陽が落ち始めたころ。
港町で話を聞いた汐達は、その現場である村跡地へと向かった。
甘露寺は汐の精神状態を危惧して、何度も声を掛けたが、汐は微笑みながら頷くだけだった。
やがて、潮の香りが強くなり、潮騒の音が聞こえてきた頃。
「着いた・・・」
汐が呟く様に言葉を漏らし、甘露寺は目の前の光景に目を見開いた。
そこには、静かに波打つ海と、一面の砂浜が眼前に広がっていた。
建物の影は全くなく、流木すら流れ着いていない、殺風景な場所だった。
「ここが、しおちゃんの故郷・・・」
「故郷
汐は甘露寺の言葉を訂正すると、そのまま砂浜の上を歩きだした。
「懐かしいなぁ。確かこの辺には悪戯っ子たちの家があって、おばさんがいつも手を焼いていたっけ。そしてその向かい側には、絹と庄吉おじさんの家があって・・・」
汐は砂浜の上を指さしながら、昔のことを思い出しながら言葉を紡いでいた。それを見た甘露寺は、胸が張り裂けるような痛みを感じた。
「しおちゃん、あのね・・・「さて。感傷に浸るのはこれくらいにして、鬼の根倉を探しましょ」
甘露寺の言葉を遮って、汐は決意に満ちた強い声で言った。その変わり様に、甘露寺は面食らったが、歩きだす汐をを慌てて追った。
「それで、鬼の居場所の目星はついているの?」
汐の隣を歩きながら、甘露寺は怪訝そうな顔でそう尋ねた。
「このあたりで鬼が隠れそうな場所って言ったら、あそこしかない。鯨岩っていう大きな岩がある入江。あそこは結構入り組んでいるし、前にも海賊共が根倉にしていたことがあったから。ほら、あそこに見える大岩がそうよ」
汐はそう言って、少し離れた位置にある大きな岩を指さした。
「わぁ、本当に大きな岩ね」
甘露寺は少しでも雰囲気を明るくしようと声を張り上げ、汐は小さくうなずきながら答えた。
「あの岩は遠くからでも目立つから、漁に出た漁師たちの目印にもなっていたの。あたしも随分、あの岩に助けられたわ」
汐はそんな話をしながら、鯨岩のある入り江へと足を進めると、やがて二人の前に大きな洞窟が姿を現した。
「鬼の気配がする・・・。どうやらここで当たりだったようね」
「ええ、気を付けましょう」
汐は目を鋭くさせながら、甘露寺と共に刀の柄に手をかけた。
すると、ずるずると重いものを引きずるような音が、洞窟の奥から響いてきた。
二人が刀を構えてから数秒後、鬼はその全容を現した。
上半身は大人の人間ほどの大きさだが、その身体は鱗に覆われ、耳のある位置にはひれが付いていた。
そして下半身には、人の胴体程のある六本の触手が生えており、そのいずれかにも目のない口があって、鋸のような歯が覗いていた。
「きゃあああ!!!」
そのあまりにも醜悪な姿に、甘露寺は思わず悲鳴を上げた。汐も、鬼の"目"を見て吐き気を覚えるが、それを打ち消すかのように殺意の炎が胸の中で燃えた。
「ほぉ・・・、これはこれは・・・。中々旨そうな女子供が迷い込んできおった」
鬼の口が弧を描き、血のような真っ赤な舌が飛び出した。
「漁師共の塩辛くて不味い肉に、そろそろ飽きてきたところだ。久々の御馳走、味わって食べるとしよう」
鬼はそう言うなり、上半身から光る鱗を二人に向かって飛ばしてきた。
汐は右に、甘露寺が左によけると、鱗は二人がいた場所にあった岩を、真っ二つに斬り裂いた。
(あんな固い岩を、パンケーキみたいに斬ってしまったわ!あんなのに当たったら、細切れになっちゃう!!)
甘露寺が顔をしかめたその時、鬼の下半身についている大きな口が、あたりの岩を噛み砕きながら迫ってきていた。
(きゃー!こっちは目につくものを、何でも食べてしまうのね!目はないけれど!)
甘露寺は刀を抜くと、鮮やかな桃色の刀身が姿を現した。しかし、それは通常の刀の形状とは異なっていた。
彼女の使う日輪刀は、まるで鞭のように長く、布の様に薄かった。
それを初めて見た汐は、目を点にさせ、二度見どころか何度見をしたくらい、奇抜な刀だった。
「行くわよ!」
甘露寺は大きく息を吸うと、荒れ狂う下半身に向かって突っ込んでいった。
――恋の呼吸・壱ノ型――
――初恋のわななき!!
