雨恋   作:プロッター

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催涙雨

 試合会場の観戦席には、既に大勢の観客が座っていた。

 客層は広く、保護者らしき大人たちも何組か見られるし、村主も一度会ったことがある優花里の両親もいる。大洗町でエキシビションの観戦をしていた見覚えのある老人もいた。他には戦車道ファンらしき大人や、パソコンを持ち込む少年など、様々だ。

 今回の試合の主旨は、対外的には『高校生と大学生の親善試合』とされている。本当は大洗の存続が懸かっているのは、大洗の関係者しか知らないことだった。

 そんな事情を知る村主は、観戦席の後ろの方に座っていた。モニターには今回の試合の概要が映されており、その試合形式と両チームの車輌数が表示されると、観客の一部がざわつき始める。あんな平等も何もない条件を見ればその反応も当然だし、村主も承服できていない。

 

「・・・・・・・・・はぁ」

 

 試合開始まであと数分、村主は憂鬱な気持ちだ。これから始まるのは、試合などと生易しくはない、公開処刑も同然な戦いだと分かっているから。

 昨日、大洗のみんなは夜遅くまで、作戦を考えたりトレーニングをするなどして、それぞれこの試合に勝てるように最大限努力した。村主もナカジマたちと共に徹夜でポルシェティーガーを改造し、自分なりに勝利のために貢献したつもりだ。

 だが、この圧倒的な差は努力でどうにかなるレベルではない。その差はまさに、両者の間に高く聳える壁だ。

 試合開始時刻が目前になり、モニターが開会式を行う草原の映像に切り替わる。

 モニターに映る隊長・みほの顔は晴れない。いかに無名校を全国優勝へ導いた名将と言えど、今度ばかりは勝つビジョンが見えていないのだろうか。隊長のみほでさえああなってしまっているのだから、村主もまた不安になる。

 両チームが整列するがメンバーだけでもその差は歴然。大学選抜は100人を超えているのに対し、大洗はたった30人ちょっとだ。

 

『ではこれより、大洗女子学園対大学選抜チームの試合を行います』

 

 審判長の蝶野亜美が宣言すると、両チームが姿勢を正す。

 村主は心の中で手を合わせる。願わくば、奇跡が起きて、この絶望的な差を覆し大洗が勝利できることを。

 

『礼!』

『『よろし―――』』

 

 2人の隊長が挨拶をしようとした、まさにその瞬間。

 

 

『待った―――――――――ッ!!』

 

 

 突如割って入ってきた、別の誰かの声。その様子を見ていた観客がざわつき、驚きを隠せない。

 ドローンのカメラが遠くを映すと、そこにいたのは黄土色の4輌の戦車だった。

 

「黒森峰?」

 

 黒十字の校章が描かれた黄土色の戦車は、全国大会の決勝戦で見た強豪・黒森峰女学園の戦車だ。それはともかく、大洗と大学選抜の仲裁に入るように姿を見せたその戦車に、観客たちは困惑する。

 そして、その戦車から降りてきたのは、大洗女子学園の制服を着た黒森峰の隊長・西住まほ、副隊長の逸見エリカだった。

 驚く観客をよそに、何らかの話を亜美とする2人。

 そして、画面が突然切り替わった。

 

『大洗女子学園、車輌数変更のお知らせです』

 

 アナウンスが入ると、大洗側の車輌に黒森峰の4輌の戦車が追加される。どうすればいいのかわからなかった観客たちが、『おー』と喜びの声を洩らす。

 村主もまた、今の状況は理解できてはいない。しかし、黒森峰は大洗を助けに来てくれたことだけは分かる。

 だが、急展開は止まらず、黒森峰に続いてサンダース、プラウダ、聖グロリアーナと戦車道四強校の戦車が続々とやってくる。それだけにとどまらず、アンツィオ高校、継続高校、そして知波単学園の戦車までもが駆け付けてきた。

 大洗の車輌数は着々と増えていき、ついには大学選抜と同じ30輌になった。

 

「・・・なんだ、これ」

 

 口ではそういう村主だが、その顔は昂りを隠せていない。

 村主だけでなく、大洗を応援する観客たちもまた表情が輝いている。勝利が絶望的だった大洗に、かつて戦ったチーム―――継続高校は謎だが―――が助けに来てくれたのだから。

 勝ち目は無いに等しかったのに、今は勝てるかもしれないと希望が持てる。

 大学選抜の隊長・島田愛里寿が増援を容認したため、車両数が30輌で固定され、改めて開会宣言が行われる。

 もう誰も、悲観的な表情ではなかった。

 

 

 何の前触れもなく駆け付けてきた他校の戦車に、大洗の誰もが驚きを隠せずにいた。

 それはナカジマも例外ではなく、不安だった自分の心を埋めるような嬉しさ胸に浮かんでいる。

 

「しかし、壮観だね・・・」

 

 勢揃いした戦車を見て、嬉しそうなツチヤ。

 30輌もの戦車が一堂に会する場面は大洗では見られないし、多彩な戦車が集っているのは見ていてとても心地良い。こうして多種多様な車輌を見ていると、メカニックとしての血が騒ぐ。

 

「みんな、私たちを助けに来たってこと・・・だよね」

 

 確かめるようにスズキが言うが、そうでなければ何のために彼女たちはここへ来たと言うのだろう。かつて鎬を削り合った戦友が、むざむざと廃校になってしまうのを見過ごせないからか。

 すると、ポルシェティーガーの後ろに停まっていた、聖グロリアーナのチャーチルから1人の金髪の少女が降りてきた。

 

「ごきげんよう」

「あ、どうも・・・」

 

 その佇まいは、果たして自分と同じ女子高生なのかと問いたくなるほど、ナカジマからすれば優雅だった。

 聖グロリアーナの戦車隊長・ダージリン。大洗から2度も白星を勝ち得ている、正真正銘の実力者だ。エキシビションマッチ後の親睦会で、少しばかり話をしたこともある。

 

「えっと、今回はありがとうございます・・・?」

 

 疑問形になったのは、ナカジマがまだ状況を全て把握しきれず、どんな言葉をかけていいのかわからなかったからだ。

 対してダージリンは、言い方を可笑しいと思ったのかのかころころと笑う。

 

「礼には及びませんわ。これは全て、私たちが望んでやったことだもの」

「でも、私たちを助けてくれることに変わりは無いですから」

 

 そこでダージリンは、整列する戦車をちらっと見る。

 

「・・・私たちは戦友を、そして目標を失いたくはないのよ」

「目標・・・?」

 

 戦友はまだ分かるが、大洗が『目標』とはどういうことだろうか。

 ダージリンは、並ぶ戦車を見つめたまま、おもむろに話し出す。

 

「ここに集ったほとんどの学校は、あなたたち大洗と戦い、そして敗れた学校。だけど彼女たちにとって大洗は、その敗れた時から、誰もが『次こそは勝ちたい』と思う目標になっているのよ」

 

 つまり、大洗に黒星を喫したサンダース、アンツィオ、プラウダ、黒森峰にとって、大洗とは乗り越えるべき壁のようなものだ。そんな目標があるからこそ、次は勝てるようにと、彼女たちは努力してきた。

 その大洗という目標を失えば、負けたままの悔しさしか残らず、強くなろうと努力した意義も大きく減る。だからこそ、彼女たちは大洗のために動いたのだ。

 

「そしてあなたたちは、戦車道チームの理想でもあるのよ」

「?」

「大洗は、凝り固まった伝統・・・固定観念と言えばいいのかしら。そういうものに縛られない柔軟性を持っているわ」

 

