ウタカタノ花   作:薬來ままど

117 / 171
故郷へ(前編)

「しおちゃんが復帰してから、初めての任務ね。だけど、浮かれてちゃ駄目よ。遊びに行くんじゃないんだからね」

「・・・あのさ、みっちゃん。すごくいいことを言っているつもりなんだろうけれど、その顔で言われても、説得力微塵もないからね。そっくりそのまま返すからね」

 

満面の笑みでそう言う甘露寺に、汐はため息をつきながらそう言った。

 

久しぶりの二人での任務であるせいか、甘露寺は危険な仕事に行くとは思えない程、ウキウキとした様子で荷造りをしていた。

気持ちはわからなくもないが、これではあまりにも威厳に欠けると、汐は思った。

 

「それにしても、いつもより荷物が多いわね。そんなに遠いの?」

「ええ。今回は数日掛けて行くくらい遠くだから、いろいろと念入りに準備しないと」

「数日!?相当遠いのね。そんな遠くに柱送るなんて、十二鬼月がいるのか、人手が足りないのか・・・」

 

どちらにしても、今こうしている間にも、鬼は人を襲い好き勝手に狼藉を繰り返しているだろう。

汐の"目"に闘志が宿り、手に力がこもった。

 

やがて荷造りを終えた二人は、甘露寺の屋敷の使用人と、汐の屋敷に派遣されている使用人に事情を話し、派遣先へと向かった。

 

流石に歩いていくのは遠すぎるため、時折乗り物にのりながら、二人は西の地を目指した。(汐は酔い止めの薬を、しっかりと飲んだ)

 

「ねえみっちゃん。あたし達が行くのって、どんなところ?」

 

汐が尋ねると、甘露寺は少し困ったように言った。

 

「西の方角とは聞いているけれど、詳しい場所までは何も」

「そう。相変わらず、大雑把な連絡よね、鎹鴉って」

 

汐は口を尖らせてぼやき、甘露寺も同意するようにうなずいた。

 

「まったく、命かける危険な仕事なんだから、前情報くらいきちんとしてほしいわ!」

「その気持ちはわかるけれど、鬼の調査って本当に大変なのよ。言い方は悪いけれど、何かが起きてからじゃないと動けないことも多いの」

 

そう言う甘露寺の"目"には、微かに悲しみが宿っていた。

 

「ここで考えていても、始まらないわ。とりあえず、この先にある藤の花の家で情報を集めましょう」

「そうね。そうしましょう」

 

二人は互いに顔を見合わせると、同時にうなずいた。

 

そして藤の花の家に近づくにつれ、汐は周りの景色に奇妙な既視感を覚えていた。

 

(あれ?この道、何だか見覚えがあるような・・・)

 

しかし、その既視感の正体がわからないまま、汐達は藤の花の家につくのだった。

 

 

*   *   *   *   *

 

「お待ちしておりました、鬼狩り様」

 

藤の家につくと、すぐに家主らしき男が出迎えてくれた。

そんな彼に、甘露寺は礼を言うと、状況がどうなっているか尋ねた。

 

「鬼が出るというのは、この先の港町の近くで御座います。ここから少し先に、小さな港町があるのですが、最近はその付近に鬼が出てしまい、僅かながら被害が出ている模様です」

 

港町と聞いて、二人の肩が小さく跳ねた。特に汐は、心当たりがあると言わんばかりに、大きく目を見開いていた。

 

「ね、ねえ!その港町の近くに、その、漁村とかってあったりする?」

 

汐がたまらず身を乗り出して尋ねると、家主の男は驚いた顔をしながらも口を開いた。

 

「え、ええっと。話でしか聞いたことはありませんが、大規模な災害があって壊滅してしまった村があったと」

 

男の言葉に、汐の顔色がみるみるうちに変わっていった。それを見て、男は察したのか口を慌てて閉じた。

 

「も、申し訳ありません!私はなんてことを・・・」

「いいえ、あんたは悪くないわ。貴重な話を聞かせてくれて、ありがとう」

 

