雨恋   作:プロッター

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『雨』がテーマなのに作中雨が全然降らない・・・


雨湿

 8月に入ってから、輪をかけて暑くなってきた。

 気温が35度を超える猛暑日が続き、雨もここ数日とんと降っていない。おかげでカラッと暑い日が続き、何度雨乞いしようかなどと考えたことか。

 こうなると、炎天下で行われる戦車道は地獄と言っても過言ではない。戦車の中は通気性もさほど良くないので、隊員のほぼ全員は訓練終了時に汗だくになっていることが多い。

 加えて、レオポンチームと村主は体力勝負の戦車の整備もある。整備では基本的に腕だけを動かし、体を動かさないことがほとんどなので、動いている時よりも暑さを強く感じる。

 要するに、死ぬほど暑い。

 

「あづ~い・・・身体溶けそう~・・・」

「アイス・・・ラムネ・・・かき氷・・・」

 

 金曜日の実車訓練が終わった夕方。M3から飛び出すように降りたウサギさんチームの優季と桂利奈が、地べたに転がりそうなレベルで俯いている。

 

「確かにこの暑さは厳しいな・・・北アフリカ戦線のロンメル将軍もこの暑さを経験したのだろうか」

「いや、イタリアは毎年これぐらい暑い日が続いているという。きっと古代ローマもそうだったのだろうな」

 

 カバさんチームのエルヴィンとカエサルは世界史の話をしているが、彼女たちの服装がアレなので、見てるだけ、話を聞いているだけで汗が噴き出しそうになる。

 

「この程度の暑さなんて根性で乗り切るぞ!」

「はい、キャプテン!」

「いや、根性だけじゃ命落とすから・・・」

 

 アヒルさんチームの典子が声を張り上げると、あけびが同調する。そんな2人に忍が冷静にツッコむ。根性だけで乗り切れるのであれば熱中症など存在しない。

 

「しかし、この暑さは士気に関わるな・・・」

 

 そんな感じでグロッキーな大洗の面々を見て、桃が深刻そうに呟く。隊長のみほも同様に、どうしたものかと思案している。ただしやはり彼女も暑いと感じているのか、額に汗が浮かび頬を伝っていたが。

 

「じゃー、皆でプールで涼んじゃう?」

 

 そこで杏が、人差し指を立てて唐突に提案すると、一部を除いたメンバーが『わっ』と歓喜の声を上げた。

 しかし、村主はそれに飲まれはせずに一歩下がって存在感を薄めようと試みる。

 そして柚子が不安そうに声をかけた。

 

「会長、そんな急に決めても・・・」

「確か水泳部の使ってない予備のプールがあったよね?頼めば貸してくれるんじゃない?」

 

 杏は干し芋をかじりながら気楽に答える。その横で桃はどこかに電話をかけ、短い会話を交わしてから。

 

「水泳部の部長に連絡しました。予備のプールは、掃除してくれれば使っていいそうです」

「桃ちゃん連絡早い・・・」

「桃ちゃん言うな!」

 

 なんと、杏が提案した直後に確認の電話を入れるとは。その実直さと忠実さ、迅速な行動力には村主も舌を巻く。ちなみに、桃が柚子から『桃ちゃん』と言われるのを嫌がっているのは既に慣れていた。

 

「よーっし!それじゃあ明日は皆でプールで水遊びと洒落こもー!」

『イェーイ!』

 

 とんとん拍子で事が決まり、杏が宣言すると皆は腕を上げて喜んだ。特に喜んでいるのはウサギチームで、何となく彼女たちはそういうイベント系が好きそうだと、村主は思っていた。カバチームやアヒルチーム、あんこうチームも嬉しそうなので、やはり彼女たちも暑くてやってられないのだろう。

 

「あのー、1つ質問」

 

 そこで、村主の近くにいたナカジマが手を挙げて杏に訊ねる。

 

「村主はどうします?」

 

 ああ、余計なことを訊いてくれたなと、村主は内心で渋い表情になる。

 ナカジマのその質問で、湧き上がっていたチームが冷水をぶっかけられたように突然静かになり、一斉に村主の方を見る。ものすごく、視線が痛い。

 

(無理もないんだよな)

 

