雨恋   作:プロッター

8 / 19
雨間の熱

 朝7時半。

 気温、31度。

 

「あっつい・・・・・・」

「体溶けそう・・・・・・」

 

 機材を運びながら、村主とスズキは声を捻り出す。まだ朝日が昇ってからそこまで経っていないのに、その暑さはまさに体を溶かしてしまいそうなほどだ。

 ニュースではついに『梅雨明け』と報じられてしまい、この先雨は期待できない。夏らしい猛暑の日々が続くのだろう。そう思うと気が滅入る。

 

「これだけじゃ暑さも凌げそうにないな・・・」

「でも無いよりはマシだからね・・・」

 

 2人が運んでいるのは、移動式のスポットクーラー。本体から伸びる太いパイプで冷風を送る装置だが、広いガレージでは気休め程度にしかならない。スズキの言う通り『無いよりマシ』なぐらいだ。

 ガレージに戻ると、鉄扉の前でホシノがホースで水を撒いていた。撒いた水の冷気で辺りを涼しくする『打ち水』というものだ。

 

「お疲れ~」

「おー、なんか涼しく感じる!」

 

 スズキが表情を緩ませる。村主も冷気が漂うのを感じて、気持ち少し涼しくなってきた。打ち水も意外と馬鹿にならない。

 

「これはどこに置いとく?」

「とりあえず両端かな。電源が確か近くにあったはずだから」

 

 ホシノと相談して、スポットクーラーはガレージの両端に置くことにした。

 そこへ配置したところで、演習場の地面を均していたナカジマとツチヤのブルドーザーが戻ってきた。

 

「いやぁ、今日は一段と暑いねぇ・・・」

「喉からっから・・・」

 

 額に浮かんだ汗を腕で拭う2人。この2人もまた、朝とは思えない鋭い日光に当てられて大分グロッキーらしい。

 そんな2人を見て、村主は予め用意していたタオルと水を2人に渡す。汗がそのままでは気持ち悪いし、年頃の女の子としてはその辺りを注意してほしい。

 

「まあ、天気がこんなだから、皆整備をする時は身体に気を付けてね」

『了解』

 

 この暑い時期につきものなのが熱中症だ。誰でも罹り得るもので、なおかつ命の危険もある、非常に厄介なもの。

 ただでさえ戦車道は屋外での活動が多い。その上、レオポンチームは戦車の整備という重労働があるため、余計熱中症になる可能性が高い。それは皆もちろん分かっているから、水分補給やこまめな休憩などの対策はしっかり取るつもりだ。

 

「村主も、無理しないでね」

「ああ・・・」

 

 村主の肩を軽く叩きながら、ナカジマが軽く笑う。

 その様子を見て、村主は少し安心した。先日は多少の誤解があってお互いぎこちない感じがしたが、今は普通に接してくれている。

 その誤解が解けたことは喜ばしいことなのだが、それ以上に今の村主は、どこか心が満たされるような感覚だ。

 

「・・・・・・」

 

 思わず胸の辺りを押さえる村主。

 ただナカジマに声をかけられて、肩を叩かれただけなのに、なぜこんな気持ちになってしまうのか。今になって疑問視する。

 

「どうしたの村主、もう熱中症?」

「いや・・・違うけど・・・」

 

 ツチヤが話しかけるが、断じて熱中症ではないと思う。

 別の熱に浮かされていると、それだけは村主でも分かった。

 

 

 

「・・・・・・暑い」

 

 そんなことは分かっているし、言ったところでどうにもならないのも知っている。それでも言わなければ、やってられない。

 それだけ今の状況は暑い。

 

「よし、できた」

「じゃあ次、行くぞ」

 

 今、村主はカバさんチームの戦車・Ⅲ号突撃砲の整備を手伝っている。砲塔が回らないタイプのこの戦車は、車高が低く火力が高いことから偵察や強襲、待ち伏せなどに使われやすい。

 

「砲身の掃除はきついな・・・」

「今の時期は特にぜよ・・・」

 

