雨恋   作:プロッター

2 / 19
お気に入り登録・感想ありがとうございます。
とても励みになります。


小雨

 大洗女子学園の連中は只者じゃない。

 そんな話を、村主は聞いたことがある。

 

 今年の夏に開催された第63回戦車道全国高校生大会。

 各地の強豪校が鎬を削るこの大会で優勝を飾ったのは、戦車道四強校の黒森峰女学園や(セント)グロリアーナ女学院などではなく、中堅とされる継続高校や知波単学園でもなかった。

 

 20年ぶりに戦車道を復活させ、突如として再び表舞台に戻ってきた、大洗女子学園という無名校だったのだ。

 

 この結末に、戦車道に携わる者たちは大いに驚いたという。そして、その大洗の優勝までの軌跡は『素晴らしいものだった』と異口同音に評価した。

 1回戦の相手は、戦車道四強校の一角にして戦車保有数・乗員数共に国内一を誇るサンダース大学付属高校。

 2回戦は、一部では高く評価されている統帥(ドゥーチェ)・アンチョビ率いる、ノリに乗らせると厄介な中堅・アンツィオ高校。

 準決勝では、サンダースと同じく戦車道四強校の一角にして昨年優勝した、重戦車を有するプラウダ高校。

 並み居る強敵を次々と制し、決勝戦では最強と言われる黒森峰女学園と熱戦を繰り広げた。その激戦の末に、大洗女子学園は勝利を掴み、奇跡の優勝を成し遂げたのだ。

 

 それだけの戦績を修めたのであれば、大洗にもさぞ熟練の戦車乗りがいると思うだろう。

 しかし驚くなかれ、大洗のメンバーはほぼ全員が戦車道の素人だというのだ。おまけに、大洗のメンバーは30人前後しかおらず、戦車もたった8輌しかいない。そして、そこまで良い戦車でもない。

 にもかかわらず、戦車道を復活させてから僅か数か月で、大洗のメンバーは全国大会で通用するレベルにまで成長し、優勝できるほどの実力を身につけた。

 それだけ、大洗の戦車隊長の指導力と、隊員たちの成長力が尋常じゃないということだろう。

 だから、大洗のメンバーは『只者じゃない』と評されたのだ。

 

 

 そんな只者じゃない大洗の戦車隊のメンバーを前に、村主は立っていた。

 

「えー、と言うわけで。連絡していた通り、今日から1人、外部から戦車の整備の実習を受ける生徒が加わるので、挨拶をしてもらう」

 

 隊員30人強を前にしてそう説明するのは、つい先ほど生徒会室で事前に挨拶をした、生徒会の広報・河嶋桃。片眼鏡とチョーカーが特徴的で、村主の第一印象は『知的な感じ』だ。

 その桃の両隣に立っているのが、生徒会の会長・角谷杏と副会長の小山柚子。ツインテールで背の低い方が杏で、やや癖のあるポニーテールの方が柚子だ。この2人とも挨拶はした。

 そこで桃が振り返り、村主に向かって視線で『前へ出ろ』と言ったので、大人しく一歩前へ出る。

 

「こんにちは。この度実習に参りました村主文明と申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

 お辞儀と共に、教えられた通りの挨拶をする。大洗の隊員たちも、『よろしくお願いしまーす』と返してくれた。

村主の学校の生徒たちは外部実習に行く前に、相手に失礼が無いようにこうした挨拶やマナー等について、一通り叩き込まれる。この挨拶もその賜物だ。

 頭を上げると、案の定だが隊員たちは好奇の目で村主を見ていた。女子校に男子がいるのだから仕方ない。

 それにしても。

 

(・・・本当に只者じゃなさそうだな・・・)

 

 表情には出さないで、村主は思う。

 決勝戦やその後の戦車道の特番でも見た大洗の隊員たちが、村主の目の前に揃っている。あの伝説とさえ言われる優勝を飾ったメンバーがいるのだと思うと、心が昂ってくる。

 だが、今目の前にいる大洗戦車隊のメンバーの大半は、タンクジャケットではなく大洗の制服を着ている。

 そして、その中にはオレンジのつなぎを着ていたり、何かのスポーツのユニフォームを着ている者もいる。それはまだ良い方だろう。

 しかし中には、制服なのに軍帽子を被っていたり、弓道の胸当てだの猫耳だの眼帯だの着けているのは流石に気になる。これを普通と思っている大洗も寛容だと、村主は思う。

 

「村主には今日から夏休みの終わる8月31日まで、レオポンチームのサブとして入ってもらう。レオポンチーム、連絡した通りだが問題ないな?」

「大丈夫でーす」

 

