「よーし、整備完了!」
『お疲れ~』
村主の大洗での実習が始まってから5日が経ち、今日も今日とてレオポンチームは訓練の後の戦車を整備していた。
村主はナカジマから指導を受けながら整備を進めて、大洗の戦車の整備の仕方は一通り学ぶことができた。次回以降は、単独での整備もすることになるだろう。
「ね、この後ファミレス行かない?」
帰り支度を始めようとしたところで、そう提案したのはツチヤだ。元々糸目で笑っているように見える彼女だが、今はより一層嬉しそうに見える。
それを聞いて、ホシノは腰に手を当てて思い出すように虚空を見る。
「あー、そう言えば今日金曜か」
「うん、いいね。お腹空いたし」
スズキが親指を立てて、ホシノとナカジマも頷いた。
「やったー!じゃあ早速行こう!」
1人状況について行けず取り残されているのは村主。なぜツチヤは、ファミレスに行くだけでここまでテンションが上がっているのだろうか。
「ツチヤってドリンクバーが好きなんだよ」
「そうなのか?」
「色んな味を楽しめるから好きだよ~」
ナカジマが解説すると、ツチヤがにっこり笑う。色んな味が楽しめるという点は村主も同意だし、ドリンクバーも嫌いではないのでツチヤの気持ちは分かる。
だが、ツチヤが『色んな味』と言った時、ナカジマとスズキ、ホシノの表情が渋くなったように見えたのは村主の気のせいだろうか。
「金曜日、って言うのは?」
「金曜日はドリンクのレパートリーが増えるんだよ」
そう言えば、店によってはそう言うところもあったなと村主は思い出す。
学園艦という限られた土地である以上、娯楽の種類も限られてくる。そうして退屈する学生のニーズに応えるために、そう言うサービスは積極的に取り入れているらしい。
そこでナカジマが『そうだ』と何かを思いついたように表情を明るくした。
「村主も一緒に来ない?」
「いいね。歓迎会も兼ねてってことで」
ナカジマの意見に、スズキも同意する。ホシノとツチヤも笑って頷いた。
「いいのか?」
「うん、もちろん」
「それなら、ご一緒させてもらおうかな」
再確認するとナカジマは首を縦に振ったので、ご相伴にあずかることにした。
すると、ツチヤが肩をポンと叩いてきた。
「じゃあ村主には、ツチヤお手製のスペシャルドリンクをご馳走してあげよう」
「え?」
その申し出自体は嬉しいはずなのに、『スペシャルドリンク』という言葉に村主は嫌な予感がした。
それがどんな代物なのかをナカジマたちに訊こうとしたが、3人は気まずそうに顔を逸らしてしまった。
5人は帰り支度を手早く済ませて、チェーン系列のファミレスへと向かった。
席に通されて注文を終えると、早速ツチヤがドリンクバーへと向かって行く。その後に、ホシノとスズキも飲み物を取りに行く。
その『ツチヤ特製スペシャルドリンク』なるモノがどんなものかは秘密と言うことで、村主は席で待機していた。その隣にはナカジマが座っている。
「ナカジマは知ってるか?そのスペシャルドリンク」
待ってる間にナカジマに訊いてみたが、なぜか神妙な面持ちで首を横に振る。
「飲んだことはあるけど・・・味は説明できないかな」
「?」
要領を得ないナカジマの回答に、村主は首を傾げるしかない。
「でも安心しなよ、味の保証はできないけど、命は保障するから」
「おい」
まったく安心できないどころか不安を煽るような言葉。どうやらツチヤの『スペシャルドリンク』の味は皆知っていて、しかもあまり美味しくないらしい。それが先ほどナカジマたちの表情が渋くなった理由か。
「お待たせ~!ツチヤ特製『スペシャルドリンク』だよ~」
そしてホシノとスズキ、ツチヤが戻ってきた。ホシノとスズキの持っているドリンクは普通だが、ツチヤの手にある2つのドリンクの色は何かおかしい。
ツチヤの持つドリンクの1つはツチヤ自身の下へ、もう1つは村主の下へと置かれる。
「・・・・・・・・・」
村主の口が真一文字に引き締められる。
中に入っている液体の色は形容しがたいもので、村主の記憶している限りこんな色の飲み物はない。スムージーにも無いだろう。
