ウタカタノ花   作:薬來ままど

111 / 171


時間は遡り。

 

汐の事は、アオイたちの心にも影を落としていた。特にアオイは、本来なら自分が行くはずだった任務だったため、自分のせいで汐達があんな目に遭ってしまったと思い込み、責任を感じていた。

 

アオイの手伝いをしながら、カナヲは心配そうな顔をしていた。それはアオイの事も勿論だが、変わり果ててしまった汐を思い出すとカナヲの心は激しく痛んだ。

 

(どうしてこんな気持ちになるんだろう。あの時も、師範が汐に鬼殺隊員をやめてもらうって言った時、胸がものすごく痛くなった。こんな気持ちになるなんて、今まで一度もなかった)

 

カナヲは小さくため息をついて空を見上げた。もやもやした気分とは裏腹に、空は見事に晴れ渡っていた。

 

(私にできることは何だろう。汐がこのまま鬼殺隊を辞めてしまう。そんなの、絶対に嫌だ)

 

カナヲは意を決したように顔を上げると、アオイにちょっと出てくるとだけ告げると、そのまま彼女は走り去っていった。

その突発的な行動に、アオイは目を見開き慌てて彼女の後を追った。

 

「師範!!」

 

カナヲが向かったのは、任務があるとき以外は何時もいる、しのぶの部屋。しのぶはカナヲが血相を変えてやってきたことに驚き、目を見開いた。

 

「カナヲ?そんなに慌ててどうしたの?」

 

しのぶがそう言うと、カナヲは戸惑った表情で視線を泳がせた。今まで彼女がこのような表情をしたことはなく、しのぶの心は少しだけ不安になった。

 

だが、次に彼女の口から出てきた言葉に、しのぶはさらに驚いた。

 

「お願いします、師範!汐の除隊を、もう少しだけ待ってください!せめてあと、あと一週間だけ猶予をください!!」

 

カナヲは叫ぶようにそう言うと、しのぶに向かって頭を下げた。

しのぶは今まで一度たりとも、カナヲがこのような大声を上げたのを見たことはなかった。初めて彼女を迎え、継子としてだけでなく家族として受け入れた時ですら、こんなことは起こったことはなかった。

 

「もしかしたら、何かのきっかけで記憶が戻るかもしれないし、きっと汐は鬼殺隊を辞めることを望んでいません。どうしてそう思ったのは、よくわからないけれど。でも、このまま汐が今まで戦ってきたことを、なかったことにはしたくないんです!」

 

カナヲの言葉に、しのぶは表情を固まらせたまま彼女を凝視していた。感情表現に乏しかった彼女が、こうもはっきりと自分の意見を口にし、直談判までしてくることに、驚きと共にうれしさを感じた。

 

だが、しのぶがそれを感じる前に、今度はアオイが焦りを顔に張り付けながら、しのぶの部屋に転がり込んできた。

 

「しのぶ様!」

 

アオイはそのまましのぶと向き合うと、カナヲ同様に頭を下げながら言った。

 

「私からもお願いします。汐さんの手続きを、もう少しだけ待ってください。汐さんには、私が知らない沢山の事を教えてもらいました。私のいる意味を、彼女は教えてくれました。だから、その・・・。このまま汐さんが鬼殺隊として戦っていたことを、なかったことにしたくないんです!」

 

アオイの口からも、カナヲと同じ言葉が出てきたことに驚きつつも、汐がこのまま鬼殺隊を辞めることを望んでいないものが多いことに嬉しさを感じた。

 

「お願いします、師範!」

「お願いします、しのぶ様!」

 

カナヲとアオイが頭を下げる中、遠くからこちらに向かってくる足音が響き渡った。しかもそれは一人の者ではなかった。

 

「「「しのぶ様!!」」」

 

カナヲとアオイを押しのけるように、なほ、きよ、すみの顔が隙間から現れ、これにはしのぶは勿論、カナヲたちもたいそう驚いた。

 

「私達からもお願いします!汐さんの手続きを待ってください!」

「汐さんは今、頑張って記憶を取り戻そうとしています!」

「このまま汐さんの全てをなかったことにしないでください!」

 

三人娘たちも泣きながら必死で、汐の手続きを待つように訴えた。それを見たカナヲとアオイも、必死でしのぶに訴えた。

 