 桃の呼びかけに答えたのは、列の後ろの方に並んでいるオレンジのつなぎを着た少女。彼女が恐らく、レオポンチームだろう。

 

(って言うか、あの子・・・)

 

 そして、その返事をした少女に村主は見覚えがあった。

 昨日、偶然にも雨宿りをした場所で出会った黒いショートヘアの、ナカジマと名乗った少女だ。

 

 

 

「改めまして、村主です。よろしくお願いします」

 

 村主の挨拶を兼ねた朝礼が終わり、午前中は戦車の整備を行うらしい。

 そこで村主は、戦車の整備を受け持つレオポンさんチームの面々と改めて挨拶をする。

 

「よろしくね、村主。私はナカジマ」

 

 朗らかに笑いながら、軍手を嵌めた右手を前に差し出すのは、村主が昨日出会ったナカジマ。村主も同じく右手を差し出して、握手を交わす。

 レオポンさんチームは全部で4人いるが、誰もがオレンジ色のつなぎを着ている。特に黒いショートヘアの褐色肌の子は、つなぎの上は腰のあたりで縛ってタンクトップ姿だ。

 

「ホシノだ、よろしく」

 

 そのタンクトップの子が名乗り出て、村主も会釈をする。

 

「スズキです、よろしくね」

 

 同じく褐色肌だが、背が高く赤みがかった癖のあるスズキと名乗る茶髪の少女。村主と背の高さがあまり変わらないので、少し驚いた。

 

「ツチヤです、よろしく~」

 

 最後にのんびりした挨拶をしたのは、茶髪のショートヘア、そばかすと糸目が特徴的な少女だ。

 大洗のメンバー全員を覚えるのは少し時間がかかりそうだが、せめて世話になるこのレオポンさんチームのそれぞれの名前は覚えないと、と村主は思う。

 

「あまり畏まらなくても大丈夫だよ。少しの間だけど、同じレオポンチームの仲間だし」

「そうそう。ツチヤなんて2年生なのにタメ口だし」

 

 ナカジマとスズキに敬語無しを促される。その2年生と言うツチヤは、悪びれもせずににこにこ笑ったままだ。どうやら、上下関係をそこまで気にはしないチームらしい。

 

「それじゃあ・・・改めてよろしく」

 

 普段の話し方で喋ると、4人は頷いた。

 上下関係を気にしないのは村主としても有り難い。絶えず周囲に気を配って気疲れするのはあまり好きではないから。

 そして、村主のことを『仲間』と言ってくれたことは素直に嬉しい。ここに来るまで村主は、あくまで実習に来ている身だから気を付けなければ、と気負っていた。だから、世話になるナカジマたちの方から、打ち解けるような言葉をかけて貰えたのが嬉しかった。

それでも、村主自身はあくまで実習生だということは、しっかりと覚えておく。

 

「それじゃあ早速、戦車の整備に入ろうかな」

 

 既に他の隊員たちは戦車の整備に取り掛かっている。村主も、ナカジマたちに続いて戦車を停めているガレージの中へと入る。

 ガレージには全部で8輌の戦車が停まっており、当たり前だが全て村主が全国大会で見た車輌ばかりだ。あの大会で激戦を繰り広げた戦車が、今こうして自分の目の前にいるのはとても感慨深い。

 

「これが、私たちの戦車だ」

 

 ホシノが誇らしげに手をつきながら見上げるのは、グレーの車体に88ミリの主砲を持つどっしりとした戦車。砲塔には、ライオンのような動物のイラストが描かれている。

 レオポンチームの戦車、ポルシェティーガーだ。

 

「またの名を、『レオポン』ね」

「レオポン?」

「私たちのチーム名、レオポンさんチームだからね。だから、この子もレオポンだ」

 

 ナカジマに言われて、改めてポルシェティーガー『レオポン』を見上げる。あのライオンのような動物が、レオポンを模しているのだろう。

 戦車そのものに愛称を付けているということは、彼女たちもこの戦車には愛着があるのかもしれない。

 

「・・・ポルシェティーガーか」

 

 村主がぽつりと呟くと、ナカジマが興味を示した。

 

「気になる?」

「俺が好きな戦車だしな」

 

 そう言った直後、レオポンチーム全員の視線が村主に集中した。

 村主はそれを敏く感じ取ったが、彼女たちの目は敵意に満ちているというわけではなく、むしろ輝いているのも分かった。

 

「ポルシェティーガー好きなんだ。通だねぇ」

「まあ、きっかけはこの前の全国大会なんだけどな」

 

