ウタカタノ花   作:薬來ままど

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これは、吉原に向かう前の時間軸の話


幕間その陸
再会、そして勃発


人を寄せ付けない山の中を、青い髪を揺らしながら、汐は包みを抱えながら一人歩いていた。

彼女の師範である甘露寺蜜璃から、悲鳴嶼の元へ届けるためのものだった。

 

本来なら甘露寺も共に来る手はずだったのだが、生憎緊急の任務が入ってしまい、やむを得ず汐一人で来ることになってしまった。

 

(前に来た時も思ったけれど、とんでもないところに屋敷を構えてるのね、悲鳴嶼さんって。狭霧山で山登りの基礎を叩き込まれておいてよかった・・・)

 

もしもこの場に善逸がいたなら、きっとタダをこねて苛立ちを感じていただろう。などと考えていると、山の奥に聳え立つ建物が見えてきた。

前に一度、甘露寺に連れて行かれたときも思ったが、その屋敷、悲鳴嶼邸は見上げれば首を痛めてしまいそうなほど、大きかった。

 

「悲鳴嶼さーん、こんにちはー!大海原汐でーす!!」

 

汐は声を張り上げて呼んでみたが、返事はなく木々が風で揺れる音だけが響いた。

 

(えぇ、嘘。ここまで来たのにまさかの留守?ふざけないでほしんだけど)

 

折角汗水たらしてここまで来たというのに、無駄足になるなど冗談じゃない。

汐は顔をしかめながら、もう一度悲鳴嶼を呼ぼうと息を吸った、その時だった。

 

遠くから、風に乗って何やら声のようなものが聞こえてきた。耳を澄ませてよく聞いてみれば、それは経のようだった。

 

(悲鳴嶼さん・・・、の、声じゃないわね。誰だろう?まあいいわ。人がいるんなら、悲鳴嶼さんがいるか聞けるしね)

 

汐は声が聞こえる方角に向かって、その足を進めた。

 

木々に囲まれたけもの道を進むこと数分後、汐の目は、ようやく声の主の姿を捕らえた。

 

非情に体格のいい一人の少年が、念仏を唱えながら、自分よりも何倍も大きな岩を押し動かしていた。

その光景に、汐はその場に縫い付けられたように動けなくなった。

 

(す、すごい・・・!あんな大岩を、道具もなしでたった一人で・・・!)

 

少年はしばらく岩を動かした後、その手を岩から離して一息ついた。それを見た汐は、思わず後ずさったが、その際に足元にあった小枝を踏みつけてしまった。

 

「誰だ!?」

 

乾いた音と同時に、少年は反射的に振り返り、汐はその顔に見覚えがあった。

 

顔に大きな傷があり、特徴的な髪形をした少年は、最終選別の時に生き残った者たちの一人だった。

 

「あっ、お前は・・・!最終選別の時の・・・!」

 

汐の顔に少年も見覚えがあったらしく、彼は大きく目を見開いて凝視した。

 

「あんたは・・・、最終選別の時に、女の子ぶん殴って炭治郎に腕折られた馬鹿!」

 

汐が少年を指さしてそう叫んだ瞬間、彼の顔が瞬時に真っ赤になった。

 

「なんだとテメエ!!」

 

激昂した少年は、汐の前に歯を剥き出しながら詰め寄った。

 

「何よ、本当の事じゃない!それに、あたし覚えてるんだからね!蝶屋敷でぶつかって来たくせに、謝りもしなかったこと!」

「うるせえ、知るかそんなこと!大体、お前のしゃべり方女みてぇで気持ち悪いんだよ!」

「なんですって!?」

 

この言葉に汐も激怒し、少年につかみかかった。ワダツミの子の特性で、男と間違われることはわかっていたのだが、そのことを忘れる程、汐の頭にも血が上っていた。

その行動に少年も怒りを爆発させ、汐の胸元をつかんだ。

 

その刹那、手元に違和感を感じた彼は、そのまま石のように固まった。彼が感じたのは、男ならばあるはずのない、柔らかい感触だった。

 

