月下に二輪の花が咲く。
片や天元の花――宮本武蔵。艶やかな和装に身を包み、2本の刀を自在に操り時に激しく――時に緩やかに剣を振るう。
片や紅き花――紅美鈴。普段は徒手空拳を主とする彼女だが、今はその両手に中華剣を持ち天元の花と真っ向から打ち合う。その剣技は、さながら舞のようでもあった。
「しばらくおざなりだったなんて言っておきがら、全然振るえるじゃないですか!」
そう告げる武蔵の声に非難に色はなく、むしろ楽し気ですらあった。
「お褒めにあずかり恐悦至極――これでも年季は入ってますからね! そちらこそ想像以上の腕前――さあ! もう少しペースを上げていきますので、お付き合い願います!」
宣言通り剣速を上げる美鈴に、ニヤリと笑みを返す武蔵。
一合二合三合四合――重なる剣戟と、時折飛び散る火花。
月明かりが照らす二人の舞は、徐々に激しさを増していった。
この二輪の花を見つめるは、一組の主従。
「驚きました……美鈴ったら、あんな特技があったんですね」
紅魔館の、庭を望めるテラス。
主に付き従っていたメイド長・咲夜は素直に感想を吐露していた。
「あら、咲夜は知らなかった? そう言えば、私も子供の頃に一度見たきりだったかしら」
頬杖をつきながら、庭での舞を見下ろすレミリア。
その紅い双眸は楽し気に細められている。
「はあ。子供の頃というと、つい最近ってことですか?」
「……主人を揶揄するメイドには、お仕置きが必要だと思うのだけど」
「ところでお嬢様。美鈴に渡した双剣、結構な業物みたいですね」
「サラリと話を変えたわね……。美鈴は『こんなもの受け取れません!』って言っていたけど、どうせ屋敷で埃を被ってた品だし。道具は使える機会があるなら使った方がいいでしょう。銘は……なんだったかしら? 確か片方は、咲夜によく似た響きだったような」
こめかみに指をあて考え込む主に、メイドは『そうなんですか』と生返事だった。
どうやら剣の銘にはあんまり興味がなかったようだ。
「そう言えばお嬢様。私のナイフは、数打の品なんですが」
「そりゃあ、数使うんだからそうなるでしょうよ」
「でもほら、メイド長の装備が量産品だと紅魔館の格に関わりません?」
「そんな事気にしたこともないくせに、何言ってんの」
「美鈴には名剣あげたんですよね。いいなー」
「――ええい、まあいいわ。望みは何? 言うだけ言ってみなさい」
「そうですねぇ……。ミスリル銀製で太陽神の加護を受けた、十字架型のナイフなんてどうでしょう?」
「え……何? 私、下剋上でもされるの?」
愕然とするレミリア。最も、彼女は十字架には強いのだが。
「何って、ニンニクを切るのに使うだけですよ」
「そんな特別製をっ!? そのニンニクはどうするつもりなの!?」
「フフ、それは言わずもがな――ですかね?」
そんな寸劇を続けながら観戦を続ける主従。
やがて月下の舞もひと段落ついたところで、レミリアの瞳が虚空を捉える。
「あら――」
「どうかなさいましたか? お嬢様」
「……その内来るだろうと思っていたけど、思ったより遅かったわね。咲夜、来客の準備をしなさい。昨晩に引き続き、呼んでもいないお客様よ」
◇
『残念ながら、今日の所は決定的な情報は得られなかったね』
スクリーン越しのダ・ヴィンチちゃんは告げる。
立香たちカルデアチームは現在、紅魔館の一室を借りミーティングを行っていた。
『そっちに向かったサーヴァントに皆にも探索に協力してもらっているけど、それらしいものは見つかっていない。もっとも“そこにはなかった”って結果だけは得られているから、全くの無収穫という訳ではないんだけど』
「クロスロードからの逆探知はどうなっているのでしょう?」
『そちらは順次進めているところです。幻想郷のデータも集まってきていますし、そちらのデータも統合・解析していけばじきに結果は出るでしょう』
マシュの疑問にシオンが答える。
今日はそちらの作業にかかりきりだったようだ。
続き、立香が発言する。
「幻想郷には隣り合わせの異世界が幾つかあるっていうけど、そっちにある可能性は?」
