喩え、この身が業火に焼かれても   作:行方不明者X

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※お待たせしました


家族

Friskには、九つ年上の姉がいる。

 

思い返せば、物心ついた頃にはもう傍に居てくれた。それからずっと、姉は気が付けば自分の傍にそっと寄り添ってくれていた。

 

Friskは、いつだって優しい笑顔で『Frisk』と呼んでくれる彼女が好きだった。

 

自分が悪いことをすればちゃんと叱り、何が悪かったのか分かるまで教えてくれる彼女が好きだった。

 

いつも傍に居てくれる姉の存在が大切で、大好きだった。

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

ある休日の昼頃、家族と一緒の昼食を食べ終えた幼いFriskは、部屋で絵を描いていた。母親から買い与えられた落書き帳に、クレヨンで絵を描いていく。ここはこうかな、と幼い頭で考えながら、一生懸命クレヨンで何かを描く。やがて、出来上がりに満足したのか、クレヨンを置き、満足そうに笑みを浮かべて頷いた。そしてその絵を落書き帳から丁寧に剥がすと、両手で抱え、慌ただしく一階へと降りていく。

 

 

「おねえちゃんおねえちゃん! みてみてー!」

 

 

階段を駆け降り、バタン、と思いっきりリビングの扉を開け、父親と並んでソファーに座る姉に向かっていく。

 

 

「どうしたのFrisk。なんかあった?」

 

 

「あのね、あのねー」

 

 

見ていたテレビから目線をずらし、Friskを見た姉に、Friskは絵を差し出した。

 

 

「はい、これ! だれとだれでしょう!?」

 

 

いきなり突き出された絵に姉は一瞬目を丸くしたものの、姉はにこにこと笑うFriskから紙を受け取ると、紙の絵を眺めた。子供らしい拙さの目立つ絵は、手を繋いでいるのだろう人らしきものが大小二つ描かれていた。

 

 

「んん? ………うーん、もしかして、私とFrisk?」

 

 

絵の中に描かれている服の模様に見覚えがあった姉は、自分の考えを口にしてみる。そうすると、Friskの顔がぱぁっと輝いた。

 

 

「せいかーい! こっちがおねえちゃんだよ!」

 

 

姉が自分の絵を分かってくれたことに嬉しくなりながら、Friskは大きい方の人らしきものを指差した。

 

 

「そっか、じゃあこっちがFriskなのか。良く描けてるね」

 

 

「ほんとー!?」

 

 

「うん、本当。ね、父さん」

 

 

Friskの頭を撫でながら絵の出来を褒め、姉は微笑ましそうにやり取りを見ていた父親に絵を見せた。

 

 

「どれどれ………あぁ、そうだな。良く描けてるよ、Frisk」

 

 

「! やったー!」

 

 

「えー、そんなに上手く描けたの? Frisk、ママにも見せてー」

 

 

「いいよー!」

 

 

姉に続いて父親にも褒められ、ますます喜ぶFriskを見て、洗い物をしていた母親が手を止めてやってくる。

 

 

「あら、本当に上手ね! いいなぁ、ママも描いてほしいなぁ」

 

 

「かこっかー?」

 

 

「お、それならパパも描いてほしいな」

 

 

「いいよ! みんなかくね! でもそのまえにおままごとしたい!」

 

 

優しい母親。

 

 

格好いい父親。

 

 

大好きな姉。

 

 

まるで絵に描いたような幸せが続いていたのが、Friskの生まれ育った家庭だった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

話は変わって。

 

 

Friskがまだ六歳の頃の冬のある日、飛び起きてしまったことがあった。どくどくと心臓が跳ねて、冬なのに、夏の暑い日に外に出たように汗をかいていた。どんな夢だったのかは忘れてしまった。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだけは良く覚えていた。

その夢がどうしても恐ろしくて、また一人で眠ったらその夢を見てしまいそうで、眠れなかった。

それどころか、部屋の中の暗闇さえ先程の悪夢が染み出してきているように幼心に感じられて、怖かった。

 

