ウタカタノ花   作:薬來ままど

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これは、吉原に向かう前の時間軸の話


煉獄邸再び

抜けるような青空の下を、汐は重い足取りである場所へと向かっていた。手には、一枚の紙きれを握りしめて。

 

(まさか、またここへ来ることになるなんてね)

 

その場所が見えてきたとき、汐は複雑な思いを感じた。その場所とは、上弦の鬼と戦い、その命を散らした炎柱・煉獄杏寿郎の生家だった。

 

かつて汐は、炭治郎と共にこの場所へ赴き、煉獄の訃報と遺言を彼の家族に伝えた。その際、二人はひと悶着を起こしてしまい、なんとなく顔を合わせづらかったのだ。

しかし、汐の元に、槇寿郎が汐に会いたいと手紙をよこし、その申し出を無下にするわけにもいかず、汐はこうして赴いたのだった。

 

煉獄邸の前では、既に千寿郎が待っており、汐の姿を見るなり駆け寄ってきた。

 

「大海原さん、お久しぶりです」

「久しぶりね、千寿郎。あんたも元気そうで、何よりだわ」

 

そう言って握手を交わすと、千寿郎は汐に家の中に入るように促した。

 

通された居間では、煉獄の父、槇寿郎が汐を迎えるように静かに座っていた。

あの時会った時とは別人のような風貌に、汐は思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 

だが、

 

「すまなかった!!!」

 

槇寿郎は突然、畳に額を打ち付けるように頭を下げた。

 

「あの時は本当にすまなかった!!気が動転していたとはいえ、あろうことか、嫁入り前の女性に手を上げてしまうとは!男として、否、人間としてあるまじきことをした!すまなかった、本当にっ・・・!!」

「父上・・・」

 

汐に土下座をする槇寿郎の身体は、小刻みに震えており、そんな姿を見た汐は慌てた様子で口を開いた。

 

「ちょっとちょっと、顔を上げてよ。顔を殴られるなんて、初めての事じゃないし。それにもう終わったことだもの。あたしは気にしてないわ」

 

汐の言葉に、槇寿郎は顔を上げて汐の顔を見つめた。罪悪感でいっぱいの"目"をみて、汐は静かに首を横に振った。

 

「ほら、大の大人が、息子の前でそんなことをするもんじゃないわよ。それに、あたしの方こそ謝らないと。あの時はあんた達も煉獄、杏寿郎さんの事でいっぱいいっぱいだったし、ほとぼりが冷めるまで来るんじゃなかったんだわ。本当にごめんなさい」

 

汐はそう言って、槇寿郎と千寿郎に向かって深々と頭を下げた。その姿に、今度は二人の方が慌てた様子で口を開いた。

 

「そ、そんな。大海原さんは悪くありません。顔を上げてください」

 

このままでは謝り合戦が続いてしまうと踏んだ二人は、汐をなだめるとちゃぶ台の前に座らせた。

 

「えっと、すぐにお茶を入れてきますね」

 

千寿郎はそう言って、足早に今を出て行き、居間には汐と槇寿郎だけが残された。

 

(えっと・・・、何この空気。凄く気まずいんだけど。何か話さないと・・・。あ、でも、何を話そう)

 

汐は必死でこの重苦しい空気を変えようと、話題を探していた最中に、槇寿郎が突然口を開いた。

 

「大海原君、だったかな。君と竈門君には本当にすまないことをした。二人共、千寿郎の為に泣いてくれたそうだね。しかも、竈門君は千寿郎と手紙のやり取りをしてくれて、おかげであの子も随分元気になった」

「それは、よかったわ」

「言い訳にしか聞こえないが、私は自分の無能さに打ちのめされていた時、畳みかけるように妻、杏寿郎と千寿郎の母親を病気で失った。それからは酒に溺れ、蹲り続けたんだ。とんでもない大馬鹿者だ、私は」

 

槇寿郎の絞り出すような言葉を、汐は黙って聞いていた。

 

「杏寿郎は私などと違い、本当に素晴らしい息子だった。私が教えることを放棄した後でも、炎の呼吸の指南書を読み込んで鍛錬し、柱となった。たった三巻しかない本で。あの子は瑠火の、母親の血が濃いのだろう。彼女もまた、素晴らしい女性だった」

 

