「しおちゃんが復帰してから、初めての任務ね。だけど、浮かれてちゃ駄目よ。遊びに行くんじゃないんだからね」
「・・・あのさ、みっちゃん。すごくいいことを言っているつもりなんだろうけれど、その顔で言われても、説得力微塵もないからね。そっくりそのまま返すからね」
満面の笑みでそう言う甘露寺に、汐はため息をつきながらそう言った。
久しぶりの二人での任務であるせいか、甘露寺は危険な仕事に行くとは思えない程、ウキウキとした様子で荷造りをしていた。
気持ちはわからなくもないが、これではあまりにも威厳に欠けると、汐は思った。
「それにしても、いつもより荷物が多いわね。そんなに遠いの?」
「ええ。今回は数日掛けて行くくらい遠くだから、いろいろと念入りに準備しないと」
「数日!?相当遠いのね。そんな遠くに柱送るなんて、十二鬼月がいるのか、人手が足りないのか・・・」
どちらにしても、今こうしている間にも、鬼は人を襲い好き勝手に狼藉を繰り返しているだろう。
汐の"目"に闘志が宿り、手に力がこもった。
やがて荷造りを終えた二人は、甘露寺の屋敷の使用人と、汐の屋敷に派遣されている使用人に事情を話し、派遣先へと向かった。
流石に歩いていくのは遠すぎるため、時折乗り物にのりながら、二人は西の地を目指した。(汐は酔い止めの薬を、しっかりと飲んだ)
「ねえみっちゃん。あたし達が行くのって、どんなところ?」
汐が尋ねると、甘露寺は少し困ったように言った。
「西の方角とは聞いているけれど、詳しい場所までは何も」
「そう。相変わらず、大雑把な連絡よね、鎹鴉って」
汐は口を尖らせてぼやき、甘露寺も同意するようにうなずいた。
「まったく、命かける危険な仕事なんだから、前情報くらいきちんとしてほしいわ!」
「その気持ちはわかるけれど、鬼の調査って本当に大変なのよ。言い方は悪いけれど、何かが起きてからじゃないと動けないことも多いの」
そう言う甘露寺の"目"には、微かに悲しみが宿っていた。
「ここで考えていても、始まらないわ。とりあえず、この先にある藤の花の家で情報を集めましょう」
「そうね。そうしましょう」
二人は互いに顔を見合わせると、同時にうなずいた。
そして藤の花の家に近づくにつれ、汐は周りの景色に奇妙な既視感を覚えていた。
(あれ?この道、何だか見覚えがあるような・・・)
しかし、その既視感の正体がわからないまま、汐達は藤の花の家につくのだった。
* * * * *
「お待ちしておりました、鬼狩り様」
藤の家につくと、すぐに家主らしき男が出迎えてくれた。
そんな彼に、甘露寺は礼を言うと、状況がどうなっているか尋ねた。
「鬼が出るというのは、この先の港町の近くで御座います。ここから少し先に、小さな港町があるのですが、最近はその付近に鬼が出てしまい、僅かながら被害が出ている模様です」
港町と聞いて、二人の肩が小さく跳ねた。特に汐は、心当たりがあると言わんばかりに、大きく目を見開いていた。
「ね、ねえ!その港町の近くに、その、漁村とかってあったりする?」
汐がたまらず身を乗り出して尋ねると、家主の男は驚いた顔をしながらも口を開いた。
「え、ええっと。話でしか聞いたことはありませんが、大規模な災害があって壊滅してしまった村があったと」
男の言葉に、汐の顔色がみるみるうちに変わっていった。それを見て、男は察したのか口を慌てて閉じた。
「も、申し訳ありません!私はなんてことを・・・」
「いいえ、あんたは悪くないわ。貴重な話を聞かせてくれて、ありがとう」
汐は引きつった笑顔でそう言うと、男は申し訳なさそうな顔をしながら部屋を後にした。
「しおちゃん・・・」
あまりの事に、流石の甘露寺もかける言葉が見つからず、その背中を見つめることしかできなかった。
「成程。鬼の事は極力伏せられているから、災害が起きたってことにしてくれたのね。流石はお館様だわ」
そう言う汐の顔は引きつっており、心なしか瞳も揺れていた。
「あたし、鬼殺隊士になってから、一度も村には帰っていなかったの。吹っ切れたかと思ったけれど、やっぱりできてなかったみたい。嫌になっちゃうわ。自分がこんなに弱いなんてさ」
汐の力ない言葉が響き、甘露寺はたまらなくなり、汐を後ろから抱きしめた。
「駄目よ、しおちゃん。そんな風に言うのはやめて。あなたが辛いと、私も辛いの」
甘露寺の身体と声は震えていて、それだけで汐を気遣っているのが嫌でも伝わり、汐の胸も苦しくなった。
「あなたは強くなっているわ。吉原の件だって、誰一人として犠牲者が出なかったんだもの。だからあんまり、一人で抱えたりしないで」
「みっちゃん・・・」
甘露寺の優しさに胸を撃たれる汐だったが、ふと、彼女の呟いた言葉が引っ掛かり、思わず声を上げた。
「ちょっと待って。あんた今、犠牲者が一人も出なかったって言った?」
「え、ええ。言ったけれど・・・」
「本当に!?あんなに街がズタボロになって、あちこち血まみれになってたのに!?」
汐は驚きのあまり、目を剥きだしながら叫んだ。
汐の記憶では、あの時堕姫と妓夫太郎が暴れに暴れ、町には甚大な被害が出たはずだった。
炭治郎が負傷したあの時にも、倒れ伏している人間を何人か見た気がした。
しかし、甘露寺は首を大きく横に振ると言った。
