ウタカタノ花   作:薬來ままど

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響き渡る調子はずれの歌は、何故かとても愛しくて




一方、禰豆子と共に下に落下した炭治郎は、咳き込みながらも何とか禰豆子をなだめようと考えを巡らせていた。

しかし何度呼び掛けても、禰豆子は炭治郎の声を聞いてくれなかった。

 

(だめだ、俺の声が届かない。全然聞いてくれないよ。どうしよう、母さん・・・)

 

炭治郎の脳裏に母の姿が浮かんだ、その時。先ほどの宇髄の言葉が蘇った。

 

『子守唄でも歌ってやれ』

 

子守唄。かつて母が、自分や兄弟妹たちの為に歌ってくれた歌を炭治郎は思い出した。しかし、汐の歌も聴いてくれなかった禰豆子が、聞いてくれるだろうか。

考えている余裕はなかった。

 

「こんこん・・・小山の、子うさぎは、なぁぜにお耳が長ぅござる・・・」

 

炭治郎の口から、拙い歌声が零れだす。少し調子の外れた、しかしとても優しい歌声だった。

 

「小さいときに、母さまが、長い木の葉を食べたゆえ、そーれでお耳が長うござる・・・」

 

すると、あれほど激しく暴れていた禰豆子の動きがぴたりと止まった。彼女の頬に温かい両手が添えられるような感じがした。

その瞬間、禰豆子の記憶が一気によみがえった。

 

『こんこん小山の子うさぎは、なぁぜにお目々が赤ぅござる。小さい時に母さまが、赤い木の実を食べたゆえ、そーれでお目々が赤ぅござる』

 

それは幼い頃、生まれて間もない弟と共に山菜を取りに行った時の事だった。

 

『お兄ちゃんのお目々が赤いのは、おなかの中にいた時に、お母さんが赤い木の実を食べたから?』

 

母の手を握りながら幼い禰豆子はあどけない笑みで問いかけると、母はにっこりとほほ笑むのだった。

 

「わーーーーん!!」

 

禰豆子の目から涙があふれ出したかと思うと、彼女は子供のように声を上げて泣きだした。

その涙が鬼の力を洗い流すかのように、身体の文様は消えみるみるうちに幼子の姿になった。

 

そしてそのまま、禰豆子は寝息を立て始めた。

 

「寝た・・・母さん、寝たぁ・・・。寝ました、宇髄さん・・・。寝たよ、汐・・・」

 

炭治郎は安堵のあまり腰を抜かしそうになったが、残してきた汐が傷を負っていたことを思い出した。

 

「そうだ、汐・・・。汐の怪我の手当てをしないと・・・」

 

しかし禰豆子を抱えたまま戻るわけにもいかず、炭治郎はどうしたものかと上を見上げた時だった。

 

突然建物が大きく揺れ、壊された窓から何かが飛び出してきた――。

 


 

「大海原ーーッ!!!」

 

宇髄の叫び声があたり中に響き渡る中、男の鬼は眉をひそめた。

鬼は確かに汐の喉を切り裂いていた。だが、その斬った手ごたえがどうもおかしい。今まで何度も行ってきた、人間を斬った手ごたえではなかった。

 

鬼が瞬きをした瞬間、彼は目の前のものをみて大きく目を見開いた。汐を斬ったはずのそれは、中心から大きく切り裂かれた行燈に変わっていた。

 

「なぁにぃぃ?」

 

顔に驚愕を張り付ける鬼の背後で、凛とした声が響いた。

 

――ウタカタ・肆ノ旋律――

――幻惑歌(げんわくか)

 

鬼が振り返ると、汐は初めに遭遇した時と同じ姿で、宇髄の隣に立っていた。いきなり現れた彼女に、鬼は勿論宇髄ですら目を向いた。

 

(おいおい、幻覚まで見せられるのかよ。とんでもねぇ娘だな・・・)

 

そんなことを考えている宇髄の傍で、汐の顔から汗が一筋零れたかと思うと、突然彼女の顔中から汗が噴き出した。

 

「び、びびび、びっくりしたぁ!し、し、し死ぬかとおもももも・・・」

 

