雨恋   作:プロッター

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雨見

 村主の実習が始まってから、1週間が経過した。最初は実際に戦車に触れるということで興奮と緊張を抱いていたが、今では村主も整備に慣れてきている。それでも、他所様の戦車を扱っているということで緊張感は今もあるが。

 整備の腕前は、ナカジマが『筋がいい』と評すほどには良く、戦車の整備に関してはレオポンチームの面々と同じぐらいの技量を持っていた。

 

「すみませ~ん」

「?」

 

 そんな中、ポルシェティーガーの整備をしていると、のんびりとした声を掛けられた。村主とナカジマがそちらを見ると、ふわっとしたショートボブの女子―――ウサギさんチームの宇津木優季がいた。

 

「どうしました?」

「М3のエンジンの調子が悪いみたいで~・・・見てもらえませんかぁ?」

 

 言われて2人がウサギチームのM3中戦車リーを見ると、乗員たちが心配そうにM3を見上げていた。何人かは、下へ潜り込んでエンジンルームを開けようとしている。

 ナカジマたちが作ったマニュアルには、エンジン整備の仕方は載っていない。だから彼女たちはエンジンには触ったこともないだろうし、下手をすれば怪我をするかもしれない。

 

「村主、ちょっと見てきてあげて」

「分かった」

 

 ナカジマに促されて、村主はM3へと向かう。

 少し前は何か不具合が生じた場合でも、村主はナカジマなりホシノなり、誰かしらと一緒に対応していた。しかし、こうして単独で送り出されることも増えてきている。

 それはナカジマたちが、村主の腕を信頼しているからなのは村主も分かっている。それでも思い上がらず、慢心せずに整備には取り組む。自分の力を過信すると逆に痛い目を見るとは、学校で村主が教わったことだ。

 

「エンジンから、何か空気が洩れるような感じの音が聞こえてきて・・・」

「分かりました。ちょっとエンジンルームを見てみますね」

「すみません、お願いします・・・」

 

 事情を話し、律儀にお辞儀をしてきたのはウサギチームのリーダー・澤梓。真面目な子と聞いているが、こうして真っ先に村主に頭を下げてきた辺りにそれが伺える。

 その言葉を聞きながら、村主はМ3の下へと潜り込み、エンジンルームの蓋を開ける。中は暗いのでペンライトを口で咥えて照らし、軍手で触り、目で見て丁寧に調べる。

 

「これか・・・?」

 

 やがて、奥の方のパイプがぐらついているのに気付いた。

 一度村主は戦車の外に出て、自分用に支給された工具箱を持ってきてから、もう一度エンジンルームを見る。スパナを取り出し、パイプの根元にあるナットを締め直してから、固定されたのを確認する。

 そして工具を回収してまた外に出てから。

 

「ちょっとエンジン動かしてもらえますか?」

「あい!」

 

 ウサギチームの操縦手・阪口桂利奈に伝えると、彼女は溌溂とした返事とともに戦車に乗り込む。エンジンを始動させると、しばらくの間アイドリング状態を保つ。その間、エンジンの音を村主は注意深く聞くが、妙な音は聞こえない。

 

「直りましたー!」

 

 操縦席の桂利奈が、嬉しそうに声を上げる。どうやら原因は、やはりあのパイプがずれていたことだったらしく、これで一安心だ。

 

『ありがとうございます!』

 

 ウサギチームのメンバーが、村主に頭を下げてお礼を言う。ただ、若干色が薄いショートヘアの丸山紗希だけは、頭を下げるだけで無言だったが。

 村主は『また何かあったら言ってくださいね』と言って、ポルシェティーガーの下へと戻る。そしてナカジマに、今回のことを報告した。

 

「不具合って、どんなだった?」

「なんか、エンジンルームの奥のパイプがぐらついてた。根元のナットが緩んでたから締め直したけど…」

 

 状況を説明すると、ナカジマが首を傾げる。

 

「おかしいなぁ・・・金曜は私が整備したんだけど・・・」

 

 村主は、ナカジマが雑な作業をしたとは毛頭思っていない。

 すぐ傍で指導を受けた時もナカジマの顔は真剣そのものだったし、何より彼女はクルマを愛している。戦車にも思い入れがある。だから、手を抜いていたとは到底思えない。

 とすれば、別の何かが原因と考えるのが自然だ。

 

