喩え、この身が業火に焼かれても   作:行方不明者X

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※大変お待たせいたしました

※残酷な描写があります

※長いです


8.Play With Me!/Sense of guilt

「おっれさまPapyrusてーんさーいさー♪」

 

 

そんな鼻唄混じりに人間を捕らえるための罠を準備するのは、上機嫌なPapyrusだった。

パズルに仕掛けた罠を念入りにチェックし、ちゃんと起動するかもチェックし、人間に渡す宝玉をピカピカに磨き上げる。

 

 

「ふんふんふーん♪」

 

 

宝玉を覗き込んで曇り一つ無いことを確認すると、Papyrusは大事に宝玉を仕舞った。

 

 

「よぉ、兄弟。随分とご機嫌だな」

 

 

「! SANS!」

 

 

そこへ、また後ろからSansがやってきた。Papyrusに歩み寄った彼は、人間が道の向こうからやって来るのを今か今かと待ち続ける弟をじっと見て、口を開いた。

 

 

「………そんなにアイツが来るのが楽しみか?」

 

 

「ニェ?」

 

 

Sansの突然の問いかけに、Papyrusはきょとんと眼孔を瞬く。

 

 

「なんだ、突然? 当たり前だろう!! 人間を捕まえれば、俺様は晴れて人気者になれるんだからな!」

 

 

「あー、そうだったな」

 

 

一瞬胡乱げな視線をSansに向け、そして堂々と胸を張って夢を語るPapyrusに、Sansはかりかりと頬を掻いた。やはり自分の弟は変わらないな、と。

 

 

「………それに」

 

 

「? それに、なんだ?」

 

 

そんな事を考えていると、ぽつり、と、小さな声が降ってくる。Papyrusのその言葉をSansは聞き逃さなかった。咄嗟に聞き返すと、Papyrusは俯き、小さな声で、

 

 

「……人間が、パズル好きな良い人間だったら、いいなぁ、なんて……」

 

 

「!」

 

 

そんな事を言うものだから、Sansは眼孔を見開いてしまった。

 

 

「あ! いや、えっと、そ、そのだな! 友達になってみたいとか、そんなんじゃないぞ! 俺様に捕まる前の最後の楽しみとして用意しているだけだからな!!!」

 

 

「……heh heh。あぁ、分かってるぜ、兄弟」

 

 

Sansのその反応を見て、まずいことを口にしたと思ったのだろう。慌ててPapyrusは先程の言葉を誤魔化そうとする。そんな彼の言い訳を、特に追求することなくSansは受け止めた。その言葉に誤魔化せたと思ったPapyrusは目に見えて安堵した様子を見せた。

 

 

(………残念ながら、それは叶いそうにないぜ)

 

 

Papyrusのその様子を横目で見ながら、Sansは心中でそう返した。

 

 

「……ところでSANS。俺様な、さっき一通りパズルを点検してきたんだ。それで、SANSに任せたパズルが何処にも見当たらなかったんだが……何処にあるんだ?」

 

 

「あ。あー、それは……」

 

 

徐に話が切り替わり、PapyrusはSansにそう訊ねる。ぎくりと肩を揺らし、返答に詰まるSansに、Papyrusの眼孔が次第にキツく細くなっていく。

 

 

「用意してはあるんだが、まだ組み立ててないんだ。組み立てようとするとどうにも骨のないパズルになっちまってな。骨だけに」

 

 

「SANS!!!」

 

 

そう言っておどけて誤魔化してみようとすると、Papyrusの眼孔がキッと吊り上がった。Sansの返答に怒り出したPapyrusの怒鳴り声に混ざって、ざくり、と、小さく雪を踏む音がする。

 

 

「それ、前にも言ってただろ! つまり、作業が進んでないってことだよな!!??」

 

 

「まぁ、そうとも言うな。ボーンヤリしてたぜ。骨だけに」

 

 

「SAAAAANS!!!!」

 

 

その音を聞かなかった事にして、SansはPapyrusを茶化す。自分は真面目に怒っているのに、ギャグまで混ぜて茶化してくる兄の態度に、更にPapyrusは声を張り上げ、ぼすぼすと地団駄を踏んだ。

