翌朝、アラームの音ともに目覚めた村主は、寝間着から実習用の服に着替えていた。
しかし、今袖を通しているのは昨日着ていたジャージではない。
「・・・イイ感じじゃん」
鏡の前に立つ自分を見て、言葉が零れる。村主は別にナルシストではないが、それでも今の自分がかっこよく見えてしまう。
村主が着ているのは、昨日ナカジマから支給された、自動車部のオレンジのつなぎだ。左胸のポケットの上には『OARAI』と校名の刺繍が入っている。
もちろん、村主は大洗の生徒になったわけではない。実習の間はレオポンさんチーム・自動車部の仲間と言うことで、同じつなぎを貰ったのだ。
「つなぎって、こんな感じなのか」
村主は、元居た学校でも機械に触れる授業を受けていたが、授業中は基本ジャージだった。こうして作業用の制服を着るのが初めてだったので妙な気分だが、同時にテンションが上がってくる。
「そろそろ行くか」
時刻はまだ6時半に差し掛かったところだが、レオポンチームの活動が始まるのは7時からだという。戦車の整備以外にもやることがあるらしい。
宿の朝食は7時からと事前に伝えられていたので、宿で朝食は摂れない。なので、途中のコンビニで昼食と一緒に何か買うことにする。
そう考えながら外出用の鞄に最低限の荷物を入れて部屋を出ると、ドアの脇に小さな紙袋が置いてあった。
「?」
村主が置いた覚えはないので、置いたのは宿の人だろう。
気になったのでその袋の中を見ると、小さな紙と、ラップに包まれたおにぎりが2つ入っていた。
そして、一緒に入っていた紙は手紙で。
『実習お疲れ様です。
よかったら朝ごはんにどうぞ』
短い言葉だったが、それでも村主の中には感謝の気持ちが浮かび上がってくる。
昨日宿に戻った時、村主は主人に『朝が早いので朝食は無しで大丈夫』と伝えておいた。恐らくそれを聞いて、こうして心遣いをしてくれたのかもしれない。
これは、主人に会ったらちゃんとお礼を言わないとな、と思いつつその紙袋を慎重に鞄に入れて玄関へと向かう。出る直前で玄関脇の受付を覗いてみたが、主人の姿は見えなかった。仕方ないので、お礼は帰った時にでも言うことにしよう。
学校に向かいつつ、空を見上げる。昨夜雨を降らせた雲は既に散っており、僅かに朱が混じる青空が広がっていた。
村主が夜眠っている間にまた雨は降ったようで、路面は少し濡れている。家屋の屋根や、木の葉から雫がぽつぽつと落ちて音を奏でるが、それも悪くない。
「・・・美味いな」
コンビニに寄ってから、歩きながらおにぎりを食べる。行儀が悪いと分かっているが、実習を始める前にちゃんと食べないと昼食までもたない。
校門が見えてきた頃には、おにぎりを2つとも食べ終えることができた。そして、その校門の前に3人の少女が立っているのにも同時に気付く。
3人揃って前髪ぱっつん黒髪おかっぱ、着ているのも同じ制服なのでドッペルゲンガーか何かかと思った。
だが、冷静に見てみると3人ともおかっぱの長さが微妙に違うし、顔つきもわずかに差がある。
「カモさんチームの皆さん、おはようございます」
「はい、おはようございます」
挨拶をすると、長めのおかっぱの子が答える。
昨日村主がナカジマと共に整備したルノーB1bisに乗る、カモさんチーム。風紀委員の3人が乗っていると聞いていたが、それが今目の前にいる彼女たちだ。
しかし、如何せん姿が似ているので、名前で呼ぼうとしても誰がどうだかわからない。
そこで村主は、昨日の生徒会室での挨拶で会長の杏たちと話したことを思い出した。
「えっと、確かそど子さん、ゴモヨさん、パゾ美さんでしたっけ?」
「違うわよ!私の名前はは園みどり子、こっちは後藤モヨ子と金春希美!初対面の人をいきなりあだ名で呼ぶなんて、いい度胸してるじゃない!」
