それでは早速本編に入らせてもらいます。第2話ですが、今回は戦闘シーンはありません。加えてそこまで話も進みません。すみません(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
「いいか月彦。俺たちは決して私怨で殺しをしてはいけない。それを常に心に入れておくんだ」
そう言って親父は、まだ小さかった俺の心臓に指を当てた。
「私怨って何?お父さん」
「私怨ってのはそうだな...個人的な恨み、つまり自分の為だけに殺しをしてはダメって事だ」
俺の質問に顔をしかめながらも、親父は答えてくれた。その時の俺は多分その言葉の意味を理解してはいなかっただろう。
「自分の為に?」
「そうだ。俺たちは産まれた時から避けることの出来ない残酷な環境に置かれてた。月彦ももう少ししたら人を殺さないといけないかもしれない。俺たちにはそういう力がある」
親父はそう言うと、酷く悲しそうな表情を見せた。
「そんな環境に産まれたからこそ、お前はそれを誰かを守る為に使うんだ」
「守るため?」
「そうだ。殺す事は本来してはいけない事だ。でも、1番いけないのは殺す事に
親父はそう言ってニッと笑った。いや、顔が笑っただけで心は嘆いていたのかもしれない。その瞳は、今にも涙が溢れそうなほど湿っていた。
「分かった!お父さんの言ったこと、僕、絶対忘れない!」
俺は親父にそんな顔をして欲しくなくて、必死に笑ってそう言った。この頃は、その為の訓練をしていても、殺す事への実感も覚悟も、諸々足りていなかったのだと、俺はのちに後悔する。
「そうか...頼んだぞ!月彦!」
「うん!」
親父は俺の頭に手を置いて、わしゃわしゃっと頭を撫でる。随分乱暴な撫で方だったが、俺は親父にそうされる事が好きだった。
すると突然、辺りの景色が一変した。
気がつくと俺は、暗闇の中にポツンと1人で立っていた。
「ここ...どこ?お父さん...?お父さん!」
俺は必死に親父を呼んだ。喉が痛くなっても、俺は呼び続けた。
すると、遥か遠くの方に何か人影の様なものが見えた。目を凝らすと、そこにはこちらに背を向けて歩き続ける人の姿だった。
「っ!お父さん!」
見間違えるはずが無かった。その背中は、確かに親父のものだった。
「ハァ...!ハァ...!ハァ...!お父さん、待って!!」
真っ黒な空間の中を、視界の先に僅かに移る親父の背中を頼りに追いかける。
「お父さん!お父さん!」
身体はまだ小さい時のまま、小さな手を必死に伸ばしながら走る。何度も呼びかけても、親父はこちらを見向きもせず、ただ淡々と前進するだけ。振り返ることは一度もなかった。
「お父さん!なんで...待って!!」
俺は走り、親父は歩いているのにもかかわらず、その距離は縮まるどころか差が開く一方。
「お父さん!.......父さん!.......親父!!」
真っ黒な空間をひたすら走っていると、なぜか俺の身体が少しずつ成長を続けていた。10秒経つごとに1つ歳をとり、2分ほど経った頃だろうか。俺の身体は今の、18歳の身体に成長し、そこで成長をピタッと止めた。
「待てよ親父!!親父!!!」
成長し、歩幅が大きくなったにもかかわらず、親父との距離は更に開く。親父の背中が、まるで米粒のように小さくなった時、突然何かが俺の首を掴んだ。
「カハッ⁉︎」
首を掴まれた俺は息が出来なくなり、走るスピードを落としてしまう。すると、次々と俺の身体を何かが掴み始めた。手足を掴まれ、身動きが取れなくなる。腰を掴まれ固定され、振りほどく事もできなくなる。頭を掴まれ、地面に押し付けられる。
「な...ん、なに...が...⁉︎」
俺は力を振り絞り、なんとか首を回して後ろを振り返る。そこにいたのは身体の皮膚が血の色に染まり、目がくり抜かれた様に真っ黒な、さながらゾンビの様な人間たちだった。数は、ざっと数えただけでも30人近くはいたと思う。
『お前のせいだ...!!』
『お前が殺した...!!』
『お前が奪った...!!』
『お前が...お、まえが...オマエガァァァァ!!』
