雨恋   作:プロッター

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喜雨

 エキシビションマッチに向けた校内模擬戦は、バトルロイヤル形式に決まった。2チームに分けて対戦する形にしないのは、各チームの戦い方を鑑みて、本番のエキシビションマッチでの大まかな配置を決めるためでもあった。

 

「今回審判をしてくださる蝶野教官は、13時ごろにいらっしゃる。教官の準備が整い次第、模擬戦を開始する」

 

 朝礼で桃が連絡事項を伝える。聞いたところによれば、今回来てくれるその蝶野教官は大洗の皆に戦車の手ほどきをしてくれた御人らしい。その人の人柄もあって、大洗とはそこそこ親しい仲らしい。

 

「あー、ちなみに。今日は副会長が不在のため、特例措置として模擬戦では村主が代わりにヘッツァーを操縦することになる」

 

 さらに桃が告げたことに、そこにいるほとんどの人はざわつき驚く。これを知っているのはカメチームとレオポンチーム、そして隊長のみほだけだ。

 肝心の村主も、その時が近づくにつれて緊張感が高まり、同時に心が押し潰されそうにもなっていた。このことを頼まれた時は、柚子の脅し・・・もとい話術に嵌ったこともあって即座に引き受けてしまったが、今思うとやはり乙女の乗るはずの戦車に自分が乗るのは抵抗もある。

 操縦に関しても不安だ。練習では柚子曰く『問題ないレベル』にまでこぎつけたが、それでも経験者と比べれば劣ってしまう。実際の試合(模擬戦だが)で通用するかは分からない。

 しかしここまで来ては後戻りもできないし、やれるだけのことをやるしかなかった。

 

「午後の模擬戦に向けて、午前は戦車の整備と車内連携の確認にかかれ!」

 

 桃が仕切ると、全員は一度口を閉ざして姿勢を正す。

 

「西住、指揮」

「あ、はい。それでは皆さん、練習に入ってください!」

『はい!』

 

 実習で分かってきたが、連絡事項を伝えるのは桃で、最後に締めるのは専らみほだった。真面目な雰囲気の桃と、柔和な感じのみほでつり合いは取れているのかもしれない。

 村主も午後の模擬戦が始まるまでは、いつも通り戦車の整備だ。工具箱を用意して早速取り掛かろうとしたが、その前にウサギさんチームの面々が話しかけてきた。

 

「村主先輩、戦車の操縦できたんですか?」

「いえ、昨日副会長から教わって」

「へー!」

「でも男の人が戦車乗るのって変な感じだよね」

 

 無邪気に喜んだり、率直なことを言ってくれる彼女たち。実習を経て大分打ち解けてきたから、こうして距離も近くなったのだろう。

 ある程度ウサギチームと話してから、今度こそ戦車の整備に入る。

 

「まさかバトルロイヤルルールとはね~」

「最初の時以来かな?」

 

 ツチヤが言うには、まだ大洗女子戦車道チームが発足したばかりのころ、最初の訓練で同じくバトルロイヤルを行ったらしい。その時はまだカモ、アリクイ、レオポンの3チームは結成していなかったが、レオポンチームはその時から戦車を修理したから知っていた。

 

「あの時はあんこうチームの一人勝ちだったけど、今はどうかなぁ?」

「分かんないな。みんな結構強くなってるし、チームも増えてるし」

 

 ホシノの言うように、最初期と比べて大洗の皆の力は格段に上がってきている。かつてのようにあんこうチームの独壇場とはならないだろう。

 そんな彼女たちに交じってぺーぺーの自分が戦車に乗ることに、村主は未だ実感が持てない。自分の腕など通用せずに速攻でやられるのではないかと不安で仕方がなかった。

 

「村主も頑張ってね」

「・・・できる限り善処する」

 

 ナカジマから激励の言葉をもらうが、村主はできる限り頑張ることしかできない。

 緊張が過ぎて胃が痛むのを感じながら、戦車の整備に取り掛かった。

 

 

 午前の整備を経て昼休憩になり、13時前になると皆はガレージの外に出て教官が来るのを待っていた。

 村主はまだ、その教官がどんな人物なのかを聞いてはいない。知っているのは自衛隊の陸尉で女性、ということだけだ。杏の知り合いらしいが、自衛隊とコネがあるとはどんな人脈を持ってるんだと思う。

 やがて、13時の5分前。

 

「お、きたきた」

 

 空を見上げて杏が言うと、皆の視線もそちらへ向かう。村主も視線を上に向けると、銀の機体の輸送機が飛んでいた。それも結構な低空飛行だ。

 

「あれは・・・?」

「あれに乗ってくるんだよ、教官は」

 

 隣にいたナカジマが話すと、輸送機はさらに高度を下げていき、職員駐車場へ着陸する勢いだ。車が多く停まっているのにと思ったところで、輸送機の後部ハッチが開いた。スパイ映画みたいにあそこから降りる気だろうか。

 

「パラシュートで降りてくるのか?」

「うーん・・・少し違うかな」

 

 随分アクロバティックな登場だと思ったが、ナカジマの反応からしてそれも違うらしい。

 するとハッチから飛び出してきたのは、人ではなく戦車だった。それも自衛隊所属と思しき迷彩色で、戦車道に参加している車輌とはまた違う近代的なデザインの車輌。

 

「10式です~!」

 

 その飛び出した戦車を見て、優花里が興奮気味に叫ぶ。

 10式、という戦車は聞いたことがあった。自衛隊の最新鋭の戦車で、富士の総合火力演習でも目玉として度々取り上げられている。戦車道には詳しくなくても10式は知っている、というファンも多いらしい。

 あの戦車に教官は乗っているのか、などと悠長なことを考えていたら、10式は職員駐車場に着陸。しかし横滑りし1台の赤い車に激突して横転させてしまった。というか、あの赤い車には見覚えがあった。

 

