ウタカタノ花   作:薬來ままど

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二十六章:強くなれる理由


(小鉄!?)

 

汐は、水越しに見える小鉄の姿を見て目を見開いた。小鉄は必死に右手の出刃包丁を、何度も何度も振り下ろしていた。

 

「死なせない!!頑張って、汐さん!!絶対に出すから!!俺が、助けるから!!」

 

小鉄は涙を流しながら、何度も何度も包丁を振り下ろした。しかし鬼の血鬼術で出来た水球は、刃を弾くだけでびくともしない。

 

(馬鹿っ、隠れてって言ったのに、何でここに居るのよ・・・!)

 

動けない歯がゆさと息苦しさに、汐は大きく顔を歪ませたが、不意に小鉄の背後で蠢くものがあった。

それは、ひれの部分が刃の様になっている、魚の化け物だった。

 

(小鉄、後ろよ!!気づいて・・・!!)

 

しかし汐の願いも虚しく、化け物はその刃を容赦なく小鉄に振るった。

 

「ギャッ!!痛っ・・・!」

 

短い悲鳴と共に、真っ赤な雫が汐の目の前を染めていった。

 

「うわぁ血だ!!」

 

小鉄は出血に驚き、その場から思わず後ずさった。しかし魚の化け物は、そんな彼の鳩尾に刃を突き刺した。

 

(・・・!!!)

 

その光景に汐の顔から血の気が引き、身体の熱は失われ、目の前も暗くなってきた。

喉を締められるような苦しさも、段々と薄くなっていくようだった。

 

(許さない)

 

汐は薄れて行く意識の中、小鉄を傷つけられた怒りを殺意に変え、意識を必死に手繰り寄せた。

あの時の感覚を思い出すように。

 

すると霞む視界の中、汐の目の前に一輪の花が現れた。

葉も茎もない、八重咲の百合に似た青白く光る半透明の不思議な花。

 

その瞬間、汐の中にあの時の感覚がはっきりと蘇ってきた。

 

汐は意識を集中させ、全身に力を入れる。頭のてっぺんからつま先まで、神経を研ぎ澄ませるように。

 

すると、汐の周りの水が震えだし、小さな泡が発生した。泡の数は瞬く間に増え、やがて汐の全身を包み込んだ。

 

一方、その光景を見ていた無一郎は、動かない自分の身体に怒りが沸き上がってくるのを感じた。

目の前で自分が助け、助けられた相手が傷つき、死に近づいていく。

 

――この光景を、無一郎は以前にも見たような気がした。

大切な誰かが、自分の目の前で奪われる理不尽さと、怒りを。

 

無一郎は刺さった針を抜き捨てると、足に力を込めた。次に胴体に、腕に、指先に、頭に。

 

『人のためにすることは、巡り巡って自分のためになる』

 

炭治郎に似た誰かは、再び優しく言葉を投げかけた。

 

『そして人は、誰かのために信じられないような力を出せる生き物なんだよ。無一郎』

 

無一郎は頷くと、目の前の光景をしっかりを見据えた。

 

(あの子達を死なせてはならない。必要不必要だからじゃない。鬼から人を助けるのが、鬼殺隊だから・・・!!)

 

無一郎は痺れが残る身体を叱咤し、小鉄に止めを刺そうとしている化け物に斬りかかろうとした。

その時だった。

 

『離れろ』

 

(!?)

 

何処からか声が聞こえた気がして、無一郎は倒れている小鉄を抱えてその場から飛びのいた。

それとほぼ同時に、汐の入った水球が突然破裂した。

 

――ウタカタ 伍ノ旋律・転調――

――爆塵歌(ばくじんか)!!!

 

水球が破裂するのと同時に、化け物も吹き飛ばされ木に叩きつけられて呻いた。

その隙に、無一郎は化け物を斬り捨てると汐達の元に駆け寄った。

 

「汐!大丈夫!?」

「ガハッ、ゲホッゲホッ、ゲェッ・・・!」

 

汐は激しくせき込みながら、口の中の水を吐き出し蹲っていた。

無一郎は焦る気持ちを抑え、汐の背中を優しくさすった。

 

その光景の中、無一郎は失った過去の事を思い出していた。

 

(思い出したよ、炭治郎。僕の父は、君と同じ赤い瞳の人だった)

 

それは、杣人という木を切る仕事をしていた父の記憶。息子である自分も、木を切る手伝いをしていた記憶。

 

『杓子定規に物を考えてはいけないよ、無一郎。確固たる自分を取り戻した時、君はもっと強くなれる』

 

そして、病が進行した輝哉の顔。失った記憶が次々と蘇ってきていた。

 

(酷く苦しそうだ・・・、肺に水が入ったんだ)

 

苦しそうに喘ぐ汐を見て、無一郎は自分の母親が風邪から肺炎をこじらせ死んだことを思い出した。

ひどい嵐の中、薬草を取りに行った彼の父親は、がけから転落して帰らぬ人となった。

 

「あ、あたしは、平気・・・。それより、小鉄・・・!小鉄が・・・!」

「わかった、わかったから、君は自分の心配をして!」

 