赤黒い皮膚の人間たちは怨念に支配されたごとく、そう口々に吐きながら、俺の身体にまとわりつき、その赤黒い手で俺を掴んでは、爪を立て皮膚をえぐり、あらぬ方向に力を込めては骨を軋ませる。
「ぐ...がは..!!...っ..!!」
激痛が走りながらも、俺は必死に抵抗し、まとわりつくゾンビ人間たちを弾き飛ばす。しかし、次から次へと湧いて出てくるゾンビ人間たちに、俺は次第に圧倒されていく。
そこで俺は気がついた。この人間とは到底言い難い彼らの顔に、見覚えがあるのを。
そう...彼らは全て、
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス!!!』
まるで呪言の様に『殺す』と呟きながら、彼らは俺を引きずり、飲み込もうとする。耳には、ボリッ!!グジャッ!!ブヂャッ!!という生々しい音が届き、全身に凄まじい激痛が走る。そして次第に、つま先が、ふくらはぎが、太ももが、腰が、無くなっていくのが分かった。
俺はそんな状況でも、必死に手を前に伸ばした。親父が進んだ遥か先へ。俺は諦めていなかった。親父に必ず追いつく。親父の背中を掴んでやる。追いついて掴んで、一度思いっきりぶん殴ってやる。
そう心の中で思っていたはいいものの、どれだけ手を伸ばしても、その手が親父に触れることは無かった。
視界全てが、赤黒いものに覆われていく。
「く、そ....待ちや、がれ.....お....や..じ.......」
月彦の身体は飲み込まれ、真っ暗な空間の中に、血に染まった右腕の肘から上の部分がポツンと残っていた。
「────ん」
全身をヤツらに喰われると同時に、月彦は自分のベッドの上で目を覚ました。
「また....あの夢か....」
地獄のような悪夢から目を覚まし、上体を起こした月彦。しかし、彼はそんな悪夢を見ても、汗をかいたり、息を切らしたりする事はなく、まるでそれが日常に起こる出来事の様に落ち着いた様子だった。
ピピッ!!ピピッ!!ピピーーー!!
「...ん」
月彦が目覚めてから数秒後、枕元に置いてあった充電ケーブルに繋がれた月彦のスマホからアラームが鳴り出した。時刻を確認すると、現在は午前7時。時刻を確認し、ベットから出た月彦は、スマホをもって部屋を出る。すると、そこには目の前には広々とした庭園が広がっており、縁側の様な廊下が左右に続いていた。
「ふぁ〜.....眠...」
大きなあくびをしながら長い廊下を歩く月彦。次第にジュ〜っという何かを焼いている様な音と、香ばしいにおいが聴覚と嗅覚を刺激する。月彦はその音と匂いが流れてくる部屋まで来ると、障子を開け中に入る。
「あ、月兄ぃ。おはよう、ございます……」
そう言って彼に声をかけたのは、黒いリボンで結んだ空色のツインテールに、見つめると吸い込まれそうになる闇色の瞳をした小さな女の子だった。その子はベージュのセーラー服に焦げ茶色のチェックのスカートを履いており、その首には、
「あぁ、おはよう
月彦は少女を“莉月”と呼び、まだ完全に覚めてない目を擦りながら挨拶を返す。彼女の名は『
「あ!やっと起きたか兄貴!ちゃっちゃと顔洗って着替えて来い!ご飯もう出来てるから、冷めても知らねえぞ!」
すると、部屋の奥の台所から男勝りな声でそんな言葉が聞こえてくる。月彦が声のした方に顔を向けると、そこにはトントンと手慣れた手つきでリズミカルに包丁を使い料理をしている少女がいた。
莉月と色違いの黒のセーラー服と黒のチェックのスカートの上に白のエプロンをつけた少女。短く切られた艶やかな黒髪が外に跳ね、瞳が血に濡れた様に赤い少女は、髪と瞳の色、そして纏う雰囲気がどことなく月彦に似ている彼女の名は『
月彦、月依、莉月、この3人がこの戒血家の宗家に住み、戒血を統括する現当主とその家族である。
「分かった分かった」
月彦はつの言葉を軽く流す様に返すと、部屋を出て洗面台のある風呂場に向けて歩いて行った。
