※残酷描写が多く含まれております
ひゅう、と、街に冷たい風が吹く。Papyrusがぶるりと身震いすると、コツコツ、カラカラと、自身の骨が乾いた音を上げた。
「うう、今日はこんなに寒かったか……?」
本当の意味で骨身に沁みる寒さに、己の肩を抱きながらPapyrusはそう呟く。確か天気予報では、今日も昨日と殆ど変わらない気温になる、という話だったはずだが、何故こんなに寒いのだろう。
そう考えて、あぁ、と、気付く。
Snowdinの町が、こんなにも静かだからだ。
見渡した町には、誰も見当たらない。いつもならモンスター達の話し声で賑わい、笑い声が響いていたこの町は、今は重く冷たい静寂に支配されていた。
いつもなら、Papyrusが見回りから戻ると、色んな住民が声を掛けてくれる。それは、『お疲れ様』という労いだったり、子ども達の『遊ぼう』というおねだりだったり。そんなソウルが暖かくなる、いつもの日常が無いからこそ、一段と寒く感じてしまうのだろう。
「………寒いなぁ」
ひゅうと、また風が吹く中、Papyrusは雪を踏み締め、町を見回る。まだ避難していないモンスターが居ないか、隅々まで確認すること。それが今彼が王国騎士団長―――Undyneからの命令だったからだ。
「終わったら、俺様も避難しないと……」
そして、次に伝えられていたのは、彼自身への避難命令だった。
―――――今から少し前。
ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ
この街は、今までにないほどに騒がしかった。
「皆、逃げるぞ!!!」
ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ
ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ
それは、警報が鳴り響き、悲鳴が飛び交う、未曾有の混乱、という意味で。
「な、なんだ??? 凄く騒がしいぞ????」
最後の橋の仕掛けのスイッチをうっかり家に置き忘れ、取りに戻ってきたPapyrusは、これこそ楽しんでもらえるかもしれない、とわくわくしていた気持ちが吹き飛ぶような、そんなただ事ならない町の様子を見て、ぎょっと眼孔を見開いた。
慌ただしくバタバタと家を飛び出していく皆の様子では、何かあったかも聞けそうにない。誰か話を聞けそうなモンスターはいないかとキョロキョロ辺りを見渡して、Papyrusは雪の中でも目立つ緋色を見つけ、その髪を持つモンスターに駆け寄った。
「皆、落ち着いて避難しろ!! 大丈夫だ、あたしがついてる!!!」
「UNDYNE!!!」
「! Papyrus! 無事だったのか!」
未だ響くサイレンに掻き消されないように、大きな声で緋色の髪を持つ王国騎士団の団長―――Undyneに声を掛ければ、彼女は目を見開き、そして、安堵したような笑みを見せる。
「すまないUNDYNE、これは何事だ??? 何かあったのか???」
「それは………」
ヴィーーーーッ ヴィーーーーッ
話を遮るように大きく響くサイレンにUndyneは一つ舌打ちをし、険しい顔でPapyrusを見る。
「話は後だ!! 今はとにかく、皆をWaterfallに誘導しろ!!」
「わ、わかった!!!」
何がなんだか分からないが、団長の命令は従わねば。
そう判断し、命じられるままPapyrusも避難誘導に加わる。ただ、団長であるUndyne自らが指揮を執る。それほどの緊急事態なのであるということぐらいは、何も分からないPapyrusにも感じ取れた。
「皆!!!! WATERFALLはこっちだ!!!」
「わんわんっ!」
張り詰めた空気の中、Papyrusと、Undyneと、そしてまだこの街に残っていた王国騎士団の一人、Greater dogがサイレンに負けぬ声量で叫び続ける。
住民は怯え、戸惑いながらも、その指示に従った。それぞれWaterfallを通り抜け、Hotlandへ避難していく。Undyneは今視界に見える全員が退避した事をぐるりと見渡して確認すると、携帯を取り出し、何処かへと電話を掛け始めた。すると、鳴り響いていたサイレンが鳴り止んだ。電話先は、警報を出してくれていたAlphys博士だったらしい。