 村主が車体の下でエンジンルームを点検する間、カバチームのメンバーは履帯をつなぐピンを打ち直していたり、砲身を柄の長いブラシで掃除している。通信機器や照準器など、内部の整備はすでに終わらせていた。

 戦車の下は、意外と蒸し暑い。風通しはそこまで良くないし、狭い故の圧迫感もあるせいで妙に暑苦しく感じる。

 そして何より、村主の『暑い』という気持ち助長させる要素があった。

 

「エンジンの整備、終わりました」

「ありがとう、助かりました」

 

 整備を終えて、チームのリーダーであるカエサル―――本名で呼ぼうとしたら頑なにそう呼ぶよう言われた―――に報告すると、頭を下げられる。

 他の作業をしていたメンバーも、作業を止めて村主の下へと来て挨拶をしてくれる。

 その彼女たちを見て、村主は心の中で唸る。

 

「村主さん、私らの顔に何かついているのかな?」

 

 緑の軍帽を被るエルヴィン―――カエサルと同じで本名ではない―――が訊ねてくる。

 村主は、確かに彼女たちカバチームのことが気になっていた。

 なぜならば。

 

「・・・皆さん、暑くないんですか?」

 

 気にしているのはそこだ。

 彼女たちのことは、初日に挨拶をした時から気にしていた。何せ、制服の上から色々な装飾品を着けていて、涼しそうとは全く思えない。

 リーダーのカエサルは、この真夏に赤いマフラーを巻いている。エルヴィンは、制服の上から軍用コート。村主が疎い女子の流行りかもしれないが、この時期にこんなトレンドが流行っているのだとしたら流石にどうかしてる。

 

「村主殿、『心頭滅却すれば火もまた涼し』という言葉をご存じないぜよ?」

「いや、知ってますけど・・・」

 

 癖のある黒髪とメガネが特徴のおりょう―――本名ではない―――がそう言うが、彼女の装いだって大概だ。制服の上から羽織を被っているのだが、時期が時期でなければ趣あると思えただろう。今はただの熱中症を助長させるアイテムでしかない。

 

「私らが熱中症になるのを心配してくれるのは嬉しいが、その心配は無用」

 

 そう言うのは、長い黒髪とコインの描かれたバンダナ、弓道の胸当てが特徴の左衛門佐―――本名のはずがない―――だ。彼女の出で立ちはこのカバチームの中でも一番マシな部類だ(普通とは言ってない)。

 

「熱中症の対策はしてある。首に濡れタオルを巻いたりな」

「後は、冷却シートも用意してある」

 

 カエサルがマフラーを解くと、確かに首にはタオルが巻いてあった。エルヴィンの指差す先にはクーラーボックスもあるし、恐らくあの中に冷却シートや飲み物などが入っているのだろう。

 

「その着てるものも外せば熱中症のリスクは減るはずなんですが・・・」

 

 それだけ熱中症対策をしているのであれば、そのマフラーだのコートだのを脱げば、より熱中症になる可能性は格段に下がるのだ。それなのに彼女たちは、何に拘っているのかそれを頑として脱ごうとしない。

 

「それは愚問だよ、村主さん」

「これは私たちにとって魂のようなもの・・・」

 

 エルヴィンが帽子を、おりょうが羽織をぐっと握る。

 

「そのコスプレがですか?」

「コスプレ言うな!」

 

 左衛門佐に噛みつかれた。どうやら彼女たちにとってはコスプレのつもりではないらしいが、村主にはそうとしか見えない。

 

「これは私たちが尊敬している偉人が身に着けていたものだ」

 

 カエサルが誇らしげに言う。『やっぱりコスプレじゃないか』と思ったが、口には出さない。そういえば、カエサルという名前は世界史の授業でちらっと聞いたなぁ、とも思う。

 

「歴女ってやつですか」

「まあ有体に言えばそうぜよ」

 

 おりょうの特徴ある語尾も、恐らくは彼女が尊敬する偉人に準えたものなのだろう。

 その話し方は村主も聞いたことがあるが、どこで誰が言っていたのかは分からない。ついでに言えば、村主は日本史が苦手なので日本の偉人がすぐには思い出せない。

 

