ウタカタノ花   作:薬來ままど

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二十四章:記憶の欠片


翌朝。

 

あの日以来鉄火場に会っていなかった汐は、彼女のことが気になり工房へと足を進めていた。

あの時、鉄火場の気も知らずに声を荒げてしまった事を、汐は気にしていた。もしも自分のせいでこれ以上彼女が落ち込んでいたらどうしようと、不安だったのだ。

 

工房に近づいた汐は、目を大きく見開いた。工房の煙突から煙が上がっており、鉄を打つ音が聞こえてきたのだ。

 

(鉄火場さん、やる気出してくれたんだ!)

 

汐は嬉しさに顔をほころばせながら、そっと工房の中を覗き込んだ。

 

そこには床一面に散らばる紙や巻物があり、その奥では一心不乱に槌を振り下ろす鉄火場の姿があった。

 

(これが鉄火場さんの、刀鍛冶師の姿・・・)

 

今まで見てきた彼女とは全く違う雰囲気に、汐は息をのみその場で立ち尽くしていた。

 

しばらくして鉄火場は顔を上げると、炉の火を調節しながら熱した鉄を中に入れ、それからそれをもう一度打ち始めた。

真っ赤な塊が、段々と伸びて刀の形を作っていく様に汐は目を奪われていた。

 

やがて仕事がひと段落したのか、鉄火場が立ち上がると、立ち尽くしたままの汐と目が合った。

 

「汐殿。いらしていたのですか」

 

鉄火場は少しうれしそうな声でそう言うと、汐は慌てて言った。

 

「ご、ごめんなさい。仕事の邪魔しちゃって」

「いいえ、大丈夫ですよ。そろそろ休憩にしようと思っていたところです。ところで汐殿は何故ここに?」

 

鉄火場の問いかけに、汐は彼女のことが心配で様子を見に来たことを話した。

 

「そうでしたか。ご心配をおかけして申し訳ありません。ですが、汐殿のお陰で私も刀を打つ理由を再認識できましたから、貴女には本当に感謝しています」

 

鉄火場はそう言って汐に深々と頭を下げた。

それを見た汐は、何だかひどく照れ臭くなって目を逸らした。

 

「ところで鉄火場さん。この散らばっている巻物や紙はいったい何なの?差し支えなければ教えてほしいんだけど」

 

汐が床に散らばるものを指さすと、鉄火場は小さく笑いながら言った。

 

「これは私の師、鉄火場仁鉄が遺した指南書です。基礎から極意までと、あの人の刀鍛冶師としての全てが記されています。あの日、貴女が帰った後、私はこれを見て一から見直すことにしたのです。今更基礎などど、滑稽にもほどがありますが」

「あら、基本は馬鹿にできないわよ。あたしも全集中・常中を覚えようとしたときも、基礎訓練を重点的にこなしたわ。その結果、いろいろあったけれど習得できたの。だから、あたしは鉄火場さんを滑稽だなんて思わない」

 

汐の凛とした声に、鉄火場ははっとしたように顔を上げた。そこにはからかいの意思など微塵もない、汐の澄んだ目があった。

それを見た鉄火場は、汐の担当になれたことを心からうれしく感じた。

 

「あ、そうだ。鉄火場さんに会ったら聞いてみたいと思っていたんだけど、おやっさんの刀を打ってたのって鉄火場さんのお師匠さんよね?前に鱗滝さんから少し聞いたんだけど、おやっさん、結構な頻度で刀ぶっ壊してたって・・・」

 

汐がそういうと、鉄火場は少し考える動作をした後、困ったように口を開いた。

 

「はい。玄海殿は確かに刀をよく破損しておられました。私が知るだけでも三十二回は壊していたと」

「はぁ!?三十二!?」

「はい。しかもそれだけではなく、日輪刀を売ろうとしてお仲間に酷く叱られたとも聞いています。その知らせを聞いたときの師匠は、鬼よりも恐ろしかった記憶があります」

「どんだけ馬鹿やらかしてたのよ、あの爺。何だかごめんね」

 

汐が苦々しげに言うと、鉄火場はくすくすとおかしそうに笑った。

 