「・・・・・・あれ、学園長のフェラーリじゃ?」

「あー、またやっちゃったね~」

 

 結構な大ごとだというのに、ナカジマはのんびりと苦笑いしていた。

 さらに10式は後退して体勢を立て直そうとし、横転していたフェラーリを踏み潰す。ウン千万円クラスの高級外車が、あっという間にポテトチップス同然のスクラップに成り果てた。

 

「おいおい・・・」

「大丈夫大丈夫。多分補償されるだろうから」

 

 一番最初に来た時も、学園長のフェラーリはあの10式によって同じようにお釈迦になった。その時は自衛隊から補償が下りたらしいが、2度目はどうなんだろうか。

 10式はガレージの前までやってきて停車し、そのキューポラから深緑色の軍服を着るショートヘアの女性が身を乗り出した。

 

「こんにちはー!」

 

 穏やかな挨拶と共にヘルメットを脱いだ彼女が、教官の蝶野亜美だとナカジマが耳打ちする。

 亜美は一瞬だけ、この場にいるはずのない男の村主を見たが、特に話しかけたりはせず戦車を降りて皆の前に立つ。

 大洗の皆はチームごとに1列に並び、村主は少し外れた場所に並ぶ。

 

「本日はお忙しいところをお越しくださり、ありがとうございます」

「ノープロブレムよ。戦車道のことならいつでも呼んでOKだから」

 

 フランクな口調で話す亜美からは、軍人らしい堅苦しさや生真面目さはあまり感じられない。生徒の前だからなのか、それとも素なのかは分からないが、そこまで張り詰めた空気にはなっていないのでよしとする。

 

「今日はエキシビションに向けての模擬戦だったかしら?」

「はい。ルールはバトルロイヤルで行おうかと」

「あら、最初の時と同じね。楽しそうじゃない!」

 

 やはり亜美も大洗の最初期のことを覚えていたようだ。それにしても、バトルロイヤルと聞いて『楽しそう』と笑うのは、軍人らしくないなと思う。いい意味で破天荒だ。

 

「それについて1つ報告したいことがあるのですが」

「何かしら?」

「本日は、ヘッツァーの操縦手が不在で。代理としてあちらにいる実習生を乗せるつもりです」

「実習生?」

 

 そこで初めて、村主と亜美の視線が合った。同時に桃が、『こっちに来い』と顎で示す。村主は亜美の前に立つと、お辞儀をした。

 

「初めまして、戦車の整備実習で来ています村主です」

「よろしく。陸自の蝶野亜美です」

 

 握手を交わすと、亜美は今一度桃の方を見る。詳しい説明を要求しているようだ。

 

「今回の模擬戦はあくまで内輪で行われる試合ですので、公式戦とは違い公的な記録は残りません。あくまで今回のみの特例として、彼をヘッツァーに乗せます」

「なるほど・・・操縦はできるのかしら?」

「不在の操縦手が昨日指導し、『問題ないレベル』にまではどうにか。もちろん、当日は本来の乗員が乗りますが」

 

 ふむ、と亜美は少し考える。戦車道の教導を担う者として、男を戦車に乗せるのはどうかと考えているのだろう。

 やがて亜美はうんと頷いてから答えた。

 

「そうね。そういうことなら大丈夫よ」

「ありがとうございます」

 

 許可が下りたので、村主も正式に参戦ということになった。桃がお辞儀をする。

 ただ、ここで却下してくれた方が村主としてはまだマシだったと思う。緊張感はピークを迎えつつあり、今にも逃げ出したい気分だ。今の村主は、歴戦の戦士の中に混じる新米同然なのだから。

 そんな村主の気も知らず、大洗の面々は模擬戦を楽しみにしているようだ。

 

「各車輌のスタート地点は決めたのかしら?」

「はい、既に周知済みです」

「グッジョブ!それじゃ、早速準備に入りましょう!」

 

 もう一度挨拶をしてから、それぞれが戦車に乗り込み始める。

 最早抵抗も無意味なので潔く戦車に乗ろうとする村主だが、その直前でナカジマが話しかけてくれた。

 

「村主、頑張ってね」

「・・・ああ、ナカジマもな」

 

 そしてナカジマはポルシェティーガーへ、村主はヘッツァーへ乗り込む。少し亜美と話をしていた杏と桃が後から乗り込むと、村主は深呼吸をしてエンジンを点ける。深呼吸程度で緊張は抜けないが、気休めにはなる。

 

「しっかりやれよ、村主」

「気楽にやっていいからね~」

「どっちなんですか・・・」

 

 桃と杏から正反対の激励の言葉を受けて苦笑しながらも、ヘッツァーをゆっくりと前進させる。ほかのチームも同様に準備ができ次第スタートし始める。

 練習場内で、それぞれのチームのスタート地点は離れている。スタート地点からどこへ向かい、誰を狙うのかをそれぞれ自分で考えるのは、判断力や行動力を試されるので悪くないと思う。

 やがてヘッツァーは、何事もなく所定のスタート地点―――川の傍の砂利道にやってきた。

 

「操縦は悪くない感じだねー」

「だが試合中はさっきみたいなのんびりした動きだと、一瞬でケリをつけられるぞ」

「分かりました」

 

 いつものように杏はのんびりとした感じで褒めてくれるが、桃は手厳しい。上手い具合にバランスが取れている。

 人生初の戦車の試合とあって、村主もいい加減緊張の限界だが後戻りはできない。もはや今の村主にできることは、『頑張る』ことだけだ。

 

『一同、礼!』

「「「よろしくお願いします」」」

 

 車内スピーカーから亜美の声が聞こえてくる。戦車道は礼に始まって礼に終わる、というのは知っているので、村主もそれに則り挨拶をする。杏も干し芋を仕舞ってお辞儀をするあたり、適当に見えて礼儀は大切にする性分のようだ。

 

『それでは全戦車、パンツァー・フォー!』

 