一言二言話してから電話を切り、UndyneはGreater dogに何やら話しかける。そして、険しい顔で、街の入り口の方を指差した。
「わんっ!」
何事かの命令を受けたのだろう、Greater dogは敬礼を見せた。ガシャガシャと音を立てて走っていく。敬礼を返しながら、その背を見送るUndyneに、Papyrusはおずおずと近寄る。
「あ、Undyne!! その、ええと……避難誘導は終わったぞ!!! 俺様、他に何したらいいんだ???」
「Papyrus」
振り返ったUndyneのその顔は、未だ険しい。Papyrusの友であるUndyneではなく、王国騎士団団長としての顔だった。いつもならカッコいいと思うその表情も、この緊迫感に気圧されてしまっているのか、少し話しかけづらかった。
「………そうだな」
思案する間、少しそわそわとしながらUndyneの言葉を待っていると、彼女は顔を上げ、一つ、命令を告げる。
「後はあたしに任せて、お前は住民の護衛をしろ」
「……ニェ?」
思いもよらなかった命令に、思わず聞き返してしまう。
「聞こえなかったのか。皆の護衛をしろと言ったんだ」
固まってしまったPapyrusに、Undyneはもう一度、はっきりと命令を下した。
けれど、彼女は長い付き合いのPapyrusは分かってしまう。命令という形に整えられた、その言葉の本当の意味を。
「なぁ……それって、つまりは、『皆と避難しろ』ってことか……?」
Undyneから返答はない。無言の肯定だった。
「そ、そんな……!! それは無理だ! だって俺様、まだ人間だって捕まえてないのに!!!」
あんまりな命令に、思わずPapyrusは異を唱える。
一番最初に人間を見つけたのは、Papyrusだ。だからてっきり、『捕まえてこい』と言われると思っていたのだ。
だって、自分だって、正式なメンバーじゃなくても、王国騎士団の一員なのだから。
「だから、捕まえに、」
「駄目だ!!!!」
びくり、と、体が強張る。Undyneの血気迫る怒鳴り声が、頭蓋を揺らした。
「それは、一番駄目だ」
「……な、何でだ……? だって、さっきは捕まえてこいって……」
「あれは無しだ」
そうぴしゃりと切り捨てたUndyneに、Papyrusは眼孔を見開く。そして、頑なに首を横に振った。
「い、嫌だ!!! だって、そしたら人間がまだ……!!」
そこまで言いかけて、はっと、人間を気に掛けている言葉を言おうとしている事に気付き、慌てて誤魔化す。
「つ、捕まえてくれば、騎士団の!! 正式なメンバーになれるんだろ!!??」
「……そんな話もしたな」
Undyneは顔を顰め、そして、仕方ない、と一つ、溜め息を吐く。
(コイツの人間への憧れは、まだ消えていないんだな)
先程Papyrusが言いかけた言葉の先を察せない程、Undyneは愚鈍では無い。やはりまだ、Papyrusは人間に憧れているのだと、察してしまった。
Papyrusが自分の下に通うようになってから、ある日、珍しく付き添いでやってきたSansが話していた。Papyrusは、学校で人間とモンスターの歴史について学んだ後も、人間という存在に夢を見ていると。優しく、純粋すぎるあまり、人間ともきっと分かりあえると考えていると。
それを聞いた時は『なんて甘い考えだ』と憤慨したものだが、だからこそ、人間を捕まえることを入団の条件として課した。
人間は敵であることを解らせ、そのソウルを成長させる為に。
最初は、ただの断り文句のつもりだった。六人目の人間がやってきてから、何十年という時が経っている。いつやってくるか分からない人間を待つなど、時間の無駄にも程がある。待っているうちに、いつか諦めるだろうと、そう考えて。
しかし、自分の下で料理やバトルの鍛練の面倒を見ているうちに、Papyrusの強さやモンスター柄*1に触れ、『コイツなら騎士団に入れてもいいかもしれない』と思うようになった。そう考え、入団条件の変更を考えていた矢先にその話を聞き、それならば尚のこと人間への憧れを捨てさせなければと、Undyneはそう決めた。