『なくはないけど、可能性は低いかなー。例えば冥界に同調先があるとすれば、クロスロードは幻想郷じゃなくて冥界に繋がっただろうし』
なるほどと、立香は頷く。
『博麗の巫女が言っていたように、各勢力の秘蔵の品が同調先だった場合も少しややこしくなるね。封印されているんなら逆探知の難易度も上がるし、交渉も必要になってくるからさ』
『交渉ごとになればお前たちだけでは力不足だろうからな。その時は私も矢面に立たせてもらおう。何、私とて時計塔では曲がりなりにも法政科に所属していた身。異種族とはいえ、田舎にこもっている者達の相手など容易かろう』
ハハハと笑うゴルドルフ所長に内心苦笑いを浮かべる立香。
頼りになる時は頼りになるのだが、この手の発言の後の戦果はあまりよろしくないからだ。
『しかし収集してきたデータから気づいたのですが、この幻想郷ではもしかすると――』
シオンが何か言いかけた時、トントンと扉を叩く音が響いた。
返事をすると、扉を開けて現れたのはメイド長の咲夜。
彼女は神妙そうな表情で告げる。
「カルデアの皆様に、お客様が訪ねてきております」
◇
「初めまして、カルデアの皆さん。私は八雲紫という者ですわ」
咲夜に案内された先に待っていたのは、一人は紅魔館の主であるレミリア。
そしてもう一人は初めて見る顔――ウェーブがかかった金色のロングヘアーに、紫色を基調にしたドレスで身を纏った女性。
実のところ、彼女の存在は事前にレミリアから教えられていた。
曰く、スキマ妖怪。賢者と呼ばれる者の一人。幻想郷在住でも上から数えた方が早い大妖怪。うさんくさいが、幻想郷への愛は本物――などなど。
そして今回の事態を考えれば、いずれ接触してくる可能性がある――とも。
『私がカルデア所長、ゴルドルフ・ムジークだ。まずは我々にとっても不測の事態だったとはいえ、今回の騒動を引きおこしたことを謝罪したい。よろしければ現状判明している事態の説明と、解決への道筋を説明させてもらいたいが――』
カルデア側から真っ先に口火を切ったのはゴルドルフ所長であったが、紫はスッと手を差し出しその言葉を制する。
「丁寧な対応には感謝しますが、結構ですわ。こちらでもある程度自体は把握しているし、本当に問題があるようなら巫女や私が動きます――それよりも今日は、ある“提案”を持ち込ませてもらったの」
幻想郷の管理者的な立場であるとも聞いていたので今回の事態にはご立腹かと思っていたが、立香の予想に反しその物腰は穏やかなものだった。
「しかし、本当に大丈夫なのですか? 幻想郷では神秘を確保するため外の世界と隔離させていると聞きましたが」
「ご心配ありがとう――外の世界との穴が開いたのならば大問題だけど、今回繋がっているのはあくまで特異点。ケースそのものは特殊とはいえ、幻想郷と繋がっている異世界と大差ありません。少なくとも現状では、大した問題は起こらないわ」
どうやら危惧していた、クロスロードの存在によって幻想郷の人々と対立するという事態にはなりそうにない事に、立香は胸を撫でおろした。
しかしそうなると浮かんでくる疑問は――
「あの、さっきの“提案”っていうのは?」
「ええ、カルデアのマスター。それについては今から説明させてもらうわ。あなた達にとっても、非常に大きな選択肢を迫るものになるでしょうから」
スクリーン越しのダ・ヴィンチちゃんの顔が、僅かに強張った気がした。
『ふむ……ヤクモ氏、その提案というのは何だというのだね?』
しかしそれに気付かなかったのかゴルドルフ所長は続きを促し、紫もそれに答える。
「そうですわね……まずはこちらから支払う“対価”について、提示させてもらおうかしら」
『対価――ということは、当然こちらにも何らかの要求があると見るが』
「ええ、それは当然。ですが前提条件を話しておいた方が、交渉をやりやすいでしょう?」
そして紫は真剣な顔つきになり、対価を口にする。
「幻想郷――いえ。こちらの世界には、あなた方カルデアスタッフを受け入れる準備があります」
「………………え?」
それが何を意味するのか、瞬時には分からなかった。少なくとも、立香には。