「もしかしたら、また自主練していたのかな?」

「自主練?」

「うん、ウサギチームって休みの日でも自分たちだけで練習してることが多くてね」

「へぇ・・・」

「だから多分、練習の時に振動で緩んじゃってたのかも」

 

 戦車の鍵は、戦車道履修生だけが入れる倉庫に保管されている。誰かに申告する必要もないので、自主練は自由に行うことが可能だった。

 それ以上は追及せず、ナカジマと村主は下に潜ってエンジンルームの整備に取り掛かる。

 

 

 やがて昼休憩。レオポンチームと村主は、今日もまたポルシェティーガーの脇で昼食を摂っていた。

 

「昨日は何してた?」

 

 おにぎりを食べながら、休日明けの定番のような質問をスズキが投げかける。一番最初に答えたのは、その隣でカップラーメンを啜るツチヤだ。

 

「宿題進めてたな~・・・雨でどこに行く気も起きなかったし・・・」

「私も・・・。雨の日はどうしても気分は上がらないからな」

 

 スズキの反対側に座るホシノも、サンドイッチを片手に苦笑する。確かに普通に考えると、雨の日は湿っぽいし、傘を差しても濡れやすい。ましてや、ここは移動できる範囲が限られている学園艦という土地だ。進んで外出しようとは思わないだろう。

 

「ナカジマは、やっぱり散歩?」

 

 しかし、この場では唯一ナカジマだけが、雨が好きだ。そんな日に出歩くことも好んでいる。そんな性格と趣味を知っていて、一緒にいた時間も長いから、スズキはそう訊ねた。

 

「え?あ、うん・・・」

 

 しかし、返ってきたのはどこか歯切れの悪い答え。

 

「あれ、違った?」

「いや、違くはないんだけど・・・」

 

 スズキが訊き直すが、ナカジマの答えはやはりどこかぎこちない。

 

「昨日ナカジマは、俺とちょっと学園艦を見て回ってた」

 

 そこで村主が補足した。村主には、ナカジマが答えに詰まる理由が分からなかったが、隠すことでもなかったので、代わりに答えたのだ。

 だが、そう言った瞬間。

 

「・・・・・・」

 

 ナカジマの頬が、ほんのりと赤く染まってきた。

 それを視界に捉えたホシノとスズキ、ツチヤが村主の方を見る。

 

「・・・ホントにそれだけだったの?」

「ん?ああ。艦内の水産科とか見学させてもらった」

 

 訝しそうにホシノが訊くが、村主はなお動じない。

 改めて村主が昨日ナカジマとしたことを思い出すが、別に何もおかしなところはないと、思っている。

 

「何も変なことなんてなかったよな?」

「う、うん・・・」

 

 同意を求めてナカジマに聞いてみるが、やはりその反応は含みがあるような感じだ。

 そんなナカジマを見て、村主もだんだん怖くなってくる。自分では特に変なことをしていないつもりでも、もしかしたら何か粗相をしてしまったのではないか、自分で分からなくなってくる。

 

(え、何かしたのか?俺がしちゃったのか・・・?しちゃったりしちゃったのか・・・?)

 

 体が水の底に沈んでいくような感覚まで起き始める。ホシノたち3人の視線が妙に痛く感じてくるし、ナカジマはナカジマで焼きそばパンをもそもそ食べていて孤立無援だ。

 一体自分はこの後どうすればいいのか分からずにいると、近くからひそひそ声が聞こえてくる。まさかもう噂になってしまっているのだろうか。

 声の出所は、村主の後ろの方。そちら横目に見ると、女子が3人ほど、村主たちをチラチラと見ながら何事かを話している。メンバーからしてウサギチームだ。

 

「聞いてみたいなぁ~」

「でも失礼じゃない?」

「そもそも彼氏かどうかって話だし・・・」

 

 ぽつぽつと聞こえてくる、やはり村主とナカジマの関係を示唆しているように思う。余計に心配だ。

 そして近づいてきたのは、黒いロングヘアーとそばかすが特徴の比較的背が高い女子だ。この子はさっきM3の近くで見た、ウサギチームの山郷あゆみだ。

 

「すみません、ちょっとお話を聞いてもいいですか?」

「あ、はい」

 

