ウタカタノ花   作:薬來ままど

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竈門炭治郎生誕祭2020、特別編


一日遅れの祝い唄(炭治郎生誕祭特別編)

それは七月十四日の、深夜に起った。

空は上弦の三日月が輝き、虫の歌う声が響く穏やかな夜。

 

だが、それは突然に破られた。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

何処からか耳をつんざくような悲鳴が聞こえ、心地よく歌っていた虫たちは驚いて飛び去り、眠っていた野良犬は飛び起き大声で吠え出した。

その騒ぎのせいか、蝶屋敷からは別の悲鳴が聞こえ、閑静な屋敷付近はたちまち喧騒に包まれた。

 

やがて夜も明け、新しい一日が始まるというのに、悲鳴の主、大海原汐は死人のような顔で歯を磨いていた。

 

(なんてこと、なんてことなの・・・?あたしったら、あたしったら・・・。この世で最も大切な日を忘れていたなんて・・・ッ!!)

 

鏡に映る悍ましい自分の顔を眺めながら、汐は絶望と後悔に苛まれていた。

 

昨日は、彼女にとって一番大切な人物、竈門炭治郎の誕生日だった。

しかし、恋柱・甘露寺蜜璃の継子である彼女は、いつものように稽古をつけてもらい、いつものように任務に出ていた。

その間、汐に当てての一通の文が届いたのだが、その時は汐の鴉のソラノタユウが体調を崩してしまい、文が汐に届くことはなく、炭治郎の鴉が置いて言った文にも気づくことがなかったんだ。

 

(炭治郎の誕生日の宴の知らせの文に気づいたのが、日付が変わる直前・・・!なんで気づかなかったのよ・・・!)

 

炭治郎の誕生日を祝えない上、贈り物すら買っていないことに、汐は今までにない程の後悔と絶望に包まれた。

それどころか、もういっそのこと消えてなくなりたいとさえも、思ってしまうほどだった。

 

そんな調子で稽古などできるはずもなく、汐は体調が悪いから稽古を休みたいと鴉を通して甘露寺に連絡をした。

すると、送ってからそう経っていないのにも関わらず、甘露寺が汐の屋敷に飛んできた。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

甘露寺は、汐の屍のような顔を見て悲鳴を上げた。そのあまりの驚きっぷりに、危うく乳房がこぼれ出そうになったほどだ。

 

「ど、ど、ど、どうしたのしおちゃん!!そ、そのお顔・・・!」

「あ~~~・・・・」

 

もはや顔どころか言葉まで無くしかけている汐に、甘露寺は慌てて駆け寄り何があったか問い詰めた。

すると、汐はぽつりぽつりと、炭治郎の誕生日をうっかり忘れてしまっていたことを話した。

 

「あたし、何やってんだろ。あたしにとって大切な人の生まれた日を忘れるなんて。きっとあたしはもう、あいつの隣に立つ資格なんかないんだ・・・」

いつもなら絶対あり得ない、後ろ向きな言葉が汐の口から零れ、甘露寺はこれはただ事ではないことを察した。

しかし、もう誕生日は過ぎてしまっているため、いくら後悔してももう遅いこともわかっていた。

 

「しおちゃん。厳しいことを言うようだけれど、今更後悔してもどうしようもないわ」

「うん、わかってる。わかってるけど・・・」

「でもね、このまま下を向いたままじゃ、絶対に駄目。あなたが炭治郎君のお誕生日を心からお祝いしたい気持ちはあるんでしょ?」

「それは勿論!だって、炭治郎が生まれた大切な日だもの」

 

汐は顔を上げてそう言うと、甘露寺はにっこりと笑っていった。

 

「その気持ちを炭治郎君にちゃんと伝えないと。一日遅れてしまってはいるけれど、あなたの気持ちが本当ならきっと彼ならわかってくれるわ」

「みっちゃん・・・」

「わかったならすぐ行動しないと!今日のお稽古はお休みにするから、しおちゃんはすぐに炭治郎君の所へ行ってきて!柱命令よ!!」

 

