雨恋   作:プロッター

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夏時雨

 窓の外からはしとしとと降る雨の音が響き、天候もあって部屋は7月でも涼しいくらいだ。

 雨は朝から降っていて、今なお止む気配を見せない。今朝方に大洗女子学園船舶科が発表した天気予報でも、今日は1日中雨とのことだ。

 そんな雨の日、村主は宿の自室で机に向かい、黙々と宿題に励んでいた。

 

「・・・・・・・・・」

 

 学生ほぼ全員の悩みの種とも言える宿題。特に夏休みになると、生徒たちを縛り付ける『宿題』という鎖は一層厄介に感じられる。

 村主の大洗女子学園での実習が始まったのは、夏休み初日。しかし、実習が始まってから今日に至るまで、村主は宿題をほとんど進めていなかった。

 何しろほぼ1日中戦車の整備をし、夜に宿に戻ったら疲れのあまり宿題をする気も起きず眠っていたのだから。仕方がないといえば仕方がない。

 だが今日は完全な休日なので、少しでも宿題を進めておきたかった。

 

(実習で量は減ってるけど、これはなかなか・・・)

 

 村主の学校では、3年生になると夏休みの外部実習に任意で参加することができるようになる。そして、実習に行く生徒に限り宿題の量が普通よりも減らされているのだ。

 しかし全て免除されるのではないので、限られた時間でどうにかしようと皆必死になる。

 そんな学校側の計らいで減らされている上、さらに愚痴を垂れるのはわがままじゃないかと、村主は思っていた。だから文句は言わずにその暇で宿題を進める。

 

「ちょっと休むか・・・」

 

 キリがいいところで、村主は一度シャープペンを手放し腕を伸ばす。壁に掛けられた時計は11時過ぎを指しており、大分時間が経っていることに今頃気付いた。

 頬杖を突いて窓の外を見ると、やはり雨はまだ降っている。

 

 ―――こうした雨の日に出掛けるのも好きなんですよね~。

 

 最初にナカジマと会った日に交わした言葉が頭をよぎる。

 村主は、今日のような雨の日はあまり外を出歩こうとは思わない。大体は部屋で雨の音をBGMにゲームをしたり、読書に勤しみ、厄介な宿題を片付ける。案外そうやって静かに過ごすのが好きだった。

 だが、ナカジマのその言葉を聞いてから、そういう過ごし方も気になってきてはいる。

 

「・・・行くか」

 

 雨中の散歩がどんな感じなのかが気になる。それに、この学園艦の街並みも少し見ておきたい。

 そう思って村主は最低限の荷物と折り畳み傘を持って部屋を出る。

 

「おや、出かけるのかい?」

 

 玄関から外へ出ようとしたところで、後ろから声をかけられた。その声の主は、この宿の主人だ。

 

「ええ。昼食がてら、散歩にでも」

「傘はあるのかい?」

「折り畳みのヤツが」

 

 カバンの中からお気に入りの折り畳み傘を取り出して見せると、

 

「それじゃこの雨だと不安だなぁ。そこの傘立ての、使いんさい」

 

 苦笑いを浮かべながら主人が指差す傘立てには、確かに普通の傘が何本か入っている。

 

「あ、どうも・・・使わせていただきます」

 

 正直折り畳みだと、今日みたいなまとまっている雨は防御しきれずに不安なところがあった。なので、せっかくの厚意に甘んじることにした。

 

「転ばんように気をつけてな」

「はい」

 

 主人に見送られながら、村主は玄関から外に出て青い傘を差す。

 主人の気遣いと厚意には感謝しかない。早朝から整備をする村主のためにおにぎりを用意してくれたのもそうだが、本当に優しい。

 その優しさを噛みしめながら、村主は雨降る学園艦の町へと繰り出した。

 

 

 雨の勢いはそこまで激しくなく、音も静かだ。夏の熱気も雨のおかげで和らいでおり、実に過ごしやすい温度である。雨の日がいつもこうだというわけではないだろうが、快適な感じだ。

 

「~♪」

 

 雨の音を聴きながら学園艦の街を歩きつつ、村主は鼻歌を歌う。

 村主自身は雨男という体質を自覚しており、その体質があまり好きではないが、雨という天気自体は好きだ。だからこそ、その雨の音をBGMに部屋で趣味や課題に傾倒するのが村主なりの休日の過ごし方だったが、こうして出歩くのも意外と悪くなかった。

 

(ナカジマに感謝しないとな)

 

