雨恋   作:プロッター

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雨籠

 村主の実習は3周目に突入し、季節も8月で夏真っ盛りとなってしまった。

 この時期の風物詩はセミの鳴き声、青い空に輝く太陽と決まっているが、最近ときたらセミはやかましいし、日光も下手をすれば命を落としかねないほど強い。こんなことでは風物詩も何もない。

 そんな中でも戦車道の訓練は行われるので、村主は今日も今日とて戦車の整備に勤しんでいる。暑いのは耐えられないが、村主は戦車の整備の実習のためにここへ来たのだ。遊びに来たわけではないので、文句など言ってられない。

 

「じゃあ村主は、Ⅳ号の整備を手伝ってあげて」

「分かった」

 

 朝礼を終えてから、ナカジマの指示を受けてあんこうチームのⅣ号戦車に向かう。この3週間で、村主も大洗の戦車の整備は問題なくできるようになっていた。今ではこうして、1人で整備にあたることも多い。

 戦車の整備士になる、という夢を叶えるためにこの実習を希望したのだ。それで整備の術を学べないようではここに来た意味もないし、この実習を取り付けてくれた教員にも示しがつかない。だから、1人で整備をするに値するほど技量が認められている今は、好ましい状況ともいえる。

 

「すみませーん、整備の手伝いに来ました~」

「あ、はい。お願いします」

 

 声をかけると、みほが返事をしてくれた。沙織と華も頭を下げてくれる。前の徹夜作業の際に夕飯の弁当を作ってきてくれたこともあって、彼女たちとはそこそこ打ち解けてはいる。

 なので変に遠慮したりはせずに、早速整備を始めようと戦車の下を覗き込んで。

 

「うわっ!?」

 

 戦車の下で誰かが倒れているのを見つけた。ぐったりとしていて、ピクリとも動いていない。

 ふと思い出すのは、先週の徹夜中に倒れてしまった自分自身。倒れた時の記憶がないが、ナカジマの言っていた通りなら、あの時と状況は同じだ。

 思わず工具箱をかなぐり捨てて戦車の下に潜り、その倒れている人の下へと這いながらも全力で向かう。

 

「だ、大丈夫ですか・・・!?」

 

 倒れていたのは小柄な少女だ。長い黒髪と白いカチューシャの少女は、うずくまるように体を丸めて、目を瞑っている。

 このⅣ号戦車―――あんこうチームの操縦手の冷泉麻子だった。

 

「どこか具合が悪いんですか!?」

「・・・・・・だるい、つらい」

 

 うめくように声を洩らす麻子。どうやら重症らしい。

 急いで処置をしなければと、どうにかして外へ引っ張り出そうとすると。

 

「あーっ、麻子ったらそんなとこで寝てて!」

 

 村主の声が聞こえたらしく、戦車の下を覗き込んでいた沙織が声を上げた。村主は即座に、沙織にも助けを求めた。

 

「武部さん!冷泉さんが・・・」

「あ、ごめんなさい・・・麻子って低血圧で朝が弱くて、そうなることが多いんです・・・」

 

 言いながら沙織もまた戦車の下に潜り、『村主さんの邪魔になるでしょー?』と言いながら麻子を引っ張り出そうとする。麻子は変わらず、気だるげな感じで沙織のなすがままに、戦車の外へ引きずり出された。冷静に見ると、麻子は確かに怠そうではあるが、目に見えるレベルで容態が悪いというわけでもなさそうだ。周りも、取り立てて騒いでいる様子はない。

 村主が午前中で、このⅣ号の整備を手伝うのは今日が初めてだった。M3やルノーなどの時はこんなことがなかったので面食らったが、あんこうチームにとってはあれが普通らしい。普段から麻子はのんびりしているように見えたが、まさか学生で低血圧だったとは。

