鉄火場の工房についた汐は、音を立てないようにしてそっと中を覗き込んだ。
鉄を研ぐ音が聞こえてきて、それに合わせて鉄火場の背中が揺れる。
顔を見ずともわかる真剣な姿に、汐は声を掛けるのをやめてほほ笑んだ。
(ありがとう、鉄火場さん。あたし、頑張るわ。あなたが打ってくれたこの刀で人を、大切な人達を必ず守るから・・・、元気でね)
別れの挨拶をかわすことなく、汐はそっと工房を後にした。胸に感謝の思いを抱きながら。
汐は直ぐには部屋に戻らずに、少しだけ歩いてみることにした。世話になった里を離れるまでの間に、少しでもこの場所を覚えておきたかったからだ。
歩いていくと、突然森が開けて光が差し込んできた。さらに進んでいくと、そこは大きな崖になっており遥か先に地平線が見えた。
(へぇ・・・、この里にこんな場所があったなんて・・・)
汐はあたりを見回しながら歩き、崖の下を覗き込んだ。
(でもこの崖、結構高いわね。こんなところから落ちたらひとたまりもないわ)
背中にうすら寒いものを感じながら、汐は崖から離れて空を見上げた。
微かに残る雲が、そよ風に載ってゆっくりと流れて行く。
(あたし達が戦っている間、ここでは刀鍛冶の人達が鬼と戦う、人を守る刀を作っている。その魂をかけて。彼らの為にも、あたしは前に進まなきゃ)
汐は胸に決意を抱き、そして今もどこかで頑張っているみんなの事を思い浮かべた。
すると、汐の頭の中に一つの旋律が浮かんだ。それは、あふれんばかりの感謝の歌。
汐は自然と口を開き、その旋律に合わせて声を繋いだ。心からの想いを歌に乗せて。
美しく優しい歌は風に乗り里中へ運ばれ、それを聞いた者たちの心を優しく包み込んだ。
だがそれは、里の者だけではなく偶然そばを歩いていたある人物の元へも届いた。
「ん?」
黒と水色の長い髪を風に揺らしながら、時透無一郎は聞こえてきた歌に足を止めた。
耳に残る不思議な旋律に惹かれるように、無一郎は歌の主を捜して顔を動かした。
すると、崖の傍で青い髪と赤い鉢巻を靡かせながら歌う少女に目を奪われた。
なぜこんなところで歌を歌っているんだろう。何の歌なんだろう。そんな疑問を抱きつつ、無一郎は何故かその歌をもっと聞きたいと思ってしまった。
その歌にどこか、懐かしさを感じたから。
(何だろう、この感じ。僕は、この歌を、声を、知っている気がする・・・?)
胸の中に生まれた不思議な感情に戸惑いつつも、無一郎はその場から縫い付けられたように動かずにいた。
やがて汐が歌を終えてその場から立ち去るまで、彼は何かを思い出しそうな不思議な感情を抱えながらぼんやりとしているのだった。
* * * * *
日が沈んだ頃。汐は長である鉄珍に挨拶を済ませ、里を出る準備を整えた。
だがその前に、汐は炭治郎に挨拶をするために部屋を訪れた。
(炭治郎、いるかな。あいつにはなんだかんだでまた世話になっちゃったし、ちゃんと挨拶をしていこう)
汐は逸る気持ちを抑えて、部屋の前で炭治郎に声を掛けた。
「炭治郎、炭治郎。いる?」
すると少し間を開けて「汐か?」という炭治郎の声が返ってきた。
「そうよ。あんたに挨拶をしに来たの。入ってもいい?」
「あ、えっと。うん、いいよ」
しかし次に返ってきた声は、心なしかぎこちなく、汐は少し不審に思いながらも襖を開けた。
「あれ?あんた・・・」
そこにいたのは、炭治郎と向かい合って話す無一郎だった。
「あんた、生意気柱!!」
汐は思わず叫びながら人差し指を突き付けると、無一郎は少しだけ眉をひそめながら「誰それ?」と言った。
「なんであんたがここに居るの?ここは炭治郎の部屋なんだけど」
「僕がここに居ることが君に関係あるの?」
相も変わらず棘のある言い方に、汐のこめかみがぴくぴくと痙攣しだした。
それを見た炭治郎は、慌てて二人の間に割って入った。
「時透君は新しい担当の鉄穴森さんを捜しているんだって。多分鋼鐵塚さんと一緒だと思うから、俺は一緒に捜そうって話していたんだ」
「あんたが?わざわざ?」
「うん。俺も鋼鐵塚さんに会いたいと思っていたからちょうどよかったって思って」
そう言ってほほ笑む炭治郎に、汐は呆れと相も変わらず優しい心を持つ炭治郎をうれしく思った。
「それより汐は、もう出発するのか?」