汐は引きつった笑顔でそう言うと、男は申し訳なさそうな顔をしながら部屋を後にした。

 

「しおちゃん・・・」

 

あまりの事に、流石の甘露寺もかける言葉が見つからず、その背中を見つめることしかできなかった。

 

「成程。鬼の事は極力伏せられているから、災害が起きたってことにしてくれたのね。流石はお館様だわ」

 

そう言う汐の顔は引きつっており、心なしか瞳も揺れていた。

 

「あたし、鬼殺隊士になってから、一度も村には帰っていなかったの。吹っ切れたかと思ったけれど、やっぱりできてなかったみたい。嫌になっちゃうわ。自分がこんなに弱いなんてさ」

 

汐の力ない言葉が響き、甘露寺はたまらなくなり、汐を後ろから抱きしめた。

 

「駄目よ、しおちゃん。そんな風に言うのはやめて。あなたが辛いと、私も辛いの」

 

甘露寺の身体と声は震えていて、それだけで汐を気遣っているのが嫌でも伝わり、汐の胸も苦しくなった。

 

「あなたは強くなっているわ。吉原の件だって、誰一人として犠牲者が出なかったんだもの。だからあんまり、一人で抱えたりしないで」

「みっちゃん・・・」

 

甘露寺の優しさに胸を撃たれる汐だったが、ふと、彼女の呟いた言葉が引っ掛かり、思わず声を上げた。

 

「ちょっと待って。あんた今、犠牲者が一人も出なかったって言った?」

「え、ええ。言ったけれど・・・」

「本当に!?あんなに街がズタボロになって、あちこち血まみれになってたのに!?」

 

汐は驚きのあまり、目を剥きだしながら叫んだ。

汐の記憶では、あの時堕姫と妓夫太郎が暴れに暴れ、町には甚大な被害が出たはずだった。

炭治郎が負傷したあの時にも、倒れ伏している人間を何人か見た気がした。

 

しかし、甘露寺は首を大きく横に振ると言った。

 

「それがね、あれだけ大きな被害が出たにもかかわらず、亡くなった人は一人もいなかったらしいの。かなりの重傷者もいたけれど、今現在も誰かが亡くなったという話は聞かないわ。この知らせを聞いた宇髄さんも、相当びっくりしてたらしいわよ」

 

そう言う甘露寺の言葉に、汐はあの時の事を思い出していた。

 

堕姫が大きく帯を振る寸前、汐が叫んだ時に、僅かだが帯の動きが鈍くなっていた。おそらく、その時に帯の軌道が僅かに逸れたのだろう。

ただ、それでも完全に防ぐことはできず、周りの人間や炭治郎にも、深手を負わせてしまった事は事実だ。

 

汐はぎゅっと唇をかみしめて俯き、甘露寺は慰めるつもりが、逆に嫌なことを思い出させてしまった事を察し、顔を歪ませた。

 

その時だった。

 

「失礼いたします」

 

襖の外から声が漏れ、その後にそっと襖が開いた。そこには、先ほどの男とは別の、男の妻らしき女がいた。

 

「お茶をお持ちいたしました。よろしければどうぞ」

「あ、ありがとうございます。しおちゃん、今は気持ちを切り替えて、お茶を頂きましょう」

 

甘露寺は明るい声でそう言うと、女から茶と茶菓子のせんべいを受け取った。

すると、女の目が汐の真っ青な髪を捕らえ、驚いたように息をのんだ。

 

「まあ、綺麗な青色の髪ですね。まるで、ワダツミヒメ様みたい」

「えっ!?」

 

女の言葉を聞いて、汐は目を剥いて顔を向けた。

 

「ワダツミヒメの話、知ってるの!?」

「はい。このあたりでは、割と有名なお話ですから」

 

女はにっこりと笑って、壁に掛けられた掛け軸を指さした。

 

そこには、海の中から太陽を見つめる、一輪の花を持った女性の姿が描かれていた。

 