 とにかく、先ほど動揺のあまり投げてしまった工具箱を回収してからまた戦車の下に潜り、改めてエンジンの整備に入る。

 実習が始まったばかりのころは、ナカジマの指導の下で教えてもらったことをこなすだけで精いっぱいだった。今は、あらかた整備の仕方も身に付いてきたので、そこそこ心に余裕ができている。

 

「・・・手際がいいな」

「へ?」

 

 不意に横から声をかけられて、間抜けな声を上げてしまった。見れば、先ほど戦車の外へ連れ出された麻子が、横で仰向けに寝転んでいた。

 

「・・・・・・さっきはすまなかった。沙織も言っていたが、私は低血圧で朝が弱い、あー・・・」

 

 『地面冷たい・・・』などと言いながら、まるで身を委ねるように声を洩らす麻子。

 

「・・・何でさっきは戦車の下に?」

「・・・・・・日陰で涼しいと思ったが、意外とそこまででもなかった」

「そんなもんですよ」

 

 戦車の下は確かに日は当たらない。だからと言って熱気は防げないし、狭くて圧迫感もあるため、本当にそこまででもない。整備をする村主だっていつも汗だくになってしまう。

 

「本当に大丈夫なんですか?」

「・・・・・・ああ、いつものことだ」

 

 とりあえず、こうしてまともに会話ができているので心配はないだろう。いつもあんな感じで世話をしているのであれば、沙織もタフなものだ。

 そう思うと、先ほど何も知らずに狼狽えていた自分がどうも恥ずかしくなってくる。

 

「それにしても、その体質で戦車に乗るのは大変なのでは?」

 

 そんな恥ずかしさを忘れようと、適当に話題を振ってみた。すると、麻子は少しばかり『うむ・・・』と口ごもる。

 

「・・・・・・確かに大変だが、西住さんには借りがあるからな」

「借り?」

「・・・・・・遅刻していたところを助けてもらった」

 

 麻子は体質のせいか、朝がすこぶる苦手で遅刻の常習犯らしい。だが、2年生になり少し経ってから、通学途中でみほに偶然出会い、フラフラな麻子を学校まで連れてきてもらったらしい。そこに恩を感じたこともあり、麻子は戦車道を履修したという。

 

「・・・・・・西住さんには、感謝してるんだ」

 

 村主は整備をする手を止めないで、麻子の話に耳を傾ける。

 

「・・・・・・正直、私は人より少し勉強ができるだけで、あとはこれと言った取り柄もない。学校だって、『怒られない程度に行ければいい』ぐらいにしか思ってなかった」

 

 実際のところ麻子は、遅刻の件でそど子からちょくちょく怒られているのだが、それはまた別の話だ。

 

「・・・・・・だが、西住さんに図らずも会ったおかげで、こうして戦車道を始められた」

「・・・・・・」

「・・・・・・自分の力を発揮できる場所ができて、仲間も増えて。何もなかった学校に、色がついた感じだ」

 

 麻子は仰向けになったまま、戦車の底面を見つめているだけだ。だが、その目に映っているのは果たして戦車だけなのだろうか。

 その表情は、無表情には近いものの、嬉しさを込めているような、そんな表情だ。

 

「・・・良かったですね」

「・・・・・・ああ、全くだ」

 

 上手く言葉にはできないが、その村主の言葉だけで麻子には通じたらしい。

 

「・・・・・・にしても、手際がいいな」

 

 それはどう聞いても、村主に掛けられた言葉だった。自分が整備しているところを指しているのだと気づく。

 

「ナカジマたちに教えてもらいましたから」

「・・・・・・整備の実習も大変そうだな」

「戦車が好きですから、そんなに苦じゃないですよ」

 

 

 

 指先に、痛みが走る。

 

「痛っ・・・!」

 

 思わずナカジマは、工具を落としてしまい自分の指先を抑える。それを聞いたスズキが、慌てて戦車の下を見た。

 

「大丈夫?」

「大丈夫・・・ちょっと挟んじゃっただけだから・・・」

 