 掛け声と共に、ついに模擬戦が始まる。自然と操縦桿を握る村主の手にも力が入った。

 

「どうしますか?」

 

 2人に訊くが、杏は『とりあえず適当に走ったら?』と要領を得ない答えを示したのでスルーする。反対に桃は真剣に考えているようで、『そうだな・・・』と考え込む。

 他の戦車がどこからスタートしているのかは分からないので、地形をもとにある程度の推測を立ててそこへ向かうしかないだろう。

 しかし、村主が地図を見ていると、重い金属音と共にヘッツァーの中が激しく揺れた。不意打ちに胃が縮むような気がする。

 

「被弾した・・・?」

 

 それが、何者かの攻撃を受けたことは、初めて乗る村主でも分かった。

 

「アヒルチームだ。八九式なら撃ち抜けない、心配は不要だ」

 

 ペリスコープで周囲を確かめる桃が、その発砲した戦車を見つけたらしい。

 それを聞いて村主も少し安心した。悲しいが、八九式の砲ではどの戦車も撃破できないので、桃の言う通り恐れるに足りない。

 しかし、遠くから戦車のエンジン音と、砂利を巻き上げる音、履帯が擦れる音が聞こえてくる。どうやらどこかから戦車が近づいてきているようだ。

 

「!」

 

 そして村主は、操縦席の脇にある覗き窓から、ヘッツァーの横を通り過ぎていくアヒルチームの八九式を目にした。八九式はスピードを落とすこともなく、通り過ぎて行く。

 そして少し離れた場所から、挑発のつもりか今度は機銃を撃ってきた。機銃弾が装甲に弾かれる軽い音が響く。

 

「小癪な!追え!」

 

 桃は頭に血が上ったのか、乱暴に指示を出す。村主もそれを聞いてヘッツァーを前進させた。急発進をしてしまったが、桃の気力に圧されてしまったので不可抗力と思いたい。ちなみに杏はまた干し芋を齧っていた。

 

「後ろを見せるとは無防備な!」

 

 砲を構える桃。ついさっきまでの真面目な雰囲気が嘘のように威勢がよく、トリガーハッピーという奴だろうか。

 

「ファイヤー!」

 

 そして発砲。被弾した時ほどではないが、発砲の衝撃が車内に響いて村主も喉がひゅっと縮む。戦車の砲撃は、外から見る分には『迫力あるなぁ』とか『かっこいいな』ぐらいにしか感じていなかったが、間近で感じるのはやはり違う。

 そしてヘッツァーの砲撃は、八九式ではなく、離れた川の水面に着弾した。

 

「はい外れ~」

 

 外を見ながら杏が茶化すと、桃はすぐに次の弾を装填して砲撃準備に入る。

 一方で八九式は道を逸れて林の中へと入っていき、村主も操縦桿を動かして向きを変え追跡する。

 道などあって無いようなものなので、草木も伸び放題だ。おかげで背の低い草の葉が車体に当たり、村主が見ている小窓にもガサガサと音を立てながら迫ってくる。思わず目を瞑ってしまいそうになるが、操縦中にそれは致命的なので目を眇める程度にしておく。

 普通の車と違い、戦車の操縦席からの視界は狭い。昨日の練習ではこの視界に慣れるのも一苦労だったので、本来操縦する柚子の苦労も垣間見た。いや、柚子に限らず、ツチヤや麻子など戦車を操縦している者は、いつもこんな風に不安や恐怖を感じながら操縦しているのだろうか、という考えが尽きない。

 そんな時、視界の端に八九式とは別の戦車の姿が見えた。

 

「げえっ、レオポン」

 

 大洗の中では一番性能が良いとさえ言われる、レオポンチームのポルシェティーガーだった。これまで整備を幾度と無くしてきたので、その強さは村主も知っている。

 ポルシェティーガーはまだヘッツァーには気づいていないようで、前を行く八九式に発砲する。だが、八九式はそれを避けて林の奥へと突き進んでいく。

 そこで、向こうもこちらに気付いたようで今度は砲をこちらに向けてきた。

 

「ありゃー、アヒルさんの狙いはそっちか」

 

 杏が苦笑して干し芋をかじる。

 どうやら八九式は、ヘッツァーを挑発して適当な戦車の前におびき出し、撃破させる作戦だったようだ。もちろん、その『適当な戦車』に自分たちが撃破されるリスクも承知の上だっただろうが、性能の低い八九式が生き延びるために敵を減らすには、この手段が一番有効なのかもしれない。

 

「おい、何とかしろ!」

 

 桃が村主に向かって投げてくる。ポルシェティーガーは右前方から迫ってきており、ヘッツァーの砲塔は前面固定なので狙うことができない。操縦手の村主の肩にかかってしまっていた。

 村主はとりあえずスピードを上げて少しでも狙いにくくしようとする。だが、ポルシェティーガーは回転砲塔なので偏差射撃もできる。現に、ポルシェティーガーは砲塔を右に旋回し始めていた。

 まずい、と村主は直感でそう思った。

 そして、たまらずヘッツァーの向きをわずかに左にずらす。

 

「うぉっ!?」

 

 後ろで桃が虚を突かれたように声を上げた直後、ヘッツァーの右側面を何かが掠るような音が聞こえた。そして少しして、左の方から着弾する音。どうやら命中は避けられたようだ。

 

「危なかったね~」

 

 相変わらず気楽そうに杏が言う。村主は反応せずに、ヘッツァーを進めていった。

 

 

 

「避けられたか」

 

 スコープを覗いていたホシノが、悔しそうではあるが笑う。

 次の砲弾を装填するスズキが『やるねぇ』と呟いて、ツチヤはナカジマに指示を仰いだ。

 

「どうする?追う?」

「うーん、向こうも結構スピード出てるし、追いつけなさそうだね・・・。深追いしないでおこうか」

「それじゃ、一度開けた場所に出よう」

 

