ウタカタノ花   作:薬來ままど

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無一郎の顔に浮き出た痣に、汐は既視感を感じていた。

それは吉原での戦いで、一瞬だけ見た炭治郎の額の痣。それと似たようなものを、どこかで見たような気がしていた。

 

「って、今はそれどころじゃない。小鉄!!」

 

汐は倒れている小鉄を見て息をのんだ。小鉄の着物は血に塗れ、腹部の部分が真っ赤に染まっていた。

 

「小鉄・・・!」

 

汐は顔を歪ませながら小鉄を抱きしめた。自分が後れを取らなければ、小鉄をこんな目に遭わせずに済んだのにと。

 

(いつも、いつもそうなのよ、あたしは。失くしてから初めて気づくの。そして後悔する。あの頃とあたし、何にも変わってないじゃない!!)

 

汐は悔しさをこらえるように唇をかみしめた。すると、ふと違和感を感じ小鉄の胸元に耳を寄せた。

 

(!!)

 

汐は今度は先ほどとは別の意味で息をのんだ。胸の奥から、確かに鼓動音が聞こえていた。

 

生きている!小鉄は生きている!!

 

汐はすぐさま腕の傷の止血を試み、赤く染まった腹部の部分を手当てしようと羽織を脱がせた。

 

「え、こ、これって・・・」

 

そこから出て来たものに汐は驚いた。そこにあったのは、かつて炎柱である煉獄杏寿郎が使っていた炎を模した鍔であった。

 

「れ、煉獄さんの鍔だわ・・・。なんで小鉄が・・。いや、それよりも、小鉄はこれのお陰で・・・」

 

汐は小さく息をついている小鉄を見て胸をなでおろした。腕の傷は深そうだが、命に別状はないだろう。

 

(煉獄さんが小鉄を守ってくれたんだ・・・)

 

汐は鍔をぎゅっと握りしめ涙を浮かべた。

 

(あれ、そういえば、鉄火場さんと鉄穴森さんは・・・?)

 

小鉄の手当てをしていた汐は、二人の姿がないことに気づいた。

 

(まさか、鋼鐵塚さんの所へ!?)

 

汐は嫌な予感を感じ、眠っている小鉄を草の影に隠すと、落ちていた刀を拾ってすぐさま小屋へと向かった。

 

*   *   *   *   *

 

時は少しさかのぼり

玉壺は汐達を戦闘不能にした後、鋼鐵塚のいる小屋へ入り込んだ。

 

すると鉄穴森が鉈を手に、玉壺に斬りかかってきた。

だが、玉壺は鉄穴森をいとも簡単に鉈ごと切り裂いた。

 

「こんなあばら家を必死に守ってどうするのだ」

 

悲鳴を上げて倒れ伏す鉄穴森をしり目に、玉壺は嘲るように言った。

 

「もしや、ここに里長でも居るわけではあるまいな」

 

それはないだろうと玉壺は口元を歪ませて笑うが、不意に鉄を研ぐ音が聞こえてきた。

 

「んんん?」

 

玉壺が視線を向ければ、そこには一心不乱に刀を研ぐ一人の男の背中があった。

 

「すごい鉄だ。すごい刀だ。なんという技術・・・、素晴らしい」

 

男、鋼鐵塚は背後に危険が迫っていることにも意を介さず、ぶつぶつと呟きながら手を動かしていた。

 

(若い人間だな。四十手前の肉体、長とは思えぬ)

 

玉壺は鼻を鳴らすと、鋼鐵塚の背中に向かって口を開いた。

 

「おい、そこの人間」

 

だが、鋼鐵塚は玉壺の言葉が聞こえていないのか、返事もせず反応もしない。

響くのは鉄の研ぐ鋭い音だけだ。

 

「作者は誰なのだ。どのような方がこの刀を・・・。なぜ自分の名を刻まず()()()()()()・・・。いや、分かる、分かるぞ・・・」

 

自分に対しての反応がない鋼鐵塚に、玉壺は驚愕のあまり顔を歪ませた。

 

(こいつ!何という集中力!!この玉壺に気づか程、没頭!!きっ、気に喰わぬ!!)

 

鋼鐵塚のこの態度が、玉壺の矜持を大きく揺らした。

 

(私とてこれ程、集中したことはない!!芸術家として負けている気がする!!)