何故ならば、我等王国騎士団は、Asgore王に従い、尽くす者。その王が、人間のソウルを欲しているなら、人間をその手で殺し、ソウルを献上せねばならない。
その現場を、Papyrusもきっと見ることになる。
ならば、そんな甘い考えは、捨てさせなければならない。そう考えてのことだった。
――――……けれど、実際はどうだ。
目の前のPapyrusは、実際に人間を目にしても、まだ憧れを捨てきれていない。それどころか、情を移しかけている。
こんな最悪の事態を引き起こした、張本人だというのに。
(………普段だったら、憧れるだけなら許してやれたんだがな)
憧れを口に出さず、胸に抱く分には、まだ許してやれた。何かに憧れる気持ちは、分からなくもない。現にそうして自分も、王国騎士団に憧れ、入団を志したのだから。
だが、それは『いつもの日常』の中での話。
(……憧れを壊すには、こうするしかないか)
案外強情なこのスケルトンの憧れを捨てさせ、諦めさせるには、こうするしか。
「……ちょっと待ってろ」
「あ、あぁ……」
そう覚悟を決め、Papyrusに背を向け、Undyneは携帯を取り出す。そして、もう一度Alphysへと電話を掛けた。幸いにも、直ぐに電話は繋がった。
『も、もしもし? どうしたの?』
「……すまない、Alphys。さっき見せてもらった監視カメラに写った人間の映像は、まだ録画してあるか?」
『え? え、えぇ、勿論あるわ!』
突然の要望に困惑が聞き取れるAlphysに、Undyneは続ける。
「……それを、送ってくれないか。必要なんだ」
『わ、分かったわ。ちょっと待ってて』
プツリと電話が切れる。と、同時に、ピロン、と、メッセージが届いた軽快な通知音が響いた。送られてきたそれに添付されていた動画を開く。
「これを見ろ、Papyrus」
「あぁ……?」
ずいと、携帯を差し出され、Papyrusは戸惑いながらもそれを受け取って、画面を覗き込んだ。
再生された動画の中は、Snowdinの森が映されていた。これは、自分の見張り小屋の辺りだろうか。その森の中を、覚束無い足取りで歩く人間が居た。
「! にんげっ」
その人間の後ろで、木々の中から血気盛んなモンスターが飛び出した。あれは、
そうして、ポケットの中から、銀に光を反射する何かを取り出した。
「え」
それをしかと握り締め、突き飛ばされた衝撃で、雪の中に深く突っ込んだChilldrakeに人間は近付いていく。その胸元を掴み上げ、きらりと光るモノが振り上げられる。それに気付いたChilldrakeは、バタバタともがいて抵抗する。
カメラに写ったその顔は、恐怖で引き攣っていた。
「あ、まて、人間……!!」
その顔に、嫌な事がこれから起ころうとしていると感じ取ったPapyrusは、思わず静止の声を上げる。だが、しかし。
それは、無慈悲に振り下ろされた。
「あ………」
ざあっと、Chilldrakeの体が塵と変わり始める。スケルトンには無い筈の血の気が引いていく。
銀のあれは、ナイフの類いだったのだ。
そう今更理解したPapyrusを置いて、画面は次々に移り変わる。
そのどれもこれもが、人間に因って仲間たちが殺されていく光景を写していた。
町の子ども達も、Lesser dogも、Doggoも、DogamyとDoggeresaも。みんなが皆、塵へと変えられ、雪に混ざって消えていった。
カタカタ、ガラガラと、骨身が震えて音を立てる。止まらぬ震えで携帯を雪の中に取り落としそうになるのを堪えるだけで精一杯だった。その震えの源にあるのは、やっと抱いた人間への恐怖なのか、それとも。
Papyrusは、信じられない気持ちでいっぱいだった。
こんな、こんなことが現実なのか。雪の上にお互いの体液を撒き散らし、塵となるまで殺し合う、こんな光景が。
(まるで、学校で習った、人間とモンスターの戦争そのものじゃないか………)
まるで、歴史を目の当たりにしているかのようだった。
そして、それでもきっと、人間と仲良くなれるのではないかと、友達になれるのではないかと信じていた理想が、裏切られてしまった瞬間だった。
何の躊躇いもなく行われる殺戮を
「これでわかっただろう、Papyrus」
その様子をじっと見ていたUndyneは、携帯をその手から取り上げ、静かに告げる。