即座に全力で否定してきたのは、中くらいの長さのおかっぱ頭の子だった。厳密に言えば初対面ではないのだが、それはひとまず置いておく。
彼女たち―――主に園みどり子だが―――を怒らせてしまったことについては、謝るべきだ。
「あ、すみません・・・会長から、『こう呼んであげるといいよー』と言われたので・・・」
「会長・・・」
無神経に略して呼んだわけではないことを弁明すると、ロングのおかっぱ頭の後藤モヨ子―――ゴモヨは肩を落とす。どうやら、生徒会からも略して呼ばれているらしい。
「まあ、でも本名で呼ばれることは最近ないかも」
「そうだね・・・略しやすいからね・・・」
だが、短いおかっぱ頭の金春希美―――パゾ美が悟ったように告げると、ゴモヨも同調する。そど子も悩ましそうに溜息を吐いているので、彼女たちにとってはあまり思わしくないことのようだ。
「・・・それにしても、こんな朝早くから見張ってるんですか」
「そうよ。日の出と同時にね。ここで不届き者がいないかを確かめてるわ」
話を逸らすと、そど子は気持ちも落ち着いたのか話してくれる。
正直言って、村主はまだ眠気が完全に抜けてはいないが、そど子たちは全然眠そうじゃない。いや、パゾ美があくびを噛み殺していたが、それはともかくきっちりしている。
「大変ですね・・・夏休みなのに」
「でも、私たちも戦車の練習がありますから丁度いいですし・・・」
夏休みだから、遅刻者がいないかどうかを見る必要も無いだろう。それに学園艦の上である程度の治安の良さは約束されているし、朝から見張る必要性はあまり感じられない。
だがゴモヨの言う通り、彼女たちも戦車の練習がある。その練習ついでと、生活リズムを整えるのには良いのかもしれない。
「それに私たちだって、皆から信頼されて風紀委員をやってるんだから。半端な気持ちで取り組むなんて、絶対に許されないわ」
風紀委員になるためにはいくつかの条件をクリアする必要があり、その中には『周りからの推薦』もあるらしい。そど子たちが風紀委員であるのも、周囲からの信頼があると言うことだろう。
「だから私たちは、雨の日でも雪の日でも、ここで職務を全うしてきた。そして、これからもそのつもりよ」
そど子の言葉に、ゴモヨとパゾ美も強く頷く。
信頼を裏切らないためにこうして職務を果たそうとする姿勢は、村主からすれば素晴らしいことだ。月並みな言葉だが、それが一番合う。
「・・・頑張ってくださいね」
「もちろんよ」
そど子が薄い胸をドンと叩く。
「ところで、村主さんはなんで自動車部のつなぎを・・・?」
そこでようやくゴモヨから、村主の今の服装について指摘が入った。
「ああ、昨日レオポンチームから支給されたんです。一時的とはいえ、自動車部の一員だからって」
「へぇ~・・・」
「・・・女子高の服を男の人が着てるって言うのも何だか変な感じだけど、そう言う事情なら大丈夫だね」
納得したようにゴモヨとパゾ美言う。そど子も指摘することはなく、一応は認めてくれたらしい。
「それじゃ、頑張ってくださいね」
村主が別れ際に挨拶をして、気持ち少し早歩きでガレージへと向かう。カモさんチームと話をしていて少しだけ時間を取ってしまったが、まだまだ集合時間には早い。
そしてガレージにたどり着くと、既にスズキとホシノがポルシェティーガーに腰かけて駄弁っていた。
「おはよー」
「おはよ。おっ、似合ってるじゃん」
「ん。絵になる」
挨拶をすると、スズキとホシノが笑いかけてくれる。とりあえず、『変』と言われなくて安心した。自分では似合っていると思ったので、否定されると自分のセンスを疑問視してしまう。
「あれ、ナカジマとツチヤは?」
「機材を取りに行ってる」
