喩え、この身が業火に焼かれても   作:行方不明者X

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※大変長らくお待たせいたしました


※短いです


6.Shake Your Hands/DON'T Shake My Hands

ヒュオ、と肌を刺す冷たい風が吹く。扉を開けた先には、白銀の世界が広がっていた。それをぼんやりと見つめ、人間は一歩足を踏み出した。ザク、と踏み締められた雪を踏んだ時特有の感触が足裏から伝わってくる。どうやら目の前に広がっている白は、本物の雪らしい。

そのままRuinsから出ると、人間は背後にあった扉を閉めた。取っ手のない重い扉が完全に閉じられ、Ruinsへ立ち入ることは二度と出来なくなる。それをぼんやりと少しの間眺めてから、人間は徐に進みだした。

 

 

ザク、ザク、ザク。

 

 

ただひたすらに、人間は無言で歩いていく。他には誰もいない静寂に包まれた森に、歩く音が響く。

 

その人間を、後ろから見る影が一つ。

 

 

ザク、ザク、ザク、ぱきり。

 

 

突然、何かが折れる乾いた音が響く。道の上に有った太い木の枝が、人間が通り過ぎた後に突然折れたのだ。そう簡単に折れるような太さではない筈だったのに、と、普通の人間なら、驚いて振り向くぐらいのことはするだろうに、人間はそれに振り向くこともせず、ただ前に足を、進んでいく。決してその音が聞こえていない訳ではない。だが、人間は振り向かなかった。

 

 

ザク、ザク、ザク。

 

 

雪の上を、人間はただ無言で進む。そうして、人間はふと、門のような物の前で立ち止まった。

 

 

………ザクザクザク

 

 

それはきっと、誰も居ないはずの後ろから、足音が聞こえたからだろう。

 

 

ザクザク、ザク、ザク。

 

 

その足音は、着実に、後ろから人間に迫ってきている。だが、人間は逃げることなく、ただその場に立ち尽くしていた。

 

 

ザク、ザク、ザク、ザク、ザク。

 

 

ザクリ。

 

 

足音は、人間の直ぐ後ろまでやってきて、止まった。緊張感を孕んだ空気が流れる。

 

 

「――――人間」

 

 

沈黙を破り、後ろからやって来たそれが、人間に対して声をかける。

 

 

「ここでの挨拶の仕方を知ってるか?」

 

 

低く、静かな声で、それは人間に訊ねる。人間は、その問いに対して、ただ黙って首を横に振った。

 

 

「……そうかい。なら、こっちを向いて、俺と握手しろ」

 

 

人間の答えを見て、その声は、そう指示を出した。その指示に従って、人間はゆっくりと振り返る。そして、自分の目線より下から差し出される、白骨の手に手を伸ばす。

 

 

「………っ」

 

 

伸ばされた手はそっと、本当にそっと、白骨の手を握った。そして軽く握られたその手を白骨の手がしっかりと握り返すと、

 

 

ブォォォォ……プーウ

 

 

と、何とも間抜けな音がそこを起点に響いた。

 

 

「へっへっへ……ちょっと古い手だが、ブーブークッションさ。いつやっても面白いもんだ」

 

 

静かな森に響くその音に驚いたのだろうか、繋がれた手を見つめている人間に、後ろからやって来たスケルトンのモンスター―――Sansは、ニヤッと笑い、種明かしをしてやる。繋いだ手を離し、手の中にあるブーブークッションをひらひらと振った。そして、上げられた人間の顔を見て、眼孔を見開いた。

 

 

「………。あー……今のは笑うところだったんだが……」

 

 

「え、あ……ごめん。笑うよりも音に吃驚しちゃって呆けちゃった」

 

 

「いや、マジで謝られると余計に辛いんだが」

 

 

「えっ、ごめん……」

 

 

頬を掻きながらSansがそう言うと、人間ははたと目を瞬き、少し遅れて申し訳なさそうな顔をする。その反応に微妙な気持ちになったSansに、更に人間が謝罪を重ねた為、辺りに何とも言えない空気が数秒流れた。

 

 

(あー……どうしたもんかな)

 

 