 

玉壺は怒りのあまり、持っていた壺から魚の化け物を呼び出すと、鋼鐵塚の身体を斬り裂いた。

 

「は、鋼鐵塚さん・・・」

 

飛び散る血飛沫を見て、倒れ伏す鉄穴森は悔し気に歯を食いしばる。

しかし鋼鐵塚は、痛みに悲鳴を上げることも、血まみれの体に怯えることもなかった。

 

面が砕け、その素顔が露になっても、刀を研ぐ手を止めなかった。

 

(こっ・・・、この男、手を止めぬ!!)

 

ありえない事態に、玉壺の顔がさらに大きくゆがんだ。

 

「これ程の刀に自分の名を刻まなかった理由、この一文字、この一念のみを込めて打った刀なんだ。ただ一つ、これだけを目的として打った刀」

 

鋼鐵塚はその刀に取り憑かれたかのように、一心不乱に研ぎづつけていた。

まるで、その世界に刀と自分だけしかいないかのように。刀と一つになったかのように。

 

鋼鐵塚にはもう、その刀しか目に入るものはなかった。

 

(気にくわぬ・・・)

 

完全に自分の存在を蚊帳の外にされた玉壺は、湧き上がってくる怒りを全身から滲みださせていた。

 

(殺すのは造作もなきことだが、何とかこの男に刀を放棄させたい!!この集中を切りたい!!)

 

玉壺は再び手の壺から、化け物を呼び出し再び鋼鐵塚を斬りつけた。

それも一度ではなく、何度も、何度も。

そしてその斬撃の一つが、鋼鐵塚の左目を斬り裂いた。

 

「鋼鐵塚さん・・・!」

 

鉄穴森は折れた鉈で再び斬りかかるが、玉壺はうっとおしいと言わんばかりに彼を吹き飛ばした。

 

(ぐぬぬ、こやつ!!こやつ!!)

 

玉壺の意識は、未だに動き続ける鋼鐵塚の背中だけに集中していた。

 

(この男!!この人間!!これだけやっても、まだ研ぐのを止めない!!)

 

もはや傷を負っていないところを探す方が難しい程、鋼鐵塚の身体にはいくつもの傷がついていた。

しかしそれでも、彼が手を止めることはなかった。

 

(片目を潰した時ですら、声を出さず研ぎ続けるとは・・・)

 

その異常事態に、玉壺の矜持はこれ以上ない程傷つけられた。

 

(そうだ。あいつ、あの男を殺すと言えば・・・)

 

玉壺の視線が、瓦礫の中でうめく鉄穴森に向いた時だった。

 

背後から玉壺に斬りかかった者がいた。不意の事に玉壺は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐさま攻撃の手をそちらに向けた。

 

血が飛び散り、うめき声と共にその者は床にたたきつけられた。

 

「ああ・・・、鉄火場!!」

 

鉄穴森が襲撃者の名を呼ぶと、玉壺は目障りだというかのように鉄火場を一瞥した。

だが、血に染まった鉄火場を見て、玉壺は目を見開いた。

 

「やや、ややや!!!よく見たら貴様、女ではないか!!」

 

玉壺の言葉に、鉄火場と鉄穴森の肩がびくりと動く。

 

「これはこれは、女の鍛治とはまた面妖な。だが、それもまたいい・・・」

 

玉壺は鉄火場の首を乱暴に掴み、持ち上げた。面が割れ、露になった口元から泡になった血が零れ落ちる。

 

「そうだ!おい人間。この女の命がどうなってもいいのか!?今すぐ手を止めねば、こやつを使って作品を・・・」

 

しかし玉壺がそう叫んでも、鋼鐵塚は一向に手を止める気配はなかった。

 

「無駄、ですよ・・・」

 

そんな中、首を掴まれている鉄火場の口から、か細い声が漏れた。

 

「ほ、蛍・・・は、一度、ぼ、没頭すれば・・・、天地が、ひっくり返ろうとも・・・、その手を止めることは、決して、ない・・・。この人は、そういう人間、なんです・・・。あなたとは・・・、格が・・・、違うのですよ・・・」

 

割れた面越しに玉壺を見る鉄火場の目には、恐れはあるものの凛とした意志が宿っていた。鋼鐵塚を心より信頼し、想っている目だった。

 

それを見た玉壺は奇声を上げると、鉄火場を思い切り壁に叩きつけた。

 

「どいつもこいつも、この私をこけにしおって人間どもが!!まずは生意気な女!貴様を切り刻んでやる!」

 

激昂した玉壺は、鉄火場に壺の口を向けた。それを視界の端でとらえていた鉄火場は、自分の死を覚悟した。

 

(嗚呼、蛍・・・、私が殺されかけているというのに、貴方という人は。)

 

鉄火場は未だに鳴りやまない砥石の音を聞きながら、口元に笑みを浮かべた。

 