「我々は敬意を表してこれを着けているのだ」

「それを外すなど、とんでもない」

 

 とりあえず、彼女たちはそれぞれ着けているものに愛着、と言うか執着があるのだろう。それだけは分かったし、多分彼女たちは注意してもそれを脱ごうとはしないだろう。

 

「・・・熱中症には気を付けてくださいね」

「当の然」

「そこは流石に弁えるさ」

 

 熱中症の原因が『偉人への敬意』など笑えないので、ちゃんと節度は弁えるように忠告しておく。それは分かっていたようで安心だ。

 

「それにしても、風紀委員がよく見逃しましたね」

 

 厳しい感じのそど子達風紀委員が、校則から外れているであろう彼女たちの装飾品を黙認しているのが不思議に思えた。

 

「ああ、最初は注意されていたさ」

「だが、我々の誠意を持った幾度の説得の甲斐あって、彼女たちも認めてくれたんだ」

「多分それ根負けしたのでは・・・」

 

 げっそりした風紀委員の顔がありありと脳裏に浮かぶ。

 

「まあ、装飾だけで安心しました」

「どういうことかな?」

「これで戦車にまで変な装飾とかしたらと思うと、ちょっとあれですけど」

 

 冗談のつもりで村主はそう言ったが、カバチームは全員不敵な笑みを浮かべている。

 村主の額から、一筋の汗が落ちる。

 

「・・・やったんですか?」

「最初はな」

 

 『最初は』と言っても否定はしないことから、やっぱりしたのだろう。その行動力の高さに、村主は呆れを通り越して尊敬する。

 

「ちなみに、どういった風なものを?」

「なに、色を塗り替えて幟を立てただけさ」

 

 その具体的な内容については、聞きたくなかった。

 

「幟を立てるなんて、目立ちません?」

「ああ、目立ったさ。それでやられたから、止めたんだ」

 

 『やられた』とは、全国大会の前に行われた聖グロリアーナ女学院との練習試合での話だ。聖グロリアーナのマチルダを倒して意気揚々としていたが、幟のせいで位置がバレて壁の向こうから撃ち抜かれた。

 その時のことを教訓として、派手な塗装と幟を止めて、今の状態に戻したらしい。

 

「まあ、最初は私たちも、そこまで戦車道に真剣じゃなかったんだ」

「それは確かにな・・・今思い返せば、あの時はそこまで真剣になれてなかったと思う」

 

 真剣だったのなら、戦車に変な塗装を施したり、幟を立てたりもしない。しかしカエサルたちは、過去の歴史を彩った戦車に乗れることに興奮していた。それを重要視していて、戦車道そのものに対する関心が薄かったのだ。

 だが、その認識を改めさせられたのは、やはりあの練習試合。最終盤で隊長車のⅣ号戦車が最後まで勝負を諦めずに戦い、相手チームをあと一歩まで追い詰めたのが、彼女たちの心を動かした。

 

「あの戦いを見届けて、私たちは反省した。戦車道を歩む以上は、半端な気持ちで挑んではならんのだと」

「戦車だけに注目しているだけでは、戦車道など無理ぜよ」

 

 左衛門佐の意見に、おりょうも同意見のようだ。

 以降、彼女たちは戦車道に対する意識を改めて、試合に臨んだという。その結果、彼女たちはチームのために大いに勝利に貢献した。

 

「あの時最後まで残っていた西住隊長たちが教えてくれたのさ。あの人がいなければ、私たちはまだ戦車道のなんたるかが分からなかっただろう」

 

 エルヴィンたちは、隣にいるⅣ号戦車と、その近くでナカジマと話をしている西住みほを見る。

 彼女たちこそが、カバチームのメンバーの戦車乗りとしての意識を変えたチーム。

 ひいては、この大洗を変えた。

 

「だから私たちは、あんこうチームについて行くさ」

「戦車道も、卒業するまでは続ける」

 