 村主は本来ここにいるはずのない男だ。女子高のプールにそんな輩がいたら、色々と気になってしまうだろう。それは分かる。

 杏も村主の存在を思い出したのかこちらを見てくるが、村主はもげそうな勢いで首を左右に振り、『拒絶』の意思を示す。

 

「あー、本人が嫌がってるし、村主は休みってことで」

 

 杏も干し芋を片手に苦笑すると、村主はお辞儀をする。

 これで一安心だ。水着だらけの女子たちの中に男1人で放り込まれるなど、新手の拷問か何かだ。何の臆面もなく『ひゃっほう!』と楽しめるほど図太い精神は持ち合わせていないし、あったらあったで逆に問題だ。

 

「もしプールに近づいたりしたら、即刻学園艦の営倉行きよ!」

 

 そど子にくぎを刺されて、村主は『分かりました』とだけ言う。

 触らぬ神に祟りなし、という言葉に則って明日は学校には近づかないようにしよう。そう村主は思った。

 

 

 

「残念だったね~、プール行けなくて」

 

 整備も終わり、ファミレスでドリンクを片手にツチヤが話しかけてくる。今日は金曜日で、ドリンクバーのレパートリーが増える日。すなわちツチヤの独壇場だ。今日もまた、ツチヤは表現できないような色のドリンクを持っている。

 

「別にプールはそんなに好きじゃないし」

「そっか」

 

 ツチヤが納得してドリンクを啜る。今回はいい出来だったのか、にっこりと笑った。試しに飲んでみたい、とは全く思わないが。

 とにかく、と村主はメロンソーダを一口飲んで。

 

「俺は気にせず、皆で楽しんでくればいい」

「なんかごめんね?私たちだけ楽しんじゃって」

「いや、謝ることなんてない」

 

 明日が休みとなれば村主も体を休めることができる。それに宿題もまだ終わっていないので、できる限り進めておきたい。プールに呼ばれなかったからと言って別に損失があるわけでもなかった。

 

「・・・ナカジマ、どうかしたか?」

「え?ううん、何も・・・?」

 

 そこで、隣に座っているナカジマの表情が陰っているのに気付く。しかし、笑ってナカジマは首を横に振ったが、それでも村主の中のしこりは消えなかった。

 ナカジマのその表情の理由は、やはり明日村主がいないこと、村主と遊べないことであった

 ホシノたちにもその表情が見られてるとも知らず、ナカジマはどうにも浮かない気分だった。

 

 

 やはり翌日の天気も快晴で、予定通り大洗の皆はプールで遊ぶことになった。

 しかし、その前に掃除をするのも忘れてはならないので、水泳部の倉庫から道具を借りて作業に取り掛かる。

 プールはよほど長いこと使っていなかったようで、汚れ放題だ。ガレージの裏手にあるので砂や煤で汚れており、ひどいところでは雑草まで生えていた。ブラシで砂や汚れをきれいにし、雑草は地道に毟っていくしかない。

 

「いやぁ、やっぱり暑いなぁ・・・」

 

 モップを片手に、皆で協力して掃除を進めながら、ナカジマは空を見上げてぼやく。

 今日もまた日照りは厳しく、今いるプールはガレージと違って屋根などないので日光をもろに浴びている。まるで身体全体がトースターで炙られているかのようだ。

 

「そりゃーっ!」

「冷た~い!」

 

 そんな暑さに我慢できなくなったのか、ウサギチームのあやが水が出たままのホースを振り回し、水を頭から被ったあゆみが両手を挙げて喜んで(?)いた。そのあとすぐに桃から注意される。

 予想はしていたが、この段階から既に遊ぶ者はいた。ここにいるのは同じ戦車道メンバー、さらに開放的な場所にいるのもあるのか行動に遠慮がなく、全力で楽しもうとしていた。

 真面目に掃除をしているのは、レオポンチームを除けば、あんこうチームとカモチーム、アヒルチームだ。ちなみにアリクイチームの面々は、長時間直射日光を浴びて行動できないため、早々にダウンしていた。

 

「戦車の整備とはまた違った厳しさだね~」

「私らも夏場でこんな長いこと外で作業したことなんてないし、仕方ないか・・・」

 

 ナカジマの傍らで汗をぬぐうツチヤとスズキ。彼女たちもまた水着だが、やはり暑さは耐えられないらしく汗だくだった。

 