 強がりなどではない。ポルシェティーガーのエンジンルームの蓋を閉めるためにボルトを絞めていたら、うっかりして自分の指を巻き込んでしまっただけだ。切ったり折れたりしたわけではない。

 だが、指先からは鈍い痛みが続いていて、指を抑えて少しでも痛みを和らげようとする。

 スズキに促されて一旦戦車の外へ出て、指先を見せると少しだけ腫れていた。それも、強めに挟んでしまったからか結構赤くなっている。

 

「ちょっと水で冷やしてくるといいよ。それと、絆創膏も貼っておくといいと思う」

「・・・・・・うん」

 

 すごすごと、ナカジマはガレージの外にある水道の蛇口へと去っていく。

 それをスズキが見送るが、モーターを整備していたツチヤが話しかけてきた。

 

「ナカジマ、どうかしたの?」

「指を挟んじゃったんだって。赤く腫れてたから、水で冷やすように言っといた」

 

 事情を聞いて、ツチヤは『ふーん・・・』と呟いてから。

 

「なんか、初めてかな?ナカジマが怪我するのって」

「・・・・・・言われてみれば、そうかも」

 

 そこへホシノもやってきて、話を聞くと『ふむ』と顎に指をやって考える。

 

「今、村主って何してる?」

「確か、Ⅳ号の整備を手伝ってるはずだけど・・・」

 

 ホシノに訊かれてスズキがⅣ号の方を見ると、ちょうど戦車の下から村主が出てきたところだった。

 だが、そのすぐ後に麻子も出てきたのを見て。

 

「「「あ」」」

 

 3人の声が揃う。

 なんとなく、ナカジマの不調の原因が分かったような気がした。

 

「・・・やっぱりツチヤの言う通りかもね」

「それはまだわかんないけど・・・」

 

 土曜日の学園長とのレースの後、村主とナカジマがどういう関係なのかをツチヤは予想し、スズキとホシノも概ねそうかもしれないと思っている。

 だが、やはり『そういう』経験が無いから、まだ確証は持てていない。

 

「直接聞いた方がいいんじゃない?」

「そうだね・・・もうナカジマ、ケガするぐらいには整備に手がついてない感じだし、早いとこ吐き出させないと」

 

 ナカジマが『ある気持ち』に気を取られて、作業に集中できていないのは明らかだ。さっきは指を挟む程度で済んだが、このままではもっと大きな怪我をするかもしれない。そうならないために、ナカジマに本心を話させるべきだ。

 

「今日の訓練が終わったら、訊いてみるよ」

 

 ツチヤが手を挙げると、ホシノとスズキも頷く。だが、スズキは忠告するように言った。

 

「でも、あんまりストレートに訊くと逆に答えてくれないかもしれないから、そこは注意しなよ」

 

 

 

 

「村主は何かあった?今日の訓練で気になること」

「はい?」

 

 その日の実車訓練が終わって、軽いミーティングの時間。カメさんチームの杏から話を振られた村主は、言葉に詰まった。

 実習を始めて3週間、大洗のメンバーとも打ち解けてきてはいると思ったが、まさか訓練についての意見まで求められるとは思わなかった。初めてのことに、内心ではひどく動揺している。

 

「なんだ、まさかぼーっと見ていただけなのか?」

「いえ、そんなことはないですけど・・・」

 

 桃に指摘されるが否定する。元々村主は、観測台で戦車の動きは見ていたが、それは戦車の不調がないかどうかを確認するためだ。だから、決して桃の言うようにぼーっとしていることはない。

 だが、改めてどこか変わったところがないかを訊かれるのは、少しばかり緊張した。

 

「えっと、あまり難しく考えないでください。ちょっとでも気になったところとかあれば、それでいいんです」

 

 隊長のみほも、村主が緊張しているのが分かっているのか、やんわりと補足してくれた。

 村主としても、気になる点は確かにあった。それを言えばいいのだろうが、言ってもいいものかと逆に不安にもなる。

 