「ですが、玄海殿には私も随分とよくしていただきました。私が女であることも、あの方は存じていたのでしょう。私が初めてあの方と出会った時、私の頭をなでて、『男も女も関係ねえ。お前にはお前にしかできないことがある』と励ましてくださったのです」

「そうだったの。おやっさん、あたしが知らないだけで結構顔が広かったのね」

「ある意味、あの方は有名でしたから。でも、何度刀を壊されても、師匠は決して玄海殿の刀を打つのをやめなかった。それはきっとあの方がとても素晴らしい方であるということを、師匠は知っていたのでしょう。それは貴女を見ても、よくわかります」

 

鉄火場にそう言われ、汐の頬が淡く染まった。が、汐はふとある事を思い出して言った。

 

「あ、そうだ、鉄火場さん。あたし前にこんなものを海の底で見つけたんだけど、ちょっと見てくれない?」

 

汐はそう言って、あの時故郷の海底で見つけた、錆びついた懐剣を取り出した。

 

鉄火場はそれを見るなり、面の下で表情を強張らせた。

 

「これはまた、ずいぶんと錆びついていますね・・・」

「あたしの故郷だった場所で見つけたものなの。大した値打ちものとかじゃないかもしれないけれど、あたしの故郷にあった物だから、あたしにとっては十分に価値のあるものだから・・・」

 

汐は愛おしいものを見るような目で、錆びついた懐剣を見つめていた。そんな彼女を見て、鉄火場は何とかしてやりたいという気持ちになったが、これほど酷く錆びついてしまっては、研ぐのも非常に難しいだろうと思った。

 

(鋼鐵塚なら研げるかもしれないが・・・いや・・・!)

 

「汐殿。この懐剣の研磨、私にやらせていただけないでしょうか?」

「えっ!?そりゃあ、やってくれるならありがたいけど、でも大丈夫?あたしの日輪刀だってまだできていないのに」

「確かに非常に難しくはありますが、不可能ではありません。それに、私に再び槌を振るう決意を抱かせてくださった貴女は、私の恩人とも言っても過言ではありません。そんな貴女の為に、私もできることをしたいのです。どうかお願いします。私に任せてください!」

 

鉄火場の力強い声に、汐も首を横に振ることなどできずに頷いた。すると、鉄火場は嬉しそうに頭を下げた。

 

面で表情は見えないが、きっとその下は笑顔だろうと、汐は心から思った。

 

「あの、その、このような状況で口にするのは心苦しいのですが、汐殿にお願いがあるんです」

「お願い?何?」

「その、まずは汐殿の身体の寸法を測らせてもらいたいのと、その、もう一つは、貴女の歌を聴かせてほしいのです」

 

鉄火場の頼みに、汐は目を見開いた。

 

「風の噂で、汐殿の歌声は天下一品だと伺いました。言い方は悪いですが、このような状況ではないと聴く機会はないと思いまして・・・、あ、汐殿が嫌なら無理にとは言いませんが・・・」

「嫌なわけないじゃない。いいわよ。でも、天下一品はちょっと言いすぎかも」

 

汐ははにかんだ笑みを浮かべると、一つ咳払いをして口を開いた。

 

その口から奏でられた歌は、力強く、そしてどこか儚い、まるで燃え盛る炎のような歌だった。

 

その歌を聴いていた鉄火場は、体中から決意が漲ってくるのを感じたのだった。

 

やがて歌が終わると、鉄火場は割れんばかりの拍手を汐に送った。

 

「素晴らしい歌をありがとうございます。やはり、噂にたがわぬものでした」

「そんな、大げさよ。でも、あたしの歌が誰かの心に響いてくれるってのは、いいものよね」

 

そう言って笑う汐に、鉄火場の心も温かくなった。

 

*   *   *   *   *

 

それから数刻後。鉄火場が再び作業を開始すると言ったため、汐は邪魔をしてはいけないと思い帰路につくことにした。

 

鉄火場がやる気を出してくれたことは勿論、汐が知らなかった玄海の新たな一面も知ることができて、汐の気分は重畳だった。

 

(さて、今日は特にやることもないし、何をしよう。身体も少し鈍って来たし、そろそろ動かしたいところね・・・)

 

汐はそんなことをぼんやりと考えながら歩いていると、突然前方から聞こえてきた怒声に肩を震わせた。

 