「・・・これ、何だ?」
「私が研究に研究を重ねて生み出したドリンク」
思わず額を押さえる村主。どうやらこれは、何種類ものドリンクを混ぜたものだ。
村主もドリンクバーを使うことはあるが、飲み物を混ぜたことなどない。だから、ジュースを混ぜるとどんな味になるかも分からない。
顔を上げると、ツチヤ以外は全員が気まずそうに視線を逸らしている。救援は望めなかった。
当のツチヤが笑っているので『いらない』と言うのも憚られる。ここは飲まなければ、男が廃るだろう。
「・・・いただきます」
意を決してコップを手に取る。ナカジマとスズキ、ホシノが死地に向かう戦士を見るかのような目になる。
匂いを嗅いでみるが、別に異臭のようなものはしない。むしろ爽やかな匂いだ。
しかし匂いのわりに味は・・・という可能性もあったので、心の中でお祈りを済ませてからストローで一口啜ってみる。
「・・・・・・これは」
その異様な『スペシャルドリンク』を飲みこむと、村主の表情が変わる。
ナカジマたちは注目する。村主の口から出る感想がどんなものか、気になるところだ。
「・・・美味い」
『嘘ぉ!?』
驚いたことに、見た目に反してこのドリンクは美味しかった。
その感想が意外過ぎて、ナカジマたちは思わず声を上げるほどに驚く。
「いやー、よかったよかった。前作った時はナカジマたちには不評だったからね~」
ツチヤが安心したように自分の分も飲み『うん、いい出来だ』と満足げに頷く。
とはいえ、確かに美味しいが若干の違和感はある。普段村主が飲むジュースや炭酸飲料のような『シンプル』な味ではなく、『複雑な』味だ。ナカジマの言う通り、説明はできない味だった。
飲み切ると、ツチヤがニコニコとしながら問いかけてくる。
「お代わりいる?」
「いや・・・いいかな」
流石に2杯目はキツイ。ツチヤの厚意だけ貰うことにする。
「しかし、まさかごちゃ混ぜにしたやつがああも美味くなるとはな」
「ごちゃ混ぜじゃないよ。ブレンドって言ってほしいな」
「物は言いようだね・・・」
スズキが苦笑するが、村主はまだツチヤのコップに残ってる表現しようのない色のジュースを見る。
「ツチヤって、いつもそんな感じで混ぜてるのか」
「いつもってわけじゃないけどね。でも、いつも新しいタイプのドリンクを研究・開発してるよ」
「その試作品を私らに飲ませるのはやめてほしいんだけど・・・」
得意げにツチヤが言うが、ホシノがくぎを刺す。先ほどの渋い表情は、味を知っているだけではなくて、失敗作を飲んできたからでもあるらしい。
「村主は混ぜたりしないの?」
「そんな冒険したくないな」
「えー?面白いよ~?」
村主とツチヤが話す傍らで、ホシノとスズキがドリンク片手にたまに相槌を打つ。
村主の隣のナカジマも頷いているが、その顔はどこか浮かない感じがした。
村主とツチヤの話自体は聞いているだけで面白い。時々ナカジマも言葉を挟むが、その2人が話をしているのを見ると、どうにも自分が置いてけぼりになっている感じがする。
どうしてか、席は隣同士のはずなのに、村主との距離が離れているように感じた。
「あ、そうだ村主。飲み物取ってくるよ」
「え?いや、悪いよ。自分で取ってくる」
「いいからいいから」
そう言ってナカジマは、村主を押しとどめる形でドリンクバーへと向かう。まるで、自分の中のこんがらがる気持ちから逃れるように。
「・・・どうしたんだ?」
村主も、ナカジマが少しばかり強めに抑えていたのを見て疑問を抱く。ホシノたちも気になったが、あまり深くは考えないでいることにした。
「そうだ、明日はどうする?」
スズキがホシノとツチヤに話しかける。
明日からの土日は訓練が無い日だったが、休日と言うことで出掛ける予定でも立てるのだろうか。
「やるか、レストア」
「そうだねぇ、もうちょっとで終わるし」
だが、レストアと聞いて村主もそうじゃないと分かった。
「レストアって、修理するあれ?」
「それ以外の何があるのさ」