 

 

「お前は本当に怠け者だな!! 一晩中昼寝してただろ!!」

 

 

「それは普通さ、睡眠って言わないか?」

 

 

「言い訳、無用だ!」

 

 

怒りを顕にするPapyrusの揚げ足を取るSansの言葉をぴしゃりと切り捨て、Papyrusは腕組みをしてぷいっとそっぽを向く。彼が怒っているときにする癖だった。そうして向けた視線の先で、Papyrusはいつの間にか人間がパズルの入り口に佇んでいる事に気が付いた。

 

 

「オーホー! 人間が来たぞ!」

 

 

人間の姿を見つけたPapyrusは、先程までの怒りは何処へやら、ぱっと顔を輝かせ、人間へと向き直った。

 

 

「お前を止めるべく、俺様達はパズルをいくつか作ったのだ! このパズルを見ればお前は、ショックを受けることだろう!!!」

 

 

そして胸を張って、大きく身振りをしながら、Papyrusは人間に語りかける。そんなPapyrusの声が森に響く中、人間は俯いたまま小さく口を動かした。そして、ゆっくりと足を動かす。

 

 

「なぜならな、このパズルは……」

 

 

踏み出された足は、まだ起動していないパズルの上へと置かれる。Papyrusはまだ話の途中だと言うのに動き出した人間に動揺し、思わず眼孔を見開く。

 

 

「なんと、見えない……」

 

 

そのままゆっくりと此方に進んでくる人間に、それでも説明を続けようとするPapyrusの声がどんどん小さく萎んでいく。そして、人間がパズルの半分程の所まで進んできた所で、言葉が止まってしまった。

 

 

「えええええええ………?」

 

 

人間のあんまりな行動に、いくら寛容な彼でも二の句が告げないようだった。困惑した彼は、思わずSansに助けを求めるように視線を寄越したり、そこに立って動かない人間を見たり、彼方此方に視線を彷徨わせる。

 

 

「うーむ……」

 

 

そして、腕を組み、考え出す。人間の行動を理解しようと、うんうん唸って思考を回す。

 

 

(人間はどうしてこんなことをしたんだろう……? パズルぐらいは知ってるんじゃないかと思ってたんだが、違うのか?)

 

 

Papyrusが知っている『人間』という種族は、色々とあるものの総合して表すなら『自分たちモンスターと同じくらいの高い知能を持つ種族』というものだった。図書館にある辞典や本に書いてある事をよく読み込んだ結果、Papyrusの中ではそういう結論に落ち着いた。

 

 

(そう言えば、本には人間の文化については全然書かれていなかったような……)

 

 

ふと本の内容を思い返し、Papyrusはそう気付く。そして、ピン、と思い付いた。

 

 

(もしかして、人間の文化には『危険なパズルを解く』ってことが無いのか? そうだ、そうに違いない! よし、なら俺様が教えてやらなければ!)

 

 

モンスター同士でもたまに種族間で文化の違いがある事を思い出し、きっと人間とモンスターとの間でもそういう違いがあるのだろう、だから分からないのだろう。

そう考えたPapyrusはゴホンと一つ咳払いをして、人間に語りかける。

 

 

「人間! お前はこの先、カルチャーショックを受けることだろう」

 

 

そう前置きをして、彼はまるで子供に教えるように優しく語る。

 

 

「いいか、俺様がいた場所ではな、これが良き伝統なんだ。特に理由もなくおっかないパズルを切り抜けるのがな」

 

 

本当に人間を捕らえたいだけなら、別に語る必要もない筈の説明を、Papyrusはつらつらと言葉にする。これは彼が誰にでも優しい性格であることと、常日頃から彼の上司であるとある紅い髪の魚人のモンスターから教えられている『例えどんな敵だろうと正々堂々と戦う』という教えを素直に守っているという事もあるが、彼が『人間と友達になりたい』という願いを持っていることも起因していた。

しかし、その言葉を聞いているのか否か、人間は微動だにせず、ただそこに立ち尽くしていた。

 

 

「だから、えー、ちょっとそっちに戻ってだな……」

 

 

「…………」

 

 

