ウタカタノ花   作:薬來ままど

13 / 171
二章:二つの刃


下弦の三日月が輝く夜。

最終選別が行われる場所というのは、『藤襲山』。そこは名前の通り、藤の花が一年中狂い咲く不思議な山である。

実際に二人が山にたどり着いたときには、その名にふさわしく一面が紫色で染まっていた。

その光景は美しいはずなのに、あまりにも美しすぎて逆に恐ろしい。と、汐は感じていた。

 

階段を上り山の中腹にたどり着くと、すでに参加者と思われる者たちが集まっていた。

参加者たちの年齢性別はみなバラバラで、不思議な笑みを浮かべた少女、両頬を腫らした黄色い髪の少年、目つきの鋭い特徴的な髪形の少年など個性的な面々が目立った。

 

皆、それぞれの意思と覚悟を目に宿しており、汐の体は小さく震えた。

けれど

(あたしたちだって生半可な覚悟でここに来たわけじゃない。必ず勝って生き残る。そして、必ず悲願を果たす!)

汐の心の中で決意の炎が燃える。そして額の赤い鉢巻を強く締めなおした。

 

「皆様、今宵は最終選別にお集まりくださってありがとうございます」

 

声がしたほうへ顔を向けると、二人の幼い少女がゆったりとした動きでお辞儀をしていた。

一人は黒髪でもう一人は銀髪の、同じ藤の花の髪飾りをつけた顔立ちがよく似た少女たちだ。

 

「この藤襲山には鬼殺の剣士様達が生け捕りにしてきた鬼が閉じ込めてあり、外に出ることは出来ません」

「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中、狂い咲いているからでございます。

「しかしこの先から藤の花は咲いておりませんから、鬼共がおります」

()()()()()()()()()()()。それが最終選別の合格の条件でございます」

 

「「では、いってらっしゃいませ」」

 

その声を合図に、汐と炭治郎はその一歩を踏み出した・・・

 

 

 

*   *   *   *   *

 

生き残ることを優先するため、二人はまず決まり事を作った。

夜は鬼の時間。そのためにはまず最も早く朝日が当たる場所、この山の一番東側を目指す。日が昇れば鬼は活動ができなくなるうえ、体力を回復させることもできる。

だが、一番の鉄則。それは

 

――二人で常に行動すること。

二人で必ず、生き残るために

 

二人は足並みをそろえながら、東を目指す。まずはこの夜を乗り切らなければどうにもならない。

 

だが、数里程進んだ後、炭治郎が鬼の匂いを感知し二人は足を止めた。

二人は背中を合わせ刀に手をかける。気配は近づいているものの、その位置が定まらない。

 

(どこからくる・・・?前か、後ろか、左、右?それとも・・・・)

汐は警戒心を最大限まで高め、目を皿にしてあたりを見回す。すると

 

「汐!上だ!!」

 

炭治郎が鋭く叫ぶ。その刹那、頭上から壱一匹の鬼が二人めがけてとびかかってきた。

二人はとっさにその場を飛びのき、その攻撃を回避する。土煙がもうもうと上がる中、その位置を凝視していると

 

「炭治郎!後ろ!!」

 

今度は汐が叫ぶ。炭治郎の背後から、隙をついてもう二匹の鬼が彼の顔面に爪を突き立てようとしていた。

炭治郎はとっさに刀を抜き、その攻撃を受け流す。すると、先ほどの鬼が追い打ちをかけようと迫ってくる。

 

「させるか!!」

 

汐はその間に滑り込むように入ると、そのまま刀を鞘から一気に抜きはらった。だが、その刃は鬼の胸元を切り払ったものの、弱点の頸には届かなかった。

 

「炭治郎、平気!?」

「ああ、汐のおかげで助かったよ。ありがとう」

二人は微かに笑った後、再び刀を構える。すると

 

「テメエエ!横取りしようとしてんじゃねえ!!」

「アア!?テメエが向こうへ行け!!あいつら二人とも俺が食う!!」

「いや貴様が失せろ!!両方とも俺の獲物だ!」

「いい加減にしろ!どちらも俺が食うにきまってる!!」

 

四匹の鬼が、二人をめぐって争いを始めた。その様子を眺めながら、二人は鋭く目を細める。

 

(いきなり複数、しかも四匹。これまで何匹か鬼は倒してきたけれど、複数との戦闘は初めてだわ。きつい、かもしれない)

心臓が早鐘のように脈打ち、口の中は乾いてくる。ここで死んでしまえば、今までの努力が水の泡だ。

 

だが

 

(それは一人だったら、の話。今のあたしは一人じゃない。炭治郎がそばにいる)

 

自分と同じく緊張している炭治郎の目を、汐は見つめる。視線を感じた彼がこちらに顔を向けると、汐は小さくうなずいた。

 

「だったら、やることは一つだろうが。殺った方が先に食う!俺は青い髪の奴を食う!!」

「なら俺は傷のあるほうだ!!」

「ふざけるな!青髪の奴は俺のだ!」

「どちらも俺が食う!!」

 

――久方ぶりの人肉だ!!!