甘露寺の大声に汐は背筋を正すと、そのまま一目散に蝶屋敷に掛けていった。そんな彼女の背中を見て、甘露寺はまるで子供を見守る母親のような、慈しみの目を向けるのだった。

 

*   *   *   *   *

 

「ごめんください、炭治郎いる!?」

 

汐は蝶屋敷に転がるように駆けこむと、そこには洗濯物を干している三人娘の姿があった。

 

「あ、汐さん!おはようございます」

「おはよう。ねえ、炭治郎いる?」

「炭治郎さんならつい先ほど、任務に行かれましたよ」

 

きよの言葉に汐は頭を殴られたような衝撃を受け、その場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

そんな様子の汐に、三人娘は慌てて駆け寄ると縁側に座らせた。

 

「いったいどうしたんですか?顔色がものすごく悪いですよ」

「ごめん、心配かけて。ただ、あたしってなんでこうも間が悪いんだろうって」

 

汐は三人に、炭治郎の誕生日をすっぽかしてしまった事を話した。その話を聞いて、彼女たちは何か心当たりがあるかのように目を見開いていった。

 

「だから炭治郎さん、昨日から元気がなかったんだ」

「ずっと玄関の方を見てたのは、そのせいだったんだね」

「今朝も笑っていたけれど、どこかぎこちなかったのはもしかして・・・」

 

三人娘の話を聞いた汐は、ますます頭を抱えた。もしもこのまま、炭治郎と会えなくなってしまったらどうしようという思いまで生まれてきてしまっていた。

 

「と、とにかく。汐さんさえよろしければ炭治郎さんが戻るまで待ちますか?」

「え、いいの?」

「はい。汐さんの御顔を見れば、炭治郎さんきっと喜びますよ!」

 

なほとすみの言葉に、汐は力なくほほ笑むと空を見上げた。

 

「あ、あの。実は先ほどのお話を聞いて一つ提案があるんですが・・・?」

「提案?」

 

汐は怪訝そうな顔でなほをみると、なほは頷き汐の耳元に口を寄せた。

 

「実はですね・・・」

 

 

*   *   *   *   *

 

 

それから時間は過ぎ。

 

「ただいま戻りました」

 

日がだいぶ傾いたころ、炭治郎と禰豆子は単独任務から蝶屋敷へ戻って来ていた。それ程苦戦はしなかったものの、命を懸けた戦いの後の疲労にはどうも慣れなかった。

 

「禰豆子、大丈夫か?今日も助けてくれてありがとうな」

 

炭治郎は箱越しにそう言うと、禰豆子は返事の代わりに箱の内側をカリカリと引っ掻いた。

 

「・・・はあ」

 

だが、その笑顔は口から出た溜息と共に曇った物へと変わってしまった。

 

昨日は、炭治郎の誕生日であり、蝶屋敷の者たちが彼の為に宴を開いてくれた。汐にも鴉を通して連絡したのだが、数々の不運が重なり汐が宴に現れることはなかった。

 

そのせいか、炭治郎は昨日の夜からずっと元気がなかった。

 

(いや、何を落ち込んでいるんだ。汐だって俺と同じ鬼殺隊員。いつ何時任務に駆り出されてもおかしくない。今回はたまたま、俺の誕生日と重なってしまっただけだ)

 

そう自分に言い聞かせて平常心を保とうとするものの、やはり彼女からの祝いの言葉が効けなかったという事実に、彼の心は沈んでしまっていた。

 

(汐、今頃何をしているだろう。無茶をしたりしていないだろうか)

 

ここの所炭治郎は、気が付けば汐の事ばかり考えていた。呼吸は違うものの、同じところで修行をした兄妹弟子。自分が辛いときにいつも支えてくれた、大切な人。

最近は仕事も忙しくてなかなか会えず、そのもどかしさも炭治郎の心をかき乱していた。

 

(会いたいなあ・・・)

 

そんなことを考えながら門を通った瞬間。炭治郎の鼻を、優しい潮の香りが掠めた。

 

(この匂いは・・・、まさか!!)