人間がそんな様子では、流石のPapyrusも為す術もない。何度か言葉を続けようと口を開閉したものの、人間が態度を変える様子が無いのを察し、完全に口を閉ざしてしまった。

 

 

「ハァ………なんでパズルが好きな人間に会えなかったんだろ???」

 

 

結局は、Papyrusは大きな溜め息を吐いて、明らかに落胆した様子で人間に背を向けた。

 

 

(あーあ、せっかく頑張って作ったのになぁ……)

 

 

期待していた分、人間が想像していたような『人間(やさしいひと)』ではなかったことのショックが大きいのだろう。そう考えながら、彼はしょんぼりと肩を落とし、とぼとぼと雪道の先へと去っていった。

そんな彼を追い掛けるように、人間もゆっくりと歩き出す。

 

 

「………アンタ、これで本当にいいのか?」

 

 

進もうとする彼女に声をかけて足を止めさせたのは、またしてもSansだった。

 

 

「なぁ、俺の声が聞こえてないわけじゃないんだろ。このまま本当に進み続けるつもりなのか?」

 

 

ただ黙したままの人間に、Sansは言葉を投げ掛ける。しかし、その言葉にも、人間は何の反応も返しはしなかった。Sansを無視して、人間は進んでいってしまった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

人間が静まった森を一度抜け、見晴らしの良くなった崖の上を歩いているうちに、次のパズルの場所に辿り着いたPapyrusは、既に先に来ていたSansと合流する。

 

 

「よう、遅かったな、兄弟」

 

 

そう言ったSansに対し、自分の方が先に歩き出した筈なのにどうしてもうここにいるのだろう、とはもう感じなくなっていた。

 

 

「Sans、また近道を使ったんだな? いい加減俺様にも使い方を教えてくれ」

 

 

「heh、あぁ、また今度な」

 

 

「またそれか………」

 

 

確か前にもSansが使う近道について訊ねた時もこんな返答をされたことを思い出したPapyrusは、思わずじとりと兄を睨む。そんな事も気にせず、Sansは隣に立ったPapyrusにふと訊ねる。

 

 

「なぁ、Papyrus。人間の相手、キツくないか?」

 

 

「ニェッ?」

 

 

「あー……兄弟が思うような人間じゃなかっただろ?」

 

 

意図が読めないSansの問いに首を傾げたPapyrusは、何を言ってるんだ、と言わんばかりの顔をする。

 

 

「いや、別に……? 確かにパズルが好きじゃなかったのは残念だけど、俺様、アイツを捕まえないといけないし?

 

それにパズルが好きじゃないからって、悪いヤツだとは限らないだろ?」

 

 

「………そうか」

 

 

ただ、あっけらかん、と。

明らかに嫌な態度を取った人間に対して、そう言ってのけた弟に、Sansはぽかんとしてしまう。あぁ、眩しいな、と、改めてSansは感じた。

 

 

(あんな態度を取った人間を、まだ悪いヤツじゃないって、信じてるのか)

 

 

俺だったら無理だ、とSansは思う。自分の努力を無駄にした相手を、そんなに真っ直ぐに見つめる事なんて。

そんな事を話していると、直ぐに人間が追い付いてきた。今度は直ぐに人間に気が付き、声を張り上げる。

 

 

「人間!!! 心の準備はいいか……」

 

 

呼び掛けようと声をあげようとして、目の前にパズルらしきものが無いことに漸く気付いた。話に気取られて忘れてしまっていた。

 

 

「SANS!! パズルはどこだ!!!」

 

 

「そこにあるだろ。地面の上に」

 

 

怒鳴るPapyrusに、Sansは地面の上を指差す。その先の地面を見ると、紙が一枚、ぺらりと置いてあった。それだけじゃないか、と言おうとしたPapyrusを手で制し、Sansは笑う。

 

 

「まぁ見てな。これを知らん顔するなんて不可能だぜ」

 

 

Sansにそんな訳ないだろう、と言いたげな顔をするPapyrusは、人間の方を見て驚愕する。地面に置いてある紙切れをじっと見ている姿に、思わず口をあんぐりと開いてしまった。

興味を無くしたのか、暫くしてからまた此方に向かってきた人間を見て、Papyrusは叫ぶ。

 