 カエサルの言葉に、村主は引っ掛かりを覚える。

 

「卒業するまで?」

「卒業後にまたこのⅢ突に乗れる可能性は低いからな。色々あったが、この戦車は結構好きなんだ」

 

 大学でも戦車道を続ければ、恐らくだがこのⅢ突よりも良い戦車に乗ることができるだろう。

 だが、彼女たちはこのⅢ突と共に戦車道を始めた。そしてこのⅢ突が好きだから、他の戦車では満足できない。それならばいっそ、乗らない方がいい。

その言い分も、村主にはわかる気がした。

 

「でももしできるのなら、またあの色に塗り直して戦いたいなぁ」

「名案ぜよ!その時は今度は転輪にも龍馬の家紋を入れるぜよ!」

 

 とりあえずそれはやめてほしいな、と村主は遠い目をする。

 あと、おりょうが贔屓にしているのは坂本龍馬だと今知った。

 

 

 くどいようだが、暑い。

 昼休憩に入り、時刻も12時過ぎ。太陽が朝よりも高くなり、地上に降り注がれる陽の光は一層強くなっていて、日向を見ているだけで暑くなってくる。

 

「涼しー!」

「コラァ!ウサギチーム、スポットクーラーを占領するなぁ!!」

 

 ガレージの中も蒸し暑く、じっとしていても汗が肌から噴き出てきそうだ。

 スポットクーラーは2台だけで、この程度では広いガレージ全体を涼しくすることなどできるはずもない。風が出るパイプを自動で左右に動くようにしているが、効き目はほとんどない。

 

「いや、しかし暑いね~・・・」

 

 ツチヤがコンビニの冷やし中華を啜る。もうすっかり、この夏の定番料理が美味しく感じる気候になってしまっていた。

 

「この調子じゃ、夜まで気温は下がらなそうだね・・・」

「困ったな・・・。今日は徹夜なのに・・・」

 

 サンドイッチとカレーを食べるスズキとホシノ。

 今日はチーム内の模擬戦があり、徹夜で戦車の整備をするのはもはや確定。熱帯夜の作業など御免被りたいので、少しでも気温が下がってほしいと願う。だが、スズキの言う通り気温が下がる気配もないので厳しそうだ。

 村主はおにぎりを片手にスマートフォンを見て、今日の夜の気温を調べるがやはり高い。完全に熱帯夜、今から憂鬱になってくる。

 

「とにかく、熱中症には注意してね。ちゃんと水分補給して、体も冷やしておくように」

『りょうかーい』

 

 コッペパンを片手にナカジマがそう告げる。

 返事をしながら、村主は空を見上げた。

 

「村主、どうかした?」

「いや、なんでも・・・」

 

 正面に座るスズキが問いかけるが、村主はそっぽを向く。

 さて。

 とかく今の時期、ガレージは暑い。汗だって止まらないし、服の中は熱気でむせ返っている。何もしていなくても倒れそうだ。

 おまけに、本来レオポンチームが着ているオレンジのツナギは、部品などで生地が切れてけがをしないように厚手のもので、余計に熱が籠りやすい。

 この時期にそんなものをぴっちり着ていては、カバチーム以上に熱中症のリスクが高まる。

 

「・・・・・・」

 

 だから今は、レオポンチームは全員ツナギを上半分だけ脱ぎ、腰のあたりで袖を結んでいた。言うなれば全員ホシノと同じスタイルで、村主も同様の格好をしている。

 しかし、村主はツナギの下にTシャツを着ていたのに対し、ナカジマたちは揃いも揃ってタンクトップだった。

 タンクトップは知っての通り、肩や腕、首元がほとんど露出している。整備系の作業をする際に着ることは推奨されてはいないが、禁止されているわけでもないから着られるのだ。

 要するに。

 

 ナカジマたちの露出が多すぎて、村主が目のやり場に困っている。

 と言うか目のやり場がない。

 

 

(考えるな・・・無心になるんだ・・・)

 