 こうして新しい発見ができたのも、ナカジマの言葉のおかげだ。雨好きとして、見解が1つ増えたことにお礼を言いたい。

 

「あれ、村主?」

「うわっ!?」

 

 などと考えていたら、突然曲がり角からナカジマが姿を見せたので驚いた。思わず声を上げてのけ反り、ナカジマは首を傾げる。

 

「どうしたの、そんな驚いて?」

「いや・・・丁度ナカジマのこと考えてたから・・・」

 

 直後、ナカジマが意表を突かれたような顔になった。

 それを見た村主は自分の発言を顧みて、解釈の仕方によっては際どいことを言ってしまったと気付く。

 

「あ、いや・・・前にナカジマが『雨の日に出掛けるのも好き』って言ってたのを思い出してたから、それで・・・」

「な、なんだ。そういうことかぁ」

 

 慌てて弁解すると、ナカジマは胸をなでおろす。あのまま訂正しないでいたら、村主の印象が悪くなってしまうかもしれなかった。ナカジマが安心したようなので、村主もホッとする。

 村主は改めて、ナカジマを見る。白のウィンドブレーカーに、細めのジーンズ。差している傘は淡い緑色だ。その出で立ちは、村主の記憶が正しければ最初にこの学園艦で出会った日と同じだ。

 

「じゃあ、村主は散歩中?」

「ああ、宿題の息抜きに。それと、この学園艦を見て回りたくて」

「そういうこと。それじゃ、一緒に歩かない?」

 

 さらっとナカジマが提案すると、村主は面食らう。嫌なわけではないが、貴重な休日に付き合わせてしまうことが、どことなく申し訳ない。

 

「ナカジマにも予定があるんじゃないのか?」

「ううん、私も村主と同じで、雨の散歩を楽しんでただけだし」

 

 軽く笑うナカジマの言葉に、村主も少し考える。当初はあてもなく適当に見て回ろうと思っていたが、土地勘があるナカジマがいると何かと安心できるだろう。

 

「じゃあ、一緒に行くか」

「OK!」

 

 快諾すると、ナカジマは村主の隣に並び、雨降る学園艦の町を歩きだす。

 雨の勢いはやはりそこまで強くはなく、傘の下にいる村主たちに降りかかると言うこともない。

 

「ところで村主って、大きい傘持ってきてたっけ?」

 

 ナカジマが、村主の差す青い傘を指さす。そう言えば、これまで村主はナカジマの前では折り畳み傘しか差していなかった。

 

「いや、これは宿の主人が貸してくれた」

「そうなんだ」

「ああ。外を歩くならこっちの方が濡れないし頑丈だって」

「へぇ~」

 

 向こうから車が来たので、村主は一度ナカジマの後ろに付いて歩く。車の立たせる水飛沫に注意しながら通り過ぎるのを待ってから、再び隣を歩く。

 

「ナカジマは普段の休日って、何してるんだ?」

「んー、大体学校でクルマをいじってるかな」

「休日もか?」

「やっぱりクルマが好きだしね」

 

 戦車の訓練も部活動もない休日さえ、クルマをいじるのは筋金入りのクルマ好きの証拠だ。村主は思わず笑う。

 

「まあ、今日みたいにフツーに休むことだもてあるよ」

「そうか・・・」

 

 話をしながら町を歩くが、ナカジマは内心気が気でない。

 今日雨の中を歩いていたのは、元々雨の中での散歩が好きだったからなのもあるが、自分の気持ちを整理しようとしていたのもある。

 そうしようと思ったのは、昨日のテストドライブの後から村主のことが気になってしまっているからだ。

 

(どうしてかな・・・。ここまで気になっちゃうのは・・・)

 

 ナカジマ自身でも分からないが、どうしてか村主のことが気になっている。

 大洗は元々女子校なので、同年代の男子など皆無だ。故に、村主のような男子と接したことがない。ナカジマには弟がいるが、こういう時に血縁関係にある男性を引き合いに出すのは何か違う。

 とにかく今は、答えのないような思考に嵌らず、普通に村主と歩いていればいいのだ。変に気負うことなどないはず。

 

「あ、ここのパン屋は美味しいよ。私らも徹夜明けにはよく買いに来てる」

「へー」

「個人的におすすめなのは焼きそばパンだね」

「それほんとに好きだな・・・」

 

 通りかかったパン屋を指差す。外は雨が降っていて少し暗いせいか、店の中が普段より一層明るく見える。ここは焼き立てのパンが売りなのだが、時間の都合で棚にはあまりパンが並んでいない。また今度来ることにしようと、村主は思った。

