ウタカタノ花   作:薬來ままど

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今回はあまり話は進みません





汐は夢を見ていた。深い深い海の底に、抗うことなく沈んでいく。自分を包み込む水と泡が心地よい。

このままずっとどこまでも落ちてゆけばどうなるのだろう。大好きな海と一つになれるのなら、それも悪くない。

 

だが、突然耳をつんざくような怒声が聞こえてきた。

『何やってやがるんだ、このバカ娘!』

驚きのあまり奇声を上げて体を起こすと、そこには憤怒の形相を顔に張り付けた大海原玄海がそこにいた。

 

おやっさん、と声をかける前に、玄海の声が飛んだ。

 

『お前よォ。いつまでわがまま言ってんだ。手前(てめえ)ばっかりで周りのことなんざ何も見えていねえ。俺ァお前をそんな腑抜けに育てた覚えはねえぞ!!』

反論を一切許さない大声が汐の耳を突き抜け、一気に体中に染み渡る。それにはじかれるように、汐は目を覚ました。

 

あたりは真っ暗で、もう日付は変わっているだろう。外から聞こえる蛙の声だけが、汐にここが現実であることを教える。

 

(すごく怒られたような夢を見た気がする)

 

体から噴き出す汗が、いい夢を見ていなかったことだけを物語る。目もすっかり覚めてしまい眠れそうになかった汐は、足音を立てないようにそっと小屋を出た。

 

今夜は満月。雲一つない空に、大きな月と一面の星空が墨を流したような空に輝いている。かつて暮らしていた村でも、同じような空は何度も見ていた。

けれど、あの時はいつもそばに養父玄海がいた。日の光に当たることができない彼とみることができる唯一の晴れの空だった。

その空の下に、今は汐一人だった。海もなく、玄海も、絹も、村人も、誰一人いない、自分ひとりだけ。

 

(海に、海に帰りたい。寂しい、寂しいよ・・・みんな・・・)

 

目を閉じて心の中で辛い言葉を吐き出してみても、寂しさはますます募るだけだった。こんなに寂しさを感じたのは、玄海が日の光に当たることができないと分かった時以来だった。

 

(そういえば・・・あの時は確か・・・絹が言ってたんだ)

 

 

――私も、お父さんが漁の時はずっと帰ってこないから一人なの。お母さんが死んじゃってから、ずっと

――でもね、寂しくなったら歌を歌うの。そうすると不思議と、寂しい気持ちが消えていくのよ

――だから、汐ちゃんも一緒に歌おう?玄海おじさんが早く元気になるように・・・

 

 

 

汐はそっと目を閉じると、息を吸い込み口を開いた。

 

― そらにとびかう しおしぶき

ゆらりゆれるは なみのあや

いそしぎないて よびかうは

よいのやみよに いさななく

ああうたえ ああふるえ

おもひつつむは みずのあわ ―

 

月に向かって奏でられる、寂しさを孕んだ透き通る歌声が、風に乗って空に消える。潮騒の代わりに聞こえてくるのは、風が揺らす木の葉がこすれる音。

歌い終わり再び静寂が訪れると、汐は小さくため息をついた。

だが、不意に何かの気配を感じて反射的に振り返る。そこにいたのは、目を見開き、頬をわずかに染めた炭治郎が呆然と立っていた。

 

「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、君の匂いが外からしてきたから気になって」

頭を掻き困惑の表情を浮かべる炭治郎に、汐はたじろいだ。

「炭治郎・・・。聴いていたの?」

「さっきの歌のこと?とっても綺麗な歌声だったよ」

炭治郎が答えると、汐は言葉を詰まらせる。思わぬ客の出現に、汐の顔はみるみるうちに赤く染まった。

 

火照った頬を隠そうと、汐は炭治郎に背を向ける。そんな彼女の隣に、炭治郎は足を進めた。

 

しばらくの間沈黙が続く。風が二人の間を静かに通り過ぎて行ったころ。

 

「さっきの歌はね。あたしの故郷でよく歌ってたわらべ歌なんだ。今はもうなくなった、あたしの村」

汐の口から、言葉が漏れる。彼女の過去を鱗滝から簡単に聞かされていた炭治郎の胸が、小さく痛んだ。

 

「その目は、もう大まかなことは知っているって感じだね」

「え?」

「あたし、目を見ればその人の大体の人柄や感情がわかるの。特に最近は、鬼と人間の区別も大体わかるようになった」

「・・・ごめん」

「謝らないでよ。あたしもあんたのことを鱗滝さんから少し聞いた。あんたがどうして鬼殺の剣士を目指しているか、も」

 

炭治郎は口を閉ざしたまま汐を見つめる。そんな彼をしり目に、汐はつづけた。

 

「あたしね、鬼もそうだけど何よりも自分が一番憎らしかった。守りたい人たちがいたから鍛えてきたのに、何も守れなかったし、誰も救えなかった。でも、鬼と戦っているときは、すべてを忘れられた。憎んでいる間は、何も考えなくて済んだから」