汐は頷くと、飛びついてきた禰豆子の頭を優しくなでながら言った。
「ありがとうね、炭治郎。またあんたには世話になったわね」
「それはこっちもだ。汐にはいろいろと助けられたよ。元気でな」
二人はそう言って固い握手を交わし、汐は炭治郎の目に宿る寂しさを見ないようにしてほほ笑んだ。
それを見ていた無一郎は、すっと音もなく二人の間に入ると、汐の目をじっと見つめた。
「な、なによ」
汐はその視線に耐えられずに目を逸らすと、無一郎は首を傾げながら言った。
「君と僕、前にどこかであったことあった?」
「え?前って、もう何度か会ってるじゃない。裁判のときとあいさつ回りのときと・・・」
「そうじゃなくてもっと前。君の声と歌、何だか聞いたことがあるような・・・」
無機質な"目"のまま淡々と言葉を紡ぐ無一郎に、汐と炭治郎も首を傾げた。
その時だった。
襖の外で何かの気配がして、汐達は一斉に視線を向けた。
「ん?誰か来てます?」
「さあ」
「里の人かしら。ちょっと見てみるわね」
汐がそう言って立ち上がった時、襖が音もなくそっと開いた。
その向こうから入ってきたのは、里の者・・・ではなく。
――涙を流し小さく悲鳴を上げながら、這いつくばっている異形の者だった。
汐達は一瞬面食らったが、数秒後にそれが鬼であると認識した。
それは炭治郎の鼻も、汐の気配を感じる力も反応せず、無一郎でさえ目視するまで鬼とは気づかない程気配のとぼけ方が上手かった。
その鬼は目に数字は確認できなかったが、間違いなくこの鬼は上弦だった。
そう、その鬼の名は半天狗。上弦の肆の称号を持つ鬼だった。
「っ!!」
汐はすぐさま刀を取り、炭治郎も同じようにして戦闘態勢に入った。
だが
二人が動くよりも早く、無一郎は刀を抜き放ち動いた。
――霞の呼吸 肆ノ型――
――移流斬り
無一郎の流れるような剣が、鬼のいた場所を綺麗に薙ぐ。
しかし鬼はそれを素早く躱すと、天上へと逃げ延びた。
(速い・・・、仕留められなかった)
無一郎が視線を動かすと、天上に張り付いた鬼は斬られた傷を抑えながら涙を流していた。
「やめてくれええ、いぢめないでくれぇ。痛いぃいい」
震えながら痛みを訴える半天狗に、炭治郎は一瞬だけ戸惑った。だが、汐の殺意の匂いが炭治郎を現実へと引き戻した。
(気後れするな。大勢人を殺している鬼だ!!そうでなきゃ柱の攻撃を避けられない)
「あたしが動きを封じるわ!!」
汐が前に飛び出し、半天狗へ向けて口を開いた。
――ウタカタ・参ノ旋律――
――束縛歌!!!
空気が張り詰める音と共に、鬼の体が一瞬強張る。その隙を突いて炭治郎は刀を抜いた。
――ヒノカミ神楽――
――
「ヒィィィ」
炭治郎の突きが鬼のいる場所を綺麗に穿ち、半天狗は畳に落ちると悲鳴を上げた。
だが、何故か反撃してくる様子がない。
不審に思う炭治郎の横から禰豆子が飛び出し、身体を大きくすると左足を半天狗の腹に思い切り叩きつけた。
「ギャアアアッ!!」
その蹴りの威力に半天狗は吹き飛ばされ、濁った悲鳴を上げた。だが、炭治郎は禰豆子が以前にこの姿になった時、我を忘れてしまった事を思い出した。
「禰豆子!その姿になるな!!」
禰豆子はぴくりと身体を震わせ動きを止め、その間を縫って無一郎が斬りかかってその頸を落とした。
「ヒイィィ、斬られたああ」
涙を流しながら、半天狗の頸が宙に舞う。汐と炭治郎は、無一郎の驚くべき剣捌きに度肝を抜かれた。
普通なら、これで勝負はついただろう。
しかし、相手は上弦の鬼。以前に戦った妓夫太郎と堕姫は、普通に首を斬っても死ななかった。
もしかしたら、この鬼もただ頸を斬っただけでは死なない可能性もある。
それを経験済みの汐と炭治郎は、無一郎に向かって叫んだ。
「時透君、油断しないで!!」
「こいつ、このままじゃ終わらないかもしれない!!」
二人の言葉に無一郎は肩を震わせ、鬼の頸は畳に叩きつけられるようにして落ちた。
その時だった。
落ちた頸から突然腕が生えてきたかと思うと、瞬く間に身体が形成された。
そしてもう一方の身体からは、別の頸が生えてきた。
(分裂!!一方には頭が生え、もう一方には身体ができた!)
(何よこいつ!!ヒトデみたいじゃないのよ!!)