 聖グロリアーナは、OG会という後援組織の介入が強いせいで、強力な戦車を導入できずに強くなれない。それは聖グロリアーナの忌むべきしがらみだ。

 知波単学園は、『一斉突撃による勝利』という過去の栄光に囚われて、今や突撃至上主義。突撃に拘り過ぎてしまって中々勝てない。そして、その凝り固まった考えに誰もが侵され、疑問に思わないでいる。

 

「柔軟に、自由に、様々な形の戦い方を学び、吸収して強くなっていく・・・まさに戦車道チームの理想形と言っても過言ではないわ」

 

 戦車や人員はともかく、意欲的かつ自由に戦い方を学んでいき、流動的に戦い方が変わり強くなっていく。明確なテンプレート、定石という戦い方が存在しない。そんな大洗とは、まさに理想的なチームなのだ。

 その理想を失うことは実に惜しく、黙って見過ごすことはできない。

 

「まあ、継続高校の皆さんは、どういうつもりかは分からないけれど」

 

 くすくすと笑うダージリン。

 確かに継続高校は、ナカジマたちも馴染みがない。戦ったことは無いし、妙な伝統に縛られているという話も聞かない。本当にどういうつもりだろうか。

 

「そういえば、何で知ってたんですか?私たちが廃校になるって」

 

 廃校になることを意図的に公にすると、学園艦の住民の再就職が斡旋されないという警告が出ていた。もしも大洗の誰かがそれを明かしたとなれば、色々と不安なことがあるのだが。

 

「私のところの諜報部が独自で調べたのよ。だから安心なさい」

 

 ペナルティが課されるのは、『意図的に』リークした場合だ。大洗にとっても不測のことなので抵触はしないだろう。

 そこへ、同じ聖グロリアーナのタンクジャケットを着た、長い金髪に黒いリボンの少女がやってくる。

 

「ダージリン隊長、作戦会議が始まります」

「分かったわ。アッサム、あとはお願いね」

 

 そして、ダージリンは作戦会議を行う会議用テントへと向かっていった。アッサムと呼ばれた少女は、チャーチルに乗り込んでいく。

 

「・・・私たちが理想ねぇ」

「考えたこともなかった」

 

 ダージリンの言葉を思い出す。これまで戦車に乗ってきても、自分たちが他の学校の目標であり理想とするチームでもあるなど、まさにホシノの言う通り考えたこともない。

 そして、みんなの理想ならば、尚更こんなところで廃校になるわけにはいかない。

 

「・・・なおのこと、負けられないね」

「うん、その通りだ」

 

 ダージリンの話を聞いて、ナカジマたちも俄然やる気が湧いてきた。

 大洗のみんなに、試合前の落胆する空気は既に消えている。これだけ集まれば、勝つことだってできる。

もう、『負けたらどうしよう』などとは考えない。

 『勝ちたい』という気持ちと、大洗の仲間、そして駆け付けてくれたみんなを信じて、ナカジマたちは試合に挑む。

 

 

 強力な助っ人が来てくれたことで、大洗の戦力も大分心強くなった。

 しかし、それで大学選抜チームが弱くなるわけではなく、苦戦を強いられるのは避けられなかった。

 試合序盤から大学選抜の練度の高さに圧倒され、林の中の戦闘で早くも大洗側は2輌やられてしまう。殲滅戦はフラッグ戦と違い、戦車が減れば減るほど敗北に近づいていくので、1輌やられる度に村主の胃に穴が開きそうになった。

 さらに大学選抜が、ルール違反一歩手前のカール自走臼砲なるトンデモ車輌まで持ち出した時は頭を抱えた。そのカールのせいで3輌も撃破されてしまい、周りの観客がブーイングを浴びせていたのは覚えている。

 そんな中で、会場に雨が降り出す。

 

「雨か・・・」

 

 だが、村主は意に介さない。今は雨よりも、試合の方が気になっている。雨が好きなのはそうだが、今は雨にうつつを抜かしている場合ではない。大洗の戦いを見届けることが、何よりの優先事項だった。

 

 機動力重視の小隊を結成し、カールとその護衛小隊を撃破した時は、喜びのあまり腕を突き上げてしまった。アヒルチームとカメチーム、アンツィオのCV33と継続高校のBT‐42が協力し、村主の頭にはアヒルチームとカメチームのみんなの顔が浮かんでいた。

 その時BTが履帯なしで走ったのを見て、そんな戦車もいるんだと感心してしまった。

 

 戦場が廃遊園地に移り、大学選抜がさらに強固なT-28重戦車を持ち出してきて防戦を強いられる。さらに大学選抜の策に嵌って野外音楽堂で包囲された時は、観客たちは恐怖のあまり黙り込み、村主も息が詰まるような思いになった。

 だが、そのピンチもウサギチームの機転によって観覧車を介入させ、包囲網を破って無傷で脱出を果たした。村主は周りの観客と同様、ウサギチームの機転の良さに拍手を贈る。

 

 野外音楽堂から脱出してから、大洗が一転攻勢に入る。

 商店街エリアで、カバチームのⅢ突が偽装パネルを使ってパーシングを連続で撃破した。それで村主は、フェリーでカバチームが作っていたのはあれかと今更気付く。

 さらにウエスタンエリアではレオポンチーム、アリクイチーム、そしてプラウダのT-34が協力してまた3輌ものパーシングを撃破する。そこでアリクイチームの三式が、練習では見られなかった機敏なドリフトを見せたので、びっくりした。虚弱な感じがしたアリクイチームの3人からはとても感じられない。

 さらにアミューズメントエリアで、アヒルチームと知波単学園のチハが協力して敵を撃破し、ボカージュ迷路エリアではあんこうチームとカメチームが大学選抜を翻弄しつつ撃破し、ついに大学選抜の戦車が2桁を切る。

 

「頑張れ・・・」

 

 二転三転する状況、あと少しで勝利が見えてくると村主も無意識に祈るように手を合わせていた。

 しかし、流れを断ち切るように敵チームの隊長車・センチュリオンが参戦し、大洗の戦車を一気に5輌も屠った時は恐ろしくなった。そしてそれを皮切りに、大洗の戦車が撃破されるペースが上がり、強固なT-28を撃破しても安心できなくなった。

 大学選抜の副官3人の連携攻撃が始まり、サンダースのシャーマン3輌もあっという間に撃破され、大洗の戦車が猛烈な勢いで減っていく。

 そんな中でモニターに映ったのは、その副官3人の乗るパーシングを追う3輌の大洗の戦車。

 黒森峰のティーガーⅡ、プラウダのT-34、そしてレオポンチームのポルシェティーガーだった。

 

 

 場所は西洋の街を模した大通り。

 ナカジマたちの戦車3輌は、敵の連携攻撃を受け流しつつどうするかを考える。

 今追っているのは、特殊なパーソナルマークが入っているのを見て、大学選抜の副官3人が乗っているものだと分かった。その実力は悔しいが本物で、既にサンダースのシャーマン3輌と聖グロリアーナのマチルダⅡが餌食になっている。

 

「多分あっちのチームは西住隊長のいる場所に行って、一気に片をつけるつもりだね」

 

 向かっている場所からして、恐らくは中央広場。そこには隊長車のⅣ号戦車、あんこうチームがいる。このままあの3輌を向かわせるわけにはいかなかった。

 ではどうするか。

 

「あれをやろう」

「よしきた!」

 

 ナカジマが言うと、操縦手のツチヤが準備する。

 レオポンチーム、そしてこの場にはいない村主と力を合わせてパワーアップさせたモーターを使う時だ。

 

「このままじゃ追いつけないから、パワー出すよ!スリップでついてきてね、よろしく!」

横滑り(スリップ)するのか?』

 

 後ろの2輌にナカジマが伝えると、最初に返事をしたのはティーガーⅡに乗る黒森峰の副隊長・逸見エリカ。いまいち通じなかったようでナカジマが補足しようとするも。

 

