ウタカタノ花   作:薬來ままど

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汐が鉄火場と話し込んでいる間に、炭治郎もこの里を訪れていた。

あれから彼の元には日輪刀が届かず、代わりに届いていたのは、恨み辛みが込められた呪いの手紙だった。

 

焦る炭治郎に、蝶屋敷の三人娘たちは、鋼鐵塚と直接話をするために刀鍛冶の里へ行ってみてはどうかと提案した。

 

その里に汐が来ているとは露知らず、里長の鉄珍に挨拶をした後は、曇天の空の下を歩いていた。

 

(ここが刀鍛冶の里。あちこちから温泉の匂いがするなぁ。体力が万全じゃないのも、鼻が利きにくい原因かな)

 

あれからなかなか体力が戻らなかった炭治郎は、鉄珍に里の温泉に好きなだけ入っていいと許可をもらっていた。

しかし、いざ温泉に入ろうとしても、たくさんある上に効能も様々で、どれに入っていいのか決めかねていた。

 

すると、背中に背負った箱の中で、禰豆子が起きたのかカリカリと音がした。

 

「禰豆子、お前も温泉に入りたいのか?」

 

炭治郎が尋ねると、禰豆子はそうだというように先程よりも強く箱を引っ掻いた。

 

(この天気なら禰豆子を外に出しても大丈夫だろう)

 

炭治郎はすぐ傍に温泉を見つけると、禰豆子を箱の中から出し、自身も服を脱いで手ぬぐいを下半身に巻き付けた。

そしていざ、温泉に入ろうとした炭治郎の足が、その場で止まった。

 

彼の視線の先には、真っ青な髪を揺らし、一糸まとわぬ姿で表情を固まらせた、見覚えのありすぎる少女。

 

――大海原汐が、そこにいた。

 

「「あ」」

 

二人は間抜けな声を同時にあげ、禰豆子は嬉しそうに汐の元へと飛び込んだ。

 

炭治郎の顔が真っ青になったその瞬間、彼の脳裏には、これまで歩んできた全ての思い出がガラス細工の様に蘇った。

 

楽しそうに笑う家族、これまで出会ってきた仲間たち、救えた命、救えなかった命の数々が・・・。

 

だが、それは一瞬のうちに掻き消え、炭治郎の頭の中に浮かぶのは、"死"という真っ赤な一文字。

それを悟った瞬間、炭治郎の両目から涙があふれ出した。

 

(禰豆子、善逸、伊之助、皆・・・、ごめん・・・!俺、もうダメかもしれない・・・!)

 

先日、自分のせいとはいえ、いろいろな意味で再起不能にされかかったことは記憶に新しく、それも踏まえて炭治郎は本気で死を覚悟した。

 

首をへし折られる自分、湯が真っ赤に染まった温泉に臀部だけ出して沈む自分、とても見せられる状態ではない姿にされた自分が思い浮かぶが・・・。

 

「っ!!!」

 

汐が小さく悲鳴を上げ、炭治郎に背を向けた瞬間、炭治郎の意識が急激に戻って来た。

 

「うわあああ!!ご、ごめん!!温泉の匂いでわからなくって・・・、って違う!ね、禰豆子!!出よう!今すぐに温泉を出るんだ!!」

 

炭治郎は上ずった声でそう叫ぶと、慌てて禰豆子の手を掴みその場から立ち去ろうとした、その時だった。

 

「待って!!!」

 

汐の鋭い声が聞こえた瞬間、ピシリという空気が張り詰める音と共に、炭治郎の身体が突然動かなくなった。

 

(えっ!?こ、これって、汐の束縛歌!?なんでウタカタが!?)