「にしても・・・」

「?」

「村主は来なくて正解だったかもね」

 

 ブラシを片手に、ホシノが周りを見渡す。

 男子の水着事情は知らないが、女子の水着は大体色とりどりで華やかだ。詩的な表現をするなら、まるで花畑のように見える。

 だが、中には際どい水着を着ている人もいる。特に、生真面目なはずの桃や、プールサイドで休憩中のぴよたんの水着などはっちゃけてるが、あんなものはまだ可愛い方だろう。

 問題なのは、とホシノはプールサイドを見る。

 

「やぁやぁ我こそは左衛門佐!いざ尋常に勝負~!」

「その勝負、このおりょうが買ったぜよ!でりゃぁ~!」

 

 ブラシを片手にチャンバラの真似事をする左衛門佐とおりょう。ブラシの柄がぶつかり合う度に軽い音が響き、しかも割と白熱しているのが妙に憎い。そして案の定、危なっかしいのでそど子に止められた。

 しかし、ホシノが気にしているのはそこではなく。

 

「大体あなた、その水着は何!?っていうかそれは水着なの!?」

「む?これは真田紐なのだが、俗に言う“紐ビキニ”ではないのか?」

「全ッ然違うわよ!!!」

 

 身体に紐を巻いて肝心なところを隠しているだけの、左衛門佐の水着(?)だった。そど子の言う通り、校則云々ではなく水着かどうかが疑わしい。

 

「見ろ、グデーリアン!水に溶ける水着が本当に水に溶けてしまったぞ!気が付いたら全裸だった!」

「それは確かに色々な意味ですごいですがまずは前を隠してください!」

「私は今まさに『ブルータス、お前もか』という心境だぞ!」

 

 また、その近くにはなぜか何も着ていないにもかかわらず誇らしげなエルヴィン。近くにいた優花里とカエサルは顔を真っ赤にしてタオルをエルヴィンに渡す。一応、この場にいるのは女子だけなので倫理的に問題はないが、やはり女の子同士であっても恥ずかしさは感じる。カモチームはキャパオーバーのあまり頭を抱えてしまっていた。

 

「・・・ホント、来なくてよかったね」

「そうだね。こんなところにいたら早晩死ぬかもしれないし」

 

 このカオスな光景に、ホシノとスズキがしみじみと呟く。ナカジマも、恐らくこの場に村主がいたら目を回していただろうと苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、ナカジマは残念だったかな?ここに村主がいなくて」

 

 ツチヤがにんまりと笑いながら言ったのを聞いて、ブラシを手放しそうになる。

 

「な、何言ってるのさ・・・」

「いや~、だって村主に水着でアピールするいいチャンスだったんじゃないの?」

「変なこと言わないでよ・・・」

 

 ツチヤがそんなことを言ってくるので、思わずナカジマは自分の水着を腕で隠そうとする。

 ナカジマが着ているのは、ピンクと白を基調としたごく普通の水着。上は胸の前で結ぶビキニ風だが、下はホットパンツのようなタイプだった。

 

「なんか意外だね、ナカジマがピンクって」

「別にいいじゃない、何色が好きでもさ」

 

 そういうホシノは、白地に黒い縦線が入った縞模様のビキニ。そこまで飾ったデザインではないので、印象的には合っている。

 ちなみにスズキはオレンジのチェック模様のチューブトップビキニ。小麦色の肌に絶妙にマッチしているようにも見えた。

 ツチヤは水色のホルターネック水着。フリルが付いていて、色もあって活発なイメージがあった。

 

「でも昨日、村主が来ないって聞いて少しがっかりしてたじゃん。そこんところはどうなの?」

「あ、あれは別に・・・・・・アピールしたいとかそんなんじゃなくて・・・」

 

 ブラシでプールの汚れを磨きながら、はにかむナカジマ。

 

「・・・村主はずっと大洗にいるってわけじゃないし、少しでもいいから整備の時以外も一緒に楽しみたいなって」

 

 途端、頭に熱が上がってくる。間違ったことは何も言っていない、ナカジマにとっては素直な気持ちを言っただけなのに、恥ずかしい。聞いているのがレオポンチームだけだったのが幸いだ。