確認するように聞くと、ホシノが呆れたように笑った。
やはり彼女たちの言うレストアとは、劣化した車やオートバイなどの電気系のものを修理して復活させるものだった。村主も学校でレストアのことは習っている。
「前からずっとちょことちょこ直してた車が、やっと完成しそうなんだ」
「だから明日、仕上げちゃおうかって話」
ホシノが言うには、今年度になってから戦車道が始まり戦車の整備も兼任することになったため、自動車部としての活動に時間があまりとれなくなったらしい。それでもレストアは、少しずつ積み重ねるようにやってきたのだと言う。
「何の話?」
そこへナカジマがオレンジジュースの入ったコップを持って戻ってきた。それを村主の下へ置き、村主は『ありがとう』とお礼を言う。
「明日レストアしようかって」
「あー、いいね。やれるうちにやっときたいし、もうすぐ終わるしね」
スズキから話を聞いて、ナカジマも頷いた。
となると、村主はどうするかだ。自動車部の活動となれば、戦車道とは関係ないので参加する義務はない。明日と明後日が休みになり、時間に余裕ができる。
「・・・・・・あの」
「?」
「見学していいか?」
だが、村主は自分から参加を申し出た。それは単に、自動車のレストアをしている様子を実際に見たことがなく、どんなものかが気になったからだ。
「いいよいいよ、ぜひ見に来て」
「もしよかったら手伝ってくれると嬉しいな」
「ああ、手伝うのはいいぞ」
ホシノたちも歓迎ムードだったので、斯くして明日のレストアには村主も参加することが決まった。ただ見学させてもらうだけなのも気まずいので、手伝うのに関しては構わない。
その傍らでナカジマは、レストアに参加が決まり嬉しそうな村主を見て、頬が緩む。
さっきは妙な寂寥感を抱いたというのに、今の笑っている村主を見ていると、どうしてかナカジマの気持ちは温かくなってくる。
だが、こうしたことが初めてだから、どんなメカニズムでこうなるのかナカジマ自身には分からない。
その答えのない気持ちに思考が浸かりかけたところで、店員が注文の品を持ってきて、和やかな夕食会が始まった。
翌日、村主は活動を始める時間に間に合うように学校へと向かっていた。
校門で見張っていたそど子たちと軽く挨拶をして校内へ入ると、グラウンドを1輌の戦車が走っていた。
(八九式・・・アヒルチームか)
多くのビスと、後ろに付けられた橇が特徴的な八九式中戦車は、大洗でも性能が低い方、というか正直一番弱い。しかし、これまでの大洗の試合では偵察やフラッグ車を務めてきたれっきとした戦力だ。
そんな八九式が、村主の傍まで寄ってきてやがて停車した。
「おはよーございます!」
キューポラから身を乗り出して元気のいい挨拶をするのは、アヒルさんチームのリーダー・磯辺典子。練習の時はいつも体操服で乗り込む、黒髪ショートヘアの活発な2年生だ。
「おはようございます。早いですね・・・」
「これからバレーの練習なんです」
同じくキューポラから姿を見せたのは、長いブロンドヘアーと白いカチューシャが目立つ佐々木あけび。
アヒルさんチームのメンバーは典子以外全員1年生らしいが、あけびのグラマーなスタイルと金髪は1年生どころか日本人にすら見えない。
「村主さんはどうしたんですか?」
「自動車部のレストアに参加させてもらうことになりまして」
「レス、トア・・・?」
しかし、村主の言葉に典子とあけびはいまいちピンと来ていない様子。レストアという用語は、確かに整備関係をかじっていないと聞き慣れない言葉かもしれない。
「ええと、要するに古い車とかを修理して復活させるんです」
「あ、なるほど・・・」
そこでようやく、あけびが頷いた。
今度は、前側のハッチが開いて中から2人の女子が姿を見せる。ハチマキを巻く赤みがかった茶髪の子は近藤妙子、セミロングの茶髪を後ろで縛っているのは河西忍だ。そして顔を見せた妙子が訊ねてくる。
「整備の実習に来たんですよね?自動車部の活動にも参加するんですか?」
「まあ、興味があったので」