「いいから言ってみ?」

 

 杏に背中を軽く叩かれ、他のメンバーの視線も感じつつ、口を開いた。

 

「・・・三式の動きが、少しぎこちなかったような、感じがしました」

 

 三式中戦車チヌ―――アリクイさんチームの戦車の動きが、他に比べてギクシャクしているように見えた。それが気になったのだ。

 指摘を受けて、アリクイチームのメンバーが『うっ・・・』と反応を見せる。

 カバさんチームのカエサルたちも奇抜な服装をしていたが、アリクイチームの3人も負けず劣らずの出で立ちだ。猫耳だの桃の眼帯などを着けているし、セーラー服のリボンが無い。おまけに内襟もないせいで胸の谷間が普通に見えていた。どう考えてもダメだろう。

 しかし、今重要なのはそれではなく、戦車の動きについて。

 

「もしかして、戦車にどこか整備不良が・・・?」

「あ、い、いいえ・・・ボクたち、力が弱いから・・・」

「戦車を動かすのも一苦労もも・・・」

 

 瓶底眼鏡と猫耳を着けているのがねこにゃー、桃の眼帯とピンクのカチューシャを着けているのがももがー。この2人に加えて、後ろで縛った銀髪のぴよたんの3人で構成されるのが、アリクイさんチームだ。

 彼女たちはネットゲームを通じて知り合い、戦車に乗り始めたのだ。だから彼女たちの名前も、そのネトゲで使うハンドルネームらしい。

 そんな彼女たち、体力がほとんどないと言う。戦車の操縦には力が必要なので、非力な彼女たちにとってはそれさえもままならないのだ。だから動きが良くなかったのだ。

 それはみほはもちろん桃も分かっているらしく、『少しは鍛えろよ』と桃が忠告すると、ねこにゃーたちは小さくなるように頭を下げた。

 

「よーし、それでは今日の訓練はこれまで!解散!」

『お疲れさまでしたー!』

 

 気になるところはそこだけだったので、最後に桃が号令をかけて解散となった。

 ここからは普段通り、レオポンチームと村主が残って大体日没まで戦車の整備。もう十分慣れてきた。

 ナカジマがどの戦車を誰が整備するかを分担し、村主は今日は三式中戦車と八九式中戦車に決まった。

 早速村主は工具箱を持って三式中戦車に向かうと。

 

「ぐぬぬ・・・」

「重いナリぃ・・・」

「腕の骨が折れるぴよ・・・」

 

 砲弾をダンベルのよう掴み、腕を鍛えようとしているアリクイチームの3人。全員顔が真っ赤になっていて、ただ持つだけで精いっぱいな感じだ。

 

「・・・筋トレですか?」

「うぴゃぁ!?」

 

 声をかけると、ももがーが妙な声を上げて砲弾を落としてしまった。低い金属音がガレージの中に響く。

 

「び、びっくりしたもも・・・」

「すみません、驚かせるつもりはなかったんですが・・・」

 

 謝って、確かに前置きもしないで急に話しかけたのはいけなかったと自省する。

 一方で、砲弾を落としたももがーは、そそくさと拾い上げて元あった場所に戻し、ねこにゃーたちも同じように砲弾を片付ける。

 

「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないにゃ・・・」

「腕痛いぴよ・・・」

 

 戻したら戻したで、今度は腕を押さえる3人。普段からあまり筋肉を使うことがないらしく、少し動かしただけで早くも筋肉痛になったらしい。

 

「村主さんは、筋肉結構ある方ぴよ・・・」

「え?」

 

 ぴよたんに言われて、自分の腕を見る。確かに村主は、筋肉モリモリマッチョマンと言うわけではないが、標準より少し上程度には筋肉がついている。

 

「まあ、整備って大体力仕事が多いですし、自然と力がついてくるんですよ」

「羨ましいにゃ・・・」

 

 しかし、と村主は思う。

 

「よく、戦車に乗ろうと思いましたね」

 