 明確に話しかけてきたので、村主は立ち上がる。何を聞かれるのかが怖かったが、どうやら話があるのは彼女ではなく、先ほど不具合を申し出てきた優季らしい。

 

「突然すみません~」

「いえ、それで何か?」

 

 優季はどこか、全体的にふわふわした雰囲気がする。声が間延びした感じもそうだが、結構のんびり屋なのかもしれない。

 

「あのぉ、一つお聞きしたいことがありまして~」

「・・・はい」

 

 ここで考えられる質問は2つ。戦車の実習に来た理由か、どこかから漏れてしまった(かもしれない)ナカジマとの関係性についてだ。

 前者はまだいい。大洗に来てから、結構聞かれてきたからすぐ答えることはできる。

 しかし後者となると、面倒なことになる。昨日の出来事は、村主からすればおかしなことは何もなかったはずだが、ナカジマの様子が変なせいで逆に不安になってきていた。そこを突かれてしまうと立つ瀬がない。

 

「・・・戦車が好きな女の人ってどう思いますかぁ?」

 

 だが、優季の口から出てきた質問はその予想を超えた。

 そしてその質問、以前あんこうチームの沙織から似たような質問を受けた気がする。

 

「えっと、どういうことです?」

「それは流石に直球すぎでしょ」

 

 村主の疑問も当然と問い返す。優季のそばにいた茶髪のツインテールの女子―――大野あやが呆れたように笑う。優季もそれで『あぁ、そっかぁ』と手を合わせてのんびりと柔らかく笑う。

 

「えっとぉ、実は私、彼氏がいたんですけどぉ」

「はぁ」

「でもぉ・・・戦車道を始めて少し経ったらぁ、逃げられちゃってぇ」

「え」

 

 あまりにもほんわかと告げられたショッキングな報告に、村主も驚く。

 

「そもそもホントに彼氏なの?」

「ホントだよぉ~。少なくとも私はそう思ってたよ?」

 

 しかし、あやの言葉で村主は察した。

 恐らくだが、優季はその相手のことを彼氏と思っていたようだが、向こうは優季のことを彼女とは見ていなかったらしい。要は一方通行の関係性だったのだろう。

 しかしそんなことは、部外者の自分は口が裂けても言えないので、何も分からない体で話を聞く。

 

「いったい何がダメだったのかなぁって。それで、同じ男の人の村主さんに聞いてみたんですぅ」

 

 言われて村主は、少し考える。

 その男が彼氏かどうかはともかくとして、確かに戦車道は年頃の男からはあまり好かれない。村主のいた学校でも、戦車と言うと『えー?』と芳しくない反応を示された。

 

「まあ、戦車道は男にはあまり人気がないってイメージありますからね・・・多分、その辺りが理由かも」

「やっぱりそうですよねぇ・・・」

「でも、村主さんは戦車好きなんですよね?」

 

 あやが訊いてくる。確かに村主は戦車が好きだし、整備士になりたいと思ってここまで来たのだから、間違ってはいない。だが、何事にも例外はつきものなのだ。

 

「まあ自分は・・・育ちの環境とかがあってですし」

「村主さんはどうなんですかぁ?戦車に乗ってる女の子って」

 

 またしても、以前の沙織と同じ質問。優季は何か、沙織と示し合わせでもしているのだろうか。

 

「全然、嫌いじゃないですけど」

「そうですかぁ、よかった~」

 

 優季はそれを確かめたかったようで、安心して胸に手を置く優季。

 なんにせよ、戦車道をしているというだけで疎遠になるのは、村主としても悲しい気持ちになる。彼女たちも頑張っているというのに。

 そこでふと、村主は先ほどのナカジマの言葉を思い出した。

 

「ところで、昨日ウサギチームって練習してました?」

「あ、はい。しましたけど・・・」

「さっきナカジマにМ3の不具合の話をしたら、『多分自主練をしてたから』って言ってたんですが・・・」

 

 そこで話を聞いていたあゆみが『あっ』と言いたそうに口を開けた。

 

「すみません、多分報告し忘れてました・・・」

「あ、それは後で改めて言ってくれれば大丈夫だと思います・・・」

 

 あゆみに謝られるが、それは実習生の村主よりも大洗の生徒であるナカジマたちに言うべきだろう。

 それと、本題はそこではない。

 