「人間は、我々の敵だ」
静かに、だがはっきりと、Undyneはそう断言した。
「お前は優しすぎる。お前じゃきっと、
そう言うと、UndyneはPapyrusが来た橋の方へと去っていこうとする。恐らくは、人間と戦うために。
「待ってくれ!!!!!」
その背中を、呼び止めた。
「え、ええと……お、俺様、避難する前に、逃げ遅れたモンスターが居ないか、町を見て回って、最終確認した方がいいんじゃないかと思うんだが!!」
話を聞く気はあるらしく、足を止めたUndyneに、Papyrusはつっかえながらも何とかそう提案する。
「もしかしたら、避難警報が聞こえてなかったモンスターもいるかもしれないし……」
しどろもどろになっているのはPapyrus自身も分かっている。だが、それでも。
「そ、それに!! もしかしたらWATERFALLにも逃げ遅れたモンスターがいるかもしれない!!」
そう続けると、Undyneの肩がピクリと跳ねる。
「UNDYNEは水の中も自由に素早く動けるんだし、ぱぱっと全部、見て回れるだろ!? だから、その、WATERFALLの見回りは、UNDYNEがしてきた方がいいんじゃないかと思う!!!」
それでもまだ、Undyneは向こうを見据えたままだった。これ以上言葉が見つからないPapyrusは、何かを言おうとして、結局、何も見つからず、項垂れながら言った。
「頼む。俺様にも、これくらいはさせてくれ」
長い沈黙が流れる。
はぁ、と、Undyneはため息を一つ吐いた。一理あるな、と思ってしまったためだ。
Waterfallは入り組んだ洞窟の為、迷子になっているモンスターがいないとは言い切れなかった。
Undyneはくるりと振り返り、Papyrusに向き直る。
「…………分かった。だが終わったら直ぐに避難しろ。そしてもし、万が一人間と出会ったら、直ぐに逃げて、私に連絡しろ。いいな」
「!!! わ、分かった!!!」
そう言うと、UndyneはWaterfallの方へと歩きだした。
「……あ、SANSにも伝えないと……」
はっと兄にこれを伝えなくてはと思い至ったPapyrusは、自身の携帯を取り出す。そこでふと、もし電話に出なかったらどうしようと、一抹の不安を抱いた。震える指でSansに電話をかけた。Papyrusの不安に反し、ぐうたらな兄にしては珍しく、三回程の呼び出し音が鳴った後、電話口から兄の声が聞こえた。
『……papyrus? どうしたんだ?』
「……Sans……」
『……どうしたんだ。言ってみろ』
思わず、声が聞こえて安堵してしまったからか、小さく消えそうな声音になってしまう。Sansはそれに深く突っ込むことなく、優しい声音でPapyrusに問いかけた。
Undyneに避難しろと言われたこと。
けど、避難する前に見回りの仕事をもらったこと。
そして、人間の恐ろしさを、知ってしまったこと。
それを何とか口に出すと、Sansは静かに、そうか、と言った。
『取り敢えず、だ。橋の所は俺が見張っといてやるから、見回り終わらせちまえ。俺なら人間が来ても近道で直ぐ逃げれるしな』
「……そう、だな。そうする。………気を付けるんだぞ、SANS」
『おう』
そうしてSansのアドバイスに従い、今に至る、というわけだった。
「おーーーい、誰もいないかーーー?」
その呼び掛けに答えるのは、町に吹く風だけだった。恐らくは皆、先程ちゃんと避難したのだろう。
それがわかって安堵すると、またPapyrusは雪の道を歩き出した。
静かな町を一人で歩いていると、どうしても考えてしまう。
(……あの時も、あの時も。パズルをしなかったのは、ちょっとでもはやく、俺様を、こ、殺したかったから………そういう、ことなのか?)
そして、あの映像を見れば、嫌でも今までの人間の行動の意味が分かってしまう。人間が、何故、パズルを解いてくれなかったのか。何故、真っ直ぐ此方にやってこようとしたのか。
それは、Papyrusを、Sansを、一刻も早く殺すため。そう、分かってしまった。
(でも、それなら、どうして………)
けれど一つ、Papyrusには引っ掛かることがあった。
(どうしてあの時、あんな顔をしたんだろう?)