 そんなナカジマを、ホシノたちは微笑ましいものを見る目で見つめる。

 

「まあ確かにね。村主はもともと大洗の人間じゃないし」

「早いとこ告白しとかないと、後悔するよ?」

 

 スズキが言うと、ナカジマは頭を抱える。

 

「告白かぁ・・・」

「何、する気もなかったの?」

 

 ホシノに訊かれるが、その気はもちろんある。

 だが、告白という言葉は口にするのはいくらでもできるが、いざ実際にその想いを相手に打ち明けるのは簡単ではない。そしてタイミングも重要であり、ホイホイ気軽にして良いものでもない。

 今はまだその時ではないと思っているのだが、確かにスズキの言う通り、いつかは言わなければ後悔する。

 

「一体いつすればいいんだろうね・・・」

「私たちに聞かないでよ。それはナカジマ自身が決めるべきだからさ」

 

 

 

 窓のカーテンレールに吊るされている風鈴が、風に揺られてリンリンと鳴る。この音を聞くと、どんなに暑くても涼しく感じるのはなぜなのだろう。

 部屋の中も暑いと言えば暑いが、扇風機を回しているのでまだ耐えられるレベルだ。

 

「へっくし!」

 

 そんな部屋で村主は、大きなくしゃみをした。ここ最近、特に寒いわけでもないのにくしゃみをすることが増えてきた。誰かが噂をしているのか、新手のアレルギーか何かだろうか。

 そんな村主は今、机に向かって宿題と格闘中だ。丸一日休みと言うことで、宿題を進める絶好のチャンスだった。これまでも地道にコツコツ進めてきていたが、ここで大きく稼ぎたい。

 

「あつ・・・・・・」

 

 しかし障害となるのが、この暑さだ。扇風機を回そうが風鈴が鳴ろうが、これだけはどうにもならないし、これがモチベーションを大きく下げている。

 最初は張り切って宿題に励んでいたが、暑さを如実に感じる今ではその筆もあまり進まない。しっかり進めなければ最後に泣くのは自分だというのに。

 と、そこでスマートフォンがメールを知らせてきた。送り主はツチヤ。プール遊びの途中経過かな、と思いつつ気分転換も兼ねてメールを開いたら。

 

『水着は露出が多い方が好き?

 それとも少ないのが好き?』

 

 とんでもない質問を投げてきやがった。スマートフォンに溜息がかかる。

 からかっているのか、割と真剣に訊いているのか。確かめようはないが、無視するのも感じが悪いし、『どうでもいいでしょ』と答えるのも同じだ。

 そして、村主の好みはともかくとして、『多い方が好き』と答えてしまうと、もしかしたら今後村主を見る目が変わってしまうかもしれない。それは避けたかった。

 つまり答えは、もはや一択同然。

 

『少ない方が』

 

 簡潔にメールを送る。

 この方が一番無難だし、村主の好みもそういう感じだ。ウェットスーツのような水着が好みとは言わないが、どちらかと言えば露出は少ない方がむしろ好みである。

 ただ、送ったところで『俺はいったい何をやっているんだろう』と冷静になり、大人しく宿題を再開する。頭が冷えたので、宿題を始めるにはいいタイミングだ。

 

 

 

「へぇ~、なるほどねぇ」

 

 プール掃除も終盤に差し掛かり、今はブラシで磨いた汚れを水で洗い流しているところだった。

 掃除も終盤でやることはそこまで無く、また普段から整備で世話になっているということで、レオポンチームはプールサイドで休憩中だ。

そんな時、ツチヤは村主から送られたメールを見て、興味深げに笑う。

 

「何、どうしたの?」

 

 ナカジマたちが気になったので訊いてみると、ツチヤはその村主からのメールの返事をナカジマに見せる。

 

「村主って、あんまり肌を見せないタイプの水着が好きらしいよ」

「へ~、意外」

 

 反応を見せたのはスズキ。男はどちらかと言えば布面積が少ない方が好みだと思っていたが、少々意外だ。

 そして、それを聞いたナカジマは、ふと自分の水着を見る。

 今着ているものは、ホシノやスズキと比べると多少露出は控えめだ。ショートパンツタイプの下もそうだし、上も谷間は見えているが布面積も決して狭くはないはずだ。

 