 

鬼たちはもう我慢の限界というように、二人に向かってその爪を振り上げた。

 

全集中・海の呼吸――

全集中・水の呼吸――

 

その一撃をかわし、汐と炭治郎は深く息を吸った。

 

――弐ノ型 波の綾!!

――肆ノ型 打ち潮!!

 

交差しながら放たれる二対の流れる波のような斬撃が、襲ってきた四匹の鬼の頸を綺麗に斬り落とす。

八等分にされた鬼は宙を舞い、地面に吸い込まれるように落ちていった。

 

(今まで何度も鬼は斬ったけど、こんなに体が動いたのは初めて。やっぱり、鍛錬は無駄じゃなかったんだ・・・)

胸にこみあげてくる何かを抑えるように、汐はぎゅっと袂を握った。

 

やがて鬼の体は灰のようになって消えていく。日輪刀で頸を斬った鬼は骨も残らず消滅する。

汐にとっては見覚えのある光景だが、炭治郎はそうでなかったらしく呆然とその様子を見ている。そしてそっと手を合わせる彼を見て、汐の肩が小さくはねた。

 

(この人は・・・どこまで優しいんだろう。自分も鬼に酷い目にあわされてるはずなのに・・・)

だが、だからこそあの美しい目をすることができるのだろうと、汐はわかっていた。慈しみと悲しみを宿した目。自分とは対をなす、彼の心。

 

「汐、大丈夫か?けがはしていないか?」

鬼への祈りを終えた炭治郎が汐の下に駆け寄る。汐は首を横に振ると、息をついた。

 

「まさかいきなり襲われるとはね。けれど、あたしたちは確実に力をつけてる。けれど油断はできない。もしも、万が一って言葉は決して『ありえない』ってことじゃないから」

「そうだな。それにこの山にどれくらいの鬼がいるかもわからない。気を付けよう」

二人がそう言って息をついたその瞬間。

 

汐の体にを痺れるような気配が、炭治郎の鼻を強烈な匂いが絡みついた。

 

(な、なに!?この刺すような気配!?)

汐が炭治郎の顔を見ると、彼も顔をゆがませながら鼻をつまんでいる。汐が声をかけようとすると、遠くから耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

 

「なんで大型の異形がいるんだよ!聞いてないこんなの!!」

どうやら他の参加者が鬼に追われているようだが、その形相が尋常じゃない程の恐怖に歪んでいる。二人はその様子をうかがおうと木の陰からそっと覗いた。その時

 

「「!?」」

 

瞬時に二人の顔に緊張が走る。炭治郎はすぐに木の陰に隠れたが、汐の体は一瞬強張り動けなくなった。そんな彼女の腕を炭治郎は慌てて引き、自分の腕の中に隠した。

 

ずりずりと重いものを引きずるような音がだんだんと近づいてくる。それに伴い、汐と炭治郎の心臓も早鐘のように打つ。

月にかかっていた雲が晴れると、その音の主の全貌が露になった。

 

いくつもの手が複雑に絡み合ったような姿をした、かなりの大きさの鬼だ。頸があると思われる位置には手が巻き付いており、その目は血走り金色の瞳が絶えずぎょろぎょろと動いている。そのあまりの醜悪さに汐は吐き気を覚え、無意識に炭治郎の着物を握りしめた。

片腕につかまれていたのは参加者と思われる血まみれの人間。

鬼はそれを二人の目の前で大口を開けてむさぼる。すると鬼の体がミシミシと音を立てて大きくなった。

 

鬼は二人には気づかずに通り過ぎようとする。先ほど逃げた参加者を追っていたためだ。

そして鬼は腕の一本をゴムの様に伸ばし、先を走る参加者の足をつかんだ。

 

悲鳴を上げて鬼のほうに引き寄せられていく参加者。このままでは間違いなく食べられてしまうだろう。

そんな彼を炭治郎は見捨てることができなかった。そのまま汐が止める間もなく鬼に向かって技を放った。

 

「炭治郎!?」

 