顔を上げた時に見えた、あの表情。あれの意味は、一体なんだったというのだろう。
それが気になって、Papyrusはあの時、咄嗟にUndyneを止めてしまった。
Undyneに任せたら、そのまま話すことなく連れていかれてしまうだろう。そして、何をされるかは分からないが、恐らく二度と会うことはないだろう。
ここで話せなかったら、きっと後悔する。
あんな恐ろしい惨劇を起こしている人間だともう知っているというのに、そんな思いが何故か消えず、庇うような真似をしてしまった。
(……でもやっぱり、ちょっと、こわいな……)
ぎゅうと、また音を立て出した己の身を掻き抱き、この震えは寒さの所為だと誤魔化すように骨身を擦った。
――――――――――――――――――――
プツン、と、電話の切れた携帯を眺めながら、Sansはカリカリと頭を掻いた。
(………『夢』と、随分違うな)
忘れ物を取りに行った弟。
入れ違いで走っていったGreater dog。
かかってきた電話。
そして、弟が弱っていたからとはいえ、ひとりで此処に残ることになった自分。
ここまで聞こえるぐらいの音量で、町に警報が響いていた所までは一緒だ。ただ、その後に自分の知らない未来がやって来たことに少し動揺しながら、携帯をポケットに突っ込んだ。吹きつけた冷たい風が、ひとりであることを尚更実感させた。
(『夢』だったら、警報が鳴り止んだくらいに町に着いて、undyneには会わずにgreater dogと一緒に帰ってきて、橋で別れる、って手筈のはずなんだが)
何が違ったのだろう、と、少し考える。やはり先程、人間がPapyrusに対して一瞬反応を示したからだろうか。いや、そもそも人間が違うのが影響しているのだろうか。
(………heh、どうせ、答えなんてないか)
思考を放棄し、そのまま突っ立って、橋の向こうを見つめる。
寒風に骨身を晒すこと暫く。雪道の向こうからふらふらと人間がやってくる。
その片手には、地下世界では見慣れない、ナイフらしきものがしかと握られていた。
人間は橋の手前でじっと此方を見、此方へとやってくる。
「よぉ。papyrusが居なくて驚いたか?」
橋を渡りきった人間に声をかければ、人間はぴたりと足を止めた。
「心配しなくても、papyrusはこの先に居るぜ。ちゃあんと筋書き通りに、な」
吐き捨てるようにそう言っても、人間はただ俯いたままで。話を聞いてはいても、聞く耳は持っていないらしい。
「heh. どうせお前は、もうすぐ俺の兄弟と戦うんだろう。ここでフレンドリーな……最後のアドバイスをしてやろう」
そんなことだろうと思っていたSansは、皮肉げに笑いを溢す。
こんな状況になっているのだ。きっとこいつにもう止まる気はないのだろうと、Sansも分かっている。だから、最後の警告を告げる。
「もしお前が今のまま進むつもりなら」
いつも笑っているように見える目から、光が消える。
「きっと、酷い目に遭うだろう」
まるで地を這うような低い声でそう、明確な殺意を込めた警告をし、SansはShortcutを使った。
Sansの姿が瞬く間に掻き消え、その場に残されたのは人間だけだった。
人間はカッターナイフを握った手を見つめる。小さく震える手を暫く見つめ、何を思ったのか、ポケットから細く、長く切られた紫色の布きれを取り出し、それを巻き付け始めた。それを固く硬く結び付けると、一言ぽつりと呟いた。
「そんな風に言うぐらいなら、ここで殺してよ」
そう呟かれた言葉を聞いたのは、誰もいなかった。
――――消えたSansの方はというと。
Shortcutを使い、SansはPapyrusがいるであろう町の反対側までやってくる。案の定、ちょうど見回りを終えたPapyrusがやってきたところだった。
「papyrus」
「!! SANS!!!」
林の間から出て、後ろから声をかければ、バッとPapyrusはSansに振り返った。
「見回りは終わったのか?」
「あ、あぁ!! ちゃんときっちり、一軒一軒見て回ったとも!!」
「そうか。なら俺達も行こうぜ」
SansはPapyrusを連れ、Waterfallの方に歩いていこうとする。ざくざく、ざくざくと、ふたり並んで道の中程まで進んで……ふと、Papyrusが足を止めた。
「………なぁ、SANS」
「……ん?」
「お前がここに居るってことは、もう人間がそこまで来てるんだな?」
「あぁ」
今度は、SansがPapyrusに向かって振り返る番だった。
Papyrusは雪を見つめ、深く深く、息を吐き出す。何事かを言おうとしている弟を見て、嗚呼緊張しているんだな、と、兄は直ぐに分かっていた。