そんな漠然とした恐怖に駈られたFriskは、この不安を取り除いてほしかったのか、母親と父親を求めてベッドを抜け出し、廊下へと出た。そこで、隣の姉の部屋から光が漏れ出ているのに気がついた。

 

――――――もしかして、まだおきてるのかな

 

そう考えたFriskは、姉の部屋の扉のノブに手をかけた。

 

 

「おねえちゃん、おきてる?」

 

 

「………ん? Frisk?」

 

 

扉を開けて中に居る姉に呼び掛けると、ノックもせずに部屋に入ってしまったのにも関わらず、机に向かって何かを書いていた姉は、Friskの声に驚いたように振り向いて、いつもの優しい笑顔で笑ってくれた。

 

 

「こんな時間にどうかしたの? まだ夜中だよ」

 

 

持っていた鉛筆を置き、座っていた椅子から立ち上がった姉は、此方にやってきて半開きの扉を開けて中に迎えてくれた。

 

 

「………」

 

 

「おっ、と………本当にどうしたの」

 

 

開けてくれた所で、Friskは部屋の中に入るのを待てずに姉に抱き着いてしまった。暖かい体温が服越しに伝わってくる。急に黙って抱き付いてしまったからか、困惑した姉の声が上から降ってきた。

 

 

「………怖い夢でも見たの?」

 

 

「……………うん。ままとぱぱのところにいくところで、おねえちゃんのへやにあかりがついてたから、きちゃった」

 

 

暫く黙ったままぎゅうと姉を抱き締めていると、姉は優しくそう訊ねてきた。その言葉に頷けば、姉は膝を着いて目線を合わせてくれる。

 

 

「そっかぁ。私の部屋に来ちゃうほど怖かったんだね」

 

 

「うん」

 

 

姉は笑いながら、Friskの頭を優しく撫でる。空いている片方の手でFriskの手をそっと握り、冷えていた手を暖めてやる。

 

 

「じゃあ今日は、私と一緒に寝る?」

 

 

「うん」

 

 

「よし、おいで」

 

 

姉からの提案にFriskが間髪入れずに頷くと、姉は手を繋いだままベッドへと連れていった。先にFriskをベッドの毛布の中に潜らせた所で、ふと、姉はFriskに訊ねた。

 

 

「そういえば、母さんと父さんじゃなくて大丈夫なの?」

 

 

「…………いまはおねえちゃんがいい」

 

 

「……随分、可愛いこと言ってくれるね」

 

 

Friskが素直に姉がいいと言えば、姉は一瞬目を丸くし、少しはにかんだ。ベッドのサイドテーブルにあったライトを着け、テーブルにあったノートや鉛筆を片付けてから部屋の明かりを消すと、姉も同じベッドに入ってきた。Friskが姉に擦り寄ると、姉は背中に手を回し、一定のリズムを取って、優しくぽんぽんと叩き始める。

二人分の体温で、冷えていたベッドの中は直ぐに温かくなってくる。その暖かさに安心したのか、はたまた心地よい振動が眠気を誘ったのか、Friskを眠気が襲い、瞼が少しずつ落ちてきた。

 

 

「おねえちゃん……」

 

 

「なぁに」

 

 

でも、このまま眠ったら、もしかしたらまた、あの夢を見るかもしれない。

そんな不安がふと浮かび、Friskは寝惚けながら姉に手を伸ばす。

 

 

「て………つないで……? おねがい……」

 

 

「ん、分かったよ」

 

 

Friskの懇願に頷き、姉はFriskの小さな手を包むように握った。姉の手は、先程まで何かを書いていた所為か冷えてしまっていたが、Friskにはそこに姉がいると安心できた。

 

 

「………おやすみなさい……」

 

 

「うん、おやすみ」

 

 

眠気の限界で目を閉じきる前に、Friskは何とかそう絞りだし、瞼を閉じた。意識が無くなるその瞬間、そっと頭を撫でる感触がした。

 

次の日、姉と抱き合って眠っている所を起こしに来た母親に見られ、少し恥ずかしかったのを良く覚えている。

 

―――――――――――――――――――――

 

