「・・・・・・雨か」
言わなくても分かる。どんよりとした空から無数の水滴が落ちてきている今の天気は、雨だ。
俺の初めての大洗女子学園艦乗艦日は、雨となってしまった。
これから1ヶ月ちょっとの間、ここでお世話になる身としては幸先が悪い。
(ま、いつものことだ。気にしない、気にしない)
俺はすぐに思考を切り替えて、鞄から折り畳み傘を取り出して差す。
俺にとって何か特別な日が雨になってしまうのは、もう慣れたことだ。
中学、高校と入学式は雨だったし、中学は卒業式も雨だった。学校の遠足や研修旅行も、雨で延期するか、中日が雨になることだってざらだ。
それと、友達と遊びに行く日や、遠出しようとする日に限って雨になったりする。
俺は、典型的な雨男だった。
最初の内は雨が降るたびに文句を言ったり溜息を吐いていたが、今は『また雨か』程度にしか感じない。俺の友達も、俺の雨男体質を分っているのかよくからかってくる。
つまり俺は、自分が雨男だということに慣れてしまっていた。
(さて、どこだっけ)
それはともかく、これからお世話になる宿の場所をもう1度スマホで調べる。どうやら、目的地は船尾側にあるようだ。
まるで学区を丸ごと船の上に乗せたようなこの学園艦の全長は7600メートル。今俺がいるのは、その中間よりやや船首寄りの場所だ。3キロ程度なら歩いて行ける。
「結構雨強いな・・・」
せっかくなので海が見える側面の道を歩いているが、雨の勢いは強い。傘に当たる雨の音はバタバタと大きくて、肩に掛けているバッグにまで雨が当たっている。防水性のバッグだが、油断はできない。
けど、この雨の中で3キロ近く歩くのは正直言ってしんどい。気温が元々高い上に湿気もあるので、汗で服の中が気持ち悪い状態になっている。
(ちょっと休むか・・・)
情けない話だが、仕方がない。
辺りを見回すと、1つ下の階層に海に面した公園がある。そこにはちょうど東屋のような場所があったので、そこへ行くことにした。
階段を下りて公園を小走りに進み、東屋に駆け込む。傘に当たる雨の音が聞こえなくなり、一安心だ。
「ふー・・・」
俺は傘を閉じて、そこで初めて東屋の中の様子を見る。
ここには2人掛けのベンチが2つある。
その内の1つには、1人の少女が座っていた。
黒いショートヘアのその子は、白のフード付きウィンドブレーカーに、細めのジーンズと言う装い。この子も雨宿りだろうか。
そして、その子は俺のことをびっくりしたような目で見ていた。
(まあ、仕方ないよな)
何せここは、大洗『女子』学園艦。本来なら俺のような高校生男子はこの学園艦には存在しないはずなのだ。現に乗船するとき、白いセーラー服の船舶科らしき女子と、大洗の制服を着たおかっぱ頭の風紀委員から厳しめの乗船審査を受けた。
(っと、そうだった)
そこで俺は、肝心なことをを忘れていた。
ポケットからスマートフォンを取り出して、ある番号へと電話する。
『もしもし?』
電話の相手は、やや年上の女性。俺の高校の担任だ。
「もしもし、
『あ、村主。大洗に着いた?』
「はい、どうにか」
俺がこの大洗に来ていることは、この先生も知っている。と言うか、先生の計らいでここに来られたのだ。
『初の大洗はどう?』
「いやー、雨で・・・ちょっと縁起悪いです」
『そうか・・・何か先行き不安な感じだな』
「ごもっともです」
肩を竦めながら答えると、電話の向こうで先生が軽く笑った。
『それじゃ、手はず通り明日から実習だな』
「はい。その前に生徒会に挨拶をするようにと、言われてます」
『よし、明日から頑張ってな』
「分かりました」
これで話も終わりかなと思ったので電話を切ろうとしたが、『あ、そうそう』と先生が何かを言いかけたので、電話を切ろうとする指を止める。
『言うまでもないとは思うけど、粗相のないようにね』
「・・・はい、重々承知してます」