「Sans」
数度深呼吸した後、Papyrusは顔を上げ、真っ直ぐSansを見た。
(……あぁ、やめてくれ)
そんな祈りもつかの間に手折られ、
「俺様、ここに残ろうと思う」
今この状況で、Sansが一番聞きたくなかった言葉が、愛しい弟のその口から紡がれる。
「見回り中に考えたんだけどな! やっぱり俺様、アイツを放っとけない!!」
言葉を返せないでいるSansに、畳み掛けるようにPapyrusは言う。
「確かに今のアイツは……UNDYNEの言う通り、それはもう、もの凄ーく悪いヤツだ。けど、俺様は、アイツも良いヤツになれると思うんだ!! だから、ちょっと話をしてこようと思う!!」
そうPapyrusは、いつもの声量ではっきりと言い切った。自分自身の行動、言動に、自信がある証だった。
「だから、先に行っててくれ」
びゅうと、一際強い風が、ふたりに吹き付ける。身体を通り抜ける冷たい感覚は、きっと風だけの所為ではないだろう。
「……そうじゃ、なかったら?」
沈黙の後、Sansは、一言尋ねた。
「どうしようもない程悪い奴だったら、どうする?」
すると、Papyrusは眼孔を見開いた。そして、うーん、と、大袈裟に考え込む仕草をする。その身が、小さくカタカタと音を立てているのに、Sansは気付いていた。
でも結局は、彼はいつものように笑って。
「例えそうじゃなくても、そうなれるよう、俺様が導いてやりたいんだ」
恐怖に震えながらも、人間を信じ、にこりと笑うその姿が、あまりにも眩しくて。
Sansは思わず、目を逸らしてしまいそうになる。
「心配なら無用だ!! この偉大なるPAPYRUS様のお言葉なら、きっとアイツのソウルにドドーーンと、いやズドーーンと届くはずだからな!!」
そう、自信満々に、この状況に相応しくない、いつもの不敵な笑みを浮かべる弟。Sansはとうとう、俯いてしまった。
「……そんな、わけ……」
そんな訳がないだろう。
今ここでそう激昂できたら、どれだけ良かっただろうか。いや、それが言える口があるのだから、言ってしまえばいいだけなのだ。弟がひとり死地に残ろうとしているというのに、何とも思っていない訳がないのだから。
けれど、そんなSansの邪魔をするのは、
『人間が来たら、守ってあげて』
そんな、いつかの日の扉越しに結ばれた優しい約束と、
(―――ここで止めて、何になる?)
Snowdinの雪のように長く永く降り積もった、未来への絶望だった。
もし此処を変えた所で、何になるというのだろう。だって、彼は知っている。時間軸は閉ざされ、ここから先の未来には進めないことを。
その絶望を更に助長しているのが、とある『夢』だった。否、ただの夢ではない。正しく言うならば、
皆で地上へ出た世界も、皆殺される世界も、結局はリセットされるのだと、彼は知ってしまっていた。
どうせ、世界はまた、繰り返されるのに。
どうせ、何を言っても、何度やっても、無駄なのに。
どうせ、言葉も行動も意思も、何もかも無に還されるのに。
何度も。何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
そう知っている。知ってしまった。だから、彼は。
弟を止めようと伸ばしかけた手を、身体じゅうにべったりと絡み付く絶望の重みが邪魔をして、充分に伸ばすことができないのだ。
Papyrusは、何か言いたげな兄の反応を見て、やっぱり反対されるよな、と、もう一押しする為に口を開く。
「SANS。俺様は、人間を信じたい。アイツはまだ、良いヤツになれるって」
Papyrusはそう、彼の胸の奥に秘めた決意を口にする。『絶対に人間を信じぬく』という、固い決意を。
「どんな奴だって、努力すれば何でも成れる。俺様が諦めずに努力した結果、UNDYNEに認められたようにな!! ニェーッヘッヘッヘ!!!」
だから、と、PapyrusはSansを見て、言う。
「俺様を信じてくれ、SANS」
その言葉に、Sansは眼孔を大きく見開く。
なんて、酷い言い方だろう。『信じてくれ』だなんて、全てを諦めてしまった彼には、余りにも眩しすぎる言葉だった。
(いかせたくない)
そう言えば、諦めてくれるだろうか。いや、きっと弟は諦めないだろうと、過った疑問が即刻で打ち消される。だって、Papyrusは、やると決めたことは絶対に諦めない。それをSansは知っている。料理をマスターすると決めた時も、王国騎士団に入りたいと言い出した時も、ずっとそうだった。
だからきっと、今回も、何を言ったって、諦めないんだろう。自分とは違って。
そんな時、いつも自分は、どうしていたんだっけ?