そこで、2人がいないことに気付いて訊ねると、ガレージの外から何かのエンジン音が聞こえてきた。だが、それは戦車のものとは違う。
「うぉ、すげー・・・」
姿を現したのは、地面を均す大きなそりが付いたブルドーザー。そして、スコップのようなアームが付いた小さめのショベルカーだ。
ブルドーザーにはナカジマ、ショベルカーにはツチヤが乗っている。
「あ、村主。おはよー」
ナカジマは重機を停めると、運転席から顔を出して手を振る。
「ああ、おはよう。で、これ何だ?」
「何って、ブルドーザーだよ。これで昨日演習場に空いた穴を埋めるんだ」
「へー・・・」
ナカジマが言うには、戦車の訓練の後は演習場に砲撃の穴だの履帯の跡だのが残っていて、万全なコンディションではないという。なので重機を使って、演習場を綺麗にするというのだ。
「・・・・・・」
村主は重機を見上げる。こうした大型の機械は、どうしてこうも男心をくすぐってくるのだろうか。アイドリング音が心地良いし、複雑な構造の履帯も魅力を感じる。
そんな村主を見て何かを感じ取ったのか。
「乗る?」
「ぜひとも」
ナカジマが親指で自分の後ろを指す。村主は一も二もなく頷いて、運転席の後ろにつかまった。
「それじゃ、ちょっと行ってくるねー」
「気を付けなよー」
ホシノたちに見送られながら、村主はナカジマ、ツチヤと共に演習場へ向かう。
「おおおおお・・・・・・」
その間、村主は履帯の振動を感じながら、ナカジマの座る操縦席の背もたれにしがみつく。
「戦車とは少し違うけど、同じキャタピラ式だからね。戦車に乗ってるのと似た感じなんだ~」
操縦するナカジマは楽しそうに告げる。
「自動車部ってこんなのも持ってるのか」
「ああ、いや。これは戦車道が復活してから、学校が中古品を安く買ったやつだよ。で、私らが整備し直して、新品同然にした」
「さらっと言ってるけどそれ結構すごいことだな」
中古品を新品同然にする自動車部は、こういったメカはお手の物らしい。その技術力には、改めて脱帽する。
「まあ、学園長にレースで勝ったから、中古品を買ってもらえたんだけどね」
「え?レース?」
だが、飛び出してきた『レース』と言う単語には首を傾げる。
「そ。『中古品でもいいからほしい』って私たちは言ったんだけど、先生は中々首を縦に振らなくてね。それで学園長が、『私にレースで勝ったら買う』って言ってくれたんだ」
「ちょっと待て、学園長ってレーサーなのか?」
「ううん?ただ、カーチェイスとか大好きみたいで、車も結構いいのに乗ってるんだ」
村主は、学園長の顔は実習前の話し合いの場―――村主のいた高校で行われた―――で知っている。そこまで歳を召してはいない女性だったが、あの人にそんな趣味があったとは。
「それでこの学園艦でレースして、スズキが勝って見事買ってもらえたわけ」
「へー・・・」
やはり自動車部と言うだけあって、ドライブテクも高いようだ。昨日見た部室のトロフィーや賞状を見れば、彼女たちもまた優秀なドライバーなのも窺える。
「いやー、でも便利だよ。穴を埋めたり均したりするのは手作業だと流石にしんどいし、模擬戦の後で戦車を牽引するのにも使えるし」
「免許は・・・持ってるんだよな」
「私有地内だけど、一応ね」
村主は、こういった重機の類の免許は持っていない。憧れてはいるが、中々手を伸ばせないのだ。
そうして、昨日訓練が行われていた演習場に到着する。昨日の夜の雨で土も若干湿っていたが、それでもぬかるむほどではない。
「よーし、それじゃあ始めようか。ツチヤは先に穴を埋めといて。あとでこっちで均しとくから。あと、後ろの的も持って行っておいて」
「ラジャー!」