 件の全国大会、大洗のポルシェティーガーは決勝戦のみ出場だったのだが、その決勝戦でポルシェティーガーは重要な役目を負った。

 それは、大洗の隊長車・Ⅳ号戦車と、黒森峰の隊長車・ティーガーⅠが一騎打ちをする場所を守ること。

 これだけならあまり特別ではないが、このポルシェティーガーはその2輌が戦う場所の1つしかない入り口を塞ぎ、たった1輌で黒森峰の戦車数輌を相手取った。

 滅多打ちにされても決して退かず、ボロボロになりながらも果敢に戦い続けていたその雄姿は、村主からすれば滅茶苦茶カッコよかった。

 

「『動かざること山の如し』って感じだったのが、俺にはすごいカッコよく見えた」

『・・・・・・・・・』

「だから、俺はこの戦車が好きだ」

 

 黙って村主の話を聞いていたナカジマたちは、話を聞き終えると揃ってニッと笑った。

 

「ポルシェティーガー好きに悪い人はいないからね。気に入った!」

 

 ホシノがサムズアップしてくる。他の3人も同意見らしく、頷いてくれた。ツチヤは『教え甲斐があるな~』とまで言ってくれた。

 少し語りすぎてしまったか村主は不安だったが、どうやらその心配も無用らしい。

 

「よーし、それじゃ始めようか」

 

 ナカジマが号令をかけると、ホシノ、スズキ、ツチヤの3人はそれぞれ作業に取り掛かる。

 だが、村主は戦車に触れることも初めてだったので、まずは最初に設計図の見方をナカジマから教わることになった。さらに、戦車の整備に使う工具やパーツも一緒に教わる。

 

「基本的には自動車と同じなんだな」

「そうだね。まあ、履帯を繋げたり、砲身を掃除する用具とかパーツとか、例外もあるよ。そこは、戦車ならではだね」

 

 村主はメモを取りながら、教わることを細大漏らさず聞いていく。

 覚えることは多くあるが、ナカジマの教え方が上手いので全くもって苦にならない。それ以前に、いよいよ好きな戦車の整備ができるのだから、村主も前のめりな姿勢でいられる。

 

「あと、これはポルシェティーガーに限った話だけどね」

「?」

「ポルシェティーガーは、ガソリンエンジンで発電した電力で、モーターを回して動力を得るんだ。だから、普通の戦車とは違ってモーターの面倒も見なくちゃならない」

 

 ナカジマがポルシェティーガーの後部にあるスリットを指差す。この中に、心臓部と言えるモーターがあるのだ。

 ガソリンエンジンとモーターのハイブリッド方式の話は村主も知っている。自分の好きな戦車だったので、調べてるうちに身についた。

 

「まあ、ここの整備は慣れてきてからだね。それまでは、エンジン回りとかの整備をしてもらおうかな」

「分かった」

「それじゃ、当面は私と一緒にやるってことで」

 

 いよいよ、実際に戦車の下にもぐってエンジンとその周辺の整備に入る。

 戦車の下と言うことで仰向けになりながら、ナカジマは村主のすぐ横でエンジン部分の説明をし、さらに整備の仕方も教える。

 女の子とこうして密接することは、村主にとっても初めてのことだった。

しかし、今は状況が状況。目の前のこと、戦車の整備が最優先である。

 

「まずはパーツの目視と、触手点検。目立った傷がついていないか、ボルトやネジが緩んでないかを確かめるんだ」

「目立った傷・・・ヒビとか掠り傷とかか」

「そうだね。エンジンはデリケートだから、どんな小さな傷でも見逃しちゃダメだよ」

 

 説明しながら、ナカジマはエンジン内のパイプや、それを留めるネジなどを見て、触って、問題がないかを確かめる。素人にはただ触っているだけに見えるだろうが、村主は指で押して緩みが無いかを確かめているのだと分かる。

 

「・・・・・・」

 

 そのナカジマを横目にちらっと窺うと、真剣な表情だった。つい先ほどまで見せていた朗らかな様子がなく、瞬きさえも惜しんでエンジン部分を丁寧に見ている。

 

 そんなナカジマが、村主の目には輝いて見えた。

 

 メインのエンジン部分は1時間半ほどかけて調べて、次は履帯の点検に入る。

 次は履帯を留めるピンが緩んでいないかを確かめるのだが、これも結構重労働だ。何せ履帯が重いし、緩んでいた時にピンを打つためのハンマーも重い。

 ホシノたちはモーター部分を整備しているらしく、彼女たちの額には大粒の汗が浮かんでいる。戦車の整備は全体的に体力勝負なのだ。

 しかし、それでも彼女たちは汗など気にせず、真剣な目つきでモーターと向き合っている。彼女たちもやはり、熱心に整備に取り組んでいた。

 