典子以外の3人は全員がユニフォームを着用している。そのユニフォームの種類からして、彼女たちはバレーボールの選手なのが分かる。
「アヒルチームの皆さんは、バレーの練習ですか?」
「はい、そうです!」
「バレー部も大変ですね・・・休日も練習とは・・・」
典子は質問にはきはきと答えたので、戦車の訓練で差し引いても元気が有り余っているらしい。
しかし、村主の言葉に典子たちの表情に陰りが差した。
「えっと、どうかしましたか・・・?」
「いえ、その・・・・・・」
あけびが視線を逸らす。とにかく何かしらの地雷を踏んでしまったことは明白なので、村主が謝ろうとする。だがその前に、忍が口を開いた。
「バレー部は、私たちが入学する前に廃部になっちゃったんです・・・」
「え・・・・・・」
忍が告げた事実に、村主は二の句が継げなくなる。
バレーはポピュラーなスポーツに含まれるだろうし、嫌われているスポーツというわけでもないはずだ。それなのに廃部になってしまうとは。
それと、人気の有無にかかわらず、廃部と言うのは部員にとって酷な話だ。典子はバレーが好きでバレー部に入ったのだろうし、あけびたちも同様に好きだからバレー部に入ろうとしていたはずだ。ユニフォームを着ているのが何よりの証だろう。
その場所が無くなってしまったのは、彼女たちにとってはとても辛いことだというのは村主でも分かる。
「でも、戦車道で活躍すれば部員が増えて、バレー部が復活するかもしれないんです!」
ひと際声を張り上げて典子が告げると、村主の下がりかけていた視線が再び上がる。
「それで、もしバレー部が復活した時に私たちが鈍っていたら示しがつかないので、自主的に練習してます!」
典子の横にいるあけびも負けじと声を上げる。
「だから練習、行ってきます!」
妙子がさらに続けて、忍も頷く。
現状にへこたれている様子もない彼女たちの自信に満ちた表情を見て、村主は心が熱くなってくる。目標に向けてひたむきに努力を欠かさないのは村主も嫌いではないし、むしろ好きだ。
「・・・頑張ってくださいね」
『はい!』
そして八九式は、学校の裏手にある山へと向かう。グラウンドや体育館ではなく、この先にある開けた場所で練習をするらしい。
八九式と、手を振る典子を見送りながら村主はまたガレージへと向かう。
既にレストア中と思しき白い自動車がガレージの裏手に停められていて、エンジンルームをナカジマとホシノが整備している。自動車の下に入ってモーター周りの整備をしている2人は、スズキとツチヤだろう。
「おはよー」
『おはよー』
村主が声をかけると、ナカジマとホシノが顔だけを向けて挨拶を返す。ツチヤとスズキは声だけだった。
「悪い、少し遅れた」
「大丈夫だよ」
荷物を置いて準備を始めながら謝るが、ナカジマは首を横に振る。
軍手を嵌めて村主はエンジンルームに近づく。
「どんな感じなんだ?」
「エンジンルームはもうほとんど終わりに近いね。後は最後の点検と、ダスターで吹くぐらいかな」
村主はナカジマの話を聞きながらエンジンルームを見る。
戦車のものとはまた違うが、車のエンジンルームは村主も見たことがある。通っていた高校の教科書に図面があったし、実習でもこれと似たような感じの車(実習用)を整備した。
そして村主も、タイヤの空気圧を確認したり、ナカジマたちのアシストをする。レストアも順調に進んでいた。
「ナカジマたちって、車のエンジンルームの構造とかはどうやって勉強するんだ?」
「ほとんど・・・独学だね。大洗には機械関連の科が無いし、授業も無いから」
となれば、彼女たちは本当に自分たちの力だけで、自動車と戦車の整備をする術を身に付けたことになる。
「・・・ホント、ここに来てからナカジマたちには驚くことばっかりだ」
「え?どうしたの、急に」
感慨深そうに呟くと、ナカジマが作業を止めて額に浮かんだ汗をタオルで拭う。しかしその目は、村主を見据えていた。
「だって、自分たちの力だけで戦車とクルマに関しちゃプロ顔負けのレベルにまでのし上がるんだから。驚くななんて方が無理な話だ」
