あの日から三日後。
汐は鉄火場から刀が打ち終わったと連絡があり、工房を訪れていた。
「大変お待たせして申し訳ありません。ようやく完成致しました」
汐は完成したばかりの刀を手に取った。心なしか、前よりも吸い付く様に手になじむような気がした。
「握り心地と重さはいかがでしょうか?」
「うん、いい感じ。というより、前よりもしっくりくるような気がするわ」
汐はその感触に驚きつつも嬉しそうに笑った。
刀は相も変わらず、角度を変える度に色とりどりに変化していく。
それを見ていた鉄火場は、徐に口を開いた。
「汐殿。以前に私はその刀の色についていろいろ調べてみると申しましたが、覚えていらっしゃいますか?」
「えっと、最初にあたしに刀を持ってきてくれた時だっけ?鱗滝さんの所に」
「はい。あれからいろいろと調べてみたのですが、やはり後から色が変わる刀は過去には存在しなかったそうです。すみません」
鉄火場は申し訳なさそうに言った。
「別に謝らなくてもいいわ。色が変わるからって、刀が弱くなるわけでもないし。それにあたし、結構気に入ってるのよ?見てて飽きないしね」
悪戯っぽく笑って言う汐に、鉄火場はほっと胸をなでおろした。
「あ、後。汐殿からお預かりした懐剣ですが、やはり錆付が酷く一筋縄ではいかないようです」
「そう・・・」
「でも私は諦めません。汐殿が私を信じて任せてくださった仕事ですから」
鉄火場はやる気を見せてはいるが、汐には心なしか声が疲れているように聞こえた。
「頑張るのはいいけれど、刀が完成したばかりなんでしょ?別に急いでるわけじゃないから、無理だけはしないで」
汐がそういうと、鉄火場は嬉しそうに笑った(ような気がした)
(そう言えば、鋼鐵塚さんの事鉄火場さんに伝えたほうがいいかな?でも鋼鐵塚さん本人は誰にも言うなって言ってたけど・・・)
汐が心の中で葛藤していると、不意に鉄火場がくすりと笑った。
汐が首を傾げると、鉄火場は小さく笑いながら言った。
「いえ、実は今朝方、私の工房の前に置物が置いてあったんです。それがなんと、私の好物の"唐辛子煎餅"だったんです」
鉄火場は余程嬉しかったのか、声を上ずらせながら言った。
「私の好物を知っているのは長と、ほた・・・鋼鐵塚だけなんです」
その様子を見て汐は、なんだかんだ言って鋼鐵塚も鉄火場を気にしていることがわかり微笑ましくなった。
その後鉄火場と別れた汐はある場所へと向かっていた。
(炭治郎、どうしてるかな。確かあの人形での戦闘訓練するって言ってたけど)
あの後炭治郎は、無一郎への復讐に燃える小鉄から、人形で鍛えて一泡吹かせてやれと焚きつけられていた。
(小鉄はともかく、どんな訓練をしているかは気になるわ。確かこっちだった気がするけれど・・・)
木々が並ぶ森の中を歩いていると、遠くから何かがぶつかるような音が聞こえてきた。
汐がその方向へ向かうと、開けた場所で両腕をふりあげたまま止まっている人形と、その足元でうつぶせに倒れている炭治郎の姿があった。
* * * * *
時間は遡り。
炭治郎は小鉄から、人形で鍛えて何が何でも無一郎に一泡吹かせてやれと焚きつけられていた。
小鉄の復讐はともかく、炭治郎は無一郎が自分よりも年下で小柄なのに素晴らしい才能を持っていることに、心から感心していた。
そして負けていられない、強くならなくてはならないと心に誓った。
大切な人を守るため。大切な人の想いを繋ぐため。
だが、人形との訓練は想像を絶するものだった。
無一郎のせいで腕が一本破損したとはいえ、人形は的確に炭治郎の弱点を突く動きをしてきていた。