『スリップストリームね!』

 

 T-34に乗るプラウダの隊長・カチューシャが先に理解した。

 それでエリカも『ああ、そういうこと』と理解したが、すぐに『ちょっと待って』と反論する。

 

『ポルシェティーガーの速度じゃ絶対追いつけないでしょ』

「それができるんだなー、これが」

 

 スズキが砲弾を装填しながら得意げに言う。

 

『どういうことよ?』

「ウチのポルシェティーガーは特別製。モーターにちょっと手を加えてスピードを出せるようにしたからね」

 

 ホシノがスコープを覗き込み、いつでも撃破できるように準備を整えながらそう言うと、エリカは案の定困惑した。

 

『ちょっと、それってレギュレーション違反じゃないの!?』

「大丈夫だよ~」

『なんで!』

「エンジン規定はあるけどモーターは無いもんね!」

 

 ツチヤが答えながら、新しく取り付けた操作パネルの『EPS』スイッチを押すと、ポルシェティーガーのモーターが唸るような大きな音を出し始める。

 

『今は議論してる暇はないわ!このポルシェティーガーに賭けるのよ!』

『ああもう、どうなっても知らないわよ・・・!』

 

 カチューシャに説得されて、エリカも渋々承諾する。

 スリップストリームが発生しやすいように、ポルシェティーガーの後ろにT-34とティーガーⅡが並ぶ。ナカジマは、十分近づいてから発砲するようにホシノに言った。

 モーターの出力はどんどん上がり、それにつれて速度も上がっていく。引き離されていたパーシングがどんどん近づいてくる。今頃向こうも驚いているだろう。

 レオポンチーム、そして村主の力を合わせて作り上げたこの特別製モーターで、相手に目にもの見せてやろうとナカジマの手に力が入る。

 

「行け、超音速の貴公子!!」

 

 ナカジマが声を張り上げた直後。

 過負荷が起きてモーターが爆発炎上、砲撃する前に白旗判定になってしまった。

 

「・・・あれ?」

 

 もうちょっと耐えられると思ったが、少し計算を誤ってしまったか。

 それでも、後ろの2輌がパーシングに肉薄するには十分な距離を稼ぐことができた。T-34とティーガーⅡは前に出て、どうにか最後尾のパーシングを1輌仕留める。しかし、残りの2輌は止められず、T-34とティーガーⅡはそこで撃破されてしまった。

 

「おーいホシノ!消火器早く!」

 

 ナカジマが急かすと、ホシノが足元に置いてあった消火器を渡し、消火スプレーをモーターに向けて吹き掛ける。

 どうにか鎮火したが、モーターは焼け焦げてしまっている。これではもう使い物にならないだろう。

 

「あちゃー・・・」

「でもよく頑張ったよ、うん」

 

 後ろからスズキが覗き込んで、労わるようにポルシェティーガーをポンポン叩く。

 

「次はもうちょっと持つようにしなきゃだね」

「それは『次』があればだけどな・・・」

 

 ホシノの指摘で思い出す。

 今はまだ試合中だ。そして、この試合の成否によって、大洗が戻るか戻らないかが決まる。勝たなければ“次”も無いのだ。

 

「・・・まさか、ここまでの改造をするなんてね」

 

 そこへ歩いてきたのは、黒森峰の黒いタンクジャケットを着るエリカだ。ポルシェティーガーのあれほどの出力を見て、よほど凝った改造を施したのだろうと改めて理解した。

 そのエリカの顔を見て、ナカジマは思い出す。あの全国大会決勝戦で、このポルシェティーガーのことを『失敗兵器』と罵ったのは彼女だと。

 だからと言って、ナカジマは拗ねたり邪険に扱ったりなどしない。今でこそ大洗の主力戦車だが、当初は確かに扱いづらく故障も頻発した、まさに失敗兵器だったのだから。

 

「審判に注意されたらどうするのよ?」

「大丈夫、ちゃんと戦車道の規定は確認済みだよ」

 

 昨夜、ツチヤとホシノはルールブックに嚙り付いて、動力系の規定を確認していた。今回の改造はちゃんとそれに抵触しない範囲のものだ。

 得意げに笑うレオポンチームを見て、エリカはふっと呆れたように笑ってから。

 

「・・・なかなかやるわね、この戦車も」

 

 ポルシェティーガーを見上げる。

 その言葉だけで、彼女も少しだけだがこのポルシェティーガーを認めてくれたのだと、理解できた。

 それを嬉しく思いつつも、ナカジマは戦車が走り去っていった方向を見る。

 

「後は頼みます、西住隊長・・・」

 

 

 

 ポルシェティーガーが炎上したのを見て、村主は一層残念な気持ちになった。

 当初の計画では、もう少し耐えられたはずだった。しかし計算に誤りがあったのか、それともまだ試作段階だからか、過負荷に達するのが早い。

 とはいえ、ナカジマたちが無事だったので安心だ。それに厄介な副官のパーシングも1輌撃破できたので、戦果的には上々だろう。

 

 いよいよ試合も最終盤。

 残るはあんこうチームのⅣ号と黒森峰の西住まほが乗るティーガーⅠ、そして大学選抜の隊長・島田愛里寿のセンチュリオンだけだ。

 中央広場で地形と遊具を最大限に生かして戦う3輌を、観客の誰もが食い入るように見守っている。

 センチュリオンの砲が火を噴き、Ⅳ号のシュルツェンを剥がれ、ティーガーⅠの車体を掠めるたびに、声を上げる代わりに胃が縮むようだ。

 

(頼む・・・頼む・・・!)

 

 村主は心の中で切に祈る。

 この3輌が、全てを握っているのだ。

 やがてⅣ号とティーガーⅠが高台に上り、1列に並んで階段を降り始める。センチュリオンは下で砲を構え、2輌を待ち構える。

 先ほどまでとは違い、無防備に直線的に突っ込むのはなぜか、と村主は疑問に思った。

 だが、Ⅳ号に向けてティーガーⅠが真後ろから発砲したのを見て疑問が消える。

 放ったのは空砲、Ⅳ号は撃破されることなく速度が急激に上がり、センチュリオンに向けて突進。

 タイミングを外されたセンチュリオンがⅣ号の履帯を攻撃し、転輪を破壊するが勢いは止まらない。

 そして、Ⅳ号がセンチュリオンと激突すると、ゼロ距離で発砲。

 2輌同時に、白旗が揚がった。

 

『センチュリオン、Ⅳ号、走行不能!』

 

 審判のアナウンスが流れる。

 この時点で、試合の決着はついた。

 だが、村主を含めた観客全員は、水を打ったように静まり返っている。

 まだ試合の結果を信じられないようで、『その結果』を証明する言葉を待っているかのようだ。

 

『残存車輌確認中』

 

 空撮映像に切り替わる。

 序盤の草原、湿原、森林、山岳地帯、そして廃遊園地。至る所に黒煙を上げる戦車が擱座しており、試合がどれだけ広い範囲で行われ、どれだけ激しいものだったかを物語っている。

 

『目視確認終了』

 

 モニターは空撮映像から、両チームの戦車のリストに切り替わる。

 

『大学選抜、残存車輌なし』

 

 バツ印がリストの上から順番に付けられていく。

 中央に表示されている両チームの車輌数が30から減っていく。

 

『大洗女子学園、残存車輌1!』

 

 両チームの車輌数が『大洗女子学園:1』『大学選抜チーム:0』と表示される。

 大学選抜側のリストは全てバツが付き、大洗側のリストはティーガーⅠを除く全てにバツが付いている。

 つまり。

 

 

『大洗女子学園の勝利!!』

 

 