余程危なかったのだろうか、汐の涼しい顔は崩れ去り善逸のようなおかしな顔になっていた。そんな様子の汐に宇髄は呆れつつも彼女の無事をとりあえずは喜んだ。

 

一方、思わぬところで攻撃を躱された鬼は、頭を掻き毟りながら首を直角に曲げて汐を睨みつけていた。

 

「青い髪におかしな歌・・・。そうかあぁ、お前が例のワダツミの子って奴かぁああ」

 

地を這うような悍ましい声で身体を揺らしながらそう言う鬼に、汐の身体が震えた。堕姫とは違い、その姿は醜悪で正に幽鬼ともいえるものだった。

 

「お兄ちゃん!!その女よ!アタシの事阿婆擦れ婆だとか尻軽とか悪口言ったの!!殺してよ!!その女絶対に殺してよぉ!!」

 

堕姫は汐を指さしながら泣きわめき、お兄ちゃんと呼ばれた鬼は目を細めて再び汐を睨みつけた。

 

その瞬間。

 

鬼が動くと同時に、宇髄は突然汐の胸ぐらをつかむとそのまま窓の外に放り投げた。

そのまま成す術もなく落ちていく汐が最後に見たのは、鬼と宇髄が切り結ぶ瞬間だった。

 

汐を外に逃がし、すぐさま向かってきた鬼に応戦する宇髄だったが、鬼の持っていた鎌が彼の頭部に大きな傷をつけた。

額当てが破損し、銀糸の髪がばらけそこから血が流れだす。

 

「へぇ、やるなぁあ、攻撃止めたなぁあ。殺す気で斬ったけどなぁぁ。いいなあお前、いいなあ」

 

鬼はゆらゆらと身体を揺らしながら、妬ましそうに宇髄を睨みつけていた。

 

遊郭には客の呼び込みや集金などを行う妓夫(ぎゅう)という役職に就く男が存在する。その男は人間出会った頃、その役職についていた彼は名を持たず、役所名をそのまま付けられ【妓夫太郎(ぎゅうたろう)】と名乗っていた。

 

そして鬼となった今でも、彼はその名を名乗っている。

 

妓夫太郎は顔をぼりぼりと掻き毟りながら、じとりとした目で宇髄を見据えながら言った。

 

「お前いいなぁあ。その顔いいなぁあ。肌もいいなぁ。シミも痣も傷もねぇんだな」

 

宇髄は口を引き結んだまま言葉を発しなかったが、妓夫太郎はそのまま続けた。

 

「肉付きもいいなぁ、俺は太れねぇんだよなぁ。上背もあるなぁ。縦寸が六尺は優に越えてるなぁ。女にも(さぞ)かし持て(はや)されるんだろうなぁあ」

 

妓夫太郎はさらに激しく身体を掻き毟り、血が流れだしても構うことなく恨めしそうに宇髄を睨みつけていた。

「妬ましいなぁ、妬ましいなぁあ、死んでくれねぇかなぁあ。そりゃあもう苦しい死に方でなぁあ、生きたまま生皮剥がれたり、腹を掻っ捌かれたり、それからなぁ・・・」

「お兄ちゃん、コイツだけじゃないのよ、まだいるの!!アタシを灼いた奴らも殺してよ絶対」

 

堕姫は未だに涙を流しながら、必死で兄である妓夫太郎に訴えた。

 

「アタシ一生懸命やってるのに、凄く頑張ってたのよ一人で・・・!!それなのに、皆で邪魔してアタシをいじめたの!!よってたかって いじめたのよォ!!」

「そうだなあ、そうだなあ、そりゃあ許せねぇなぁ。俺の可愛い妹が足りねぇ頭で一生懸命やってるのを、いじめるような奴らは皆殺しだ。取り立てるぜ、俺はなぁ。やられた分は必ず取り立てる」

 

――死ぬ時ぐるぐる巡らせろ。俺の名は妓夫太郎だからなあ!!