「自主練って、いつもされてるんですか?」

「いつもってわけじゃないですけど・・・」

「参加できる人だけだよね」

 

 あゆみとあやの言葉から、やはり練習を行っているのは本当なのが分かった。

 

「私たち、最初の試合で逃げちゃったし、まだまだ頑張らなきゃいけませんから・・・」

 

 優季の言う『逃げた』とは、ウサギチーム全員にとっての失敗だった。

 大洗の戦車道チームが発足してから最初の練習試合。聖グロリアーナ女学院とのその試合で、ウサギチームは相手チームの砲撃が怖くて、思わず戦車を降りて逃げ出してしまった。あの時のことは試合の後で猛省し、今でもその苦い経験を忘れてはいない。

 そしてその時のことを糧として、彼女たちは自主的に練習を続けていると言う。

 

「決勝戦で、黒森峰の重戦車を2輌倒すことができて、私たち自信がついてきたんです」

 

 あやが嬉しそうに告げる。

 全国大会の決勝で彼女たちが乗るM3は、黒森峰の重駆逐戦車・エレファントとヤークトティーガーを撃破した。ヤークトティーガーは相討ち同然だったが、それでも強力な重戦車を2輌も撃破したことは、戦車道界隈においても話題に上がっていた。

 

「あの大会で私たち、もっと頑張って戦車を倒せるようになるんだって、決めたんです」

「目指せ、重戦車キラ~♪」

 

 あゆみと優季も、あやの言葉に続く。

 だからこそ、彼女たちウサギチームは休みの日も自主練を行っていたのだ。過去の失敗をバネにして、さらに上を目指すために。

 バレー部の再興を目指すアヒルチームと言い、このウサギチームと言い、そしてナカジマたちレオポンチームと言い、大洗にはまっとうに努力を重ねて実力を上げている人物がとても多いと村主は思う。

 

「練習、頑張ってくださいね」

『はい!』

「でも次からは、自主練をしたらしたでちゃんと報告はした方がいいと思います」

「あはは・・・気を付けまーす」

 

 気楽なあやの返事に、村主も妙に気が抜ける。

 それにしても、こうして遠慮なく色々話してもらえる辺り、自分と大洗の皆との間の壁も大分低くなってきたのかなと、村主は思った。実習を始めた最初の数日は、いるはずがない男子ということで少し怖がられていた感じもしたのだが、今はそんな感じもしない。

 とりあえず、実習の間周りから敬遠されるのもいたたまれないので、仲良くなれたのは良かったと、村主は思った。

 

 

 ナカジマの様子がおかしい。

 それは戦車の整備をしているときはあまり感じられなかったが、昼休憩になり、スズキの『昨日何してた?』と質問してからおかしくなり始めた。

 そして今も、明らかに何かが違う。

 

「・・・・・・」

 

 もそもそと焼きそばパンを食べるナカジマ。普段見せるような和やかな笑みもなく、ウサギチームの3人と話をしている村主の様子を少しだけ伺いつつ咀嚼している。

 そして、パンを食べ終えると。

 

「・・・・・・はぁ」

 

 憂鬱そうなため息。流石にホシノたちも、ただ事ではないと分かった。

 

「ナカジマ、ホントにどうかしたの?」

「え・・・?何が?」

「いや、何がって・・・明らかに本調子じゃないでしょ」

 

 たまらずホシノとツチヤが問いかけるが、ナカジマは笑って首を横に振る。その笑顔さえも、3人には無理しているようにしか見えない。

 

「ごめん、ちょっと風にあたってくるよ」

「う、うん・・・」

「大丈夫、訓練の時間には戻るから・・・」

 

 そう言ってナカジマは、ふらふらとガレージの外へと出て行ってしまった。

 そこでホシノとスズキ、ツチヤの3人が顔を突き合わせる。どう考えても異常事態だ。

 

「どう思う?」

「まあ確実に村主とひと悶着あったんだろうね・・・」

「でも、具体的に何が?」

 

 3人は頭をできる限り回転させるが、何があったのかは分からない。ホシノたちの知る限り、2人の仲は特段変でもなかったはずだ。

 

「2人はもともと仲いい感じだったんだよね」

「そうだね・・・でも、なんで今日はあんななんだろう?」

 