だがスクリーン越しのダ・ヴィンチちゃんやホームズ、シオンはそれだけで事を察したかのような顔色を見せた。
「あの、それは一体どういう意味が――」
マシュの問いに、紫は首肯する。
「文字通り、こちらの世界への移住をサポートするということよ。マシュ・キリエライト。住むのは幻想郷でも、外の世界でも構わないわ。戸籍や経歴、しばらく暮らしていけるだけの財産に仕事の斡旋なども行いましょう。私にも伝手はありますし、普通に暮らしていく程度なら問題ないと保証しますわ。とりあえず最低限はこのくらいで、これ以上は要相談――ということで」
畳みかけるように語りかける紫に、泡を喰ったような顔のゴルドルフ所長が叫ぶ。
『いや、待て待て待て待て待ちたまえよ!? 何故我々がそちらの世界に移住することが前提になる!? それではまるで、我々の世界を――』
「ええ、ご想像の通りですわ。こちらからの第一の要求として、
何を言われたのか、直ぐには理解できなかった。
しかし紫の真剣な眼差しが、今口にしたことが嘘でも冗談でもないことを表していた。
「それは――」
『そもそもだ! そちらの世界への移住など本当に可能だというのかね!? 戸籍やら何やらの問題ではなく――』
『それはおそらく問題ないよ。ゴルドルフ君』
頭に血が上ったかのようなゴルドルフ所長へと、静かな声が差し込まれる。
「ダ・ヴィンチちゃん?」
『うん。マスター君、今朝言いかけたこと覚えてる? それがまさにこのことなのさ。賢者さん、ちょっとこちらで説明させてもらってもいいかな?』
「ええ、もちろん構いませんわ」
『ありがとう――そちらの世界には、レイシフトでいく必要はない。直接的に空間が繋がっているから、生身の肉体でそのまま歩いて行ける。つまりレイシフトのように観測による存在証明は必要ない。本当に、ちゃんと生きていけるんだ。……外の世界――つまり現代社会に関しては直接確認した訳じゃないから何とも言えないけど、それでも存在しているんなら生存にも問題ないだろう。もちろん世界観格差によるマナの濃度や免疫とかの問題はあるだろうけど……』
「そちらの問題に関しても、こちらでサポートさせて頂きますわ」
『それはご丁寧にどーも』
ダ・ヴィンチちゃんの言葉を、今度はホームズが引き継ぐ。
『我々カルデアの戦いは、世界と取り戻すためというのが大前提ではあるが、そもそもとして“後がなかった”というのもある。一度白紙化され異聞帯が群雄割拠となった世界。戦って勝ち取らなければ、人類どころか生き残ったカルデアスタッフにすら未来がなかった』
『彷徨海に設置したノウムカルデアだって、人理の奪還を名目に間借りしているだけですからねー。彷徨海のお歴々は元々人間性なんて捨てたようなものですが、それでも“ただ生きるだけ”の人類を手元に置いておく趣味はないでしょう』
シオンに言葉に、ホームズが頷く。
『だが我々は幻想郷と接触したことで、なかったはずの“後”を手に入れた。つまり汎人類史における数少ない生き残り――カルデアスタッフのみの生存を考えるならば、戦いを放棄するという選択肢が生まれたということだ。これは、遅かれ早かれ伝えなければならないと思っていたことだが……』
「黙っていようとは、思わなかった?」
『サーヴァントはあくまでも死者――舵取りは、生きている人間こそが行うべきだからね。それに命がけの戦いを繰り返し続けている君たちに対し、“何も言わない”という選択肢はあまりにもフェアさに欠ける』
皆、押し黙ってしまった。
今まではなかった、戦いを放棄し安全圏に退避するという選択肢。
そんなものを急に突き付けられても、直ぐに答えなんて出なかった。
だがその沈黙に苛立ったのか、レミリアが声をあげる。
「それで紫、他の要求はなんなの? さっき第一って言ったからには、他にもあるんでしょう?」
「ええ、勿論。カルデアの皆さん、話を進めてもよくって?」
『あ、ああ……先ほどの要求への返答は一先ず保留として、まずは話を全て聞かねばな』