 目を閉じて、黙々とおにぎりを食べる村主。

 育ってきた環境柄、このような状況に陥ったことがないから仕方ない。だが、今の状況は非常に目に毒だ。水着ほどではないにしろ、タンクトップも露出度は高いから直視できないことに変わりはない。

 そして、とりわけ気にするべきはホシノとスズキだ。

 

「いくら水飲んでも足りないな・・・」

「ホントにね~・・・なんか飲んだ傍から全部汗になってるみたい・・・」

 

 襟元をパタパタと扇いで、少しでも服の中に風を送り込もうとするホシノとスズキ。

 今まで気にしてなかったが、この2人は結構スタイルがいい。特にスズキはツナギで分からなかったが、ホシノと同じぐらいには胸が大きい。しかもそれを自覚しておらず、遠慮のない行動のせいで村主の精神は確実にすり減っている。

 

「村主、どうかした?」

「いや、大丈夫・・・」

 

 村主の異変に気付いたのかナカジマが覗き込んでくるが、村主は目を逸らす。

 忘れてはならないが、ナカジマもホシノたちと同様に上がタンクトップ状態だ。普段以上に肌を露出するナカジマを至近距離で見られるほどの強靭な精神力を、村主は持っていない。

 何より、ここ最近ではナカジマの姿を見て、そして言葉を交わすだけで胸が疼くような感じがするのだ。なおのこと、こうしてすぐ近くにナカジマがいることに耐えられない。

 村主はおにぎりを口に放り込み、立ち上がる。

 

「・・・ちょっと水撒いてくる」

「う、うん・・・」

 

 非常にいたたまれなくなり、村主は立ち上がる。ホースを取り出して、今朝ホシノがやっていたようにガレージの前にホースで水を撒き始める。だが、その様子はどこかやけくそ気味に見えた。

 

「村主、どうしたんだろうね?」

「さあ?」

 

 ツチヤとホシノはどういうことか全くわからずに、首を傾げる。

 ただ、ナカジマは少しだけだが、辛かった。村主の態度が、どうにも自分を避けているような感じがしたから。

 

 

 午後からは予定通りチーム内の模擬戦。こんな炎天下でも戦車道は行われるのだから、過酷なものだ。

 今日の試合形式はフラッグ戦だったが、勝利したのはやはりと言うか、あんこうチームが所属するチームだった。あのチームには弱点があるのかと思えるぐらい強い。

 その模擬戦中、村主は遮蔽物がない観測用の高台で審判を務めていた。日光がダイレクトアタックをしてくるので、熱中症にならないか不安で仕方なかった。とはいえ、水分補給はちゃんとしていたのでその心配も杞憂に終わったが。

 だが、夕方辺りから気温が下がってくれたらいいな、というレオポンチーム全員の願いも空しく、夕方になっても気温は30度を超えたままだった。

 他のメンバーは『帰りにアイス食べよ~』とか『ラムネが恋しい』と言っているが、村主たちはそんな言葉を聞きながら戦車の整備に取り掛かる。整備を終えるまでアイスとラムネはお預けだ。

 

「じゃあ全員、しんどい時は休んでいいからね。水分補給もこまめに」

『了解』

「さ、始めよう!」

 

 作業前にナカジマが忠告し、全員が頷く。そしてそれぞれが整備する戦車が割り振られ、今日の村主の担当はⅢ突とM3に決まる。ポルシェティーガーはダメージを受けて撃破判定をもらったが、先週のように動力系をやられるということにはならず、1人で修理できるほど(レオポンチーム基準)だったので、これはホシノに一任。ほかの戦車も分担して修理することになった。

 

「暑い・・・」

 

 Ⅲ突のエンジンルームを整備しながら、村主は独り言つ。

 日中と比べて気温は下がっているが、それでもまだ蒸し暑い。予報通りの熱帯夜となりそうだ。

 額に浮かぶ大粒の汗を拭い、着ているTシャツもまた汗でじんわりと湿ってきている。

朝持ってきたスポットクーラーも絶賛稼働中だが、やはりこのガレージが広すぎるせいで効果がそこまでない。たまにそっちの方を見てみると、ホシノやスズキが直に風を浴びているのが分かる。恐らく見てないところでは、ナカジマとツチヤも風を浴びているのだろう。