槇寿郎は何処か遠くを見るような目で、汐を見つめた。立て続けに妻と息子を亡くした彼の心中は、おそらく口ではとても言い表せないものだろう。

汐の心は、締め付けられるように痛くなった。

 

「それから、杏寿郎はよく君の事を話していた。私は殆ど聞き流してしまっていたが、千寿郎はよく覚えていた。素晴らしい歌声を持つ、青い髪の少女。あの子がああも、誰かの事を頻繁に話すことは、今まであまりなかった」

「そ、そうだったの。前に千寿郎からも聞いていたけれど、やっぱり少し照れるわね」

 

汐はむずがゆさを感じたのか、目を伏せながらそう言った。

そんな汐を見て、槇寿郎は意を決したように口を開いた。

 

「大海原君。無礼を承知で、君に頼みがあるんだ」

「あたしに、頼み?」

 

汐は突然の申し出に面食らうが、槇寿郎の真剣そのものの目に思わず息をのんだ。

 

「君の歌を、聴かせてほしい。君が杏寿郎の為に歌ってくれた歌を、私達にも歌って欲しいんだ」

「えっ・・・?」

 

その頼みごとに、汐は大きく目を見開いた。まさかここで歌をせがまれるとは、思ってもみなかった。

しかし、槇寿郎の"目"には、一切のからかいの意思などなく、真っ直ぐに汐を射抜いていた。

 

その時、お茶を乗せた盆を抱えた千寿郎が、そっと部屋に入ってきたが、ただならぬ雰囲気に、その顔は強張った。

 

「ち、父上?いったいどうしたのですか?」

 

微かに震える声に、汐は慌てて弁解すると、深くうなずいた。

 

「わかった。その申し出、喜んで受け入れるわ。中庭を少し貸してくれる?」

 

汐がそう言うと、槇寿郎は黙ってうなずき、汐はそっと立ち上がるとそのまま中庭へと足を進めた。

 

困惑する表情の千寿郎と、真剣な表情の槇寿郎。その二人の顔を交互に見た後、汐はそっと目を閉じて空を仰ぐようにして口を開いた。

 

大地が、空気が揺れたような衝撃が汐から波のように伝わり、二人の身体を穿った。荒々しくも、美しい旋律に、槇寿郎と千寿郎の全身に鳥肌が立った。

 

(これが、兄上がずっと聴きたかった、大海原さんの歌声・・・)

 

この世にある言葉では言い表せない洗練された歌声。全ての命が首を立てるような曲。

煉獄杏寿郎が、心から惹かれた歌が、二人の心を揺さぶっていた。

 

(なんて、なんて素晴らしい歌だ。いや、素晴らしいなんてものじゃない。もはや、人間の域を超えている。これが、青髪の少女の歌・・・)

 

その時、槇寿郎は汐の姿に、妻と息子の面影を感じた。二人の様に、彼女のまた誇り高き精神を宿していることを、感じ取ったのだ。

 

(ああっ・・・!!)

 

槇寿郎の目から、大粒の涙があふれ出し、来ていた着物を濡らしていった。青髪を揺らし、雄々しく唄を奏でるその少女から、妻と息子と同じ誇り高き精神を感じた。

 

それは千寿郎も同じだった。彼も、父親と同様、大粒の涙を流しながら、汐の歌に聞き入っていた。

 

その姿は、歌を奏でる汐の目にも入っていた。いつの間にか汐自身の目からも涙があふれ出し、頬を濡らしながら歌を奏でていた。

 

(煉獄さん・・・、聞こえる?あなたの為に歌った歌を、今、あなたの大切な家族も一緒に聴いているのよ)

 

汐は天国にいる彼の元へ届く様にと、さらに声を張り上げた。あの時の光景を、決して忘れぬようにと誓いながら。

 

 

*   *   *   *   *

 

「素晴らしい歌だった。本当にありがとう」

 

汐が歌い終わった後、槇寿郎は涙を拭きながら汐に心から礼を言った。千寿郎も、鼻を啜りながら汐に深々と頭を下げた。

 

「いいわよ、お礼なんて。あたしは、あたしにできることをしただけ。煉獄杏寿郎さんに救われた命で、やるべきことをしただけよ」

 

汐も微かに赤くなった目で、そう言って笑い、そんな姿を見た槇寿郎は、汐の心の強さを実感した。

 