 

「どうなってんだ!!! ちょっと止まったぞ!?!!?」

 

 

愕然とするPapyrusに、Sansは少し笑った。

 

 

「言ったろ。ワードサーチが嫌いな奴はいないからな」

 

 

「なんてこった!!! こんなんでやってられるかっつーの!!!」

 

 

Sansの返答に憤慨したPapyrusはぼすぼすと早足で去っていってしまった。その場にはまたSansと人間が取り残される。

その場に、長い沈黙が流れる。

 

 

「……やっぱり、アンタは、」

 

 

その沈黙を破り、Sansが人間に話しかけようとしたが、人間は何も答えずに足早にその横を通り抜ける。その姿を見送って、Sansは溜め息を吐いた。言葉も虚しく進む人間の手をちらりと見て、Sansは歯噛みする。そして人間とは真反対の方向へと歩き出す。そして、パチン、と一つ指を鳴らした。その音が響くと同時に、Sansの姿は森から掻き消えた。

 

 

ざく、ざく、ざく

 

 

人間は、進む。深くて寒い森の中を、ただ黙々と。Papyrusが罠として置いたパスタも、自身の冷えていく体温も、何もかも気付いていないかのように無視して進んでいく。

 

 

「ん? なんだおまえ、どこの」

 

 

その歩みの先にいたニ体のモンスター達は、ただ楽しく談笑をしている自分達に近付いてくる人間に気付いて、その見慣れない姿に訝しげに首を傾げる。そして、警戒はしているものの、だが何処か油断したまま近付いて、

 

 

ザシュッ

 

 

「ギャッ」

 

 

抵抗すら出来ないまま、横一文字に切りつけられた。切られたモンスター――――Ice Capの大きな頭に乗っていた、自慢の大きな氷で出来た氷柱のような帽子が切られた衝撃で地面に転がった。少し遅れてIce Capの体も雪の上に崩れ落ちる。そして、ざらり、とその体が塵へと変わり始めた。同時に嫌な臭いがそこから立ち上ぼり始めた。

 

 

「………は?」

 

 

絡みにいったIce Capを面倒くさそうな顔で見ていた宇宙人の典型例のようなモンスター―――Jerryは、たった一瞬にして、目の前で友が物言わぬ塵へと変わった光景に、目を見開くことしか出来なかった。

 

 

「は、いやいや、え……?」

 

 

突然の事に思考が追い付いていないのか、Jerryは呆然として、その場を動けなかった。その隙を突かれて、

 

 

ザシュッ

 

 

「ぷぎゃッ」

 

 

そのゼリー状の柔らかい体を、縦に切り裂かれてしまっていた。二つに別れた体が雪の上に落ちる。塵へと変わり始めるそれを、人間は踏み潰して進んでいく。ぶちゅりという粘着質な音を立て、辛うじて形を保っていたゼリーが無惨に潰れた。

そのまま人間は道を進む。その先々には人間を通さないための罠が仕掛けられていて、そう易々とは進めないようになっている……筈だった。

この先に待つ突き出る針山の罠を解除しようとスイッチを押しに行くと、既にもうその罠は解除してあったのだ。

 

 

罠のスイッチは、植物の蔦で押し下げられていた。

 

 

「………Floweyか」

 

 

深い雪の中で本来見る筈の無いその蔦を見て、人間は誰が先回りして罠を解除しているのかを理解する。そして舌打ちを一つして先を進んだ。

何度かモンスターに出会い、そして殺して回りながらも、Floweyが先に罠を解除しているお陰で随分と楽に先に進めた人間は、崖の小さな桟橋に差し掛かる。すると、反対側から足音が二つ聞こえてきた。その音に顔を上げて見ると、黒いフードを深々と被り、大きな斧を背負った犬のモンスターが二匹、此方へと歩いてきていた。Snowdin一の熱々カップルであるDogi夫妻である。

二匹は足並みを揃えて人間の前までやって来ると、ピタリと足を止める。そして、スンスンと鼻を動かした。

 

 

「何のにおいだ?」

「どこのにおいかしら?」

 

 

不明瞭な景色の中で自身の鼻が捉えた臭いの元を探そうと、二匹はじっくり辺りを見渡す。しかし、本来犬の視力は良い訳ではなく、彼等もまた、生まれつき視力が悪かった。

 

 

「においの元がいるなら……」

「……私たちの元においで!」

 

 

視界では見付けられないことを直ぐに悟った彼等は、自慢の嗅覚で見付けようと辺りを嗅ぎ回る。地面に鼻を付け、雪の上に散らばる様々な臭いを嗅ぎ分け、ふと、知っている臭いを見つけた。

 

 

(なんだ、この臭い……?)

