻って中に潜り込んだ。体を横たえ、足を曲げる。最後にシーツと毛布を頭まで被り、

 

そして、

 

 

……あと、ひとり

 

 

たった一言、ベッドの中でそう呟くと、彼女は目を閉じ、眠りについた。






とある日記より抜粋


『Torielを攻略する作戦としては、何より私が怪我をすることが一番早いと思う。

もしこの顔がFloweyを騙せる程Charaに似ているのだとしたら、一度Charaを喪い、それから訪れている子供達も喪っている彼女の心理を考えれば、自分が守るべき子供が傷だらけでやってくるのは充分な打撃になるだろう。
となると、全てのモンスターから殺す前に一、二回程攻撃をもらうようにしておく必要がある。それでも傷が足りないようなら、自傷する他ない。ナイフの切っ先で少し傷付ければいいだろう。自傷なんてしたことがないから分からないが、きっと痛いんだろうな。

……いや、その程度の痛みぐらい、我慢しなければ。

…………あぁ、■■■■■■■。■■■■■■…………』
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