そもそも、あの人形にはもう一つ秘密があった。
首の後ろの鍵以外でも、手首と指を回す回数によって動きを変えることができるのだ。
刀鍛冶が剣士の弱点を突く動きを組んで戦わせる。そうでないと本当に意味のある戦闘訓練にはならないのだ。
だが炭治郎が参っていたのは人形の強さだけでなく、小鉄だった。
小鉄は分析力には長けているが、剣術の教えとしては素人中の素人であり、人の限界を知らないためえげつない訓練を強いた。
絶食、絶水、絶眠。そのせいで三日後の今日。炭治郎はとうとう意識を失い倒れてしまった。
どれくらい意識を飛ばしていたのか。炭治郎がふと目を開けると、目の前に何かが置かれているのが分かった。
ぼやける視界の中、目の前のものが一つの水筒であることに気が付いた。
「!!」
炭治郎はすぐさま水筒を手に取ると、口をつけて一心不乱に中身を飲み干した。
少しぬるくなってしまった水だったが、今の炭治郎にとっては極上の飲み物だった。
水を飲んで落ち着いた炭治郎は、その水筒に見覚えがある事に気づいた。そして、匂いも。
(これは、汐の水筒!まさか、汐がここに!?)
炭治郎の心に嬉しさがこみ上がり、礼を言おうと辺りを見回した。
「あれ、汐?どこだ・・・?」
周りに汐の姿はなく、炭治郎は汐を捜そうと体を起こしたその時だった。
何処からかうめき声が聞こえ、炭治郎はびくりと肩を震わせた。
その時初めて、炭治郎は小鉄の姿がないことに気づいた。
炭治郎が恐る恐る顔を向けると、そこには。
「うぅうーーー、むぐうううーーーッ!!」
全身を縄で雁字搦めに縛られ、口には猿轡を噛まされた小鉄が、木の上から吊り下げられていた。
その下には不自然に木の枝が積み上げられ、その前では静かにたたずむ汐の姿があった。
「何をしてるんだァ――――!!!」
それを見た炭治郎は、疲れを忘れて思わず叫んだ。
その声に気づいたのか、小鉄が泣きながら顔をこちらに向け、汐は笑みを張り付けたままゆっくりと振り返った。
「あら炭治郎。起きていて大丈夫?喉は乾いてない?お水もっと持ってこようか?」
汐は優し気な口調で言うが、炭治郎の鼻は汐から漏れ出す怒りと殺意の匂いを感じ取っていた。
「い、いや、大丈夫だ。って、そうじゃなくて!!なんで小鉄君がそんな状態になっているんだ!?」
炭治郎の問いかけに、汐は「ああ」と小さく言うと、小鉄の方に顔を向けた。
「このクソガキは調子に乗りすぎていたの。だからあたしが然るべき制裁を下しただけよ」
「いや、いやいやいや!!それは駄目だろう!!いくら何でもやりすぎだ!!」
小鉄はうめき声を上げながら、必死で逃れようと全身を強く捩るが、縄が食い込むだけで全く自体は好転しなかった。
そんな小鉄に汐は、積み上げられていた木の枝を一つ手に取ると、小鉄の眼前につきつけた。
「ねえ、あんた自分が何したのか分かってんの?人間はね、食事をしなきゃ死ぬの。水を飲まなきゃ死ぬの。眠らなきゃ死ぬんだよ。オメーがやってることは、殺人未遂以外の何物でもねぇんだよ。わかったか?」
汐の冷たい言葉に、小鉄はぶるぶると身体を震わせながら何度もうなずいた。そのあまりの凄惨さに、炭治郎は涙目になりながら叫んだ。
「俺は大丈夫だから、小鉄君を放してあげて!!殺意引っ込めて!!」
炭治郎の悲痛な声と、小鉄の態度に汐の怒りは少し和らぎ、小鉄を解放することにした。
これを見た炭治郎は、絶対に汐を理不尽に怒らせてはいけないと改めて誓うのだった。
それから暫くして。
汐は小鉄に炭治郎の食事を持ってくるように命じ、その間炭治郎はしばしの休憩を取った。