風呂場に着いた月彦は、まず歯を磨く。それを終えると、手に水をつけ、ボサボサに跳ねた髪に濡れた手を当てて跳ねた髪を整える。ある程度の跳ねは治ったものの、元々癖っ毛に近いボサボサの髪はそこまで治った様には見えない。
「はぁ...」
諦めた様にため息を吐いた月彦。頭から話した両手を、一度じっくり眺める様に目の前に持ってくる。すると突然、彼はもう一度蛇口をひねり水を出すと、両手を擦り合わせながら手を洗い始めた。
「…………」
手に何か汚れが着いているわけでも無いのに、石鹸も使わずゴシゴシと何度も両手を擦り合わせる。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
無言のまま、気が狂った様に手を擦り合わせ続ける。
「……っ」
突然気がついた様にピタッと手の動きを止めた月彦。顔を上げて鏡を見ると、その顔に特に表情は無く、いつもの遣る瀬無い様な表情のままだった。
キュッと蛇口をきつく閉めた月彦は、タオルで手を拭いてから台所のある部屋へと戻っていった。
部屋に戻った月彦、すでに机の上には漬物やきんぴらごぼう、鯵の幽庵焼きといった豪勢かつバランスの取れた朝ごはんが並んでいた。が、不思議なことに、机の上に箸は三善置かれているのにも関わらず、それぞれのおかずは2人分ずつしか無かった。更に何も置かれていない机の一角の所に置かれているのは、いつも月彦が使っている箸だった。
「あー...莉月?これはつまり...」
「え、えと...月兄ぃの分は、別に....作るからって...月依ちゃんが」
てっきり昨日の電話ブチ切りに怒った月依が“朝ご飯無し”という挙行に及んだのかと思った月彦だったが、どうやら月依は月彦の朝ご飯を別で用意しているらしいと莉月から聞き、一安心する月彦。ほっと一息吐いてから椅子に座る。
「おまたせ兄貴」
月彦が椅子に座ってすぐ、台所からこちらに来た月依が手に持った皿を月彦の前にドンッと置いた。
「・・・え?」
月彦の目の前に置かれたのは、かなりの大きさのどんぶりに高々に盛られたカツ丼だった。白く艶やかに輝く米がどんぶりの高さの倍くらいの位置まで盛られ、その上にカラッとキツネ色に上がったカツと黄金色に輝く卵と玉ねぎがご飯の上に乗せられている。カツから出た肉汁と旨味の溶け込んだツユが米にかかり、煌びやかな輝きを放っている。本来なら、これほど食欲をそそるものは無いだろう。そう、
「えーっと...月依さん?これは...」
月彦は「嘘だろ...?」とでも言いたげな表情のままこのカツ丼を作った本人である月依に問う。
「兄貴の朝飯だけど?」
対する月依は「当たり前だろ?何言ってんだこの駄兄」と完全に言っている表情で返す。
「朝からカツ丼ですか...?しかも量がアスリートの量なんだが...」
「んー?どうやら兄貴は人の言うことを全く聞かないらしいからな。昨日も任務から帰ってきたと思ったら説明も無しに風呂入ってすぐ部屋に戻ったから、私はきっと兄貴がお腹を空かせてるんだろなーと思って朝からこうやってカツ丼を用意した訳だけど?」
「お前...昨日のこと根に持ってるだろ」
「まっさかー。私は兄貴の事を思って作っただけだけど?」
「どこに兄を思って朝から特盛のカツ丼を食わす妹がいるんだよ...」
「文句あるなら食べなくてもいいぞ。ついでに弁当も無しだけどな」
「鬼か、お前は」
「一部はそうだぜ?」
「ふ、2人とも...早く、食べないと...学校、遅れる...よ?」
莉月に止められ、ため息を吐きながら仕方ないかと特盛のカツ丼を食べ始める月彦。朝から胃にガツンとくる肉と米に、恨みを込めた視線を送りながら、なんとか流し込む。
案の定、今日一日グロッキー状態が続いたのは、彼の自業自得だろう。
※追記解説(ここでは、本編に載せられなかったちょっとした内容の解説をさせていただきます)
・月彦たちが住んでいるのは、戒血家の宗家でかなりの大きさの屋敷ですが、住んでいるのは現在月彦、月依、莉月の3人のみです。他の家にはメイドの様な世話係の様な人(戦場に赴かない鬼人が基本的になる)がいるところもありますが、月彦たちはそういう人達を屋敷には置いていません。