 

炭治郎はいてもたってもいられず、転がるように屋敷の中へ駆け込んだ。すると、炭治郎の帰宅を待っていたのか、すみが同じく転がるように奥から走ってきた。

 

「あ、炭治郎さん!おかえりなさい」

「ただいま、すみちゃん。あの、もしかして汐がここに来ているのか?」

 

炭治郎が尋ねると、すみはにっこりと笑って裏山の方を指さした。

 

「汐さんが炭治郎さんに話があるそうです。すぐに行ってあげてください」

 

すみがそう言った途端、炭治郎は踵を返すと一目散に裏山へと走っていった。

 

険しい山道をものともせず、炭治郎は一心不乱に走った。前に進むたびに風に乗って流れてくる彼女の香りに、胸を高鳴らせながら。

 

「汐!」

 

炭治郎は息を切らしながら、目の前に立っている少女の名を呼んだ。すると汐は目を大きく見開くと、わき目もふらずに炭治郎の元へ駆け寄ってきた。

 

「炭治郎!!」

「汐!!」

 

二人は互いに名を呼びあいながら駆け寄り、どちらともなく手を握り合った。

 

「炭治郎、ごめん、ごめんなさい!あたし、あたしあんたの大切な日になんてことを・・・!」

 

汐は今にも泣きそうな顔で炭治郎を見つめ、それを見た炭治郎の胸が大きく音を立てた。

 

「何を言っても言い訳にしかならないから余計なことは言わない。でも、とにかくあんたに謝りたかったの。本当にごめんなさい」

「いや、いいんだそんなこと。お前だっていろいろ忙しいんだから仕方ないよ」

 

炭治郎はそう言って、泣きそうな顔の汐の頭を優しくなでた。陽だまりのような温かい手と、夕暮れのような美しい目が汐の心を落ち着かせていった。

 

「ん?なんだかおいしそうな匂いがするけれど、この匂いは・・・」

「ああ、これ。あんたのための贈り物を用意できなかったから、その代わり。っていうものじゃあないんだけれど・・・」

 

汐はもじもじと身体をよじらせながら、後ろ手に隠していた包みを差し出した。そこからは米と微かな梅昆布の匂いが漂い、炭治郎を刺激した。

 

「これは、もしかして梅昆布のおにぎりか?」

「正解!せめてあんたの好物をって思ったんだけれど、この季節じゃタラの芽はないから、あんたの好きな梅昆布のおにぎりを作ったのよ」

 

口に合うといいんだけど、と口ごもる汐に、炭治郎はパッと表情を輝かせて言った。

 

「とんでもない!お前が作ったおにぎりなら、おいしいに決まってる!」

 

炭治郎の嘘偽りない言葉に、汐の心臓が大きく跳ね顔に熱が籠った。

 

二人は近くの岩場に座り、汐は風呂敷を広げて炭治郎におにぎりを一つ手渡した。ホカホカのごはんと梅昆布の香りが、炭治郎の食欲を掻き立てる。

 

「いただきます!」

 

炭治郎は高らかに言うと、真白なおにぎりかぶりついた。そして、

 

「うまい!!」と、太陽のような笑顔で言った。

そんな彼を、汐はこみ上げてくる嬉しさをかみしめるように、口元を緩ませた。そして、自分の分のおにぎりを食しながら、二人の時間はゆっくりと流れていった。

 

やがておにぎりを食べ終えた二人は、星が瞬き始めた空を見上げた。

 

「そう言えば、汐はどうしてここでおにぎりを食べようなんて思ったんだ?」

 

炭治郎がそう尋ねると、汐は少し悪戯っぽく笑いながら口を開いた。

 

「多分あと少しだと思うから、もうちょっと待ってて」

 

汐の言葉に炭治郎は怪訝な表情をするが、その理由はすぐにわかった。

 

二人の前を、金色の光がふわふわと通り過ぎ、やがてそれは瞬く間に増え、二人の周りに広がった。

 

「これは、蛍?へぇ、こんなところにもいるんだ」

「この時期にはよく蛍がいるって、なほが教えてくれたのよ。狭霧山でみて以来だけど、やっぱり綺麗ね」

 