 審判長の亜美が告げた直後、一気に燃え上がるかのような歓声が上がる。立ち上がり、腕を突き上げ、勝利の声を上げる。モニターに向かって祝福の声を叫ぶ。

 村主だって、同じだった。何を叫んだか分からないような声を上げて、両手を挙げて震わせて、喜びを体現した。感極まって泣きそうになるぐらいだ。

 激戦を制して勝利をおさめた。そして、これで廃校は無くなり、大洗女子学園は戻ってくる。これ以上、大洗のみんなが苦しむこともなくなるのだ。それが嬉しくなくて、何だというのか。

 これほどまでに試合に集中し、勝利した時に感情を露にしたことは、果たして今まであっただろうか。それぐらい、この試合が村主にとって、これまで見てきた中で素晴らしいということだ。

 やがて選手たちが、回収車に乗って戻ってくる。大洗側の選手は誰もが晴れやかな表情をしていた。大学選抜は年下相手に負けたことが残念なのかちょっと不服そうだったが、それでも観客から拍手が贈られる。

 村主はもまた、惜しみない拍手を贈り、大洗の勝利を讃えた。

 

 

 閉会式が終わっても、観客たちの勝利の熱は収まらない。

 だが、心地よい勝利の余韻に村主が浸っていると、杏から電話が入ってきた。

 

『記念撮影するから来てくんない?』

 

 すぐに頷いて、村主は指定された場所まで向かう。

 既に増援に駆け付けた生徒の大半は引き上げてしまっていたが、少しだけ残っている学校もあった。

 そして大洗のみんなも、この激闘を制し、自分たちの学校を取り戻すことができたことの喜びが大きいらしい。未だに抱き合って喜んだり、勝どきを上げている。

 

「桃ちゃーん?お~い?」

 

 中でも桃は、勝利したことの現実味が無さすぎるのか茫然自失としている。柚子の呼びかけには全く応えない。

 そんな桃に苦笑しながら辺りを見回すと、あんこうチームを見かけた。

 そして、今回の勝利の立役者でもあるみほは、黒森峰のまほ、そして大学選抜の愛里寿と楽し気に話をしている。

 まほは、名前からも分かる通りみほの姉なので問題は無いが、愛里寿はどうしてだろうか。

 

「ええと、あっちの隊長は?」

「よく分かんないけど、西住ちゃんと仲良くなったみたいだよ~」

「はあ・・・」

「それに西住ちゃん、不思議なことに戦った相手みんなと仲良くなるんだよ」

 

 だからみんなが増援に来てくれたのかもね、と付け加える杏。

 カリスマ、と言っていいのかは分からないが、人を惹きつける魅力がみほにはあるのではないかと言うことだろう。

 それは、妙な毒気もないみほを見ていると、何となくだが村主にも分かるような気がする。

 と、その時誰かと肩がぶつかった。

 

「あ、ごめんなさい・・・」

 

 反射的に村主が謝ると、そこにいたのはウサギチームのあやだった。が、そのメガネには派手なひびが入っている。

 

「ん?ん~・・・?」

 

 当のあやも、誰にぶつかったのかが分からないらしく、メガネを上げて村主を険しい目つきで見る。

 

「あ、村主センパイだ。すみません、大丈夫ですか?」

「いや、むしろ大野さんが大丈夫ですか、それ」

「あー、大丈夫です。いつものことなんで」

「いつもあるんですか・・・」

 

 試合の度にいちいちメガネが割れていては、財布が持たないだろうに。

 一応は大丈夫らしく、あやはウサギチームの仲間たちと一緒に喜びを分かち合っている(それでも誰が誰だか判別するのは難しいらしいが)。

 

「でも、紗希のおかげでみんなを助けられたね」

「あの映画観てよかったぁ~」

「でも優季ちゃん最初は分かって無かったじゃん」

「やっぱり重戦車じゃなくて軽戦車キラーで行こうか」

 

 すると今度は、唸り声が聞こえてくる。

 

「しかし惜しむらくは、我々の欺瞞作戦が破られたことだな」

「だからあれは、ハンバーガーショップのパネルなんて出したのが間違いなんだ。定食屋の前なのに」

「戦車から見れば同じようなものだと思ったんだが・・・」

「いや、明るい内装じゃ違いすぎぜよ・・・」

 

 先ほどまで鬨の声を上げていたカバチームだが、自分たちの敗因を真剣に考えているらしい。ただ、カエサルの言う通り店の見た目と中身が違いすぎたから仕方がない。

 

「ところでそど子、『規則は破るためにある』って言ってたよね?」

「言ってない!そんなこと言ってないわ!空耳じゃないかしら!?規則は守るためにあるのよ!!」

「はいはい」

 

 カモチームも普段通りきっちりした感じだが、どこか角が取れたような気がする。やはり一度荒んだことで、色々と見解が変わったのかもしれない。

 

「いやぁ、爽快だったにゃー」

「筋トレの成果が出たぴよ」

「レバーが折れちゃったのはちょっと・・・」

 

 アリクイチームは、腕を回したり拳を鳴らしたりして筋肉をほぐしている。

 そういえば、試合中も綺麗なドリフトを見せたりして、何だか妙にたくましくなった感じがした。ぴよたんの言う通り、待機時間中の筋トレの賜物だろうか。

 

「福ちゃん、また会えるといいな・・・」

「いつか会えるよ、きっと」

「また戦車道頑張らないとね」

「よーし、これからも根性出していくぞ!」

「「「はい!」」」

 

 アヒルチームは、試合中に協力した知波単の面々と仲良くなったらしい。忍は廃遊園地のアミューズメントエリアから持ってきたであろうアヒルのぬいぐるみを抱えている。

 

(よかった・・・)

 

 こうして大洗のみんなが明るく話をしているのを見ると、もう彼女たちを苦しめていた廃校という問題が本当に無くなったのだと、改めて思う。

 あの研修施設での待機時間中も、みんなはそれぞれ何かしらのことに積極的に取り組んでいた。だが、あれもよく考えてみれば、残された時間で仲間との思い出をできるだけ多く作ろうとしていたようにも見える。無為になった時間を必死に繋ごうとしているだけだったのかもしれない。

 しかし、今は違う。誰もが心の底から勝利したのを喜んでいる。

 今度こそ廃校が撤回されたことに喜び、それを噛みしめている。

 また仲間たちと一緒に過ごせることを、嬉しく思っている。

 

「村主!」

 

 そんな喜びを感じ取っていた村主に、ナカジマが声をかける。

 ナカジマたちレオポンチームも、服や体に煤が付いていたが、それも今や勲章のように輝いて見える。彼女たちも、つき物が落ちたような笑みを浮かべていた。

 

「みんな、お疲れ様」

 

 まずは、直接は言えなかったねぎらいの言葉をかける。

 

「レオポン、ちょっと無理が祟ったみたいだな」

「まあね・・・でも、まだ試作段階だから改良の余地はあるよ」

 

 大洗を廃校から救ったからこそ、『次』に向けての希望を持つことができる。

 自然と村主も、唇が緩んだ。

 

「・・・おめでとう」

 

 村主が告げると、レオポンチームの皆はそれぞれ拳を出して、5人で突き合わせた。

 

「よーし、そんじゃ撮影係も来たことだし、記念写真撮ろっか!」

 

 杏が仕切ると、大洗のみんな、そして愛里寿が整列しようとする。だが、愛里寿だけはなぜか熊の遊具に跨ったままだ。よほど気に入っているらしい。

 

「大洗()()男子が来ていたのか」

「うん、戦車の整備の実習でね」

「そうか・・・それじゃあみほ、また後で」

「うん、分かった」

 