こうまでされてしまっては、流石に無下にするわけにはいかない。しのぶは目を伏せると、少し間をおいて口を開いた。

 

「わかりました。あと一週間だけ待ちましょう。ですが、それでも記憶が戻らない場合は、汐さんご本人ともきちんと話しをして、これからのことを決定します。いいですね?」

 

しのぶの言葉に、カナヲたちは頷き、猶予をもらえたことを喜んだのだった。

 

*   *   *   *   *

 

「足元に気を付けて。それと、少しでも疲れたらすぐに言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

汐を連れ出した善逸は、汐の体調を気遣いながら裏山へ向かっていた。

ここは、かつて彼らがお世話になった時、伊之助の遊び場や汐の修行場となった場所であった。

 

特に汐は、全集中・常中を覚える為に、ここで発声練習を行っていた。そんな思いれのある場所であるならば、汐の記憶が戻る何かのきっかけになるかもしれない。

 

善逸は汐の手を引きながら、ゆっくりと足を進めた。

空は澄み渡り、風は心地よく、出かけるには最適な天気だった。汐はあたりを見回して景色を楽しむが、彼女の"音"は依然として変わらなかった。

 

「ここで君はよく歌の練習をしていたんだよ」

「歌、ですか?」

「うん。君はとっても歌が上手でね。時々俺達や屋敷のみんなにも、歌を聴かせてくれていたんだ」

 

善逸はそう言って、思い出すかのように目を細めた。汐は自分が歌を好きだったという新たな情報を飲み込もうと、目を閉じたその時だった。

 

「っ・・!」

 

途端に頭に軽い痛みが走り、汐は咄嗟に頭を抑えた。それを見た善逸は、慌てて汐に駆け寄った。

 

「汐ちゃん、大丈夫!?やっぱり無理をさせちゃった!?」

「い、いいえ。少し頭が痛くなっただけです。もしかしたら、何か思い出せるかもしれません」

 

汐はそう言って笑みを浮かべるが、顔色が少し悪く、"音"も少しだが乱れていた。

善逸は、そんな汐に向かって首を横に振ると、きっぱりと言った。

 

「いや、駄目だ。無理をして君の体調が悪くなったりしたら、本末転倒だ。戻ろう。焦る必要はないから」

 

善逸はそう言うと、渋る汐の手を引いて屋敷への道を戻った。

 

戻って来た二人は、何やら屋敷内が騒がしくなっていることに気づいた。何かあったことは明白であり、善逸はびくりと体を震わせた。

だが、隣に立つ汐の不安げな顔をみて、意を決して足を進めた。

 

「あ、善逸さん!大変です!!」

 

屋敷に入るなり、なほが慌てた様子で近寄ってきた。だが、彼女から感じた"音"に、善逸は先ほどとは別の意味で肩を震わせた。

 

「伊之助さんが目を覚ましたんです!」

「伊之助が!?いつ!?」

「お二人が裏山へ行ってから間もなくです。今はしのぶ様が検査をしていますが、少なくとも命に別状はなさそうとのことです」

 

なほの言葉に、善逸はうれしさのあまり目を潤ませ、汐はそんな彼を見て不思議そうに首をかしげていた。

 

「あ、伊之助は俺達の仲間だよ。嘴平伊之助。もしかしたら、何か思い出せるかもしれない。行ってみよう」

 

善逸はうれしさのあまり上ずった声でそう言うと、汐の手を引いて走り出してしまい、なほから走らないように、と注意を受けてしまった。

 

「伊之助!」

 

善逸が汐と共に病室へ行くと、既に検査が終わった後なのか中には伊之助以外は誰もいなかった。

 

「ん?お前は、紋逸か!」

 

伊之助は目を覚ましたばかりだというのに、いつもの通りの大声でそう言った。アオイたちから、毒のせいで呼吸による止血が遅れてしまい、一時期本当に危なかったことを聞かされていた善逸は、伊之助の生還を心から喜んだ。

 

一方汐は、伊之助の顔をじっと見つめており、その視線に気づいた伊之助が汐の方を向いた。

 

「なんだお前、って、歌女じゃねえか!畜生!俺が一番最初に目覚めたと思ったのに、先を越されちまったぜ」

「いや、一番最初に起きたのは俺だからね。お前が起きるよりも二か月近く前に起きてるからね」

 