そう言ってほほ笑む汐は、蛍の光に照らされて、幻想的な美しさを醸し出していた。そんな彼女を見て、炭治郎はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「俺、汐が宴に来なくてすごく寂しかったんだ。汐は甘露寺さんの継子として毎日頑張っているから仕方ないって思っていたけれど、それでもやっぱり、お前には俺の誕生日を祝って欲しかった」

「炭治郎・・・。本当に、ごめん」

「いや、いいんだ。一日遅れてしまったけれど、汐が俺の誕生日をきちんと覚えていてくれて、それで、こんな素敵な贈り物だってくれたんだ。そして今、わかったんだ。俺にとっては、お前とこうして同じものを見て同じ時間を共有できるってことが、何よりもうれしいんだって」

 

炭治郎はそう言って再び空を見上げた。星の光と蛍の光が混ざり合い、絵にも描けない美しい世界が二人を包む。

 

そんな彼を見つめながら、汐はぽつりと言った。

 

「あたしだってそうよ。あんたとこうして同じ場所で同じ時間を生きて、あんたの傍にいることが一番うれしい。今年は遅れちゃったけれど、来年はちゃんとあんたにおめでとうっていうわ。来年だけじゃない。再来年も、その後も、ずっと。あたしが生きている限り、あんたにずっとおめでとうって言ってやるんだから!」

 

汐の言葉に炭治郎は目を見開いて汐を見た。汐の顔は暗がりの中でもわかる程赤く、そんな彼女から漂ってくる甘い果実の匂いに、炭治郎の頬も熱を持ち、心臓が早鐘の様に打ち鳴らされていった。

 

「汐・・・、お前、それって・・・」

「だから、死ぬんじゃないわよ。あんたが死んだら、あたしはあんたにおめでとうって言えなくなるんだから」

「・・・だったら今、言ってくれないか。今年の分のおめでとうを、俺はまだお前の口から聞いていない」

 

汐が顔を向ければ、真剣な表情をした炭治郎と視線がぶつかり、思わず息をのんだ。鳴りやまない鼓動を抑えるように胸元を握りしめながら、汐は口を開く。

 

「炭治郎。お誕生日、おめでとう」

「・・・ありがとう」

 

汐の透き通るような声が炭治郎の耳を通り、甘い果実の匂いが彼を満たしていく。互いの瞳に映る自分自身を見つめながら、ごく自然に、二人はゆっくりと顔を近づけていった。

 

その時だった。

 

「猪突猛進!!!」

 

その場の雰囲気をぶち壊すような声が響き、二人の前を茶色い影が駆け抜けていった。

そして、

 

「濃厚接触禁止ぃいい!!」

 

耳をつんざくような汚い高音と共に、黄色い影が二人に割り込むように突っ込んできた。

 

「炭治郎と禰豆子ちゃんがどこにもいないと思ったら、お前ら二人っきりで何やってんだ!!」

 

黄色い影、善逸は何故か涙を流し、顔中に青筋を立てながら唾を飛ばしてまくし立て、伊之助はたくさんの蛍に興奮しているのか背後ではしゃいでいた。

 

一気に騒がしくなったその光景に、炭治郎が苦笑いを浮かべたその時。

不意に炭治郎の視界が真っ暗になった。

 

「な、なんだ!?」

 

困惑する炭治郎の耳元で、汐の静かな声が響いた。

 

「炭治郎、悪いけどちょっとだけ我慢してて。あたし、部屋の掃除は苦手だけれど、ごみの掃除自体は得意なの」

 

そう言った汐からは、先ほどの果実の匂いは消えうせ、代わりに怒りと殺意の匂いが炭治郎の鼻を刺激した。

 

「ま、待て汐!殺意、殺意引っ込めて!!」

 

だが、炭治郎の懇願も虚しく、裏山は悲鳴と断末魔に包まれた。

 

 

 

 

――炭治郎、お誕生日、おめでとう。

どうか、あなたの行く末が、光に満ちたものでありますように・・・

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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