(でも、一つの事を極め抜く。そんな貴方に私は憧れ、そして好きになった。最期に見る光景が私の一番好きな、貴方の姿でよかった・・・)

 

鉄火場は目を閉じ、愛しい者たちの姿を思い浮かべた。

 

鉄珍、仁鉄、鋼鐵塚、里の者達、そして、汐。

 

(汐殿・・・、私は貴女に会えて、大切な気持ちを思い出すことができました。だから貴女も、私の分までどうか大切な人と、幸せに・・・)

 

壺の口から怪物が今放たれようとしていた、その時だった。

 

風を切る鋭い音が聞こえ、玉壺の息をのむ音と壺が移動する重い音が聞こえた。

鉄火場が恐る恐る目を開けると、そこには移動した玉壺と、刀を振り下ろした姿勢のままの無一郎が立っていた。

 

「と、時透殿・・・」

 

そう呟くな否や、鉄火場の意識は深い闇の中に沈んでいった。

 

一方、玉壺は乱入者の姿を見て顔を引き攣らせていた。

 

(こやつ、何故動ける!?あれ程毒針を身に受けていたというのに・・・!)

 

玉壺は無一郎が毒で動けなくなると思い、意識を向けていなかった。そのため、先ほどの攻撃は完全に予想外のものだった。

 

(いや、しかしだ。逆に言えば、それだけ私が集中していたと言うことだ!!よし!!)

 

しかしそれを認めなくない玉壺は、自分を無理やり納得させると笑みを浮かべながら無一郎を見据えた。

 

(ん?待て待て待て、何だあの痣は)

 

玉壺は、無一郎の顔に先ほどまではなかった痣を見つけ、狼狽した。

無惨からは耳飾りをつけた鬼狩り、炭治郎にも似たような痣が発現していたということを情報として与えられていた。

 

(いやいや、それよりも、何を涼しい顔して出て来てるんだ。私の攻撃でお前は体が麻痺してるはずだろうが!)

 

玉壺は先ほど汐を閉じ込めた時、まともに動けなくなる様子を確かに見ていた。しかし目の前の無一郎は、先ほどよりも尚早い動きで刀を振るった。

 

その肩からは、証であるかのように鮮血が流れ出ていた。

 

無一郎はしっかりと玉壺を見据えると、足に力を込め踏み出した。すると玉壺は再び壺を取り出し、口を無一郎に向けた。

 

――蛸壺地獄!!

 

壺の中から人の胴ほどの太さの蛸足が這い出し、無一郎の刀を阻んだ。

蛸足の弾力が刃こぼれした刀を押し返し、無一郎の身体にも絡みつく。

 

「時透殿!!」

 

鉄穴森は気を失った鉄火場を庇いながら、手にしていた刀を無一郎に渡そうとした。

しかし飛び出してきた蛸足に絡めとられ、無一郎の刀はへし折られてしまった。

 

蛸足は勢いを衰えさせずに暴れ回り、遂には小屋を破壊するほどまでに膨れ上がっていた。

 

「ヒョヒョッ、どうだこの蛸の肉の弾力は。これは斬れまい」

 

玉壺は先ほどの鬱憤を晴らすがごとく、得意げに笑みを浮かべていた。

ふと視線を向ければ、先ほどの衝撃で飛ばされた鋼鐵塚が、砥石を拾って刀を研ぎ始めていた。

 

その姿に、流石の玉壺も気味悪がった。

 

(まだ刀を研いでいる。馬鹿か?まともではない・・・)

 

しかし玉壺はすぐに頭を切り替えると、先ほど捕らえた無一郎たちに視線を向けた、その時だった。

 

――海の呼吸 壱ノ型――

――潮飛沫!!

 

突然煌めいた群青色の刃が、玉壺に向かって振り抜かれようとしていた。だが、玉壺は再びその攻撃を避け移動していた。

 

「ちっ、ちょこまかと・・・!」

 

刀を振るった主、汐は、苦々し気に舌打ちをしながら玉壺の居場所を探していた。

 

(な、あ、あれは・・・、ワダツミの子!?)

 

玉壺は自分に斬りかかってきた者の姿を見て、顔中から汗を吹き出しながら狼狽えた。

 

(水獄鉢を抜けている!!何故だ、どうやって!!いや、それよりも、あの小娘を捕らえたのは少なくとも十分以上も前のはず。それ程呼吸を止められて生きているなどあり得ぬ・・・。ま、まさか・・・!!)