「あたしもその話、知ってるわ。ワダツミヒメが天上の神様に恋をして、幻の【泡沫の花】を探して見つけるも、神様には別の相手がいて、悲しみにくれたワダツミヒメは、荒ぶる神になって鎮められたっていう話」

 

汐は故郷の事を思い出したのか、悲しげな声でそう言った。

すると、女は首をかしげながら、徐に口を開いた。

 

「変ですねぇ。私が聞いた、ワダツミヒメ様のお話と違います」

「違う?」

 

今度は汐が首をかしげると、女は頷き、語りだした。

 

「ワダツミヒメ様が泡沫の花を探し出すところは同じなのですが、天上の神様には不治の病を患った妹君がいて、神様は毎日胸を痛めていたそうです。それを知ったワダツミヒメ様は、二人を不憫に思い、泡沫の花に願ったのです」

 

――私の命と引き換えに、あの方の妹様の病を治してくださいませ

 

「その願いは聞き届けられ、妹君の病は治ったのですが、その代償にワダツミヒメ様は命を落とされ、海の泡へと姿を変えました。そして、妹君の回復に疑問を抱いた神様は、紆余曲折あってワダツミヒメ様の存在を知ります。そして、妹君の為に命を落とした彼女を憐れみ、彼女を鎮める歌を歌ったそうです」

 

女の語った物語は、汐の聞いた話とはだいぶ異なっていた。だがそれでも、切なく、悲しい物語であることは変わりない。

 

「そのワダツミヒメ様は、目が覚めるような真っ青な髪の色をしておられたそうです。もしかしてあなたは、ワダツミヒメ様の生まれ変わりやも、しれませんね」

 

女はそう言って、静かに部屋を後にした。

 

汐は茶をすすりながら、先ほどの話を考えていた。

不治の病の妹を持つ、天上の神。まるで炭治郎と禰豆子のようだ。

 

そして、ワダツミヒメは、まるで自分のようだった。

 

ただ一つだけ違うのは、ワダツミヒメは、自分の命を犠牲にして妹を救った。しかし、自分はまだ生きていて、禰豆子は不治の病ではない。

 

(そうだ。あたしは、皆の仇を討ちたいだけじゃなく、あの二人の幸せを守りたいんだ。ワダツミヒメは、自分の命を顧みずに二人を救った。だったらあたしも、命を懸けて守らないと)

 

「みっちゃん」

 

汐は真剣な目で、甘露寺を見据えた。

 

「行こう、鬼を倒しに。あたしや炭治郎達みたいな人達を、これ以上増やしちゃいけない。そのために、あたし達鬼殺隊がいるんだから、あたし達にできることをしなくちゃ」

「しおちゃん・・・」

 

汐が完全に吹っ切れたかどうかは、その時の甘露寺にはわからなかった。

だが、自分を真っ直ぐに見つめるその顔は、まごうことなき鬼狩りの顔であった。

 

 

*   *   *   *   *

 

 

翌日。二人は荷物をそのままに、現場近くにある港町を目指して歩きだした。

街に近づくにつれ、潮の香りが漂い始め、周りの景色が見覚えのあるものに変わってきていた。

 

(やっぱり、あの港町だ。おやっさんの薬を、珠世さんから受け取った時の、あの・・・)

 

そのせいか、汐の顔つきがだんだん険しいものになっていき、それを見た甘露寺は、そっと汐の手を握った。

 

「大丈夫?辛いなら、私に任せてあなたは藤の花の家で休んでいてもいいのよ?」

「ありがとう、みっちゃん。でも、辛いなんて言ってられないわ。ここはあたしの故郷だもの。そこを好き勝手にしている馬鹿どもを、のさばらせてなんか置けない」

 

汐は凛とした声でそう言い、それを聞いた甘露寺の胸が音を立てた。

 

汐達が訪れた港町は、建物などは変わっていないが、人の気配が全くしなかった。

あちこちの建物の窓は塞がれ、道には割れた瓶や腐った食べ物が落ちていた。

聞こえるのは、波が打ち寄せる音だけだ。

 

(信じられない。これがあの港町なの・・・?)