「来てみればあんたが死にそうな顔でぶっ倒れてるんだもの。本当に死んだかと思って焦ったわ」
「でも汐が来てくれなければ、俺は本当に死んでいたかもしれない。助かったよ、ありがとう」
「いいのよ別に。しかしあのクソガキ、人間の身体を何だと思ってるのかしら。今回の事で理解してくれればいいけど」
そう言って小さく息をつく汐に、炭治郎の背中を冷たいものが這った。
「それにしても、この人形。あんたをそこまでボコボコにするなんて、よっぽどすごい代物だったのね」
「ああ。戦国時代に作られたなんて、いまだに信じられないよ。最初に訓練をしたときは、全く歯が立たなかった」
炭治郎は声を落とすが、その"目"には諦めの意思は感じられない。強くなるための貪欲さがにじみ出ていた。
「でも、俺は諦めない。強くならないと。それにさっき、ほんの少しだけど不思議な感覚を感じたんだ」
「不思議な感覚?」
「感覚というか、匂いだな。隙の糸とは違う匂い。でも本当に一瞬過ぎて何の匂いかはわからなかったんだ。でも、もしそれがわかれば強くなれる。そんな気がするんだ」
そう言って笑う炭治郎に、汐の胸は甘い音を立てた。彼の誰かの為に戦おうとする意志は、汐の心にも小さな灯をともした。
「お、お待たせしましたぁ~・・・」
遠くから握り飯と湯のみが乗ったお盆を持った小鉄が、かすれた声で戻って来た。
炭治郎は握り飯にかぶりつき、そのおいしさに涙した。
「ところで、炭治郎が休んでいる間にあたしも訓練をしたいんだけど、いい?」
「えっ!?」
「ここの所のんびりしすぎて運動不足気味なのよ。それに、さっき刀を打ってもらったばかりで、試し斬りも兼ねたいの。駄目?」
汐は小鉄に満面の笑みを向けながら言うが、小鉄は先ほどの事を思い出したのか身体が震えていた。
「ねえ、駄目?」
「は、はい!じゃなくて、いいえ!お好きにどうぞ!!」
よっぽど怖ったのか、小鉄は引きつったような声でそう言った。
「ありがとう。じゃあ調整をお願いね」
汐はそう言って小鉄の準備が整う間、身体を解す体操をすると打たれたばかりの刀を抜きはらった。
美しい群青色の刀が、濃い紺色へと変化した。
「お待たせしました、汐さん!準備できましたよ!!」
小鉄が調整してくれた人形は、五本の腕を振り上げながら汐の方へ向かってきた。
汐は刀を構えると、大きく息を吸った。
汐が動くと同時に、人形も動き汐に向かって二本の腕を振り上げた。だが汐はその攻撃を紙一重で躱すと、人形に向かって刀を振り上げた。
人形もそれを予測していたかのように、三本目の腕で汐の一撃を受け止め、死角から四本目の腕が迫ってきていた。
「危ない!」
炭治郎は思わず叫ぶが、汐はその一撃を身体を大きく逸らして躱した。その身体の柔らかさに、炭治郎と小鉄は目を見開いた。
「す、すごい・・・」
小鉄の口から思わず声が漏れた。時透程までとはいかないが、汐の動きには無駄がなく、以前よりもはるかに精錬された動きになっていた。
(汐、また強くなってる。匂いも前とは違う。流石甘露寺さんの、柱の継子だな・・・)
まるで踊っているかのようなその動きに、二人は目を離すことができなかった。
一方。戦いの中の汐は、思ったよりも的確に弱点を突く人形に驚いていた。
伊黒との訓練に酷似していたが、人間である彼とは異なり、目の前の相手は人形だ。"目"を見ながらの予知動作は通用しない。
(まるであのときみたいだわ。鯨岩の入り江に潜った時みたいな、何も見えない手探り状態の時みたい)
以前より強くなっているとはいえ、今のままじゃまだまだ足りない。自分も炭治郎と同じ、もっともっと強くなりたい!