 ツチヤが操縦桿を巧みに動かして、向きを反転させて林を出ようとする。

 ナカジマは周囲に気を配りながらも、先ほどのヘッツァーの動きを思い出していた。

 

(ホシノの偏差射撃を読むなんてやるなぁ・・・)

 

 あれは果たして、カメチームの誰かが指示したのか、それとも操縦している村主の独断か。

 分からないが、そこで遠くから砲撃の音が聞こえ、さらに審判の亜美の声が聞こえてきた。

 

『八九式中戦車、走行不能!』

 

 あらら、と思いながらもナカジマは双眼鏡でその音のした方向を見る。

 木々に阻まれていたが、煙を上げる八九式と、近くにあんこうチームのⅣ号戦車がいるのをかろうじて確認した。逃げた先でⅣ号に鉢合わせてしまったらしく、実に運がない。

 さしあたりナカジマは、戦闘の後で警戒しているだろうから、Ⅳ号の方へはまだ近づかない方が良いとツチヤに伝える。

 

 

 林の中を進む村主は、桃に改めてこの後はどうするのかを訊ねる。

 

「林の中は視界が悪い。一度開けた場所に抜けて体勢を立て直すぞ」

 

 とりあえずこのまま前進ということになったが、すぐ傍からエンジン音が聞こえてきた。

 

「まずいぞ、Ⅲ突だ!」

 

 車高の低さを生かして茂みに隠れていたⅢ突だった。ヘッツァーの後ろに出てきて追いかけてくる。Ⅲ突の75ミリ長砲身は強力で、この距離で後ろから撃たれたらまず間違いなくやられる。

 桃はそれを避けるために、蛇行運転をするように指示を出した。言われて村主は操縦桿を動かすが、車体全体が左右に揺れるので腕がものすごく痛いし、身体がどうにかバランスを保とうとして余計に痛い。

 

「村主~」

「はい!?」

 

 そんな中で杏に話しかけられて、焦りながら返事をした。杏は齧っていた干し芋をひらひらと揺らしながら、軽く言った。

 

「ちょっと止めてみ?」

 

 言われて村主は、右に蛇行したところで停止させる。

 すると、その左側をⅢ突が通り抜けていった。わざと停車させてⅢ突の後ろにつくのが、杏の狙いだったのだ。

 

「かーしま、やっちゃえ」

「はっ!」

 

 緩い感じで杏が言うと、桃はきびきびと返事をして砲を構える。『ふふふ・・・』と低い笑い声が聞こえたのは気のせいだろうか。

 

「喰らえっ!」

 

 意気込んでトリガーを引いた桃だったが、砲弾は明後日の方向に着弾してしまった。

 

「はずれ~」

 

 思えば、村主が大洗に実習に来てから今日に至るまで、桃はこれまで一度も的や敵車輌に弾を当てたことがなかった。

 しかし、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの精神でこのまま頑張るしかないだろう。そう思い村主は、ヘッツァーをⅢ突の後ろに付けて前進する。

 だが、少しの間走っていると、Ⅲ突が突然走りながら向きを180度変えようと旋回したのだ。

 

「「なっ・・・!?」」

 

 驚いた村主と桃が声を揃える。これで撃たれてしまったら終わりだ。

 だが、Ⅲ突は180度どころかそれ以上に大きくスピンしてしまい、やがて茂みに突っ込んで停止した。あれでは体勢を立て直すのに少し時間がかかるだろう。

 

「よし、逃げよう」

 

 杏の指示通り、村主はヘッツァーをⅢ突から離れさせた。

 

 

 スピンしたⅢ突の中で、おりょうはズレたメガネを直しながらカエサルに謝る。

 

「すまん、失敗したぜよ」

「大丈夫だ。すぐに体勢を立て直そう」

 

 おりょうは履帯を巧みに回転させて、素早く戦車を立て直そうとする。

 

「やっぱりまだまだ練習が必要だな。車体の重さがネックだな・・・」

「当たり前だろ。アンツィオの快速戦車とはまるで全然違うんだから」

 

 カエサルの呟きに左衛門佐がスコープを覗きながらぶつぶつ言う。

 先ほどの走行中の方向転換は、アンツィオ高校の快速戦車・CV33が得意とするものだった。とある伝手でそれを聞いたカエサルは、せっかくだから自分たちもやってみようと思ったが上手くいかなかった。

 

「・・・・・・せっかくひなちゃんに教えてもらったのに」

「え、何だって?」

 

 誰に言ったわけでもない独り言のつもりだったが、エルヴィンに拾われてしまった。しかもニヤニヤと笑っているので、カエサルは顔を逸らして我関せずの姿勢を貫く。

 

 

 どうにかしてヘッツァーは林を抜けたが、出合頭にウサギチームのM3と遭遇してしまった。現在逃走中だが反撃できないので、固定砲塔は本当に難儀なものだと改めて思う。

 M3は砲が2つあるので、蛇行運転しようとしても狙われてしまう。仕方なしに直線的に逃げつつ隙を見てどこかで離脱する、という方法しかなかった。

 

「ええいちょこざいな!」

「どうします?」

「とにかく逃げろ!」

 

 そう言っている桃の声は何だか焦っているようで、若干涙声だ。普段のクールな感じや先ほどまでの血気盛んな様子はどこへ行ったのやら。

 とはいえ、このまま逃げているだけでもじり貧なので、どこかしらで隙をついて林の中に隠れた方がいいかもしれない。リスキーだが、ヘッツァーの車高の低さを生かして物陰から奇襲をかけてもいいのではないかと村主は思ったが、あくまで自分は代替要員なので意見することもできないだろう。

 そんなことを思っていたら、前方にポルシェティーガーが現れた。

 

「あ」

「撃て!」

 