不意に、Friskは目が覚めた。姉に抱き付いて泣いているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。

 

 

「………ん……」

 

 

「起きた?」

 

 

「うん………」

 

 

自分が起きたことに気付いて声をかけてくれた姉に頷き、いつの間にしてくれていたのだろうか、姉の膝枕に頭を乗せたままぼんやりと天井を見上げる。そうして、ここが現実で、話し合いを続ける大人達に言われて二階に来たのを思い出した。

横たえていた体をゆっくり起こすと、寝ているうちに姉がかけてくれていたらしい毛布がずり落ちる。

 

―――両親の葬儀の間中、Friskはずっと泣いていた。棺の中で眠る二人に縋り付き、離れたくないと泣き叫んだ。ある日突然、愛する親にもう二度と会えないとなれば、小さな子供が泣くのは当然の事だった。

Friskが泣いている間、姉はずっと寄り添っていた。そうして大人達が話し合いしている間、Friskの手を握り続けてくれていた。

 

無理をしようとした自分を諌め、『二人でがんばろう』と言ってくれた。

 

 

「………トイレ……」

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

尿意を覚えたFriskは立ち上がり、自分の部屋を出てトイレに向かう。階段を通りすぎて用を足し、部屋に戻ろうとしたその最中、ふと階段の方を見ると、階下の明かりが見えた。まだ大人達は話し合っているんだろうか。

 

一体何の話をしているのだろう。

 

それが気になってしまったFriskは、そっと音を立てないように階段を降り、一階に行ってしまった。

 

リビングのドアはぴたりと閉じられていて、中に居る大人達はFriskの存在に気がついていないようだった。

 

だからだろう、子供には聞かせてはいけない話をFriskに聞かせてしまった。

 

 

「だから、あたしに寄越しなさいって言ってんのよ!!!」

 

 

リビングを覗こうとしたその矢先、Friskの耳はそんな怒鳴り声を捉えた。その声量に思わずFriskの身体はびくりと跳ねる。

 

 

「おい、声を抑えろ! 上の二人に聞こえたらどうするんだ!」

 

 

「煩いわね、さっさと親権を譲らないコイツらが悪いんでしょ!」

 

 

先程の大きな声を上げたらしい女性を男性が諌める会話が壁を隔てて聞こえる。

この二人の声にFriskは聞き覚えがあった。葬儀の間、優しくしてくれた夫婦の声だった。

 

 

「何を言われても貴方達にあの二人は渡しませんよ」

 

 

比較的落ち着いた声が先程の女性に言う。この声も聞き覚えがある。『可哀想に』と言って、そっと頭を撫でてくれた人だったはずだ。

Friskのまだ幼い思考では壁越しの大人達が何を話しているのか今一理解できなかったが、これからの自分たちの話をしているのだという事だけは理解できた。

 

 

「だったら、あの小さい方だけでも寄越しなさいよ!!」

 

 

―――――『小さい方』って、ぼく?

 

 

声を荒げる女性が言った言葉を少しだけ汲み取り、まさかあの夫婦は姉と自分を引き離すつもりなのかと思い至ってぎょっとした。

 

 

「いいえ、渡しません。絶対に。あの二人は私達のものです」

 

 

「ハッ、『私達のもの』? これから家族になるってのに、物扱い? ねぇ聞いた? コイツら、二人を物としか見てないわよ!」

 

 

「遺産目当ての貴方よりマシですよ」

 

 

「アンタだってそうでしょうが!!」

 

 

バン、と何かを叩く音が聞こえる。女性がテーブルを叩いたんだろうか。あの優しそうだったあの人が、こんなにも怒鳴っているだなんて、Friskには信じられなかった。

 

 

「そもそも話が違うじゃない!! どっちかを引き取って遺産を分配する話だったじゃない!!」

 

 

「さて、そんな話は一切していませんが?」

 

 

「………ふ、ざけんなぁッ!!」

 

 

ガタンと、大きな音が響く。

 

 

「あんたら、さっきから遺産、遺産と………親を亡くしたばかりの子供の事をなんだと思ってやがるんだ!!」

 