 

混乱する炭治郎の背後では、思わぬところでウタカタを放ってしまった汐が、彼以上に混乱していた。

 

(やばっ、暴発した!えっと、解除するには相手が強い意志を持っていないといけないから・・・)

 

「た、炭治郎!ウタカタは暗示の一種だから、指先に神経を集中させて、自分の身体が自由になることを強く念じるの!」

 

汐は立ち上がり、炭治郎の背中に声を掛けたが、彼の背中を見て息をのんだ。

 

(指先に、神経を・・・)

 

炭治郎は汐の言う通りに集中し、頭の中で体が動くことを強く思った。すると、固まった身体が急激に動き、危うく顔面を岩の床にぶつけそうになった。

 

「う、動けた。ありがとう汐・・・」

 

炭治郎が振り返って礼を言おうとするが、汐の姿はなく、炭治郎は改めて自分の状況を認識した。

 

「あ、ご、ごめん!今すぐに出るから!禰豆子、行こう!」

「いい!出なくていい!!せっかく来たんだから入っていきなさいよ!」

 

岩陰から飛んで来る言葉の意味を理解するのに、炭治郎はしばしの時間を要した。もしも自分の解釈が正しければ、このままともに湯あみをしてもいいということになる。

 

(い、いやいやいや!それは流石に駄目だろう!うん、これはものすごく駄目な気がする!!)

 

しかし禰豆子は、久しぶりに汐に会えてうれしいのか、それとも温泉が気に入ったのか、湯から出ようとしなかった。

 

「な、何してんのよ!そんなところに突っ立ってないで入れば?禰豆子だって待ってるのよ」

「え?い、いやでも・・・」

「つべこべ言わずに入れって言ってんだろーが!!」

「はい!!!」

 

汐の大声に炭治郎は思わず返事をし、被り湯をした後おずおずと湯に足を付けた。

 

禰豆子が楽しそうに泳ぐ中、岩を挟んで汐と炭治郎は、背中を向けたまま気まずい空気の中佇んでいた。

汐は炭治郎を引き留めてしまった事、炭治郎は汐に殺されるどころか引き止められたことに混乱しつつも、何とかこの空気を変えようと口を開いた。

 

「「あの!」」

 

しかしその声は綺麗に重なり、二人は慌ててそっぽを向いた。それから互いに先に話すように促すが、再び堂々巡りになりまた気まずい空気が流れた。

 

(あれ?なんだか前にもこんなことがあったような・・・)

 

覚えのある光景に、汐ははっとしたように目を見開いた。汐が甘露寺の継子になる前の事、炭治郎と喧嘩をした後にも同じようなことがあったことを思い出した。

 

「ふふっ」

「どうした?」

 

思わず笑みをこぼす汐に、炭治郎は怪訝な顔で岩の方を向いた。

 

「ううん、前にもあんたと喧嘩したときも、こんなことがあったなって思い出して」

「あ、ああ。そう言えばそんなこともあったな」

「あれからずいぶん経つけど、それ以上にいろいろなことがあったわね。煉獄さんの事とか、吉原の事とか」

「そうだな。本当、いろいろあったな」

 

二人はそう言いながら、雲に覆われた空を見上げた。

 

二人はそれからしばらく、離れていた間の事を岩越しに話し合った。汐の方は思わぬ里帰りをしたときに、海の底で懐剣を見つけたこと。刀が刃こぼれしてしまったため、甘露寺と共に直しに来たこと。鉄火場と鋼鐵塚が幼馴染であったこと(さすがに鉄火場が女性であることは伏せた)などを話した。

 

炭治郎の方も、体力がなかなか戻らなかった事。刀が届かず、鋼鐵塚から代わりに恨み辛みが込められた呪いの手紙をもらった事。

鋼鐵塚と直接話をするためにここに来たことなどを話した。

 

そんなことを話していると、汐は先ほどの事を思い出し、おずおずと話し出した。

 

「あの、さっきウタカタを誤爆しちゃったときに見ちゃったんだけど、あんたの背中にあった傷、あの時のよね?」

 

汐の言葉に、炭治郎の肩が小さく跳ねた。

 

汐が炭治郎の背中を見て息をのんだのは、右肩から左下へざっくりと付けられた、痛々しい大きな傷跡を見たからだった。

それは吉原での任務の際、汐を庇って堕姫に背中を斬られたときのものだった。

 

あの時の感覚を、汐は鮮明に思い出していた。冷たくなる身体、息が凍り付くような感覚、ぞっとするほど温かい炭治郎の命の雫。

 

「あたしがへまをしなかったら、あんたにそんな傷をつけることもなかった。ごめん、本当にごめんなさい」

 