ゴルドルフ所長も心ここにあらずといった有様ではあったが、組織の長としての態度で何とか臨もうとする。しかしその第二の要求もまた、度肝を抜くモノであった。
「あなた方カルデアには、私――八雲紫主導による異聞帯攻略をサポートしてもらいます」
『なあぁぁぁぁっ!?』
「正確に言えば、異聞帯を一つ落とし空想樹とクリプター一名の身柄を確保する。こちらからの要求は以上になりますわ」
第一の要求に加え、第二の要求もまた予想外。
要求を言い終えた紫に、レミリアが再び声をかける。
「何あんた、賢者なんて呼ばれながら女王様にでもなりたかったわけ?」
「それも選択肢の一つではあるわ。でも目的さえ叶うのなら、別に異聞の王は誰だっていい――何ならあなたがなってみる?」
茶化すような返しに、レミリアはムッとなる。
「はあ? あんたのおこぼれで王になれって? 舐めてんの?」
「ふふっ、あなたは月の一件でもそんな感じでしたものねぇ。そんなだから吸血鬼は嫌われ者なのよ」
「どこに住んでいるかもわからない、胡散臭い女に言われたくはないわ」
まるで茶番劇のようなやり取りだったが、カルデア側としてはそうもいかない。
意を決し、立香は尋ねる。
「あの――異聞帯を手に入れて、一体何を?」
「勿論、有効活用ですわ。そうね……少し酷い言い方になるけど、聞く気はある?」
今までの要求すらまだ呑み込み切れていない立香だったが、その眼力に押され首を縦に振る。
「あなた達の戦いの目的は“世界を取り戻すため”だけど、仮に全ての異聞帯とクリプターを倒したところで、それが叶うという保証はどこにあるの?」
「――っ!!」
痛いところを突かれた。
「悪い魔王を倒して全て解決なんてハッピーエンドは、ご都合主義のおとぎ話の中だけ。現実には、異聞帯攻略と世界救済は関連こそあれど別の課題。世界を元に戻すための具体的なプランは、存在しないのでしょう?」
「それは……カルデアを取り戻せばレイシフトで――」
「希望的観測ね。あなた達の敵にとっても、カルデアスとレイシフトは唯一の対抗手段だった。故に真っ先に封じられた。そんなモノを、いつまでも封印したまま残しておくとでも? そもそも、世界と一緒に漂白されている可能性の方がはるかに高いでしょう」
そこで紫は一旦言葉を区切り、立香の瞳を覗き込む。
「あなた達の行いが、ただ現実を受け入れられない者達による勘違いの虐殺劇ではないと、あなた達は言い切れるのかしら?」
「……………………」
――何も、言い返せなかった。紫のいうことが、あまりに正論だったから。
「先輩……」
マシュが心配そうに覗き込んでくる。
情けなかった――狼狽を隠すこともできない自分自身が。
その様子を見た紫は、ふぅと息を吐く。
「少々、言い方がきつかったですわね。私とて、別にあなた方を責め立てるために来たわけではないわ。――今更言っても信じられないかもしれませんが、一度は自らの人理を取り戻したあなた方に私は敬意を持っています。特に藤丸立香――正真正銘ただの人の身でありながら、あなたは十分すぎるほどに戦った。世界を丸ごと滅ぼすなんてことは、この幻想郷の住人でさえやったことはないでしょう。同時にそれは、間違いなくあなたの心をすり減らし続けている――もう、平穏を求めても許されるはずです」
そこまで告げると、彼女はスッと立ち上がった。
「すぐに答えを出せることだとは思っていません。心の整理も、話し合うための時間も必要でしょう。続きはまた後日――ということで。ただ一つだけ――今回の提案、これは紛れもなく“本気”です。そのことは、ゆめゆめお忘れなく――」
紫は手に持った扇子を一閃し、無数の瞳が見え隠れする空間を拓いて身を躍らせた。
呆然とするカルデア一行を残したまま――
〇十六夜咲夜
紅魔館の時止めメイド。紅閻魔による特訓で妖精メイドが一定の技量アップを果たした為、将来仕事が暇になる日が来るとはこの時予想してもいなかった。
仕事が繁忙期の為、次回の更新は少し遅くなるかと。ここからは話の組み立ても慎重に行きたいですからね。水着イベもそろそろ来そうですし。水着北斎も来ますし!
ではまた次話にて――