 

妓夫太郎はそう叫んで、両手に持っていた鎌を思い切り振り上げた。

 

 

*   *   *   *   *

 

 

一方。

宇髄に投げ飛ばされるようにして逃がされた汐は、地面に叩きつけられる寸前に受け身を取りどうにか大きな怪我は避けられた。

しかしその際に思い切り臀部を打ち付けてしまったのか、鈍い痛みが走った。

 

「汐!!」

 

聞き慣れた声がして振り返ると、そこには禰豆子を抱えて立ち尽くしている炭治郎の姿があった。

 

「炭治郎!!」

 

汐は炭治郎が無事だったことと、禰豆子が元に戻っていることに安堵するが、同時に自分のせいで禰豆子が豹変してしまった事を思い出した。

 

(あたしが軽率なことをしたから、禰豆子があんなふうになってしまった。あたしが周りをもっときちんと見ていれば、こんなことにはならなかったッ・・・!)

 

悔し気に唇をかみしめる汐から後悔とと苦悩の匂いを感じた炭治郎は、そんな汐の頭を優しくなでながらしっかりした声で言った。

 

「お前のせいじゃない」

 

汐は驚いて炭治郎の顔を見つめると、彼は相も変わらず綺麗な眼で汐を優しく見つめていた。彼自身も傷を負い、辛いはずなのに何故このような眼をすることができるのだろう。

 

(そうだ。後悔なんて後でいくらでもできる。今はあいつらのことを炭治郎に伝えないと・・・!)

 

汐は慌てて首を横に振ると、炭治郎に先ほどの出来事を伝える為に口を開いた。

 

「大変よ炭治郎。あの女、頸を斬っても死ななかったの!」

「死ななかった?どういうことだ?」

「わからない。それどころかあいつの背中からもう一匹の鬼が飛び出してきて、二匹になったわ。しかもそいつ、とんでもなく素早くて、ウタカタがなければあたしは・・・」

 

あの時の恐怖が蘇ったのか、汐は身体を震わせた。炭治郎はにわかには信じられなかったが、汐からは嘘のにおいなど微塵もせず、何よりこの状況でくだらない嘘を吐くような人間ではないことを誰よりも理解していた。

 

「と、とにかく!いくら柱とは言え上弦の鬼二匹を相手には厳しいかもしれないわ。あたしたちもなんとか加勢して・・・」

 

汐がそこまで行った時。突然建物の中から轟音を立てて何かが飛び出してきた。

汐と炭治郎が思わず視線を向けると、そこには骨のような持ち手と真っ赤な刃の色をした鎌のようなものだった。

 

(何だあれは、鎌か?)

 

呆然とする炭治郎とは対照的に、汐はその鎌に覚えがあり叫んだ。

 

「あれはもう一匹の鬼がもっていた鎌よ!!」

 

汐が叫んだ時、飛び上がった鎌はすさまじい勢いで回転しながら建物の中に戻っていった。

その時、炭治郎の鼻が微かに宇髄の血のにおいをかぎ取った。

 

(宇髄さんの血の匂い・・・!怪我をしているんだ!加勢しなければ・・・!!)

 

しかし禰豆子を抱えたまま戻るわけにもいかず、汐の手当てもしなければならない炭治郎は焦りを顔に張り付けたまま唇をかんだ。

その時だった。

 

「俺が来たぞコラァ!!御到着じゃボケェ!!頼りにしろ、俺をォォ!!」

 

背後から聞き覚えのある声が響き、汐と炭治郎が振り返るとそこには。

 

猪の皮をかぶった、いつもの格好の伊之助と。女性の格好をしたまま鼻提灯を出しながら走り寄ってくる善逸の姿があった。

 

「善逸!伊之助!!あんた達無事だったのね!?っていうか、善逸。あんた何よその恰好!!」

 

伊之助はともかく、行方知れずだった善逸の姿を見て汐は思わず表情を緩ませた。だが、あまりにもこの状況に似つかわしくない格好に、次の瞬間には顔が引きつった。

 

「二人とも宇髄さんを加勢してくれ!!頼む!!」

「任せて安心しとけコラァ、大暴れしてやるよ、この伊之助様がド派手にな!!」

 

目を光らせて親指を立てる伊之助に、汐は彼が影響を受けやすい性格だということを改めて理解した。

そんな彼に特に突っ込むこともなく、炭治郎は安心したように言った。

 