Sansは人間を見て、少し考える。本来なら彼は割りと口と頭が回る切れ者なのだが、同時に人間に対して少しだけ複雑な感情を抱えている彼は、この状況と、人間の表情を見て、言葉を紡げなくなってしまった。

 

 

「………まぁ、いいさ。ユーモアのセンスは皆それぞれだからな」

 

 

どうにも変な空気になってしまった場を仕切り直すように、Sansは少し考えてから話し出す。

 

 

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はsans。スケルトンのsansさ」

 

 

「……Sans」

 

 

「おう」

 

 

じっと此方を見つめる人間に、Sansは名乗った。すると、人間はSansの名前を鸚鵡のように繰り返した。それにSansは頷いてやる。人間は、そう、と呟くと、Sansを見て、口を開いた。

 

 

「Sansは、どうしてここに?」

 

 

「ん? あぁ、俺はここで人間を見張る事になってるんだ。でも……まぁ……捕まえようとまでは本気で思っちゃいないさ」

 

 

当たり前の疑問を訊ねてきた人間に、Sansは答えてやった。そして最後に笑みを浮かべ、自分には今のところ敵意がないことを付け加える。

 

 

「だが、俺にはpapyrusっていう兄弟がいてな……あいつは熱狂的な人間ハンターなのさ。多分今も向こうにいると思うんだ」

 

 

その代わり弟はそうでは無いことを伝えると、人間は、ただ頷いた。

 

 

「あぁ、そうなんだ」

 

 

「……」

 

 

(―――……こいつ……)

 

 

その反応に、Sansは内心顔を顰めた。Ruinsでもきっと危険な目に遭ってきただろうに、あまりにも関心の薄い返事だった。

 

 

「あぁ、だから、いい考えがある。取り敢えず、その門みたいなのを通り抜けるんだ。これはpapyrusが作ったんだが、足止めにはどうも大きすぎてな。お前さんも普通に通れると思うぜ」

 

 

「うん、分かった」

 

 

その心は顔には出さず、Sansは人間を誘導してやる。Sansの指示に頷いた人間は、するりとその門のような物の間を通り抜け、向こう側へと渡った。その後をSansも付いていき、少し開けた場所まで歩く。

 

 

「急げ、あの都合のいい形のランプの裏……には隠れられそうにないから、あそこの俺の見張り小屋のカウンターの裏に隠れるんだ」

 

 

Sansのその指示に従って歩き出そうと一歩踏み出した人間は、ふと、前から聞こえてくる、ザクザクザク、という雪を踏み締める足音に前を見て立ち止まる。

 

 

「………あぁ、いや、その必要はなさそうだ」

 

 

人間が聞いている音と同じ音を聞き取ったSansは、直ぐ様指示を撤回した。

 

 

「じっとしてろ。大丈夫だから」

 

 

「うん」

 

 

そして、じっとしているように言っておく。その指示に人間が頷くと、直ぐにその足音の主が森の向こうからやってきた。随分と背の高いそのモンスターは、同じく長い足を忙しなく動かし、急ぎ足でその場にやって来た。

 

 

「よぉ、papyrus」

 

 

「SANS!!! もう人間を見つけたのか!??!」

 

 

そして、Sansの言葉も聞かず、目の前にいる人間を見て、森に良く通る声を響かせた。無視されたSansはやれやれと言わんばかりに首を軽く振ると、人間の隣に立って、背の高い赤いスカーフが特徴の自身の弟―――Papyrusと話す。

 

 

「あぁ。ついさっきな」

 

 

「本当か!?!? やったぁ!!!!」

 

 

Sansの返事に、どうやっているのかは分からないがまるで幼い子供のように眼孔をキラキラと煌めかせ、Papyrusはその場で大きく飛び跳ねた。そして着地すると、にっこりと笑った。

 

 

「これで解決だな!!!」

 

 

「おう、そうだな。じゃ、こいつは俺が責任を持って後から連れていくから、先に行っててくれ」

 

 

「分かった!!!!! サボるなよ!!!!」

 

 

「へいへい」

 

 

Sansの言葉に頷いたPapyrusは、最後に釘を刺し、鼻唄を歌ってご機嫌な様子で去っていく。揺れる赤いスカーフを巻いた背中が遠ざかっていき、完全に見えなくなるまで見送って、ふと、Sansは人間を見る。同じくその背を見送っていた人間の表情を見て、Sansの目がスッと細くなる。