 

 

「よし、じゃあお昼ご飯にしようか」

 

 履帯の点検が終わり、ホシノたちもモーターの整備が終わったのを見計らって、ナカジマが全員に告げた。時計を見ると既に12時を過ぎていて、いつの間にか何時間も過ぎていたことに驚く。

 既に他のチームのメンバーたちは戦車の上に座っていたり、ガレージの中にあったステップに腰掛けたり、レジャーシートを持ち込んだりして、思い思いに昼食を摂っている。

 村主とレオポンチームも、ポルシェティーガーの傍で昼食にする。村主は今朝ここに来る途中のコンビニで買ったおにぎりだったが、ナカジマたちも同じようなラインナップだ。

 そして、こういう時は自然と話題が村主のことになる。

 

「技術専門学校?」

「ああ、運輸整備科ってコースに通ってる」

「運輸って言うと・・・船とか?」

「飛行機とか自動車もやってるな。だから、戦車の設計図もそんなに難しくはなかった」

 

 自動車、と言ったところでレオポンチームの面々が『おっ』と口を開けた。

 

「何、どうしたの?」

「いやー、私らは元々自動車部だから。車って言うのが気になったんだ」

 

 ナカジマに言われて、村主は今朝生徒会室で挨拶をした時のことを思い出す。

 今回、村主が世話になるのは戦車の整備を受け持っている自動車部。サンダースやプラウダなどのように、戦車の整備を専門とする科が大洗には存在しないので、メカニックに詳しい自動車部に村主を臨時で編入させると。

 

「ってことは、自動車にも詳しい口?」

「車種とかまでは詳しくないけど・・・まあそこそこ」

「へー」

 

 ツチヤがニコニコと訊いてくるが、残念なことに村主はマニアと言えるほど車に詳しくはない。それでもツチヤは、しょんぼりせずにサンドイッチを頬張る。糸目なので元々笑っているように見える。

 

「でも、村主は結構筋がいいよ。すぐに覚えるし」

「そうか?」

「うん、私には分かった」

 

 村主はどうにも、褒められると照れくさくなる。ましてや相手が女の子ならなおさらだ。

 

「よし。これでちょっとの間、人手不足は解消だな」

 

 だが、安心したようなホシノの言葉には首を傾げる。人手不足とは、どういうことだろう。

 

「自動車部って私たち4人しかいないんだよね」

「たった4人?」

「そう。たった4人で戦車8輌の面倒を見なきゃいけないから、オーバーワーク気味だったんだ」

「大丈夫だったのか?色々と・・・」

 

 スズキの言葉を聞いて、村主は他のメンバーと戦車を見る。

 午前中の整備を見る限りでは、レオポンチーム以外のメンバーは、履帯の調整や砲身の掃除など簡単な整備はできているようだ。

 だが、動力部の修理や、今日はまだ無いが砕けた装甲の着け直しや、傷の修繕などはナカジマたちの仕事だろう。それを8輌全てとなれば学生の身でありながらも相当ハードなのは村主でも分かる。

 

「最初は全部私たちがやってたんだけど・・・それじゃ流石に厳しかったし、マニュアルを作ったんだ」

「マニュアル?」

「そう。履帯の整備とか、砲塔の掃除の仕方とかを簡単にまとめたんだ。それでちょっと、私らの負担は減ったけど・・・」

 

 かつての苦労を思い出すように、眉をハの字にするナカジマ。

 

「まあ、大変だったね。試合の後なんて、ボロボロになった戦車を直すために徹夜が基本だったし」

「徹夜・・・」

 

 あっけらかんと言うナカジマ。

 村主も整備課に所属している身だが、徹夜で作業などしたことがない。学園艦の運営に不可欠な船舶科は村主の学園艦でも24時間体制だが、ナカジマたち自動車部はどう考えても24時間体制が基本ではないだろう。

 それは同じ学生として、心配を通り越して尊敬に値する。

 しかし、ナカジマは微笑みながら続けた。

 

「それでもね、私たちは楽しいよ」

「?」

「そりゃ疲れることもあるけど、私らは戦車が好きだから」

 

 そしてナカジマは、ポルシェティーガー『レオポン』を振り向いて見上げる。

 

「最初に生徒会から『戦車の整備頼めるかな?』って言われた時は、面食らったよ。『車』って付いてても、戦車と自動車じゃ全然違うもの」

 