「・・・・え」

 

急に固まった少年に合わせるように、汐も固まり、そしてそのまま少年の手の位置に目を動かすと――。

 

「どこを・・・触ってんだクソ野郎ーーーっ!!!」

 

そのまま汐は左拳を、思い切り少年の顔にたたきつけ、鈍い音とうめき声が森中に響き渡った。

 

 

*   *   *   *   *

 

それから数分後。

 

「・・・・・」

 

腕を組み、微かに青筋を立てながら見下ろす悲鳴嶼の前で、汐と少年は縮こまっていた。

 

悲鳴嶼の体格の前では、二人はまるで小動物のようにも見えた。

 

「玄弥。感情を表に出すなとは言わないが、むやみやたらに人に絡むことはよせと言ったはずだ」

「はい・・・、すみません」

 

悲鳴嶼は、呆れた様子でそう言うと、玄弥と呼ばれた少年は、反論することなく素直に謝罪の言葉を口にした。

 

「それから、大海原。人を挑発するような事をしてはいけない。ましてや、君は女性なのだから、もう少し慎みある行動をするべきだ」

「・・・ごめんなさい」

 

落ち着いた、しかし威厳のある言葉に、流石の汐も反抗的に離れず、素直にその言葉を受け止めた。

 

「そして二人共。喧嘩をした後にするべきことは、わかるな?」

 

その言葉に二人は顔を見合わせると、互いに向き合って頭を下げた。

 

「悪かったな・・・」

「あたしも、ごめん」

 

二人で謝罪の言葉を口にして顔を上げれば、心なしか玄弥の顔が赤く染まっているように見えた。

 

「玄弥。私は彼女と話をする。お前は修行に戻れ」

「はい」

 

玄弥は短く返事をすると、そのまま汐の目を見ることなく、その場を立ち去った。

 

「このようなことになってしまって、すまなかったな。玄弥には、改めて話をしておくことにしよう。して、わざわざここまで訪ねてきたということは、甘露寺の?」

「あ、うん。みっちゃ・・・、師範がこれを悲鳴嶼さんにって。自分は緊急の任務で行けないから、渡してくれって頼まれたの」

 

汐はそう言って、持ってきた包みを悲鳴嶼の前に差し出した。すると、彼はそれを持ち上げ、感触を確かめるように触ったり、しばし持ち上げたりしたあと、その口元が微かに緩んだ。

 

「御足労、感謝する」

 

その包みが余程嬉しかったのか、彼の声色は心なしか弾んでいるようにも聞こえた。汐はそんな彼に驚きつつも、先ほどの玄弥の事を聞いてみることにした。

 

「ねえ、悲鳴嶼さん。前にあなたが言ってた弟子って、もしかしてあいつのこと?」

「そうだ。名前は不死川玄弥。訳があって正式な継子ではないが、私の弟子だ」

 

悲鳴嶼はそう言って、先ほど玄弥が出て行った方角をそっと見つめた。

 

(ん?不死川?不死川ってなんだか聞き覚えがあるわね・・・)

 

汐が首をひねっていると、悲鳴嶼は少し困ったように言った。

 

「奴はどうも、私以外の人と関わることを好まないようで、客人に対してもあのような態度をとってしまうのだ。不快にさせたのなら申し訳ない」

「ううん、気にしないで。あたしもついかっとなって殴っちゃったわけだし・・・。悲鳴嶼さんがそんなことを言う必要はないわ」

 

あたしの悪い癖ね、と言いながら汐は困ったように笑った。

 

「ところで大海原。この後は何か用事はあるか?」

「用事?今日の分の稽古は終わったから、特に何もないわ」

「そうか。なら、これから行う稽古の見学をしていかないか?勿論、君がよければの話だが」

 

思わぬ誘いに、汐は驚いて悲鳴嶼を見つめた。他の柱の稽古を見ることは、きっとこれからの事に役立つと、以前に甘露寺も言っていた。

その機会が思わぬ形で訪れたことに、汐の心は跳ね上がった。

 