(どうしてこんな臭いが……?)

 

 

しかしその臭いは、何かが燃えた時のような嫌な臭いに、街の子供達の臭いと自分達と同じくSnowdinに配属されているDoggoとLesser Dogの臭いが混ざった、異様な臭いだった。その臭いの中に、昔に嗅いだ臭いを察知する。

 

 

人間の臭いだ。

 

 

「ふうむ……ここから怪しいにおいがするな……なんだか、とても排除したくなるにおいだ」

 

 

その人間の臭いを辿り、彼等は人間の前へと戻ってきた。そして、目の前にいる存在を警戒しながら、背中の斧に手を掛ける。

 

 

「……排除するわ!」

 

 

そう妻のDoggeresaが叫ぶと同時に、二匹は斧を掴み、振り下ろした。振り下ろした勢いでフードが脱げ去り、二匹の顔が露になった。人間は真上から迫る二つの刃を、前に大きく一歩踏み出して避ける。そしてくるりとその場でターンし、振り向き様にDoggeresaの腕を大きく切り付けた。

 

 

ザシュッ

 

 

「うッ、ぐ」

「貴様、よくも妻を!! 逃がさないぞ!」

 

 

しかし踏み込みが浅かったのか、切っ先は皮膚を深く切り裂けず、Doggeresaは少しよろめいただけだった。だがそれを見て、夫のDogamyが大切なパートナーを傷つけられた怒りを込めて咆哮する。そしてその怒りのまま斧を振り回す。夫の攻撃の隙を埋めるようにDoggeresaは追撃を加えていく。夫婦の絆で繋がった息の合った攻撃の合間を、人間は紙一重で避けていく。一歩一歩避ける度に足場が狭くなっても、避け続けた。

 

 

ズバッ

 

 

それでもニ対一という差は大きかったのか、Dogamyの斧が人間の右腕を掠める。腕を切断するまでには行かないものの、人間は深い傷を負った。びちゃりと赤が雪の白の上に散らばる。

 

 

「ぐッ」

 

 

苦悶に満ちた声をあげながら、人間は後退する。そして、攻撃が当たって出来た一瞬の隙を突いて、反撃に転じた。

 

 

ドスッ、ズパッ

 

 

「ああ゛ッ」

「Dogamy! おのれ!!」

 

 

腕の関節部に深々とカッターナイフが刺され、そのまま切り上げられる。Dogamyの腕に一条の傷が刻み付けられた。先程のお返しと言わんばかりのその攻撃に、Dogamyは腕を押さえてふらふらと後退する。

夫が傷付いた事を察知して更に怒りを募らせたDoggeresaは、斧を大きく振り上げ、地面に叩き付けるように振り下ろした。大振りなその攻撃を人間は意図も容易くひらりと避けてしまうと、自分の傷を左手でぐちゅりと握り、ベッタリと自身の血を付着させ、Doggeresaの鼻に勢い良く押し付けた。

 

 

「ギャンッ」

 

 

勢いで鼻の中にまで入り込んだ血の、生臭くて鉄臭いあの臭いが鼻の中に多量に入り込み、Doggeresaの嗅覚を奪う。一番重用していた感覚を奪われ、Doggeresaは咄嗟に鼻を押さえ、よろめき、四歩ほど後退する。

 

 

「Doggeresa!」

「あぁ、あなた! あなたはどこ? そして人間はどこにいるの!? 嫌な臭いが鼻の中でいっぱいで、分からないのよ!」

 

 

Dogamyが妻を呼んでも、妻は更に混乱して辺りを見渡しただけだった。

 

 

(まさか嗅覚を………! まずい!)