軽く打ち合わせをすると、ツチヤはショベルカーのアームを自分の手のように器用に操り、ブルドーザーの後ろに積んでいた荷物をスコップに引っかけて持ち上げる。
ナカジマは早速、戦車の履帯をなぞるようにブルドーザーを動かす。
「結構慣れてる感じだな」
「レオポンの時もそうだったけど、最初は大変だったよ」
「レオポンも?」
レオポン―――ポルシェティーガーの戦いぶりは、村主も全国大会で知っている。それでも、ナカジマたちも最初はあれの扱いには苦労したらしい。
「レストアしたての頃は、よくモーターを燃やしちゃってたよ。まだ最初の頃は、どうすればいいのか手探りだったなぁ」
村主は昨日の整備の時間で、ナカジマたちレオポンチームの技術力の高さは分かっていた。そんな彼女たちでも、やはり複雑なポルシェティーガーも最初は扱いづらかったのか。
「それでもやっぱり、楽しいね。扱いにくいマシンを使いこなすのはさ」
ナカジマは依然として、前を向いたままだ。操縦桿をせわしなく動かして、ペダルを器用に踏み、操縦に集中している。
だが、その顔が笑っているのが、後ろにいる村主にも分かる。だって、そのナカジマの言葉からも、嬉しさや楽しさが感じられるのだから。
そして、そんなナカジマのことを考えると、自然と心が温まってくる。
「・・・それはやっぱり、戦車が好きだから?」
「それもあるけど・・・。まあ、チャレンジ精神があるってことかな?絶対使いこなして見せるぞ、っていう」
その考え方は、村主も一理あると思う。困難なことを前にして諦めるか、乗り越えようと努力するかは人それぞれだが、ナカジマは間違いなく後者だ。
「それは、私だけじゃなくて、ホシノたちも同じさ」
停滞という言葉を知らず、向上心があるからこそ、レオポンチームは戦車道を始めた時から、大洗の頼れる存在なのだ。
そんなナカジマたちを、村主は素直に尊敬していた。
地面を均した後、ツチヤから『的の設置が終わった』と連絡が入ったので、ガレージへと戻る時。
「ねえ、村主」
「?」
ブルドーザーを停めたナカジマが、村主を振り返る。
「ちょっと運転してみる?」
「え?」
嵌めようとしているわけではない笑みのナカジマ。
「私有地だから免許要らないし。朝礼までまだ時間はあるし、ここら辺をちょっと走らせるぐらいだから」
見るからに、演習場にはナカジマと村主以外は誰もいない。経験者のナカジマがいるから不測の事態にもある程度対処はできる。
「・・・大丈夫なのか?」
「うん。私がついてるし」
その『私がついてる』と言う言葉、村主にはとても心強い一言だった。
と言うわけで、ナカジマからレクチャーを受けながら、ちょっとだけ操縦してみることにした。
だが、これがすこぶる難しい。
自動車をはじめとした乗り物の免許を取得できる年齢は、昔と比べて下がっている。村主もマニュアル車の免許を持ってはいるが、流石に乗用車とブルドーザーでは断然違う。何しろ操縦するのがハンドルとレバーで違う時点で、難易度に差があるのはまるわかりだ。
「そこでクラッチを踏んで、レバー入れて・・・」
「脚も腕も忙しいな!」
「そうだねー。マニュアル車よりも断然難しいよ」
今度はナカジマが、村主の座る操縦席の後ろについて指導する。
この時村主は、演習場の土の匂いに混じって、ほのかに甘い香りがするのを感じ取った。それがすぐにナカジマから漂うものだと言うことは分かったが、深く考えずに前と手元に集中する。うっかり故障させたり、万が一事故で起こしたら大問題だ。
「やっぱりレバーの操作は難しいな・・・」
「そっか・・・それじゃ、ちょっとごめんね」
操縦桿を握る村主の手に、ナカジマの手がそっと重ねられる。口で教えるだけでなく、実際に身体で動かして教えた方がやりやすいと思ったからだ。