 

「お、サンクス。ウチの学園艦にはないんだよな・・・」

「そうなんだ?」

「ああ。学園艦で展開するコンビニも違うらしい―――あたっ」

 

 自分の元居た学園艦にないコンビニが気になっていると、看板に激突した。ナカジマが笑いをこらえているが、何も言うまい。

 

「74アイスクリームはあるんだな」

「限定の干し芋フレーバーが人気だよ」

「後で食べに来ようかな・・・」

「いいねぇ」

 

 全国展開してるアイスクリーム店を見つける。ナカジマの言う干し芋フレーバーが村主も気になったので、また後で訪れることにしよう。

 そして学校の方向へと歩くが、途中でナカジマが角を曲がり、別方向へと進路が変わる。

 

「艦内の養殖場とか見てみる?」

「一般人が入っても大丈夫なのか?」

「うん、普通に一般公開されてるし」

 

 言うが早いか、ナカジマは学園艦の下層へと向かう階段を降り始める。村主もそれに続くが、階段は結構長く、そして狭い。

 幸いにも誰かとすれ違うことはなく、学園艦の内部―――食料の養殖や栽培などを行っている階層に到達した。

 

「やっぱり広いな~」

 

 中を見渡しながら、村主が感心するように言葉を洩らす。ナカジマも『そうだね~』と呟き、魚の養殖を行っている水槽を眺める。この広大な空間は、事情を知らなければどこかの巨大な工場か倉庫にしか見えないだろう。船の中とは思うまい。

 

「村主の学校にも、水産科とかはあるの?」

「あるけど、そんなに珍しい種類は養殖してないはず・・・」

「うちはね、アンコウを養殖してるんだ」

「え、アンコウ?」

「そう、大洗特有だよ」

 

 ナカジマが指差す先には、確かに『アンコウ』と書かれた水槽があり、中には魚の影が見える。村主の学校ではアンコウなど養殖してはいないし、食べたことだって一度もない。

 もちろん、大洗はアンコウしか養殖していないわけではなく、他にもマグロやサーモンなどの一般的な魚も養殖している。

 

「水産科も大変だな・・・ほぼ毎日活動してるんだし」

「そうだね・・・私らなんてまだまだだよ」

 

 巨大な円形水槽の隙間を縫うように敷かれた通路の上を、紺色のつなぎを着た水産科の生徒たちがせわしなく歩き回っている。それを見て、村主とナカジマは感心するようにそう言った。

 水産科は生き物を扱っている以上、年中無休が基本だ。今は大洗も夏休み期間中だが、水産科と農業科、船の運航に携わる船舶科は夏休みなどあって無いようなもの。さしものナカジマたちも、彼女たちには頭が上がらない。

 水槽を横目に見ながら見学用の通路を歩いていき、隣のブロックへと差し掛かる。

 水産科の隣の区画は農業科だ。地上と同じような畑が広がっており、様々な作物が栽培されている。麦わら帽子と白いエプロンを身に着ける農業科の生徒たちが、甲斐甲斐しく野菜を収穫していたり、種を植えたりと作業をしていた。

 

「・・・ここは結構暑いな」

「そうだねー・・・艦の中で晴れの天気とかを再現しないといけないからね・・・」

 

 作物が育つにはもちろん晴天が必要だが、同時に雨も必要になる。なので農業科の区画は、システムを操作すれば雨も降らせることができるのだ。今は丁度晴れのモードなので、少し暑い。

 村主とナカジマの声が聞こえたのか、農業科の生徒たちが2人の方を向いてぺこっとお辞儀をしてくれた。村主たちも会釈をする。

 邪魔にならないように遠巻きに見物しつつ移動し、展示室で学園艦の模型も見学する。

そして再び階段を上って甲板上の住宅街に戻ってきた。相変わらず雨は降っているが、勢いは先ほどまでと同じで穏やかだ。

 

「もうお昼だねー・・・村主は昼ご飯まだ?」

「ああ、まだだけど・・・」

「じゃあ一緒に食べようか」

 

 村主も腕時計を見れば、12時を回ったところだ。普通の散歩と、長い階段を往復した上に艦内の広大な空間を歩いたことで、いい感じにお腹も空いていた。だから、ナカジマの提案には賛成した。

 そうしてナカジマに連れられたのは、とんかつが売りだという海に面した定食屋だった。店内に入ると軽快な音楽が流れており、揚げ物を揚げているらしき音と匂いが伝わってくる。