 

また一つ、聞き覚えのある声が話し合い……いや、言い争いに加わる。確か今のは、姉に頻りに話し掛けていた男の人だろうか。

 

 

「うるっさいわよ偽善者!!! あたしさっきアンタが『いい金になる』ってソイツと話してたの聞いたんだからね!!?」

 

 

「なっ、聞いてたのか……!?」

 

 

甲高い声をあげながら、男性に女性がそう言った。男性は動揺したような声を出す。

Friskの頭では完全には分からないが、中の大人達はどうやら、自分達を巡って言い争っているようだと悟る。先程から会話の中に飛び交う『いさん』という物が自分達にはあり、それを欲しがっているのだと、幼い頭でも理解できてしまった。

 

Friskが大人達の会話に呆然と立ち竦んでいる間も口論は続き、益々ヒートアップしていく。

 

 

「あたしが引き取るって言ってんでしょ!!!」

 

 

「いえ、私達のものだ!」

 

 

「俺たちに寄越せ!!」

 

 

Friskでも分かるような罵詈雑言を交え、大人達は言い争い続ける。

不意に、Friskは中の大人達が酷く恐ろしくなってしまった。

 

 

この大人達は自分と姉の事など気にも止めていない。愛してなどいない。

 

最初から気にかけてくれてなどいなかったのだ。

 

 

――――――――………こわい。おばけみたい

 

 

耳を塞ぎたくなるような罵り合いを聞いて、Friskの大人達に対する見方は変わったしまった。

 

 

もう中に居る大人達をヒトだと思えない。

 

 

昔母に読み聞かせてもらった本に出てきた恐ろしい怪物のように思えてきてしまった。

 

 

「――――………!!!! ………!!?」

 

 

「!………!? ………!!」

 

 

聞こえる声すら、怪物の唸り声に聞こえてきてしまって、耳を塞ぎたかった。

そんな恐怖からか足が震え、急に力が抜けてしまった。その場にへたりこんでしまいそうになる。

 

 

ボスッ

 

 

そんなFriskを、誰かが後ろから支えた。

Friskが酷く驚いて後ろを見ると、そこには二階に居た筈の姉が居た。

 

 

――――――おねえちゃんがたすけにきてくれた。

 

 

「おねえちゃ……」

 

 

思わず姉に縋り付き、姉に助けを求めようとすると、唇にそっと人差し指が当てられて、静かに、と口の動きで伝えられる。そのジェスチャーに頷き、姉にぎゅうっと抱き着く。姉は険しい顔をしてリビングの方を見つめ、Friskの耳に届くように屈んで耳打ちした。

 

 

「出来るだけ静かに上に行って、毛布を被って耳を塞いでて。あとは私が何とかする」

 

 

「…………うん」

 

 

今この場で唯一信頼できる姉の指示に従い、Friskは姉から離れ、二階へと上がる。

 

 

「何の騒ぎですか。二階までぎゃあぎゃあ煩い声が聞こえましたけど? Friskが起きるんで止めてもらえませんか」

 

 

姉がリビングに入ったのだろうその途端、リビングから音が消え失せた。その瞬間を見計らってFriskは部屋に駆け戻り、姉に言われた通りに毛布に潜り込み、両耳を塞ぐ。固く目を瞑り、入ってくる全てを閉め出した。それでも大声は嫌でもFriskの耳に入るものだが。

 

 

――――………しばらくして。

 

 

コンコンコン、と聞き覚えのあるノックがされる。その後、「入るよ」、という声が聞こえ、ガチャリという音を伴ってドアが開いた。ドアは直ぐに閉じられ、部屋に入ってきた誰かがベッドに座り、その重みで軋んだ。

 

 

「………Frisk、もう大丈夫だよ」

 

 

その声を聞いてFriskが毛布から顔を出すと、姉がそこにいた。

 

 

「おねえちゃんっ」

 

 

姉の姿を見て、漸く安心したFriskは姉に縋り付いた。縋り付いてきた妹を姉は抱き締め、両腕で包み込む。

 

 

「………怖かったよね、指切りしたのにごめんね」

 