「褒めても何も出ないぞー?」
ホシノが軽く笑いながら言うが、村主にとってはお世辞でも何でもない。紛れもない本心だ。
「やっぱ、そう言うクルマ系が好きだからここまで来れたんだよな・・・?」
「まあ、そうだね」
レストア中の車を見て、ナカジマも小さく頷く。
彼女たちを突き動かしているのは、『クルマが好き』という真っ直ぐな気持ちだ。それだけでここまで成長できたのは、本当にすごいと思う。
「よーし、モーターは良い感じだよー!」
車の下に潜っていたスズキが声を上げたので、村主とナカジマも話を一度止める。エンジンルームはホシノが仕上げたようで、ナカジマが足元に置いてあったダスターの缶を手に取り中を一通り吹く。
「悪い、邪魔して」
「いやいや、気にしなくて平気だよ」
途中で話しかけてしまったことを謝るが、ナカジマは言った通り気にしていない。
「こっちも終わった」
「それじゃ、早速テストドライブだね」
「その前にエンジンかかるかどうかを確かめないと」
ツチヤの言う通り、まずはエンジンがちゃんと動かなければクルマとして話にならない。
そう言うことで、ツチヤが運転席に座りエンジンを始動する。『ドルルン』とやや重めのエンジン音が聞こえてくると、『いい音だね~』とナカジマが笑う。
調子を確かめるためにアクセルを踏んでいるようで、エンジン音が上がったり下がったり、波のように唸る。
「うん、エンジンとモーターは問題ないみたいだよ~」
「それじゃあ早速、テストドライブに行こうか!」
ツチヤがエンジンを切って、車を降りる。ホシノが嬉しそうに提案すると、ナカジマとスズキも同意するように頷く。
「じゃあ誰が運転するかだけど・・・」
そう言いながらナカジマが、我こそはと手を挙げる。だが、他の3人も『運転したい』とばかりに小さく手を挙げている。
「・・・別にいいんじゃないか?誰が運転したって・・・」
「違うな」
村主が苦笑いを浮かべながら言うが、ホシノはそれをぴしゃりと否定する。
「『一番最初に』こいつを運転する、それが重要なんだ」
この車に乗れるのは今日限り、というわけではない。だが、レストアしたばかりのこの車に乗れるのは1度だけだ。そこを彼女たちは重要視している。
自分たちが手間暇かけてレストアした車の性能がどれほどのものなのか、それを早く確かめたくてしょうがない。
彼女たちは、うずうずしているのだ。まるでプレゼント箱を開ける前の子供のように。
「じゃあ、公平にじゃんけんでも―――」
『ジャンケンポン!』
「よっし!」
『あー・・・』
間をとって村主が言いかけたところで、4人は速攻でじゃんけんを済ませて勝利に喜ぶ声をホシノが上げる。他の3人は残念そうに溜息を吐いた。
早速ホシノが運転席に乗り込み、助手席にツチヤ、後部座席にスズキとナカジマが乗り込む。
「村主も来なよ。楽しいよ?」
ナカジマが乗ろうとしたところで手招きをする。確かに村主も、レストアしたての車に乗ったことは無いのでどんな感じなのかは気になった。
「それじゃ、失礼しますよっと・・・」
そして、村主はナカジマの隣に座る。
3人座ったことで後部座席は狭くなるかと思ったが、ナカジマとスズキが細かったのでそこまで窮屈には感じない。
しかしながら、村主はすぐそばにナカジマが座っていて、しかも体が結構密着しているので妙にもどかしい。
そう思うのはナカジマも同じだが、それに加えてナカジマは妙に心臓がどきどきしている。
昨日までの整備で村主とはこうして近くにいることだってあったはずなのに、どうして今は緊張してしまうのだろうか、分からない。
「よし、それじゃ出発!」
ゆっくりとホシノは発進させ、通用門から外へと出る。空を見ると少し雲が広がっていた。
「んー、イイ感じだね。悪くない」
「変な音も聞こえないし、揺れも感じないね」
運転するホシノと助手席のツチヤが異変などをチェックしている。勿論ホシノは運転最優先だし、後ろに座るスズキたちも何か変わったところが無いかを確認する。と言っても、村主にとっては新車同然の乗り心地なので、むしろどこに欠点があるのかが分からない。