 みほも、まほと一旦別れて整列する。村主はすれ違いざまに、まほと軽く会釈をした。

 放心状態から抜けない桃を柚子が押したり、周りが見えないあやを梓が引っ張ったり、紗希が蝶と戯れたりしながらも、どうにか整列する。

 村主は、杏から渡された一眼レフを手に、並ぶ彼女たちを写真に収めようと距離を少し開ける。

 

「撮りますよー」

 

 並ぶみんなは、それぞれ思い思いのポーズを取ったりまだ呆けていたりと好き放題。このまま待たせるのも何だったので、カウントダウンをしてから1枚撮る。

 

「こんな感じなんですけど・・・」

「どれどれ?」

 

 撮った写真を杏に見せると、『ほうほう』と言ってから。

 

「いいんじゃない?これで」

「みんなバラバラですけど・・・」

「その方がウチらしいじゃん」

 

 確かに、全員が真顔だったり同じポーズだと少々不気味な感じがする。戦車道のメンバーと、その戦車からしてバラバラなのが大洗だから、こっちの方がそれらしいだろう。

 とりあえず写真はこれでOKだ。

 

「せっかくだから村主君も一緒にどう?」

「いや、自分は・・・遠慮しときます」

 

 今回の試合、実際に戦車に乗って戦って大洗を取り戻したのは彼女だ。そこに整備士とはいえ試合に参加しなかった自分が混じるのも何だか悪いと思ったので、柚子の誘いは丁重に断らせてもらった。

 

「じゃ仕方ないね」

 

 杏があまり引きずらずに言うと、整列していたメンバーが解散し、撤収作業に入る。

 村主も戦車の回収を手伝おうとすると、ナカジマが話しかけてきた。

 

「写真、入らなくて良かったの?」

「ああ、俺は・・・まあ、やっぱり大洗の人じゃないからな」

 

 今回の試合での主役は間違いなく、大洗のみんなだ。そこに自分が混じるのは少し違う。

 今は、大洗のみんなだけが勝利の喜びに浸れるようにするのが筋というものだ。

 

 

 戦車の回収には結構な時間がかかった。何せ広大な試合会場に戦車が散らばっており、特に大洗の戦車は遠い廃遊園地に集中しているのだから。閉会式前から撤収作業は行われていたが、まだ終わっていない。

 結局大洗の戦車を全て回収できたのは夕方の5時過ぎ、太陽も山へ向かって沈み始めている。

 苫小牧港から出る帰りのフェリーの時間まで少し足りなかったので、聖グロリアーナの『一緒にお茶会を』という申し出は断ることになってしまった。心苦しいが仕方ない。

 何とか出港前に戦車をフェリーに乗せることには成功し、フェリーは遅れることなく定刻通りに苫小牧港を出港する。この時点で既に陽は沈んでいた。

 

「さーて、大洗に着くまでに全車輌完璧に直すよ!」

「18時間もあれば余裕っしょ?」

「十分十分」

「余裕のよっちゃんだよ~」

 

 フェリーの食堂で手早く夕食を食べると、レオポンチームと村主は車庫に入り、工具と替えのパーツを広げて修理に取り掛かる。また警備の人に頼み込んで入れさせてもらったが、今回は『戦車を直さないと降ろせない』という事情があるだけに行きと比べてすんなりと入れた。

 運航情報によれば、航路は穏やかな状態で揺れも少ないらしい。これなら、存分に修理に取り組める。

 

「それじゃあ、スタート!」

『おー!』

 

 ナカジマが掛け声を上げると、それぞれが分担して整備に取り掛かる。

 まず整備するのは、損傷が特にひどいⅣ号とポルシェティーガー以外。村主が担当したのはⅢ突と八九式だ。

 

(もうすぐだな・・・)

 

 車庫で黙々と整備していると、村主もやはり思うところがある。

 本来実習は今日、8月31日までだったが、このフェリーが大洗に到着して下船した時が、村主の実習の終わりとなった。陸に降りたら、すぐに駅に向かって電車で帰る予定である。明日は村主の学校はもう始業式だが、休む旨はすでに担任に知らせており、了承もされている。

 

(・・・残ってよかった)

 

 車庫に並ぶボロボロの戦車を見ながら、村主は思う。

 予想だにしない事態が起こってもなお、村主は大洗に残りたいと望んだ。

 その結果、今回の戦車道の歴史に残るであろう試合を見届けて、その歴史的瞬間に立ち会い、こうして最後にその試合を彩った戦車を整備するのはまさに貴重な体験だろう。それだけで今回実習に来た価値は十二分にあると言える。

 そして。

 

(みんなとも、お別れか)

 

 まさに十人十色な、大洗のみんなのことを思い浮かべる。

 実習を通してみんなとは打ち解けることができたから、もう赤の他人ではない。

 だからこそ、廃校が決まってからすぐに帰るのを止めた。かかわりを持てたからこそ、彼女たちが辛い顔をしたまま自分が去るのが嫌だった。世話になった人、親しい人たちへの態度として間違っているから、帰るのを拒んだ。

 その結果が今日の試合。

 そして学校を取り戻し、再び笑顔を咲かせた彼女たちを見ることができた。

 これで憂いなく、大洗のみんなと別れることができる。

 

(・・・・・・そういえば)

 

 ふと、気付いた。

 大洗が廃校を撤回し、彼女たちの居場所が守られたことで、みんなの心を蝕んでいた『廃校』という大きな不安も解消されたことになる。

 とすれば、だ。

 

 村主がナカジマに想いを告げても、問題ないのではないだろうか。

 

 思わずナカジマの方を見る。

 すると、ナカジマもまた村主のことを見ていた。

 だが、お互いに視線が合ったことが気まずくて、戦車に視線を戻す。

 想いを告げる告げないは別として、まずは戦車の整備が先決だ。いくら大洗まで18時間あると言っても、降りる直前には戦車が全て動く状態にしなければならない。それに、あまり長い間車庫にいると、警備の人にいい顔をされない。

 一刻も早い復活を目指して、整備をする腕に力が入る。

 

 

 途中何度か休憩を挟みつつ、5人で整備を続ける。

 その最中、村主たちは休憩がてら船内を少しだけ見て回り、他のチームはどうしているだろうかと確かめた。

 まず目に入ったのは、窓際の談話スペースでお喋りをしていたあんこうチームだった。行きは試合前で落ち着かなかったので、普段とは違う船旅を楽しんでいるらしい。

 そんな彼女たち曰く、ウサギチームとカモチームは、試合で疲れていたのか既に眠りに就いたと言う。アヒルチームは浴場で疲れを癒しているらしい。

 食堂を覗いてみると、カメチームが夜食を楽しんでいた。しかし桃だけは未だ呆けている。試合会場からずっとあの顔をしている気がするが気のせいだろうか。

 売店に顔を出せば、カバチームが色々と商品を眺めており、お土産に何かを買いたいようだ。

 ゲームコーナーを見てみると、アリクイチームは筐体ゲームを楽しんでいる。

 

「私らも整備が終わったらちょっと休みたいな~・・・」

「せっかくのフェリーだものね・・・」

 

 そんな彼女たちを見て、ホシノとスズキが洩らす。

 整備自体は苦ではないが、試合前日も遅くまでポルシェティーガーを改造していたので全体的に睡眠不足だ。村主も昨日は徹夜だったから、体力は限界もいいところ。意欲に体力が追い付いていない感じがする。

 それでも整備は着実に進めていく。車庫の中には船の動力源から発せられる音と、工具を動かす音、Ⅳ号のシュルツェンをアーク溶接する音だけが響いている。

 やがて、ポルシェティーガーのモーターを隠すスリットを嵌めたところで、全員が腕を伸ばす。

 

「終わった~・・・」

「今回も厳しかったね・・・」

 