 村主も、そろそろ限界が近づいてきていたので風を浴びに行こうかなと思い、切りのいいところで戦車の外へと出る。

 日没前に作業を始めるとき、ナカジマたちは変わらず上がタンクトップだけのホシノスタイルだった。また直視できないほど露出度の高い彼女たちを見てしまうかもしれないので、見ないように細心の注意を払いたい。

 

「あ、村主。お疲れ」

 

 そう思っていたのに、立ち上がった先にはナカジマがいた。タイミングが悪い。

 しかもあろうことか、ナカジマは襟元を少しだけ引っ張ってそこから冷風を取り込んでいた。タンクトップの中の汗と熱気には有効だろうが、そのせいで胸元が見えてしまっている。おまけに冷風でタンクトップが内側から膨らんでいて、お腹の辺りまで普通に見えていた。

 その瞬間、村主は頭の中で『あああああ』と叫び、頭を掻きむしり、のたうち回る。意識を向けるとよくない情念が湧き上がってきて、取り返しのつかないことをしてしまいそうだ。担任の『粗相すんな』という言葉も頭の中に響き、熱帯夜の暑さなど頭の外へとポンと飛び出した。

 

「・・・・・・お疲れ」

 

 それだけ言って、村主は戦車の下にまた戻る。後ろでナカジマが『あれ、村主?』と呼び止めるような声を上げるが、村主は聞かずに水を乱暴に飲んで戦車の下へと戻る。

 

「・・・・・・・・・」

 

 そんな村主を見て、ナカジマは心が締め付けられるような感じがした。

 村主がどうして自分のことを避けているのかは分からない。だが、ナカジマの村主に抱いている気持ちを考えれば、避けられることはとても辛いものだ。

 

(落ち着いてから聞いてみるしかないか・・・)

 

 自分が受け持つ三式中戦車チヌへと向かいながら、ナカジマは自分に言い聞かせる。

 多分避けられるかもしれないが、それでも村主にはその理由を聞きたかった。以前、村主が自分から聞いてきたように。

 誤解からくるすれ違いとは、歯がゆいものだ。

 

 

 Ⅲ突の修理を終えて、続けてM3の作業に入る。

 ちらっと時計を見ると0時を回っていたが、依然として暑さは引いていない。十中八九の熱帯夜だろう。

 各自で摂った夕食の後、村主は2~3分の休憩をたまに取りつつ戦車の修理を続けている。ここに来るまで戦車の整備をしたことがなく、おまけに修理も1人でするのは初めてなので、時間がかかるのはもはや必然。それでも、それをどうにかしようとして、村主はピッチを上げて整備を進めている。

 だんだんと、暑さも気にしなくなってきた。もしかしたら、気温が下がってきているのだろうか。途中で水分補給をしたり、汗を拭いたりしているが、そこまで暑くない。

 

(忘れろ、忘れろ、忘れろ・・・)

 

 それと、村主がここまで整備に集中しているのは、先ほど目に入ってしまったナカジマの姿から死に物狂いで意識を逸らそうとしているからでもある。

 自分は健全な男子高校生、おまけに先ほどのような状況にも出くわしたことがないから耐性もない。だからこれは一種の防衛本能だ。

 

(傷は直した、色も塗り直した、凹みも出っ張りもない・・・次はエンジン・・・)

 

 作業だけに集中して、村主はM3の下へと潜り込む。

 そしてエンジンルームの蓋を開けて、気を引き締めて作業に取り組む。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん?」

 

 気づけば、村主は仰向けになっていた。

 見上げているのは、戦車の底の面ではなく、ガレージの天井。

 

(あれ・・・?俺、M3の整備をしていたんじゃ・・・あれ?)