 

「貴様ァ!!さては人間ではないな!?」

 

玉壺は木の影に置いてあった壺から身を乗り出すと、汐を指さして叫んだ。

 

「はあ!?お前に言われたくねーわよ!!鏡で自分の面を見てから言いやがれ!!」

 

汐はそう叫ぶと、蛸足に捉えられている無一郎たちを見て顔を青くした。

その隙を玉壺は見逃さず、汐に向かって壺の口を向けた時だった。

 

突然、無一郎たちを絡めていた蛸足に線が入り、瞬く間に細切れにされたのだ。

 

これに汐は勿論、玉壺も驚き固まった。

 

そのまま無一郎たちは重力に従い落下し、無一郎は着地後ゆっくりと立ち上がった。

その手には、鞘から抜き放たれた霞の様に真っ白な刀があった。

 

「俺のために刀を作ってくれて、ありがとう。鉄穴森さん」

 

無一郎は玉壺を見据えたまま、鉄穴森に感謝の言葉を伝えた。

 

「いやいや、私は・・・、あなたの最初の刀鍛冶の書き付け通りに作っただけで・・・」

 

「そうだったね」

 

無一郎は優しい声色でそう言った。

 

「鉄井戸さんが最初に刀を作ってくれた。心臓の病気で死んでしまった・・・」

 

無一郎の脳裏に、刀を作ってくれた鍛冶師の姿が蘇った。

 

余命僅かでありながらも、最後まで自分の心配をしてくれていた人。

 

(鉄井戸さん、ごめん。心配かけたなぁ。だけど、俺はもう大丈夫だよ)

 

無一郎は心の中で鉄井戸に感謝と謝罪の言葉を呟き、目の前の敵を見据えた。

 

「あたしも加勢するわ!!」

 

汐は無一郎の傍に駆け寄ると、玉壺に向かって刀を構えた。

だが、無一郎はそんな汐を見てこう言った。

 

「いや、こいつは俺がやる。君はすぐにここから離れて」

 

「えっ!?」

 

汐は思わず無一郎の方を向くと、無一郎は玉壺を見据えたまま動かない。

汐は何かを言いかけたが、自分が足手纏いだということを察し口をつぐんだ。

 

「そ、そうね。あんたの事は心配だけど、あたしがいると邪魔よね」

「違う、そうじゃない」

 

無一郎は視線を動かさないまま、言葉をつづけた。

 

「君には炭治郎達の加勢を頼みたいんだ。上弦の鬼はこいつだけじゃない。俺はともかく、炭治郎達には君の力が必要だ」

 

そういう無一郎の目には、最初に出会った頃の冷徹さは微塵もなかった。

 

「そうね、あんたの言う通りだわ。でもこれだけは言わせて」

 

――死なないで。

 

汐の温かい声は、無一郎の耳を優しく包み込み身体に熱を持たせた。

その感覚に無一郎は、汐が炭治郎や皆に慕われている訳が何となく分かったような気がした。

 

「あんたには言いたいことが山ほどあるんだから、死んだら承知しないわよ!」

 

汐はそういうと、刀を納め森の奥へ駆け出した。

 

「逃がすか、ワダツミの子!!」

 

そんな汐の後を追うように蛸足が再び向かうが、そうはさせまいと無一郎が動いた。

 

(ありがとう、汐。君の言葉、忘れないよ)

 

――霞の呼吸 伍ノ型――

―─霞雲の海

 

無一郎の決意に満ちた刃は、道を切り開く様に蛸足をバラバラに斬り裂いた。

 

そのまま無一郎の白刃は、玉壺の頸を穿とうとしたが、再び高速移動でその攻撃を躱した。

 

「素早いみじん切りだが、壺の高速移動にはついて来れないようだな」

 

玉壺は嘲るように言い、それに対して無一郎も言い返した。

 

「そうかな?」

「何?」

「随分、感覚が鈍いみたいだね。何百年も生きてるからだよ」

 

無一郎がそう言った瞬間、玉壺の頸から鮮血が吹き出した。

 

「次は斬るから」

 

無一郎は刀を向けながら、凛とした声で言い放った。

 

「お前のくだらない壺遊びに、いつまでも付き合ってられないし」

 

そんな彼に玉壺は傷を抑えつつ、顔中に青筋を浮かべながら返した。

 

「・・・舐めるなよ、小僧」

 

その表情には無一郎に対しての、確かな殺意が現れていた。

この作品の肝はなんだとおもいますか?

  • オリジナル戦闘
  • 炭治郎との仲(物理含む)
  • 仲間達との絆(物理含む)
  • (下ネタを含む)寒いギャグ
  • 汐のツッコミ(という名の暴言)
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