 

「いらっしゃい!」

 

 店主らしき、髭とメガネが目立つおっちゃんが笑顔で出迎えてくれた。村主は軽く頭を下げて、ナカジマと並んでカウンター席に座る。

 

「ここは戦車カツがおすすめだよ」

「戦車カツ?」

「カツが戦車みたいに盛り付けられてるんだ。結構ボリュームあるよ」

 

 ナカジマからざっくりと説明を受けたが、それだけではあまり実感が持てない。

 ならば百聞は一見に如かず、ということでそれを頼むことにした。

 

「じゃあ頼んでみようかな」

「よし。おじさん、戦車カツ2つね」

「はいよー!」

 

 ナカジマが注文すると、さっそく店主は準備し始める。

 料理ができるまでの間、村主は店の中をぐるりと見回すが、一見変わったところはないように見える。

 だが壁に掛けてあるフォトフレームのうちの1つに、ある新聞記事が収められているのに気付いた。さらに目を凝らしてよく見ると、その記事は今年の全国大会で大洗が優勝したことに関する記事だ。

 

「どうかした?」

「これ・・・大洗の記事だ」

「え?ああ、ほんとだ。あの時の記事だね・・・」

 

 ナカジマも振り向いて、その記事の入ったフォトフレームを見る。

 自分たちが優勝を成し遂げたことを改めて客観的に見たことで、また何か思うところがあるのだろう。

 

「はいよ、戦車カツ定食2つ!」

 

 しばらくして、カウンターに『ごとっ』という重量感ある音と共に皿が置かれた。手元で見ると、確かにカツの上にコロッケが載っていて、しかもカツとコロッケでアスパラを挟んでいるのは戦車に見える。その様に、思わず笑みがこぼれた。

 

「ね?」

「ああ、言った通りだ」

 

 ナカジマが得意げに笑う。定食でついてくるご飯とみそ汁、そしてお新香を置いた店主も、客の驚く様子を見てしてやったり顔だった。

 

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

 

 ナカジマと揃って手を合わせて、カツを一切れ食べると。

 

「美味っ!」

「んー、美味しいよね~」

 

 一瞬で顔を明るくする村主。カツの厚さや揚げ具合、噛み応えがどれをとっても素晴らしい。揚げたてなので当然熱いが、その熱さがまた旨味を引き立てているような感じがする。隣に座るナカジマも、舌鼓を打っていた。

 

「兄ちゃん、見ない顔だけど外から来たのかい?」

 

 戦車カツの味をしばらくの間楽しんでいると、店主が話しかけてきた。村主は一度箸を止めて、店主の方を見て答える。

 

「戦車の整備実習で来ました」

「へぇ~、実習ねぇ。わざわざ大洗に?」

「ええ。担任が大洗のОGでして」

「あ、なるほどねぇ・・・」

 

 店主は『ふーん』とか『へぇー』とか唸ってから、にっと笑ってまた村主に問いかける。

 

「この学園艦はどうだい?」

「いいところだと思います」

 

 地元住民ならではのような質問に、迷いなく答える。今日、ナカジマと色々見て回る前もそう思ったが、今日でその魅力もより一層強く感じた。

 すると、店主は『ははは』と笑ってくれた。

 

「少し前まではここもあんまり特色のない地味な感じがしたんだが、戦車道の大会で優勝してから、活気が溢れてきた気がするんだ」

 

 ナカジマを見て頷きながらそう言う。つまりこの店主は、ナカジマが戦車道をやっていることを知っているのだろう。

 

「本土の大洗町も、大会で優勝したからって愛好家たちがたくさん来るようになったって話を聞いてる」

 

 腕を組んで頷きながら笑う店主。

 村主も正直な話、あの全国大会まで大洗という場所は知らなかった。しかしあの決勝戦以降、戦車道界隈では大洗の名を聞かない日はないし、一時期ニュースでも取り上げられていた。

 

「本当、優勝してよかった。自分の住んでる町や場所に注目が集まるっていうのは、嬉しいことだよ。だから、ありがとう」

 

 ナカジマに向けて笑いかけ、頭を下げる店主。その笑顔と仕草から、店主が自分の故郷である大洗に結構な愛着があることが分かる。

 そうなったのも全ては、ナカジマたち戦車道履修生があの全国大会で優勝を成し遂げたからだ。感謝の念を抱くのは、それだけ自分の住む街を愛しているからだろう。

 