 5人揃って床にへたり込む。

 一番時間がかかったのは、やはりポルシェティーガーだった。何せモーターが爆発炎上してしまい黒焦げだったので、組み立て直すのにすごい時間がかかった。しかも外に取り出すための工具が無いため、モーターを収めたまま整備したので余計に時間を喰った。

 時計は朝の4時半過ぎを指している。

 日付は既に変わっていて、村主が帰る当日になっていた。

 

「・・・・・・ナカジマ、スズキ、ホシノ、ツチヤ」

 

 村主が名前を呼ぶと、4人は村主のことを見た。

 

「・・・俺は、このフェリーが大洗に着いたら、実習が終わることになってる。そこでお別れだ」

 

 言うと、4人ともが付かれていても真剣な表情になって村主のことを見る。

 その視線を受けながらも、村主は笑えるように努める。

 

「・・・短い間だったけど、今まで本当にありがとう」

 

 整備を教えてくれたこと、自分のことを『同じレオポンチームの仲間』と言ってくれたこと、そして整備士という形ではあるが共に戦えたこと。

 それらすべてに対して、村主は頭を下げた。

 

「・・・私たちこそ、ありがとうね」

 

 そう告げたのはナカジマだ。頭を上げると、ナカジマは瞳が揺れていたが、笑っていた。

 

「あの大学選抜との試合、村主が力を貸してくれたおかげで、私たちは勝てたんだと思ってる」

 

 大洗の戦車を丁寧に整備し、ポルシェティーガーのグレードアップにも貢献した。その結果、大洗は勝利することができた。それは自分のおかげ、と村主は妄信しない。あくまで自分なりにできることを最大限にやったまでだ。

 だが、村主は力を貸してくれた。そのナカジマの気持ちはレオポンチームの総意らしく、3人も頷いている。

 

「だから、お礼を言わせてほしい。ありがとう」

 

 手を差し出してくるナカジマ。

 村主はその手を掴む。あの日のデートとは違う、お互いを認め合う握手だ。

 それからスズキ、ホシノ、ツチヤとも握手をして、最後にホシノがポケットからスマートフォンを出しながら。

 

「せっかくだし、みんなで写真撮らない?」

 

 村主が何かを言う前に、スズキが肩に手を掛けてくる。

 

「『イヤだ』なんて言わせないよ?」

「そのつもりは無かったけどな・・・」

 

 あの試合会場での大洗のメンバー全員での写真撮影は断った。

 しかしこの写真撮影は、レオポンチームだけの思い出として残すものだ。断るつもりはない。

 5人でポルシェティーガーをバックに並び、ホシノがスマートフォンを掲げて全員が写るようにする。

 

「ツチヤ、もうちょっと詰めて。入らない」

「はいはーい」

 

 そう言ってツチヤは、グイっと体を寄せてくる。言ったホシノも収まろうと体を中央に寄せる。

 それで、丁度中央で隣同士だった村主とナカジマの距離が一気に詰まって、密着する。

 

「ちょっとツチヤ・・・」

「スズキ、ホシノ、力加減してくれ・・・」

「いーじゃんいーじゃん」

「よし撮るぞ~」

 

 ナカジマと村主が恥ずかしそうに抗議しようとするが、ツチヤとスズキはどこ吹く風。そしてホシノがお構いなしに撮ろうとしたので、急いで笑顔を取り繕う。

 カシャッ、と電子的なシャッター音が倉庫に鳴り響く。

 撮れた写真を見てみると、悪くない。

 

「それじゃ、みんなに送るよ・・・って、電波がダメだ」

「陸についてからじゃなきゃ無理だね~」

 

 残念ながら海の上で電波が悪い。送るのは難しかった。

 ツチヤが締めくくると、5人は笑って『それじゃあちょっと休もうか』と言って倉庫を後にした。

 

 

 スズキとホシノ、ツチヤの3人はそれぞれ割り振られた寝台で眠りに就く。

 だが、村主とナカジマはデッキに出て海を眺めている。何となく、まだ眠りたい気分ではなかった。

 空は日の出前だが大分明るい。もう間もなく日の出だろう、水平線がひときわ明るく感じる。穏やかな潮風も気持ち良い。陸はまだ遠いが、霞んで見える程度だ。

 

「・・・終わったんだな」

「そうだねぇ・・・今回も厳しい戦いだったよ」

 

 遥かな海を眺めながら村主がしんみりと呟く。隣にいるナカジマもそれに答える。

 あの試合の興奮は、まだ村主の中では収まっていない。ナカジマも同感で、試合に出た当人だからそれは村主よりも強い。

 

「・・・・・・後、9時間ぐらいか」

 

 大洗までの到着時間。

 そして、村主の実習が終わるまでの時間。

 時計を見ながら言うと、ナカジマは。

 

「寂しくなるよ。村主がいなくなると」

 

 本当は、寂しいどころじゃなかった。離れたくない。ずっと村主と一緒にいたい。

 しかしこれは、もうどうにもならない。曲げることはできない。それはナカジマも分かっていた。

 潮風にナカジマの髪がなびく。

 その隙間から見える表情に、村主は胸が苦しくなる。

 大洗が廃校になることは避けられたが、村主の実習が終わるのはどうしても避けられない。どれだけ慰めの言葉をかけても、ナカジマが明るくならないのは目に見える。

 

「・・・ナカジマ」

 

 そんなナカジマに、村主は言いたいことが1つだけあった。

 

「・・・実習が終わる前に、伝えたいことがある」

 

 ナカジマの瞳が、村主の顔を捉える。

 心なしか、その表情が明るく感じるのは、『期待しているから』なのだろうか。

 だが、村主は後戻りをする気なんてない。

 

「初めて会って、実習を通してナカジマと過ごしてきて・・・心配かけたこともあったし、新しい体験をさせてくれたこともあった」

 

 馬鹿みたいな理由で倒れた時は、ナカジマを泣かせるほどに心配させた。

 学園長とのレースでナカジマのソアラに同乗した時は、自分の知らなかった世界が垣間見えた。

 実習で、ナカジマは村主に多くのことを教えてくれた。実習以外の時間でも、色々な体験をさせてくれた。その中に無駄なことなんて、何もない。

 雨が好き、という2人だけの共通の『好き』があって、それが嬉しかった。

 そんな中で村主は。

 

「・・・ナカジマには色々なことを教えてもらったし、たくさん言葉をもらった。戦車道とは違う一面も、見せてくれた」

 

 ナカジマは黙って、村主の言葉を聞いてくれている。一つ一つの言葉を噛みしめているように。

 

「その中で俺は・・・ナカジマに惹かれていった」

 

 柵に寄りかけていた身体を起こし、ナカジマに体を向ける。

 ナカジマもまた、それに応えるように村主の前に立つ。

 視線が合うと、村主は。

 

 

 

「・・・俺、ナカジマのことが好きだよ」

 

 

 

 言えなかった気持ちを、明かした。

 ナカジマは、少しだけ目を見開いた後、すぐに俯く。

 迷惑だったか、という後悔は今は後回しだ。

 

「・・・聞かせてほしい。ナカジマの気持ち」

 

 この後告げられる答えが『NO』でも、もう悔いはない。自分の想いは全て伝えた。あとはナカジマの返事次第だ。それによっては、潔く前を向き直ることもできる。

 

「・・・そっかぁ。私のことをね」

 

 また再び、柵に体を預けて海の方を向ナカジマ。

 

「・・・・・・何でこのタイミングで言っちゃうかな・・・」

 

 少しだけ、困ったような口調。しかし、その言葉にはどこか嬉しさを秘めているようにも聞こえた。

 どっちと取れない言葉に村主の中で焦りが生まれるが。

 

「・・・・・・私が同じ気持ちだったら、って予想はしなかった?」

「え?」

 