「だから何度も言ってるだろ!"あれ"はもう危ないんだ!!」

 

汐は気配を殺してそっと近づくと、前方に二つの人影が見えた。

 

一人はとても小さく子供の様で、背中に【火男】と文字が書かれた陣羽織のようなものを着ていた。そしてその前には、隊服に身を包んだ、汐と同じくらいの身長の少年が立っていた。

 

「あれ?あいつ、確か・・・」

 

その隊服の少年に、汐は見覚えがあった。それは柱合裁判のときと、蜜璃と柱へのあいさつ回りをしたときに出会った少年。

最年少で柱の座についた、神童とも呼ぶべき彼の名は――

 

「霞柱・時透、無一郎・・・」

 

何故彼がここにいるのか、何をしているのか。汐はそれがどうしても気になり、そっと近寄った。

 

「どっか行けよ!!何があっても鍵は渡さない、使い方も絶対教えねえからな!!」

 

無一郎の前で怒鳴り声を上げているのは、十歳ほどのひょっとこの面をつけた少年だった。

彼は余程怒っているのか、頭から湯気を吹き出させる勢いで騒いでいた。

 

(なんだか穏やかじゃないわね。このまま喧嘩になったら目覚めが悪いし、何とかしなくちゃ)

 

汐がそう思って一歩踏み出そうとしたとき、不意に無一郎の右手が動いたかと思うと、そのまま少年の首筋に手刀を叩き込んだ。

 

(!!)

 

息をのむ汐の前で、少年の身体は吸い込まれるように地面に落ちた。しかし無一郎は、そんな彼に気遣う様子もなく、あろうことか胸ぐらをつかんで無理やり引き起こした。

 

「ぐ・・・、うぐっ・・・」

 

少年は苦し気に身体を震わせながらうめき声をあげていた。流石に暴力沙汰を見逃すわけにはいかなかった汐は、飛び出すと無一郎の腕をつかんだ。

 

「ちょっとあんた、何やってんのよ!手を放しなさいよ!!」

 

突然現れた闖入者に、無一郎の視線が少年から汐へ移った。その無機質な"目"を見て、汐の身体は微かに震えた。

 

「声がうるさいな・・・、誰?」

 

この様子を見るに、無一郎は汐の事は覚えていないようだったが、そんなことよりも汐は何とかこの状況を打開しようと、声を張り上げた。

 

「あたしの目の前で胸糞悪いことしないでって言ってんの!いいからさっさと手を放しなさいよ!!」

 

汐はそう叫んで無一郎と少年を引きはがそうとしたが、掴んだその手は華奢な見た目に反してびくともしなかった。

 

(な、なんなのコイツ・・・、炭治郎よりも小さいくせに、びくとも・・・)

 

「君、本当にうるさいな。そっちが手を放しなよ」

 

無一郎はそう言うなり、左肘を汐の鳩尾に容赦なく叩き込んだ。

 

「ぐっ・・・!?」

 

その衝撃で汐は膝をつき、こみ上げてくるものを吐き出しながら、激しくせき込んだ。

 

無一郎はその姿を見て、鬼殺隊員とは思えない程の弱さに息をつくが、先ほどの感触に違和感を感じた。

 

(見た目よりも筋肉が少ないし、皮下脂肪の方が多いみたいだった・・・)

 

「君、もしかして・・・女?」

 

無一郎が汐に尋ねるが、汐は答えず彼を鋭い目で睨みつけた。

 

「こ・・・、こいつっ・・・!!」

 

汐が怒りに満ちた低い声でそう言うと、背後からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。

 

それが誰か確かめる間もなく汐と無一郎の間に滑り込むと、躊躇いもなく無一郎の胸ぐらを乱暴に掴んだ。

 

そこには、緑と黒の市松模様の羽織に、霧雲杉の箱を背負った、汐の想い人――、

 

――竈門炭治郎の姿があった。

 

思わぬ事に汐は息をのみながら、その逞しい背中を見つめると、炭治郎の口から言葉が漏れた。

 

「汐に・・・、何をした?」

 

その声は汐が今まで聞いたことない程低く、怒りで震えていた。

汐はどちらに値すると思いますか?

  • 漆黒の意思
  • 黄金の精神
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