でもね、とさらに汐は続けた。

 

「ここにきてからそれが本当に正しいのかわからなくなった。そしてあの子、禰豆子をみて、あんたのことを聞いて、どうしようもなく悔しくなった。おやっさん・・・あたしの育ての親は鬼になって倒されたのに、鬼であるあの子がなんで生きているのかって」

 

言葉が紡がれるほどに、汐の声に苦しさが増していく。そんな彼女を見ている炭治郎の胸が、張り裂けそうに痛み出した。

「だけど、あんたの目を見た瞬間、自分がすごく醜くて浅ましくて、おぞましくなった。あんたたちが悪いわけじゃないのに、何をお門違いしているんだって。そうおもったら・・・」

「もういい。もうこれ以上は言わなくてもいい・・・」

 

血を吐くような言葉に耐え切れず、炭治郎は汐の言葉を遮った。あまりにも痛々しく、あまりにも悲しい。これ以上は汐が壊れてしまうような気がしたからだ。

 

「ごめん、こんな話聞かせて。だけど、炭治郎はすごいね。あたしは鬼になったおやっさんを人間に戻そうなんて考えつきもしなかった。鬼は人を襲うから、斬らなきゃいけない、殺さなくてはいけないってずっと思ってた。諦めていた。だけど、あんたは違う。妹を、禰豆子を必ず人間に戻す。その覚悟が、その目にはある」

 

炭治郎の目の中に宿る覚悟を、汐は薄々感じていた。だからこそ、許せなかった。覚悟を持つことができなかった自分を。

 

しかし、炭治郎はそんな汐の言葉に首を横に振った。

 

「俺は汐もすごいと思う。俺は初めて鱗滝さんに会ったとき、もしも禰豆子が人を襲ったらどうするって聞かれたとき、すぐに答えが出せなかった。判断が遅いってすごく怒られた。そうなったら俺は禰豆子を、殺して俺も死ぬ。そんな覚悟が必要なのに、俺はできていなかった。けれど、君は違う。その覚悟が、もうすでにあったんだ。誰でもできることじゃない。だから俺は、君の覚悟を決して否定しない」

 

炭治郎のまっすぐな言葉が、汐の何かを満たしていく。自分をずっと騙し、殺してきた彼女を彼は否定しなかった。

悪夢の中で否定され続けた汐の心が、みるみる浄化されていく。

 

「炭治郎・・・」

震える声で汐が名を呼ぶと、炭治郎は柔らかな声で返事をした。

 

「今からすごくみっともない顔をするから、その間だけは、あたしを見ないでほしい。すごく、すごくみっともないから・・・」

 

うつむいた汐の両目から、ぽろぽろと透明なしずくが零れ落ちる。肩を震わせ始めた彼女の背中に、炭治郎はそっと手を添えた。

その瞬間、背中が何度も大きく上下し、すすり泣く声が大きくなる。そして炭治郎の着物を握りしめ、汐はむせび泣いた。

今までため込んでいた悲しみや憎しみをすべて吐き出すように、汐は泣き続けた。そしてそんな彼女の背中を、炭治郎はさすりづつけたのであった。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

時間がたち、落ち着いた汐は涙を拭いて炭治郎を見つめる。

「ごめんね、みっともないところを見せちゃって。だけど、だいぶ落ち着いたみたい。本当にありがとう」

「いいんだ、そんなことは。汐の心が少しでも軽くなったなら、俺もうれしいから」

 

屈託なく笑う炭治郎に、汐は少し困惑した表情を浮かべる。あったばかりだというのに、自分の浅ましい想いをぶちまけてしまった。

しかも嫌な顔一つせずに、そばにいてくれた。これほどまでに優しい人に汐はあったことがなかった。

こんな綺麗な目をする人が守ろうとするものは、いったいどれほどのものなんだろうか。

その時の汐には、まだ知る由もなかった。

 

「さて、もうそろそろ寝ようか。もう夜中だし、明日も早いから」

「そうだね」

二人は顔を見合わせると、小屋に向かって歩き出す。

 

「汐」

扉に手をかけようとする汐を、炭治郎が呼び止める。

振り返ると、彼は右手をこちらに出している。

「俺もまだまだ未熟者だけど、同じ鬼殺の剣士を目指す者同士、頑張ろう」

差し出された右手に、汐も同じく右手を差し出す。

「こちらこそ、不束者ですがどうかよろしく、炭治郎」

「それは何か違う気がするけれど、こちらこそよろしく」

二人の手はしっかりと重なり、互いに強く握る。気が付けば汐の顔には笑顔が浮かび、そして優しい潮の香りが炭治郎の鼻をくすぐった。

 

(ああ、これが汐の、彼女の本当の『匂い』なんだ)

 

そこにはもう、今まで感じたような憎しみと痛みの匂いはなかった。

月だけが、そんな拙い二人を優しく照らしていた。




汐は竃戸炭治郎との絆を手にいれた!

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

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