 ツチヤとスズキが顔を見合わせて考える。

 もともと、ナカジマは村主の指導役というポジションだ。しかし、2人は雨が好きという同好の士として意気投合したらしい。だからホシノたちも、2人は友達ぐらいの関係だったのだろうと思っていた。

 しかし、さっきのナカジマの様子で、確実に何かあったのは分かる。

 そして、その『何か』とは昨日起きたとすぐに分かった。

 

「やっぱり昨日、何かあったのかなぁ・・・」

「もしかして、村主が嘘ついてるかもしれない?」

「いや、それはちょっと・・・」

 

 ホシノが可能性を示すが、スズキとツチヤは首を横に振る。言ったホシノ自身も、その可能性は低いと思っていた。

 ナカジマほどではないが、3人も村主とこの1週間共に戦車の整備をしてきて、整備の腕と性格はある程度理解している。指示には従順だし、作業の出来栄えも良い。整備に熱心な性格もあって、安心して戦車を任せられる。

 そんな村主が、嘘を吐き、ナカジマに手を出すとは考えにくい。

 

「あれ、ナカジマは?」

 

 そこへ、ウサギチームの3人と談笑していた村主が戻ってきた。その3人も、M3の方へと戻っていく。

 

「ねえ、村主。ホントに昨日はナカジマと何もなかったの?」

「え?ああ・・・そのはずなんだけど・・・」

 

 戻るや否やスズキにそう訊かれて、村主の中に再び疑念が頭をもたげる。

 

「やっぱり、ナカジマの様子が少しおかしい気がするんだ・・・」

「整備してる時はそんな感じはしなかったけど・・・」

 

 村主は先ほどまで、レオポンチームと一緒にポルシェティーガーの整備をしていた。その時のナカジマは別に変った様子ではなかったし、村主も普通に接していた。それはホシノたちも同じだし、分かっている。

 

「でも、ナカジマの様子が変わったのは、スズキが昨日何をしていたかを訊いて、村主が答えてからだ」

「村主が嘘を言ってないと私たちは信じてる。けど、ナカジマにとって何かあったのは確かだよ」

 

 ホシノとスズキに詰め寄られ、村主も口を閉ざす。

 もちろん村主だって、先ほどのナカジマの様子には気づいていた。それはもしかしたら、気付かないうちに村主が失礼を働いてしまっていたからなのかもしれないとも、思っている。

 

「・・・・・・後で、ナカジマと話してみる」

「それがいいかもね」

 

 そして村主が達した結論は、村主自身が直接訊くこと。

 ツチヤもその通りだと小さく頷き、ホシノとスズキも頷く。

 そこで副隊長の桃が昼休憩の終わりの告げたので、4人は急いで食べかけの昼食を腹に流し込む。

 ナカジマも、タイミングよく戻ってきた。

 その顔にはもう、落ち込んだ様子はない。

 

 

 その後の実車訓練で、他の戦車はもちろん、ポルシェティーガーにも変化は見られなかった。

 ナカジマが何に対して心が揺らいでいるのかは、村主も未だ分からない。

 だが、彼女が車長を務める戦車にまで支障が出ていたらどうしようかと本気で悩んだが、その心配がなくて安心した。

 そして、実車訓練がつつがなく終わって一旦の解散を迎えた後、レオポンチームは戦車の整備に移る。

 

「それじゃあ村主は、M3とルノーをお願いね」

「分かった」

 

 ナカジマがてきぱきと指示を出す。

 既に技量を認められているからか、午前のM3のような異常事態だけでなく、戦車1輌の整備も村主に任せられていた。それと、その2輌はこれまで何度か整備した戦車だから、村主も不安なところはあまりない。

 

「何かあったら、聞いていいからね」

「・・・ああ」

 

 やはり今は、ナカジマの様子に変わったところはなく、ナカジマはナカジマでⅣ号戦車の整備に取り掛かっている。

 そのナカジマを見ていると、本当に悩みを抱えているのかが分からなくなってくるが、とにかく昼に様子が変わったことについては聞いておきたい。

 

(・・・始めるか)

 

 村主も、M3の下に潜り込んでエンジンルームの蓋を開ける。

 ナカジマのことが気がかりだが、今は整備だ。戦車に限らず、機械の整備はうっかりすると怪我をするし、下手をすれば命を落とす。それは村主のいた学校で耳にたこができるほど教えられてきた。