 ナカジマの言葉に、改めて困惑の声を出す村主。

 そして次にナカジマが振り返った時には、笑ってくれていた。

 その笑みに、日の出が重なって、一層明るい笑顔になって。

 

 

 

「私も同じだよ。村主のことが好き」

 

 

 

 ぽっと、心に明かりが点いたような感じがした。

 初めて見るようなその笑みに、心を掴まれたような感覚。もしも心というものに形があるならば、今の村主の心は波打っているだろう。

 

「・・・良かった」

 

 ナカジマと同じように、柵に体を預ける。心の中にただ『幸せだ』という気持ちが残って、思わず息が洩れる。

 隣にいるナカジマは、少し村主との距離を詰める。

 

「なんですぐに言ってくれなかったのさ」

「だって、こう、タイミングとかムードとかいるだろ・・・」

 

 告白できてすっきりしたのか、ナカジマはいつものような調子で問いかける。

 村主だって、想いを伝えられるのならすぐにでも伝えたかった。だが色々とタイミングを計ったり、ムードを考えたりで踏ん切りがつかないでいた。極めつけに廃校と来たものだから、それこそ告白なんてできないかもと思っていたのだ。

 

「・・・ところでナカジマ、いつからだ?俺のことをそう想ってたのって」

「・・・実習が始まってからちょっと経ってからかな」

「じゃあ、あの大洗の町に出掛けた時の口ぶりは・・・」

 

 デートとしては及第点以下だったあの日、ナカジマの様子が少し違ったと村主も思った。あの時は疑問だった思わせぶりな話し方や行動が、全部村主のことを想っていたからと考えれば合点がいく。

 村主の抱いていた、『もしかしたら』という予想は間違っていなかった。

 

「まあ、私も村主のことは言えないかな・・・」

「?」

「だって私も・・・いつ告白したらいいのかなって探ってたところもあったし。あのデートの日にできたらいいな、って思ってたし、レオポンに乗せた時も言いたかった」

 

 あの日、出かけた時のことを、ナカジマはデートと認識していた。村主と同じように、想いを伝えることまで考えていた。

 色々な感情がごちゃ混ぜになってしまった村主は、『ああ、もう・・・』と言いながら、ナカジマを抱き締める。どう表現すればいいか分からず、自分が思うままにこうした。

 

「・・・ちょっと苦しいよ、村主」

「・・・・・・やめるか?」

 

 力加減はしたつもりだ。

 ナカジマもそうは言うが、満更ではない顔だったし、声だって嫌がっていない。お互いにこうしたかったのは同じだ。

 

「・・・ううん、もうちょっとこのまま」

 

 ナカジマも、村主の背中に手を回す。少しだけ身長差があるから、村主がナカジマを包むような形になっていた。

 

「ぅゎ~・・・」

 

 そんな2人を現実に引き戻したのは、近くから聞こえた声。

 思わず腕を離す2人。誰に見られたと視線を巡らすと、見ていたのは階段から降りてきたあんこうチーム全員だった。全員の顔が赤かったり口元を押さえてたりで、一部始終を見られたと悟る。

 村主の心にひびが入る音が響く。

 

「・・・おはよう、みんな」

 

 何でもない風を装ってナカジマが聞くが、ナカジマも赤い。村主と同じように恥ずかしかったらしい。

 

「えっと、日の出を見に来たんですけど・・・・・・」

 

 沙織が何を言い訳しているのか顔を赤くしながらわちゃわちゃと手を動かすが、やがて『ごちそうさまでした!』と言いながら残りのあんこうチームの背中を押して中に戻る。

 

「・・・・・・・・・はぁ・・・」

 

 柵に寄り掛かる村主。恥ずかしさのあまり、すぐにでも身投げしたい気分だ。何故、水族館の告白の時と同様、ここまでタイミングが悪いのか。

 

「ドンマイ」

 

 ナカジマが、泣いている子供をあやすように背中を優しくさする。

 恥ずかしさの熱が収まるまで、2人でデッキで潮風にあたりつつ海を眺める。

 太陽は水平線を離れていた。

 

 

 2人でデッキで静かに過ごしていると朝食の時間になり、寝ていたみんなも起きてくる。食堂ではチームごとに一緒のテーブルで朝食を摂る形になり、村主はもちろんレオポンチームとだった。

 その際、ナカジマが相談に乗ってもらっていた(?)ので、お互いに想いを確かめ合ったことを3人に伝えた。ツチヤが『見逃した~!』などと悔しがっていたのを除けば、3人とも素直に祝ってくれた。

 そのあとは3人ががかりで、事あるごとに村主とナカジマを2人きりにさせようと画策してきた。ただ、流石に疲労が限界に近かった村主とナカジマが仮眠―――別々の寝台で―――をとった時は、流石にそっとしておいてくれたが。

 仮眠から起きた後は、レオポンチームで、売店で買ったお菓子やジュースで打ち上げに興じる。途中で他のチームが一時的に加わることもあり、その際に村主は世話になった旨を伝えて、挨拶をした。大洗のみんなも村主に向けて頭を下げたり、握手をしたりした。

 やがて、大洗到着まで残り1時間になると、大洗の全員がデッキに出て陸の方を心配そうに見つめる。村主も同じように外に出て、後ろからその様子を見守る。

 既に陸地が近づいてきており、大洗港も間もなく見えてくるだろう。

 みんなは確かめたかったのだ。本当に学園艦が戻ってきているのかを。

 

『・・・・・・・・・』

 

 全員で固唾をのんで待ち続ける。

 フェリーが低く太い汽笛を鳴らしたその時。

 

「「あっ!」」

 

 麻子とそど子が、何かに気付いたように声を上げる。

 それを聞いて全員がのめり込むように、目を凝らす。

 

「あれは・・・」

 

 エルヴィンが帽子のつばを上げて、声を洩らす。

 

「学園艦だー!!」

 

 桂利奈が嬉しそうな声を上げた。

 近づいてくる大洗港。大洗で一番高い建物・マリンタワーが見えてくるが、その近くに停まっている巨大な船舶。

 間違いなく、大洗女子学園艦だった。

 その姿を認めた瞬間、試合の決着がついた観戦席のような歓声が沸き上がる。ハイタッチをしたり、ハグをしたり、あるいは涙を堪え切れなかったりと、誰もが喜びを体現していた。

 村主も傍にいたホシノに肩を叩かれ、ナカジマに腕を掴まれてぐらぐら体を揺らされて、みんなの喜びに押し潰されそうになっている。

 かくいう村主だって、こうして彼女たちの学園艦が戻ってきたのを見て、自分の中が高揚感で満たされていくのが分かる。本当に取り戻すことができたのだと確信できて安心し、この場に立ち会うことができてよかったと、心から思う。

 

 

 学園艦の姿を見ると、誰もが早く早くと到着を待ち侘びるようになり、到着間際には下船口に大洗のみんなが集まってくる。村主はその最後尾に並び、そのすぐ近くには杏がいた。

 やがて大洗港に接岸し、下船口が開くと、我先にと大洗のみんなが走り出す。咎めるべきことだが、風紀委員さえも同じように走り出したので、それだけ嬉しいのが見て分かる。

 最後尾近くにいた杏も途中まで走るが、フェリーを降りて学園艦を見上げると立ち止まる。

 

「いやー、戻ってきたね~」

 

 巨大な学園艦は静かに佇んでおり、港に大きな影を落としている。フェリーから降りた大洗のみんなは、乗船口から早速乗り込み始めていて、それを杏は静かに見守っていた。

 そして、村主は杏に話しかける。

 

「会長」

「ん?」

 

 振り返った杏は、やはり少し嬉しそうに表情が緩んでいる。手には、最近は見かけなかった干し芋が握られていた。

 