「ちょっとスピード出してみようか」
「じゃあ外周道路だね」
そう言ってホシノはハンドルを切る。
学園艦の外周を通る道路は、住宅地と比べると制限速度が高い。自動車部もこの車は元々高スピードを出すことを前提にレストアしたのだから、外周道路の方がより実践的だ。
「黒森峰の外周道路って速度無制限らしいね」
「アウトバーンだっけ?羨ましいなぁ」
スズキとナカジマが気楽に話しているが、速度制限なしなど村主からすれば恐ろしい。作業も運転も安全第一と教わっていたので、むやみやたらにスピードを上げるのも憚られる。
「ん、雨か・・・?」
「あー、ホントだね・・・まあ、通り雨だと思うよ。雲はそんなに広くないし」
そこで、車の窓にぽつぽつと水滴が落ちてきた。空を見上げると、いつの間にか雲が広がっている。
雨の勢いは少しずつ増していくが、この前の徹夜の時よりも勢いは弱い。ツチヤの言う通り、ただの通り雨だろう。
「雨なら私が運転したかったなー・・・」
「あとで運転すればいいじゃない」
ナカジマが少し不貞腐れたように言って、スズキが窘める。雨が好きなナカジマのことだから、雨の中を運転するのも好きなのだろう。
そうこうしているうちに、車は外周道路に出てくる。そしてホシノはシフトチェンジを素早くこなしてスピードを徐々に上げていく。
「・・・・・・っ」
シフトチェンジのたびに、車は一瞬速度が落ちて車内も揺れる。そして加速するのを繰り返すので、そのたびに村主は心臓が跳ね上がるような感覚に陥る。
マニュアル車がそう言う特質なのは分かっているが、今はスピードが結構速いせいで言い知れぬ恐怖に襲われる。
「どうした村主、怖いの?」
「いや、怖いっていうか・・・」
ルームミラーで村主の様子に気付いたのか、ホシノが話しかけてくる。確かに怖いと言えば怖いのだが、同時に緊張もしていた。
「ホシノの異名、知ってる?」
「?」
「『大洗一速い女』だよ」
ツチヤが軽く笑いながら告げた事実に、村主の額から冷や汗が流れる。
それを合図と受け取ったのか、車はトップスピードに達する。窓の外の景色が普通とは比べ物にならない速さで後ろに流れていく。
(ひいいいい・・・)
口には出さず、村主は心の中で悲鳴を上げる。村主が体験したことのないスピードで走っているので、緊張してしまい、それを紛らわせるために自然と拳も握られている。
そして、目の前にカーブが見えてきた。
しかし、ホシノは一向にスピードを緩めようとはしない。おまけに今は小ぶりとはいえ雨が降っており、路面は濡れている。
「ちょっと、スピード落として―――」
恐怖心から来る村主の呼びかけも虚しく、ホシノはスピードを落とさずカーブに差し掛かる。そしてブレーキとアクセルを巧みに操り、後輪をスライドさせてドリフトを決める。
『イェーイ!!』
横にGがかかると車内でナカジマたちが楽しそうに声を上げるが、対照的に村主の顔は完全に青ざめてしまっていた。自動車のドリフトなんてゲームでしかやったことがないし、自分の身体で体験したのは生まれて初めてだった。
そんなわけで、自動車部のメンバーのようにはしゃぐことなどできず、Gがかかっているためにかなり接触しているナカジマの身体も一切気にならず、ただただ恐怖と戦うことしかできない。
時間にして数秒程度だったが、えらくゆっくりに感じた村主はカーブを抜けたところでようやく人心地が付いた。
「いやー、最高!」
ハンドルを握るホシノが嬉々とした表情で告げる。華麗なドリフトを決められて楽しそうで何よりだが、村主からすれば寿命が縮むようなことだったので気軽にはしないでほしい。
「じゃあ次は私の番だねー」
「え」
だが、助手席に座るツチヤが軽く手を挙げているのを見て、村主は思わず口から声が洩れる。
「いやー、あそこまで綺麗なドリフト見せられたら私も黙ってられないしね」
どうやら学校に戻ったら、運転をツチヤに代わるらしい。