甘露寺の一太刀がうねる様に触手を捕らえ、瞬時にバラバラに斬り裂いた。その速さは、元忍びである宇髄をも上回るものだ。
鬼はその速さを見て、甘露寺が只者ではないことを察した。だが、斬り裂かれは触手はすぐに再生し、そこに新たな口が現れた。
(きゃー、気持ち悪い!!)
甘露寺は顔を青ざめさせながら、増えた口に向かって刀を振るっていた、その時だった。
――ウタカタ・参ノ旋律――
――束縛歌!!!
死角から現れた汐が歌を奏で、鬼の身体を拘束し、そのまま汐は、頸めがけて刀を振り下ろした。
だが、
「くっ!」
汐の刀は、鬼の頸に覆われたフジツボに阻まれてしまい、そのせいか刀が僅かに欠けてしまった。
その隙を突き、鬼は鋭い爪の生えた手を汐に向かって振り下ろそうとした。
汐はそれを刀で受け止めるが、勢いまでは殺しきれずに、海に叩き落されてしまった。
「しおちゃん!!」
甘露寺が悲鳴を上げる中、鬼は再び彼女に向かって鱗を雨のように降らせてきた。
――参ノ型――
――恋猫しぐれ!!
甘露寺は、まるで猫の様に跳びはねると、降り注ぐ鱗ごと全ての攻撃を斬り裂いた。そしてそのまま、鬼の頸を取ろうと向かったその時だった。
下半身の口から真っ赤な炎が飛び出し、甘露寺の進路を阻んだ。
(熱い!!)
甘露寺が顔面を崩して怯んだ時、時間差で飛んできた一枚の鱗が、その左手を掠めた。
痛みが走り、手の甲からは血がにじみ出した。
(この鬼、思ったより強いわ!十二鬼月ではないみたいだけど、たぶんそれに近い・・・。ああでも、それよりもしおちゃん!しおちゃんを捜さないと・・・!でも・・・!!)
汐が本調子ではないことには気づいていたが、彼女の頑なな態度に何も言うことができなかったことに、甘露寺は心の底から後悔した。
その一瞬の隙を突いて、鬼の下半身が甘露寺に伸ばされようとした、その時だった。
――海の呼吸 壱ノ型――
――潮飛沫!!
汐が海の中から飛び出し、甘露寺に迫る触手を叩き切ると、再生しかかった触手に向かって、大きく口を開けた。
――伍ノ旋律――
――爆砕歌!!!
汐が放った衝撃波が触手ごと鬼を押し返し、そのまま鬼は吹き飛び岩壁に叩きつけられた。
「みっちゃん、大丈夫!?」
「え、ええ、大丈夫よ!しおちゃんこそ、怪我はない!?」
甘露寺の言葉に汐は頷くと、決意が宿った"目"を彼女に向けた。その顔には、もう迷いも恐れも現れていなかった。
叩きつけられたことに激昂したのか、鬼は上半身の鱗を震わせ始めた。
おそらく、全ての鱗を二人に向かって放つつもりだ。
「みっちゃん」
「は、はい!」
汐の凛とした声に、甘露寺は上ずった声で返事をした。
「あたしが奴の頸を斬るから、みっちゃんは攻撃を相殺してくれない?おそらく、あの鱗は弾いても戻ってくるだろうから、攻撃事態が斬れるみっちゃんの力が必要になる。あたしの師範だもの、出来るよね?」
「勿論よ!私のかわいい継子のためだもの!なんだってできるわ!!」
汐の言葉に甘露寺は、頬を桃色に染めながら鬼を見上げた。その瞬間、鬼は上半身の鱗を二人に向かって全て放った。
「行って、しおちゃん!!」
甘露寺が叫ぶと同時に、汐は目にもとまらぬ速さで岩場を駆け抜けた。
鬼の触手と鱗が汐を追おうとするが、甘露寺がその前に立ちふさがった。
「させないわ!!」
――恋の呼吸・伍ノ型――
――揺らめく恋情・乱れ爪
甘露寺は身をひるがえしながら、襲い来る攻撃をすべて叩き切り、そのまま刃を鬼の胴体に巻き付けて一気に切り裂いた。
「しおちゃん、今よ!!」
甘露寺の言葉を合図に、鯨岩に飛び乗った汐は、鬼の頸めがけて刀を振り下ろした。
しかし、鱗に隠れていたフジツボが、再び汐の斬撃を阻んだ。
だが、
「ああああああああああ!!!」
汐が雄たけびを上げると、汐の刀が激しく振動し、その勢いでフジツボごと鬼の頸を斬り落とした。
「ギャアアアアア!!!」
断末魔を上げながら鬼の身体はのたうち回り、あちこちを破壊し始めた。
その岩の断片と、残った鱗が最後のあがきで二人に向かって降り注いだ。
「みっちゃん!!」
「しおちゃん!!呼吸を合わせて!!」
汐は身体を捻って着地すると、甘露寺と共に大きく息を吸った。
――恋の呼吸――
――海の呼吸――
――結ノ型――
――狂乱恋風!!