「すまない、俺は禰豆子を箱に戻してくる!少しの間だけ許してくれ!」

「許す」

「それと汐の怪我の手当てもしてくる。かなり無理をさせてしまったんだ!」

「仕方ねぇな、許してやる!」

「ちょっと!なんであたしだけ上から目線なのよ!!」

 

伊之助の言葉に憤慨する汐の手を引き、炭治郎は禰豆子を抱えたまま先ほどの場所へ向かって走り出した。

 

 

*   *   *   *   *

 

 

その頃。

 

妓夫太郎の繰り出す攻撃に、宇髄は逃げ遅れた一般人を庇いつつ何とかしのいでいる状態だった。

 

「妬ましいなぁあ。お前本当にいい男じゃねぇかよ、なぁあ。あの女と他の人間庇ってなぁあ。格好つけてなぁあ。いいなぁ」

 

そんな彼に、妓夫太郎は身体を掻き毟りながら、恨めしそうに言葉を紡ぐ。

 

「そいつらにとって、お前は命の恩人だよなあ。さぞや好かれて感謝されることだろうなぁあ」

 

そんな妓夫太郎に、宇髄は涼しい顔で答えた。

 

「まぁな、俺は派手で華やかな色男だし当然だろ。女房も三人いるからな」

 

その言葉を聞いた瞬間、妓夫太郎の動きが止まった。かと思いきや、先ほどよりも激しく顔を掻き毟りながら言った。

 

「お前女房が三人もいるのかよ。ふざけるなよなぁ!!なぁぁぁ!!許せねぇなぁぁ!!」

 

それは許容範囲外だったのか、妓夫太郎は激高したように叫ぶと腕を大きく振り上げた。

 

血鬼術――

――飛び血鎌

 

妓夫太郎の腕から血の色をした斬撃が宇髄に向かって放たれ、宇髄は捌こうと日輪刀を構えた。

だが、その数を人を守りながら捌くのは無理があった。

 

なら!!

 

宇髄は咄嗟に刀を振り上げると、床に向かってその刃を叩きつけた。轟音と共に床が吹き飛び、土煙と畳の繊維がもうもうと上がる。

 

そのまま彼は一般人ごと下に降りると、彼等に直ぐに逃げるように言い放った。

 

「逃げろ!!身を隠せ!!」

「はっ、はい」

 

しかし妓夫太郎はそれを許さないと言わんばかりに、血の斬撃を再び放った。

 

「逃がさねぇからなぁ。曲がれ、飛び血鎌」

 

すると妓夫太郎の声に呼応するように、斬撃は急速に曲がると宇髄たちに向かってその刃を振るった。

 

(斬撃自体操れるのか、敵に当たってはじけるまで動く血の斬撃!!)

 

日輪刀でその斬撃を受け流しながら、宇髄は先ほど堕姫を斬った時のことを思い出していた。

 

(あの兄妹、妹の方は頸を斬っても死ななかった。あり得ない事態だ。兄貴の頸を斬れば諸共消滅するのか?兄貴が本体なのか?)

 

しかし今の状況では情報が少なすぎる上に、ここを切り抜けねば命はない。

宇髄は考えるのをやめた。

 

(どの道やるしかねぇ)

 

宇髄は懐から火薬球を取り出し、神経を研ぎ澄ませた。

 

(この音からして上の階の人間は殆ど逃げてる)

 

そしてその火薬球を放り投げ、自分自身も飛び上がりその刃で火薬球を切り裂いた。

 

その瞬間。

 

凄まじい爆発が起こり、建物の一部が吹き飛んだ。伊之助はすぐさまそれを察知し、善逸と共に地面に転がった。

 

煙がもうもうと上がる中、宇髄は口元を歪ませながら吐き捨てるように言った。

 

「・・・まぁ、一筋縄にはいかねぇわな」

 

視線の先には硬質化した堕姫の帯でくるまれたものがあり、その帯が剥がれ落ちたそこには、妓夫太郎の肩に座る堕姫の姿があった。

 

「俺たちは二人で一つだからなあ」

 

そう言って妓夫太郎は、これ以上ない程の醜悪な笑みを浮かべていた。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神
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