 その体たらくで、とは言わない。

 だが、自分たちには力がないことは分かっていただろうに、それでも力が必要な戦車に乗ろうと思ったきっかけは何だろうか。

 

「いやー、ゲームなら戦車の操縦はお手の物だったケド・・・」

「現実は非情であるぴよ・・・」

「それは当たり前でしょう・・・」

 

 ゲームで上手くできたからと言って、現実でも上手くいくわけではない。戦車もゲームの中ならキー1つで動いたりするのだろうが、本物は操縦桿だのペダルだのがあるから勝手は違う。

 

「それに、西住さんの力になりたかったし・・・」

「?」

 

 ねこにゃーが指をもじもじ合わせながら言ったので、村主は首を傾げる。

 

「西住さん・・・熊本から転校してきて色々大変だったみたいだし・・・何とか力になってあげたかったから・・・」

 

 ももがーは照れ臭そうに、頭に手をやって。

 

「私は、戦車の操縦がリアルでできるって聞いてテンション上がっちゃって・・・」

「西住さんのことは、学年が違うからよく知らなかったけど・・・でもすごい人だって聞いてたっちゃ」

 

 ももがーは1年、ぴよたんは3年。そんな彼女たちは、ねこにゃーの呼びかけで同じ戦車に乗るようになった。不器用ながらも、戦車に乗って戦うことを決めたのだ。

 初戦はレオポンチームと同様に黒森峰との決勝戦だが、彼女たちの三式中戦車は序盤の黒森峰の奇襲にやられてしまった。その際、Ⅳ号を守る形で撃破されたのだが、あれは偶然だったとのことだ。

 

「でもこのままじゃダメだと思うし、手近なところから筋トレしようと思うにゃ・・・」

 

 今日、村主から指摘を受けて改めて体を鍛えようとしたというわけだ。

 自分の言葉でそうさせてしまったのもあり、村主は笑ってそれを応援することにした。

 

「頑張ってくださいね。でも砲弾をダンベル代わりにするのは危ないと思いますよ」

「あはは・・・その通りナリ・・・」

 

 砲弾も戦車道で使う大切なものだし、結構重い。持ちづらいのでダンベルの代わりにはならないだろう。

 

 

 今のナカジマの様子を表現するなら、『悶々』だろうか。

 

「・・・・・・」

 

 スパナを手に、自分の肩をトントンと叩きつつ村主の様子を伺っている。その顔はどこか寂しげ。その視線の先にいる村主は、アリクイチームと何かを話している様子。

 

「・・・・・・はぁ」

 

 溜息をこぼして、ナカジマはⅣ号の整備に入る。

 一方でホシノたちは、気が気じゃない。

 

(頼むから早く作業してくれ村主・・・)

(ナカジマの様子が明らかに違うんだから・・・)

(こっちは冷や冷やしっぱなしなんだよ~・・・)

 

 ホシノとスズキ、ツチヤの3人は、ナカジマの様子をチラチラ伺いつつもそれぞれ戦車の整備をして、かつ村主に無言で『作業に戻れ』と思念を送るという高度な技を揃って使う。

 昼前にナカジマがちょっとした怪我をしたのは3人とも知っているし、だからこそナカジマが作業に集中できていないのも分かる。

 その原因である村主が普通に作業をしてくれればその心配も不要になるので、早いところ村主には作業に戻ってほしかった。村主がサボっているとは思っていない辺り、信頼してはいるのだが。

 

「・・・・・・」

 

 その時、ナカジマがふっと笑った。

 どういうことかと村主の方を見れば、村主はアリクイチームの面子と別れて、三式中戦車の整備に取り掛かろうとしていた。

 そして、それを見届けたナカジマは、実に嬉しそうにⅣ号の整備に取り掛かっている。

 

「・・・もう、完璧アレだね」

「・・・うん」

 