 だから村主も、戦車の整備には真剣に取り組むのだ。

 

 

 

「よーし、じゃあ今日はここまでにしようか~」

『お疲れ~!』

 

 全員がそれぞれ受け持った戦車の整備が完了し、工具を片付けてからナカジマが締める。ホシノたちは腕や顔に付いた煤を拭い、腕を回したりして疲れを解す。

 村主も同様に、肩や首を回して少しでも疲れと凝りを和らげようとする。

 だが、村主はまだ終われない。

 

「・・・・・・」

『・・・・・・』

 

 ホシノとスズキ、ツチヤの3人が村主に目を向けて何も言わずに小さく頷き、村主も無言で頷き返した。

 

「・・・ナカジマ」

「ん?」

「少し話があるんだけど・・・いいか?」

「え・・・・・・うん」

 

 呼び止められてナカジマも少しだけキョトンとするが、すぐに表情を戻した。ホシノたちは『それじゃお先~』と手を振って、先に帰っていく。

 

「・・・悪いな、急に」

「ううん・・・大丈夫だけど・・・・・・」

 

 ナカジマは言葉では平静を装っているものの、心は痛いぐらいに跳ねているし、顔にじわじわと熱が集まってきている。

 昨日、村主と共に雨の中での散歩をし、公園で話をした後で、ナカジマは自分の村主に対する『気持ち』に気付いた。

 それを忘れてなどいないし、覚えている。

 だから今、2人きりで、村主が目の前に立っていることに緊張しているのだ。

 

「・・・話って?」

 

 恐る恐る、ナカジマが切り出す。村主は小さく息を吐いて、ポリポリと頭を軽く掻いてから。

 

「・・・俺、何かナカジマに変なことしたか?」

「・・・・・・え?」

 

 問いかけたが、どこか脈絡のない言葉にナカジマは首を傾げる。

 

「昼休憩で、俺が昨日ナカジマと出掛けたって言ったら、ナカジマ・・・なんか様子が変わってさ。それでホシノたちから、『何かしたんじゃないか』って言われて」

「いや、それは・・・・・・」

「俺は昨日、何かナカジマに失礼なことをしたつもりは・・・ないと思ってる。だけどもし、何か変なことをしたって言うんなら、素直に謝る」

 

 目を伏せる村主。だが、逆にナカジマは狼狽えた。

 

「いや、違う違う!村主は何も悪いことしてないから!」

「でも、さっきはなんか様子が違って・・・」

「あれは、その・・・・・・」

 

 否定しようとしたが、その理由を素直に言えずにナカジマは俯いてしまう。まさか、ナカジマが村主に対して特別な気持ちを抱いてしまったことなど、今はまだ言えるはずがない。

 

「ごめん、変に心配させて」

「いや、謝ることは・・・」

「・・・でも、大丈夫。昨日は、村主は私に変なことなんて何もしてない。それは安心していいよ」

「そうか・・・・・・」

 

 とにかくまずは、村主やホシノたちに心配をかけてしまったこと謝る。

 

「ちょっと、考え事をしてたんだ。だから、様子が違って見えたのかな」

「考え事?」

「うん。昨日、村主から言われたことをね」

 

 嘘は言っていない。実際ナカジマは、その言われたことと、そこから生まれた気持ちについて考えていたのだから。

 ナカジマは体の向きを変えて、ガレージの外、真っ暗なグラウンドを眺める。村主もそれに倣って、同じ方向を見る。

 

「・・・昨日さ、公園で言ってくれたでしょ?大洗で一番すごいのは私たちだって、少なくとも村主はそう思ってるって」

「・・・ああ」

 

 あの言葉に、嘘はない。本当にそう思っているからこそ、あの場で村主はそう言った。

 

「そんなこと言われたの、初めてだったんだよ」

「?」

「私たちは、好きでクルマをいじってて、それが高じて戦車の整備もするようになって・・・。まあ、私たちからすればできて当たり前、別に褒められることでもなかったんだよ」

 

 空を見上げるが、暗い雲が広がっている。星なんて見えやしない。

 

「その当たり前だと思ってたことを褒められて・・・すごく嬉しかったんだ」

 

 その時ナカジマは、確かにうれしいと思った。

 しかし、そこで同時に生まれた『気持ち』は、まだ言えない。

 