「それがね、あれだけ大きな被害が出たにもかかわらず、亡くなった人は一人もいなかったらしいの。かなりの重傷者もいたけれど、今現在も誰かが亡くなったという話は聞かないわ。この知らせを聞いた宇髄さんも、相当びっくりしてたらしいわよ」
そう言う甘露寺の言葉に、汐はあの時の事を思い出していた。
堕姫が大きく帯を振る寸前、汐が叫んだ時に、僅かだが帯の動きが鈍くなっていた。おそらく、その時に帯の軌道が僅かに逸れたのだろう。
ただ、それでも完全に防ぐことはできず、周りの人間や炭治郎にも、深手を負わせてしまった事は事実だ。
汐はぎゅっと唇をかみしめて俯き、甘露寺は慰めるつもりが、逆に嫌なことを思い出させてしまった事を察し、顔を歪ませた。
その時だった。
「失礼いたします」
襖の外から声が漏れ、その後にそっと襖が開いた。そこには、先ほどの男とは別の、男の妻らしき女がいた。
「お茶をお持ちいたしました。よろしければどうぞ」
「あ、ありがとうございます。しおちゃん、今は気持ちを切り替えて、お茶を頂きましょう」
甘露寺は明るい声でそう言うと、女から茶と茶菓子のせんべいを受け取った。
すると、女の目が汐の真っ青な髪を捕らえ、驚いたように息をのんだ。
「まあ、綺麗な青色の髪ですね。まるで、ワダツミヒメ様みたい」
「えっ!?」
女の言葉を聞いて、汐は目を剥いて顔を向けた。
「ワダツミヒメの話、知ってるの!?」
「はい。このあたりでは、割と有名なお話ですから」
女はにっこりと笑って、壁に掛けられた掛け軸を指さした。
そこには、海の中から太陽を見つめる、一輪の花を持った女性の姿が描かれていた。
「あたしもその話、知ってるわ。ワダツミヒメが天上の神様に恋をして、幻の【泡沫の花】を探して見つけるも、神様には別の相手がいて、悲しみにくれたワダツミヒメは、荒ぶる神になって鎮められたっていう話」
汐は故郷の事を思い出したのか、悲しげな声でそう言った。
すると、女は首をかしげながら、徐に口を開いた。
「変ですねぇ。私が聞いた、ワダツミヒメ様のお話と違います」
「違う?」
今度は汐が首をかしげると、女は頷き、語りだした。
「ワダツミヒメ様が泡沫の花を探し出すところは同じなのですが、天上の神様には不治の病を患った妹君がいて、神様は毎日胸を痛めていたそうです。それを知ったワダツミヒメ様は、二人を不憫に思い、泡沫の花に願ったのです」
――私の命と引き換えに、あの方の妹様の病を治してくださいませ
「その願いは聞き届けられ、妹君の病は治ったのですが、その代償にワダツミヒメ様は命を落とされ、海の泡へと姿を変えました。そして、妹君の回復に疑問を抱いた神様は、紆余曲折あってワダツミヒメ様の存在を知ります。そして、妹君の為に命を落とした彼女を憐れみ、彼女を鎮める歌を歌ったそうです」
女の語った物語は、汐の聞いた話とはだいぶ異なっていた。だがそれでも、切なく、悲しい物語であることは変わりない。
「そのワダツミヒメ様は、目が覚めるような真っ青な髪の色をしておられたそうです。もしかしてあなたは、ワダツミヒメ様の生まれ変わりやも、しれませんね」
女はそう言って、静かに部屋を後にした。
汐は茶をすすりながら、先ほどの話を考えていた。
不治の病の妹を持つ、天上の神。まるで炭治郎と禰豆子のようだ。
そして、ワダツミヒメは、まるで自分のようだった。
ただ一つだけ違うのは、ワダツミヒメは、自分の命を犠牲にして妹を救った。しかし、自分はまだ生きていて、禰豆子は不治の病ではない。
(そうだ。あたしは、皆の仇を討ちたいだけじゃなく、あの二人の幸せを守りたいんだ。ワダツミヒメは、自分の命を顧みずに二人を救った。だったらあたしも、命を懸けて守らないと)
「みっちゃん」
汐は真剣な目で、甘露寺を見据えた。
「行こう、鬼を倒しに。あたしや炭治郎達みたいな人達を、これ以上増やしちゃいけない。そのために、あたし達鬼殺隊がいるんだから、あたし達にできることをしなくちゃ」
「しおちゃん・・・」
汐が完全に吹っ切れたかどうかは、その時の甘露寺にはわからなかった。
だが、自分を真っ直ぐに見つめるその顔は、まごうことなき鬼狩りの顔であった。
* * * * *
翌日。二人は荷物をそのままに、現場近くにある港町を目指して歩きだした。
街に近づくにつれ、潮の香りが漂い始め、周りの景色が見覚えのあるものに変わってきていた。
(やっぱり、あの港町だ。おやっさんの薬を、珠世さんから受け取った時の、あの・・・)
そのせいか、汐の顔つきがだんだん険しいものになっていき、それを見た甘露寺は、そっと汐の手を握った。
「大丈夫?辛いなら、私に任せてあなたは藤の花の家で休んでいてもいいのよ?」
「ありがとう、みっちゃん。でも、辛いなんて言ってられないわ。ここはあたしの故郷だもの。そこを好き勝手にしている馬鹿どもを、のさばらせてなんか置けない」
汐は凛とした声でそう言い、それを聞いた甘露寺の胸が音を立てた。
汐達が訪れた港町は、建物などは変わっていないが、人の気配が全くしなかった。
あちこちの建物の窓は塞がれ、道には割れた瓶や腐った食べ物が落ちていた。
聞こえるのは、波が打ち寄せる音だけだ。
(信じられない。これがあの港町なの・・・?)