 

そうして背中を擦りながら、震えた声でFriskに謝罪の言葉を口にした。

 

 

「ちが、おねえちゃんのせいじゃないよ……! ぼくがかってに、下に行っちゃったから……」

 

 

「ううん、私の所為だよ。早くあんな親戚ども、追い返しておけば良かった………」

 

 

頭を下げる姉に、Friskは驚き、それは違うと首を横に振った。好奇心から一階に降りた自分が悪いのは良く分かっている。姉が悪いわけではない。そう伝えようとしても、姉は申し訳なさそうな顔をしたままだった。

 

 

「………おねえちゃんのせいじゃ、ないもん。ほんとうに、ちがうもん」

 

 

「……ありがとう」

 

 

自分の所為だと責め続ける姉に、Friskは違うと言って抱きつく。姉に少しでも伝わると信じて。その心が通じたのか、姉の声は先程より少し柔らかくなっていた。

その会話を最後にどちらも黙り込んでしまい、しん、と空気が静まり返った。親戚達はもう帰ったのか、家中に響いていた怒鳴り声は聞こえなかった。

暫くの間、姉妹はそのまま抱き合っていた。抱き合っている間に、厚くかかっていた雲が割れ、満月が顔を出す。カーテンが開けっ放しの窓から、月明かりが差し込んだ。

 

 

「………Frisk」

 

 

長い沈黙を破ったのは、姉だった。抱いていたFriskの体を離し、姉はFriskの目を見つめ、笑う。

 

 

「これからは、もう君が絶対に傷付かないように、私が守るよ」

 

 

「……え」

 

 

姉の突然の宣言に、Friskは思わず目を見開く。

 

 

「どんな事になっても、どんな所に行っても、私がFriskを守る。ううん、守ってみせるよ」

 

 

「それ、は………」

 

 

それは、Friskにとって、とても頼もしい言葉だった。姉が自分を守ってくれるというのは、とても安心できる言葉だった。

 

………だが、Friskは聡い子供だった。聡くあるようにと姉に育てられていた。

 

姉が自分を守る、ということは、即ち姉が自分の分まで傷付くんじゃないか、と、直ぐに気が付いた。

 

 

「だ、ダメだよ!」

 

 

だから、Friskは姉の宣言を否定しようとした。

 

 

「だって、そんなことしたら、ぼくの分までおねえちゃんがきずつくことになっちゃう……!! やくそくと、ちがうじゃん!!」

 

 

「………分かっちゃうんだね、それ。でも……」

 

 

止めてほしいと、Friskは首を振って姉に懇願する。奇しくもこの会話は、立場こそ逆ではあるが葬儀の間に二人がした会話と酷似していた。だからこそFriskは約束を話に出し、話と違うと訴える。

 

 

―――二人でがんばるんじゃなかったの。

 

 

辛いことは半分こするはずじゃなかったの。

 

 

何でやくそくをやぶるようなことをするの。

 

 

そんな思いを含めて言えば、きっと止めてくれると、Friskはきっと信じていたのだろう。

 

 

だが、姉はFriskの言葉を受け入れてはくれなかった。

 

 

 

「せめて君が一人で歩けるように、なるまでだから。お姉ちゃんの、一生のお願い。……聞いてくれないかなぁ」

 

 

 

それどころか、Friskの手をそっと包み込み、どうか受け入れてくれと頼み込む。

 

 

その時にFriskが見た、窓から差す月光に照らされた姉の顔は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

 

今まで生きてきた中で、Friskが一度も見たことのない顔だった。

 

 

「………おねえ、ちゃん………でも………」

 

 

「お願いだよ、Frisk……私に、守らせて」

 

 

今まで見たことのない姉の表情に動揺しながらも、Friskは食い下がろうとした。動揺で言葉の勢いが弱まった所に漬け込み、姉はFriskをぎゅうと抱き締め、Friskを丸め込もうとする。

 

 

「例え誰かを殺してでも、君を守るから。守ってみせるから………お願い……」

 

 

いつも明るく、頼りになる姉とは全く思えないほど弱々しい声がFriskの耳に貼り付く。

 