「・・・どういたしまして」

 

 対して、ナカジマは恥ずかしそうに笑って言葉を返す。村主もその様子を見て、妙にほっこりしつつコロッケを齧る。

実に美味しかった。

 

 

 戦車カツを平らげて店を出ると、少しだけ雨の勢いは弱まっていた。しかし、まだ雲には空が広がっている。

 2人は散歩を再開するが、食休みということで海に面する公園で休憩することにした。村主が初めて乗艦した日に立ち寄った場所とはまた違うが、構造は基本的に同じようで、東屋が設えてあった。

 

「へー、あの戦車カツって、元々メニューになかったのか」

「うん、元々はあの決勝戦前に、生徒会の3人が立ち寄ったときにゲン担ぎってことで作ってくれたやつらしいよ。で、後で要望が多くて正式にメニューになったってわけ」

「なるほど・・・」

 

 『戦車』で『カツ』、確かに景気づけにはもってこいだろう。ちなみにナカジマ達レオポンチームが試合前夜に食べたのはカツカレーだった。

 

「そうそう、私たちが決勝戦から大洗に帰ってきた時、大洗の皆が歓迎してくれたんだ。『優勝おめでとう』って」

「ホントか?すごいな・・・」

 

 町を挙げての凱旋歓迎となれば規模も相当だろう。それを実現するのは簡単じゃないはずなのだが、大洗の皆はそれをやってのけたのか。

 

「でも、本当によかった・・・優勝できて」

 

 雨降る水平線を見ながらのナカジマの言葉は、安堵の気持ちが感じ取れる。

 しかしどうしてだか、村主にはその言葉には別の意味が込められているようにも感じられた。

 

「やけにしんみりしてるな。優勝できたのに」

「・・・まあ、色々あったんだよ。大洗も」

「色々?」

 

 訳知り顔で頷くナカジマ。何があったのかが気になってしまう村主は、自然とナカジマの方を見つめる。

 ナカジマも、口の中でボソッと『村主になら言ってもいいかな・・・』と呟いてから、小さく息を吐いた。

 

「実はさ・・・あの全国大会で優勝しなきゃ、大洗は廃校になるところだったんだ」

「え」

 

 ぽつりと告げた、重大すぎる情報に村主も開いた口が塞がらない。そんな村主に気付いているのかいないのか、ナカジマは追って説明する。

 

「大洗って元々、あんまり目立ったところがない学校でね。生徒の数も年々減ってきていたんだ」

 

 それを聞いて村主の頭をよぎったのは、アヒルさんチーム・・・もといバレー部だ。バレー部が廃部になってしまったのは部員数が減ってしまったかららしいが、それももしかしたら、ナカジマの言うように生徒数の減少による弊害かもしれない。

 だが同時に、自動車部の部室に飾られていたトロフィーや賞状のことも思い出す。

 

「でも、自動車部だって色々賞をとってただろ?それに、アンコウの養殖だって大洗特有って言ってたし・・・」

「それでも、この学園艦を維持するにはものすごいお金がかかるんだって。それぐらいの特徴じゃどうにもならないぐらい」

 

 学園艦を管理する文部科学省は、莫大な維持費のかかる学園艦の運営体制を見直し、大規模な統廃合を計画していた。その中で、目立った功績もない学校から順に廃校にしていくという方針になり、大洗はその対象になってしまったという。

 

「でも、会長が交渉して、『戦車道大会で優勝すれば廃校は免れる』って話になって、今年度から大洗で戦車道が復活したんだ」

 

 村主は小さく息を吐く。戦車道の新聞では大洗のことを『突然20年ぶりに表舞台に戻ってきた』と表していたが、その裏にそんな事情があったとは。

 

「廃校撤回がかかっていたなんて知ったのは、準決勝に勝った後・・・ちょうど私らレオポンチームが参戦した頃だったし、決勝戦のプレッシャーはすごかった」

 

 それは仕方ないと思う。自分たちの初陣が自分たちの学校の存続をかけたものなど、緊張しないはずがない。

 

「だからさ、優勝できてよかったんだ。本当に」

「・・・・・・」

「こうして私たちの学校は守れたし、住んでる人たちもここに居続けられたんだから」

 

 村主は、水産科や農業科の生徒、先ほどの定食屋の店主、宿の主人のことを思い出す。彼ら彼女らが今も普段通りの生活を送っていられるのは、全てはナカジマたちが奮戦し、優勝をもぎ取ったからだ。