「どうしたのナカジマ、自分の水着なんか見て」

「え?いや、別に・・・」

 

 ホシノに訊かれて、そんなに自分はじっくり見ていたのかと慌てるが、スズキは『へ~』とニコニコ笑っている。

 自分の水着が村主の好みと合っているかどうかを確認していたのだと、バレていた。

 

「何なら写真撮って村主に送っちゃう?」

「変なこと言わないでよー!」

 

 本気で嫌がったのでそれは叶わなかったが、できるのであればホシノたちは適当に隠し撮りして村主にでも送りたかった。

 だが、それをすると2人の仲に亀裂が走りかねないので、それはやめておく。大前提としてホシノたち3人はナカジマと仲間同士であり、親友でもあるのでその辺りは弁えている。

 そこで柚子が、プールを磨き終えたのを確認すると注水を始めた。

 

 

 少し時間が経って、2時過ぎ。

 

「・・・・・・うめぇ・・・」

 

 村主は74アイスクリームのカウンター席に座って、干し芋アイスを食べていた。口の中が一気に冷たくなり、干し芋のほのかに甘い味が広がる。

 宿題がひと段落して暇になった村主は、何か冷たいものを求めてここにやってきた。以前、ナカジマと学園艦を回った際に食べた時に美味しかったと記憶していたので、また食べているのである。

 

「もうこんな時間か・・・」

 

 店内の時計を見てぼやく。結構宿題に集中していたが、時が経つのがずいぶん早く感じた。

 今頃、戦車隊の皆はプールで水遊びを楽しんでいるのだろう。昨日の時点で浮ついていたウサギチームの子たちを見れば、それは容易に想像がつく。きっと、ナカジマやホシノたちも普段の疲れを忘れて遊んでいるに違いない。

 混ざりたい、とは思ってない。それは最初からだ。やはり水着女子数十名の中に男1人で放り込まれるのが不安で恐ろしい。

 それ以前に、もともと自分は実習で大洗に来ているのだ。それだけは、忘れてなどいない。今日のプール遊びは戦車道のメンバーが参加してはいるものの、戦車道の活動ではないので自分は参加するべきではないだろうと、そう考えている。大洗の厚意で整備を受けているのに、そこまでの恩恵に与るのは遠慮が働く。

 だから、村主は気にせず1人の時間を過ごそうと決めたのだ。

 その時、スマートフォンが電話を告げる。その相手はスズキ、周りに客がいないのを確かめてから電話に出る。

 

「もしもし?」

『あー、村主?今平気?』

「ああ、問題ない」

 

 アイスはすでに食べ終わっているので溶ける心配もない。安心して電話に集中できる。

 

『実はさっき会長から、村主に渡したいものがあるって言われてね。それを渡したいんだけど・・・』

 

 言われて、村主は『ほう』と興味を向けざるを得ない。会長からの贈り物とは初めてだ。そこまで話したこともないが、いきなり渡したいものがあるとなれば気になる。

 しかし問題なのは、村主がプールに近づけないということだった。

 

「それはいいけど、俺プールに近づいたらしょっ引かれるから」

『うん、それは分かってる。だからガレージに置いておくから、村主がそれを持ってくってのはどう?』

 

 少々まどろっこしいやり方だが、それならまあ納得がいく。だが、それならは別に今日取りに行かなくても良いのではないだろうか・・・。

 

『なんか日持ちしないから、今日持って行ってほしいみたいだよ?』

「食べ物か何かか?」

『そうらしいんだよね~。私も中身は知らないんだ』

「まあそういうことなら・・・」

 

 とにかく、他人様からの贈り物を後回しにするわけにはいかない。日持ちしないという理由があるのならばなおさらだ。

 

『何時ぐらいに取りに来る?できるなら、引き上げる4時より前に来てほしいんだけど・・・』

「ああ、今74アイスクリームにいるから、すぐに行ける」

『そっか・・・それじゃ、2時半ぐらいに来てくれるかな?』

「分かった」

 

 スズキの時間指定に頷く。ここから学校のガレージまでは10分もかからないので、まだ急ぐ必要もない。

 そうして電話を切り、口直しのお冷を飲む。

 まだその渡したいものの中身は分からないが、後日杏には贈り物のお礼でもした方がいいなと思った。

 

 

 約束の15分ほど前に74アイスクリームを後にして、村主は学校へ向かう。いくら10分もかからないと言っても、ぴったりに間に合えばいいとはなかなか思えない。

 晴れ渡る空の下、ぎらつく太陽の光を全身で浴びながら学校へ向かうのだが、店を出てから5分でまたアイスが欲しくなってくる。いい加減雨でも降ってほしい。

 そして校門を抜けて敷地へ入るが、そこでふとした違和感が生じた。

 

(・・・・・・ガレージに置いとくだけなら、時間とか訊く必要はなかったんじゃ?)