『それならいい。それじゃあ』
「それでは」
今度こそ、電話を切る。
『粗相をするな』とは、夏休み前にも言われたことだ。何せ男の俺が実習とはいえ女子高に行くのだから。もしうっかり間違いでもすれば、俺の学校のイメージダウンにつながるし、何より俺の社会的地位が無くなる。
「・・・外から来たんですか?」
「え?」
そんなことを考えていて、いきなり声をかけられてびっくりした。
その声の主はベンチに座っていた女子で、俺のことを不審と言うよりは興味ありげに見ていた。どうやら、俺が電話していたのを聞いて、外から来たことに気付いたらしい。
「・・・はい」
「そうなんですか」
答えないのも印象が悪かったので、大人しく答えた。
(あれ?この子って・・・)
そこで、俺は気づいた。
この子の顔を、どこかで見たことがある。それも、結構最近に。
そんな引っ掛かりにも気づかずに、少女はさらに問いかける。
「生徒会に挨拶って言ってましたけど、何かご用事が?」
「えっと・・・夏休みに、ここで実習があるんです。戦車の整備の」
「え?」
俺の答えに、少女が目を丸くした。
俺がこの大洗にいる理由は、戦車の整備の実習を受けるためだ。
元々俺が通っている高校は、技術系の専門学校。手っ取り早く説明するなら、エンジニアを育成するための学校で、そこそこ歴史がある学校だ。
俺は将来、戦車の整備士志望なのだが、残念なことにウチの学校は戦車道の授業がなく(そもそも女子があまりいない)、戦車に関するカリキュラムもなかった。
戦車道をやっていて、かつ専門の科目があるのはお金持ちのサンダース大学付属高校だ。しかし、残念ながら学費が足りず、家族に負担をかけさせるわけにもいかなかったので諦めた。
それでもどうにか、勉強や、必修の技術の授業を受けて、戦車の整備士になるためにできる限りのことはした。
そして今年で3年生になり、夏休みの外部実習を控えて、担任との面談の時。
俺は、無理なお願いと分かっていても、戦車の整備実習を受けたいと言った。
「担任が大洗のOGでして。自分が『戦車の整備実習を受けたい』って言ったら、母校の大洗に相談してみるって言ってくれて。それで、受け入れてくれたんです」
「・・・そういうことですか」
事情を話したところで、少女の表情が変化した。
妙に、嬉しそうになったのだ。
「でも、戦車が好きな男の子って珍しいですね」
「ええ、学校でもよく言われました」
戦車を用いる武芸『戦車道』。それは伝統的な乙女の嗜みであり、男が入る余地がない。つまり、『戦車道=女のもの』と言うイメージが根強くあり、そこに自分から首を突っ込もうとする俺は、ハッキリ言って異端だろう。
それでも俺が戦車の整備士を目指すのには、もちろん理由だってある。
「母が元々戦車乗りで、自分が小さいころからよく戦車の話をしてくれました。戦車のおもちゃや本をくれたり、試合にも連れて行ってくれました」
「へ~、本当に戦車が好きな人なんですね」
「ええ。でも、成長してから男は戦車に乗れないって知って、ショックでした・・・」
「あー・・・それは確かに・・・」
話を聞いて、少女の表情が陰る。
気づけば俺は、自然とその少女の隣に座っていた。立ったまま話していると俺の方が見下しているような感じがするし、離れて座っても変な感じだったから。
「それでもどうにかして戦車に携わりたいと思って、整備士の道を選んだんです。元々、手先は器用だってよく言われていたので」
その俺の言葉で、少女の表情も少しだけ明るくなってきた。
「そうですか、戦車の整備を・・・」
「?」
「私、この大洗で戦車道をやってるんです」
少女の言葉、今度は俺の方が驚く。
そこで、俺は光の速さで記憶を辿って、思い出した。
「あなた、今年の決勝戦に出てた・・・?」
「ええ、出てました」
この少女は、大洗の数少ない戦車道履修生の1人だった。