 それはそうだと、村主も思う。

 大洗は20年も前に戦車道が撤廃されたと聞いていたし、経験者もほぼいなかったらしい。だからナカジマたちだって、それまで戦車の整備などしたことがなかっただろう。それなのに、無茶振りに近い形で戦車の整備を任せられたのだから、面食らったに決まってる。

 

「案の定、最初の内は苦労したさ。保存状態がどれも悪かったし・・・いや、保存とは言えないな。崖の洞穴だの山の中だの、池の底だの沼だのに放置されてて・・・」

「引っ張ってくるのも整備するのも、重労働だったよ」

 

 ホシノとスズキが、その時のことを思い出したのかげんなりと笑う。ツチヤが『レオポンの時なんて学園艦の一角壊しちゃったよねー』と苦笑しながら言った。

 そんな劣悪な状態の戦車を回収するのも修繕するのも重労働だと、村主は容易に想像できた。とても笑い飛ばすことなんてできない。

 

「でも・・・戦車に向き合ってるうちに、私らも愛着が湧いてきたんだ」

 

 ツチヤの目が少し開き、ナカジマと同じようにポルシェティーガーを見る。

 

「そうやって苦労して直した戦車が動いて、戦っているのを見ると、直した甲斐があったなーって思えた」

「それで戦ってるところを見て、戦車の魅力に気付いたんだ」

 

 ツチヤに続いて、ナカジマが感慨深そうに言葉を洩らす。

 

「今は、自動車と同じぐらい戦車も好きだよ」

 

 まるで、レオポンチームの総意を代弁するかのように、ナカジマが告げる。

 村主は、先ほどのナカジマたちが戦車に真剣に向き合っているのを見て、そしてその気持ちを聞いて確信した。

 ナカジマたちは、本当に戦車のことが好きなんだと。

本当に真摯に、真剣に、戦車に向き合っているんだと。

 

「・・・そうか」

 

 自然と、村主は笑う。

彼女たちの戦車に対する気持ちを聞くことができてよかった。彼女たちもまた戦車のことが好きだと分かった以上、世話になる村主もまた戦車に真面目に向き合うべきだと思った。無論最初からそのつもりだったが、その意思は話を聞いてより強くなった。

 

「俺も戦車は好きだから・・・全力で取り組ませてもらうよ」

 

 村主も機械系に携わっていて、それでいて戦車も好きだから、レオポンチームの気持ちも理解することはできる。

 それに、村主は技術を学ぶためにここへ来たのだから、全力で取り組むのが礼儀だ。

 村主のその言葉に、隣に座っていたナカジマがポンと肩を叩いた。

 

「頼もしいね、村主」

 

 

 

 午後からの訓練は戦車の砲撃訓練なので、一先ず村主にできることはない。

 ただ、ナカジマや杏の計らいもあり、普段は審判が立って観測を行う高台から、訓練の様子を見せてもらうことにした。

 事前に聞いたところによれば、普段の訓練では躍進射撃や停止射撃など訓練を行うらしく、今もまたその通りの訓練が行われていた。

 大洗は世間では『高校戦車道の風雲児』などと言われているが、彼女たちはまだ戦車に乗り始めてから半年も経っていない。全国大会に通用するレベルでも、基礎的な練習を重点的に続けているのだろう。

 

「すごいな・・・」

 

 そして今、村主は戦車が動いているのを始めて自分の目で見た。全国大会の決勝戦はモニターでしか見られなかったから、こうして自分の目で見ることができたので、個人的にはとても嬉しい。

 

 その砲撃訓練が終わった時には、陽が傾き始めてしまっていた。

 しかし、レオポンチームの出番はここからだという。

 

「訓練の後で戦車に不具合が無いか、もう1度チェックするんだ。戦車に乗ってるみんなにも、どこか不調が無いかを確かめてもらってるよ」

 

 そんな話を、ナカジマと共にカモさんチーム―――風紀委員の3人が乗っているという―――のルノーB1bisを整備しながら教わる。

 他の戦車隊のメンバーは既に帰宅し、残っているのはレオポンチームのメンバーだけだ。これが基本スタンスで、最後まで残るのは決まってナカジマたちらしい。そして、4人で8輌の戦車を改めて点検・整備するという。

 村主も、ナカジマから皆と同じ時間に帰って大丈夫と言われたが、村主は整備のことを教えてもらうために自発的に残らせてもらった。

 

「一番念入りに整備するのはレオポンかな。何せ、エンジンとモーターの二人羽織みたいなもんだし、最初はしょっちゅう壊れてたからね」

 