 

 

「………。な、大丈夫だったろ?」

 

 

「……うん、そうだね」

 

 

いつまでもPapyrusが去っていった方向を見ている人間に、Sansは声をかけた。すると、人間はSansを見て、頷いた。人間の挙動をじっと見つめていたSansは、はぁ、と白い息を一つ吐くと、また笑った。

 

 

「じゃ、ここは見逃してやるから、papyrusが戻らない内に行けよ。多分今度は逃げられないぜ」

 

 

「………いいの?」

 

 

そうして人間に背を向け、そう言った。あからさまに見ないフリをしたSansの言葉に、人間は目を少し丸くし、 Sansに訊ねる。

 

 

「いーんだよ。ほら、さっきも言ったろ? 俺はpapyrusとは違ってな、お前さんを捕まえようとは考えてないんだ。そら、さっさと行った行った」

 

 

「……分かった。じゃあ、行くね」

 

 

「おう」

 

 

両目を閉じ、背中越しに人間にさっさと行くようにと追い払うハンドサインも付け加え、Sansは人間に先を急がせる。後ろにいる人間の表情は分からないが、素直にSansの言うことに従ったらしい。了承の返事の後、雪を踏んでいく足音が遠退いていく。

 

 

 

「……なぁ、これはここだけの話だがな」

 

 

人間が見張り小屋の前を通り過ぎ、森の中へと入っていこうとしたその時、Sansは徐に口を開いた。その言葉を聞いて、人間は立ち止まる。お互い振り返ることはせず、Sansはそのまま、人間に向かって、言葉を投げた。

 

 

 

 

 

 

「それ以上はやめとけ」

 

 

 

 

 

 

――――……しん、と森が水を打ったように静まり返る。

 

 

空気がピリピリとした緊張感を孕んだものへと変わる。

 

 

「自覚してないのかもしれないが、お前、随分と酷い顔してるぜ」

 

 

後ろから投げ掛けられる視線を感じながら、Sansは人間に教えてやる。思いもよらない言葉に思わず振り向いてSansを見た人間の表情は、驚愕に染まっていた。

 

 

「………今ならまだ引き返せる。ここでやめとけ。お前には、無理だ」

 

 

Sansは振り返らず、ただそれだけを告げると、そのまま歩き出した。ザク、ザク、と雪を踏み締める音を立てて、Sansはゆっくりと歩いていく。そして、人間が瞬きした一瞬の間に、その後ろ姿は消えた。あのゆっくりとした足取りでそんな事は本来なら有り得ない。Sansが所持する魔法が発動したのだろう。

暫く誰も居なくなったそこを見つめていた人間は、何かを言おうとして口を少し開き、結局何も言わずに口を引き結ぶ。周りの空気に冷やされて白くなった空気だけが吐き出された。人間は前を向き、また歩き出す。

 

 

人間のその手は、血の気が失せるほどきつく握られ、震えていた。

 

 

「…………無理に、決まってるでしょ……」

 

 

誰に言うでもなく呟かれた言葉は、誰に聞かれる事もなく森の静かな空気の中に紛れていった。




とある日記より抜粋


『Torielの次は、Papyrusだ。

PapyrusはSnowdinのボスモンスター。Sansとは対照的な高い身長と、赤いスカーフが特徴のスケルトン。英語での彼の台詞が全て大文字だったことから、かなり大きな声で話すキャラクターだと思われる。そんな彼の夢はUndyneが纏める騎士団、ロイヤルガードに入ること。彼の部屋の家具とかを知っているからかもしれないが、ヒーローや戦隊ものに憧れる小さい少年のようだと思う。性格はお人好し、という言葉がよく似合うだろう。

何せ、皆殺しをしてきた主人公にさえ慈悲をかけるのだから。

彼については、特に対策は考えなくてもいいだろう。彼を殺すチャンスは必ずやってくる。……ゲーム通りに進むならの話だが。もし、イレギュラーでSansが彼の殺害を邪魔をしてきた場合……それについては、別途作戦を練っておくべきだろう。

………ゲーム通りに進むなら、彼は、私にも慈悲をかけてくれるのだろうか。

………■■■■■■……』

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