 

 荷物をガレージに置いておき、それをスズキたちが引き上げる4時までに取りに来てほしいのであれば、村主の来る時間はそこまで重要ではないはずだ。村主だって4時以降にとりに行ってやろう、などと嫌がらせるをするつもりは無い。

 そして、すぐに行けると答えてから逆にスズキが時間を決めてきたのも、どうもしっくりこない。電話の後ですぐにガレージに置いてくれればいいはずなのに。

 

(・・・・・・考えすぎか)

 

 その杏からの贈り物が、直射日光を避けるべき類のものと言う可能性もある。ガレージは蒸し焼き状態だろうから、村主が来るギリギリまで別の場所に保管して腐るのを防ごうとした、とも考えられる。

 もしくは、偶然出くわして水着を見られるのが嫌なのかもしれない。

 ともあれ、向こうにも向こうの都合があるのだろう、と思いながらガレージに足を踏み入れようとして。

 

「「あっ」」

 

 2人分の声が重なった。

 1人は無論、村主のものだ。

 そしてもう1人は、まさかのナカジマの声だった。

 そして、今日は水遊びということで当然だったがナカジマは水着だった。それも、先ほどまでプールに入っていたからなのか、髪や水着、身体にはわずかに水滴が付いている。首にかけていたタオルが、夏らしさを引き立てている。

その手には、小さな段ボール箱。これが会長からの贈り物かなと、場違いなことを思った。

 

「・・・・・・・・・えっと、これは・・・」

 

 それは果たしてどっちの言葉だったか。偶然過ぎる邂逅に困惑して、上手く言葉が発せられない。

 少ししてから落ち着きを取り戻して、まずナカジマが口を開く。

 

「・・・会長から村主への贈り物を、ここに置いといてってスズキから言われて・・・」

「・・・ああ、俺もスズキからこの時間に来るように言われた」

 

 流石にこれで、スズキが糸を引いているのは2人にも分かった。『てへぺろ』な顔をするスズキが目に浮かぶ。

 

「あ、じゃあこれ・・・会長から。『できれば早めに食べてね~』って」

「あ、ああ。わざわざ悪い・・・やっぱり食べものか」

 

 ナカジマから受け取るが、箱の大きさの割に少し重い。中身が気になるが、まだ確認しない方がいいだろう。

 さて、これでナカジマは荷物を渡して手ぶらになったわけだが、そのせいで段ボールで見えていなかった全身像が改めて見えるようになってしまう。

 

「・・・・・・・・・」

 

 見てはならない、凝視してはならないはずなのに、どうしても村主の視線がナカジマの水着姿に吸い寄せられてしまう。

 その視線を感じたのか、ナカジマは自分の身体を隠すように身を捩るが、逆にそれがどうしてだか色っぽい。

 ガレージの外ではセミの鳴き声がやかましく、ガレージの中には2人以外誰もいないので痛いほど静かだ。そんな中で、水着女子と2人きり。倒錯的な気もしてくる。

 

「・・・じゃあ、俺はこれで・・・」

「あ、うん。それじゃあね・・・」

 

 一体どれぐらい正対していただろうか。1分程度か、もしくは10分ほどか。気まずさに耐えかねて村主がそう言って、踵を返して帰ろうとする。ナカジマもまた、プールの方へ戻ろうとしたが。

 

「・・・・・・ナカジマ」

「?」

 

 足を止めた村主が、呼び止める。村主はナカジマに背を向けたままで表情はうかがえない。

 

「・・・・・・その、水着」

 

 指摘されて、ナカジマの心臓が跳ねる。

 

―――村主って、あんまり肌を見せないタイプの水着が好きらしいよ

 