こんな状態でも自分より他人を心配する汐に、無一郎は思わず声を荒げた。

 

「こ、小鉄君・・・」

 

小鉄の着物にはあちこちに血が付着し、か細く息をしていた。

そんな小鉄を、無一郎はそっと抱き起した。

 

「時透さん・・・、汐さん・・・汐さんは・・・?」

「大丈夫、大丈夫だよ。汐は生きてる。無事だよ・・・!」

 

無一郎が答えると、小鉄はほっとした様に口元に笑みを浮かべた。

 

「時透さん・・・、おね・・・お願いします・・・。鋼鐵塚さんを、助けて・・・。刀を、守って・・・」

 

声が小さくなっていく小鉄を見て、無一郎の記憶は更に沸き上がった。

 

(両親が死んだのは十歳の時だ・・・。十歳で僕は一人になった)

 

一人。その事に無一郎は大きな違和感を感じた。

 

(いや、違う。一人になったのは十一歳の時だ。僕には兄がいた。双子だった)

 

無一郎の脳裏に、あの日の出来事がはっきりと蘇った。

 

それは、銀杏の葉が舞い散る季節。

無一郎には双子の兄がいた。名は有一郎。

両親を失った彼らは、生きる為に必死に働いていた。

 

『情けは人のためならず。誰かのために何かしても、ろくなことにならない』

 

有一郎は切った木を背負いながら、淡々とした声で言った。

 

『違うよ』

 

その言葉を、無一郎は優しい声色で否定した。

 

『人のためにすることは、巡り巡って自分のためになるって意味だよ。父さんが言ってた』

 

そういう弟の言葉を、有一郎は振り返ることもせずに一掃した。

 

『人のために何かしようとして死んだ人間の言うことなんて、あてにならない』

『なんでそんなこと言うの?』

 

それが死んだ両親のことを言っていると気づいた無一郎は、悲し気に顔を歪ませて言った。

 

『父さんは母さんのために・・・』

『あんな状態になってて薬草なんかで治るはずないだろ。馬鹿の極みだね』

 

尚も止まらない兄の罵声に、無一郎の声が震えた。

 

『兄さん、ひどいよ・・・』

『嵐の中を外にでなけりゃ、死んだのは母さん一人で済んだのに』

 

この言い草に、遂に無一郎も思わず声を荒げた。

 

『そんな言い方するなよ!あんまりだよ!!』

『俺は事実しか言ってない』

 

目に涙をためて言い返す無一郎を見て、有一郎は苛立たしそうに顔を歪ませた。

 

『うるさいから大声だすな。猪が来るぞ』

 

有一郎はそう言って、無一郎に背中を向けて言った。

 

『無一郎の無は“無能”の“無”。こんな会話、意味がない。結局過去は変わらない』

 

――無一郎の無は“無意味”の“無”

 

有一郎の針のような言葉は、無一郎の胸の奥深くまで突き刺さっていった。

 

(兄は、言葉のきつい人だった。記憶のない時の僕は、なんだか兄に似ていた気がする)

 

無一郎にとって兄との生活は、息が詰まるようだった。

彼は兄に嫌われていると思い、冷たい人だと思っていた。

 

月日は流れ、花が咲き始めた春ごろ。二人の元に一人の女性が尋ねてきた。

 

彼女の名は産屋敷あまね。鬼殺隊当主、産屋敷輝哉の妻だった。

そのあまりの美しさに、無一郎は白樺の木の精だと思ったほどだった。

 

あまねが尋ねてきたのは、有一郎と無一郎が始まりの呼吸の使い手の子孫であるということを伝え、鬼殺隊に誘うためだった。

無一郎はその事実に喜んだが、有一郎は暴言を吐いてあまねを追い返してしまった。

 

『凄いね、僕たち剣士の子孫なんだって』

 

その夜、無一郎は興奮した様子で野菜を切る有一郎に話しかけた。

 

『しかも、一番最初の呼吸っていうのを使う凄い人の子孫で・・・』

『知ったことじゃない。さっさと米を研げよ』

 

そんな弟の言葉を遮ると、有一郎は淡々と言いながら手を動かした。

 

『ねぇ、剣士になろうよ。鬼に苦しめられてる人たちを助けてあげようよ』

 

無一郎は朗らかな笑顔で兄に訴えた。

 

『僕たちならきっと・・・』

 

だが、有一郎はその言葉を聞きたくないと言わんばかりに、包丁を叩きつけるようにして野菜を切った。

一度、二度、三度、四度・・・。四度目に振り下ろした時の勢いで、野菜の一部がまな板からころりと落ちた。

 

『お前に何が出来るって言うんだよ!!』

 

有一郎の雷のような大声に、無一郎はびくりと体を震わせた。

 

『米も一人で炊けないような奴が剣士になる?馬鹿も休み休み言えよ!本当にお前は父さんと母さんそっくりだな!!』

 

砲弾のような有一郎の言葉に、無一郎の顔から笑顔が消えていく。

 

『楽観的過ぎるんだよ、どういう頭してるんだ。具合が悪いのを言わないで、働いて体を壊した母さんも、嵐の中 薬草なんか採りに行った父さんも。あんなに止めたのに・・・!!母さんも、休んでって何度も言ったのに!!』

 

有一郎は悔しさを吐き出すように叫びながら、包丁の柄を震えるほど強く握った。

 

『人を助けるなんてことはな、選ばれた人間にしか出来ないんだ!先祖が剣士だったからって、子供の俺たちに何ができる?教えてやろうか?』

 

有一郎は言葉を失っている無一郎を睨みつけながらつづけた。

 

『出来ること、俺たちに出来ること。犬死にと無駄死にだよ!父さんと母さんの子供だからな。結局は、あの女に利用されるだけだ!!