 咄嗟に桃が発砲したが、やはり砲弾はどこかへ行ってしまった。この距離で外すとはひどいエイム力だと思う。

 反対にこんな間近では流石に避けることもできず、ポルシェティーガーの砲撃は素直に受けるしかなくなった。

 88ミリ砲が光り、ヘッツァー全体が大きな衝動に襲われる。

 その砲撃を間近に受けた村主は、その音と振動にびっくりする。まさかこれほどまでに揺れて、耳に来るようなものだったとは。

 そして車体の外から白旗の揚がる音が聞こえて、スピーカーからヘッツァーが撃破されたという亜美の通信が入る。

 

「あー、負けちゃったね。ドンマイ」

「くぅ・・・不覚・・・」

 

 杏はいつも通りの気楽な感じだったが、桃は心底悔しがっている様子。

 ちなみに桃は今回の模擬戦で結構な数撃っているが、1発も戦車に当たることはなかった。どころか、村主が実習で来て以来、桃が弾を当てたことは一度もない。意外と砲手には向いていないのかも、とだけ思った。

 

 

 そのあとの模擬戦は、順当な結果になった、と言える。

 三式中戦車が泥にはまり動けなくなっていたところをルノーが撃破。さらに別の場所で、ポルシェティーガーの後ろからM3がモーターを狙って砲撃し、これも撃破。Ⅲ突は茂みから機を窺いルノーを撃破するも、後ろからⅣ号に撃たれて撃破される。最終的にはM3とⅣ号の一騎打ちとなったが、これを制したのはⅣ号だった。しかしM3も、直前でⅣ号の履帯を切って見せたが、わずかに力及ばずだった。

 

「みんなグッジョブベリィナイス!」

 

 そして、ガレージの前での終礼。審判の亜美から一言、という段階で亜美は親指を立ててそう言った。アバウトでフランクな感想だったが、亜美はどうやらそういう人だと村主にはもう分かった。

 

「最初に戦車に乗った頃とは全然違ったわ。どの戦車もそれぞれの性能を生かして戦っていたし、流石は全国大会優勝校って感じね」

 

 そう言うと、大洗の皆は照れ臭そうに、嬉しそうに笑った。村主も悪い気はしなかったが、正確には大洗の生徒ではないので微妙な気持ちではあったが。

 

「それじゃ、エキシビションマッチも頑張ってね!」

『はい!』

 

 そうして最後に大洗の全員で亜美に向かって挨拶をし、終礼も終わる。

 その後は、今回の模擬戦の結果を基に、改めてエキシビションマッチの打ち合わせをするということになり、各チームのリーダーは生徒会室へと向かった。それ以外の生徒は解散し、亜美も10式戦車に乗って帰ろうとしたが。

 

「そこの少年、ちょっと待った!」

 

 村主を見つけると呼び止めた。少年などこの場には必然的に1人しかいないので、村主は恐る恐る振り返る。一体何を言われるのかが不安だからだ。

 

「初めて戦車に乗ってみて、どうだったかしら?」

「へ?あ、ええと・・・すごかったです」

 

 唐突に質問を受けて、思わず歯切れの悪い答えを返してしまう。亜美は気を悪くしてはいないのか笑っているが、多分何がすごかったのかは言わないとダメだろうなと思った。

 

「試合に参加することになるなんて思わなくて・・・。間近で砲撃をするのも受けるのも初めてで、戦車をせわしなく動かすことも難しくて」

 

 そこで一度言葉を区切って、自分が思っている正直なことを言った。

 

「・・・・・・普段戦車に乗ってる皆さんが、どんなにすごいかって言うのを知りました」

 

 初めて戦車に乗った村主は、今回の模擬戦に臨時で参戦した身だが、それだけでも戦車に乗るのは大変なのを思い知った。それでも、大洗の皆は、そして戦車道を歩む人はそんな戦車に乗って戦い続けている。それは村主も、純粋に尊敬していた。

 納得のいく言葉を聞けたのか、亜美は頷く。

 

「そうね、大洗の子たちは特に」

 

 亜美は、ガレージの方を見て帰り支度を始める大洗のメンバーを見る。

 

「大洗で戦車道を始めた時、経験者はほとんどいなくて、戦車の“せ”の字も知らないぐらい初心者が多かった。でも、瞬く間に皆は成長して、全国優勝を成し遂げるまでになったわ」

 

 村主が模擬戦の中で思ったことは誰でも思うことで、怖くて戦車に乗るのをやめる人もいるらしい。実際、ウサギチームの1年生たちは、最初の練習試合で砲撃が怖くて思わず戦車を放って逃げ出してしまったと言う。

 だが、それでも彼女たちは戦車に乗ることをやめはせず、戦車に乗り続けて成長し、知っての通りの全国優勝の伝説を打ち立てるほどに強くなった。

 

「彼女たちは多分、戦車乗りとしてのポテンシャルを秘めていたんだと思う」

 

 そう都合よく、彼女たちに戦車乗りとしての才能があったとは考えにくい。だが、本気ででそう思わせるほどの成長ぶりだ。性格や環境、相性などの様々な要素が相まって、大洗の皆の才能が開花し成長したのだと、亜美は信じている。

 

「だから、あなたのその感想も決して間違ってはいないわ。そして、そんな皆と一緒に1回だけ、特別な理由でも戦えたことは素晴らしいことだと思うわ」

 

 確かに最初は嫌々なところもあったが、そんな彼女たちと試合をすることなど、男だったら成しえないはずのことなのだ。それを体験できたことは、亜美の言う通り素晴らしいことで、自慢できることだろう。

 

「・・・・・・そうですね。今回のことは、胸に刻んでおきます」

「その意気よ!」

 

 最後に背中を叩き、『実習頑張って』と激励の言葉も贈ってくれて、亜美は10式に乗って帰っていった。

 杏とは違う意味でつかみどころが無いような人だったが、大洗のことを見てきたからこそああいう言葉が言えるんだろうなと思った。

 

 