深く深く、溜めた息を吐き出す。
「………分かった。お前を信じるよ、papyrus」
「! あぁ、そうしろ!!」
Sansは、いつものように笑って、そう言った。
(やらせてやろう、出来る限り)
それが、弟の決意に対するいつもの答えだった。
ふたりで笑って過ごしたいつもの日々のように、弟に全て任せて、それを自分はただ茶化す、そんな雰囲気で、笑う。本当は行ってほしくないのを、どうにかひた隠して。
その笑みを受けて、Papyrusもまた、いつものように笑ってみせた。
それが、最後の分岐点だった。
「じゃあ、また後でな。兄弟」
「あぁ!! 後でな!! 俺様が人間を止めたという吉報をボーンやり待っていろ!!!」
Sansがひらひらと手を振ると、Papyrusはそう明るく骨ギャグを吐き捨て、くるりと踵を返し、来た道を戻っていく。
Sansはその背を追わずに暫く見送ると、雪道を進み始めた。
「……………クソ、がァ………!!!」
そのソウルに、絶望を乗り越えられず、『弟を信じる』だなんて綺麗事で包んだ楽な道を選び、弟を見捨てる自分への失望と、かといってこの時間の檻から出られる手段もない更なる絶望を、ぐるぐると渦巻かせながら。
そうして、定められた運命は滞りなく訪れる。
「止まれ、人間!」
深い深い、魔法で作り出した霧の中。雪を踏み締める音ともに、ゆらりと前方に浮かんだ黒い影―――人間に向かって、Papyrusは声を張り上げた。
しかし、そんな声が聞こえていないかのように、ざくりと音がし、また影少し、濃くなった。
「おい、俺様が話をしている間に動かないでくれ!」
そこまで言って、漸く人間は足を止めた。ひやりとしたものを覚える中、Papyrusは、話し続ける。
「このグレートなPAPYRUS様は、お前に言いたいことがある」
言おうと考えていた言葉を一文字づつ、しっかりと声に出す。自分の想いが、少しでも届くように。
「まず第一に、お前、なんか変だぞ! パズルが好きじゃないみたいだし……あちこちふらふら彷徨って……いつも手を塵まみれにしてる。まるで……」
瞬間、見せられた映像がフラッシュバックする。
「よくない道へ、進もうとしているみたいだ」
声が震えてしまったことは、気付かれなかっただろうか。
「しかし! このPAPYRUS様は! お前が秘めている大きな可能性を見出だしているぞ!」
ドクドクと身の内で暴れるソウルを落ち着かせようと、一つ深呼吸し、そして、意を決して、いつものように、ハキハキと喋り始めた。
「誰だってその気になれば良いヤツになれるのだ! 俺様は、努力するまでもないけどな!!! ニェッヘッヘッヘ!!!」
自分を奮い起たせるつもりで、大きな声で笑ってみせた。しかしそれは、やはり虚勢であるからか、人間が一歩踏み出した音に、Papyrusは大きく肩を跳ねさせてしまう。
「ひっ、っ、………こらっ!! 動くんじゃない! 俺様の話をちゃんと聞け!」
一瞬、怯えた悲鳴が喉骨から飛び出しかける。けれど、それを寸での所で押さえつけ、兄の怠惰を叱る時のように叱咤した。
「人間! お前に必要なのは導いてくれる誰かだ! 誰かがお前に正しい生き方を教えてやらなきゃいけない! でも心配するな、このPAPYRUS様が……お前の友達、そして先生になってやろう!」
ここで、己が寄り添ってやらなければ、きっとこの人間は止まれない。きっと、何処までも悪い奴になってしまう。だから、ここで止めてやらなければ。
その想いが、Papyrusをこの場に踏み留まらせていた。
「そうすればお前も、真っ当な人生に戻れる!!!」
最後にそう、断言してやる。Papyrusが言おうと考えていたことは、これで全てだ。そう信じていると、伝わってほしいと、言葉は尽くしたつもりだ。
人間の表情は、霧の中で見えない。己の想いは、人間のソウルに届いただろうか。
しんと、痛い程の長い沈黙の後、また、歩を進める音がする。今度は、Papyrusはそれを静止しなかった。
ざくり、ざくり、ざくり。
人間はそのまま、この濃霧の中でも、お互いの顔がちゃんと認識できるぐらいの距離まで、近付いてきた。
「よし、こっちに来たな。ヤッホー!! さっそく俺様の指導が効いてるな!!!」
それを歓迎するように、Papyrusはにこりと笑い、震えの残る腕を、大きく大きく広げた。
「仲直りのハグをしよう、人間」
それは、数々のモンスターを殺してきた異常者に対するには、あまりにも無防備で、無抵抗な姿だった。
(………大丈夫。きっと、大丈夫だ)
けど、Papyrusは信じていた。きっと必ず、人間は武器を置いてくれると。
この腕に、飛び込んできてくれると。
―――――そう、信じていたのに。
………ざく。
ザクザクザクザクザクッ!!!