汐はこみ上げてくる想いを抑えるように、絞り出すような声で謝った。すると、岩の向こうから炭治郎の声が聞こえてきた。

 

「どうして汐が謝るんだ?お前は何も悪くないし、この傷はお前を守れた証だと俺は思ってる。それに、謝らなければいけないのは俺の方だ」

 

炭治郎の言葉に、今度は汐の肩が跳ねた。

 

「俺、汐の気持ちを考えないで無神経なことをして、お前をまた傷つけた。その事に気づけなくて、善逸に指摘されてやっと気づいたんだ。俺は、俺は本当に大馬鹿者だ。本当にごめん」

 

汐は呆然と炭治郎がいる方向を見つめた。まさか炭治郎から謝罪の言葉を聞くことになるとは思わなかったからだ。

 

(炭治郎・・・)

 

汐は炭治郎の優しさをかみしめつつも、胸が締め付けられた。汐の失態を欠片も責めず、それどころか自分を責めてしまう。

優しい人ほど傷つきやすいと、昔誰かに聞いたことがあったが、これではあまりにもあんまりだ。

 

「あんたが謝ることじゃないわ。ちゃんと話さずに、いきなり手を上げたあたしもいけないのよ。いろいろな人から「それはいけないことだ」って指摘されているのに、ちっとも改善しない。あたしってホントダメ人間だわ」

「そんなことはない。確かにいきなり暴力を振るうのは好ましくないけれど、汐はちゃんと分別もできているし、理不尽に人を殴ったりは絶対にしないことを、俺は知ってる。いきなりできなくても、少しずつ改善していけばいい」

 

炭治郎の言葉が湯煙と共に、汐の耳に優しく届いた。汐はとくとくと脈打つ胸を抑えながら、甘い痺れを感じていた。

 

(炭治郎・・・、あんたって人は、どうしてそんな言葉がすぐに出てくるの。どうしてあたしの欲しい言葉を、あんたはくれるの)

 

こみ上げてくる熱い想いが堰を切ってあふれ出しそうになり、汐は思わず声を上げた。

 

「炭治郎!あ、あたし、あたしね!この際言っちゃうけど、あんたが責任を取ってくれるって言ってくれた時、その、本当は嫌じゃなかった。むしろ、嬉しかった。だってあたし、あんたのことが・・・!」

 

だが、そこまで言いかけた瞬間。突然何かが水の中に落ちるような音が響き渡り、禰豆子が慌てた様子で唸っていた。

 

汐は慌てて岩の奥を覗き込むと、そこには全身を茹蛸の様に真っ赤にして、湯の中にうつ伏せに浮かぶ炭治郎の姿があった。

 

「ええええーーーっ!!??あんた何やってんのーーーッ!?」

 

慌ててひっくり返せば、炭治郎は真っ赤になりながら目を回しており、言葉も呂律が回っていなかった。

 

「何逆上せるまで湯に浸かってんのよ!って、あたしのせいか。禰豆子!あんたの兄ちゃんを引っ張り出すから手伝って!」

 

禰豆子は頷くと、炭治郎の右腕を抱え、汐は手ぬぐいで前を隠しながら、左腕を抱えて立ち上がった。

 

炭治郎を二人で引きずる際、彼が使っていた手ぬぐいが、温泉の縁に引っ掛かって落ちたが、汐はそれを見ない様に視線を上に向けながら、炭治郎を脱衣所まで連れて行った。

 

その後、汐は里の者を呼び、炭治郎の着替えを彼らと禰豆子に任せると、自分は水分と身体を冷やす氷嚢を借りて彼の介抱をするのだった。

 

 

*   *   *   *   *

 

部屋へ向かう道のりを、炭治郎と汐は目を逸らしながら、少し距離を開けて歩いていた。

いろいろなことが起こりすぎて、二人の頭が付いていかないのだ。

 

やがて二人が居心地の悪い沈黙に包まれたまま、部屋のある石畳の階段を上ろうとしたときだった。

 

「しおちゃあああああん!!!」

 

階段の上から聞き覚えのありすぎる声が降ってきて、汐と炭治郎が顔を上げれば、そこには汐曰く【凶悪な物】をこれでもかと揺らしながら駆けてくる、甘露寺蜜璃の姿があった。