 他のチームは解散してしまったが、レオポンチームと村主はもちろん戦車の整備があるので残ることになっている。しかも今日は、ほとんどの車輌がボロボロということでいつも以上に忙しくなることは容易に想像できた。

 

「お疲れ村主~」

「ああ、ありがとな」

 

 今はツチヤとホシノがブルドーザーを使って戦車の回収に行っている。ナカジマは打ち合わせで、残ったのはスズキと村主だけ。今はガレージで整備の準備を進めているところだった。

 

「どうだった?初めての戦車は」

「思ったよりも厳しいな、あれは」

 

 首を回しながら答えると、スズキは『やっぱり?』と苦笑した。

 これまで戦車の試合は、当然ながらただ観ているだけだった。しかし今日、イレギュラーな事態から実際に戦車で試合に挑んで、いかに戦車に乗る彼女たちがタフなのかを思い知った。

 

「あんな風に息つく暇もなく戦車動かして、弾撃って、やられて。想像以上だった」

「私もね~。確かに最初に乗った時はそんな感じだったよ」

 

 今回のことはかけがえのない経験だと、村主は思う。

 ああして実際に戦車に乗って戦うのがどんな感じなのかを知ったから、整備でもまた乗る人のことを考えて真剣に取り組むことができる(最初から真剣に取り組んでいるつもりではあるが)。

 試合に関しては、柚子の脅しに乗せられた形で少し嫌々ではあったが、結果的に得られるものは多かった。亜美に言った通り、胸に刻むべきことだ。

 

「今日の整備は・・・まあ徹夜だけど分担はどうする?」

「そうだね・・・レオポンはまたモーターをやられちゃったし、Ⅳ号も履帯がバラバラ。いつも以上にハードになるね~」

「うげ・・・」

 

 ポルシェティーガーのモーターを破壊し、Ⅳ号の履帯を切ったのはウサギチーム。中々に整備士泣かせのダメージをくれたものだ。

 そんなことを考えていると、ツチヤたちのブルドーザーが戦車を牽引して戻ってきた。戻ったのは、件のⅣ号とレオポンだった。これらが一番ダメージが深刻だったから、優先して運んできたと言う。

 

「とりあえずまずはⅣ号の履帯を直して」

「ああ、分かった」

「了解」

 

 ホシノが戦車とブルドーザーをつなぐワイヤーを切り離しながら指示を出す。流石に砕け散った履帯を直すのは1人では辛いだろうと思ってのことだった。

 

「それから村主。今日はレオポンのモーターの整備ね」

「え?」

「ナカジマと2人でお願い」

「・・・・・・ああ、分かった」

 

 村主がポルシェティーガーのモーターを整備したことは、今まで一度もない。それが今日任されるのは、信頼できるほどに技術が身に付いたからなのかもしれない。そう思うと、自然と気持ちが上向きになってきた。

 

「聞いた通りだからまずはⅣ号の履帯からやっちゃおう」

「ああ」

 

 履帯を繋ぎ直すための機材はすでに準備してある。早速、スズキと協力してⅣ号の履帯を修復する作業に取り掛かった。

 

「やっと村主も、レオポンのモーターが整備できるね」

 

 そうして履帯を繋いでいる途中で、雑談程度にスズキがその話を上げてきた。村主もまた、履帯を繋ぐピンを打ちながら答える。

 

「モーターも難しいんだよな、やっぱり」

「そうだね~。でも大丈夫、クルマと戦車が好きなら何とかなるよ」

「何とかなるってなぁ・・・」

「まあナカジマが教えてくれるし、そこは安心して」

 

 ナカジマから指導を受ける、ということについては村主も安心していた。実際村主の戦車の整備の腕は、大体がナカジマから教わったことによる賜物だ。それを言ってもナカジマは『村主の筋が良いから』と返すだろうが、そのことだけはナカジマのおかげだと確信している。

 やがてツチヤたちはえっちらおっちら戦車を牽いて戻ってきて、全ての車輌を回収してきた。そこでナカジマたちの打ち合わせも終わったらしく、戻ってくる。

 

「お待たせ~」

「大丈夫、やっと戦車が戻ってきたところだし。タイミングが良いよ」

 

 ナカジマを出迎えたのはツチヤ。ちょうど、村主とスズキもⅣ号の戦車の修復を終えたところだった。ただ切れただけでなく、バラバラに砕けた履帯を繋ぎ直すのは流石に重労働で、この時点で村主の息は少し上がっていた。

 

「えっと、ナカジマは村主と一緒にレオポンのモーター含めて整備してくれる?私ら3人で他の戦車をやっつけるから」

「うん、分かった」

 

 方針をホシノが伝えると、ナカジマは早速工具箱を手にポルシェティーガーの下に寄る。

 

「村主~、始めるよー」

「分かった~!」

 

 早くも垂れてきた汗を拭う村主は、急いで工具を回収してポルシェティーガーへと向かう。

 ポルシェティーガーのモーターは、ど真ん中に砲弾を受けたせいでぽっかりと穴が開いていた。銅線もあちこち切れているし、ローターも凹んでいる。こうしてモーターをじっくり見たことは初めてだが、深刻な破損だというのは馬鹿でも分かった。

 

「これ、直るのか?」

「時間はかかるけどね」

 

 『無理』とは言わない辺り、ナカジマだけに限らず、レオポンチームの腕が優れているのが分かる。

 まずはモーターを取り出すためにスリットを外し(これも後で直す)、リフターを使ってモーターを吊り上げて外へと取り出す。それを慎重に、新聞紙を敷いた下に降ろしてパーツを一つ一つ分解し、切れてしまった銅線も全て一から巻き直す。

 もちろん設計図なしで直すのは至難の業だし、村主に指導するという目的もあったので、傍らには設計図も置いてある。

 

「やっぱり手間がかかるな・・・」

「だからだろうね。他でレオポン・・・ポルシェティーガーを使っていないのは」

 