何か企んでるに決まってる』

 

有一郎は吐き捨てるようにそう言うと、涙目で俯いている無一郎に夕餉の支度をするように命じた。

 

それ以来、二人は口を利かなくなった。毎日のように通い続けているあまねに、有一郎が激怒して水を浴びせた時に喧嘩をしたきり――。

 

それから更に時は流れ、夏。

その年の夏は酷く暑く、二人の苛立ちも募る一方だった。あまりの暑さに、夜になっても蝉が鳴き続けていた。

 

その暑さを少しでも和らげようと、戸を開けていたその夜。

一匹の鬼が、二人の元に現れた。

 

鬼は瞬く間に有一郎の左腕を斬り落とすと、家じゅうに真っ赤な雫が飛び散った。

激痛に呻く兄を、青白い顔で抱える無一郎に、鬼は嘲笑いながら言い放った。

 

『うるせぇ、うるせぇ、騒ぐな。どうせお前らみたいな貧乏な木こりは、何の役にも立たねぇだろ。いてもいなくても変わらないような、つまらねぇ命なんだよ』

 

鬼の言葉が無一郎の耳を穿った瞬間、目の前が真っ赤になった。

生まれてから一度も感じたことのない、腹の底から噴き零れ出るような、激しい怒りだった。

 

無一郎はその後の事を覚えていない。ただ、途轍もない咆哮が己の喉から発せられているとは思いもしなかった。

 

無一郎が我に返ると、目の前には杭や農具が突き刺さり、頭を岩で潰され全身を八つ裂きにされた鬼の身体が横たわっていた。

しかしそれでも死ねないのか、鬼は苦しそうにもがいていた。

 

朝になり、日が昇ると鬼は塵となって消え去った。しかし、無一郎にとっては心底どうでもよいことであった。

 

無一郎は残してきた有一郎が心配になり早く戻ろうとしたが、身体が突然鉛の様に重くなってしまい、目の前の家に戻るまでに時間がかかってしまった。

よく見てみれば、自分の身体にはいくつも傷がつき夥しい量の血が流れていた。

 

(兄さん・・・、兄さん・・・!)

 

無一郎は這いつくばりながらも必死で家の中に戻ると、兄は全身を血に染めながらもか細く息をしていた。

 

(生きてる・・・!)

 

無一郎は必死で兄の元へたどり着こうとするが、身体は石の様に固まり動かない。

そんな中、倒れ伏す有一郎の口から、泡のような言葉がぽつりぽつりと零れてきた。

 

『・・・神、様、仏・・・様・・・どうか・・・、どうか・・・弟だけは・・・助けてください・・・』

 

いつもとはかけ離れた弱弱しく小さな声に、無一郎の体が震えた。

 

『弟は・・・俺と・・・違う・・・。心の、優しい・・・子です・・・。人の・・・役に・・・立ちたいと・・・言うのを・・・俺が・・・邪魔した・・・』

 

今まで聞いたことのない、優しく悲しい言葉が、無一郎の心を突き刺した。

 

『悪いのは・・・俺だけ・・・です。バチを当てるなら・・・俺だけに・・・してください・・・』

 

段々とかすれて行く声に、無一郎の目から大粒の涙があふれ出した。

兄の気持ちに気づけなかった自分、兄を助けられなかった自分。いろいろな感情が渦巻き、無一郎は涙を流しながら、必死で兄の手を掴んだ。

 

『わかって・・・いたんだ・・・本当は・・・』

 

有一郎が事切れる寸前、無一郎は確かに彼の声を、言葉を聞いた。

 

『無一郎の、無は・・・』

 

――“無限”の“無”なんだ・・・

 

「汐」

 

汐の容体がだいぶ落ち着いてきた頃。無一郎は静かに名を呼んだ。

汐が顔を上げると、無一郎は振り返らずに口を開いた。

 

「小鉄君を頼む」

「え?」

 

汐が何かを言う前に、無一郎はすっと音もなく立ち上がった。

 

「あの鬼は僕が斬る。後は任せて」

 

無一郎がそう言った時、一陣の風が吹き彼の髪を大きく揺らした。

その時、汐は大きく目を見開いた。

 

無一郎の頬に、不思議な痣のような文様が浮き出ていた。

 

「あんた・・・、それ・・・」

 

汐が言葉を発する前に、無一郎は力強く地面を蹴ると、鋼鐵塚のいる小屋に向かって走り出した。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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