汐は思わず叫んだ。炭治郎の刃は参加者をつかんでいた腕を見事に斬り落としたが、自分の存在が鬼にばれてしまった。

鬼の目が炭治郎を捉える。そして奴は口を腕の中に隠したまま、意地悪く笑った。

 

「また来たな。俺のかわいい()が」

 

「「また?」」

 

鬼の言葉の意味が分からず、二人は同じ言葉を繰り返す。鬼はそれに気づかぬまま炭治郎に向かって声をかけた。

 

「狐小僧。今は、()()何年だ?」

「今は、大正時代だ」

炭治郎は一瞬困惑したが、鬼の問いに素直に答えた。

鬼は「たいしょう?」と小さくつぶやき、目をわずかに動かしたその刹那。

 

アァアアア年号がァ!!年号が変わっている!!

 

突如体中の腕という腕をきしませながら、鬼が叫んだ。足を踏み鳴らし、あちこちを掻きむしり、血飛沫を飛ばしてわめき続ける。

その異様な光景に、炭治郎たちは呆然と鬼を見つめるしかなかった。

 

「まただ!!まただぁ!!俺がこんなところに閉じ込められている間に!アァアアァ許さん、許さんんん!!あいつらめ、あいつらめぇ!あいつらめぇえ!!あいつらめええ!!」

 

その鬼は何度も何度も誰かの名前を恨めしそうに叫ぶ。あいつら誰のことだというと、鬼は興奮したまま二人の名を告げた。

 

「鱗滝ともう一人、大海原(わだのはら)というやつだァ!!」

 

その名を聞いた瞬間、炭治郎と汐に戦慄が走る。鱗滝は勿論だが、新たに出たもう一人の名。彼女の養父、大海原(わだのはら)玄海のことだろう。

炭治郎がなぜ二人の名を知っていると問うと、幾分か落ち着きを取り戻したのか鬼は少し声を落として言った。

 

「知っているさァ。俺を捕まえたのはその二人だからなァ。忘れもしない四十七年前。あいつらがまだ鬼狩りをしていたころだ。江戸時代、慶応の頃だった」

「鬼狩り・・・江戸時代!?」

二人が元鬼殺の剣士だったことを知らなかった炭治郎は小さくつぶやく。だが、それを鋭い声が突如遮った。

後ろの参加者が震える声で叫ぶ。

 

「嘘だ!!そんなに長く生きている鬼はここにはいないはずだ!ここには、人を二、三人食った鬼しか入れていないんだ!!選別で斬られるのと、鬼は共食いをするからそれで・・・」

「でも俺はずっと生き残っている。藤の花の牢獄で、五十人は喰ったなぁ、ガキ共を」

 

五十人!!炭治郎と汐の脳裏に、旅立つ前に鱗滝に言われた言葉がよみがえる。

 

――二人とも、覚えておけ。基本的に鬼の強さは人を食った数だ。肉体を変化させ、怪しき術を使う者も出てくる

 

(ならこいつは、相当力の強い鬼!今のあたしたちで勝てるの・・・!?)

 

汐は唇をかみしめる。手が、体が震える。それは炭治郎も同じようで、刀の切っ先がわずかに震えていた。

そんな二人を嘲笑うかのように、鬼は醜い指を折り曲げながら何かを数えだした。

 

「十二、十三・・・お前で十四だ」

その指が炭治郎の顔を指さす。意味が分からず困惑する彼に、鬼はこの上ない程の醜悪な笑みを浮かべた。

 

「俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。大海原(わだのはら)はそのあと行方知れずになったが、鱗滝はその後弟子を何人か取り続けた。だから俺は決めたんだ。アイツの弟子は皆殺してやる、って」

汐はその目に再び不快感を覚えたが、鬼の言葉が気になった。奴は今()()()()()といった。どういうことだ?

しかし、汐の疑問を知ってか知らずか、鬼はうれしそうに語りだした。

 

「特に印象に残っているのは、二人だな。あの二人。珍しい毛色のガキだった。一番強かった。宍色の髪をしてた。口に傷がある」

その言葉に炭治郎の背中が大きくはねる。鬼はつづけた。

 

「もう一人は花柄の着物で女のガキだった。小さいし力もなかったがすばしっこかった」

今度は汐の背中がはねた。二人とも、彼らにこれでもかというくらいに覚えがあったからだ。

 

その二人の特徴が、錆兎と真菰に完全に一致していた。

 

(嘘だ・・・!真菰が、錆兎が、こいつに喰われていた・・・!?既に、死んでいた・・・!?でも、でも。あたしは確かに真菰とも錆兎とも会った。炭治郎だってそう・・・)