 

汐は呆然と街の様子を眺めていたが、すぐに気持ちを切り替えて、情報を集めることにした。

まずは人を探さねばと、甘露寺と二人で街を歩きだした。

 

汐はあちこちを見回しながら、あの時の出来事を思い出していた。玄海の病が治ると信じて、疑わなかったあの頃を。

だが今は、そんな干渉に浸っている余裕はない。そう自分に言い聞かせながら、汐は足を進めた。

 

「あっ、しおちゃん、みて!」

 

突然甘露寺が声を上げ、ある方向を指さした。そこには、人目を避けるようにして作業をする、漁師のような姿の男が一人いた。

 

「あの人に話を聞いてみましょう!」

 

甘露寺はそう言って、汐を連れて男に近寄った。

 

「あの、すみません!ちょっとお聞きしたいことが・・・」

 

甘露寺が声を掛けると、男は悲鳴を上げて肩を大きく震わせると、そのまま猫の様に蹲った。

 

「きゃっ、ご、ごめんなさい!脅かすつもりはなかったの!」

 

甘露寺が慌ててそう言うと、男は少しだけ顔を上げながら、二人を恐る恐る見上げた。

 

「あ、あんたらは、あの【呪われた村】の化け物じゃないのか?」

「「呪われた村?」」

 

二人が声をそろえて言うと、男は二人をまじまじと見て、ほっと息をついた。

 

「化け物っていうのは鬼の事かしら?だったら心配いらないわ。あいつらは陽の光に弱いから、昼間には絶対に出てこないはずよ」

「先ほどおっしゃっていた【呪われた村】というのは、何ですか?この港町に、一体何が?」

 

甘露寺が優しい声色でそう聞くと、男は矢継ぎ早に話し始めた。

 

「この港町は、漁だけでなく、周りの漁村から売られてくるもので成り立っていたんだ。だけど、化け物のせいで、まともに漁にも出られなくなってしまった。それもこれも、全部あの村のせいだ」

「呪われた村の事、ですか?」

「ああそうだ!何年か前に災害だか何だかで、一つの村が滅んだ。それ以来、このあたりに化け物が出るようになったんだ。あの村が滅んだせいで、こっちにもとばっちりが・・・!」

 

男がそこまで言いかけた瞬間、汐は男の胸ぐらを乱暴に掴み、顔を近づけた。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ、呪われただの、村のせいだの好き勝手ばっかり言いやがって!あんたにあの村の何がわかんのよ!!」

 

汐は顔中に青筋を浮かべながら、怖ろしい形相で男に詰め寄った。その顔を見て男は悲鳴を上げ、甘露寺は慌てて汐を男から引き離した。

 

「ごめんなさい!と、とにかく!その村に鬼が出ることはわかりましたので、これから退治しに行きます。だから、安心してください」

 

甘露寺は花のような笑顔でそう答えると、男の顔に微かな安堵が浮かんだ。

 

男が去った後、甘露寺は険しい顔で汐を叱った。

 

「しおちゃん、気持ちはわかるけど、人を怖がらせては駄目。あなただって小さな子供じゃないんだから、いいことと悪いことの区別はつくはずでしょう?」

「それは、わかってる。でも、でも!あたしの故郷をあんなふうに言われたことが、悔しくて、許せなくて・・・!!」

 

汐は、湧き上がってくる黒い感情を抑えようと、ぎゅっと拳を握りしめた。

そんな汐の背中を、甘露寺は優しくなでた。

 

「あなたが故郷を愛する気持ちは本物ね。だからこそ、冷静にならなくちゃ駄目。これ以上鬼達に、あなたの故郷を穢されない為に、自分をしっかり持ちましょう」

 

甘露寺の言葉に、汐は湧き上がってきた黒い感情が、波の様に引いていくのを感じた。そしてしっかりと彼女の目を見据え、頷くのだった。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。