 設計図を見て、ナカジマから指導を受けつつパーツを組み直しながらぼやくと、ナカジマも汗を拭いながら答える。

 足回りが不安なのに加えて、整備の手間もかかる。だから他の学校はもちろん、プロ戦車道でもポルシェティーガーは運用されることは全くないらしい。

 

「黒森峰戦でも、失敗兵器なんて言われちゃって」

 

 寂しそうな言葉に、村主も手を止めてナカジマを見る。ナカジマは俯いていて、もしかしたら悲しい顔をしているのかもしれない。

 全国大会の決勝戦で、レオポンチームは両校のフラッグ車の一騎打ちの場を守る番人の役割を負った。その際に相手チームから砲弾の雨に晒されて、相手チームからそんなことを言われてしまったのを、ナカジマは覚えていた。

 

「でも、レオポンはちゃんと役目を果たしてくれたよ。決着がつくまでの時間稼ぎをしてくれた」

 

 銅線を巻き直す手を止めて、ナカジマはポルシェティーガーを見る。

 

「レオポンは誇りだよ。私たち、大洗のね」

 

 見上げるナカジマの表情は、輝いているように見えた。

 心からこのポルシェティーガー『レオポン』のことを自慢に思い、大切に思い、誇らしいと信じて疑わない、純粋な表情。

 その表情に、村主は目を奪われ、見惚れた。

 戦車のことを大切に思い、まるで我が子のように愛しているナカジマのことが、村主は好きだったのだと、改めて実感させられる。

 

「でも、レオポンはまだまだ進化するよ!」

「?」

 

 意気込むナカジマの言葉に、村主は小首を傾げる。

 

「実はね、レオポンをグレードアップさせようって計画をしてるんだ」

「グレードアップ?」

「うん。レオポンは足回りが不安だけど、逆にそこを克服すればもっと強くなれる。だから、モーターにちょっと手を加える計画をしてるんだ」

「え?それいいのか、レギュレーション的に」

 

 戦車道のレギュレーションとして、終戦までの戦車は使用でき、それに搭載する計画のあった装備への換装・改造は認められている。しかしモーターを根本的にいじるというのはそれに抵触しないだろうか。

 

「ああ、確かにエンジン関係の規定はあるよ。でもモーターについての制限はないんだ」

「そうだったっけ」

「うん。何しろ、モーターとエンジンの二人羽織なんてするのはポルシェティーガーぐらいしかいないからね。だから、やってみようかって今相談してるんだ」

「へ~・・・面白そうだな」

「そうでしょ?」

 

 もちろんそれに取り掛かるには時間がかかるだろうし、戦車道ルールを改めて確認するなどの手間もかかるだろう。だが、より強くすることに関しては夢が広がって実に楽しそうだ。それを聞いて、村主も何だか心が躍る。

 それから、作業をしながら村主はナカジマから、ポルシェティーガーをどんなふうに改造するかの計画を聞いた。

 そのナカジマの表情は、実に嬉しそうだった。

 

 

 

(・・・何だ、上手くやれてるじゃない)

 

 そしてそんな2人を遠巻きに見るホシノたちは、ナカジマが楽しそうに話しているのを見てほっとしていた。村主と2人きりで作業を行うのは結構久しいことなので、もしかしたらままならないことにならないかと不安だった。

 しかし今は、作業に集中できていないどころか、むしろ村主と盛り上がっているではないか。

 とりあえずこのまま2人にはポルシェティーガーの整備を続けさせて、願わくば2人の距離もより縮めばいいなあとホシノたちは言葉を交わさずともそう思った。

 

 

 時間を忘れて作業に没頭し、村主とナカジマがモーターを完全に直し終えたのは日付が変わったあたりだった。夕食抜きでここまで来たが、時間を意識しなかったせいで空腹感は無い。だからこのまま、ポルシェティーガーの全体的な整備に入った。

 普段通りなら、村主もこの程度ではあまり疲れも感じなかったが、今は普段よりも少しばかり疲れてきている。

 その理由はやはり、戦車に乗って模擬戦に参加したからだ。戦車の操縦には思った以上の体力と気力が要るし、大分エネルギーを持っていかれる。そのせいで普段よりも疲れているのだ。

 しかし、それはナカジマたちだって同じことだ。彼女たちはいつも、こうした疲労を抱えながら戦車の整備をしている。たった1回試合に参加した村主だけが弱音を吐くわけにはいかなかった。

 『疲れたら休んでいいからね』というナカジマのアドバイスも、今ばかりは素直には聞けない。以前倒れた時のことを思い出しながらも、村主は心の中で謝りつつ整備を続ける。

 

 

 そして空が白み始めたころ。

 

「終わった~!」

 

 ツチヤが腕を上げて声を上げ、直後に欠伸を洩らした。

 ようやく、8輌全ての戦車の整備が終わったのだ。装甲も履帯もエンジンも、全てが新品同然になっている。ここまで元通りに直せることが大洗の信頼を受けている証拠だろう。村主の腕も、ナカジマたちのおかげでそれぐらいにまで近づいてくる。

 

「意外と手間取らなかったね。村主もレオポンのモーターに触るのは初めてだったでしょ?」

「ああ。けど、やっぱりナカジマが教えてくれたから」

 

 ホシノは、村主が初めてモーターをいじるということで結構時間がかかるものと思っていた。だが、時間にしてホシノたちが整備をするのとほとんど変わらないぐらいの時間で終わっていた。

 それは村主の言うように、ナカジマの教え方がよかったからだろう。整備を最初に教わった時もそうだったが、教え方が良いからこそ飲み込みもより早くなる。村主が戦車の整備に関する知識に貪欲なのもあっただろうが。

 それからレオポンチームは解散となり帰路に付く。幸いにも、日付が変わって今日は戦車の訓練が無いため、ゆっくりと体を休めることができる。恐らく戻ったらまずはシャワーを浴びて寝ることになるだろう。

 