 

 

妻の言葉から嗅覚を潰された事を察したDogamyは冷や汗をかく。彼等は普段から嗅覚と聴覚を使って仕事をこなしている。目がほぼ見えていないのにも関わらず、人間を攻撃する事が出来たのも臭いを辿り、雪を踏む足音を聞いていたからだ。しかし、どうやらその戦法は人間にバレてしまったらしい。人間から流れ出す血の臭いを利用され、その重用している感覚の片方を潰され、Doggeresaは人間の臭いを嗅ぎ取れず混乱し、人間の位置を見失ってしまった。

 

 

(だが、まだ聴覚は残ってる! なら、声を掛け続ければ……!)

 

 

直ぐ様混乱する妻に人間の正しい位置を教えようと、Dogamyは口を開いた。

 

 

その隙が、命取りだった。

 

 

ドッ、ズバッ

 

 

三度目の攻撃が、Doggeresaの体に―――人間であるなら心臓があるであろう場所に、深くカッターナイフを突き刺し、斜め上にDoggeresaの体を切り裂いた。

 

 

「Doggeresa!!」

 

 

Dogamyの動き掛けていた口から、悲鳴のような叫び声が響く。攻撃の衝撃を受けて姿勢を崩したDoggeresaは、一歩後ろに足を出して踏み留まろうとする。しかし、足を置いた場所は運悪く崖の淵だった。いつものDoggeresaであったなら、崖に追いやられるような事は無い。だが、今のDoggeresaは強敵と戦っており、尚且つ瀕死の重症を負っていて、足場を気にかけている余裕が無かった。故に、

 

 

「えっ?」

 

 

足を置こうとして、そのまま踏み外してしまった。

ぐらりと体が傾き、宙に放り出される。

 

 

「Doggeresa!!!」

 

 

まさか踏み外すとは思っていなかったのだろう。目を見開いて落ちていこうとする妻の手を、Dogamyは人間を押し退け、寸での所で掴んだ。

 

 

「しっかり掴まっててくれ、Doggeresa! 今、引き上げるから……!」

 

 

ぶらりとぶら下がったDoggeresaを、Dogamyは引き上げようと両腕に力を込める。だがそんな彼を阻むように、右腕に付けられた深い傷がズキリと痛んだ。

 

 

「う、ぐっ………なんの、これしき……!!」

 

 

力を込める度に体に走る痛みに耐えながら、Dogamyは妻を崖から引き上げようとする。この手を離せば、妻は崖下に鎮座する大岩に体を打ち付けられる。そんな事になれば、妻は塵になってしまう。それだけは有ってはならないと、呻きながらも力を込め続ける。しかし力が入りきらないのか、Doggeresaを引き上げることが出来なかった。

 

 

「あなた! 私の事はいいから、手を離して……!!」

「何言ってるんだ、出来るわけないだろう!?」

 

 

自分を助けようとして痛みに呻く夫に、Doggeresaは我慢ならなかった。ぎょっと目を見開いてDoggeresaの提案に首を横に振った夫に、妻は微笑みかける。

 

 

「……もう、体に力が入らないのよ」

 

 

そう言ったDoggeresaの反対の手から、握られていた斧が滑り落ちる。傷口から、嫌な臭いが立ち上ぼり始めた。Dogamyはその嫌な臭いを知っている。

 

 

モンスターの死の臭いだ。

 

 

「引き上げられたところで、助からないわ。だから……」

「嫌だ!!!」

 

 

手を離して、とDoggeresaが続けようとした言葉を、Dogamyは大声で遮った。

 

 

「嫌だ、この手は離さない! 絶対に!! 例えもう助からなくても、愛する君の手を離すものか!!」

「あなた………」

 

 

どんなに傷が痛んでも、彼は手を離さなかった。離す訳にはいかなかった。例え彼女が手を離してほしいと懇願しても、絶対に。だって彼は、彼女を愛しているのだから。

そんな真摯な愛が籠った言葉が森に木霊する。命の瀬戸際になってもそう言い切った夫の言葉に、Doggeresaは呆然とする。あぁ、本当に自分は愛されているのだと、こんな状況になっていても感じてしまった。

そんなDoggeresaの耳に、ある音が聞こえた。

 