 素早くスズキの傍に移動したツチヤが耳打ちすると、スズキも笑って頷いた。

 どうやら、ツチヤの勘は当たっていたらしい。

 

 

 

「よーし、今日はそろそろ上がろうか~」

『りょうかーい』

 

 全員の整備が終わったことを確認して、今日は終わりだ。外は陽が沈んですっかり暗くなってしまったが、暑さはまだ引いていない。まさしく夏だ。

 

「ん、ナカジマ?」

「え?」

 

 だが、そこで村主が何かに気付いてナカジマを呼び止める。

 指差したのは、ナカジマの左手。絆創膏が巻かれているその指は、朝の整備で挟んで腫れてしまったところだ。

 

「それ、どうしたんだ?」

「ああ、これね・・・ちょっと朝、うっかり挟んじゃって」

「大丈夫か?」

 

 村主が気になっていたから、など言えるはずもないので少しぼかして伝えると、村主は心配そうに言ってくれる。

 そして、さらっとナカジマのその左手を優しく包むように握って、患部を不安そうに見つめてきた。

 

「・・・うん、大丈夫。もう痛みも引いてるし・・・」

「そうか・・・。けど珍しいな、ナカジマがケガするなんて」

「あはは・・・そうだね。気を付けるよ」

 

 変わった様子が無いように話しているが、ナカジマは心臓が痛いぐらいに跳ねていた。村主が手を握っているのだから、熱が伝わっていないか心配で、さっきまで作業をしていたから、汗の匂いを気にしていないかが不安だ。

 だが、村主はナカジマの言葉で安心したのか手を放す。嫌悪感などを抱いているようにも見えない。

 心の中でナカジマは安堵の息を吐くが、ほんの少しだけ手を離したのが残念と思ってしまう。

 

「あー、ナカジマ?ちょっといい?」

 

 そこでタイミングを見計らっていたのか、ツチヤが話しかけてきた。

 

「ちょっと話があるんだけどさ、時間ある?」

「うん。あるけど・・・」

「ごめんね~。でもそんなに時間は取らせないから。村主は先に帰ってていいよ~」

「あ、ああ・・・」

 

 そこで村主だけ帰るように言われて、村主はもちろんナカジマも疑問に思った。村主に聞かれては困る話となると、2人には思いつかない。

 だが、食い下がるわけにもいかなかったので村主は大人しく帰ることにした。これで残ったのは、レオポンチームの4人のみ。

 

「何、話って」

「いやぁ、実は気になってたんだけどさ~」

 

 普段通りの口調で話しかけるツチヤ。

 一方で傍にいるホシノとスズキは笑ったままだったが、心の中では。

 

(さりげなく訊いてよツチヤ・・・あまり正直すぎると誤魔化すかもしれないし・・・)

(まだ『そう』って確証もないんだから・・・。変に決めつけるように訊くと気を悪くさせるかもしれないし・・・)

 

 ナカジマに直接真意を訊くということになり、それを訊くのはその推測を立てたツチヤに決まった。

 ホシノとスズキはハラハラしながら2人の様子を見ていたが。

 

 

 

「ナカジマって、村主のこと好きなの?」

 

 

 

 

((ちょっとぉ!?))

 

 あろうことか、ツチヤは直球で質問を投げ込んだ。これにはホシノとスズキも黙っていられない。

 

「ちょっと、ツチヤ!言ったじゃん、もっと遠回しに、慎重に訊けって!」

「いや~、でもあんまりまだるっこしいのは嫌だし・・・」

「なんでこういうところで思い切りがいいのさツチヤ・・・やっぱり私が訊くべきだったかな・・・」

 

 ホシノとスズキが小声でツチヤに文句をつける。

 それで忘れかけていたが、思い出したようにナカジマの様子を伺ってみると。

 

 

「え・・・あ・・・・・・その・・・・・・」

 

 

 顔が赤い。言葉もおぼろげだ。

 それを見た直後、ツチヤたちは議論を止めて、全員同じことを思った。

 