「本当に!?見たいみたい!凄く見たい!!」

 

思わず子供の様にはしゃいだ汐は、慌てて口を両手で塞いだ。その顔が茹蛸の様に真っ赤になっていることに、悲鳴嶼が気づくことはなかった。

 

 

*   *   *   *   *

 

それから数時間後。汐はげっそりとした表情で、山道をとぼとぼと歩いていた。

 

(お、思っていたよりもずっと、いや、遥かにすごかったわ・・・)

 

汐が見学した悲鳴嶼の修行というものは、彼女の想像をはるかに超えていた。

 

汐が見学した稽古は、狭霧山で汐が割った滝の何十倍もの大きさの滝に打たれた後、玄弥の様に、大岩を念仏を唱えながら押し動かし、それから岩が括り付けられた丸太を背負いながら、下から火であぶるというものだった。

 

甘露寺や伊黒の稽古も苛酷だったが、悲鳴嶼の稽古は、それを上回るどころか天を突き抜ける程の苛酷さを示していた。

 

(もうあれ、稽古なんて呼ばないわよ。苦行よ苦行。善逸が見たら、間違いなく精神が死ぬわね)

 

だが、汐が度肝を抜かれたのはその稽古方法だけではなかった。

 

(それに言っちゃ悪いけど、悲鳴嶼さん教え方へったくそ!みっちゃんや炭治郎も教え方下手だけど、悲鳴嶼さんは考えるより感じろ見たいな感じで、具体的なやり方全然教えてくれないんだもの)

 

柱とは言え、皆が皆教え方が旨いわけじゃないことを、汐はこの時改めて痛感した。そして、甘露寺とは異なり、(時々私情をはさむとはいえ)伊黒の教え方が上手かった事を知ることになった。

 

(はぁ、見てるだけなのにどっと疲れたわ。早く帰ってお風呂にでも入ろう)

 

汐は死人のような顔でそのまま山を下りた後、わき目も降らずに自分の屋敷に戻り、そのまま風呂を沸かした後、湯船につかりながら眠ってしまった。

その為、逆上せてしまい、使用人によって助け出されることになってしまうのだった。

 

 

*   *   *   *   *

 

その夜。

 

「玄弥、どうした?先ほどから箸が進んでいない様だが・・・」

 

悲鳴嶼にそう言われて、玄弥ははっとした様子で彼の顔を見つめた。

 

「あ、だ、大丈夫です。なんでもないです」

 

そう言って玄弥は、再び箸を動かすが、その動きはどこかぎこちない。

その気配を感じた悲鳴嶼は、そっと口を開いた。

 

「昼間来た大海原の事が気になるか?」

「!?」

 

その言葉に玄弥は、危うく味噌汁をこぼしそうになってしまった。

 

「あ、すいません。えっと、その。あいつのことは、最終選別の時に顔だけは知っていたんですが、まさか、まさか女、だったなんて」

 

初めて顔を見た時は、炭治郎の陰に隠れてしまい印象は薄かったのだが、その時は珍しい髪をした男としか思っていなかった。

 

それが女だったということと、故意ではなかったとはいえ、女性の胸元を掴んでしまった事に、玄弥は罪悪感と焦りに似た感情を感じていた。

 

「私も人づてで聞いただけなのだが、彼女、大海原汐は、人の目を逸らす特性を持ち、そのせいで性別をよく間違われていたそうだ。私や宇髄など、一部例外はあるようだが、大概はお前の様に男と勘違いする者が多い」

「そう、だったんですか」

 

玄弥は少し上ずった声で返事をすると、何かを考えこむように目を伏せた。その気配を感じ、悲鳴嶼は小さくため息をついた。

 

(ううむ、大海原との接触は玄弥には些か酷だったか・・・?)

 

年頃の少年の複雑な心情を想いつつ、悲鳴嶼は小さく念仏を呟くのだった。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神
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