 

ざくり、と、雪を踏み締める、足音が。

 

 

ヒュッと、Doggeresaは息を飲む。夫の後ろに何が居るのかを思い出した彼女は、今夫が無防備に敵に背中を見せている事に気付いて、声を張り上げた。

 

 

ざくり、

 

 

「あなた!! 手を離して!!!」

「嫌だ!!!」

 

 

噛みつくような咆哮がDoggeresaの言葉を拒絶する。声量で忍び寄る足音が掻き消えてしまっているのか、Dogamyは背後に注意を向けず、Doggeresaを引き上げようとする。

 

 

ざくり、

 

 

「あなたが危ないのよ!!」

「知ったことじゃない!!」

 

 

またDoggeresaが手を離すように言っているのは自分まで落ちてしまうことを危惧しているのだと勘違いしたDogamyはDoggeresaの言葉を切り捨てる。その間にも妻の聴覚には、雪を踏み締める音が聞こえていた。

 

 

ざくり、

 

 

「あなた、お願いよ! 離して!! 自分を守って!!!」

「手を離すものか、だって、約束したじゃないか、」

 

 

嗅覚を潰された事で、その分まで補おうと過敏になっている聴覚に、一歩一歩大きくなる足音が聞こえる。夫に近付く死の音に、Doggeresaは半狂乱になって、手を振り払おうと力を込める。しかし、夫はその手を離してくれなかった。

 

 

だって。

 

 

「『死ぬときはお互いの腕の中で死のう』って―――」

 

 

彼は、彼女を愛しているのだから。

 

 

「逃げ―――」

 

 

逃げて、と言おうとしたDoggeresaの不明瞭な視界の中で、微笑んでいるDogamyの輪郭の背後で、何かが煌めいたのが見えた。そして次の瞬間、

 

 

ドッ

 

 

Dogamyの首から、カッターナイフが生えて。

 

 

ザシュッ

 

 

そして、横に切り裂いた。

 

 

「あ、」

 

 

攻撃の勢いで、ぐらりとDogamyの体が揺らぐ。重力に従って倒れる体は、そのまま崖へと身を投げた。浮遊感は一瞬で、後は重力に引っ張られるまま、急速に二つの身体が落ちていく。そして、

 

 

ぐしゃり。

 

 

崖下の岩に叩き付けられて、ただ呆気なく、彼等はその生を閉じたのだった。先程Dogamyが言った『死ぬときはお互いの腕の中で死のう』という約束は果たされないまま、二人の身体は塵へと変わっていった。しかし、その手は、固く結んだまま。

 

 

「……」

 

 

その様子を崖の上から見ていた人間は、二つの身体が完全に塵に変わったのを確認し、くるりと踵を返して歩き出す。

 

 

「つっ、う」

 

 

しかし、歩く衝撃で腕に痛みが走る。一瞬よろけた人間は、血で濡れた手でポケットを漁る。そして、飴を一つ取り出すと、包み紙を乱暴に取り払い、飴玉を噛み砕いた。口に散らばった甘い欠片を無理矢理飲み下すと、だんだんと体の痛みが引いてくる。それでも足りないのか、もう一つ取り出してまたしても噛み砕いて飲み込んだ。暫くすると、体の痛みは完全に引いて、動けるぐらいに回復する。先程斧で切られ、ばっくりと開いて血を流していた傷が綺麗に塞がっているのを、人間はじっと見つめる。そして、興味を無くしたのか、顔をあげた人間は、左手に付いた血を地面の雪で拭うと、また雪道の中を進み始めた。




とある日記より抜粋


『そう言えば、犬夫婦はどちらかを先に倒す事によって少し変化があった筈。確か、妻を倒すと夫のステータスが著しく下がり、夫を倒すと妻のステータスが上がって倒し辛くなるんだっけ。これも、彼等が心の底から愛し合っている証拠なのか。
愛し合っているが故に、命に換えてでも守りたい妻を殺されて絶望するのだろうか。
愛し合っているが故に、命に換えてでも守りたい夫を殺されて怒り狂うのだろうか。


………あぁ、なんて、素敵な愛なんだろう。羨ましいな。』
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