人間がわらって、走り出す。そして、その広げられた懐に、真っ直ぐ飛び込んで。
ズパンッ
突然、繋がっていた筈の身体が全て消え失せた。何が起きたのか理解出来ずにいると、視界がぽおんとはね上がり、そして、急激に地面へと低下していく。それを落ちていたのだと気が付いたのは、ぼすりと、雪の上に落ちて動けなくなってからだった。
目の前に、お気に入りだった赤いスカーフが雪に落ちた。拾わなくては、と思わず身体を動かそうとしたところで、気付く。
ざらりと、目の前で塵と変わっていくのが、自分の身体だったことに。
(あぁ……そうか……)
先程、一瞬きらめいた、銀の一閃。
あの一閃で、Papyrusの首は、身体と別たれてしまったのだと漸く気が付いた。
「あ、ああ、こんな筈じゃ、なかったのに……」
思わず口を衝いた絶望が、彼の心境を何よりも現していた。
首一つとなってもまだ動くPapyrusに止めを刺すためか、人間が動き、Papyrusの頭蓋の前に立った。逃げられないPapyrusに、人間の影がかかる。
「……だが、そ……それでも! 俺様はお前を信じるぞ!
お前が良いヤツになれるって、絶対に信じてる!!」
人間が高く足を振り上げる間も、Papyrusは人間を見据え、尚も言葉を続ける。殺すのを止める命乞いなどではなく、ただ、本当に、信じていると伝える為に。
「だって、そんな顔をしてるお前が、悪いヤツなワケない――――」
そう続けられた言葉は、自身の頭蓋骨と共に踏み砕かれた。
Papyrusの声が止み、辺りは酷く静まり返った。さぁっと、静かに霧が晴れていく。霧を作り出していたモンスターが死んだからだろう。
踏みつけた姿勢から、漸く人間が足を退ける。そこに残っているのは、小さな塵の山だけだった。
人間は、その傍らにある、雪に埋もれた赤いスカーフに目をやった。
膝をつき、それを拾い上げる。そのまま暫く、冷たい風に靡く様をずっと見つめていた。
その後、それを雪の上で左手で撫で付け、長く広げる。そして、端を細く、Torielを殺した時のように切り取った。その切れ端を右手にまた巻き付けて、固く結んだ。
「いかなきゃ」
そう呟き、人間は独り、立ち上がって、また、誰かを殺すために歩き始めた。
捧げられた真心を、雪と共に踏みにじって。
――――――……それから、少しして。
ざく、ざく、と。静まり返ったSnowdinに、足音が一つ。
その音の主のモンスターは、地面に広げられた赤い塵まみれのスカーフの前で、どさりと膝を着いた。
「Papyrus」
そのスカーフの持ち主の名を、愛していた弟の名を小さく呟くも、返答は無い。ぱたぱたと、スカーフに水滴が落ちて、じわりと染み込んで、消えていく。
スカーフを拾い上げ、掻き抱き、そして―――Sansは、人間が去っていった方を睨み付ける。
その眼孔には、強い怒りがギラギラと光り輝いていた。
とある日記より抜粋
『Papyrus。彼は、Genocideルートに置いての第二関門にして、一番の難関だ。
彼は、あまりにも善いやつだ。前述した通り、NやTPの時はもちろん、友を、町の住民を殺したPlayerすら、お前は良いヤツになれると心底信じてくれる。
自分が殺されるという、命の危機の際ですら。
その言葉に決意を折られたPlayerは数知れないだろう。私も、一度それで武器を置いてしまったことがある。
だって、眩しかったのだ。良いヤツになれると断言してくれる、その心の美しさが。怖くて仕方ないのに、友達になってやると言えるその強さが。兄がリアルスターと例えるのもよく分かる。
だけど今度は、その光を、確実に消さなければならない。
Playerだったあの時とは違う。もう、武器は置けない。
だから、武器を置けないよう、武器をしっかり握り込んで、固定しなければ。モンスターは基本、身体も衣服も全て塵に変わってしまう……はず。ゲームだった時は、そういう演出だった。もしそうなら、Snowdinの店にバンダナがあるはず。それを盗って、武器を握った手にほどけないように固く結びつけてしまおう。
私の敵意が、消えないように。』
※2/14 加筆修正