――それは、いつから始まったのか?

 答えられる人は、誰もいない。
 そうなってる。そうなった。そうされた。

 もちろん、私にもわからない。
 だから私にわかるのは、一つだけ。
 ――私自身の始まりだけだ。

1 / 1
日常

 

 

 カツカツ、と。

 昼時の食堂。こんなにも人が集まっているというのに、静寂の中に一人分の靴音だけが響き渡る。

 きっと、先生や日直が「静かにしてください!」なんて幾ら叫んだって作り出せない程の、透き通るような静けさ。

 それを成しているものはただ一つ。靴音の主たる、一人の少女の存在感だけ――

 

「……ふむ」

 

 神秘的に輝くストレートの銀髪に、揺らがぬ意志の宿った紅眼。

 平日でもないのにきっちりと身を包む学校指定の制服を軽く持ち上げる、目測Cカップ程の胸。

 視線に沿って人波が割れる。カウンターまでの道が開く。それはまるで、かのモーゼの奇跡の如く――

 

 怜悧に引き締められた唇が、僅かに緩んで。

 そして、決定的な一言が発せられる。

 

 

「――一番いいミルクを頼む」

「お引き取りやがれください」

 

 

 圧倒的な空気感(カリスマ)が――一撃の下に、割れた。

 少女一人に支配されていた世界が、目覚ましビンタでも食らったかのように正常な流れを取り戻す。

 決定的だったのは、表情一つ崩さず放たれた銀髪少女の一言目ではなく、全力で青筋を立てた店員の少女の二言目(カウンター)。

 苦言を呈する、噂を囁くどころか、声を発することすらままならなかった人々の凍結が砕かれ……ざわざわと、辺りの口々が蠢き出す。

 

 ただし。

 そんなことを意に介するような銀髪少女であれば、これ程のカリスマは宿らない。

 そんなことを意に介するような店員少女であれば、これ程のカリスマは破れない。

 

 ――そう、観衆が視線を向け直せば、店員の少女もまたただならぬ存在感を持っていた。

 赤炎の如き赤髪のツインテールに、蒼炎にも似た碧眼……総じて、「炎のような」と形容するのが最も相応しいと全校集会が一致するような顔。

 崩れた店員用の制服を、二点で大きく盛り上げる巨乳。

 ――破壊力。こちらの少女を言い表すなら、その三文字となるだろう。

 

「……ふむ。何故だ?」

「残念ながらお客様、当店ではミルクはお出ししておりません」

「しかし、メニュー表には書いてあったが?」

「あぁあぁ、略しすぎました申し訳ございませーん。お客様が飲用されると事前にわかる場合は、と事前に入りますねー。つーわけでさっさと帰りやがれ」

 

 その語調には、黒く濁った嫌悪と悪意がぶっかけられていた。

 赤髪少女の炎の根本は、煮えたぎるような憎悪に違いない――そう余人が問答無用で本能的に感じ取れる程の、睨むような視線。

 銀髪少女と同等の存在感を持ちながらも、それがカリスマとして出力されないのは、こういった辺りに原因があるのだろう。レベルは同じでも、タイプ、クラス、属性、……方向性。そういったニュアンスのものが決定的に異なっている。

 

「……相変わらず酷いな。感情に流されるまま、自分本位にルールを塗りつぶそうとするのは君の悪い癖だぞ?」

「いまのあんたには言われたくない。どこぞのお偉いさん方と会議の時間じゃなかったの? こんな場末の食堂で何油売ってんのよ、無能生徒会長サマ」

 

 しかし。悪意満点の赤髪少女に対し、いましがた生徒会長であると発覚した銀髪少女は常の笑みを崩さない――どころか、ニヤニヤと笑い始めた。

 まるで、微笑ましくてたまらないといった風に。

 

「ふふふふふっ。散々疎ましがりながらも、私の予定はちゃんと把握してるのだな? 何だかんだ、君はかわいいぞ」

「か、かわっ……!? ……寒気がするわやめろ気色悪いふざけんなこら――」

 

 器が大きいと言うべきか、「鈍い」や「バカ」「唐変木」といった罵倒が正しいのか。……あるいは、両者を等号で結んだ形こそが真実か。

 どうあれ、ここまであからさまな悪意を叩きつけられているのにも関わらず、銀髪少女は赤髪少女にむしろ好意すら向けていた。

 

 一瞬だけ僅かに頬を染めた赤髪少女は、すぐに如何にも怖気が走ってますといった表情になり、そのまま憤怒まで一気に駆け上がっていって――

 

「というか、忘れてんじゃないでしょうね……!?

 ――あんたは、私の『家族』の仇なのよ!!

 いつか燃やす、必ず燃やす! お望みなら、いまここでやってあげましょうか――!?」

 

 ――己の核心を、叫びに乗せて叩きつけた。

 彼女こそは、この世界でただ一人の(・・・・・・・・・・)復讐者(アヴェンジャー)。世に横たわる理不尽な理と、それを象徴する銀髪の生徒会長に歯向かう者。

 

 赤髪から、炎が吹き上がる。

 比喩ではない。――『魔法(のろい)』だ。

 そして、ここが公衆の面前であることを忘れてはならない。ざわめきながらも去って行ったり、様子を見続けたりしていた人々……その内の後者が形作っていた円陣の中から、一斉に悲鳴が上がって――

 

 静めるように、銀髪少女が観客へと片手を伸ばした。

 そのまま、一歩前に出る。

 

「ああ、忘れていないとも。……その恨みは正当なものだ。

 ただで燃やされてやれる程、私の背負ったものは軽くはないが……それでも、挑戦に対し受けて立つくらいはしてやるとも。――然るべきとき、然るべき場であるなら、な」

 

 ――怨嗟への答えを、静かに決然と述べ上げた。

 彼女こそは、この世界で紛うこと亡き(・・)一番の強者。世の理、世の秩序の代行者にして代弁者……そして、守護者。

 

 銀髪を揺らして、涼風が通る。

 比喩ではない。――『魔法(きせき)』だ。

 風が、漏れ出した炎へと撫でるように絡みついて、鎮めていく。

 流麗で見事な相殺魔法。周囲から、感嘆の声が漏れた。

 

「ここでは被害が大きくなる。……お互い、それは望む所ではなかろう?」

「……ちっ」

 

 頬を膨らませながら、赤髪少女は炎を引っ込める。

 よくよく見れば、少しバツが悪そうに頬を染めている。……本当に真面目で、健気で、いい子だ。そういう所が好みなのだと、銀髪少女は思っているが……その想いは、ずっと前から一方通行なままだった。

 

「落ち着いてくれたようで何よりだ。……ところで、結局私のミルクはどうなる?」

 

 何だかんだで、二人の因縁は長い。

 憎む相手とはいえ――いや、憎む相手だからこそ、よく見ている。

 だから赤髪少女には、銀髪少女が純粋にミルクを期待しているのがよくわかった。こいつはそういう奴(ミルクガチ勢)なのだと、元から嫌だったのが更に嫌になる程理解していた。

 ここで下手にごねれば、長引く。それはできれば避けたいと、そう考えながら――

 

「……はぁ。……ああもう、出せばいいんでしょ出せばっ!!」

 

 ドンッ!! と。

 実際の衝撃に比して随分と大きい音が鳴るように上手く叩きつけて、赤髪少女は俯き姿勢からの少し顔を上げて下から睨みつけるコンボを放った。

 

「――一万円よ」

「殺生な!?」

 

 結局長引いた。

 

 

 




多分続きません
『家族』は『』付きなのが肝という裏設定。基本、シリアルな世界ってイメージです

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。