汐は呆然と街の様子を眺めていたが、すぐに気持ちを切り替えて、情報を集めることにした。
まずは人を探さねばと、甘露寺と二人で街を歩きだした。
汐はあちこちを見回しながら、あの時の出来事を思い出していた。玄海の病が治ると信じて、疑わなかったあの頃を。
だが今は、そんな干渉に浸っている余裕はない。そう自分に言い聞かせながら、汐は足を進めた。
「あっ、しおちゃん、みて!」
突然甘露寺が声を上げ、ある方向を指さした。そこには、人目を避けるようにして作業をする、漁師のような姿の男が一人いた。
「あの人に話を聞いてみましょう!」
甘露寺はそう言って、汐を連れて男に近寄った。
「あの、すみません!ちょっとお聞きしたいことが・・・」
甘露寺が声を掛けると、男は悲鳴を上げて肩を大きく震わせると、そのまま猫の様に蹲った。
「きゃっ、ご、ごめんなさい!脅かすつもりはなかったの!」
甘露寺が慌ててそう言うと、男は少しだけ顔を上げながら、二人を恐る恐る見上げた。
「あ、あんたらは、あの【呪われた村】の化け物じゃないのか?」
「「呪われた村?」」
二人が声をそろえて言うと、男は二人をまじまじと見て、ほっと息をついた。
「化け物っていうのは鬼の事かしら?だったら心配いらないわ。あいつらは陽の光に弱いから、昼間には絶対に出てこないはずよ」
「先ほどおっしゃっていた【呪われた村】というのは、何ですか?この港町に、一体何が?」
甘露寺が優しい声色でそう聞くと、男は矢継ぎ早に話し始めた。
「この港町は、漁だけでなく、周りの漁村から売られてくるもので成り立っていたんだ。だけど、化け物のせいで、まともに漁にも出られなくなってしまった。それもこれも、全部あの村のせいだ」
「呪われた村の事、ですか?」
「ああそうだ!何年か前に災害だか何だかで、一つの村が滅んだ。それ以来、このあたりに化け物が出るようになったんだ。あの村が滅んだせいで、こっちにもとばっちりが・・・!」
男がそこまで言いかけた瞬間、汐は男の胸ぐらを乱暴に掴み、顔を近づけた。
「さっきから黙って聞いてりゃ、呪われただの、村のせいだの好き勝手ばっかり言いやがって!あんたにあの村の何がわかんのよ!!」
汐は顔中に青筋を浮かべながら、怖ろしい形相で男に詰め寄った。その顔を見て男は悲鳴を上げ、甘露寺は慌てて汐を男から引き離した。
「ごめんなさい!と、とにかく!その村に鬼が出ることはわかりましたので、これから退治しに行きます。だから、安心してください」
甘露寺は花のような笑顔でそう答えると、男の顔に微かな安堵が浮かんだ。
男が去った後、甘露寺は険しい顔で汐を叱った。
「しおちゃん、気持ちはわかるけど、人を怖がらせては駄目。あなただって小さな子供じゃないんだから、いいことと悪いことの区別はつくはずでしょう?」
「それは、わかってる。でも、でも!あたしの故郷をあんなふうに言われたことが、悔しくて、許せなくて・・・!!」
汐は、湧き上がってくる黒い感情を抑えようと、ぎゅっと拳を握りしめた。
そんな汐の背中を、甘露寺は優しくなでた。
「あなたが故郷を愛する気持ちは本物ね。だからこそ、冷静にならなくちゃ駄目。これ以上鬼達に、あなたの故郷を穢されない為に、自分をしっかり持ちましょう」
甘露寺の言葉に、汐は湧き上がってきた黒い感情が、波の様に引いていくのを感じた。そしてしっかりと彼女の目を見据え、頷くのだった。
汐はどちらに値すると思いますか?
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漆黒の意思
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黄金の精神