 昼前のツチヤの言葉が頭をよぎる。

 なんで今それを思い出しちゃうのかなぁ、と自分の思考回路に文句を付けたくなるナカジマだが。

 

 

「・・・・・・・・・か、可愛いな」

 

 

 そんな村主の言葉で、一気に何も考えられなくなってしまった。

 当の本人もやっぱり恥ずかしかったのか、『じゃ、じゃあな!』と言って駆け出し、学校の外へと行ってしまった。

 その後ろ姿を見えなくなるまで目で追い、見えなくなったところで自分の胸に手をやるナカジマ。まだ鼓動は、高鳴っている。さっきまでプールに入っていたのに、身体は熱い。

 

「・・・・・・はー」

 

 ストレートだったけど、確かに胸に響く言葉。

 思わずため息が漏れてしまうほどに嬉しくなってしまった。

 

 

 宿に駆け込んだ村主は、まず部屋の畳の上に段ボールをゆっくりと置いて、大きく息を吐いた。

 

「ああ、くそっ・・・・・・」

 

 自分はなんてバカなことを言ってしまったんだと、深く後悔している。

 あんな去り際に、『水着が可愛い』なんて言ったら、思いっきり拒絶され、嫌われるかもしれなかった。だからナカジマの言葉を聞く前に思わず駆け出してしまったが、そんなことになるぐらいなら最初から言わなければよかったのに。自分の胸中にとどめておくだけにしておけばよかったのに。どうにもならない後悔の波が押し寄せてくる。

 

「・・・・・・」

 

 しかしながら、撤回したいと思う気持ちはない。村主がナカジマの水着姿を可愛いと思ったのは事実だし、正直言ってああいうタイプの水着は個人的な好みでもあった。

 だからと言って、それは言わない方がよかったのに、と堂々巡りの思考になる。

 とにかく、そのことばかり考えていると変態みたいなので別のことに目向けることにした。

 そして、目の前の杏からの贈り物という段ボール箱。

 手を切らないようにテープを剥がして蓋を開けると、白い保護用のシートの上に1枚の便せんが載っていた。

 

『実習お疲れちゃん。

 プールで涼めなくて残念だけど、これでも食べて元気出してね~』

 

 どうやら、実習で整備を頑張る村主を気遣ってくれたらしい。実習の身でありながらこうして気遣ってくれたことに感謝の気持ちを感じつつ白い保護シートをめくると。

 

「・・・干し芋」

 

 大量の干し芋が箱詰めされていた。それと申し訳程度に、ミネラルウォーターのペットボトル。そういえば、杏はよく干し芋をかじっていたなぁと思い出す。

 とりあえず1つ取り出して食べてみるが、意外と甘い。そして手がべたつく。

 でも一応、ありがたく食べることにした。流石に今日中に食べきるのは難しいので、何日かに分けながら。

 

 

 

 ほぼ同じころに、ナカジマはプールサイドに戻ってきた。ガレージの中で茫然自失としてしまっていたが、どうにか戻ることができた。

 

「おっ、ナカジマおかえり~」

 

 出迎えたのはニコニコ笑顔のスズキ。絶対訳知り顔だ。

 

「・・・スズキ、よくもやってくれたね」

「?何のこと?」

 

 しらばっくれるスズキだが、ナカジマは『ふぅ』と小さく息を吐いてプールに入る。

スズキが先ほどのように計算してナカジマと村主を鉢合わせたのは、アピールを手助けした意味もある。余計なことかもしれなかったが、ナカジマには村主と幸せになってほしかったので、少しでも村主の意識がナカジマに向けばと思ってのことだ。

 プールで仰向けに漂うナカジマは、3年の付き合いもあってそれに気づいていた。

 やはり、ナカジマの村主に対する気持ちは教えるべきではなかったのかな、と頭の片隅で思うが、結果的に今日のような嬉しいことは起きた。

 皆から労われることや、自分の整備したクルマがちゃんと動くのも嬉しいことだが、村主から『可愛い』と言われたことが何よりも嬉しい。

 自然と唇が緩んで、青空を見上げる。

 夏の太陽はまだ明るい。




左衛門佐の紐水着とエルヴィンの水に溶ける水着は、『ウォーター・ウォー!』より。
次回、久々に雨が降ります。

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