 あ、この反応は本気だ、と。

 

 

「・・・え、ナカジマ、そうなの?」

「い、いやいや・・・違うよ」

 

 思わずスズキが問うが、ナカジマはしらばっくれるように目を逸らす。しかしホシノが逃しはしない。

 

「嘘だな。普段のナカジマだったら全然違う答え方すると思う」

「あ~、そうかも。笑って『違うよ~』って言いそう」

 

 もしも、その相手が村主ではなくほかの男だったらというのは、同年代の男子がいないこの学園艦では確かめようがないが、それはひとまず置いておく。

 ナカジマも、ホシノとツチヤから追及されて口をつぐむが、やがて俯き。

 

「・・・・・・・・・うん」

 

 注意深く聞かなければ聞き取れないほどのか細い声で、肯定した。

 ホシノたち3人は、それを聞いて『安心した』。

 

「・・・これではっきりしたね」

「ああ、胸のつかえが取れた気がする」

「え?」

 

 何に納得しているのか分からないナカジマの肩を、スズキがポンと叩く。

 

「いやぁ、おかしいと思ったんだ。ナカジマと村主って、前から仲良さそうだったし。この前のレースの時なんて、村主を一緒に乗せて、おまけにいいタイムを出したんだから」

「あ、あれは・・・」

「いや、言わなくても分かるよ。村主に傍にいてほしかったんだよね?」

 

 遠慮ないスズキの言葉に、ナカジマは一層恥ずかしくなる。それがまぎれもない事実だったからだ。

 

「今日だって、村主が冷泉さんとかアリクイチームの人とかと話してたらあからさまに効率落ちてたし・・・怪我までしちゃって」

「まさか、あのナカジマが嫉妬するなんてね~。でも結果的に、村主に手を握ってもらったからいいんじゃない?」

 

 ツチヤとスズキからも追い打ちを喰らい、ナカジマはしゃがみ込んでしまう。しかしながら、その顔が真っ赤なのは隠しきれてはいない。

 

「で、村主のどこに惚れたのさ?」

「・・・それは言わなきゃダメ・・・?」

「気になる」

 

 とりあえず今それを言うのは死ぬほど恥ずかしいので、それはまたの機会と言うことにしておいた。

 

「っていうか、それを知ってどうするのさ・・・」

「いや、ただナカジマを応援するだけだよ」

「大丈夫大丈夫。横取りなんてしないから」

 

 スズキの『横取り』と言う言葉に一瞬動揺しかけたが、けらけら笑っているので本当に冗談なのだろう。

 

「さーて、そうなると村主はどうなのかな?」

「さっきは手を握ったりしてたけど、あれが天然だったら大分手ごわいね~」

「でも、脈はあるっしょ?この前なんて2人で出歩くぐらいだし」

 

 好き勝手に盛り上がる3人を見て、ナカジマは一つ溜息をついてしまった。

 

 

 

「ぇっくし!」

 

 帰り道を行く村主は、派手なクシャミを1発かました。周りに人がいなくてよかったが、風邪かなと村主は不安になる。気温からしてそれはないだろうが。

 依然として気温はまだ高く、湿っぽい空気がして汗が浮かんでくる。『暑いなぁ』とぼやきながら右手で汗を乱暴に拭う。

 そこで右手を見て、先ほどこの手でナカジマの手を握ってしまったことを思い出した。

 

(・・・柔らかかった)

 

 あの時は怪我が心配だったのもあって意識していなかったが、改めて冷静に思うと何だかむず痒くなってくる。

 そして、あの時触れたナカジマの手の感触は、今もまだ覚えてしまっている。

 

(いかん、まるで変質者だ)

 

 その右手を握って、自分の頭を小突く。

 そのまま考えていると、考えなくていいことにまで思考が巡りそうだったので、強引に頭を使うのを止めた。

 明日もまだ訓練は続くのだから、早いところ戻って寝ようと、宿への道を急ぐ。

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