 

 村主が頭を働かせるが、M3のエンジンルームの整備をしていた辺りで記憶がない。それでも頭を働かせて思い出そうとすると、靄がかかったように頭がぼーっとしてくる。

 そこで、額に載っていた何かが『べちゃっ』と音を立てて床に落ちた。

 

「・・・冷凍パック?」

 

 完全に溶けてしまっているが、体を冷やすのには重宝される冷凍パックだった。

 だんだんと、意識がはっきりとしてくる。それを見て、誰かが知らないうちに載せてくれたのは分かった。だとすれば、村主はいつの間にか作業を終わらせて、疲れて眠ってしまっていたのだろうか。

 そして今度は、頭の後ろから何か柔らかい感触が伝わってくる。タオルか何かが敷かれているのだろうか。

 

「・・・・・・・・・へ」

 

 だが視線の先には、ナカジマの顔があったからだ。ナカジマは眠っていて、村主が起きたことに気付いていない。

そして、村主の右の手のひらは、ナカジマが両手で包み込むように握っていた。

 ナカジマが至近距離にいる、ということよりも、どうしてこんな状況になったのか。それが気になって仕方がない。

 

「・・・・・・ナカジマ」

 

 だから、寝ているところを起こすのが申し訳ないと思っても、小声で起こそうとする。

意外にも、村主が1回小さく言っただけで、ナカジマはパッと目を開いた。

 

「村主・・・!大丈夫!?」

「いや・・・俺はなんともないけど・・・」

 

 心底心配しているような、ナカジマの第一声。そこでナカジマが手を離したので、ようやく村主は体を起こして向かい合う。

 だが、その直後。

 

「よかった・・・!」

「!?」

「ほんとによかった・・・!」

 

 ナカジマが、真正面から抱き締めてきた。唐突にもほどがある事態に、村主は目を白黒させることしかできない。汗の匂いがほんのり混じった甘い香りや、自分とは違う柔らかい感触など二の次だ。

 

「ど、どうした・・・ナカジマ?」

「どうしたもこうしたもないよ・・・だって・・・・・・」

 

 村主を抱き締める腕を解き、真正面から見るナカジマ。

 

「・・・倒れてたんだよ?戦車の下で」

「・・・・・・え?」

 

 事実を言われて、村主も絶句する。

 村主は覚えていなかったが、M3の作業を進めている途中で、軽い熱中症で意識を失ってしまっていたのだ。

 そして、レオポンチームの4人が作業を終えても村主が姿を見せず、返事もなかったので様子を見たら、M3の下で村主が動かなくなっているのを発見した、らしい。

 それに気づいたナカジマたちはいち早く村主を戦車の外へと連れ出して、応急処置を施した。この時期はこうなる可能性が高かったので、処置の仕方はマスターしていると言う。

 それもあって、村主は先ほどまで意識を失うだけで済んでいたのだ。

 

「・・・・・・本当、よかった・・・」

 

 声が震え、村主の手に水の粒が落ちてくる。

 ナカジマは、泣いていた。

 それだけで、ナカジマが村主のことをどれほど心配していたのか、痛いほど伝わってくる。

 

「・・・もしもあの時、もう少し助けるのが遅れてたら・・・」

 

 その先は、口をつぐんだ。何が言いたいのかは村主も分かる。恐らく、二度と村主が目を覚ますこともなかっただろう、と。

 

「・・・ごめん、心配かけて・・・」

 

 力なく、そう答えることしかできない。

 ひどいものだと、村主は思う。実習先で命の瀬戸際に追い込まれ、しかもそれが自分の不手際、そして助けてくれたのは自分が世話になっているナカジマときた。しかも今、こうして涙を流させてしまっているのだから、どう償えばいいのかも分からない。

 

「・・・俺、どうしたらいいのか・・・」

 

 自分にできることが分からない。だから確かめようと思ったが、ナカジマは顔を横に振る。

 

「・・・こうして、村主が無事なのを確かめることができただけ、私は十分だよ」

 

 村主の手を握るナカジマの手に、ほんの少し力が籠められる。

 手のぬくもりが、村主の心にも伝わってくるようだった。

 そして、安堵の表情を浮かべるナカジマに、村主の目はくぎ付けとなる。

 やけに心臓がうるさくなってきた。後遺症だろうか。

 