しかし面食らっている時間はない。無一郎は今、鬼に囲まれている状態だ。
「後ろの鬼は俺たちが!汐、行くぞ!!」
汐と炭治郎は二人で、無一郎の背後にいる鬼に斬りかかった。
無一郎も正面の鬼を仕留めようと、刀を振り上げた時だった。
頭から生えてきた鬼が、どこからかヤツデの団扇を取り出し、無一郎に向けて一振りした。
その瞬間、爆発的な風が起き、砲弾のように汐達に向かってきた。
その威力はすさまじく、無一郎は成す術もなく吹き飛ばされ、汐達も建物の外へ投げ出された。
炭治郎の身体は禰豆子が辛うじて捕まえてくれていたが、汐はその脇をすり抜けてしまっていた。
「炭治郎!!」
汐は炭治郎の手を掴もうとし、炭治郎も汐の手を掴もうと手を伸ばした。
だが、その健闘も虚しく、汐の身体は無一郎同様に吹き飛ばされてしまった。
「汐ーーーーッ!!!」
炭治郎の悲痛な叫びが闇夜に響き渡り、それに合わせて建物が崩れる大きな音が響いた。
(そんな・・・、汐が・・・!守り切れなかった・・・、助けられなかった・・・!!)
炭治郎は汐を守れなかったという事実に打ちのめされ、力なく頭をたれていた。
「むっ!!!」
鬼の気配を感じた禰豆子は、放心する兄を叱り飛ばすように声を上げた。
(そうだ、放心なんかしている場合じゃない。柱の時透君は勿論、汐も強くなっている。こんなところでどうにかなるはずがない!!)
炭治郎は禰豆子の手を握り返すと、自信を奮い立たせて目の前の敵を見据えた。
「カカカッ!」
団扇を振った鬼が、楽しそうに笑いながら炭治郎達を見据えていた。
頭が生えた鬼は、先ほどは持っていなかった錫杖をもって腹立し気に隣を睨みつけていた。
「楽しいのう。豆粒二つが遠くまでよく飛んだ。なあ、積怒」
積怒と呼ばれた鬼は、苛々と頭を振りながら答えた。
「何も楽しくはない。儂はただひたすら腹立たしい。可楽・・・、お前と混ざっていたことも」
「そうかい。離れられてよかったのう」
可楽と呼ばれた鬼は、怒ることもなく楽しげに笑いながら舌を出した。
その長い舌には、【楽】という文字が刻まれていた。
(また同時に頸を斬らなきゃ駄目なのか!?)
だとしたら、今ここに居るのは炭治郎と禰豆子の二人だけ。しかし禰豆子では、鬼に傷は負わせても致命傷を与える事はできない。
圧倒的に不利な状況だが、炭治郎は迷っている暇などなかった。
何とかして、一人でも同時に頸を斬らなければ・・・!!
炭治郎が意を決して斬りかかったその時、積怒の持っていた錫杖が動き、その柄を畳に突き刺した。
その瞬間、鼓膜が破れそうなほどの轟音が響き、部屋中に閃光が走った。
炭治郎の体を凄まじい稲光が貫き、痛みも痺れも通り越した強烈な衝撃が脳を揺らす。
(何っ・・・だ、これは・・・!!)
光で目がくらむ中、炭治郎の目は雷の発生源が錫杖であることを捕らえていた。
(あの錫杖・・・、まずい、意識が・・・飛びそうだ・・・!!)
このままでは意識を失い、最悪の場合は二度と目覚めなくなってしまう。そうなってしまえば、誰がこの状況を改善できる。
炭治郎は必死に抗うが、人知を超えた力の前に太刀打ちできず、目の前が暗くなりかけた時だった。
炭治郎の目はもう一つ、鬼以外の誰かの姿を捕らえていた。
眼球がぶれ、はっきりとその姿はとらえきれていないが、見覚えのあるものだった。
(屋根に・・・誰か・・・・)
炭治郎に気が向いているせいか、鬼はその姿に気づいていない。
そう。この場にいた鬼殺隊士は、炭治郎達だけではなかった。
特徴的な髪形に、顔に傷のある目つきの鋭い少年隊士。
――不死川玄弥が、銃口を静かに鬼に向けていた。
* * * * *
――海の呼吸――
肆ノ型・改
吹き飛ばされた汐は、地面に叩きつけられる寸前に技を放ち衝撃を緩和した。
(いたたた・・・、ずいぶん遠くまで飛ばされたみたいね。それに、ちらっとだけど生意気柱も吹き飛ばされているのが見えたし、早く炭治郎と禰豆子の所に戻らないと・・・!)
汐は焦る気持ちを抑えつつ立ち上がるが、周りを見渡して息をのんだ。
(ここは・・・、鉄火場さんの工房の近くだわ!!しかも微かだけど鬼の気配がする!まさか、鬼はあのヒトデ爺一匹じゃないってこと!?)
汐は顔を青ざめさせながら、すぐさま鉄火場のいる工房へ向かった。
(お願い、鉄火場さん。無事でいて・・・!!)
汐は祈るような気持ちで、足を進めるのだった。
この作品の肝はなんだとおもいますか?
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オリジナル戦闘
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炭治郎との仲(物理含む)
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仲間達との絆(物理含む)
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(下ネタを含む)寒いギャグ
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汐のツッコミ(という名の暴言)