そこで初めて、村主の身体が強張った。お互いに軍手を嵌めているので、体温は伝わらない。感触も厚い軍手の生地のそれしか伝わってこない。それでも、なぜか反応してしまう。
「ん、どうかした?」
「いや何でもない」
だが、余計なことを考えているとミスを犯しかねない。重ねられた手のことは考えずに、前を見て操縦に集中する。
そうして練習を続けること10分弱。
「おー・・・おー・・・!」
村主はナカジマのアシスト無しでも問題なく操縦できるようになった。方向転換も、そりを上下に動かすことも、自在にできるようになった。
巨大な機械を操縦するという密かなロマンが叶い、村主も若干表情が緩んでいる。
「やっぱり村主、飲みこみが早いね。昨日の整備の時も思ったけど」
「そうか?」
「うん。だって、こんなに早く操縦を覚えられたんだもの。私だってこれだけ早く覚えるのも無理だったのに」
羨ましそうにナカジマが言う。
だが、村主は思い上がったりはしない。
「いや、ナカジマの教え方が良いからだよ。俺だけじゃ多分、すぐには覚えられなかった」
ただ説明書を読むだけだったら、村主はもっと時間がかかっていただろう。
しかし、経験者のナカジマから直接指導を受けたから、吸収することができた。それに、戦車の整備でも思ったことだが、ナカジマの教え方も分かりやすいので、早いうちに会得できたのだろう。
「・・・そうなのかな?そんなこと、言われたことないから分かんないや」
ナカジマは、ちょっとだけ間を挟んでから首を傾げる。
そこでふと、時計を見るとそろそろ戻った方がいい時間になっていた。
「じゃ、そろそろガレージに行こうか」
「ああ、分かった」
村主は再び操縦をナカジマに代わろうとする。いくら私有地で免許が要らないと言っても、実習生が操縦していると色々面倒なことが起きそうだからだ。
しかし、2人はそこで手元を見た。
「・・・・・・あ」
「・・・・・・あ」
レバーを握っていた村主の手に、ナカジマの手が重ねられていた。
だが、すぐにナカジマが手を離す。
「ごめん、痛かった?」
「全然」
そして2人は位置を代わり、ナカジマが慣れた手つきでブルドーザーを操縦してガレージへと戻って行く。
「昨日は眠れた?」
「ああ、ぐっすりな・・・疲れて」
「あはは、大丈夫。すぐに慣れるよ」
ガレージまでの道すがら、2人は雑談を交わす。
だが、頭の片隅には、先ほどまで手が重なっていたという事実が引っかかっていた。
今日の整備では、ナカジマと村主は昨日と同じく共に行動したが、復習も兼ねて整備は村主が先導することになった。そして、その後でナカジマがダブルチェックをして、問題ないかどうかを確認する。
結果、整備にミスもなく、見落としなどもなかった。
「いやー、よかった。ちゃんとできていてよかった・・・」
昼休憩の時間にそう呟くのは、当の村主。いきなりナカジマから『一人でやってみよっか』と言われた時は面食らい、不安にもなったが、平穏無事に済んで心から安心している。
「でも私としても嬉しいね。教えたことをすぐ吸収して、できるようになるんだから。教える甲斐があるってものだよ」
ナカジマが村主を見ながら頷き、焼きそばパンを頬張る。聞けば、ナカジマはソース焼きそばが好物らしく、数日に1度は食べるほどらしい。
「・・・気になったんだけどさ」
そこで、スズキが控えめに会話に入ってくる。
「2人って、元から知り合いだったの?随分仲良さそうだけど・・・」
「ううん、違うよ」
ツチヤとホシノも抱いていた素朴な疑問に、ナカジマたちはすぐに首を横に振る。
「一昨日、村主が学園艦に初めて来たときにね。たまたま会ったんだよ」
「ああ、公園の東屋で」
「へ~・・・初乗艦日が雨で災難だったな」