また先ほどのようなドリフトを経験するのはキツイと思ったが、1回経験したので次は多少マシだろうと村主は思った。
なので、ツチヤのテストドライブにも同乗させてもらうことにした。
しかしこの時、村主はツチヤが自動車部きってのドリフト好きだと言うことを知らず、ホシノの時以上の恐怖を味わうことになると言うこともまた知らない。
「死ぬかと思った・・・」
「あはは、大丈夫?」
帰り道で、村主がぐったりしたように歩く横で、ナカジマが心配してくれる。
結局あの後、ツチヤだけでなくナカジマとスズキもテストドライブを行い、村主はそれに付き合った結果ここまでやつれてしまった。
「まさか、ドリフトがあそこまでキツイもんだとは思わなかった・・・」
「私も慣れない最初の内は辛かったな~」
そう言うナカジマも、さっきは華麗なドリフトを見せていた。今でこそ穏やかな雰囲気を見せる彼女だが、運転するときはむしろ激しいように村主には見えた。
「雨が降ってればなお良かったんだけどね~・・・」
「まあ、仕方ないな」
ナカジマが運転する頃には雨が止んでしまっていたので、ナカジマは不満げだ。今も既に、空には晴れ間が見える。
そこで村主は、もしも雨が降っていてナカジマのコンディションが良かったら、さらに恐怖を味わっていたのかもしれないと思うと、寒気が走りぶるっと体が震える。
「・・・ホントに大丈夫?顔青いけど・・・」
「いや、大丈夫だ・・・」
心配そうにナカジマが覗き込んでくる。
そこで村主とナカジマの顔の距離が少しだけ近くなってしまい、村主は思わず視線を逸らす。ナカジマの顔を間近に見ることが恥ずかしくてできないからだ。
だが、顔を逸らす直前で村主には1つの気持ちを抱いた。
『ナカジマが可愛い』という気持ちを。
(・・・・・・いかん)
前の徹夜整備で仮眠から目覚めた時、村主は隣で眠っていたナカジマを見て『可愛い』と感じた。戦車の整備をしている時は何とも思っていなかったが、素直な寝顔を見てそう思ってしまい、どうにもナカジマのことを見つめることが(整備をしている時を除いて)できなくなっている。
その時感じた『恥ずかしい』と『可愛い』という相反するような気持ちが、今も村主の中に根付いている。
しかしそう思うのは、村主が通っていたのがほぼ男子校で、ここまで女子が近い位置にいることがないせいで耐性が無いのだろう。そう村主は自分で結論付けている。
それと、手を出そうものなら強制送還も辞さないと風紀委員から言われているし、頭の中には担任の『粗相すんな』という言葉が響いている。手を出そうなどとは到底思えない。
「そういや・・・アヒルチームっていつも戦車を使ってバレーの練習してるのか?」
変な方向に考えが働き始めたので、話を逸らす。
それは帰り際に、典子たちアヒルチームが八九式と共にバレーの練習を終えて戻ってきたことを思い出してのことだ。
彼女たちはバレーの練習だと言っていたが、よく考えてみたら八九式まで持ち出す理由が分からない。
「うん、大分八九式に愛着があるみたいだしね。前に私たちが、全国大会で優勝した後の祝勝会の余興で、八九式をポルシェティーガーに改造しようとしたら思いっきりバッシングされちゃったぐらい」
「・・・・・・・・・」
「・・・余興だよ?手品だからね?」
村主が本気で信じそうな目だったので、ナカジマが慌てて訂正する。村主は今日まででもう十分ナカジマたちレオポンチームの技術力を目の当たりにしてきたので、戦車の改造、というか作り直しまでできそうだと思い込んでいた。
「・・・アヒルチームは、バレー部を復活させるために戦車道を始めたって言ってた」
「聞いたんだ」
「ああ、朝会った時にな」
バレー部と話したことをナカジマにざっくりと話すと、ナカジマも思うところがあるようで頷く。彼女たちも元々は、自動車部という部活動のグループだった。
「すごいよねぇ。バレーが好きって気持ちであそこまで結束するなんてさ」
夕暮れの空を見上げながら、ナカジマはしみじみと呟く。
「知ってるかもしれないけど、八九式ってそこまでスペックは良くないんだ」