 

「………わかったよ」

 

 

Friskは何とか断る言葉を探し、姉の思いを拒もうとした。だが結局、Friskは姉の頼みを断りきれなかった。幼いFriskには姉の言葉を否定できるだけの語彙がなかったのに加え、先程の大人達のやり取りを聞いてしまったことによるショックもあり、姉の甘い言葉を拒みきれなかった。

 

 

姉が守ってくれるなら、あんな怖い思いをもうすることはない。

 

 

そんな考えが、拒むのを止めさせた。

 

 

「でも、だれかをきずつけるのはだめ。ぜったいにだめ。ぼくもだれもきずつけないから。やくそくして」

 

 

それでも最後の抵抗として、Friskは姉にそう言った。姉は一瞬目を見開いたものの、その言葉に確かに頷いた。

 

 

「………分かった、約束する」

 

 

「じゃあ、ゆびきりしよ?」

 

 

「うん」

 

 

抱き合っていた体をお互いに離し、二人はお互いの小指を絡ませて、歌う。

 

 

「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたらはーりせんぼんのーます、ゆびきった」

 

 

歌い終わると、するりと絡めていた指が離れ、沈黙が流れる。ふと、姉は時計を見て、いつもならFriskが眠る時間をとっくのとうに過ぎていた事に気が付いた。

 

 

「………さぁ、Frisk。もう夜も遅いから寝ちゃいなさい。寝るまで傍に居てあげるから」

 

 

「あ………うん。おやすみなさい」

 

 

姉に言われるまま、Friskはベッドに潜り込んだ。隣に居る姉の体温を感じながら目を閉じ、眠りにつく。

 

 

 

 

 

――――――…………その直後に、姉が狂ってしまうことなど、露程も知らずに。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

両親の死後から二年。

 

 

結局姉妹はあの後、三つ隣の街のとある山の麓にある孤児院に預けられ、そのままそこで過ごしていた。

 

 

Friskは孤児院の子供達と仲良くなり、両親の死で出来た心の穴も、少しずつ友人との楽しい思い出で埋められていった。

 

 

「おーいFriskー、居るー?」

 

 

「あ、お姉ちゃん」

 

 

ガチャリと扉が開き、姉がひょっこりと顔を出す。姉の声に反応して振り返ったのは、Friskだけではなかった。

 

 

「あ、××××ちゃんだ」

 

 

「こんちはー!」

 

 

「はい、こんにちは。皆元気?」

 

 

割りと頻繁にFriskの居るクラスまでやってくる姉は、クラスの友人達とも仲良くなっていた。基本的に優しい姉は、友人達からも懐かれていた。そんな姉にFriskは、お姉ちゃんは自分のお姉ちゃんなのに、という幼い子供特有の嫉妬を抱いていた。

 

 

「どうしたの、お姉ちゃん」

 

 

姉の足元に集まる友人の中には入らず、二、三歩離れた所から姉に声をかける。姉は子供達に謝って退いてもらい、()()()()()()()()()()()()()()を揺らしながらFriskの傍まで行くと、背中に隠していた箱を手渡した。

 

 

「はい、これ。プレゼント」

 

 

「えっ」

 

 

にこにこと笑いながらそう言った姉に、Friskは目を丸くする。

 

 

「あれ、ぼく、今日誕生日じゃないよね……?」

 

 

「うん、違うよ。私がFriskにあげたいだけ。もらってくれない?」

 

 

「………うん」

 

 

――――――やっぱりぼくはあいされてるんだな

リボンのかけられた箱を受け取りながら、Friskはそう思い、嬉しくなった。

 

 

「あー、××××ったらまたFriをあまやかしてるー」

 

 

「いいなー」

 

 

「あはは、今度遊んであげるから許して」

 

 

羨ましそうな声を上げる友人達に笑顔で姉はそう言った。

 

 

「お姉ちゃん、開けてもいい?」

 

 

「もちろんいいよ」

 

 

姉に一度問いかけてから、Friskはかけられたリボンを解く。箱を開け、中に収まっていた物を引っ張り出した。

 