ホシノが笑って、一昨日のことを思い出す。あの日は雨が強かったから、部屋でのんびりしていたホシノも外出しなかった。
そしてレオポンチームの全員は、ナカジマが雨が好きで雨中の散歩が趣味だと知っていたから、東屋で出会ったことにも疑問はない。
「いや、俺って雨男みたいだから・・・大事な日が雨になるのはもう慣れてる。まあ、雨は好きだけどな」
すると、その村主の言葉を聞いたホシノたち3人は『あー』と何か納得したような表情を浮かべた。
「なるほど、だから仲が良いのか」
「納得だね~」
「雨好きな2人で相性はいいってことね」
3人でひそひそ話し合っているが、ナカジマと村主は何のことだか分からない。
「まあ、仲がいいのは良いことだから。うん、気にしない」
スズキが愛想笑いを浮かべるが、ひそひそ話の後だと逆に胡散臭く感じる。
村主がナカジマを見るが、ナカジマは『私も分からない』と首を横に振るしかなかった。
昨日と同じ走行訓練と砲撃訓練をして、午後の訓練も夕方ごろに終了する。どうやら、普段からこうした基礎練習を繰り返し行い、基本を忘れないでいるらしい。
「今日の訓練は終了、解散!」
『お疲れ様でしたー!』
桃が号令をかけて、隊員たちはそれぞれ帰り支度に入る。
だが、レオポンチームは昨日同様残って戦車の整備だ。
「レオポンチームの皆さん、よろしくお願いします」
『よろしくお願いしますー』
「はーい!」
去り際に礼儀正しく挨拶をしたのは、カモさんチームの3人。ツチヤが元気よく返事をして、他の4人もぺこりと会釈をする。
「やっぱり風紀委員だからか、礼儀正しいな」
「本当にねぇ。訓練の後はいつも挨拶してくれるよ」
ルノーB1の下部でエンジンルームの整備をする村主とナカジマは、そど子たちの挨拶を聞いてそう話す。
そして、その流れで村主は、今朝の校門前でのカモさんチームとのやり取りをナカジマに話す。すると、ナカジマは苦笑した。
「あー、確かにみんな『そど子さん』って略してるね」
「そうなのか」
「1年生のウサギさんチームからも略されてるし、あだ名って言うより愛称だね」
ただ、村主はあくまで実習生だから同い年てあっても愛称で呼ぶのは馴れ馴れしかった。以後気を付けることにする。
「風紀委員って毎日校門に立ってるのか?」
「そうだね・・・見ない日はないなぁ。天候とかも関係なし、休みの日もいるね」
「・・・ナカジマたちもだけど、風紀委員も大変そうだな・・・」
こうして雑談を交わしてはいるが、2人は整備をする手を止めない。そして、視線もまた戦車に向けられたままだ。手元を見ていないとどんなケガをするかも分からない。整備とは、そんな危険と隣り合わせなのだ。
「まあ、それだけこの大洗が好きなんだと思うよ」
ナカジマの言う通りかもしれない。
彼女たちは『皆の信頼を裏切らないため』と言っていたが、それ以前に大洗という学校が好きなのだろう。その場所を好きだからこそ、守ろうとして職務を果たす。その気持ちは、村主にも分かった。
「ナカジマはどうなんだ?」
「私?私も、大洗は好きだよ」
手元にあるスパナを手に、ナットを締めながらナカジマは笑う。
「こう、大洗って何だかのんびりした感じがするんだ。それが性に合うって言うか、ね」
「なるほど・・・」
良くも悪くも『環境』という要素は重要で、その人の持つポテンシャルを左右する。体調や天候なども言ってしまえば環境だが、場所というものが何よりも重要だ。
とはいえ、村主はまだ大洗に来てから3日と経っていないのだから、大洗がどんなところなのかは分からない。そこは、実習の合間にでも出かけてみていくことにしよう。
「ん、なんか入りにくいな・・・」