 ポルシェティーガーの整備は一番最後だ。ナカジマの言う通り、最も重点的に整備するのだから時間は多めに取っておくらしい。

 陽が傾き始めてから戦車の整備を始めたのだが、他の戦車の整備もあり、ポルシェティーガーの整備を始めたのは丁度陽が落ちてからだった。先ほどと同じように、ナカジマと村主はエンジン回りを整備し、ホシノたちがモーターを点検する。

 たっぷり2時間ほどかけて整備した結果、ポルシェティーガーに特に問題はなかった。これだけかけて異常が無かったのだから、とても安心した。

 

「よーし、それじゃ今日はこれぐらいにしようか」

『はーい』

 

 全ての戦車に問題がないのを確認したところで、ナカジマが時計を見上げながら締める。

 村主は今日、ナカジマと共に基本的な戦車の整備の仕方を教えてもらった。明日以降は、同じくポルシェティーガーと、今日は触らなかった戦車の整備をすることになるかもしれないとのことだったので、今日教わったことはしっかりと記録して覚えべきだと、村主は思う。

 

「あ、そうだ村主」

「?」

 

 ホシノとスズキ、ツチヤが帰ろうとしたのを見計らって、ナカジマが村主に声をかける。

 

「自動車部の備品とか保管してる場所も一応案内したいんだけど、今から少し時間ある?」

「ああ、大丈夫だ」

「オッケー、じゃあ行こうか。ホシノたちは先に帰っていいからねー」

「りょうかーい」

 

 そう言ってナカジマは村主を連れて、陽が落ちてすっかり暗くなった部室棟の方へと向かっていく。

 その様子を見ながら、ホシノは『ふむ』と顎に指をやる。

 

「あの2人、なんか仲良さそうだけど・・・」

「そう?まあ、今日1日一緒に行動してたし、打ち解けたのかもね」

 

 スズキは、ホシノの抱いた疑問については大して気にはしていないらしい。

 だが、そんな疑問はツチヤも同じく考えていたらしく。

 

「そういや、最初に挨拶した時も妙に親し気だったね」

 

 最初の自己紹介をした時、握手をしたのはナカジマだけだ。

それを見てツチヤは、ナカジマがどうも村主と元々知り合いだったように思えた。

 

「考えすぎじゃない?ナカジマって結構フレンドリーなところあるし」

「そうだけど・・・」

 

 そうは言いつつ、スズキも2人がそんなことを考えているので、逆に興味が湧いてきてしまった。

 よくよく考えてみれば、スズキも昼食の時間などで村主とはある程度打ち解けることはできたと思っているが、それでもナカジマとの距離がスズキたち3人と比べると微妙に近い気がする。

 だが、それを考えるのは後にして、まずは先に空いたお腹を満たしたいと思い、定食屋へと3人で行くことにした。

 

 

 

「うぉ、すごい・・・」

「でしょー?」

 

 ナカジマに連れられて自動車部の部室を訪れた村主は、圧倒された。そんな反応を見てナカジマは、誇らしげに笑う。

 間取りは普通の高校と同じぐらいの広さで、個人用のロッカーや、箱詰めされた何かのパーツや機材などはさして変わり映えしない感じがする。部屋は整頓されていて、雑多な感じもしない。

 だが、壁には額縁に入れられた賞状が数多く掛けられており、さらにロッカーや棚の上にはトロフィーが所狭しと並べられていた。

 それだけ、自動車部の実力が高いことが窺える。

 

「先輩たちが取ったのが多いね。私たちが取ったのもぽつぽつあるけど・・・」

「先輩たちって言うと・・・卒業した?」

「うん、私とホシノ、スズキは3年だし。っと、それより説明しようか」

 

 この部室には、壊れやすい、消耗しやすい工具の新品や、戦車や自動車の設計図を保管しているらしい。部室が狭いので、置けるものも少ないようだが。

 その時、ナカジマがロッカーを1つ空けて何かを取り出そうとする。

 

「ところで、村主って身長いくつ?」

「俺?171ぐらいだけど」

「171だったら・・・これぐらいかな」

 

 言いながらナカジマが取り出したのは、新品と思しきオレンジのつなぎだ。

 

「余ってるから、実習の間はこれを着てるといいよ」

「え、いや、悪いよ。俺はあくまで実習で来てるんだし」

 

 今日一日、村主は元居た学校のジャージを着ていた。ほぼ1日中戦車の整備をしていたので、ところどころ煤が付いてしまっている。

 けれど村主は、これも世話になっている以上は仕方がないと思う。洗濯も宿でできるので、新しいつなぎを用意してもらうのも恐れ多くて仕方がない。

 

「いやいや。少しの間でも、同じレオポンチームの仲間だからね」

 