 そしてそれは、戦車道に携わる者を除けば、この大洗の誰も知らないことなのだろう。

 言わば彼女たちは、人知れず大洗を救った陰の功労者だ。

 

「すごいな・・・」

「・・・・・・」

 

 そんな率直な感想を、口にせずにはいられない。

 

「自分たちの力だけで、自分たちの居場所を守るなんて・・・誰にでも出来ることじゃないだろうし」

「いやいや、私たちなんて決勝戦しか出てないし、優勝できたのは皆の力あってのことだよ」

 

 ナカジマが謙遜するように手を横に振るが、村主はナカジマの意見には反対だった。

 村主は元々大洗の住民ではないから、知ったような口を利くのは間違いだと思っている。

 

「何言ってるんだ」

 

 しかし、それでも村主はこの一昨日までで戦車の整備の実習を行って、そして話を聞いて、思うことがあった。

 

「ナカジマたちこそ、大洗の優勝に一番貢献したんじゃないか?」

「え?」

 

 どういう意味か、説明を請うナカジマの表情。もちろん、村主もちゃんとその意味を伝える。

 

「そもそも大洗が戦車道を復活して、戦えるようになったのは、ナカジマたちが戦車を修理したからだろ?」

「・・・・・・」

「それに、試合の後でいつもボロボロになった戦車を直してきたから、決勝戦まで勝ち進むこともできたんだし」

 

 大洗が戦車道を始めることができたのも、試合に参加することができたのも、戦い続けてこれたのも、全てはナカジマたちがいなければ成り立たなかったこと。村主はそう思っている。

 

「だから、ナカジマたちはもっと胸を張っていいんだ」

「・・・・・・」

「万が一、他の誰もそんなことを思っていなくても、少なくとも俺はそう思ってる」

 

 そう言って村主は、軽くナカジマの肩を叩き、笑って告げた。

 

「俺は、一番すごいのはナカジマたちだって、そう思うよ」

 

 

 

 その時、ナカジマの心に何か、ポツンと1粒の雫が落ちたような感じがした。

 

 

 

(あ・・・・・・)

 

 その感覚の正体に、ナカジマはすぐに気づくことができた。

 

 

 それからまた少し村主と歩いて、74アイスクリームで干し芋フレーバーのアイスを食べてみた。村主の感想は『意外と甘い』で、ナカジマも同意見だった。

 そして14時頃。

 

「それじゃ、そろそろ戻ろうかな」

「うん、分かった。それじゃあまた明日ね」

「ああ」

 

 明日からまた、戦車の訓練が始まる。そうなれば、レオポンチームに加えて村主は出ずっぱりとなるだろう。

 そうして別れようとしたところで、村主は足を止めた。

 

「あ、そうだナカジマ」

「?」

 

 呼び止められてナカジマが振り返ると、村主は小さな笑みを浮かべていた。

 

「雨の散歩も悪くないって、気付くことができた」

「・・・それはよかったよ」

 

 ナカジマも同じように笑みを浮かべて返すが、村主の言葉はそれだけではない。

 

「ナカジマが教えてくれたおかげだ。ありがとうな」

 

 嘘偽りない村主の言葉を聞いて、ナカジマはほんの少しの間だけ目を閉じる。

 そして、できうる限りの笑顔で返した。

 

「どういたしまして、村主」

 

 そして今度こそ、2人はそれぞれの寮へと戻っていく。

 そのナカジマの歩調はいつもと変わらないが、親しい人からすればその表情は晴れやかに見えるだろう。

 そして、そんな彼女の心臓の鼓動は高鳴っている。

 

「・・・そっかそっか・・・」

 

 先ほどまでの、村主と過ごした時間を思い出す。

 気になっていたのだ。なぜ、村主のことを思うと心がかき乱されるように、恥ずかしさと嬉しさが湧き上がってくるのか。村主のことを、気にしてしまうのか。

 金曜日のファミレスで、ツチヤたちと楽し気に話をする村主を見て、少しだけ心にモヤっとした気持ちが浮かんでしまったのか。

 徹夜明けで村主のすぐ隣で眠ってしまっていたのか。

 それは、ナカジマ自身が村主のことを特別に想い、その傍にいたいと無意識に思うようになっていたからだ。

 そして、その理由は全て―――

 

「・・・・・・ふふっ」

 

 生まれて初めて抱くこの温かい感情、そしてナカジマ自身を大きく揺るがすような気持ちに気付いたナカジマは、思わず笑みをこぼす。

 いつの間にか、雨は止んでいた。

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