そんな思いを抱きながら刀を強く握った、その時だった。
汐の前に、青く輝く道のようなものが現れたのだ。それは人形の足元をかいくぐるように伸びている。
汐は迷うことなく、その道に沿って足を踏み出した。
すると先ほどよりも素早く、正確に人形の隙に入るような動きになり、人形よりも早く間合いに入ることができた。
「これでっ、最後だあっ!!」
人形が腕を振り下ろすよりも早く、汐の一撃が人形を穿った。大きな衝撃音と共に、人形の身体が大きく傾いた。
「や、やった!」
炭治郎が思わず声を上げ、小鉄は呆然と二人を見つめていた。
汐は息を乱したまま佇んでいたが、ふと我に返ると慌てて小鉄の方を向いた。
「も、もしかしてあたし、人形ぶっ壊しちゃった!?炭治郎の訓練まだ済んでないのに!?」
小鉄ははっとしたように肩を震わせると、慌てて人形の方へ走り出した。
汐と炭治郎も小鉄に駆け寄り、心配そうに見守った。
小鉄はしばらく人形を調べていたが、小さく息をつきながら言った。
「大丈夫、みたいです。少し傷はできてますが、動きに支障はありません」
「そ、そうなの。よかったわ。結構深く入っちゃったから、心配してたのよ」
汐はほっと胸をなでおろすが、心なしか小鉄は汐から距離を取りながら話しているように見えた。
お面で顔は見えないが、小鉄は明らかに汐に怯えていた。
「じゃあ次は俺の番だな」
体力が回復した炭治郎は、汐に負けていられないと意を決して刀を構えた。
汐が来たせいか、それともしっかり休憩を取ったせいか。炭治郎は先ほどよりも身体が軽くなっていることを感じた。
そして先ほど少しだけ感じた、隙の糸とは異なる匂い。今度は先ほどよりもはっきりと感じた。
左側頭部から始まり、首、右胸、左わき腹、右腿、左肩・・・
(来る!!)
炭治郎は目を見開き、人形の一撃を躱すとその刀を人形に向かって叩きつけた。
その一撃は人形を大きく揺らすが、破壊するほどではなかった。
「やった、当てたわ!」
汐は思わず歓声を上げるが、炭治郎はそのまま倒れたまま動かなくなってしまった。
「ちょっ、炭治郎!?大丈夫!?」
汐が駆け寄ると、炭治郎は規則正しい寝息を立てていた。
余程疲れていたのだろうか、軽くゆすっても声を掛けても起きそうになかった。
「小鉄。悪いけど手伝ってくれる?炭治郎をこのままにしては置けないもの」
「え、でも・・・」
「つべこべ言わずにさっさとしなさい。それとも、もう一回お仕置きされたいの?」
「・・・すみません」
小鉄は小さくそういうと、汐と共に炭治郎を部屋へと連れて行った。そしてこれからは、汐も炭治郎と共に(小鉄の監視も兼ねて)訓練につきあうことになった。
いつの間にか日は沈み、夜の帳が降りようとしていた。
その夜。
美しい十六夜の月がかかる空の下を、何やら怪しげな影が動いていた。
六尺ほどの身の丈に、筋肉流々の身体をした男のようだった。
その全身からは闘気が湯気のように立ち上り、空気を震わせていく。
男の顔には、ひょっとこの面があった。
静かな夜の終わりが、訪れようとしていた。
大正コソコソ噂話
汐が行った小鉄の縛り方は、宇髄さんから教わりました。
二人は時折、スパイみたいな談義をしていたりします。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)