 しかし、ナカジマにそう言われてしまうと何も言えない。

 今日1日で大分打ち解けることができたし、仲間と言われたことも嬉しいので、もうこれ以上は反論しない。

 だから、素直につなぎを受け取った。

 

「・・・ありがとうな」

「どういたしまして」

 

 そして次に、旧部室棟まで連れて行ってもらった。

 新しい部室棟から少し離れた場所にあるそこは、木造建築の2階建ての建屋だ。しかし、建物自体は流石に『旧』とつくだけあってかなりくたびれている。窓ガラスが割れていたり、木もところどころ腐っている。

 それでもよく目を凝らして部屋の中を見てみれば、真新しい備品が置いてあったり、小ぎれいに掃除されている部室もある。まだここを使っている部活動もあるらしい。

 そんな旧部室棟を少し歩いてナカジマが足を止めたのは、かなり奥の方にある部屋の前だった。中に入るが真っ暗で、どうやら電気は通っていないらしい。

 

「ここには、部室には置いておけない戦車の修理工具とか、色々置いてあるんだ。もし、ガレージで修理してて足りない工具とかがあったら、大体こっちに置いてあるよ」

「ん、分かった」

「大体これぐらいかな・・・」

 

 どうやら一通りのことは教えたようで、腰に手を当てて小さく息を吐く。

 やはりナカジマも、少し疲れているようだ。

 

「・・・悪いな。案内させて」

「ううん、気にしなくて平気だよ。それじゃ、そろそろ帰ろうか・・・」

 

 だが、外に出ようとしたところで気付く。

 地面にぽつぽつと何かが滴るような音がする。村主とナカジマが部室の外へ出て空を見上げると、顔に水の粒が当たってくる。

 雨が降り出していたのだ。

 

「ありゃ、雨か・・・」

「通り雨か・・・?まあ、傘は持ってきてるから大丈夫だけど」

 

 そう言いながら村主は、肩に提げていたバッグ―――外出用の小さなものだ―――から折り畳み傘を取り出す。

 

「あれ、今日雨の予報じゃなかったけど」

「いや・・・予想外の雨なんてよくあることだから、常備するようになった」

 

 本当に村主は、外に出ると雨の予報が無かったのにも関わらず雨に見舞われることが多い。だから、最初から鞄に折り畳み傘を入れておくことが多くなった。

 

「入っていくか?」

 

 通り雨だと思うのでこのまま降り続けることは無いだろう。

しかし、ナカジマだけ傘無しで帰らせるわけにもいかないし、疲れているだろうから早く帰って休ませてあげたかった。

 そう思い、村主が傘を差して向けると。

 

「・・・じゃあ、お供させて貰おうかな」

 

 ナカジマは、ひょいと傘に入ってきた。

 

 

 そして2人並んで帰路につくのだが、これが俗に言う『相合い傘』だと気付くのにそこまで時間はかからなかった。

 

「今日はちょっと静かな雨だねー」

「昨日のとは全然違うな」

 

 だが、2人にとって今重要なのはそれではなくて、雨の方だ。何しろ2人とも雨が好きなのだから、気にすることは2人とも同じだった。

 

「確かナカジマも、雨が好きって言ってたな」

「うん。雨の音を聞いていると気持ちが落ち着くし、何だか頭もすっきりするような感じがしてね」

 

 今降っている雨は、擬音で表現するならば『しとしと』と言う感じだ。昨日のように強い雨ではないので、雨粒が道路に当たる音も心地よさを覚える。

 

「雨が降っていると、普段見る街並みも何だか違った感じに見えるし」

「ああ、それは分かる」

 

 村主は、雨で街並みや建物が霞んで見えるのが地味に好きだった。そしてナカジマも、同じような感性を持っているらしい。

 だがそこで、村主は思い出す。

 

「そう言えばナカジマ、知ってたのか?外から実習生が来るってこと」

「うん、前々から河嶋さんから連絡があってね」

「昨日黙ってたのは・・・」

「いやー、ちょっと驚かせようと思ってさ」

 

 昨日村主は、初めてナカジマに会った時に、戦車道履修生だということは話の流れで思い出せた。だが、レオポンチームのメンバーとまでは分からなかったし、彼女のチームが戦車の整備を担当しているとも知らなかった。

 自分がここへ来た事情は話したのに、それでも『ちょっと驚かせたかった』と言うのは意地悪だなと、村主は思う。

 

「あはは、ごめんごめん。でも、あの場で初対面の私が『君の実習の指導をするよ』って言ったら、村主も緊張してたでしょ?」

「それはまあ・・・確かに」

 