 

「目印なんだよ、その狐の面がなァ。鱗滝が彫った面の木目を、俺は覚えてる。アイツが付けてた天狗の面と同じ彫り方。『厄除の面』とか言ったか?それをつけているせいでみんな喰われた。みんな俺の腹の中だ。鱗滝が殺したようなものだ」

 

――やめて、やめて。これ以上、その先を言わないで

 

「これを言ったとき女のガキは泣いて怒ったな。フフフッ、そのあとすぐ動きがガタガタになったからな。手足を引き千切ってそれから・・・」

 

鬼がその先を続ける前に、炭治郎が動いた。襲い来る無数の腕を斬りながら進む。一見善戦しているように見えるが、その呼吸は乱れている。前しか見えていない。

その隙をついて死角から別の腕が、炭治郎の左わき腹に食い込む。そのまま彼は吹き飛ばされ、大木に背中を激しく打ち付けた。

面が粉々に砕け、炭治郎の傷跡の部分から血が流れだす。そのまま彼は気を失った。

 

いつの間にか参加者は消え、そこには炭次郎と鬼だけが残された。鬼がじりじりと炭治郎ににじり寄る。

 

「フヒヒヒ、また鱗滝の弟子が一人死んだ。奴め、また自分の弟子が帰ってこなくてどんな顔をするだろうな。絶望するか、悲しむか・・・ヒヒヒ、見たかったなあ・・・」

 

鬼は心底うれしいといった様子で腕を伸ばさんと力を込めた。

このままでは炭治郎が死んでしまう!汐の脳裏に、失った人たちの顔が浮かんだ。

 

――やめろ、やめろ!これ以上あたしから、大事なものを奪うな!!

 

鬼が腕を伸ばすほんの少し前に、汐の体が動いた。そして、伸ばされた腕は土煙を上げ、木をなぎ倒す。

 

「ああ?」

鬼が怪訝な声を上げる。土煙が収まった場所にいたのは、炭治郎を抱えたままこちらを睨みつける、青い髪に赤い鉢巻をなびかせ、狐の面をつけた少女がいた。

 

「またいたのか。鱗滝の弟子が・・・ん?」

 

鬼の目が汐の赤い鉢巻に止まる。その色と形に鬼は見覚えがあった。それは、鱗滝とともに自分を捕らえた憎き鬼狩り。

 

「思い出した、思い出したぞ!それは、それは大海原(わだのはら)の鉢巻き!!まさか、まさか大海原(わだのはら)に弟子がいたのか!?奴は生きていたのか!?」

 

鬼は一通り声を荒げた後、今度は嬉しそうにその両目を細めた。

 

「だがこれで、奴にまで復讐できる!奴の弟子を殺すことができる!!ああ今夜はなんていい夜なんだ!!これほどまでにうれしい夜は初めてだああああ!!」

 

鬼の声が高らかに響き渡る。その声は空気を震わせ、汐の肌を粟立たせる。だがそれよりも、炭治郎の身の安全が最優先だ。

汐は持ってきていた布を炭治郎の傷口に当て止血を試みた。

 

「炭治郎、炭治郎!目を覚まして!こんなところで死ぬ気か!あんたが死んだら、禰豆子はどうする!?あんたの、たった一人の家族でしょ!!?」

 

家族。汐にはもういない、固い絆で結ばれた家族。でも炭治郎はそうじゃない。だからこそ、死なせるわけにはいかない。

だが、炭治郎を抱えたまま鬼と戦うのはあまりにも無謀すぎる。現に刀を抜くことすらままならない。

鬼はそんな二人に嘲るような笑い声をあげながら、その腕を伸ばす。舞う土煙。炭治郎を抱えながら必死に逃げる汐。

 

すると、汐の願いが通じたのか、それともほかの何かが働いたのか。

 

炭治郎の両目が力強く開いた。

そして今度は汐を抱えたまま、横に飛んで鬼の攻撃をかわす。

 

「炭治郎!!」

汐はうれしさのあまり声を上げる。炭治郎も汐の姿を見て「来てくれたんだな」と、うれしそうに笑った。

炭治郎は汐からもらった布で傷を拭い、刀を構えなおす。汐も、彼と同じように鬼に向かって刀を抜いた。

 

反撃の刃は、ついに抜かれた。




こそこそ噂話
鱗滝さんは、遊郭に通いつめていた玄海をよく連れ戻しに来ていました。柱合会議をよく忘れるからです。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。