もはや伝説とも言われるレベルの、大洗女子学園対黒森峰女学園の決勝戦。俺はもちろん戦車好きとして、その試合を生で観戦した。
その試合の内容は、まさにドラマチック。最初の撃ち合いから、高地の攻防、川での救出、マウス攻略、最後の一騎打ち。最初から最後まで、見逃せない展開だった。胸が熱くなるように感じるほど、面白かった。
「そうだ、表彰式にいましたね!」
その試合の後の表彰式で、俺はこの子の顔を見たのだ。それを思い出した。
ただ、この子がどの戦車に乗っていたのかは分からなかったが。
「だから、お世話になるかもですね」
「ええ、確かに」
この子も戦車道履修生となれば、戦車の実習に来た俺もまたこの子の世話になるだろう。
「・・・わざわざ外から来たんじゃ、いきなりこの天気で残念でしたね・・・」
少女が東屋の外を見る。相変わらず雨の勢いは強くて、一向に止む気配も、弱まる気配も見せない。実習に来たのにこの天気では、俺も気が滅入ると思ったのだろう。
「いや、慣れっこですよ。自分、雨男みたいなんで」
「雨男?」
「ええ。今日みたいに自分にとって大切な日って、いつも雨なんです」
半ば自分を卑下するように笑う。
「それでも、雨は好きですけどね」
だが、俺は雨男と言う体質にはうんざりしているが、雨自体は嫌いではなかった。雨上がりのアスファルトの香りとか、雨の音とか、少し霞んだ街並みは好きだ。
「私も、雨は好きです」
「あ、そうですか」
そこで、少女の顔が少し明るくなったのが印象に残った。
どうやらこの子、相当雨が好きらしい。
「こうした雨の日に出掛けるのも好きなんですよね~」
「へぇ~・・・自分はあまり外には出ないですね・・・」
この子はどうやら雨でも気にせず出掛けられるらしいが、俺としては雨の日は極力自分の部屋で読書や勉強、ゲームなどをしている方がいい。晴耕雨読、に近い。
「お、少し弱まってきた・・・」
少女と話していると、雨足が弱まってきた。今日はもう雨が止むことも無いだろうし、今のうちに宿まで急ぐとしよう。
「それじゃ、自分はそろそろ宿に向かいます」
「あ、送って行きましょうか?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとう」
流石に、初対面の人に道案内してもらうのは気が引ける。それに、スマホで道も分かる。何より、男が女の子の手を煩わせるわけにもいかない。
「それでは、お気をつけて」
「ありがとうございます」
立ち上がってバッグを肩に提げ、傘を広げて歩き出そうとしたところで。
「あ、そうだ」
少女が思い出すように声を出した。俺は思わず立ち止まって、振り返る。
「まだ、名前を聞いてませんでした。私は、ナカジマって言うんですけど・・・」
少女が名乗ったので、俺も名乗るべきだろう。
「村主です、
「村主さんね。分かりました、ありがとうございます」
お互いお辞儀をしてから、
「それじゃ、実習で会いましょうね」
「・・・はい」
そうだ。あの子も戦車道履修生だから、実習で会うのだ。名前を知っていても別に悪くないだろう。
そして俺は、その子と別れて元の階層に上がり、もう一度海が見える道を歩く。
雨の勢いは落ちたが、それでも海は少し霞んで見える。
今日から1か月あまりとはいえ大洗での生活が始まるには少し心許ないが、それでも悪くない景色だ。
そして、先ほど戦車道履修生の少女と知り合えたのもよかった。少しだけ、実習に対する不安が軽くなった気がする。
明日からの実習の無事を祈って、俺は宿への道を急いだ。
どうもこんにちは。
初めて読んでくださった方は、初めまして。
続けて読んでくださっている方は、どうもありがとうございます。
ガルパン恋愛シリーズの6作目、
ナカジマの物語の始まりです。
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