善逸の冷静な突っ込みに、伊之助は憤慨して頭から湯気を出すが、ふと違和感に気づき顔を上げた。

 

「お前、なんか変だぜ。いつもならギャースカすぐに喚くのに、今日にいたっては静かじゃねえか。気味悪いぜ」

「おい、そんな言い方はないだろ?今汐ちゃんはちょっと取り込んでて・・・」

 

だが、善逸が言い終わる前に、汐はそっと伊之助の隣に立つと、その翡翠色の目をじっと見つめた。

 

「あなたは、私を知っているのですか?」

「・・・はぁ?」

 

汐の言葉の意味が分からず、伊之助は顔を少し歪ませるが、汐の今まで聞いたことのない口調に鳥肌が立った。

 

「お前、本当に歌女か?なんだその気持ち悪い喋り方」

「だから、話を聞けよ!今汐ちゃんは少し・・・」

 

善逸が慌てて伊之助を窘めようとしたその時、突然汐の頭に激痛が走った。

 

「いっ、いたい・・・っ!!」

 

汐は思わず頭を抱えてしゃがみ込み、それを見た善逸は慌てて汐の傍に駆け寄った。

 

「汐ちゃん、大丈夫!?しっかり、しっかりするんだ!!」

 

汐の"音"は、これ以上ない程乱れており、顔色も悪く汗が吹き出していた。その尋常じゃない様子に、流石の伊之助も閉口し目を見開いた。

 

「お、おい。そいつ、一体どうしたんだ?」

 

伊之助が思わず尋ねるが、善逸は「後で話す」とだけ言うと、そのまま汐を連れて伊之助の病室を後にした。

残された伊之助は、呆然と二人が去った方向を見つめていた。

 

その後、汐は運よくアオイと会うことができ、善逸は汐を連れ出してしまった事を深く謝罪すると、彼女を部屋へ連れて行ってくれるように頼んだ。

アオイは何か言いたげな顔をしたが、顔色が悪い汐のいる前で騒ぎを起こすわけにもいかず、そのまま汐を連れて病室へと戻った。

 

「いいですか、今日はもう絶対に出歩いたりしないでくださいね」

 

アオイはしっかりと釘を刺すと、目覚めたばかりの伊之助の元へと駆け出していった。そんな彼女の背中を見つめることなく、汐の意識は、深い闇の中へと沈んでいくのだった。

 

*   *   *   *   *

 

それからどれだけの時間が経っただろうか。

暗闇の中、汐はゆっくりを目を開けた。あたりはすでに夜の帳がおち、微かな月明かりだけが窓辺から部屋を照らしていた。

 

(私、ずいぶん眠っていたみたい)

 

汐はゆっくりと体を起こし、そっとベッドを下りた。喉が渇いていたため、備え付けの水を飲むと、ぼんやりとしていた意識が少しはっきりしてきた。

 

(さっきのあの人、嘴平さんって言ったっけ。あの人は私を知っていた。もしかしたら、他にも私を知っている人がいるかもしれない)

 

汐は窓の外を見て、月がかなり高い位置に上っていることに気が付いた。おそらく、今はかなり遅い時間なのだろう。

今病室へ行けば流石に迷惑が掛かると察した汐は、もう一度ベッドに戻り、目を閉じた。

 

しかし、一度目覚めてしまったせいか、なかなか寝付くことができない。仕方なく汐は身体を起こすと、そっと扉を開けて廊下へと出た。

 

明かりがないせいか、夜の屋敷内はとても不気味だった。辛うじて差している月の光だけが、汐の進む道をぼんやりと照らしていた。

その不気味さに汐は臆し、やっぱり部屋へ戻ろうとしたときだった。

 

突然、汐の後方で小さな物音がした。汐は悲鳴を上げそうになる口をとっさに抑え、反射的に振り返った。

 

(何?何かいるの!?)