「ああ・・・そう聞いてる」
「けど、アヒルチームの皆はスペック以上の力を発揮してるよ。全国大会のプラウダ戦でも、決勝戦でも、整備した私たちでも想像がつかないぐらいに頑張ってる」
プラウダ高校との準決勝では、プラウダの戦車隊から単機で逃げ続けて大洗の勝利までの時間を稼いだ。そして黒森峰との決勝戦では、マウスの車体上部に載って砲塔の動きを止めて、ヘッツァーと共にマウス攻略の鍵となった。
「好きって気持ちだけで協力して、八九式を使いこなして、あそこまで戦ってるんだ。私からすれば、すごいと思う」
そう告げるナカジマの顔が、羨望や劣等感を含んでいるかのような笑みに村主は見えた。
それを見て村主は、心が妙に締め付けられる。さっき間近にナカジマを見た時とは違って、恥ずかしさではなく、どうにかしたいという気持ちが芽生えた。
「・・・素人の意見で悪いけど」
「え?」
「俺はナカジマも、すごいと思ってる」
心底驚いたようにナカジマが表情を変えるが、今更『やっぱり今の無し』はできない。だからその理由を告げる。
「ポルシェティーガーだって、八九式とはまた違うベクトルだけど、あれもやっぱり扱いづらい戦車だ。けど、ナカジマたちはそれを使いこなして戦ってるじゃないか」
「・・・・・・・・・」
黙ってナカジマは、村主の言葉に耳を傾けている。
「自動車部の活動だってそうだ。『クルマが好き』って気持ちで独学で色々勉強して、自分たちの力だけで車1台レストアすることだってできたんだから。それも半端な気持ちじゃできないことだ」
『独学で』とナカジマが言った時、村主は本当にすごいと思った。その気持ちは、言わなければだめだと思う。
「だからもっと、ナカジマも誇っていいと思う」
村主が笑って告げると、ナカジマは少しだけハッとしたように表情が変わる。
しかし、すぐに笑みへと表情を戻す。
「いやぁ、嬉しいね。そう言ってくれると」
「・・・まあ、あくまで外の人間の言葉ってことで」
ナカジマが持ち直したことは村主にとっても嬉しいが、やはり多くを言いすぎてしまって妙に怖くなり謙遜してしまう。
「・・・じゃあ、俺こっちだから」
「うん、それじゃまた月曜にね」
明日は日曜日で、戦車の訓練も、自動車部の活動もない完全なオフだ。だから、2人が会うのも来週の月曜日になる。
そうして村主はナカジマと別れたが、まだ胸の中に引っ掛かりがある。
間近にナカジマの顔を見た時は無性に恥ずかしくなってしまい、彼女が憂うような表情を浮かべた時は自然とどうにかしたいと思うようになった。
それは果たして、男女の間で誰でも起きうるようなことなのかと、自問する。
村主はナカジマに対して、同じ戦車の整備を行い、雨が好きと言うことで趣味も合い、友情的な気持ちを抱いてはいる。
しかし、本当にそれは友情という気持ち『だけ』なのだろうか。
「分からんな・・・」
首を横に振って一歩踏み出すと、水たまりを踏んでしまい水飛沫が立った。
村主と別れてから、ナカジマは寮までの道をゆっくりと歩く。
先ほどまでの通り雨の影響でアスファルトは湿っていて、雨上がり特有の匂いが漂う。
普段ならその違う景色を楽しんでいるところだったが、ナカジマの心にはこの前の徹夜整備の時のこと、具体的にはあんこうチームの沙織と村主の会話が浮かんでいた。
―――村主さん的には、戦車に乗ってる女の子ってアリですか?
―――普通にアリですけど。
なぜ今、その話を思い出してしまうのだろう。
「・・・・・・」
自分の左腕を、そっと右手で触る。
先ほどまでのテストドライブで、村主はナカジマの隣に座っていた。その時も心臓の鼓動が速くなったし、(運転する時を除き)移動している間も少なからず意識はしていた。
なぜこうも、村主を意識するようになってきたのか。
それは分からない。
「どうしたんだろうなぁ、ホント・・・」
夕焼けに染まる空を見上げながら独り言つが、当然答えは返ってこない。
そうして空を見上げながら歩いていると、水たまりを1つ踏んでしまった。