 偶然出会ったナカジマが、村主が教えを乞う人と知れば村主の態度も昨日とはまるで全然違っただろうし、乗艦初日から委縮していたかもしれない。それを避けるために、敢えてナカジマは自分のことを明かさなかった。それも気遣いの1つか、と村主は小さく笑い、追及をやめることにする。

 

「昨日、村主は戦車の整備を勉強したくて大洗まで来た、って言ってたよね」

「ん?ああ、そうだな」

 

 どうやら、昨日の話の流れで思い出したらしいナカジマが、村主に話しかけてくる。

 

「・・・すごいと思う」

「え?」

 

 だが、ナカジマの心からそう思っているらしいその言葉に、村主は思わずろくな言葉も紡げなかった。

 

「だって、小さいころから戦車のことが好きになったんでしょ?それで、その夢を諦めきれずに今日までそれを目指してるってのは、すごいと私は思うな」

「・・・そうか?周りからは『変わってる』だの『かっこ悪い』だの言われてるけど」

「いやいや、いいじゃない。小さいころからずっと好きだったんでしょ?戦車が」

「まあ、そうだけど」

「それならいいじゃない」

 

 ナカジマが、村主のことを見る。

 

「自分の夢を真っ直ぐに追っているのなら、他の誰が何と言おうと、私からすればそれは十分カッコいいよ」

 

 瞬きをする。

 そう言われたのは、初めてだった。

 

「・・・・・・そう?」

「うん」

 

 実感が持てないが、ナカジマは笑って頷く。

 何か気の利いたことでも言えれば、と村主は思う。だが、ボキャブラリーが少なすぎたので『相手のことも褒める』という答えしか弾き出せなかった。

 

「でも、俺からすればナカジマだってカッコいいと思うぞ」

「え?どうして?」

「どうしてって、そりゃ・・・」

 

 少し考えて、思ったことをそのまま伝える。

 

「戦車と向き合ってる時のナカジマだって、俺からすればカッコよかった」

 

 ポルシェティーガーの整備をしている時、村主はちらっとナカジマの様子を窺った。

 その彼女の顔はまさに真剣で、ああいうのがカッコいいって言うんだろうなと、村主は思ったものだ。

 

「・・・・・・そう見えた?」

「ああ、俺にはね」

「それは嬉しいなぁ。ありがとね」

 

 そんな会話を交わしつつ歩いていると、傘に当たる雨の音もいつしか聞こえなくなった。試しに傘の外に腕を出してみたが、雨粒も感じない。

 

「止んだみたいだ」

「そっか。よかったー」

 

 村主が傘を畳む。丁度交差点に差し掛かるところだった。

 

「それじゃ、また明日もよろしくね」

「うん、またね村主」

 

 そうして村主とナカジマは軽く手を振って別れる。

 村主は宿へと行く間に、さっきのナカジマの言葉を思い出す。

 

―――自分の夢を真っ直ぐに追っているのなら、他の誰が何と言おうと、私からすればそれは十分カッコいいよ。

 

 思い返してみて、そう言えば自分の人生で『かっこいい』って言われたことはなかったな、と悠長なことを考える。

 ナカジマの言葉は、村主にとっては始めて言われた言葉だ。

 そう思うと、少しだけ嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてきて、頬が痒くなる。

 小雨の後のせいで吹いた風は湿っぽく、どこかひんやりとする。

 その風を浴びながら宿へと足を進める村主は、不思議と心地よい気分になっていた。

 

 

 村主と別れて少しして、ナカジマは立ち止まって空を見上げる。

 雨は既に止んだが、まだ夜空には雲がいくつか浮かんでいるのが分かる。

 

 ―――戦車と向き合ってる時のナカジマだって、俺からすればカッコよかった。

 

 鉄を打った時の音のように、胸の中に村主の言葉が響いている。

 同じ大洗の戦車隊の皆からは、『かっこいい』とか『頼りになる』と言われることがよくあった。

 けれど冷静に考えてみれば、同年代の男からあんなことを言われたのは初めてだ。女子高だし、自分のすぐそばで一緒に整備するなんてこともなかったから当たり前だけど、それでもやっぱり気になる。

 

「カッコいい、ね」

 

 口に出してみると、やたらと嬉しさが湧き上がってくる。

 褒められるのは悪い気がしない。だから嬉しいんだと、ナカジマは考える。

 兎に角、村主は飲み込みが早いし、同じく雨が好きと言うこともあるので、実習の間は上手くやっていけそうだと思う。

 小雨の後で湿っぽさを交えた風が吹き、ナカジマの身体を撫でていく。

 その風の心地良さを感じながら、ナカジマは寮へと鼻歌を歌いながら帰って行った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。