 

途端に身体が冷たくなり、息は乱れ、心臓は早鐘の様に打ち鳴らされ始めた。すると、その音は段々と汐の方へ近づきつつあった。

 

普通の者なら、すぐに部屋に戻り籠城するのだが、何故か汐は、それよりもその音の正体が気になった。

視線を鋭くし、警戒心を最大にしながら、向かってくる者を迎え撃とうと構えた。

 

そしてついに、暗闇の中から音の正体が姿を現した。

 

「!?」

 

汐は目を大きく見開き、身体を強張らせた。そこにいたのは――

 

「お、女の子?」

 

緑色の竹を咥えた、桃色の瞳をした少女、禰豆子だった。

 

禰豆子は汐の姿を認識すると、表情を緩めて汐に飛びついた。

最近歌を聴かせてくれないどころか、全く会いに来ない汐に、禰豆子はしびれを切らしていた。

 

兄である炭治郎も未だに目覚めず、善逸も前程は来なくなってしまい、禰豆子の寂しさは募る一方だった。

そんな中、いつものように夜の散歩をしていた禰豆子は、思わぬところで汐に出会えたことで嬉しくなり、思わず飛びついた。

 

だが、

 

「ひっ、こ、来ないでっ!」

 

汐は怯えた表情で小さく叫ぶと、飛びついてくる禰豆子を振り払った。その勢いで禰豆子は尻餅をつき、驚いた様子で汐を見上げた。

 

今まで汐がこんなことをしたことはなく、今禰豆子に見せている表情も、見たことのないものだった。その現状を理解するまで、禰豆子は少しばかりの時間を要した。

 

そして、自分が拒絶されたと分かると、禰豆子の両目から大粒の涙があふれ出した。

 

(えっ!?)

 

いきなり泣き出した見知らぬ少女に、汐は思わず息をのんだ。もしや、この少女は自分を知っているのかもしれない。

例えそうじゃなくても、いきなりこのような態度をとられれば、誰だって悲しくなるだろうと、汐ははっとした表情で禰豆子を見つめた。

 

「あ、ご、ごめんなさい。いきなりの事で驚いて・・・」

 

だが、汐が言葉をつづける前に、禰豆子はそのままくるりと背を向けると、廊下の奥へと走り去ってしまった。

 

「ま、待ってください!」

 

汐は思わず叫ぶと、闇の中へ消えていった禰豆子を追った。

 

(何故だろう。あの子の涙を見た瞬間、胸がすごく苦しくなった。きっとあの子は、私を知っている。ううん、それだけじゃない。とっさのこととはいえ、酷いことをしてしまった。謝らないと・・・!)

 

汐は必死で走り去る禰豆子を追った。このまま彼女を見失ってはいけない気がする。

汐の中の何かが、そう告げていた。

 

やがて禰豆子は、開きっぱなしの扉のある一部屋へと飛び込んだ。そして、ベッドの横にある箱の中に入り込み、扉を閉めた。

汐は禰豆子が入った部屋を見つけると、そのまま同じように中へと飛び込んだ。

 

「どこですか?どこに、いるのですか?」

 

汐が辺りを見回すと、ベッドの横に大きめの箱があるのが見えた。そこから微かに音がすることから、禰豆子がそこにいることは間違いなかった。

 

「ごめんなさい。いきなり驚きましたよね?言い訳に聞こえてしまいますが、今、私は記憶をなくしているようで、あなたの事を思い出せないんです。あなたが私を知っていても、私はあなたを覚えていないんです」

 

汐は箱越しに、禰豆子に向かって声を掛けた。それを聞いていた禰豆子は、言葉の意味を理解するべく、箱の中で小さく首をひねった。

 

「でも、私の仲間だという方々が、私の記憶を取り戻そうとしてくれています。私自身も、皆さんの事を思い出したい。勿論、あなたの事も。だからお願い、もう一度顔をよく見せて。今度は、あんなことしないから」

 

汐が必死の思いで訴えると、箱の扉がゆっくりと開いた。そしてその中から、禰豆子が姿を現した。

 

やはり禰豆子の顔に、汐は覚えがなかった。しかし、汐はさざ波の様に心が騒ぐのを感じた。

 

ふと、禰豆子は徐に隣のベッドを見つめた。それにつられるように、汐も顔を動かした。

そしてそこに横わたる人物を見て、汐は大きく目を見開いた。

 

そこには、頭と顎に包帯を巻き、両腕を点滴の細い管に繋がれた、日輪のような耳飾りを付けた少年が眠っていた。

 

その顔を見た瞬間、汐の心はこれ以上ない程騒ぎ出したのだった。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。