 

「………ブレスレット?」

 

 

「うん、そう」

 

 

プレゼントの中身は、水色、橙色、紫色、赤色、青色、緑色、黄色の順に並べられた七色のハートが並んだブレスレットだった。

 

 

「私とお揃いなんだけど………嫌じゃなければ、受け取ってくれる?」

 

 

そう言う姉の左手首には全く同じ作りのブレスレットがあった。Friskはブレスレットを胸に抱き、勢いよく頷いた。

 

 

「嫌なんかじゃないよ、喜んで受けとるよ! お揃いなんてすっごく嬉しい! ありがとう、お姉ちゃん!」

 

 

「はは、そこまで喜ばれると嬉しいな」

 

 

喜びのあまり姉に抱き付くと、姉は何ともないようにFriskを受け止めてくれた。

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん。着けてくれない?」

 

 

「いいよ」

 

 

Friskが姉にそう頼むと、姉は快諾し、Friskの右手首にブレスレットを着けてくれた。右手を陽光に翳すと、七色のハートが窓から差し込む光に反射して煌めき、特別感が増して見えた。

 

 

「Friちゃん、わたしにも見せてー」

 

 

「いいよー!」

 

 

傍にやってきた友人の一人にブレスレットを見せる。続々と集まってきた友人達が口にする『綺麗』、『かわいい』、『凄い』という言葉が、Friskは嬉しかった。

 

 

「………()()()、受け取ってくれて良かった」

 

 

「へ?」

 

 

「んーん、何でもないよ」

 

 

ふと、姉が何かを言ったような気がして、Friskは振り返る。姉は普段通りの笑顔で首を横に振り、何でもないと言った。

 

 

「……ありがとう、お姉ちゃん。大事にするね」

 

 

「ううん、喜んでくれてよかった」

 

 

改めてFriskが姉にお礼を言った所で、先程姉が入ってきた扉が再度開いた。

 

 

「おーい、××××。ちょっと来てくれ。分かんないところがあるんだ」

 

 

顔を出したのは姉の友人だった。その手には教科書らしきものが握られている。どうやら勉強で躓いたらしく、姉に相談に来たようだった。

 

 

「了解、直ぐ行くよ。………それじゃあね、Frisk」

 

 

「うん、またね、お姉ちゃん」

 

 

友人に笑って返し、姉はFriskに向き直ると、Friskの頭を撫でた。別れ際に姉が良く行う仕草だった。

 

 

「…………」

 

 

「………お姉ちゃん?」

 

 

不意に、姉の顔から笑顔が消える。そして、頭にあった手が、Friskの頬を撫でた。何時もならしない仕草に、Friskが困惑しながら姉に呼び掛けると、姉ははっとし、頬にあった手を離した。

 

 

「あぁ、ごめん。何でもないよ」

 

 

「……? そう」

 

 

先程の姉の行動は一体何だったのだろうと思いつつも、直ぐにまた笑顔になったのだし、姉の言うとおり何でもないのだろうと考えて、Friskは気にしないことにした。

 

 

「………それじゃあ、バイバイ、Frisk」

 

 

「うん、またね、お姉ちゃん」

 

 

姉はFriskに笑いかけ、手を振りながら出ていった。

 

 

その日の夜、Friskはベッドの中にまで姉から貰ったブレスレットを持ち込んでいた。姉とお揃いのそれを胸に抱き、睡魔の誘いのままに目を閉じる。

 

夢に落ちようとしたFriskの目蓋の裏に、ふと、昼間に姉と別れた際の姉の顔が浮かぶ。

 

 

 

 

 

どうして姉は最後に、あんな、寂しそうな顔をしたのだろう。

 

 

 

 

その事に後ろ髪を引かれながら、Friskは夢の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その次の日、姉は居なくなった。








とある日記より抜粋



『×月Ρ日


準備は整った。潮時だ。


これ以上計画を引き伸ばせない。きっとゲームが始まってしまう。


全ては、あの子を救うため。



だから。



その罪は、私がやらなくちゃね?』
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