 

「あーーっ!!炭治郎君もいる!!炭治郎くーん!!」

 

その姿に炭治郎は一瞬固まるが、慌てて口を開いた。

 

「あっ、気を付けてください!!乳房がこぼれ出そうでっ!!?」

 

だが、炭治郎が言い終わる前に汐の肘が鳩尾にさく裂し、そのまま炭治郎は膝をついて悶絶した。

 

「どうしたのよみっちゃん。そんなに泣き喚いて・・・」

「聞いてぇ、しおちゃん!!私さっき無視されたの―!!挨拶したのに無視されたの―!!」

 

甘露寺は泣きじゃくりながら、手足をバタバタと駄々っ子の様に振り回していた。

 

「ちょっとしっかりしてよ。いい年した大人がみっともないわね。しかもあんた柱でしょ?もう少ししゃきっとしてよ」

「酷い!酷いわしおちゃん!さっきも知らない男の子に無視されて落ち込んでたのに、追い打ちをかけるなんてあんまりよぉー!!」

 

再びバタバタと暴れ出す甘露寺に、汐は呆れつつも何があったのか尋ねた。

 

「さっき見慣れない男の子がいて、声を掛けたら無視されたの!名前を聞いても教えてくれなかったの―!!せっかく温泉に入ろうと思ってたのに、気分が台無し!!うわーん!!」

 

とても鬼殺隊最高の称号を持つ者とは思えない言動や行動に、汐は頭が痛くなったが、それを見ていた炭治郎はある事を言った。

 

「か、甘露寺さん。さっき聞いたのですが、今日の晩御飯は松茸ご飯らしいですよ」

 

すると甘露寺はたちまち泣き止み、"目"に幸せの光がともった。

 

「で、みっちゃんを無視したのはどんな奴だったの?」

 

汐はうんざりしながら聞いてみると、甘露寺は思い出したように口を開いた。

 

「背がすごく高くてね。私より一尺くらい高かったかしら。それと、変わった髪形をしてたわ。頭の側面が刈ってあって、髪の毛がこう、鶏さんみたいになってて」

「に、鶏って、どんな髪型よそれ」

 

甘露寺のたとえに汐が吹き出していると、炭治郎はある事に気づいた。

甘露寺を無視した男ではなく、汐の事だ。

 

「あれ、汐。お前、鉢巻きはどうしたんだ?」

「え?鉢巻き?」

 

炭治郎の言葉に、汐と甘露寺の視線が汐の額に集中すると、そこにはいつもあるはずの赤い鉢巻がなかった。

 

「えっ、えええっーー!う、嘘!!もしかしてあたし、置き忘れてきた!?」

 

あの鉢巻きは、汐の亡き養父玄海の形見であり、汐にとっては命の次の次に大事なものだった。

 

「あたしさっきの温泉を探してくる!!」

「えっ!?お、おい、汐!!」

 

炭治郎の制止も聞かず、汐は大慌てで階段を駆け下りていった。

 

*   *   *   *   *

 

(確か、このあたりだったわよね。ああもう!この里温泉多すぎよ!!もっとわかりやすくしてほしいわ!!)

 

頭の中で悪態をつきながら、汐は先ほどの温泉のある場所へ向かっていた。

いろいろ置きすぎて混乱していたとはいえ、大事なものを忘れてしまった不甲斐なさに、憤りを感じていた。

 

そのせいかは最中ではないが、汐は前から歩いてくる人影に気づかずに、そのまま思い切りぶつかってしまった。

 

「わっ!!」

「っ!!」

 

思いのほか勢いが強く、汐はそのまま尻餅をつき、相手も小さくうめき声を上げた。

 

「いたたたっ、あ、ごめんなさい!急いでいてつい・・・」

 

汐は尻をさすりながら、謝罪の言葉を口にして顔を上げた。

 

「えっ・・・!!」

 

その相手を目にして、汐は思わず息をのんだ。そこにいたのは、六尺ほどの高い身長に、側面が刈られた特徴的な髪形の少年。

 

――不死川玄弥だった。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神
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