「あんなこと言ってくれたのは、村主が初めてだよ」

「・・・」

「ありがとうね」

 

 村主を見て笑ってくれるナカジマ。

 その笑みを見て、村主の顔に熱が集まってきて、思わず顔を逸らす。

 

(なんなんだ・・・一体・・・・・・)

 

 こうしてナカジマから笑みを向けられると、上手く直視できなくなる。恥ずかしさとか嬉しさがない交ぜになった気持ちが、胸の中に渦巻く。

 そしてまた、前に感じた『ナカジマが可愛い』という気持ちがフラッシュバックする。

 

(・・・・・・)

 

 昨日のナカジマとの出歩きは、村主にとっては単なる偶然でしかないはずだ。

 しかし、客観的に見ればあれは、デートと勘違いされてもおかしくはないのかもしれない。そんなことを考えてしまう。

 

(・・・・・・一体、なんなんだ)

 

 自分が今、普通じゃない状態なのは村主自身も分かる。

 ここまで1人の女の子を前にして悶々とすることなんて、(環境があったとはいえ)今までで一度もないことだ。

 疚しいことなどしていないと分かった今も、今度は別の要因で村主の心が揺らいでいる。

 自分に落ち度がなかったと安心したはずなのに、ナカジマを前にするとどうしても胸が妙に高鳴る。

 この気持ちは、いったい何なんだろうか。

 

「あ、村主」

「え?」

 

 そうして心の中で悶々と悩んでいると、不意にナカジマが村主の顔に向けて手を伸ばし始めた。

 突然のことに村主の顔がこわばり、何をされるのかが分からない。

 思わずぎゅっと目を閉じると、右の頬から何か柔らかく温かい感触が伝わる。

 

「え?」

「汚れ、ついてたよ」

 

 目を開けると、ナカジマが少し黒ずんだ親指を見せる。どうやら、ただ単に村主の顔についていた汚れを取ってくれただけのようだ。

 それぐらいのことに思いきり緊張してた自分が恥ずかしくなって、村主は口をつぐむ。

 そして物言わぬ夜空をただ見上げた。

 

 

 シャワーを浴び、寝間着に着替えたナカジマの耳に、聞き慣れた雨の音が入ってくる。

 カーテンを少し開けて外を見ると、案の定雨が降っていた。

 せっかくなので、リラックスも兼ねてナカジマはしばらくの間その雨を眺めることにする。

 

(心配かけちゃったな・・・)

 

 雨を眺めながら、昼のことを考える。

 自分の様子がいつもと違ったのは、村主にも、ホシノたちにも分かるほどだった。それで、『村主が何かした』という誤解とも不安ともとれる心配をかけてしまったことを、ナカジマは悔やむ。これについては明日、ホシノたちには自分から改めて釈明しようと思う。

 それにしても。

 

「これが・・・嫉妬ってヤツかぁ・・・」

 

 ぼそっと、呟く。

 昼休みに村主がウサギチームの3人と話をしていたのを見て、ナカジマは寂しさを覚えた。それから気分は右肩下がり、気持ちを落ち着かせるためにわざわざ外まで風を浴びに行くほどになった。

 そうなった理由こそが、自分でも言った通り嫉妬なのだろう。

 だが、村主に対して特別な感情を抱き、それ特有の嫉妬という気持ちを感じても戦車の整備を普段通りできたのは、ナカジマ自身がちゃんと思考をオンとオフで切り替えることができたからだ。

 ナカジマは、戦車に限らず機械の整備は命の危険と隣り合わせなのを知っている。だから、自分の気持ちが普通ではなくなっても整備に対しては真剣に取り組めた。

 それができているのなら、ナカジマはまだ平静を保てている。

 しかしもし、それができなくなったら。

そして、そうなってしまう時とは。

 

「・・・・・・怖いなぁ」

 

 新しく芽生えた気持ち1つでここまで自分自身が左右されることが、ナカジマは怖かった。

 それでもなお、ナカジマは笑う。その気持ちの根っこにあるのが、決してネガティブなものではなく、むしろ穏やかな気持ちだから。

 ナカジマはカーテンを閉めて、ベッドに横たわる。

 明日もまた、戦車の整備だ。早めに寝なければ。

 そうして、雨の音を静かに聞きながら目を閉じて、静かに眠りに就いた。

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