二人の息の合った技が、鬼の攻撃を全て捌き、残った残骸ですら細切れにした。
止めを刺された鬼は、成す術もなく灰となって消えていった。
「ふぅ、やったわね、しおちゃん」
甘露寺は小さく息をつきながら、汐の背中に向かって声を掛けた。だが、汐は返事をせず、月明かりに照らされる鯨岩を見つめていた。
「あの、しおちゃん?」
返事をしない汐に、甘露寺は怪訝そうな顔で声を掛けた、その時だった。
突然汐の身体がぐらりと傾き、そのまま吸い込まれるように倒れてしまった。
「しおちゃん!!」
甘露寺は慌てて汐の身体を支えると、そのまま抱えて足早にその場所を後にした。
月明かりが、誰もいなくなった入り江を静かに照らしていた。
* * * * *
波が打ち寄せる優しい音が耳をくすぐり、遠くではうみねこの鳴く声がする中。
『汐にいちゃーん!』
何処からか子供の声が聞こえ、振り返れば二人の少年が汐に向かって手を振っていた。
兄ちゃんと呼ばれたことに憤慨しつつも、汐は何か用かと尋ねた。
『なあなあ、鯨岩の入り江に宝探しに行こうぜ』
「宝探し?」
『うん!海の底に、ものすごい宝物があるって、昔じいちゃんに聞いたんだよ!!だから行こうよ、宝探し!』
少年達の言葉に、汐は首を横に振った。
「宝物ねぇ。その話は知ってるけど、あたしには無理だよ」
『え?なんでさ!姉ちゃんすごく長く潜れるじゃないか!』
「あそこはとんでもなく深いんだ。あたしも一回潜ってみたけど、深すぎて息が続かなかった。だから無理。潜るなら深海魚にでもなるしかないね」
汐がそう言うと、少年たちは首を横に振ってこたえた。
『大丈夫だよ、今の姉ちゃんなら、きっと潜れるよ』
「えっ?」
『全集中の呼吸が使える今なら、きっとできるよ!』
「あんたたち、なんでその言葉を・・・!!」
汐が問いかけようと口を開いたその時、突然大きな波が、瞬く間に汐達を飲み込み、押し流していった。
汐はもがきながら、必死で腕を伸ばした。
* * * * *
「・・・ちゃん、しおちゃん・・・!しおちゃん!!」
汐は耳元で名前を呼ばれ、はっと目を覚ました。木目調の天井に、傍らには焦った表情をした甘露寺の姿があった。
「よかった、気が付いたのね!酷くうなされていたから、心配したのよ!」
甘露寺はそう言って、汐を固く抱きしめた。
彼女の豊満な胸が汐の顔を包み締め付け、汐は息ができず藻掻いた。
「あれ、あたし一体どうしてここに?鬼を倒した後から記憶がないんだけど・・・」
「あの後、しおちゃんは突然倒れてしまったのよ。それで私が、藤の花の家まで運んできたの」
本当にびっくりしたのよ!と、甘露寺は顔を崩しながら言った。
「あの後の始末は、隠の人達がやってくれるから、私達の仕事は終わったのよ」
甘露寺は汐を安心させようと、柔らかな声色でそう伝えた。
だが、鬼は退治されても、汐の故郷の村が呪われた村だという噂は、すぐには消えないだろう。
汐がそれを思いつつ唇をかみしめた時、ふと、先ほど見ていた夢の事を思い出した。
「ねえ、みっちゃん。屋敷に戻る前に、ちょっと行きたい場所があるんだけど」
汐の突然の提案に、甘露寺は目を見開いて汐を見つめた。
「思い出したことがあるの。あたしがまだ、村にいたころの記憶。お願い、もう一度行って欲しいの。鯨岩の入り江に」
汐の真剣そのものの表情に、甘露寺は黙ってうなずくことしかできないのだった。
汐はどちらに値すると思いますか?
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漆黒の意思
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黄金の精神