「今日の事は、私も千寿郎も一生忘れることはないだろう。君と、君達の未来を、ささやかながら祈らせてもらうよ」

「ありがとう。あたしも、あの人の意思を忘れないように、明日を生きるわ」

「それと、君にこんなことを頼むのも気が引けるが、竈門君にも謝りたいと伝えて――」

「それは駄目。ちゃんとあなた自身の言葉で伝えてよ」

 

槇寿郎の言葉を汐は瞬時に突っぱね、千寿郎は顔を引き攣らせ、槇寿郎は焦ったように「そうだな」と言った。

 

「それじゃあ、あたしはそろそろお暇するわ。あまり遅くなると、みっちゃん、師範が心配するし」

「あ、ああ、そうだな。いきなり呼びつけて本当に悪かった」

「もう、大丈夫だって。あたしはこれっぽっちも迷惑なんてしてないんだから。もしもまた何かあったら、いつでも呼んで?できる限り答えるわ」

 

汐はにっこりと笑ってそう言うと、槇寿郎の胸が大きく音を立てた。そして、杏寿郎が何故ああも汐の事ばかり話すのか、理解できた気がした。

 

「あ、じゃあ僕がお見送りをします」

 

玄関を出ようとする汐の後ろを、千寿郎が付いていった。

 

「大海原さん、今日は本当にありがとうございました」

「あたしも、あんた達が少しでも元気になってくれてよかったわ」

 

汐は自分の今の嘘偽りない心を口にすると、千寿郎の顔に笑みが浮かんだ。

だが、次の瞬間、千寿郎の顔が少しだけ険しくなった。

 

「実は、あの時言いそびれたのですが、大海原さんに伝えておきたいことがありまして」

「伝えておきたいこと?」

「はい。先日、文献の修復をしていた時なのですが、気になる部分を見つけたんです」

 

千寿郎はそう言って、復元された文献の一部を、汐の前に突き出した。

 

「ほら、この部分を見てください」

 

千寿郎が指をさした場所には、少し滲んだ文字で【青い髪】と記されていた。

それを見た瞬間、汐は大きく目を見開いた。

 

「青い髪って、まさか」

「以前、兄上から青い髪の女性、ワダツミの子の事を少しだけ聞かされたので、もしやと思って調べたら――。だから今回、大海原さんを呼んだのは、この事を伝えるためでもあったんです」

「この文献って、確か戦国時代辺りに書かれたものよね。じゃあ、その時にもワダツミの子はいて、その時の鬼殺隊にいたってこと?」

 

思わぬところでワダツミの子の手掛かりが手に入ったものの、それはかえって謎を深めたように思えた。

 

「僕はこれからも、文献を修復します。日の呼吸やヒノカミ神楽の事もそうですが、もしもワダツミの子のことがわかったら、大海原さんにもすぐにお知らせします」

「ありがとう。でも、無理はしないで。あんたが倒れたりなんかしたら、あたしは煉獄さんに顔向けできないわ」

「はい。ありがとうございます」

「それと、あたしの事は汐でいいわ。名字で呼ばれるのは、あんまり慣れてないのよ。いいわね?」

 

汐の言葉に、千寿郎は驚きながらもうなずき、それを見た汐は再び笑顔を見せた。

 

「じゃあね、千寿郎。お父さんによろしく」

「あ、汐さん!」

 

帰ろうとした汐の背後から、千寿郎の呼び止める声がした。

汐が振り返ると、彼は目を泳がせながら言った。

 

「あのっ、もし、もしよければまた来てください。あ、それと、できれば、その。あなたにも手紙を書いても、よろしいですか?」

 

千寿郎は声を震わせながらそう言うと、汐はにっこりと満面の笑みを浮かべながら言った。

 

「いいわよ。すぐに返事できるかどうかはわからないけれど、あたしでよければいつでも」

 

その笑顔に千寿郎の胸が大きく音を立て、顔に熱が籠った。その変化に汐は気づくことなく、そのまま帰路へ着いた。

 

千寿郎は空を見上げて、静かに目を閉じた。脈打つ心臓の音を聴きながら、そっと口を開いた。

 

「兄上・・・、あなたが汐さんの事を、あれほどまでに気にしていた理由が、今わかった気がします。彼女は、素晴らしい女性です」

 

その呟きは風に乗り、はるか遠くまで流れていった。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神
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