「村主は、戦車の整備の実習のためにここに来たんでしょ?」

「・・・ああ」

「それで、将来は戦車の整備士に、なりたいんでしょ・・・?」

「・・・そうだな」

 

 一言一言を、ナカジマは噛みしめるように言う。

 

「その村主の夢は、私も応援してる。だから、その夢が叶わなかったら、って思うと私も悲しい」

 

 心の底から安心しているように、ナカジマは笑っている。

 

「村主が頑張ってるのは、私も分かってるつもりだから・・・」

 

 手元に視線を落とす。

 

「それに、この前村主の言葉を聞いて、私もすごく嬉しかったし・・・」

 

 顔を上げて、村主の顔を見据えて。

 

「私にとって村主は・・・・・・かけがえのない人だから」

 

 

 

 とくん、と。

 村主の心は、ひと際跳ねた。

 

 

 

「だから・・・無事だってわかっただけで嬉しいよ」

「・・・・・・ありがとうな。ナカジマ」

 

 だが、それはおくびにも出さないで、あくまで冷静に、村主は笑ってそう答える。

 それでナカジマも安心して、涙を拭った。

 それと同時に、ナカジマは一つ村主に聞きたいことがあったのを思い出す。

 

「そういえば、村主」

「?」

「何か昨日は、私を避けているような感じがしたんだけど・・・どうして?」

 

 訊かれて村主は、『うぁ・・・』と目を逸らして声を洩らす。

 少しの間迷ったが、やがて村主は自分自身の胸元辺りを指差す。

 

「その・・・・・・ナカジマ、タンクトップだから・・・それで・・・」

 

 言い淀む村主の言葉と、そのジェスチャーで何が伝えたいのか分かったナカジマは、今度は顔を赤くして胸元を手で隠した。

 

「・・・・・・ごめん」

「いや・・・・・・暑いし、仕方ない。だから・・・あんまり見ているのも目に毒だから、避けてた・・・」

 

 なんとも拍子抜けする理由に、ナカジマは軽く笑う。

 そして、その村主の額を軽く拳で小突いた。

 

「・・・もしかして、それでさっきの休憩の時、戦車に急いで戻ったの?」

「あ・・・まあ、うん」

「まあ、私も恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど・・・それで村主が休憩も我慢して命の危険にさらされたなんて、笑い話にもならないんだから。次からはきちんと休みなさい」

「・・・はい」

「それと、ホシノたちもすっごく心配してたから、後でちゃんと謝るんだよ?」

「・・・はい」

 

 母親に叱られるように言われて、村主も頭を下げる。

 

 

 外を見ると、まだ日は昇りきってはいなかった。時計を見れば6時半前。村主が意識を失ったのはいつだったのかは覚えていないが、どうやら4時間近く意識がなかったらしい。覚えてないところが、現実味を帯びさせる。

 まさか、夏にこんな経験をすることになろうとは、思ってもいなかった。今後は、ナカジマの言う通り、多少の恥を忍んでも休憩はして、二度と命の危険に自分から飛び込むような真似はしないと、誓う。

 だが、同時にこうも思う。

 

 このことがなければ、自分の気持ちに気付くのがさらに遅くなっていた、と。

 

 ここ数日の間で、村主はナカジマのことを気にすることが多くなっていた。避けられていると思ったことを深く気にしていたのも、触れられただけで妙にそわそわしたのも、そしてある時ふと感じた『可愛い』という気持ちに後ろ髪をひかれていたのも。

 その全ては、ある1つの感情によるものだったのだと、たった今気付いた。

 それは自分の心を支配するほどに大きくて、強い気持ちだということ。

そんな気持ちが自分の中で知らず知らずのうちに育っていたことを、朝日を浴びながら村主は実感した。

 

 

 自分の、ナカジマに対する、その気持ち。

 この気持ちは、生まれて初めての心地よいものだった。

 

 

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