「もう体バッキバキだ・・・」

「あはは、私も。やっぱり戦車の整備は大変だね~」

 

 肩を回すとゴキゴキと歯切れの悪い音が聞こえる。ナカジマも同様に首を回すが、『大変』と言いつつその顔に疲労はあまり見られない。やはり戦車の整備を楽しんでいるからだろう。

 

「でも今回はいい経験になった。戦車の模擬戦もそうだけど、戦車に乗ったうえで戦車の整備もすることの大変さも学べたから」

 

 そしてナカジマを見て言う。

 

「ナカジマたちがどれだけすごいか、よくわかった」

 

 まさに疲労困憊な村主の言葉に、ナカジマは苦笑しつつも『ありがとね』と答える。

 やはり村主に褒められるというのは、ナカジマにとっては特別なことだった。大洗の面々から同じように褒められることや、労われることもあったけれど、やはりナカジマからすれば村主の言葉は一言一言が特別な価値のあるものと思える。

 

「しかし今回は・・・結構しんどかったな・・・」

 

 今頃になって眠気が襲ってきたのか、村主が1つ欠伸を洩らす。それを見てナカジマは。

 

「最近村主も頑張ってるし、少し休んだ方がいいかもね」

「休むって・・・俺は実習で来てるんだし・・・」

「あ、そうじゃなくて。今度寄港したら、ちょっと羽を休めて遊びに行くのもいいんじゃない?」

 

 整備が終わって解散する前に、ナカジマから打ち合わせの内容を改めて聞いた。

 全国大会のエキシビションマッチが行われるのは8月24日で、場所は大洗町のほぼ全域。それに伴い、この大洗女子学園艦はその2日前の22日に大洗に入港する。

 そして試合前日の23日は、訓練がない休みの日だった。そこで遊んではどうかと、ナカジマは提案したのだ。

 

「村主も整備頑張ってるし、それに今日だって代替で戦車に乗ったじゃない。十分働いてるからそれなりのご褒美はあると良いよ」

「ご褒美ね・・・」

 

 目元を押さえて、村主はぼやく。

 あまり自分を過大評価することはしないが、確かに村主自身も最近は大分整備に集中してきたと思っている。おかげで腕前は1人で整備を任されるほどだし、今日はモーターの修復をさせてもらえた。それだけ技術が秀でているということだろう。

 さらにヘッツァーの操縦手を代わりに努めたのは、得られるものが大きかったとはいえ頑張っていたと思う。

 ナカジマの言う通り、何か自分へのご褒美があると良いかもしれない。

 

「・・・・・・・・・」

 

 そこではたと、村主はあることを思いついた。

 

「・・・・・・ナカジマ」

「何?」

 

 視線はまだ薄暗い住宅街へ向けたまま、ナカジマに話しかける。

 

「・・・その、今度の寄港して、その休みの日にさ」

「?」

「・・・・・・一緒に出掛けないか?」

「え」

 

 思いがけない村主からの申し出に、ナカジマも思わず足を止める。

 村主の心境は、大きく分けて2つ。実習で世話になったナカジマに対して何らお礼ができていないこと。そして、自分からアプローチが何一つできていないことにあった。

 村主は大洗に実習に来るまで、戦車の整備など机上で調べたことしかない。しかし大洗に来てナカジマが指導してくれたおかげで、こうして腕前も格段にレベルアップしていた。もちろんホシノたちにも世話になっていることは忘れていない。

 だがもう1つは、村主がナカジマだけに対して、特別な感情を抱いていること。それなのに、村主はナカジマに対して何のアプローチもしていないと、村主自身は思っている。

 このままでは進展もないまま実習が終わってしまうのではないか、と村主は疑問視してしまって先の申し出をしたのだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

 しかし、ナカジマは処理が追い付いていないようで、動きを止めてしまっている。

 村主も今更になって、図々しい申し出なんじゃないかと不安になり、訂正しようと声を出そうとする。

 

「・・・一緒にって・・・」

 

 だがその前に、ナカジマが声を出した。

 嫌なのか。もしかして2人きりは嫌なのか。村主の中にマイナスイメージの予想が生まれる。

 

「・・・・・・いいの?」

 

 だが、その予想に反してナカジマの答えは満更でもないようだ。

 そのチャンスを逃さず、村主は首を縦に振る。

 すると、ナカジマは少しだけ口を閉ざしてから。

 

「・・・・・・うん、いいよ」

 

 笑ってくれた。

 OKしてくれた。

 出かけることが、成立した。

 それだけで村主は大きな安堵の息を吐きそうになるし、疲れなんて海の彼方へ飛んでいきそうになる。

 

「・・・ありがとう」

「あ、でも」

 

 感極まって頭を下げようとしたら、ナカジマがストップをかけてきた。それで高まってきた感情が急に冷やされる。

 

「村主って、大洗の町に詳しいっけ?」

「・・・・・・いや、大洗は」

 

 正直な話、大洗の町には全然詳しくない。この学園艦に乗る際に、連絡船に乗るために大洗港には来たが、町を歩いたりはしなかった。見どころがあるとは知っているのだが時間がなかったのだ。

 

「じゃあさ、一緒に街を見て回るって言うのはどう?」

「ああ、それでももちろん」

「じゃあ決まりだね」

 

 またニコッと笑ってくれるナカジマ。

 これでどうにか、ナカジマとのお出かけ―――有体に言えばデートにこぎつけることができた。

 しかし村主自身、ナカジマはデートとも何とも思っていないだろうなと卑屈に考えていた。

 そんなナカジマは。

 

(まさか村主の方から誘ってくれるなんて・・・)

 

 内心ではとても喜んでいた。

 

(これってもしかして・・・・・・デートになるのかな・・・・・・)

 

 村主の想像とは真逆のことを考えていたのだが、当人は知る由もない。

 ともあれ、2人はそれぞれ、お互いに2人きりで出かけられることを内心では嬉しく思っていた。

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