「自分は、これで実習が終了ですので・・・」

「あ、そっかそっか。本当は昨日までだったんだよね」

「ええ、まあ・・・」

 

 うやむやな感じになってたのか、杏が思い出すように干し芋をひらひらとする。

 

「今日まで、お世話になりました」

「気にしないで平気だよ~」

 

 気楽そうに杏が笑うと、やはり彼女も本調子に戻っているのだろうなと思う。

 しかし。

 

「・・・ありがとね。戦車、整備してくれて」

 

 しんみりとした感じのそれは予想外だった。

 戦車の整備をするという形で、今回の戦いに貢献したことを言っているのだろう。村主は『いえいえ』と手を横に振る。

 

「でもいいの?帰ったらちょっと祝勝会的なのやろうと思ったんだけど」

「・・・実習は終わってしまいましたし。それに、大洗の皆さんが取り戻した学校なんですから、大洗の皆さんで楽しむべきだと思います」

 

 村主の実習は終わり、本当に大洗の人間ではなくなる。

 この学園艦は、紛うことなくみんなの力で取り戻したものだ。しかし、たとえ戦車の整備という形で力を貸しても、大洗の人ではなくなった村主がそれに参加するのは変な感じだ。それに、フェリーの中で別れの挨拶を各チームとしてきたものだから、参加するのも興醒めだろう。

 

「そっか、残念」

「はい。お気持ちはありがたいですが」

 

 そこで杏は、代わりとばかりに右手を差し出してきた。

 

「改めて、大洗の生徒会長として言わせてもらうよ」

「・・・・・・」

「ありがとうね」

 

 村主は同じ右手でその手を握り、握手をする。

 これで本当に、実習は終わりだ。

 

「・・・それでは、またお会いする機会があれば」

「うん、達者でね~」

 

 軽く手を振る杏に向かって、会釈をしてから村主は歩き出す。杏もまた、学園艦の乗船口へと向かう。

 さて、バスの時間までは1時間はある。これなら歩いて駅に行った方が早い。肩に提げる鞄をずらしつつ、駅に向かうことにした。

 本当なら、もう少しだけナカジマとは、別れ際に色々と話しておきたかった。

 だが、別れるまでにかかる時間が長ければ長いほど、別れ際が辛くなり、離れている間がより寂しくなる。それはお互いに当てはまることだ。だから、村主はそれを避けようとして、こうして一足先に帰ることにした。

 別れの挨拶はフェリーで済んでいる。少し寂しくはあるが、これは仕方がない。

 その時、車のクラクションが鳴り響く。それも、自分のすぐ近くで。

 

「?」

 

 驚いて振り返ると、そこには見覚えのあるソアラがいた。

 そして助手席の窓が開き、中から顔を出したのは。

 

「送ってくよ、村主」

 

 ナカジマだった。

 断るなんて真似はせず後ろの座席乗り込むと、ツチヤの運転で駅へと走り出す。後部座席には、もちろんスズキとホシノも座っていた。

 

「水臭いな。挨拶もなしに帰っちゃうなんて」

「あー・・・大洗が戻ってきたのに部外者の俺がズルズルと残ってるのも何か悪いかなと思って」

「全然悪いことなんてないのに」

 

 後部座席に収まりながら、レオポンチームと最後の談話を楽しむ。助手席に座っているナカジマも、時折後ろを振り返りながら話しかけてきてくれている。

 

「あ、しまった。このツナギ・・・」

「いいよいいよ。持って行っちゃって。実習の思い出の品ってことで」

 

 最初は実習の間だけ借りるつもりで、最後は洗って返すつもりだった。

 しかし色々ごたごたしていたせいでそれを忘れてしまったが、ナカジマが首を横に振って『あげる』と言った。

 そんなナカジマは今、自分とのお別れをどう思っているのだろうか。

 正直言えば、村主は寂しい。スマートフォンという手段がある以上は、もちろん連絡は取り続けるつもりだし、時間があれば大洗にまた来たい。

 だがそれまで、直接会うことは無い。それが心残りだった。

 途中で商店街をちらっと見ると、活気を取り戻したように見える。横断幕や幟も戻っていた。

 再び明るさを取り戻した大洗の町を横目に見ながら、ついにソアラは大洗駅に到着する。

 

「ありがとな、送ってくれて」

「こんなのお安い御用だよ」

 

 ツチヤがサムズアップをする。

 

「じゃあ、元気でね」

「またいつでも連絡してよね~」

「ああ。みんなも、元気で」

 

 ホシノとスズキにも、軽く手を振る。

 ナカジマだけは、一緒に村主と降りていた。

 

「ひどいなぁ・・・何にも言わないで帰ろうとするなんて」

「すまなかったな・・・。あんまり別れる直前まで一緒だと、離れ辛くなるから」

 

 ちっとも責める様子ではないナカジマの言葉に、村主は笑って答える。

 だが、会話が終わるとお互いの表情が陰りだす。

 

「・・・寂しくなるよ」

「俺もだ」

 

 ナカジマも、同じ気持ちだった。自分のことを大切に思ってくれていると思うと、村主はこんな時でも嬉しくなる。

 だが、今こうして自分の目の前でナカジマが寂しそうな顔をしているのを見て、村主も胸が痛かった。

 

「・・・けど、これが永遠のさよならじゃない。また大洗には来るよ」

「うん・・・」

 

 安心させるつもりで言ったのだが、ナカジマは堪え切れなくなって、一筋の涙を流す。

 泣きたいのは村主も同じだ。しかし、ここで泣いてしまっては形無しもいいところだろう。

 だからそれをぐっと耐えて、ナカジマの髪に手を添える。優しくあやすように、静かにゆっくりと撫でる。

 

「・・・俺は、大洗に来ることができてよかった。ナカジマたちから整備のノウハウを教えてもらって、そしてナカジマと出会えて・・・悪いことなんて何もなかった」

 

 頭を撫でながら、村主は優しく伝える。

 

「ナカジマのことは忘れない。ずっと、ずっと、覚えてる」

「・・・・・・・・・」

「だからナカジマも、待っていてほしい。また大洗に来る時まで」

 

 すると、ナカジマが村主の手をそっと握る。

 そして、少しだけ背伸びして、触れるようなキスをした。

 

「・・・・・・絶対、約束だよ」

「・・・・・・ああ」

 

 少しの間だけ、村主の手を離さなかったナカジマだが、やがてその手をゆっくりと離す。名残惜しそうに。

 

「・・・・・・じゃあ、また」

「・・・うん」

 

 ナカジマが涙を拭って笑う。村主はそれを見届けてから、背を向けて歩き出す。

 その顔は、大洗の短いようで長かった日と、先ほどのほんの一瞬の出来事を思い出して、寂しさと嬉しさを併せ持つようだった。駅員に切符を渡す時もその顔は直らなくて、多分変に見られただろうけど気にしない。

 水戸行の電車に乗り、ドアが閉まる。ゆっくりと電車が動き出して、景色が後ろに流れていく。大洗の町並みや、マリンタワー、そしてみんなが取り戻した学園艦が離れていく。

 その時、ポケットの中のスマートフォンがメールの着信を伝えた。

 送り主は、ナカジマ。さらに添付ファイルが1つ。

 すぐに開くと。

 

『絶対、また会いにきてね!』

 

 添付されていたのは、フェリーの車庫で撮った写真だった。ポルシェティーガーをバックに、5人並んだ写真。ホシノとツチヤ、スズキに押されて中央辺りのナカジマと村主が恥ずかしそうにしているが、全員が笑っている写真だ。

 そのメールを読んで、写真を見て、村主の視界が歪む。

 それでも、メールを打って返信する。

 

『必ず、会いに行くよ』

 

 大洗の町は、もう見えなくなっていた。

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