そこで村主は、エンジンルームの中のナットのゆるみを見つけたが、どうにも手を入れにくい。一応、指で軽く回してある程度締めることはできたが、まだ完全には締まっていない。
「どうかした?」
「いや、ここが―――」
村主が手こずってるのを見て、ナカジマがその部分を見ようとする。
だが、そのおかげでナカジマは村主の身体にピッタリと寄り添うような形になった。
「・・・ちょっと手が入りにくくてな」
「あー。ここは首振りレンチを使った方がいいね」
だが、それについてを全く面に出さず、村主は話を続ける。ナカジマも特に気にしてはいないのか、いつも通りの口調で首振りレンチを差し出す。
「はい」
「ありがとう。やってみる」
角度を調節し、レンチの口径も確認してからもう一度ナットを締める。確かに、この方がやりやすい。
だが、ナカジマはなおも村主の身体にくっついているようで、村主の腕と目以外の感覚はそちらへと集中してしまっている。
(落ち着け、動揺したら絶対ミスる)
今は戦車の心臓部とも言うべき部分に触れている。ここで動揺して何かミスをやらかしたら、エンジンをダメにしてしまうかもしれない。
そうなれば整備を担当するレオポンチームに重大な迷惑がかかるから、それだけは絶対に避けたい。今は、ナットを締めることにだけ集中する。
「・・・よし、ハマった」
無事にナットを締め終わる。
「チェック頼む」
「りょうかーい」
村主は横にズレて、一番エンジンルームが見える場所をナカジマに譲る。
そこでナカジマがチェックをしている間に、村主は先ほどナカジマと身体が触れたことを思い出す。
今朝、演習場でお試しとしてブルドーザーを操縦した際に、レバーを握る手をナカジマに握られた時は身体が強張った。先ほども同じで、強張りはしなかったが意識はした。
(・・・こういうことが無いからだろうな)
村主の元々所属する技術専門学校は、一応共学という扱いになってはいるが、女子の人数は圧倒的に少なく、3年生の男女比は9:1だ。
村主のクラスにも女子は2人いるが、ここまで急接近などしたことがない。
だから、自分はただ慣れないことに緊張していただけだと、村主は処理した。
決して、何か考えてはいけないような感情に気付きそうになったから、ではない。
ナカジマは、エンジンルームをチェックし終えると、村主に向かって頷いた。
「うん、ばっちり。問題ないよ」
「ありがとう」
「じゃあ次は、チヌに行こう」
「了解」
戦車の下から這い出て工具を回収し、次に整備をする三式中戦車チヌへ村主と一緒に向かう。
そこで、ナカジマは先ほど村主と触れていた右腕をちらっと見る。
整備していた時は、余計なことを考えるとミスをするからと、敢えて考えないようにしていた。だが、今ではその触れたことが気になって頭から離れない。
ただナカジマは整備をしていただけ、ほんの少しだけ触れていただけなのに、どうしてこうも気になってしまったのだろうか。
(・・・普段から男子に触れることがないからかな)
言うまでもなく大洗は女子校で、同年代の男子と接する機会など皆無だ。だから、こうして近い距離で男子と接したことがないから、妙に気になっているのかもしれない。
だとすれば、昨日もそうだったはずだが、なぜ今日は気になったのか。
「ナカジマ、どうかしたのか?」
「え?いや、なんでもないよ。ちょっと考え事」
表情が少し硬くなっていたのに気づかれたか、村主が問いかける。
しかし、まさか村主のことを考えていたと言うのも変なので、ぼかしておく。
(余計なことは考えないようにしないと・・・)
小さなことに囚われていると、つまらないミスをしてしまいかねない。
さっきのことについては、忘れよう。
そう思いながら、チヌの前に立つ。
まだ夜の整備の時間は、終わらない。